外交青書・白書
第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交

3 グローバルな安全保障

(1)地域安全保障

国際社会では、インド太平洋地域を中心に、歴史的なパワーバランスの変化が生じている。この地域に安全保障上の課題が多く存在する中で、同盟国・同志国などと連携していく必要があり、特に、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化することはこれまで以上に重要である。また、日本自身の防衛力も抜本的に強化していく。同時に、各国との二国間及び多国間の安全保障協力の強化に積極的に取り組むことで、地域における安全保障環境を日本にとって望ましいものとしていく取組を続けている。

オーストラリアとは、首脳及び外相レベルで両国の「特別な戦略的パートナーシップ」の更なる深化及び「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に向け、同志国連携の中核として、引き続き連携を強化していくことで一致している。9月に実施した第11回日豪外務・防衛閣僚協議(「2+2」)では、2022年に発出した「安全保障協力に関する日豪共同宣言」(8)に沿って、あらゆる国家手段を取り込みつつ、日本とオーストラリアの戦略的協力・安全保障協力をたゆみなく深化させていくことで一致した。2023年に発効した日豪部隊間協力円滑化協定も活用し、日本とオーストラリアの安全保障協力は着実に強化されており、例えば、10月には、同協定の下、オーストラリア軍が日米共同統合演習「キーン・ソード25」に初めて参加した。また、「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動については、オーストラリア軍の艦艇が5月上旬から中旬及び9月上旬から中旬に、航空機が2月上旬から中旬及び11月上旬から中旬に実施した。

インドとは、首脳及び外相レベルで、両国の「日印特別戦略的グローバル・パートナーシップ」の更なる発展のため、経済、安全保障、人的交流など、幅広い分野で両国の関係を一層多様化・深化させることで一致している。8月には、第3回日印外務・防衛閣僚会合(「2+2」)を開催し、FOIPに向けた協力、二国間の安全保障・防衛協力、地域・国際情勢について議論し、引き続き緊密に連携していくことで一致した。また、11月には、日・インド間の防衛装備品・技術移転協定に基づき、艦艇搭載用複合通信空中線の移転に関する細目取極の署名が行われたほか、日印間で初となる戦略的貿易及び技術を含む日印経済安全保障対話を実施した。

韓国とは、11月の日韓安全保障対話で、日韓それぞれの安全保障・防衛政策について互いに理解を深め、日韓安保・防衛協力の強化に向けて緊密に意思疎通していくことで一致した。また、現下の戦略環境において日韓関係が重要であるとの認識の下、様々な国際会議などの機会も活用しつつ、首脳、外相、防衛相、国家安全保障局長などの間で会合を行い、北朝鮮への対応を含め、引き続き、日韓、日米韓で緊密に連携することを確認した。さらに、初の複数領域における日米韓共同訓練「フリーダム・エッジ」(6月及び11月)や、その他の3か国による共同訓練(1月、4月、11月)を含め、地域の安全保障上の課題に対応するための更なる3か国協力を推進している。また、2023年12月2024年3月及び9月には、北朝鮮サイバー脅威に関する日米韓外交当局間作業部会を実施し、サイバー分野における対応を含め、引き続き緊密に連携することを再確認した。

「強化されたグローバルな戦略的パートナー」である英国とは、2023年10月に発効した日英部隊間協力円滑化協定が適用される形で防衛協力が進んでおり、4月には、英国軍の哨戒艦「スぺイ」が日本に寄港し、同月の日英外相会談で言及された。同艦艇は、6月中旬から下旬に「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動を実施した。その後、7月の日英防衛相会談の際には自衛隊によるアセット防護を英国軍に適用することについて防衛当局間で一致したことが発表された。9月には日本の海上自衛隊練習艦「かしま」及び「しまかぜ」が英国のロンドン及びサウサンプトンに寄港するとともに、イギリス海峡で英国軍の哨戒艦「タイン」との共同訓練が実施された。同寄港などは、自衛隊が日英部隊間協力円滑化協定の適用対象となった初めての事例である。また、同月には第8回日英サイバー対話を開催し、両国のサイバーセキュリティ戦略や政策、国連を含む国際場裡における協力、能力構築支援などの幅広い論点について意見交換を行った。2023年12月に日本・英国・イタリア3か国が署名したグローバル戦闘航空プログラム(GCAP)政府間機関の設立に関する条約(GIGO設立条約)は、7月に日本、10月に英国、12月にイタリアが寄託を終え、12月10日に発効した。

「特別なパートナー」であるフランスとも、2023年5月に第7回日仏外務・防衛閣僚会合(「2+2」)を実施し、同志国である日仏間での外交・防衛両面での一層の連携の強化が不可欠であることを確認するとともに、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化していくため、地域情勢や国際社会の諸課題への対応における連携を更に促進していくことで一致した。また、4閣僚は、サイバー、宇宙、経済安全保障などの分野における日仏協力についても意見交換を行い、日仏防衛協力・交流を高く評価し、係る協力・交流や防衛装備・技術協力を深化させていくことを確認した。2023年11月には第7回日仏サイバー協議を開催し、両国のサイバーセキュリティ戦略や政策、二国間及び国連を始めとする多国間での協力、能力構築支援などの幅広い論点について意見交換を行った。同年12月には、日仏首脳電話会談において、日仏協力のロードマップを発出し、「特別なパートナー」の関係を一層飛躍させることで一致した。8月にはフリゲート艦「ブルターニュ」、11月にはフリゲート艦「プレリアル」の寄港、2023年7月及び2024年7月には仏空軍戦闘機などの寄航、9月には日仏共同訓練「ブリュネ・タカモリ24」が日本で初めて実施された。フリゲート艦「プレリアル」は、10月下旬から11月下旬に、哨戒機は10月中旬から11月上旬に「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動を実施した。5月の日仏首脳会談では、両首脳は、インド太平洋における日仏協力が多層的に発展していることを歓迎しつつ、日仏部隊間協力円滑化協定の交渉開始に一致した。

ドイツとの間では、7月に日独物品役務相互提供協定(日独ACSA)(9)が発効した。同月にはユーロファイター戦闘機などが、8月にはフリゲート艦「バーデン・ヴュルテンベルク」などが訪日し、それぞれ自衛隊との間で共同訓練を実施した。同フリゲート艦などは、8月下旬から9月中旬に「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動を実施した。

イタリアとは、2月の首脳会談で、2024年に予定されている海軍種間の共同訓練などの進展を歓迎し、3月には初となる日伊外務・防衛当局間(PM)協議をローマで開催した。その後、6月のG7プーリア・サミットの機会における首脳間の懇談において、両首脳は今後の日伊協力の指針となる日伊アクションプラン及び日伊物品役務相互提供協定(日伊ACSA)の交渉開始を発表した。8月には、空母打撃群(空母「カヴール」、フリゲート艦「アルピーノ」、哨戒艦「モンテクッコリ」)が訪日し、両国の海軍種間で共同訓練を実施した。また、練習帆船「アメリゴ・ヴェスプッチ」が初めて東京港に寄港した。哨戒艦「モンテクッコリ」は、8月下旬から9月上旬に、同国として初となる「瀬取り」を含む違法な海上活動に対する警戒監視活動を実施した。日本からは海上自衛隊練習艦「かしま」及び「しまかぜ」がナポリに寄港し、エーゲ海で伊海軍フリゲート艦「マルゴッティーニ」と親善訓練を行った。8月にはイタリア空軍のF-35戦闘機なども2023年に引き続き来日し、共同訓練を行った。11月、岩屋外務大臣とクロセット国防大臣は日伊ACSAに署名した。

東南アジアは、地政学的要衝に位置しており、日本にとって重要なシーレーンに面している。同地域の安定と繁栄は、東アジア地域のみならず国際社会の安定と繁栄にとっても極めて重要である。2023年6月3日にはシンガポールとの間で防衛装備品・技術移転協定に署名し、同日同協定が発効した。フィリピンとの間では、2023年10月及び2024年3月に、日本として完成装備品の初の移転案件である警戒管制レーダー1基目及び2基目が納入された。2023年11月には、日比部隊間協力円滑化協定の交渉を開始することで一致し、7月に同協定に署名した。また、海洋における法の支配を確保するため、日本は、フィリピン、マレーシア、ベトナム、インドネシアなどの海上保安機関を対象として法執行能力向上のための支援を継続して実施している。2023年6月には、初めて日本・米国・フィリピン3か国の海上保安機関間での合同訓練が実施された。

「戦略的パートナー」であるカナダとは、首脳会談及び外相会談において2022年に両国間で発表した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)に資する日加アクションプラン」を着実に実施し、両国間の協力の着実な進展を歓迎したほか、10月には日加防衛装備品・技術移転協定の交渉が開始された。4月、カナダ政府は国防政策を改定し、今後5年間に81億カナダドルの追加支出計画(2029年度の国防費をGDP比1.76%に設定)を発表したほか、7月、国防省は、2032年までにGDPの2%を国防費に支出する目標を新たに発表した。また、カナダは同国防政策にて、インド太平洋におけるより恒常的なプレゼンスを確保する方針を打ち出しており、2024年、カナダは軍艦3隻をインド太平洋地域に派遣し、7月末及び10月下旬にはこれらの軍艦が台湾海峡を通過するなど、同地域への関与をますます深めている。9月にはブレア国防大臣がカナダの国防大臣として約5年ぶりに訪日し、日加防衛相会談を実施した。カナダ軍との共同訓練については、2017年以降毎年実施している日加共同訓練「KAEDEX」を8月末から9月上旬にかけて実施したほか、6月中旬には南シナ海において日本・米国・カナダ・フィリピン間での海上協同活動を実施した。「瀬取り」を含む違法な海上活動については、カナダ軍の艦艇が6月中旬から7月下旬、11月上旬から中旬及び11月下旬から12月中旬に、航空機が5月上旬から6月上旬及び9月下旬から10月中旬までの間、警戒監視活動を行った。

北大西洋条約機構(NATO)とは、7月に岸田総理大臣がNATO首脳会合に3年連続で出席し、欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障はますます不可分となってきているとの認識の下、地域を超えた同志国の連携の重要性を改めて確認し、日・NATO関係を一層強化していくことで一致した。この際、インド太平洋パートナー(IP4:日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国)とNATOの間で持続的な協力を確立するため、四つの分野((ア)ウクライナ支援、(イ)サイバー防衛、(ウ)偽情報を含む敵対的情報、(エ)テクノロジー)を旗艦事業とすることが発表された。また、10月には、NATO国防相会合に日本を含むIP4が初めて招待され、中谷防衛大臣が出席するとともに、10月1日に就任したルッテNATO事務総長と会談した。

欧州連合(EU)とは、11月に第1回日・EU外相戦略対話を実施し、日・EU安全保障・防衛パートナーシップを公表した。これにより日本はEUにとってインド太平洋地域において最初に同パートナーシップを公表した相手国となった。同対話では、昨今の厳しい安全保障環境を踏まえ、サイバー、宇宙、ハイブリッド戦への対応、海洋安全保障などにおける具体的な協力及び対話を強化することで一致した。また同月、第6回日・EUサイバー対話を開催し、双方のサイバーセキュリティ戦略・政策、サイバー分野における諸課題、日・EU間及び国連などの多国間での協力、能力構築支援などの幅広い論点について意見交換を行った。

中国との間には、日本固有の領土である尖閣諸島周辺海域での領海侵入、十分な透明性を欠いた軍事力の広範かつ急速な増強や日本周辺海空域における中国軍の活動の拡大・活発化など、様々な懸案が存在している。引き続き首脳会談や外相会談などのハイレベルの機会を活用して、中国側に対して主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めていく。中国の軍事動向は日本にとって深刻な懸念事項であり、日中安保対話などの安全保障分野の対話や交流のチャネルの重層的な構築に努め、政策面での意思疎通を図り、また、日本の懸念を伝達し、国防政策や軍事力に係る透明性の向上や日本を含む地域と安全保障環境に資する具体的な行動の改善を働きかけている。2018年に運用開始された日中防衛当局間の海空連絡メカニズムは、相互理解及び相互信頼の増進や不測の衝突の回避を目的としており、2023年5月には、同メカニズム下でのホットラインの運用が開始された。

中東地域の平和と安定は、日本を含む国際社会の平和と繁栄にとって極めて重要である。また、世界における主要なエネルギーの供給源であり、日本の原油輸入の約9割を依存する同地域において、日本関係船舶の航行の安全を確保することは非常に重要である。2019年12月には、中東地域における平和と安定及び日本関係船舶の安全確保のため、日本独自の取組として、(ア)中東の緊張緩和と情勢の安定化に向けた更なる外交努力、(イ)関係業界との綿密な情報共有を始めとする航行安全対策の徹底及び(ウ)情報収集態勢強化のための自衛隊の艦艇及び航空機の活用について閣議決定し、2020年1月から中東の海域における情報収集活動を継続して実施している。また、2023年6月には第1回、2024年7月に第2回日・ヨルダン・サイバーセキュリティ協議を開催し、両国のサイバーセキュリティ政策、脅威認識などについて議論した。さらに、2023年5月には、アラブ首長国連邦との間で、中東地域の国との間では初となる防衛装備品・技術移転協定に署名し、1月に同協定が発効した。

これらに加え、日本は、東アジア首脳会議(EAS)ASEAN地域フォーラム(ARF)、拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)など、地域における多国間の枠組みに積極的に参加・貢献し、地域の安全保障面での協力強化に取り組んでいる。この中でもARFは、対話と協力を通じた信頼醸成や予防外交の促進などによりアジア太平洋地域の安全保障環境の向上を目的とする枠組みであり、北朝鮮やEUといった多様な主体が参加している。7月には、31回目となるARF閣僚会合が開催され、ウクライナ、台湾、東シナ海・南シナ海、北朝鮮、ミャンマー、中東などの地域・国際情勢を中心に率直な意見交換を行った。また、日本は、これまで海上安全保障、不拡散・軍縮、テロ・国境を越える犯罪対策、災害救援及びサイバーセキュリティの全ての会期間会合(ISM)において共同議長国を務めるなど、積極的に貢献している。

さらに、日本は、安全保障政策の発信や意見交換の場として、政府間協議(トラック1)のみならず政府関係者と民間有識者双方が出席する枠組み(トラック1.5)も活用するなど、日本の安全保障政策に対する各国の理解促進を図り、地域における協力促進や信頼醸成に取り組んでいる。

(2)経済安全保障

ア 経済安全保障を取り巻く動向

近年、安全保障と経済を横断する領域で様々な課題が顕在化しており、安全保障の裾野が急速に拡大している。例えば、窃取され又は流出した先端的な民生技術が他国において軍事転用されるおそれ、外国政府の影響を受けたサプライヤーが情報通信など重要インフラ施設の安定的な運用を害するおそれ、重要な物資の他国への過度な依存に伴う供給途絶のおそれ、サプライチェーン上の優位性や自国市場の購買力を梃子(てこ)に政治的目的を達しようと他国が講じる経済的威圧を受けるおそれなどが生じている。

経済的手段に関連したこうした様々な脅威が生じていることを踏まえ、日本の平和と安全や経済的な繁栄などの国益を経済上の措置を講じて確保すること、すなわち経済安全保障の重要性が高まっている。2021年11月からは、内閣総理大臣を議長とし、外務大臣が構成員である経済安全保障推進会議が開催されている。また、2022年5月には、サプライチェーンの強靱(じん)化、基幹インフラ役務の安定的な提供の確保、先端的な重要技術の開発支援、特許出願の非公開の四つを柱とする「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(経済安全保障推進法)」が成立し、この四つの柱に関連する各種制度の運用が開始されている。

同年12月に策定された「国家安全保障戦略」では、経済的手段を通じた様々な脅威が存在していることを踏まえ、日本の自律性の向上、技術などに関する日本の優位性、不可欠性の確保などに向けた必要な経済施策に関する考え方を整理し、総合的、効果的かつ集中的に措置を講じていくことが記されている。

2023年6月に閣議決定した「開発協力大綱」においては、開発の観点からもサプライチェーンの脆(ぜい)弱性によって多様な分野で負の影響が生じ得ることが明らかになったことを踏まえ、日本の開発協力の重点的取組の一つとして、開発途上国の経済社会の自律性・強靱性を強化するため、サプライチェーンの強靱化・多様化や経済の多角化、重要鉱物資源の持続可能な開発、食料の安定供給確保などのための協力を推進していくことを掲げた。

5月には、経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度を導入する重要経済安全保障情報の保護及び活用に関する法律が成立し、公布から1年以内の施行が予定されている。

イ 各国の最近の取組状況

経済安全保障を推進する取組は、ほかの主要国でも近年急速に進展している。

米国は、これまでも技術の優位性の維持やサプライチェーンリスクへの対応の観点からの規制・振興措置を率先して導入・運用してきている。2月、米国民のデータセキュリティの保護の強化のため、懸念国への米国民の機微な個人データの大規模な移転を阻止する権限を司法長官に与えることなどを規定する大統領令が発出された。10月には、2023年10月に発令した人工知能(AI)の安全性、セキュリティ及び信頼性に関する大統領令による指示に基づき、AIの安全保障上のリスク管理のための国家安全保障覚書(NSM)を発表した。同月末、米国財務省は、国家安全保障に重大な影響を及ぼすおそれがあるとして、半導体、量子情報技術、AIの3分野に関する懸念国・地域(中国、香港及びマカオ)に対する対外投資規制の最終規則を発表した。12月には、米国商務省は、中国の軍事転用可能な先進的な半導体製造能力を抑止する目的として、中国に対する半導体関係の輸出管理措置を強化した。また、同月、米国通商代表部(USTR)は通商法第301条に基づき中国原産のタングステン、ポリシリコン及びウエハー計5品目の輸入に対する関税を引き上げると発表した。

EUについては、1月、欧州委員会が「欧州経済安全保障の推進:5つの新たなイニシアティブの導入」と題する政策文書を公表し、2023年6月に公表された欧州経済安全保障戦略を踏まえ、対内直接投資審査、輸出管理、対外投資、デュアルユース技術の研究開発支援及び研究セキュリティに関する提案から構成される包括的な政策パッケージを発表した。5月には、重要原材料の供給確保を目的に、特定の原材料の供給能力に関して目標を設定し、戦略的プロジェクトへの支援やサプライチェーンのリスクモニタリングなどを規定する重要原材料法が発効した。また、重要原材料やサプライチェーン強靱化を始めとした経済安全保障上の課題への対応の必要性については、4月に公表されたレッタ元イタリア首相による単一市場に関する報告書や9月に公表されたドラギ元イタリア首相による欧州の競争力強化に関する報告書においても取り上げられた。フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が7月に公表した「今後5年間の政策プログラムを示した政治指針」においても、欧州の経済安全保障の推進は優先課題として位置付けられており、12月に発足した欧州委員会においては、新たに貿易・経済安全保障を担当する欧州委員が任命された。

オーストラリアは、これまでも、自国が保護すべき技術の特定などを推進する方針を示す「サイバー・重要技術国際関与戦略」の策定(2021年4月)、機微な国家安全保障に係る土地・事業への投資審査制度の厳格化(2021年1月)など、国家の強靱性の確保や、資産・インフラなどの防護を国益として位置付け、具体的な取組を進めてきている。また、11月には重要インフラ保安法を改正し、事業者などが政府に提供した営業上の秘密の保護の明記などによる官民情報共有の促進や、重要インフラの所有者及び運用者に義務付けられているリスク管理プログラムの策定に係る規制当局による是正指示権限の導入など、更なるセキュリティ強化を図っている。

カナダは、2022年、「重要鉱物戦略」を発表し、重要鉱物の調査・探査からリサイクルまでの取組を強化した。1月には、国家安全保障に危険を及ぼし得る軍事、国防、国家安全保障機関リスト及び機微技術研究リストを公表し、これらに関連する大学、研究機関、研究所の傘下にある活動に従事、ないし資金や物品を受理した研究者が関与する同分野の研究に資金供与を行わないことを盛り込んだ「カナダの研究を保護するための新たな措置に関する声明」を発出した。8月には、カナダ政府は、中国の不公正な貿易慣行からカナダの労働者及び主要な経済部門を保護するためとして、中国製電気自動車(EV)に対し100%、中国からの鉄鋼・アルミニウム製品の輸入に対し25%の追加関税などの措置を発表し、10月から追加関税の適用を開始した。

ウ 経済安全保障の推進に向けた外交上の取組

経済安全保障の推進において、外交が果たす役割は大きい。日本は、同盟国・同志国との連携の更なる強化、現行のルールを踏まえた対応、新たな課題に対応するルールの形成などについて、国際社会と協力しながら、積極的な外交を展開している。

同盟国・同志国との連携の更なる強化については、日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)や経済安全保障対話などを通じた二国間の取組に加え、G7や、日米豪印、日米韓の連携などを活用し、共通認識の醸成や政策面での協調を行うなど、協力の拡大・深化を図ってきている。

現行のルールを踏まえた対応に関しては、他国による不公正な貿易政策や慣行に対し、WTO(世界貿易機関)協定等の現行のルールとの整合性の観点などから、同志国と連携して是正の働きかけを行ってきている。また、同志国の取組も参考にしつつ、経済安全保障上の措置と通商ルールとの関係に関する情報収集・分析などを行い、日本の経済安全保障上の政策的ニーズが適切に満たされるよう努力してきている。

新しい課題に対応するルール形成に関しては、重要・新興技術、経済的威圧など、既存の国際約束では十分に対応できず、更なる国際ルールの形成が必要とされる分野において同志国と連携しつつ引き続き国際的な議論をリードしていく。

エ 同盟国・同志国との連携

同盟国・同志国との連携については、前年に引き続き2024年も著しい進展が見られた。

G7の枠組みにおいては、2023年5月のG7広島サミットにおいて発出した「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」を基盤として、6月に開催されたG7プーリア・サミットにおいて、過剰生産や非市場的政策及び慣行(NMPP)(10)に関する課題、経済的威圧への対処、サプライチェーンの強靭化、重要・新興技術の保全などについて、今後も連携して取り組んでいくことを確認した。特に、NMPPの結果生じる市場の歪(わい)曲と過剰生産が自由で公正なルールに基づく国際経済秩序を損なうのみならず、戦略的な依存及び脆弱性を高め、新興国及び開発途上国の持続可能な成長を妨げるとの共通の認識を確認するとともに、NMPPが有害な過剰生産や他の波及効果をいかに生み出しているかを評価するため、共同での監視を追求することなどで一致した。7月に開催されたG7貿易大臣会合では、サプライチェーン強靱化に向けた同志国間及び官民の連携や、過剰生産やNMPPに関する取組を強化することで一致した。また、同会合では、重要鉱物の輸出管理に対する監視と情報交換を強化するとともに、経済的依存関係を武器化する試みを非難し、経済的威圧に対する共同での評価・準備・抑止・対応を強化することで一致した。

さらに、日本が議長国を務めた5月の経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会では、経済的強靱性に関するセッションを設け、サプライチェーンの強靱化、経済的威圧への対処、NMPPへの対応などの経済的強靱性及び経済安全保障に関する取組における加盟国間の連携やOECDが果たし得る役割について議論が行われた。

9月に開催された日米豪印首脳会合では、2023年に立ち上げを発表したパラオにおけるオープンRAN(11)展開に関するイニシアティブに続き、フィリピン及びツバルにおいても5G・オープンRAN分野の協力を追求していくことを確認した。また、同会合では、半導体に関する協力を推進していくことに引き続きコミットすることで一致した。

11月に開催された日米韓首脳会合では、経済安全保障の課題に関する3か国の関与を深化させるための日米韓経済安全保障協議を称賛するとともに、サプライチェーンの途絶に関する早期警戒情報を交換するための3か国間の定期化された活発な協議を歓迎した。また、技術安全保障、標準及び信頼できるエコシステムに関する3か国の連携の必要性について一致した。

米国との間では、4月に開催された日米首脳会談において、経済的威圧、非市場的政策・慣行や過剰生産の問題への対応、サプライチェーンの強靱化などについて協力を強化していくことで一致した。この文脈で、経済安全保障の確保に向けて、二国間やG7を含め、様々な枠組みを通じて連携を更に深めていくことで一致した。

欧州諸国との関係では、2023年12月に日仏首脳間で発表された「特別なパートナーシップ」の下での日仏協力のロードマップ(2023-2027年)に基づき、2月に第1回経済安全保障に関する日仏作業部会を開催した。11月の日英首脳会談では、貿易や経済安全保障を含む経済面での日英二国間協力を更に推進していくため、両首脳は日英経済版2+2閣僚会合(経済版2+2)の立ち上げに一致した。また、7月に行われた日独首脳会談の成果に基づき、11月に第1回日独経済安全保障協議を開催した。

EUとの関係では、5月に開催された日・EUハイレベル経済対話において、経済安全保障に関する双方の取組について意見交換を行い、同志国間の連携の重要性を確認するとともに、「透明、強靭で持続可能なサプライチェーン・イニシアティブ」の立ち上げを確認し、戦略的依存関係及び構造的な脆弱性に対処し、強靱で信頼性の高いグローバルなサプライチェーンを確保するため連携していくことなどで一致した。

韓国との関係では、12月に開催された第16回日韓ハイレベル経済協議において、経済安全保障を始めとする幅広い分野での連携や協力が進んでいることを確認した。

オーストラリアとの関係では、9月に開催された日豪外務・防衛閣僚協議(「2+2」)において、日豪経済安全保障対話の活用を含め、経済安全保障分野での連携を強化することで一致したほか、10月に開催された日豪首脳会談では、経済安保分野での対話と協力を強化していくことで一致した。

インドとの間では、8月に開催された第3回日印外務・防衛閣僚会合(「2+2」)において、経済安全保障分野での協力を強化することを確認したほか、11月に初となる戦略的貿易及び技術を含む日印経済安全保障対話を開催した。

カナダとの間では、2022年にエネルギー安全保障分野での協力を含む「自由で開かれたインド太平洋に資する日加アクションプラン」を発表したほか、2023年9月にバッテリーサプライチェーン及び産業科学技術に関する二つの協力覚書に署名し、これらの分野での協力を一層加速化させている。

東南アジア諸国との関係では、4月の日米比首脳会合の際に発出した「日米比首脳による共同ビジョンステートメント」において、経済的威圧に強く反対し、ルールに基づく経済秩序の重要性を強調するとともに、経済的威圧への対応における緊密な連携の必要性を強調した。7月の日・メコン外相会議で採択された「日メコン協力戦略2024」では、日本及びメコン諸国が、経済安全保障と経済的強靱性の強化に取り組むことで一致し、経済的威圧に対する懸念を表明し、これに反対するとともに、ルールに基づく経済秩序の重要性を強調した。

オ 経済的威圧への対応

また、上記ウに述べた新たな課題の中でも、グローバリゼーションの進展を背景として、国家間の経済的相互依存関係が深化する中、特定の国との経済的結び付きを利用して政治的目的を達成するために、濫用的、恣意的又は不透明な形で措置を講じ、もしくはそのように措置を講じると脅したりする経済的威圧がとりわけ問題となっている。このような経済的威圧は、自由で開かれたルールに基づく国際秩序に挑戦するものである。

2022年12月の「国家安全保障戦略」でも、外国からの経済的威圧について効果的な取組を進めていく方針が示された。既存の国際約束では必ずしも十分に対応しきれない分野の一つである経済的威圧に対しては、同盟国・同志国と連携しつつ、このような経済的威圧が自由で開かれたルールに基づく国際秩序に挑戦するものであるとの国際世論を喚起しながら、グローバル・サウスを含む関係国とも連携して、広く国際社会としての共通認識を醸成していくことが重要である。こうした認識の下、G7広島サミットにおいて首脳間で立ち上げを確認した「経済的威圧に対する調整プラットフォーム」での取組を着実に進めている。また、5月のOECD閣僚理事会に際し、日本の任意拠出金により作成されたOECD調査報告書「経済的威圧の貿易への影響」の要約を公表し、過去の経済的威圧の事例分析を通じて、その特徴及び経済的影響を明らかにした。また、10月には、経済的強靱性に関する日米比協議が開催され、経済的威圧への懸念及び強い反対並びに経済的強靱性の構築へのコミットメントを共有し、潜在的な経済的威圧に対する強靱性及び対処能力を向上するために協力していくことを確認した。

(3)サイバー

今日、国境を越えるサイバー空間は、世界各国のあらゆる活動に不可欠な社会基盤となり、全国民が参画する「公共空間」としてその重要性及び公共性がますます高まっている。一方、昨今の地政学的緊張を反映した国家等の間の競争が展開される中で、サイバー攻撃による重要インフラの機能停止や破壊、他国の選挙への干渉、身代金の要求、機微情報の窃取などは、国家を背景とした形でも平素から行われている。

外務省は、このような認識の下、自由、公正かつ安全なサイバー空間を実現するために、「サイバー攻撃の抑止」、「サイバー空間におけるルール形成」、「開発途上国支援」、及びこれらに係る情報交換・政策調整のための「各種サイバー協議などの活用」に整理される様々な外交活動を行っている。

「サイバー攻撃の抑止」に向けた取組として、日本はサイバー攻撃主体に対する非難や懸念を公に表明する「パブリック・アトリビューション」を実施してきている。外交当局としても、2017年にはワナクライ事案(12)の背後における北朝鮮の関与、2018年には中国を拠点とする「APT10」による攻撃、2021年には「APT40」による攻撃について非難する外務報道官談話を発出し、また、2025年1月には、北朝鮮による暗号資産窃取及び官民連携に関する日米韓共同声明を発出するなど、同盟国・同志国と連携して発信してきている。

「サイバー空間におけるルール形成」のための取組については、国連での約四半世紀にわたる議論を通じ、国連全加盟国が既存の国際法がサイバー空間に適用されることを確認し、11項目の責任ある国家の行動規範(13)が採択された。この行動規範そのものは国際法上の法的拘束力を有するものではないが、国連加盟国がコンセンサスで採択したものであり、サイバー空間におけるルールの基盤となっているため、各国がこれら規範を具体的に実践し、国家実行を積み重ねていくことが重要である。このような認識の下、日本は、2021年から2025年までを会期として国連全加盟国が参加して行われているオープン・エンド作業部会(OEWG)において、関連の議論に積極的に参加している。また、既存の国際法がどのようにサイバー空間に適用されるかについて、各国が基本的な立場を明らかにすることも重要である。日本は2021年に立場を公表している(14)ほか、基本的な立場を明らかにする重要性を様々な場で訴えている。

「能力構築支援」に関しては、サイバー空間のボーダーレスな性質に鑑みれば、他国及び地域の能力を向上させることが日本を含む世界全体の安全を守ることにつながるとの考えから、法の支配に基づくFOIP実現のための要であるASEANを中心に、外務省を含む関係省庁が、国際機関を通じた取組を含め行っている。具体的には、日・ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター(AJCCBC)における研修の実施、関係省庁による研修・機材供与、独立行政法人国際協力機構(JICA)による課題別研修・国別研修の実施や世界銀行の「サイバーセキュリティ・マルチドナー信託基金」への拠出、経済産業省及び独立行政法人情報処理推進機構(IPA)産業サイバーセキュリティセンター(ICSCoE)が米国や欧州政府と共催で実施する「インド太平洋地域向け日米EU産業制御システムサイバーセキュリティウィーク」などが挙げられる。

サイバー空間におけるこれらの取組を進める上で、「各種サイバー協議などの活用」は非常に重要である。日本は多くの国・地域等とサイバー協議などを通じて国際連携を推進しており、2024年は、米国ヨルダンリトアニア英国日米韓日米比EUとの間で政府間協議などを実施した。また、日米豪印では、2022年5月の首脳会合で発表した「日米豪印サイバーセキュリティ・パートナーシップ」の下、重要インフラのサイバーセキュリティやインド太平洋地域における能力構築支援の協力などに取り組んでいる。このほか、米国が主催する、急速に脅威が増大しているランサムウェア(15)に対処するための多国間枠組みである、「カウンターランサムウェア・イニシアティブ」や英国及びフランスが主催する商業的サイバー侵入能力の拡散と無責任な使用に対抗する枠組みである「Pall Mall Process」における議論にも積極的に参加している。

こうした外交活動を通じ、今後も自由、公正かつ安全なサイバー空間の実現に貢献していく。

(4)国際的な海洋秩序の維持・発展

日本は、四方を海に囲まれ、広大な排他的経済水域(EEZ)と長い海岸線に恵まれた国であり、海上貿易と海洋資源の開発を通じて経済発展を遂げてきた海洋国家である。力ではなく、航行及び上空飛行の自由を始めとする法の支配に基づく海洋秩序に支えられた「自由で開かれた海洋」は、日本だけではなく国際社会全体の平和と繁栄に不可欠である。こうした考えの下、2023年4月に策定された第4期海洋基本計画や4月に策定された海洋開発等重点戦略を踏まえ、領海などにおける国益の確保に加え、国際的な海洋秩序の維持・発展に向けた取組を政府一体となり推進してきており、同盟国・同志国などと協力しながら、FOIPの実現に向け、特に、重要なシーレーンが位置するインド太平洋地域の海洋秩序のための取組を進めている。

ア 基本的な考え方

海洋をめぐっては、特に、アジアにおいて、国家間の摩擦によって緊張が高まる事例が増えている。このような中、日本は2014年に安倍総理大臣が「海における法の支配の三原則」(236ページ 6(2)参照)を徹底していく必要があるとの認識を表明した。2023年3月にはインド世界問題評議会(ICWA)において、岸田総理大臣がFOIPのための新たなプランを紹介する中で、「海における法の支配の三原則」の重要性を改めて強調した。これらを踏まえ、各国と連携しつつ、国際的な海洋秩序の維持・発展に向けて取り組んでいる(24ページ 第2章第1節参照)。

イ 国連海洋法条約

海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約:UNCLOS)は、「海の憲法」とも呼ばれ、法の支配に基づく海洋秩序の根幹を成す条約である。同条約を根幹とした海洋秩序は、日本の海洋権益を確保し、国際社会全体における海洋に係る活動の円滑な実施の礎となるものである。このため、日本は、同条約の更なる普遍化と適切な実施の確保のために、締約国会合を含む関連国際機関での議論や海洋法秩序の安定に向けた発信に積極的に貢献している(236ページ 6(2)参照)。6月のG7プーリア・サミットにおいては、G7首脳はUNCLOSの普遍的かつ統一的な性格を改めて強調した。

ウ 日本の主権・海洋権益に対する挑戦への対応(東シナ海情勢:41ページ 第2章第2節2(1)イ(エ)参照)

東シナ海では、尖閣諸島周辺海域における中国海警船による領海侵入が2024年も相次いでおり、接続水域内における年間確認日数は、355日となり、過去最多を更新した。また、中国海警船が領海に侵入し、日本漁船に近づこうとする動きも頻繁に発生しており、2023年4月には領海侵入時間が過去最長の80時間以上となる事案が発生するなど、依然として情勢は厳しい。また、中国軍も東シナ海周辺海空域での活動を質・量ともに急速に拡大・活発化させている。EEZ及び大陸棚の境界画定がいまだ行われていない海域では、中国による一方的な資源開発が継続している。加えて、近年、東シナ海を始めとする日本周辺のEEZにおいて中国による日本の同意を得ない海洋調査活動も継続して確認されているほか、2023年7月、東シナ海の日本のEEZにおいて中国が設置したと考えられるブイの存在が確認された。政府としては、首脳・外相を含むあらゆるレベルで、様々な機会を捉え、中国側に対して抗議し、当該ブイの即時撤去を累次にわたって強く求めてきた。当該ブイについては2025年2月、日本のEEZ内に存在していないことが確認された。2024年12月に与那国島南方の日本のEEZにおいて新たに確認されたブイについても、政府としては、同月の日中外相会談を始め、中国側に対して即時撤去を求めている。

魚釣島(沖縄県石垣市)
魚釣島(沖縄県石垣市)
写真提供:内閣官房領土・主権対策企画調整室

このように東シナ海における中国の一方的な現状変更の試みが継続・強化していることを踏まえ、日本としては周辺海空域における動向を高い関心を持って注視するとともに、引き続き、日本の領土・領海・領空を断固として守り抜くとの決意の下、冷静かつ毅然と対応していく。同時に、東シナ海の平和と安定のため、米国を始めとする関係国との連携を進めていく。

6月、G7プーリア・サミットにおいて、G7首脳は、東シナ海及び南シナ海における状況について引き続き深刻に懸念していること、力又は威圧によるあらゆる一方的な現状変更の試みにも強く反対することを表明した。また、10月の日・ASEAN首脳会議及び東アジア首脳会議(EAS)において、石破総理大臣は、東シナ海では日本の主権を侵害する活動が継続・強化されており、強く反対すると述べた。

エ 南シナ海の海洋秩序に対する挑戦への対応(80ページ 第2章第2節7(2)参照)

南シナ海では、法的根拠のない拡張的な海洋権益に関する主張に基づき、中国が係争地形の一層の軍事化や軍、海上保安機関、海上民兵などを用いた沿岸国等に対する威圧的かつ脅迫的な活動など、法の支配や開放性に逆行する力又は威圧による一方的な現状変更の試みや地域の緊張を高める行動を継続・強化している。特に2023年以降、中国船舶とフィリピン船舶との衝突や中国船舶によるフィリピン船舶への放水が度々発生しており、6月には、セカンド・トーマス礁周辺で、中国船舶の乗員がフィリピン船舶に立ち入り、武器や物資の押収及び機材の破壊を行うとともに、フィリピン船舶1隻を強制曳(えい)航し、また、船舶の衝突によりフィリピン軍人が親指を切断する事案が発生した。

中国による南シナ海における大規模かつ急速な拠点構築
中国による南シナ海における大規模かつ急速な拠点構築

日本は、海における法の支配の貫徹を支持し、航行及び上空飛行の自由並びにシーレーンの安全確保を重視する立場から、南シナ海における力又は威圧による一方的な現状変更の試みや緊張を高めるいかなる行為にも再三にわたり強く反対してきている。また、南シナ海をめぐる問題の全ての当事者が、UNCLOSを始めとする国際法に基づく紛争の平和的解決に向け努力することの重要性を一貫して強調してきている。2016年の南シナ海に関する比中仲裁判断発出から8年を迎えた7月には外務大臣談話を発出し、2016年の比中仲裁判断は最終的であり、紛争当事国であるフィリピンと中国を法的に拘束し、当事国がこの判断に従うことにより、南シナ海における紛争の平和的解決につながることを強く期待すると改めて表明した。

4月に初めて開催された日米比首脳会合で、日米比3か国の首脳は、中国によるフィリピン船舶の公海における航行の自由の行使に対する度重なる妨害及びセカンド・トーマス礁への補給線への妨害は危険で不安定化をもたらす行為であるとして、深刻な懸念を改めて表明した。6月のG7プーリア・サミットでは、G7首脳は、南シナ海における状況への深刻な懸念と、力又は威圧によるあらゆる一方的な現状変更の試みに対する強い反対を改めて表明するとともに、増加しているフィリピン船舶に対する危険な操船及び放水の使用について深刻な懸念を表明した。また、海洋における全ての活動を規律する法的枠組みを規定する上でのUNCLOSの重要な役割を再確認した。9月の日米豪印首脳会合において、日米豪印の首脳は、係争地形の軍事化や南シナ海における威圧的かつ脅迫的な操船に対する深刻な懸念を表明し、危険な操船の増加を含め、海上保安機関及び海上民兵船舶の危険な使用を非難した。また、他国の海洋資源開発活動を妨害する取組への反対、並びに国際法と整合的な妨げられない商業活動を維持・堅持することの重要性を改めて強調した。また、10月の日・ASEAN首脳会議及びEASでは、石破総理大臣から、南シナ海での軍事化や威圧的な活動が継続・強化されているとして、UNCLOSの関連規定に基づかない不当な海洋権益の主張や海洋における活動は認められないと強調した。

南シナ海をめぐる問題は、地域の平和と安定に直結する国際社会の正当な関心事項であり、資源やエネルギーの多くを海上輸送に依存する日本にとっても重要である。日本としては、法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序の維持・強化に向け、引き続き、ASEAN諸国や米国を始めとする国際社会と連携していく。

オ 海賊・海上武装強盗対策

日本は、アジアやアフリカでの海賊・海上武装強盗対策などの取組や各国との緊密な連携・協力を通じて、航行及び上空飛行の自由や海上交通の安全確保に積極的に貢献している。

(ア)アジアにおける海賊等事案対策

2006年、日本の主導によりアジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)が発効し、シンガポールに設置された情報共有センター(ReCAAP-ISC)を通じ、マラッカ・シンガポール海峡などにおける海賊等の事案に関する情報共有及び能力構築支援協力が行われている。日本はこれまで事務局長(2022年3月任期満了)及び事務局長補の派遣、並びに財政的貢献によりReCAAP-ISCの活動を支援してきている。国際商業会議所(ICC)国際海事局(IMB)によれば、東南アジア海域における海賊等事案の発生件数は、2022年は58件、2023年は67件、2024年は70件となっているが、ReCAAP-ISCの活動や締約国の貢献を背景に、近年は誘拐や暴行などを含む深刻な事案の発生は抑制されている。

(イ)ソマリア・アデン湾における海賊等事案対策

アジアと欧州をつなぐ重要なシーレーンであるソマリア沖・アデン湾での海賊等事案の発生件数は、IMBによれば、2011年(237件)をピークに減少傾向にあり、2019年以降は未遂事案が0件又は1件で推移、2024年には8件の海賊事案が発生したものの、低い水準で推移している。今後、再び海賊事案が増加傾向に転じないように、国際社会との協力が求められている。

日本は、2009年から海賊対処活動の一環としてソマリア沖・アデン湾に海上自衛隊の護衛艦(海上保安官が同乗)及びP-3C哨戒機を派遣し、当該海域の安定化に貢献している。また、ソマリアやジブチなど周辺国の海上保安能力の強化や、ソマリア社会の安定に向けた支援といった多層的な取組を行っている。

(ウ)ギニア湾における海賊等事案対策

IMBによれば、ギニア湾における海賊等事案の発生件数は、2022年は19件、2023年22件、2024年は18件であり、一つの事案で複数人が被害に遭うなど、引き続き世界で最も深刻な事案が多い海域となっている。沿岸国の海上法執行能力の強化が引き続き課題であり、日本は、国連開発計画(UNDP)、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)やJICAによる研修を通じた沿岸国の能力構築支援を行っているほか、「G7++ギニア湾フレンズ・グループ」の会合への参加を始め、国際社会と共に取り組んでいる。

カ 能力構築支援における国際協力

グローバル化の進展、技術革新によるグローバルな安全保障環境への影響、中国の軍事力増強などによる軍事バランスの急速な変化や、国境を越える脅威の増大は、特に海洋分野において、一国のみで自国の平和と安全を守ることを不可能としている。そのため、日本は自国の防衛力や海上法執行能力の強化を進めつつ、国際的な海洋秩序の維持・発展のため、同盟国・同志国などと連携・協力しながら、各国の海洋安全保障や海上法執行能力構築のための支援や、海洋状況把握(MDA)における国際協力を行っている。

こうした協力において、日本は従来から政府開発援助(ODA)を活用してきており、2022年のシャングリラ・ダイアローグにおいて岸田総理大臣は、衛星、AI、無人航空機などの先端技術の知見の共有も含め、2025年までの3年間で、20か国以上に対し、海上法執行能力強化に貢献する技術協力及び研修などを通じ、800人以上の海上安保分野の人材育成・人材ネットワーク強化の取組を推進すること、インド太平洋諸国に対し、少なくとも約20億ドルの巡視船を含む海上安保設備の供与や海上輸送インフラの支援を行うこと、日米豪印や国際機関なども活用しながら各国への支援を強化していくことを表明した。2023年は、20か国の海上保安機関などの計600人超の職員を対象に、日本や現地での研修を実施し、また、インドネシアの海上保安機構に対し無償資金協力「海上保安能力向上計画」により大型巡視船1隻を日本の造船所で建造し供与することを決定した。また、UNODCのグローバル海上犯罪プログラム(GMCP:Global Maritime Crime Programme)が実施する海上法執行能力強化プロジェクトへの支援を通じ、インド・太平洋及び西アフリカ各国に対して海上犯罪対策に係る訓練コースの開発や、同訓練・ワークショップの実施を行っている。

また、インド太平洋沿岸国の海上保安機関に対する能力向上支援のため、専門的な知識や高度な技術を有する海上保安官や能力向上支援専従部門である海上保安庁MCT(Mobile Cooperation Team)を各国の海上保安機関に派遣しているほか(GMCPの枠組み含む。)、日本への招へい研修や「海上保安政策プログラム」により、各国海上保安機関職員への人材育成を実施している。さらに、インド太平洋地域の各国の軍などに対し、艦船整備や潜水医学等に関する能力構築支援、ASEAN加盟国などの若手士官などに海上自衛隊艦艇への乗艦研修などを行っている。

2023年に新たに創設された政府安全保障能力強化支援(OSA)は、海洋安全保障を優先分野の一つとし、同志国の軍などに対する資機材供与やインフラ整備などを通じて、安全保障上の能力・抑止力の強化を図っている。2024年度は、フィリピンに対し、複合艇や沿岸監視レーダーシステムなど、インドネシアに対し警備艇、ジブチに対し沿岸監視レーダーシステム及び関連インフラを供与することを決定した。

加えて、国際機関や多国間の枠組みを通じた海上法執行能力強化支援も行っている。10月、ReCAAP締約国のうちアジア諸国を中心に12か国の沿岸警備隊などの法執行機関を東京に招き、能力構築事業を開催した(202ページ 特集参照)。また、日米豪印で行う「海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ(IPMDA)」との連携のほか、各国と覚書に基づきMDA情報の共有を図るなど、同盟国・同志国との協調も進めている。

特集現代の海賊対策と日本の貢献

皆さんは、海賊と聞くと何を思い浮かべるでしょうか? 童話の中の悪役や、映画やアニメの主人公かもしれません。しかし、海賊は現実に存在していて、今も世界の平和と安全の脅威となっています。

海洋国家である日本は、古(いにしえ)から海を通じた貿易や人の往来を通して世界とつながり、発展してきました。海上交通路が整備され、輸送能力や技術が飛躍的に向上した今日、日本に輸入される様々な商品や石油などの資源の多くが船によって運ばれてきます。その航路の中には、パナマ運河、ホルムズ海峡、スエズ運河といった世界の海上輸送にとって死活的に重要な要衝、いわゆるチョークポイントと呼ばれる海域があります。現代の海賊等事案1の多くはまさにこのチョークポイント周辺で発生しているのです。

日本への主要海上輸送ルートとチョークポイント
日本への主要海上輸送ルートとチョークポイント

この古くて新しい脅威に対し、国際社会は連携して対処してきました。海賊の多発地帯であるソマリア沖・アデン湾では約60か国が協力して海賊対策を行っており、日本も自衛隊の護衛艦と哨(しょう)戒機を派遣し、今この瞬間も警戒・監視活動の任務に従事しています。また、世界経済の大動脈であるマラッカ・シンガポール海峡でも海賊事案は発生しており、日本はアジア海賊対策地域協力協定情報共有センター(ReCAAP-ISC)と協力して対策に取り組んでいます。

欧州、中東、アフリカから日本などのアジアに向かう船のほとんどが通るマラッカ・シンガポール海峡の安全は、私たちの生活に直結します。この考えの下、2001年、小泉総理大臣はアジアの海賊問題に有効に対処するため、地域協力促進のための法的枠組みの創設を提案し、2006年にReCAAPが発効しました。日本が主導したこの協定には、アジア諸国のみならず、米国やオーストラリア、欧州諸国も参加するようになりました。ReCAAPの活動の中で日本が特に重点的に取り組んでいるのが、アジア諸国の海上保安機関の能力向上支援です。マラッカ・シンガポール海峡を始めとするアジアの海の安全を担うのは、沿岸国の海上保安機関であり、彼らの法執行能力の強化が、日本を含むアジアの安全につながります。

特筆すべき例として、2024年10月、ReCAAP事務局、外務省、海上保安庁による能力構築エグゼクティブ・プログラム(CBEP)を東京で開催しました。1週間にわたるこのセミナーには、ReCAAP締約国のうちアジア諸国を中心に13か国の海上法執行機関の幹部らが参加し、海賊対策をめぐる各国の取組について共有し、課題の対処について議論を行いました。日本は、法の支配に基づく海洋秩序の構築が海賊対策のためにも重要であることを強調し、海洋安全保障に関する日本の取組について紹介し、参加者の理解を深めました。このセミナーの成果を参加者が自国に持ち帰り、所属する機関の中で共有することで、地域全体の海上法執行能力が向上し、日本を含むアジアの海の安全、ひいては、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現につながっていきます。

CBEPの参加者集合写真(10月、東京)
CBEPの参加者集合写真(10月、東京)

このように、海の安全の確保を通じて私たちの生活を守ることは、日本の外交政策における大切な取組の一つです。そして、海賊への対処は、ほかの地球規模課題と同様に日本単独でできるものではありません。これからも政府一丸となって、海洋安全保障のための国際協力を進めていきます。

1 「海賊等事案」は、公海上で発生した「海賊」と領海内で発生した「武装強盗」を含む。

(5)宇宙

日本は2023年6月、3年ぶりに宇宙基本計画を改定するとともに、新たに宇宙安全保障構想を策定した。宇宙安全保障構想には、宇宙安全保障分野の課題と政策を具体化し、宇宙安全保障に必要なおおむね10年の期間を念頭に置いた取組が盛り込まれ、同盟国・同志国などと共に宇宙空間の安定的利用と宇宙空間への自由なアクセスを維持することが記載された。

近年、宇宙利用の多様化や宇宙活動国の増加に伴って宇宙空間の混雑化が進んでおり、また、衛星破壊実験などによりスペースデブリが増加するなど、宇宙空間の持続的かつ安定的な利用に対するリスクが増大している。こうした状況に対応するため、日本は宇宙状況把握(SSA)や宇宙システムの機能保証の強化などに取り組んでおり、また、国際的なルール形成や国際宇宙協力を実施している。

ア 宇宙空間における法の支配の実現

宇宙空間が核兵器のない領域であり続けるべきとの考えの下、4月、日本は、米国と共同で、宇宙空間に設置することを目的とした核兵器その他の大量破壊兵器の開発を行わないことを各国に求める安保理決議案を起草し、65か国が共同提出したが、ロシアの拒否権行使により否決された。その後、日米両国は、アルゼンチンと共同で、同様の要素を含んだ国連総会決議案を提出し、同決議案は167か国の圧倒的多数の賛成を得て採択された。

民生宇宙活動に関する国際的なルール形成に関しては、国連総会の下に設置された常設委員会である宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)が重要な役割を果たしている。

COPUOSには、包括的な議論を行う本委員会以外に、宇宙活動に係る諸問題について科学技術的側面から検討を行う科学技術小委員会と宇宙活動により生ずる法律問題を議論する法律小委員会が設けられている。

1月から2月にかけて開催された科学技術小委員会においては、スペースデブリやリモートセンシングなどの個別のテーマに加え、宇宙活動の長期持続可能性についても活発な議論が行われた。

4月に開催された法律小委員会においては、宇宙空間の定義や静止軌道への衝平なアクセスに関する問題に加え、近年関心が高まっている宇宙交通管理(STM)や宇宙資源に関する議論が行われた。特に、宇宙資源については、2021年、法律小委員会の下に設置されたワーキンググループにおいて、宇宙資源をめぐる国際的なルールの在り方について、集中的な議論が行われた。

宇宙空間における軍備競争の防止(PAROS)については、日本や英国などが2021年に共同で提案し、2022年から2023年にかけて開催された「宇宙空間における責任ある行動」に関するオープン・エンド作業部会(OEWG)において活発な議論が行われたが、一部の国の反対により、報告書は採択されなかった。また、これとは別の動きとして、ロシアが2022年に提案して設立された政府専門家会合(GGE)が2023年11月及び2024年8月にジュネーブで開催され、コンセンサスで報告書が採択された。さらに国連総会では、2023年に設置することが決定された英国提案の「責任ある行動」に関するOEWGとロシア提案のPAROSに関するOEWGを統合することが決定された。

このほか日本は、宇宙空間における法の支配に貢献するため、2021年に国連宇宙部の「宇宙新興国のための宇宙法プロジェクト」への協力を発表して以降、アジア太平洋地域の宇宙新興国に対する国内宇宙関連法令の整備及び運用の支援を行っている。宇宙活動の許認可及び継続的監督に焦点を当てた法的能力構築支援を実施し、1月には、国連大学において、7か国(ブータン、カンボジア、インドネシア、マレーシア、モンゴル、フィリピン及びタイ)からの約25人の専門家を得て、3日間にわたる集中的なワークショップを開催した。

イ 各国との宇宙対話・協議

日本は、主要な宇宙活動国やアジア太平洋地域諸国を中心に、宇宙分野における対話・協議などを推進している。特に、8月、米国において、「宇宙に関する包括的日米対話」第9回会合を開催し、日米の宇宙関係府省及び機関の関係者が参加し、商業宇宙、宇宙安全保障及び民生宇宙を含む幅広い分野を包括的に議論し、その成果として共同声明を発出した。

また日米豪印における取組としては、2021年の日米豪印首脳会合において設置された宇宙分野に関するワーキンググループを活用し、ワークショップなどを実施した。また、9月の日米豪印首脳会合においては、全ての国家に対し、安全で、平和的で、責任ある持続可能な宇宙空間の利用に貢献するよう求めることで一致した。

多国間会合としては、11月に文部科学省及び国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)がオーストラリア宇宙庁(ASA)との共催により、「第30回アジア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF)」を開催し、持続可能で責任ある地域宇宙セクターの構築に向けた協力体制について議論した。

ウ 国際宇宙探査・国際宇宙ステーション(ISS)

平和的目的のための宇宙空間の探査及び利用の進歩は、全人類の共同の利益であり、外交的にも重要な意義を持つものである。

日本は、2019年、米国提案による国際宇宙探査計画「アルテミス計画」への参画を決定した。2020年には、日米を含む8か国が、アルテミス計画を念頭に、宇宙活動を促進する安全で透明性の高い環境を作り出すための諸原則に対する政治的コミットメントを示す「アルテミス合意」に署名した。その後、アルテミス合意は署名国を増やし52か国となった(2024年12月末時点)。

また、2023年、日米両政府は、宇宙の探査及び利用を始めとする宇宙協力を一層円滑にするための新たな法的枠組みである「日・米宇宙協力に関する枠組協定」を1月に署名し、同協定は6月に発効した。同協定の下で作成され、4月に署名された実施取決めでは、日本が月面与圧ローバを提供して運用を維持する一方で、米国はアルテミス計画の将来のミッションで日本人宇宙飛行士による2回の月面着陸の機会を割り当てることが記載された。また関連して、同月に実施した日米首脳会談で両首脳は、アルテミス計画の将来のミッションで日本人宇宙飛行士が米国人以外で初めて月面に着陸するという共通の目標を発表した。

日本は、宇宙分野における能力構築支援などを目的として、ISSの日本実験棟「きぼう」を活用し、アジア太平洋地域に対してはAPRSAFに設置されたKibo-ABCイニシアチブを通した人材育成プログラム(ロボットプログラミング、物理・植物実験など)を提供している。さらに、宇宙新興国に対しては国連宇宙部との協力枠組み「KiboCUBE」プログラム(16)を通した超小型衛星の放出機会を提供している。同プログラムの下、中米統合機構(SICA)、メキシコ、並びに、タンザニア及びコートジボワール(両国共同)が放出に向けた衛星開発を行っている。

エ 宇宙技術を活用した地球規模課題への対応

近年、地球規模課題の解決において、宇宙技術に対する期待が高まる中、日本は、国際的に優位性を持つ宇宙技術を活用した国際協力を推進し、持続可能な開発目標(SDGs)の達成などに向けて貢献している。

例えば、日本は、世界の降水状況を観測する衛星を複数活用した「衛星全球降水マップ(GSMaP)」を無償で提供しており、世界152の国や地域において、降水状況の把握や防災管理、農業などの多岐にわたる分野で利用されている。さらに、日本は、アジア太平洋地域の災害管理のため、災害発生時に衛星観測情報を無償提供する「センチネルアジア」の立ち上げを主導し、同プロジェクトは、これまでに37か国・地域、490回以上の緊急観測要請に対応している。防災関係者を対象にワークショップを開催し、アジア諸国における災害時の衛星データ利活用に係る能力向上にも貢献している。

加えて、JICAは、JAXAとも連携し、7月に10か国の宇宙関連機関職員13人を日本に受け入れて、SDGsに資する宇宙技術の利活用能力の向上に係る研修を実施した。加えて、2023年度より開始したパラグアイ・ルワンダでの宇宙機関の組織・技術的キャパシティ向上に係る技術協力事業において、日本の宇宙分野の産学官の支援を得つつ、日本での研修を複数回実施した。また、5月には岸田総理大臣の訪問に合わせ、JAXA及びパラグアイ宇宙機関と共に、日本とパラグアイの宇宙開発協力に関する覚書に署名し、産学官が連携する「日・パラグアイ宇宙協力プログラム」を設け、多角的な協力を進めていくことを確認した。

(6)平和維持・平和構築

国際社会では依然として、民族・宗教・歴史の違いなどを含む様々な要因、また、貧困や格差などの影響によって地域・国内紛争が発生し、近年、特にその長期化が課題となっている。このため、国連PKOの派遣などによる紛争後の平和維持に加え、紛争の予防や再発防止、紛争後の国家の国造りと平和の持続のため、開発の基礎を築くことを念頭に置いた平和構築の取組が課題となっている。

近年では、紛争だけでなく、気候変動や感染症など新たなリスクが平和と安定に及ぼす影響についても懸念されており、より統合的なアプローチが必要となっている。このように国際社会の課題が複雑化・多様化する中、「新・平和への課題(New Agenda for Peace)」や未来サミットの成果文書「未来のための約束」(226ページ 5(2)参照)において、平和維持・平和構築といった平和活動の強化が盛り込まれるなど、その取組はますます重要になっている。

ア 現場における取組
(ア)国連平和維持活動(国連PKO)など

2024年12月末時点で、11の国連PKOミッションが中東・アフリカ地域を中心に活動しており、停戦監視、政治プロセスの促進、文民の保護など幅広い任務を行っている。従事する軍・警察・文民要員の総数は約7万人である。新たな技術を用いた脅威の増加など、国連PKOを取り巻く環境は複雑化しており、PKOの将来に関する議論が活発に行われている。

また、国連は、PKOミッションに加え、文民主体の特別政治ミッション(SPM)を設立し、紛争の平和的解決、紛争後の平和構築、紛争予防といった多様な役割を付与している。

日本は、「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(PKO法)」に基づき、1992年以来、計29の国連PKOミッションなどに延べ1万2,700人以上の要員を派遣してきた。直近では、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に対し、2011年から司令部要員を、2012年から施設部隊を派遣した。施設部隊は、インフラ整備や避難民への給水活動などを実施し、2017年5月に活動を終了した。UNMISS司令部では2024年5月に副参謀長ポストを含む2人の自衛官を追加派遣し、同年12月末時点で6人の自衛官が活動し、同国の平和と安定に向けた協力を行っている。また、日本は、2019年から、エジプトのシナイ半島に駐留する多国籍部隊・監視団(MFO)に司令部要員を派遣し、2024年12月末時点で4人の自衛官が活動し、中東の平和と安定に資する活動を行っている。日本は、今後も、日本の強みをいかした能力構築支援の強化、部隊及び個人派遣などを通じて、国際平和協力分野において積極的に貢献していく。

(イ)平和構築に向けたODAなどによる協力

紛争及び人道危機への対応においては、人道支援と開発協力に加え、平時から包摂的な社会を実現するための平和構築及び紛争再発防止が重要である。2022年には世界の難民・避難民数が初めて1億人を超えたが、中長期的な観点に立って強靱な国造りや社会安定化のための支援を行い、自立的発展を後押しすることで、危機の根本原因に対処する必要性が一層高まっている。日本は、「人道・開発・平和の連携(HDPネクサス)(17)の考え方を、2023年6月に改定された開発協力大綱で明記した。同年12月に開催された第2回グローバル難民フォーラム(GRF)では、同アプローチにおいて日本が主導の役割を務めることを打ち出し、国際社会と協力して、平和構築支援も含め未曽有の人道危機に取り組む姿勢を示した。

a 中東

日本は、中東の平和と安定のための包括的支援を実施しており、食糧援助や難民支援などのほか、国造りを担う人材の育成を支援している。パレスチナでは、難民人口が増大する一方、難民キャンプのインフラ劣化や失業・貧困などの生活環境の悪化が深刻化している。日本はパレスチナの難民キャンプにおいて、「キャンプ改善計画(CIP)」や教育施設への支援を通じて、難民の生活環境の改善を図り、人間の安全保障に基づく民生の安定と向上に貢献した。

b アフリカ

日本は、8月に開催したアフリカ開発会議(TICAD)閣僚会合において、平和と安定に向けた議論を行った。具体的には、政府間開発機構(IGAD)を拠点とする「アフリカの角における女性平和人材育成イニシアティブ」の立ち上げや地雷・不発弾対策プラットフォームの展開を発表したほか、アフリカの声をより良く反映していくため、国連安保理改革が重要であると表明した。2025年8月にはTICAD 9を横浜にて開催予定であり、民主主義の定着及び法の支配の推進、紛争予防・平和構築、コミュニティの基盤強化に向けた支援などを通して、平和と安定に向けたアフリカ主導の取組を後押ししていく。

例えば、日本は、フランス語圏アフリカ諸国に対し、2014年から刑事司法研修を行い、捜査機関及び司法機関の能力強化を通じたサヘル地域の安定化を支援してきた。また、アフリカ諸国に対し、頻発するテロや越境犯罪などに対する治安維持能力の向上のための治安対策機材供与や、地雷除去支援も進めている。

また、「アフリカの角」地域では、「アフリカの角」担当大使による人道アクセス確保及び停戦に向けた働きかけを行う一方、選挙支援、エチオピアにおけるDDR(元兵士の武装解除、動員解除、社会復帰)支援、人道支援の実施などを通じ、地域の平和と安定に向け貢献している。さらに、日本は、2008年から2024年までにUNDP経由で、アフリカ諸国が運営するPKO訓練センターのうち計14か国のセンターに総額約6,600万ドルを拠出し、アフリカの平和維持活動能力の向上に寄与している。

イ 国連における取組

平和構築の取組の必要性に関する国際社会の認識が高まった結果、2005年の安保理決議(1645)及び総会決議に基づき、紛争解決から復旧・社会復帰・復興まで一貫した支援に関する助言を行うことを目的とする「国連平和構築委員会(PBC)」が、安保理及び総会の諮問機関として設立された。PBCは国・地域における平和構築の在り方に関する議論に加え、女性・平和・安全保障(WPS)や若者・平和・安全保障(YPS)などのテーマに関する議論も行っており、近年は安保理や総会などへの助言機能を果たす機会が増える傾向にある。

日本はPBC設立時から一貫して、PBCの「組織委員会」のメンバーを務めており、強靱で持続的な平和を実現するためには、HDPネクサスに基づくアプローチが必要との立場の下、制度構築や人への投資に取り組む重要性を唱えてきている。2024年には、日本はPBCにおける安保理との調整役として、両機関の連携強化に貢献している。

また、日本は、国連平和構築基金(PBF)(18)に、2024年12月末まで総額6,685万ドルを拠出し、主要ドナー国として、国連関連機関が実施するアフリカなどにおける事業の遂行を積極的に支援している。

日本は、2023年1月から2年間の安保理理事国の任期でも平和構築を優先課題の一つとして取り組んできた。2023年1月と2024年3月には安保理議長月として、2度にわたって平和構築・紛争予防に関する公開討論を主催し、いわゆるグローバル・サウスが抱える様々な難しい課題に焦点を当て、紛争の再発を防止し平和の持続を実現させる上での「人」の役割や、PBCのより積極的な活用といった国連の機能強化の重要性を強調した。多くの国から日本の考えに賛同する声が上がった。

また、ほかの安保理理事国とも連携し、平和構築に関する取組を実施してきている。2024年1月には、ガイアナ及びモザンビークと共に、安保理において「平和構築と平和の持続:強靱性強化に向けた人への投資」をテーマとする会合を主催し、平和を構築する上での女性のエンパワーメントを含む人への投資の重要性について取り上げるなど、日本の立場を積極的に発信した。このように、日本は、PBCメンバー国としてだけでなく安保理理事国としても、国連の場において平和構築に取り組む重要性が深く共有されるよう、議論を喚起してきており、安保理理事国の任期後も引き続き、PBCなどを通じて積極的に貢献していく。

ウ 人材育成
(ア)平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業

紛争後の平和構築では、高い能力と専門性を備えた文民専門家の人材育成が課題となっている。日本は、現場で活躍できる人材を育成する事業を実施しており、2024年末までに育成した人材は1,000人を超える。事業修了生はアジアやアフリカなどの平和構築・開発の現場で活躍しており、諸外国などから高い評価を得ている。また、若手人材向けの研修コース(初級コース)の日本人修了生228人のうち123人が国際機関の職員(正規職員のほか、ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)や国連ボランティア、コンサルタントを含む。)を務めるなど、この事業は平和構築・開発分野の国際機関における日本人のキャリア形成とプレゼンス強化に大きく貢献している。2024年も、プライマリー・コース及び平和構築・開発分野での経験を持つ中堅層の実務家を対象とするミッドキャリア・コースを実施した(208ページ コラム参照)。

コラム日本の資金援助を通じたギニアビサウでの平和維持活動
国連開発計画(UNDP)ギニアビサウ事務所 勝木(かつき) 大我(たいが)

外務省委託「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」の「プライマリー・コース」研修員の勝木大我です。同コースを通じて、国連開発計画(UNDP)1のギニアビサウ事務所で国連ボランティアとして勤務しています。

皆さんはギニアビサウという国をご存じですか? 西アフリカに位置するこの国は、大小88の島々から成り、きれいな海と自然豊かな環境が自慢な国です。しかし、最貧国の一つとして数えられ、貧困、医療、社会保障の欠如、政治不安や汚職問題など様々な問題に直面しています。

貧困や格差、不公正に終止符を打つことを使命とするUNDPは、ギニアビサウで日本政府からの資金援助を通じて、汚職防止の取組を行っています。汚職防止が平和維持になるのか? と思われるかもしれませんが、私は平和を維持するための重要な取組だと考えます。例えば、公的資金や医療品などの横領は国民の間の不満を生み出し、クーデターなどの政治不安を引き起こす原因となります。事実、直近の2023年11月には、汚職問題に端を発し、大統領や政府に不満を持つ人々が関わったクーデター未遂となる銃撃事件が発生しました。

私はUNDPギニアビサウ事務所で、本事業の医療分野での汚職防止活動に取り組んでいます。汚職は、政府内だけで起こる問題ではなく、様々な場所にリスクが潜んでいます。そのため、汚職防止のためには資金や医療品の流れ、管理手法を確認し、透明性を確保する必要があります。具体的には保健省や地方政府、病院や薬局などを調査・分析した資料の作成や、透明性を高めるための情報のデジタル化の模索などを進めています。

汚職防止の活動の一環として地方の病院を訪問し、データ収集をした際の様子(筆者右端)
汚職防止の活動の一環として地方の病院を訪問し、データ収集をした際の様子(筆者右端)

また、私は先方政府との調整を行いながら、保健省・経済省などの複数の省庁の国家公務員への能力構築トレーニングを主導しています。リスク評価やリスクマネージメントに関する研修を基に、どこに汚職のリスクが潜んでいるか、そのリスクにどう対処していくかなどのトレーニングを行っています。さらに、デ・バロス首相が私たちの汚職防止の活動に大きな関心を持たれたことで、先方政府から保健省の財政部門の中にある評価・計画チームに対しても技術支援を行って欲しいという要請もあり、活動の大きなインパクトを感じました。今では、同チームに対する技術支援として、戦略的なビジョンや内部監査を実施するための組織構造、目的設定、予算編成や資金戦略などを含む能力構築トレーニングや助言活動に励んでいます。

政府との話し合い現場の様子(筆者左端)
政府との話し合い現場の様子(筆者左端)

UNDPは「不公正と戦うこと」を使命としていることもあり、ギニアビサウの汚職防止に日本政府と協力して取り組んでいます。私は、このように公正な社会や国家システムを構築するといった大きな目標を掲げながら、「国連だからこそできるアプローチ」を通じて、汚職防止の取組に向き合えていることにとてもやりがいを感じています。今後も日本政府の資金援助を通じた汚職防止活動に取り組みながら日本の存在感を高めていきたいです。

1 UNDP:United Nations Development Programme

(イ)各国平和維持要員の訓練

日本は、国連PKOに参加する各国の平和維持要員の能力向上を支援してきている。2015年から、国連、支援国、要員派遣国の三者が互いに協力し、必要な訓練や装備品の提供を行うことでPKO要員の能力向上という喫緊の課題に対処するための革新的な協力の枠組みである国連三角パートナーシップ・プログラム(Triangular Partnership Programme:TPP)に資金を拠出し、自衛隊員等を教官として派遣するなど協力を行っている。これまで、国連PKOへ施設部隊を派遣する意思を表明したアフリカの9か国336人の要員に対し、重機操作の訓練を実施してきた。2018年にはアジア及び同周辺地域にも対象地域が拡大され、ベトナム及びインドネシアで訓練を実施した。2019年10月から、国連PKOにおいて深刻な問題となっている医療分野でも救命訓練を開始し、2021年から国連PKOミッションに遠隔医療を導入するための支援を開始した。重機操作及び医療分野における教官として自衛官など延べ408人が訓練に貢献している。2023年に、TPPを拡充し、アフリカ連合(AU)が主導する平和支援活動に派遣される要員への訓練を実施するために約850万ドルの拠出を決定し、2024年、AUミッション要員への訓練が開始された。また、カンボジアにおいて、韓国及びオーストラリアと共に、分野横断的な訓練も実施した。なお、本プログラムとは別に、アジア・アフリカ諸国のPKO訓練センターに対する講師などの人材派遣や財政支援も行っている。

(7)治安上の脅威に対する取組

良好な治安を確保し、国民の生命などを守ることは、様々な社会経済活動の前提であり、国の基本的な責務である。科学技術の進展、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)のまん延といった社会情勢の変化もあいまって急速に複雑化、深刻化している国際的なテロや組織犯罪といった治安上の脅威に効果的に対処するためには、国際社会全体が協力して取り組むことが不可欠である。

ア テロ及び暴力的過激主義対策

近年、人々の情報通信技術への依存が高まるにつれ、オンライン上での過激思想の拡散や、テロなどを触発する有害コンテンツの発信が容易となり、テロ組織が、資金調達、勧誘、扇動にインターネットやSNSを悪用している傾向が顕著に見受けられる。また、ドローンなどの簡易で安価な武器を利用し、多くの人が集まる警備が手薄なソフト・ターゲットを対象とした無差別テロが増加しており、テロの致死性が高まっているという見方もある。こうしたテロ活動に対抗するには、テロリストへの資金の流れを断ち切る必要があり、国際的な連携と併せて、官民で協力して対応していくことが重要となっている。

日本は、国際的なテロ・暴力的過激主義対策やテロ資金対策の取組の一環として、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)及び国際刑事警察機構(インターポール)によるプロジェクトに拠出し、東南アジア諸国の法執行機関の能力構築を支援している。また、テロ対策に係る国際的な枠組みであるグローバル・テロ対策フォーラム(GCTF)の関連会合や議論に積極的に参加してきており、GCTFの派生団体である「コミュニティの働きかけと強靱性に関するグローバル基金(GCERF)」や国際司法・法の支配研究所(IIJ)とは、プロジェクト・レベルでの協力を進めてきている。特にIIJとは、2024年2月に、外務省と国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)と三者共催で、「南アジア及び東南アジア地域における法の支配ワークショップ」を東京で開催した。また、二国間・三国間テロ対策協議日米豪印テロ対策作業部会などを通じて、テロ情勢に関する情報交換や連携の強化などを確認しつつ、実践的な協力を強化してきている。このほか、過去20年間にわたり継続して行っている取組として、異なる価値を受け入れる寛容な社会・穏健主義拡大への貢献のため、イスラム学校の教師を招へいし、宗教間対話、異文化交流、日本の教育の現場の視察などを行う交流を実施しており、かかる取組は今後も継続して実施していく。

イ 刑事司法分野の取組

国連の犯罪防止刑事司法委員会(CCPCJ)及び犯罪防止刑事司法会議(通称「コングレス」)(いずれも事務局はUNODC)は、犯罪防止及び刑事司法分野における国際社会の政策形成を担っている。2021年3月に京都で開催された第14回コングレス(京都コングレス)では、全体テーマ「2030アジェンダの達成に向けた犯罪防止、刑事司法及び法の支配の推進」の下、国際社会が犯罪防止・刑事司法の分野で中長期的に取り組むべき内容をまとめた政治宣言(京都宣言)が採択された。日本は、その後もリーダーシップを発揮し、UNODCなどと協力しつつ、(ア)アジア太平洋地域において刑事実務家が情報共有や意見交換をするプラットフォームとしての「アジア太平洋刑事司法フォーラム」の定期開催、(イ)若者(ユース)たちが自ら議論し、その声を政策に取り入れていくことを目指す「法遵守の文化のためのグローバルユースフォーラム」の定期開催、(ウ)国際社会による再犯防止の取組を推進するための国連準則の策定への取組を進めているほか、UNODCが行う京都宣言のテーマ別討論をサポートするなど、京都宣言のフォローアップを積極的に行っている。さらに、2024年5月に開催された国連犯罪防止刑事司法委員会において、日本は、京都宣言を引き続きフォローアップする決議案を提出し、同決議案は全会一致で採択された。これにより、京都コングレスの成果は、2026年の第15回コングレス(アラブ首長国連邦がホスト国)に受け継がれていくこととなった。また、UNODC、インターポール及び欧州評議会への資金拠出を通じて、東南アジア諸国の検察その他刑事司法機能の強化、刑務所運営の強化及びサイバー犯罪対策に係る能力強化を支援している。そのほか、国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)(19)を通じて、犯罪者処遇や犯罪防止、犯罪対策などに関する研修を日本で実施し、各国刑事司法担当者などの能力構築に貢献している。日本は、テロを含む国際的な組織犯罪を一層効果的に防止し、これと戦うための協力を促進する国際的な法的枠組みを創設する国際組織犯罪防止条約(UNTOC)の締約国として、同条約に基づく捜査共助や条約の履行状況を審査する取組による国際協力を推進している。また、サイバー犯罪が国境を越える脅威となっている今日、国際社会が一致してサイバー犯罪に対応するため、2019年に国連で議論が開始された国連サイバー犯罪条約が、2024年12月にニューヨークの国連本部において採択された。日本は、「自由、公正かつ安全なサイバー空間」の確保を目指し、同条約策定のために設立された特別委員会の副議長を務めるなど、交渉妥結に尽力した。

ウ 腐敗対策

持続的な発展や法の支配を危うくする要因として指摘される腐敗への対処に対する国際的な関心が高まる中で、日本は、贈収賄、公務員による財産の横領などの腐敗行為に対処するための措置や国際協力を規定した国連腐敗防止条約(UNCAC)の締約国として、同条約の効果的履行や腐敗の防止・撲滅のための国際協力の強化に向けた議論に積極的に参加している。2023年9月には、UNCACレビューメカニズム(締約国間の相互審査)において、同条約上の犯罪化及び法執行(第3章)並びに国際協力(第4章)の規定に係る日本の実施状況に関する審査の結果についてのエグゼクティブ・サマリーが公表された。また、G20の枠組みで開催される腐敗対策作業部会の活動にも積極的に参加し、同作業部会の2025年から2027年の行動計画や、民間部門における腐敗対策の強化に関するハイレベル原則の策定に貢献した。さらに2024年10月には、G20腐敗対策作業部会が設置されて以来3回目の開催となる閣僚会合がブラジル・ナタルで開催され、日本を含むG20各国が国際的な腐敗対策に係る枠組みを強化するための議論を行い、「G20腐敗対策閣僚宣言」(20)が採択された。そのほか、UNAFEIを通じて日本で汚職防止刑事司法支援研修を実施している。経済協力開発機構(OECD)贈賄作業部会は国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約(外国公務員贈賄防止条約)の各締約国による履行状況の検証を通じて、外国公務員に対する贈賄行為の防止に取り組んでおり、日本も積極的に参加している。

エ マネー・ローンダリング(資金洗浄)・テロ資金供与対策

マネー・ローンダリングやテロ資金供与対策については、国際的な枠組みである金融活動作業部会(FATF)が、各国が実施すべき国際基準を策定し、その履行状況について相互審査を行っている。また、近年、FATFは、大量破壊兵器の拡散につながる資金供与の防止対策にも取り組んでおり、北朝鮮による不正な金融活動の根絶を求めるFATF声明を発出している。日本は、設立時からのメンバー国として、これらの議論に積極的に参加している。なお、日本は2019年の第4次対日相互審査報告書の採択以降、着実に対応を進め、2024年10月のFATF全体会合において、同第4次審査で改善が必要と指摘された勧告全ての評価引上げを達成した。加えて、日本は、テロ資金供与防止条約の締約国としてテロ資金対策に積極的に取り組んでおり、国連安保理タリバーン制裁委員会及び同ISIL及びアル・カーイダ制裁委員会の指定を受け、または、国連安保理決議第1373号(21)に基づく日本独自の対応として、テロリスト等に対する資産凍結などの措置を実施している。2024年11月末時点では、安保理制裁委員会により指定されたタリバーン、アル・カーイダ及びISIL(ダーイシュ)関係者等390個人及び94団体及び、安保理決議第1373号に基づき指定された41個人及び31団体の合計420個人及び122団体(ただし、重複する11個人3団体を除く。)に対し、外為法及び国際テロリスト財産凍結法に基づく資産凍結などの措置を実施している。

オ 人身取引対策・密入国対策

日本は、手口が一層巧妙化・潜在化する人身取引犯罪に効果的に対処するため、「人身取引対策行動計画2022」に基づき、国内体制を強化し、また、開発途上国に対する支援にも積極的に取り組んでいる。2024年も、国際協力機構(JICA)を通じ、日本を含む各国の関係者の人身取引対策(特に、予防、被害者保護・自立支援)に関する取組の相互理解及びより効果的な地域連携の促進を目的とする研修事業を引き続き実施した。例えば、2022年1月からJICAを通じたタイ政府に対する技術協力を実施しており、その一環として2024年7月にメコン地域の人身取引対策関係者のネットワーク強化を目的とした人身取引対策のためのワークショップを開催した。また、2022年3月からJICAを通じたカンボジア政府に対する技術協力を実施しており、関連機関による人身取引被害当事者への支援能力の向上を目指している。国際機関との連携としては、国際移住機関(IOM)への拠出を通じて2024年も継続して、日本で保護された外国人人身取引被害者の母国への安全な帰国支援及び帰国後に再被害に遭うことを防ぐための社会復帰支援事業を行った。また、UNODCが実施する東南アジア向けのプロジェクトへの拠出を通じ、法執行当局に対する研修を始めとする対応能力強化支援を実施した。日本は、人身取引議定書及び密入国議定書の締約国として、人身取引や移民の密入国対策のため、諸外国との連携を一層深化させている。

カ 不正薬物対策

日本は、UNODCと協力し、違法薬物の原料の生産や新たな合成薬物の製造、密輸などの取締りに関係する調査、分析情報の整備や連携ネットワークの維持拡大に貢献している。また、国境を越える国際的な薬物取締りの実地的な能力強化、特に開発途上国などの政情不安定な農村や国境管理上脆弱な地方の貧困層(移民や若者等を含む。)が組織犯罪に関わらないよう、薬物原料植物の違法栽培に代わる作物等の生産などの代替生計手段の開発支援や、密輸取引の取締り関連情報の整備を進めるとともに、薬物対策分野における地域ごとの開発課題を考慮しながら、国際的な不正薬物対策に取り組んでいる。

(8) 2022年10月の日豪首脳会談で署名された日豪安全保障協力の今後10年の方向性を示す文書

(9) Japan-Germany ACSA:Japan-Germany Acquisition and Cross-Servicing Agreement

(10) NMPP:Non-Market Policies and Practices

(11) 複数のベンダーを組み合わせてオープンな形で構築することが可能な無線アクセスネットワークのこと。サプライチェーンリスクの回避にもつなげられるメリットがある。

(12) 北朝鮮の関与があったとされる悪意のあるプログラム。2017年5月に150か国以上で30万台以上のコンピュータが感染し、身代金が要求された。

(13) 2015年、サイバーセキュリティに関する国連政府専門家会合(GGE)において、国家による責任ある行動に関する拘束力のない自発的な規範11項目を記載した報告書が採択された。

(14) 日本の立場については、外務省ホームページ参照:
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page3_003059.html

外務省ホームページQRコード

(15) 身代金目的のサイバー攻撃

(16) 宇宙新興国などの宇宙関連技術の向上に貢献することを目的に、ISSの「きぼう」日本実験棟から超小型衛星を放出する機会を選定された機関に提供するプログラム

(17) HDPネクサス(人道(Humanitarian)、開発(Development)、平和(Peace)の連携(Nexus)):短期的な「人道支援」と合わせて、中長期的な観点から、難民の自立支援や受入国の負担軽減のための「開発協力」を行い、さらに難民発生の根本的な原因である紛争の解決・予防に向けた「平和の取組」を進める考え方

(18) 2006年10月に設立された基金。アフリカを始めとする地域で、地域紛争や内戦の終結後の再発防止や、紛争の予防のための支援を実施。具体的には、和平プロセス・政治対話への支援、経済活性化、国家の制度構築、女性・若者の国造りへの参加支援などを実施している。

(19) 日本政府と国連との協定に基づき、1962年に設立された国連地域研修所。東京都昭島市に所在。法務省が運営し、海外参加者を招へいして刑事司法分野の研修などを継続的に実施している。

(20) 2024年の「G20腐敗対策閣僚宣言」の仮訳については、外務省ホームページ参照:
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100748650.pdf

外務省ホームページQRコード

(21) 2001年9月の米国同時多発テロ発生を受け、同年同月に国連安保理で採択された。国連加盟国に対し、テロ行為を行う者やテロ行為に関与する者などに対する資産凍結等の包括的な措置を講じることを求めている。

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