外交青書・白書
第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交

3 グローバルな安全保障

(1)地域安全保障

アジア太平洋地域では、グローバルなパワーバランスの変化などに伴って安全保障環境が厳しさを増している一方、各国の政治・経済・社会体制が多様であるため、地域における安全保障面の協力の枠組みが十分に制度化されているとは言い難い。そのため、日本は、日米同盟の強化に加え、二国間及び多国間の安全保障協力を多角的・多層的に組み合わせることで、地域における安全保障環境を日本にとって望ましいものとしていく取組を進めている。また、日本は、アジア太平洋からインド洋を経て中東・アフリカに至るまでの地域を一体として捉え、インド太平洋の自由で開かれた海洋秩序を確保することにより、この広大な地域全体の安定と繁栄を促進するとの観点から、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて取り組んでいる。

日本は、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化するとともに、米国以外にも様々な国々と安全保障分野における協力関係強化に取り組んでいる。ASEAN諸国との間では、2019年6月にASEANの発出した「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP1)」と「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」とのシナジーを追求し、インド太平洋全体の安定と繁栄に寄与していく。例えば、巡視船の供与などを通じて、フィリピン、マレーシア、ベトナム、インドネシアなどの海上安保能力向上に向けた支援を継続して実施している。

インドとは、11月に、日印間で初となる外務・防衛閣僚会合(「2+2」)を開催し、両国は、自由で、開かれ、包摂的で、法の支配に基づいたインド太平洋のビジョンを共有することを想起するとともに、物品役務相互提供協定(ACSA)について、締結に向けた交渉の大幅な進展を歓迎し、早期の交渉妥結に対する期待を表明した。

オーストラリアとは、6月及び8月の首脳会談において、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に関し、東南アジアや太平洋島嶼(とうしょ)国における海上保安能力構築支援やインフラ支援分野で一層連携していくとともに、日豪円滑化協定の交渉を含む安全保障分野の協力を推進することなどで一致した。

英国とは、1月の日英首脳会談において、英国のインド太平洋地域への関与強化を歓迎するとともに、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、海洋安全保障などの分野における協力強化に一層力強く取り組むことで一致した。12月、英国議会下院総選挙に勝利したジョンソン首相との間で実施した日英首脳電話会談においても、こうした方針を再確認した。

フランスとは、1月、第5回日仏外務・防衛閣僚会合(「2+2」)を開催し、「海洋国家」かつ「太平洋国家」である両国が「自由で開かれたインド太平洋」の維持・強化に向け、具体的な協力を推進していくことで一致した。さらに、6月の日仏首脳会談で発出された、様々な分野での協力推進をうたった「『特別なパートナーシップ』の下で両国間に新たな地平を開く日仏協力のロードマップ」では、海洋安全保障を日仏協力の三本柱の一つとするとともに、防衛・安全保障分野における具体的な協力を深化していくことを確認した。また、6月、日仏ACSAが発効した。

カナダとは、4月の首脳会談において、「自由で開かれたインド太平洋」のビジョンの下、日加の戦略的パートナーシップを強化していくことで一致したほか、7月には日加ACSAが発効した。

韓国とは、朝鮮半島の非核化に向け、日韓両国で米朝プロセスを後押しし、日韓、日米韓で連携していくことが重要であるとの認識の下、日韓首脳会談(12月)、日韓外相会談(1月、2月、5月、8月(2回)、9月、11月及び12月)、日米韓外相会合(8月)及び日米韓六者会合首席代表者会合(3月、8月及び10月)などを行い、日韓・日米韓で緊密に連携していくことを確認している。

このような二国間の協力関係強化に加え、日本は、日米印首脳会合(6月)、日米韓外相会合(8月)、日米豪閣僚級戦略対話(8月)、日米豪印閣僚級協議(9月)などの様々な枠組みでの協力の推進を通じ、地域の平和と繁栄のためのネットワーク作りを進めている。

また、日本を取り巻く安全保障環境の安定のためには、中国やロシアとの間の信頼関係の増進も重要である。日中関係は、最も重要な二国間関係の一つであり、大局的な観点から友好協力関係の安定的な発展に努めている。中国の軍事的動向は日本にとって極めて重大な関心事項であることから、日中安保対話などの安保分野の対話や交流のチャネルの重層的な構築に努めており、政策面での意思疎通を図るとともに、透明性向上を働きかけている。相互理解及び相互信頼の増進や不測の衝突の回避という面では、2018年5月に署名された日中防衛当局間の海空連絡メカニズムは大きな意義を有している。同時に、首脳、外相などのハイレベルの対話も通じ、相互信頼関係の増進に努めている。日露関係については、2019年には首脳会談を3度、外相会談を7度行うなど、様々なレベルでの政治対話を積み重ねながら、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すべく、交渉に精力的に取り組んでいる。安全保障分野では、安全保障協議(3月)及び日露外務・防衛閣僚協議(「2+2」)(5月)を実施した。また、9月にはパトルシェフ・ロシア連邦安全保障会議書記が訪日するなどして、防衛・安全保障に関する率直な意見交換を行っている。

中東地域の平和と安定は、日本を含む国際社会の平和と繁栄にとって極めて重要である。また、世界における主要なエネルギーの供給源であり、日本の原油輸入の約9割を依存する同地域において、日本関係船舶の航行の安全を確保することは非常に重要である。中東地域において緊張が高まる中、6月の日本関係船舶被害事案を含む船舶を対象とした攻撃事案が発生し、各国は艦船などを活用した航行の安全確保の取組を強化している。これらを踏まえ、12月には、中東地域における平和と安定及び日本関係船舶の安全確保のため、日本独自の取組として、①中東の緊張緩和と情勢の安定化に向けた更なる外交努力、②関係業界との綿密な情報共有をはじめとする航行安全対策の徹底及び③情報収集態勢強化のための自衛隊の艦艇及び航空機の活用について閣議決定し、令和2年から中東の海域における自衛隊の艦艇及び航空機による情報収集活動を実施している。

外務・防衛当局間(PM)協議については、ヨルダン(7月)との間で初めて協議を開催したほか、パキスタンとの間で6月に第7回目の協議を、フィリピンとの間で6月に第8回目の協議を、英国との間で2月に17回目となる協議を、ドイツとの間では11月に第17回目となる協議を、カンボジアとの間では12月に第5回目となる協議をそれぞれ実施した。また、中国との間で日中安保対話を実施(2月、第16回)したほか、6月にはベトナムとの間で外務・防衛当局間の次官級の戦略的パートナーシップ対話(第7回)を実施した。

これらに加え、日本は、東アジア首脳会議(EAS)ASEAN地域フォーラム(ARF)、拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)など、地域における多国間の枠組みに積極的に参加・貢献し、地域の安全保障面での協力強化に取り組んでいる。この中でもARFは、政治・安全保障問題に関する対話と協力を通じたアジア太平洋地域の安全保障環境の向上を目的とし、北朝鮮やEUといった多様な主体が参加する重要な安全保障対話の枠組みであり、また、各種取組を通じた信頼醸成に重点を置いている観点からも重要なフォーラムであり、8月に26回目となるARF閣僚会合が開催され、北朝鮮問題、南シナ海問題などの地域・国際情勢を中心に率直な意見交換を行った。また、日本は、これまで二度にわたりARF海上安全保障会期間会合(ISM)の共同議長国を務めるなど、積極的な貢献を行っている。

さらに、日本は、安全保障政策の発信や意見交換の場として、政府間協議(トラック1)のみならず政府関係者と民間有識者双方が出席する枠組み(トラック1.5)も活用している。アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)(シンガポール)といった会合に参加しているほか、11月のマナーマ対話(バーレーン)には鈴木馨祐外務副大臣が、2020年2月のミュンヘン安全保障会議(ドイツ)には茂木外務大臣が出席するなど、日本の安全保障政策に対する各国の理解促進を図るとともに、地域における協力促進や信頼醸成に取り組んでいる。

(2)平和維持・平和構築

ア 現場における取組
(ア)国連平和維持活動(国連PKO)など

2019年12月末時点で、13の国連PKOミッションが中東・アフリカ地域を中心に活動しており、停戦監視、政治プロセスの促進、文民の保護など幅広い任務を行っている。ミッションに従事する軍事・警察・文民要員の総数は9万人を超える。任務の複雑化・大規模化とそれに伴う人員、装備・機材、財源などの不足という事態を受け、国連を中心に様々な場で、国連PKOのより効果的・効率的な実施に関する議論が行われている。

日本は、「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」(PKO法)に基づき、1992年以来、計28の国連PKOミッションなどに延べ約1万2,500人の要員を派遣してきた。最近では、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に対し、2011年から司令部要員を、2012年からは施設部隊を派遣してきた。施設部隊は、南スーダンの首都ジュバ及びその周辺において、道路などのインフラ整備、給水活動などの避難民支援や敷地造成などの活動を実施し、2017年5月をもって活動を終了した。UNMISS司令部においては2019年12月末時点で4人の自衛官が活動し、南スーダンの平和と安定に向けた協力を行っている。また、日本は、2019年4月から、エジプトのシナイ半島に駐留する多国籍部隊・監視団(MFO)に司令部要員として2人の自衛官を派遣しており、中東の平和と安定に資する活動を行っている。日本は、今後とも、「積極的平和主義」の旗の下、これまでのPKO活動などの実績の上に立ち、日本の強みをいかして能力構築支援の強化、部隊及び個人派遣などを通じて、国際平和協力分野において積極的に貢献していく。

(イ)平和構築に向けたODAなどによる協力

日本の国際協力において、平和構築は重要であり、開発協力大綱においても重点課題の一つとして位置付けている。

また、人道危機への対応においても、人道支援と開発協力の連携に、平和構築・紛争予防を組み合わせることが効果的である。紛争発生後の対応のみならず、人道危機の要因である紛争の発生・再発予防にも重点を置き、平時からの国造り、社会安定化といった、紛争の根本原因に抜本的に対処することが重要であり、日本は、このような「人道と開発と平和の連携」の考え方を重視し、特に以下の国、地域において平和構築支援を進めている。

a 中東

日本は、中東の平和と安定のための包括的支援を実施しており、例えば、紛争の影響を受けているシリア及び周辺国、イエメン、アフガニスタンなどに対し、国際機関とも連携し、食料援助や難民支援などを実施しているほか、国造りを担う人材の育成を支援している。2019年には、アフガニスタンから、同国の復興のため農業・農村開発やインフラ開発分野などへの貢献を期待される行政官を始め30人を受け入れた。シリアからは、シリア危機によって就学機会を奪われた若者に教育の機会を提供するため、22人を留学生として受け入れた。また、ヨルダンでは、近年の地域情勢悪化の影響を受け、国境の管理体制の強化が喫緊の課題となっている中、日本は同国で唯一海に面する都市アカバの税関の検査機能強化に関する支援を行っている。この支援で検査能力を強化することにより、麻薬、銃器、爆発物などの流入防止、さらには国内及び地域周辺の治安安定化に寄与することが期待されている。

b アフリカ

日本は、2019年8月の第7回アフリカ開発会議(TICAD7)において、「平和と安定」を三本柱の一つに据えるとともに、安倍総理大臣から、「アフリカの平和と安定に向けた新たなアプローチ(NAPSA2)」を提唱し、紛争解決におけるアフリカのオーナーシップの尊重と平和と安定を阻害する根本原因への対処という考えの下で、具体的取組を進めていくと表明した。実際に、日本はアフリカにおける平和と安定の実現に向けて様々な貢献を行っている。

例えば、日本は、フランス語圏アフリカ諸国の警察官、検察官、判事などに対し、2014年から刑事司法研修を行い、捜査機関及び司法機関の能力強化を通じたサヘル地域の安定化を支援してきた。選挙支援も行っている。2019年末のギニアビサウ大統領選挙では、国連開発計画(UNDP)と連携し、選挙機材の購入・輸送などを行い、公正な選挙の実施を通じた平和の定着に貢献した。また、頻発するテロや越境犯罪などに対する治安維持能力の向上のための治安対策機材供与も進めている。2019年には、ウガンダ、ケニア、タンザニア、ブルンジ、ルワンダ、マリなどに対する機材の供与を決定した。南スーダンにおいては、UNMISSへの司令部要員派遣に加え、「南スーダンにおける衝突の解決に関する再活性化された合意(R-ARCSS3)」の履行支援として、東アフリカの地域機関である政府間開発機構(IGAD4)による和平交渉や停戦監視の実施を支援している。さらに、日本は、アフリカ諸国が運営するPKO訓練センターを支援しており、UNDPと連携し、2008年から2019年までに計13か国のセンターに総額5,400万米ドルを拠出し、アフリカの平和維持活動能力の向上に寄与している。

イ 国連における取組(平和構築)

地域紛争や内戦は終結後に再燃することが多いため、事後に適切な支援を行うことが極めて重要であるとの認識の下、2005年、紛争解決から復旧・社会復帰・復興まで一貫した支援に関する助言を行うことを目的として「平和構築委員会(PBC)」が設立された。PBCは議題国5における優先課題の特定や平和構築戦略の策定に関する議論を行っており、日本は設立時から組織委員会のメンバーを務め、PBCの活動に貢献してきた。

2016年4月に採択されたPBCを含む国連平和構築アーキテクチャー・レビュー(制度の再確認)に関する総会決議(A/RES/70/262)及び安保理決議第2282号は、PBCの効率性・柔軟性の向上、PBCと国連安保理やその他機関との連携の強化などを推奨した。同総会決議に基づき、2018年2月、事務総長は平和構築及び平和の持続に関する事務総長報告書(A/72/707-S/2018/43)を発出し、平和構築のための資金調達の強化、PBCの活動及び政策の一貫性の向上、国連のリーダーシップ・説明責任及び能力の強化並びに国際機関や市民社会とのパートナーシップの強化などを目的とした様々な提案を行った。

同報告書を踏まえ同年4月に開催された平和構築及び平和の持続に関するハイレベル会合では、日本は平和構築分野における事務総長の取組を支持すると表明した。また、同会合では、事務総長に対し、提案に関する中間報告書の国連総会第73回会期中の提出を要請することを含む総会決議(A/RES/72/276)が採択された(同内容の安保理決議第2413号も採択)。

日本は、2006年に設立された平和構築基金(PBF)に創設以来積極的に貢献しており、2016年9月、当面1,000万米ドル規模の拠出を目指すことを表明するなど、現在までに総額5,250万米ドル(2019年には200万米ドル)の拠出を実施し、第6位の主要ドナー国となっている(2019年12月現在)。

ウ 人材育成
(ア)平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業

紛争後の平和構築では、高い能力と専門性を備えた文民専門家の役割が拡大する一方、担い手の数は十分ではなく、人材の育成が大きな課題となっている。日本は、平和構築・開発の現場で活躍できる文民専門家を育成すべく、人材育成事業を実施してきており、2019年度末までに育成した人材は約800人に上る。事業修了生は、南スーダンやアフガニスタンなど世界各地の平和構築・開発の現場で活躍しており、諸外国や国連などから高い評価を得ている。

2019年度事業では、若手人材向けの研修コース、平和構築・開発分野での経験を持つ中堅層の実務家を対象とする研修コースに加え、同分野で活用できる一定の実務経験を有する者に対して国際機関での経歴形成を支援する研修コースを実施した。

(イ)各国平和維持要員の訓練

日本は、国連PKOに参加する各国の平和維持要員の能力向上を支援してきており、2015年から、国連、支援国、要員派遣国の三者が互いに協力し、国連PKOに派遣される要員に必要な訓練や装備品の提供を行うことでPKO要員の能力向上という喫緊の課題に対処するための革新的な協力の枠組みである国連三角パートナーシップ・プロジェクト(Triangular Partnership Project:TPP)への協力を行っている。具体的には、自衛官など延べ172人を教官としてケニアやウガンダに派遣し、国連PKOへ施設部隊を派遣する意思を表明したアフリカの8か国277人の要員に対し、重機操作の訓練を実施している。本プロジェクトの対象地域は、アジア及び同周辺地域にも拡大し、2018年の試行訓練、2019年の本格訓練に合わせて、ベトナムに自衛官など39人を派遣し、9か国36人の要員に対して重機操作の訓練を行った。さらに、2019年10月から、国連PKOにおいて深刻な問題となっている医療分野においても救命訓練を開始した。なお、本プロジェクトとは別に、アジア・アフリカ諸国のPKO訓練センターに対する講師などの人材派遣や財政支援も行っている。

国連ミッションへの軍事要員・警察要員・司令部要員の派遣状況
国連ミッションへの軍事要員・警察要員・司令部要員の派遣状況
「国連三角パートナーシップ・プロジェクト(TPP)・アジア及び同周辺地域」訓練(ベトナム)
「国連三角パートナーシップ・プロジェクト(TPP)・アジア及び同周辺地域」訓練(ベトナム)

また、日本は、国連女性機関が実施する、将来国連PKOに派遣される各国の女性軍人のための訓練コースに財政支援を行うなどしている。

(3)治安上の脅威に対する取組

ア テロ及び暴力的過激主義対策

イラク及びシリアにおける「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」掃討作戦の結果、ISILの支配領域は解放されたものの、ISILの影響下にあった外国人テロ戦闘員(FTF)の母国への帰還や第三国への移動により、テロ及び暴力的過激主義の脅威はアジアも含め世界中に拡散している。3月にニュージーランドのクライストチャーチで発生したテロ事件(銃の乱射事件)では、実行犯が犯行時の様子をソーシャル・メディア上でライブ配信し、その映像が瞬時に拡散されるという、これまでにない事案が発生した。4月には、内戦終結から10年が経過し、治安情勢が安定し平和な環境が定着したと認識されていたスリランカにおいて、アジア地域で近年最大規模の同時多発テロが発生し、日本人を含む250人以上が死亡した。このように、近年テロの形態、背景の多様化が進んでいると見られる中、テロ及び暴力的過激主義対策を一層強化する必要がある。同時に、暴力的過激主義に感化される人を生まない社会環境の構築が急務である。

日本は、2016年のG7伊勢志摩サミットで取りまとめた、「テロ及び暴力的過激主義対策に関するG7行動計画」にのっとり、これまで、国際刑事警察機構(インターポール)のデータベースや乗客予約記録(PNR)の活用を始めとする具体的なテロ対策、暴力的過激主義を防止するため、対話などを通じて寛容さを社会に育むこと及び開発途上国への能力構築支援を実施してきた。2019年は、前述の二つのテロ事件発生を受け、日本は、ニュージーランド、スリランカ及び国際社会と手を携えてテロと断固として闘う決意を表明した。6月に日本が議長を務めたG20大阪サミットでは、「インターネットの悪用防止に関するG20大阪首脳声明」を作成し、同声明の着実な実施のための官民連携を進めてきている。

また、テロリストの資金を断ち切ることは、テロの防止・根絶において極めて重要な課題であり、3月には、テロ資金供与の技術的内容に焦点を当てた安保理決議第2462号が全会一致で採択された。新たな金融技術が次々に開発され、テロに悪用される危険性への対処の必要性が指摘される中、時宜を得た決議であり日本も共同提案国となった。このほかにも、日本は、安保理決議第1373号に基づき、米国その他のG7主要国と協調し、テロリスト及びテロ組織を対象とする資産凍結などの措置を実施してきており、11月、新たに5団体を資産凍結措置の対象として追加した。

外国人テロ戦闘員の帰還・移動の問題に関しては、元戦闘員及びその家族の適切な訴追、脱過激化、リハビリ、社会再統合を含む対策を講じること、また、特に若者や女性が暴力的過激主義に感化されないよう、草の根レベルでの啓蒙活動やコミュニティ強化を行うことが非常に重要となっている。そのほかにも、差し迫った課題としては、海上保安の強化、刑務所内での暴力的過激主義の予防及び受刑者の処遇などがあり、国際機関を通じてこれらの課題に対処するためのプロジェクトを実施している。

具体的には、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)や国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連女性機関(UNWomen)、「コミュニティの働きかけ及び強靱性に関するグローバル基金(GCERF)」などの国際機関や基金に約28億円を拠出し(2018年度補正予算)、各機関の強みをいかした形でのプロジェクト実施を支援している。

また、過去16年間にわたり継続して行っている取組としては、イスラム学校の教師を招へいし、宗教間の対話、日本の文化や教育の現場の視察などを行う交流事業がある。異なる価値を受け入れる寛容な社会・穏健主義拡大への貢献として、今後もこうした取組を続けていく。

このほか、テロ情勢に関する情報交換や連携の強化などを確認するために実施している二国間・三国間テロ対策協議は、2019年は日英及び日米オーストラリアの間でそれぞれ、また地域枠組みとの間では、日・ASEAN間でテロ対策対話を実施した。

日本政府はこれまで、関係国や関係機関と協力してテロ対策を推進するとともに、テロ対策の要諦は情報収集であるとの認識に基づき、2015年12月、国際テロ情報収集ユニット(CTU-J)を設置し、政府一体となった情報収集を官邸の司令塔の下に行ってきている。シリアで拘束されていた邦人が2018年10月に無事解放されたことは、CTU-Jを中心に関係国にも協力を依頼し、また、情報網を駆使して対応に努めた結果であった。2019年4月のスリランカにおける連続爆破テロに際しては、発生後、直ちにCTU-Jの地域総括審議官らを現地に派遣し、情報収集に当たった。海外における邦人の安全確保という重要な責務を全うするため、領事局とCTU-Jが緊密に連携してきたことの意義は大きく、引き続きCTU-Jを通じた情報収集を更に強化し、テロ対策及び海外における邦人の安全確保に万全を期していく。

イ 刑事司法分野の取組

国連の犯罪防止刑事司法会議(通称「コングレス」)及び犯罪防止刑事司法委員会は犯罪防止及び刑事司法分野における国際社会の政策形成を担っている。2020年4月に京都で第14回国連犯罪防止刑事司法会議の開催が予定されていたことから、関係各国、機関、省庁などと連携し、開催準備を進めた(同会議は4月に開催予定であったが、新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえ、延期されることになった。)。また、同会議では、全体テーマ「2030アジェンダの達成に向けた犯罪防止、刑事司法及び法の支配の推進」の下、犯罪防止・刑事司法分野の対策や国際協力の在り方に関する政治宣言の採択が予定されていた。日本は、同宣言の内容や構成に関する議論を主導すべく、2019年9月に京都において各地域グループ代表を招へいして専門家会合を開催したほか、10月以降ウィーンにおいて政治宣言案に関する協議を議長国として主導した。

また、UNODCへの資金拠出や日・ASEAN統合基金(JAIF)からの資金拠出を通じて、東南アジア諸国の法執行機関の訴追能力向上やサイバー犯罪対策に係る能力強化を支援している。

日本は2017年7月、テロを含む国際的な組織犯罪を一層効果的に防止し、これと戦うための協力を促進する国際的な法的枠組みを創設する国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を締結し、同条約に基づく捜査共助などによる国際協力を推進している。

ウ 腐敗対策

日本は、贈収賄、公務員による財産の横領などの腐敗行為に対処するための措置や国際協力を規定した国連腐敗防止条約(UNCAC)の締約国として、2019年12月に開催された第8回締約国会議などにおいて、同条約の効果的履行や腐敗の防止・撲滅のための国際協力の強化に向けた議論に積極的に参加している。また、日本は従来、UNODCへの拠出を通じて、開発途上国の腐敗対策当局による捜査・訴追能力の強化を目的とした研修などを実施している。2019年は、UNODCに対し、各締約国におけるUNCACの実施状況を検証し、条約の効果的実施を支援することを目的としたUNCAC実施レビューメカニズム(評価の仕組み)の運営のために5万米ドルを拠出したほか、各国による公益通報者保護制度の整備促進を支援するためのセミナー実施を支援した。

G20の枠組みでは、日本は、G20腐敗対策作業部会の共同議長として、インフラ開発の清廉性及び透明性の向上並びに公益通報者保護制度の強化を同作業部会の優先課題に設定し、これらの分野における取組の強化に向けたG20各国のコミットメントを示した「インフラ開発の清廉性及び透明性の向上に関するグッドプラクティス・ガイド」及び「効果的な公益通報者保護のためのハイレベル原則」の策定に向けた議論を主導した。日本のイニシアティブの下で採択されたこれらの文書は、最終的にG20大阪サミット首脳宣言付属文書として公表された。

経済協力開発機構(OECD)贈賄作業部会は「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」の各締約国による履行状況の検証を通じて、外国公務員贈賄の防止に取り組んでおり、日本も積極的に参加している。さらに日本はアジア開発銀行(ADB)とOECDが共同で推進する「ADB・OECDアジア太平洋腐敗対策イニシアティブ」を支援しており、同地域での腐敗対策向上にも貢献している。

エ マネーロンダリング(資金洗浄)・テロ資金供与対策

マネーロンダリングやテロ資金供与対策については、国際的な枠組みである金融活動作業部会(FATF)が、各国が実施すべき国際基準を策定し、その履行状況について相互審査を行っている。日本は、設立時からのメンバー国として、これらの議論に積極的に参加している。近年、FATFは、大量破壊兵器の拡散につながる資金供与の防止対策にも取り組んでおり、北朝鮮による不正な金融活動の根絶を求めるFATF声明を発出している。2019年に実施されたFATFの第4次対日相互審査では、官民連携の下、FATF審査団へ日本のマネーロンダリングやテロ資金供与対策についての説明を行った。

さらに、日本は、マネーロンダリングやテロ資金の流れを遮断するための国際的な取組を支援するため、UNODCと連携し、モンゴルや南アジア・東南アジア諸国などに対して法整備支援を始めとする能力構築支援を行っている。

オ 人身取引対策

日本は、手口が一層巧妙化・潜在化する人身取引犯罪に効果的に対処するため、「人身取引対策行動計画2014」に基づき、国内体制を強化するとともに、開発途上国に対する支援にも積極的に取り組んでいる。例えば、2019年も、JICAを通じ、日本を含むアジア各国の関係者の人身取引対策(特に、予防、被害者保護・自立支援)に関する取組の相互理解及びより効果的な地域連携の促進を目的とする研修事業などを引き続き実施した。国際機関との連携としては、国際移住機関(IOM)への拠出を通じて2019年も継続して、日本で保護された外国人人身取引被害者の母国への安全な帰国支援及び帰国後に再被害に遭うことを防ぐための社会復帰支援事業を行うとともに、UNODCが実施する東南アジア諸国向けのプロジェクトに拠出し、法執行当局に対する研修などを実施した。

また、日本は、人身取引議定書の締約国として、人身取引撲滅に向けた諸外国との連携を一層深化させている。

カ 不正薬物対策

日本は、UNODCと協力して、アジア太平洋地域における覚醒剤や危険ドラッグなどの合成薬物の調査・分析、空港や港湾での取締当局の貨物検査能力の向上支援を行い、国境を越えて拡散する不正薬物対策に取り組んでいる(158ページ コラム参照)。また、世界最大の違法ケシ栽培地であるアフガニスタンに関しては、国境管理の強化や代替作物開発の促進及び周辺国と合同の麻薬取締官の能力強化のために、UNODCに対して約530万米ドルを拠出している。また、3月に開かれた第62会期国連麻薬委員会(CND)では、閣僚級セグメントが開催され、日本からは、山田賢司外務大臣政務官が政府代表団長として出席し一般討論ステートメントを実施した。その中で、麻薬問題が人々の健康や社会の安全の脅威であること、薬物対策を含む国際組織犯罪対策はとりわけ大型行事を控えた日本にとりテロ対策の文脈においても喫緊の課題であること、薬物問題の拡大防止には国際社会が既存の枠組みを堅持しつつ新たな課題に対して多角的・重層的に取り組む必要があることなどについて言及した。また、これまで日本は継続的にCND(全53か国で構成)委員国を務めており、4月の委員国選挙では、アジア太平洋グループ(8議席)において再選され、2020年から2023年までの間、委員国として新たな任期を務める。

インド洋沿岸国の海上法執行能力強化プロジェクト
国連薬物・犯罪事務所(UNODC※1)プロジェクト・オフィサー 三橋佳寿代

世界地図を開いてインド洋に目を向けてみると、インド洋は、アジア、中東そしてアフリカ各国を海岸線に持つダイナミックな環境であることが分かります。この広大な海域は、世界の物流や経済のライフラインとして重要な役割を果たしている一方で、アジアから東アフリカや南アフリカ地域を経由した各種薬物密輸ルートが形成され、世界各国の薬物犯罪の経路となってしまっています。また、近年増大している難民や移民、情勢の不安定な地域からの武器・テロリストの移動など、海を経路とした問題が拡大する中、いかにこの海上の治安を守るかが国際的に大きな課題となっています。

こうした課題への対策として、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)の国際海洋犯罪プログラム(GMCP※2)では、インド洋沿岸国の海上法執行能力強化プロジェクトを実施しており、日本もこれに支援を行っています。このプロジェクトは、海上の治安維持に必要となる刑事司法システムの強化を図ることができるよう、政策策定から法執行や訴追に必要となる技術まで、各機関の海上法執行能力向上のための支援を包括的に行い、また、地域間連携促進を目指して国と国とを結ぶ地域レベルでのトレーニングやワークショップを行うものです。海上犯罪は、国境をまたぐ問題であることから、各国の海上犯罪対策に関わる実務家が、共通の知識と経験を共有できる環境が重要です。そうしたニーズに対応するため、このプロジェクトは、アフリカからアジアという広範囲の、文化も既存の能力も異なる方々を裨益(ひえき)者としており、より綿密な準備が必要となります。一方で、各国から海上犯罪に対処するという一つの目的を持った人材が集まるため、国や地域を超えた専門家に対する支援の好例ともなっています。

通信オペレーションルームでのトレーニング(写真提供:Paolo Film & TV, Denmark)
通信オペレーションルームでのトレーニング
(写真提供:Paolo Film & TV, Denmark)

私は、主に日本政府との連携担当としてこのプロジェクトに関わっています。特に、船内捜査トレーニングは、これまでUNODCと海上保安庁が連携を図ってきた分野です。スリランカ及びセ-シェルで実施されたトレーニングでは、日本の海上保安庁から2人の教官を1か月にわたって派遣いただき、UNODCと海上保安庁の教官の共同プログラムとして、参加者のニーズをより多く満たす内容となりました。こうした海上保安庁との連携は、年々強化されており、最近では東南アジアの検事を対象にしたワークショップにもオブザーバーとして参加いただき、法執行の現場と司法の現場をつなぐ取組ともなりました。

船上捜査・制圧訓練の様子(写真提供:UNODC)
船上捜査・制圧訓練の様子
(写真提供:UNODC)
船内捜査トレーニングで意見を交わす参加者(写真提供:Paolo Film & TV, Denmark)
船内捜査トレーニングで意見を交わす参加者
(写真提供:Paolo Film & TV, Denmark)

私は、GMCPにおいて、こうした日本との連携や支援のモニタリングなどの業務を担当していますが、これらは多岐にわたる職務であり、困難な場面も多くあります。しかし、その中で試行錯誤を続けながら支援を届けることができた時の喜びは格別です。加えて、海上犯罪対策というテーマの下、関係国や機関とのパートナーシップが拡大していく中で、日本の海上保安庁の支援で行われたトレーニングのように日本の活躍を目の当たりにすると、それに関わることができたことを大変光栄に思います。今後も、日本を始めとする支援国からの想いが裨益者に届くような支援を通して、海から世界の刑事司法、治安向上に貢献できるよう、努力したいと思います。

※1 UNODC:United Nations Office on Drugs and Crime

※2 GMCP:Global Maritime Crime Programme

(4)海洋

日本は、海上貿易と海洋資源の開発を通じて経済発展を遂げ、「自由で開かれ安定した海洋」を追求してきた海洋国家である。日本にとって、航行及び上空飛行の自由や海洋資源の開発などの経済的存立の基盤となる海洋権益は、平和と安定及び繁栄を確保する上で重要である。こうした海洋権益を長期的かつ安定的に確保するため、海洋秩序の維持・強化及び海上交通の安全確保は不可欠である。

さらに、力ではなく、法とルールが支配する海洋秩序に支えられた「自由で開かれ安定した海洋」は、日本だけではなく国際社会全体の平和と繁栄に不可欠であり、これを維持・発展させていくために、日本は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、海洋秩序の維持・強化及び海上交通の安全確保に積極的に貢献している。

しかし、近年、資源の確保や安全保障の観点から各国の利害が衝突する事例が増えている。特に、アジアの海では、国家間の摩擦によって緊張が高まる事例が増えており、国際社会も重大な関心を持って注視している。このような中、2014年5月の第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)(シンガポール)においては、安倍総理大臣が、「海における法の支配の三原則」(185ページ 6(2)参照)を徹底していく必要があるとの認識を表明した。最近では、日本を含むG7各国が、2019年4月にディナール(フランス)で開催されたG7外相会合において、東シナ海及び南シナ海における状況への深刻な懸念を表明するとともに、ルールに基づく海洋秩序の維持や海賊行為などの海上における違法活動との闘い、海洋状況把握(MDA)を含む包括的な能力構築支援などを通じた地域の海洋安全保障に対する支援などへのコミットメントを表明した。さらに、G7以外でもASEAN海洋フォーラム拡大会合(EAMF)を含む東アジア首脳会議(EAS)関連会合ASEAN地域フォーラム(ARF)海上安全保障会期間会合などの場を活用し、「自由で開かれ安定した海洋」の重要性や海洋安全保障に関する日本の考え方、取組及び国際的な協力の重要性について積極的に発信している。例えば2019年11月に行われたEASにおいて、安倍総理大臣は、ASEAN自身が発表した「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」を全面的に支持し、日本が掲げる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」とのシナジーを実現し、AOIPの具体化実現に向け協力する旨発言した。

また、日本は、外務省、防衛省・自衛隊及び海上保安庁による能力構築支援、装備・技術協力、海洋状況把握(MDA)などの様々な支援を組み合わせ、主にアジア及びアフリカの沿岸国に対して、巡視船の供与、技術協力、人材育成などを通じた海上法執行能力の向上に向けた切れ目のない支援を行っており、海における法の支配の確立・促進に貢献してきている。

ア 海洋の秩序
(ア)国連海洋法条約と日本の取組

海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約:UNCLOS)は、「海の憲法」とも呼ばれ、法の支配に基づく海洋秩序の根幹を成す条約である。同条約を根幹とした海洋秩序は、日本の海洋権益を確保し、国際社会全体における海洋に係る活動の円滑な実施の礎となるものである。このため、日本は、同条約の更なる普遍化と適切な実施の確保のために、締約国会議を含む関連国際機関での議論や海洋法秩序の安定に向けた知的発信に積極的に貢献している(185ページ 6(2)参照)。

(イ)海洋主権に対する挑戦(東シナ海をめぐる情勢)(12ページ 第1章1(2)及び45ページ 第2章1節3(1)(エ)参照)

東シナ海では、尖閣諸島周辺海域における中国公船による領海侵入事案が2019年も続いており、また中国軍艦艇・航空機による活発な活動も確認されている。加えて、排他的経済水域(EEZ)及び大陸棚の境界画定がいまだ行われていない海域では、中国による一方的な資源開発が継続している。さらに、近年、東シナ海を始めとする日本周辺海域において日本の同意を得ない調査活動や同意内容と異なる調査活動が多数確認されている。このように東シナ海における中国の一方的な現状変更の試みが継続していることを踏まえ、日本としては日本の周辺海空域における動向を十分注視しながら、主張すべきは主張しつつ、引き続き、毅然(きぜん)かつ冷静に対応していくと同時に、東シナ海の平和と安定のため、米国を始めとする関係国との連携を進めていく。

尖閣諸島魚釣島
尖閣諸島魚釣島
写真提供:内閣官房領土・主権対策企画調整室
(ウ)海洋秩序に対する挑戦と日本及び国際社会の対応(南シナ海をめぐる問題)(12ページ 第1章1(2)及び67ページ 第2章1節7(2)参照)

南シナ海では、中国による大規模かつ急速な拠点構築及びその軍事目的での利用など、現状を変更し緊張を高める一方的な行動、さらにはその既成事実化の試みが一段と進められており、日本を含む国際社会は深刻な懸念を表明している。日本は、これまで一貫して南シナ海における法の支配の貫徹を支持するとともに、航行及び上空飛行の自由及びシーレーンの安全確保を重視してきており、南シナ海をめぐる問題の全ての当事者が、国際法に基づく紛争の平和的解決に向け努力することの重要性を強調してきている。また、南シナ海問題に関する中国とASEANとの間の対話について、日本は、そのような取組による緊張の緩和を現場の非軍事化、そして平和で開かれた南シナ海につなげるべきとの立場である。

中国による南シナ海における大規模かつ急速な拠点構築
中国による南シナ海における大規模かつ急速な拠点構築
出典:CSIS Asia Maritime Transparency Initiative/Digital Globe

フィリピン政府が開始した南シナ海をめぐる同国と中国との間の紛争に関する国連海洋法条約に基づく仲裁手続については、2016年7月12日に、仲裁裁判所から最終的な仲裁判断6が示された。日本は、外務大臣談話を発出し、国連海洋法条約の規定に基づき、仲裁判断は最終的であり紛争当事国を法的に拘束するので、当事国は今回の仲裁判断に従う必要があり、今後、南シナ海での紛争の平和的解決につながっていくことを強く期待するとの立場を表明した。

南シナ海をめぐる問題は、地域の平和と安定に直結し、国際社会の正当な関心事項であるとともに、資源やエネルギーの多くを海上輸送に依存し、南シナ海を利用するステークホルダーである日本にとっても、重要な関心事項である。「自由で開かれ安定した海洋」の維持・発展に向け、国際社会の連携が重要である。この観点から、日本は、米国の「航行の自由7」作戦を支持する立場をとっている。

イ 海上交通の安全確保

日本は、アジアやアフリカでの海賊対策などの取組や各国との緊密な連携・協力を通じて、航行及び上空飛行の自由や海上交通の安全確保に積極的に貢献している。

(ア)アジアにおける海賊対策

日本は、アジアの海賊などの事案対策における地域協力の促進のため、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の策定を主導し、同協定は2006年に発効した。各締約国は、同協定に基づき、シンガポールに設置された情報共有センター(ReCAAP-ISC)を通じて、マラッカ・シンガポール海峡などにおける海賊などの事案に関する情報共有及び協力を進めており、日本は人的貢献(事務局長や事務局長補の派遣)及び財政的貢献によりReCAAP-ISCの活動を支援してきている。加えて、日本はアジアにおいて、沿岸国の海上法執行能力向上支援、監視能力向上支援といった取組を進めており、国際的にも高く評価されている。

国際商業会議所(ICC)国際海事局(IMB)の発表によれば、東南アジア海域における海賊などの事案の発生件数は、2018年は60件、2019年は53件となっている。近年、東南アジアのスールー海及びセレベス海において船員誘拐事案が発生し、同海域を航行する船舶の脅威となっている。こうした状況を踏まえ、日本は、東南アジアのシーレーン沿岸国の海上保安機関に対する巡視船艇や海上保安機材の供与、専門家派遣などを通じて今後も海上保安能力の構築支援を引き続き積極的に行っていく。

(イ)ソマリア沖・アデン湾における海賊対策
a 海賊・武装強盗事案の現状

IMBの発表によれば、ソマリア沖・アデン湾での海賊・武装強盗事案の発生件数は、ピーク時の2011年(237件)以降減少傾向にあり、2015年には0件、2016年には2件、2017年には9件、2018年には3件、2019年には0件と低い水準で推移している。引き続き各国海軍などによる海上取締活動、各国商船による自衛措置の実施などの取組が行われているが、海賊を生み出す根本的原因はいまだ解決しておらず、また、この海域の海賊は依然として海賊行為を行う意図と能力を維持しており、予断を許さない状況である。

b 海賊対処行動の延長と護衛実績

日本は、2009年から一度も中断することなくソマリア沖・アデン湾に海上自衛隊の護衛艦(海上保安官が同乗)やP-3C哨戒機(しょうかいき)を派遣し、海賊対処行動を実施している。2019年11月12日、日本政府は、海賊対処法に基づく海賊対処行動を更に1年間延長することを閣議決定した。派遣された護衛艦は、2019年1月から12月まで30回の護衛活動で38隻の商船を護衛し、P-3C哨戒機は240回の任務飛行を行い、警戒監視や情報収集、他国艦艇への情報提供を行った。

c 海賊対策における国際協力の推進

日本は、この海域の海賊を生み出す根本的原因の解決に向けて、ソマリアや周辺国の海上保安能力の向上やソマリアの安定に向けた支援といった多層的な取組を行っている。日本は、国際海事機関(IMO)の設置した基金に1,510万米ドルを拠出し、イエメン、ケニアやタンザニアへの情報共有センターの設置や、ジブチにおける地域訓練センター(DRTC8)の建設を支援した。このDRTCにおいては、2017年10月に、日仏共催で海洋安全保障に関するセミナーを開催したほか、海上法執行機関などの能力向上を目的としたセミナーの開催も支援している。また、海賊訴追能力向上支援のための国際信託基金に450万米ドルを拠出し、ソマリアや周辺国の法廷などの整備や法曹関係者の訓練・研修のほか、セーシェルなどのソマリア周辺国で有罪判決を受けた海賊のソマリアへの移送などを支援している。さらに、ジブチ沿岸警備隊に対しては、2015年に日本の支援で巡視艇2隻を供与したほか、JICAの技術協力を通じて海上保安能力向上のための支援を継続的に実施している。また、ソマリアの安定に向けて、日本は、2007年以降、基礎サービス改善支援、警察支援などによる治安向上への支援、職業訓練及び雇用創出などによる国内経済活性化の支援のため、総額4億8,000万米ドルを拠出している。

(5)サイバー

5G(第5世代移動通信システム)やIoT(モノのインターネット)といった新興技術の登場により、今後一層サイバー空間が人々の経済社会の活動基盤として欠かせないものとなる一方で、サイバー攻撃の規模や影響は年々拡大しており、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を控え、サイバーセキュリティは喫緊の課題である。

こうした状況を背景に、日本は、2018年7月に改定された「サイバーセキュリティ戦略」を踏まえ、「法の支配の推進」、「信頼醸成措置の推進」及び「能力構築支援」を三本柱としてサイバー分野における外交を推し進めてきている(164ページ 特集参照)。

一つ目の「法の支配の推進」について、日本は、サイバー空間を利用した行為に対しても既存の国際法が適用されるとの立場から、国連におけるサイバーセキュリティに関する政府専門家会合(GGE)などへの参加を通じ、国際社会における議論に積極的に参画している。日本は2019年に新たに設置された第6会期の国連GGEのメンバーとして選出され、サイバー空間における国際法の適用や責任ある国家の行動に関する規範などに関する議論をリードするとともに、同じく2019年に新たに設置された国連オープン・エンド作業部会(OEWG)においても、国連GGEでの議論との相互補完性にも留意しながら積極的に議論に貢献している。また、悪意のあるサイバー行為に対しては、関係各国と協働し、抑止のための取組を行っている。2018年12月には、中国を拠点とするAPT10といわれるグループからの民間企業、学術機関などを対象とした長期にわたる広範な攻撃を断固非難する外務報道官談話を発表した。また、2019年9月には、米国が主催したサイバーセキュリティに関する閣僚級会合に出席し、サイバー空間における責任ある国家の行動の枠組みに反して行動する国家に責任を負わせるために協力するとの共同声明に支持を表明した。さらに、サイバー犯罪対策について、日本は、サイバー空間の利用に関する唯一の多数国間条約である「サイバー犯罪条約」(ブダペスト条約)のアジア地域初の締約国として、サイバー犯罪条約締約国会合や、より効果的な捜査共助実現のための追加議定書起草会合に積極的に参加している。また、特にアジア地域での条約締約国の拡大に努めており、1月の日・ASEANサイバー犯罪対策対話や11月の欧州評議会の場でアジア諸国にブダペスト条約の重要性を説明するとともに、締結を促した。

二つ目の「信頼醸成措置の推進」について、サイバー活動を発端とした不測の事態を防ぐためには、お互いの考え方について理解を深め、相互に信頼性を高めることが必要である。日本は14の国・地域との間で協議・対話を実施してきており、2019年にはオーストラリア、EU、フランス、インド、ロシア、米国との二国間、及び中国・韓国との三国間でサイバー協議を実施した。また、ASEAN地域フォーラム(ARF)の枠組みにおいても共同議長国として、サイバーセキュリティに関する会期間会合での議論をリードしてきており、2019年には、コンタクトポイントの設置に係る新たな信頼醸成措置(CBM)について一致するなど、その取組が着実に進展した。

三つ目の柱である「能力構築支援」について、サイバー空間の性質上、一部の国や地域における対処能力の不足が世界全体にとってのリスク要因となることから、開発途上国などへの能力構築支援は日本の安全を確保する上でも重要である。日本は、ASEAN諸国を中心にCSIRT9や関係行政機関・捜査機関の能力強化などの支援を行っている。例えば、JICA課題別研修の枠組みで、アジア、中東、アフリカなどの政策担当者、刑事司法実務家などを対象として講義、机上演習、施設見学などを実施し、日・ASEAN統合基金(JAIF)を通じて、国際刑事警察機構と連携したASEANサイバー犯罪捜査合同プロジェクトなどを実施しているほか、日・ASEANサイバーセキュリティ政策会議の枠組みにおいて、サイバー演習、重要インフラ防護、普及啓発などに係る取組を実施してきている。今後も日本政府全体で戦略的かつ効果的な支援の取組を進めていく。

自由、公正かつ安全なサイバー空間を目指して

インターネットやスマートフォンの普及、ビッグデータやクラウドの発展など、サイバー空間における技術・サービスの進展と向上は、グローバルな社会をかつてないほど緊密なものへと変化させ、私たちの生活をあらゆる面で豊かにしました。一方で、国家の関与が疑われる事案を含めた悪意ある主体によるサイバー空間の利用は、安全保障上の新たな問題をもたらしています。

こうした状況を背景に、「自由、公正かつ安全なサイバー空間」が、国際社会の平和と安全を確保する上で、より一層重要となっています。自由、公正かつ安全なサイバー空間の実現と発展を促進するためには、これまで長い時間をかけて構築された既存の国際法が急速に発展するサイバー空間にも適用されることを明確にするとともに、サイバー空間における責任ある国家の行動に関する規範を形成することにより、国際社会の安定性と予見可能性を確保することが不可欠です。また、目に見えず国境を容易に飛び越えるサイバー空間での活動に関し、国と国とが互いの法令や戦略などについて理解・信頼を深める信頼醸成措置や、サイバー攻撃に対応する能力構築支援も欠かすことができません。

これらを進めるための国連における取組として、日本は、サイバーセキュリティに関する国連政府専門家会合(GGE※1)を通じて国際的な議論に貢献してきています。国連GGEでは、サイバー空間に関する脅威認識、国際法の適用、規範、信頼醸成措置、能力構築支援などについて議論され、これまで日本は、2012年から2013年(第3会期)、2014年から2015年(第4会期)、2016年から2017年(第5会期)の3回にわたって参加してきました。2015年のGGE報告書では、サイバー空間における責任ある国家の行動に関する11の規範が提言されるとともに、国連憲章全体を含む既存の国際法がサイバー空間に適用されることが改めて確認され、その後の総会決議によって、全ての国連加盟国は、同報告書に従って行動することが求められています。日本は、2019年に新たに設置された第6会期GGEのメンバーとして選出され、これまでのGGE報告書を基礎として議論を前進させる観点から、積極的な貢献を果たしてきています。

また、国連全加盟国が参加可能な議論の場として、2019年から国連の下に初めて立ち上がったオープン・エンド作業部会(OEWG※2)にも積極的に関与してきており、GGEでの議論との相互補完性にも留意しながら議論に貢献しています。

日本は、引き続き、国際法の適用、責任ある国家の行動規範などに関する議論を通じて、国際社会と連携しながら、サイバー空間における安全保障上の課題に一層積極的に取り組んでいきます。

※1 GGE:Group of Governmental Experts
国連総会決議に基づき設置される専門家による議論の場。第1会期から第3会期は15か国、第4会期は20か国、第5会期は25か国の専門家がメンバー。2019年から2020年の第6会期は25か国がメンバーとなっており、4回の会合を経て2021年の国連総会で報告書を提出することになっている。

※2 OEWG:Open-Ended Working Group
正式名称は、「国際安全保障の文脈における情報及び電気通信分野での発展に関するオープン・エンド作業部会」。

(6)宇宙

近年、宇宙利用の多様化及び宇宙活動国の増加に伴って宇宙空間の混雑化が進むとともに、衛星破壊(ASAT)実験や人工衛星同士の衝突などによるスペースデブリが増加するなど、持続的かつ安定的な宇宙利用に対するリスクが増大している。

日本は、こうした状況に対応するため、宇宙システムの機能保証などに取り組むとともに、国際的なルール作りや国際宇宙協力、とりわけ同盟国たる米国との協力による取組も含めた施策を実施している。

ア 宇宙空間における法の支配の実現・強化

宇宙空間をめぐる環境の変化を踏まえ、国際社会では、宇宙活動に関する国際的なルール作りが様々な形で活発に議論されており、日本としても宇宙空間における法の支配を実現・強化するため、こうした議論に積極的に関与している。2019年6月、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)本委員会において、9年間にわたる議論を経て、「宇宙活動の長期的持続可能性(LTS)ガイドライン」が日本、米国、カナダ及びフランスの4か国の共同提案を契機として採択された。また、採択されたガイドラインの実施などを議論する5年間のワーキンググループをCOPUOS科学技術小委員会に設置することが決定された。さらに、COPUOS法律小委員会では、2020年及び2021年に日本人の宇宙法専門家が議長を務めることとなった。このように、日本は国際会議などの議論に積極的に参加・貢献し、国際的なルール作りで大きな役割を果たしている(166ページ 特集参照)。

宇宙空間における軍備競争の防止(PAROS)に関しては、2017年の国連総会決議に基づく政府専門家会合(日本を含む25か国の専門家が参加)が2018年1月及び2019年3月に開催された。一方で、同会合としての勧告は採択されなかった。

国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)における日本の取組

国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS※1)は、1959年の国連総会決議「宇宙空間の平和利用に関する国際協力」により設置された常設委員会です。本委員会の下に科学技術小委員会及び法律小委員会が置かれ、宇宙活動に関する諸問題に対し、それぞれ技術的側面及び法的側面からの検討などを行っています。COPUOSでは、宇宙空間で適用されるルールについて活発に議論がなされており、これまでに「宇宙の憲法」とされる宇宙条約を始めとする宇宙諸条約やガイドラインなどの策定を行っています。日本としても宇宙空間における法の支配を実現・強化するため、こうした議論に積極的に関与しています。

国連宇宙空間平和利用委員会の様子(オーストリア・ウィーン)
国連宇宙空間平和利用委員会の様子
(オーストリア・ウィーン)

最近の取組としては、2019年6月の第62会期COPUOS本委員会における、「宇宙活動の長期的持続可能性(LTS※2)に関するガイドライン」(以下「LTSガイドライン」という。)の採択が挙げられます。LTSガイドラインは、スペースデブリ低減や宇宙物体の安全など宇宙活動の長期持続可能な利用を目的とし、加盟国が自主的に実施すべきベストプラクティスをまとめたものです。

LTSガイドラインは、2010年にCOPUOS科学技術小委員会の下に設置されたワーキンググループにおいて議論がされてきましたが、同ガイドラインが採択されぬまま、2018年6月にワーキンググループが終了した経緯があります。

その後、2019年6月に開催された第62会期COPUOS本委員会の初日に、日本は、米国、カナダ及びフランスと連携し、LTSガイドラインに関する新たなワーキンググループの設置について共同提案を行うなど、同ガイドラインの重要性を発信し、議論の進展に向けて積極的に貢献しました。その結果、加盟国間の議論を経て、同委員会の最終日には、同ガイドラインが92加盟国(2020年3月時点で95加盟国)の全会一致で採択されるとともに、科学技術小委員会の下に同ガイドラインの実施などを議論するワーキンググループが設置されることが決定され、9年間に及ぶ議論が実を結びました。スペースデブリの低減や宇宙物体の安全など宇宙活動に関する幅広い国際ルールに国連の場で一致できた意義は大きく、日本がCOPUOSにおけるルール作りに大きく貢献した一例となりました。

また、宇宙活動に関する法的問題の議論を行うCOUPUOS法律小委員会において、2020年及び2021年の議長に慶應義塾大学大学院法務研究科教授の青木節子氏が就任することになりました。

このように、宇宙空間の持続的かつ安定的利用の確保に向け、日本は引き続き国際的なルール作りに積極的に貢献していきます。

※1 Committee on Peaceful Uses of Outer Space

※2 Long-term Sustainability

イ 各国との宇宙対話・協議の実施

日本は、主要な宇宙活動国やアジア太平洋地域諸国を中心に、様々な二国間・多国間の宇宙対話・協議などを推進している。

2019年3月には、第1回日印宇宙対話(デリー)が開催され、日印双方の宇宙政策に関する情報交換のほか、安全保障や関係機関間協力、宇宙産業、宇宙空間に関する国際規範などに関し意見交換を行い、今後とも協力を深めるべく、本対話を定期的に開催することで一致した。また、3月には、第4回日EU宇宙政策対話(東京)が開催され、日・EU双方の宇宙政策の最新動向に関する情報を共有し、民生分野での協力の可能性などに関し議論を行った。7月には宇宙に関する包括的日米対話第6回会合(ワシントンD.C.)が開催され、継続的、安全かつ安定的な宇宙空間の利用の確保に向け、民生分野及び安全保障分野を含む幅広いテーマについて包括的な意見交換を行い、その成果として共同声明が発出された。なお、米国との間では、2023年度に打上げ予定の日本の準天頂衛星システムへの米国宇宙状況監視(SSA)センサの搭載(ホステッドペイロード(人工衛星への機材の相乗り))について、4月に日米の外務・防衛四閣僚間で確認した。

多国間会合としては、11月に文部科学省及び国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の共催により、「第26回アジア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF-26)」が名古屋において開催され、アジア太平洋地域における宇宙協力の枠組みの一層の強化が図られた。

また、6月に開催されたG20大阪サミットにおいて、安倍総理大臣は、スペースデブリの増加は宇宙の安定的利用にとってリスクとなっており、国際社会が協力して取り組む必要がある、日本は2019年から世界に先駆けて大型デブリ除去プロジェクトを開始し、今後もこの分野における取組をリードしていくと表明した。

ウ 宇宙科学・探査、日本の宇宙産業の海外展開及び地球規模課題解決に向けた支援

平和目的の宇宙空間の探査及び利用の進歩は、全人類の共同の利益であり、外交的にも重要な意義を持つものである。中でも国際宇宙ステーション(ISS)は、15か国が参加する壮大なプロジェクトであり、宇宙に関する国際協力の象徴とも言える。また、日本実験棟「きぼう」は、超小型衛星の放出機能を有しており、宇宙分野における能力構築支援を目的として、数多くの新興国・開発途上国の衛星の放出にも利用されている。2019年11月にはルワンダ初の超小型衛星ルワサット(RWASAT-1)が放出され、2020年春頃にはグアテマラとして初の衛星が放出される予定である。

また、2019年5月の日米首脳会談において月探査における協力について議論を加速することで一致したことを踏まえ、米国が提案する月周回有人拠点(ゲートウェイ)の整備を含む月探査を国際協力の下で実施する計画について、10月、宇宙開発戦略本部において日本の参画が決定された。同計画については、今後、日本の強みをいかした分野で戦略的に参画できるよう、参画機関間で調整を進めていく。

新興国を中心に拡大する宇宙開発利用市場の成長を取り込んでいくことは日本の宇宙産業にとって重要な課題であり、トップセールスや在外公館の活用に加え、2018年11月に運用を開始した日本の準天頂衛星システム「みちびき」を活用した農機の自動走行等の海外実証の支援など、アジア太平洋において「みちびき」の利活用を促進し、官民一体となって日本の商業宇宙市場の海外展開に取り組んでいる。さらには、宇宙技術を活用した国際協力の実施により、気候変動、防災、森林保全、海洋・漁業資源管理、資源・エネルギーなどの地球規模課題の解決に向けて取り組み、SDGsの達成に貢献するとともに、開発途上国の宇宙分野での能力構築支援に取り組んでいる。例えば、モザンビークやコンゴ民主共和国などにおいて、陸域観測技術衛星「だいち2号」による熱帯林のモニタリング(JICA-JAXA熱帯林早期警戒システム:JJ-FAST)を活用した森林モニタリングシステムの実施に向け、協力を開始している。

(7)新たな安全保障課題

IoT(モノのインターネット)、5G(第5世代移動通信システム)、AI(人工知能)、量子技術など、今後の社会や国民生活の在り方に本質的な変化をもたらし得る新たな技術革新が進展していることなどにより、安全保障の裾野が経済・技術分野にも拡大している。

各国は、国の競争力に直結するこれらの技術開発にしのぎを削るとともに、技術を安全保障領域に応用する動きを活発化させており、今後、イノベーションの成否が安全保障環境にも大きな影響を与えることが予測される。

例えば、米国は、新たな課題に即した軍事力の整備のため、技術革新などによる全ての領域における軍事的優位の維持に取り組んでおり、過去最大の予算規模となった2020米会計年度国防授権法においても、5G通信技術・AI・量子技術・極超音速技術・無人化技術などの新興技術の研究・開発への大規模な投資方針が示された。また、中国は、軍民両部門の複合的な発展を目指す「軍民融合」戦略を進め、先端技術の研究・開発などに注力するとともに、「千人計画」などを通じた海外ハイレベル人材の確保も進めている。2019年に公表した「新時代の中国の国防」と題する国防白書では、AI、量子情報、ビックデータ、クラウドコンピューティング、IoTなど先端科学技術の軍事分野における応用に言及した上で、国防科学技術の革新・発展を推進するとしている。ロシアは、核戦力の近代化のみならず、極超音速技術などの新興技術を用いた新兵器の開発などを通じて、軍事力の近代化に向けた取組を継続している。

こうした状況を踏まえ、従来の安全保障貿易管理の枠組みを超えた機微技術管理の重要性への認識が国際的に高まっている。例えば、米国では、従来の安全保障貿易管理において規制対象となっている汎用技術に加えて、軍事転用の懸念のある、AI、量子を始めとする新興技術及び基盤技術も規制対象に加えるべく検討を進めている。また、研究活動や企業活動の国際化に伴う研究者などの移動、企業買収や、情報通信技術の高度化に伴うサイバー攻撃など、技術情報・技術人材の流出経路が多様化してきている中、安全保障を理由とする機微技術の流出防止の取組が進められている。

日本の高い技術力は、経済力や防衛力の基盤であることはもとより、国際社会が日本に期待する、価値ある資源でもある。日本政府は、かつてない早さで進展する科学技術の研究開発・実装の動向を広く把握しつつ、産学官の力を結集させて、有効活用するように引き続き努めていく。外務省としても、こうした政府としての取組を実施していくとともに、同盟国・同志国との緊密な連携、諸外国における科学技術動向・制度の把握、国際的な規範作りに積極的に取り組み、新たな安全保障課題に対応した外交政策を推進していく。

1 AOIP:ASEAN Outlook on Indo-Pacific

2 NAPSA:New Approach for Peace and Stability in Africa

3 「南スーダンにおける衝突の解決に関する再活性化された合意」  R-ARCSS:Revitalized Agreement on the Resolution of Conflict in South Sudan  IGADが、2015年に発出された「南スーダンにおける衝突の解決に関する合意」の履行が停滞気味であったため、南スーダン関係者を集めて停戦の遵守などの履行スケジュールなどに合意したもの

4 IGAD:Inter Governmental Authority on Development

5 ギニアビサウ、中央アフリカ、リベリア、ブルンジの4か国

6 仲裁裁判所は、中国が主張する「九段線」の根拠としての「歴史的権利」は国際法上認められないと判断し、スカーボロ礁及びスプラトリー諸島にはEEZ・大陸棚を有する地形はないと判断するとともに、中国による埋立てや公船の航行などについて、フィリピンの主権的権利の侵害や、環境義務といった国際法上の義務違反が認定された。

7 米国政府は、「航行の自由」作戦は、航行及び上空飛行の自由その他の適法な海洋利用の権利を侵害し得る過剰な主張に対抗する活動であると説明している。その一例として、2020年1月25日、米海軍の沿海域戦闘艦「モントゴメリー」が南沙(スプラトリー)諸島の周辺を航行した。

8 DRTC:Djibouti Regional Training Centre

9 コンピュータセキュリティインシデントに対処するための組織の総称。コンピュータセキュリティインシデントによる被害の最小化を図るため、インシデント関連情報、脆弱(ぜいじゃく)性情報、攻撃の予兆情報などを収集・分析し、解決策や対応方針の策定、インシデント対応などを行う。

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