安倍総理大臣
第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)安倍内閣総理大臣の基調講演
アジアの平和と繁栄よ永遠なれ
日本は,法の支配のために
アジアは,法の支配のために
法の支配は,われわれすべてのために


はじめに
リー・シェンロン首相,ジョン・チップマン所長,ご列席のみなさま, 「アジアの平和と繁栄よ,永遠(とこしえ)なれ」。
本日は,そのため日本として何をなすべきか,どのように貢献すべきか,それを申し上げるためこの場に立っています。
ここに集うわたしたちには,共通の使命があります。
私たちの,生活の向上,経済的な繁栄を追求することです。アジア・太平洋,それからインド洋と広がるこの偉大な成長センターに,そしてそこに住まう人々に,持てる潜在力を,存分に花開かせることです。
次の世代に,もっとはるかに豊かで,一人ひとり,成長の果実に浴すことのできる舞台を築いて,引き継ぐことでなくてはなりません。
アジアとは,成長の代名詞,達成の別名です。
TPPは,アジア・太平洋の経済に,圧倒的なスケール・メリットをもたらすでしょう。 まるで2段目,3段目のロケットが加速度を増すように,TPPが点火する勢いは,やがて,アールセップ(RCEP),エフタープ(FTAAP)と,自由で創造的な経済圏を拡大させながら,私たちを,一層の高みへはばたかせます。アジア・太平洋は,世界の経済を,力強く推進し続けるでしょう。
いま,私の経済政策は,アジア・太平洋地域との共存,win-winの関係をめざしながら,フル・スロットルで前進しています。
この広い,太平洋,インド洋のように,私たちの可能性は,どこまでも広がっています。私たちの子,孫の世代まで,その恩恵に浴せるよう,平和を,確固たるものにしなくてはなりません。安定を,もたらさなくてはならないのです。
そのために,すべての国が,国際法を遵守しなければなりません。
日本は,ASEAN各国の,海や,空の安全を保ち,航行の自由,飛行の自由をよく保全しようとする努力に対し,支援を惜しみません。
アジアと世界の平和を確かなものとしていくうえで,日本は,これまでにも増した,積極的な役割を果たす覚悟があります。
日本の新しい旗,「積極的平和主義」について,ASEAN加盟国すべての指導者,米国や豪州,インドや英国,フランスといった盟邦,友邦諸国指導者の皆さまから,すでに明確で,熱意ある支持をいただいています。
――日本は,法の支配のために。アジアは,法の支配のために。そして法の支配は,われわれすべてのために。アジアの平和と繁栄よ,とこしえなれ。
それが,本日,私が申し上げたいことです。
私の情勢認識
まず,私の情勢認識をお聞きください。
この地域は,わずか一世代のうちに,目覚ましい成長を遂げました。ただ,成長の果実のうち,割に合わないほど多くが,軍備の拡張,武器の取引に充てられている。これを私は残念に思います。大量破壊兵器の脅威があり,力による,現状変更の試みがある。不安定を生む要因は,確かに存在します。
しかし,悲観的になる必要などどこにもない。それが,私の考えです。
米国のバラク・オバマ大統領と私は先頃,日米同盟が,地域の平和と安全の礎であることを確かめ合いました。
大統領と私はまた,アジア・太平洋,さらには世界における平和と経済的な繁栄を推進するため,志を同じくするパートナーとの間で,3カ国間協力を強化していることを確かめ合いました。
豪州の,トニー・アボット首相が先月初め来日されたとき,まさしくこのこと,すなわち安全保障の面で,日米豪3国の協力を推し進めていくことを改めて確認しましたし,両国の戦略的パートナーシップを,新たな特別な関係に引き上げる意思を,内外に向け明らかにしました。
インドでは,このたびもまた公明な選挙によって,ナレンドラ・モディさんが首相になりました。モディ首相を東京にお迎えするときは,日本とインドの協力,あるいはそれに第三国を加えた協力が,太平洋,インド洋という「2つの海の交わり」を,平和に,より豊かにしていくことを確認できるに違いありません。
昨年私は,ASEANの10カ国をすべて訪問し,訪れた先々で意を強くしました。法の支配を重んじようとする点にかけて,共通の素地がある,――航行の自由,飛行の自由を尊重する点でも,コンセンサスがあるのを教えられたからです。
実に私たちの地域では,ほとんどの国で,経済成長は,スピードこそ各国さまざまでも,着実に,思想や宗教の自由,統治体制に対するチェック・アンド・バランスをもたらしました。法の支配という,人権の基礎をなす大前提が,確実に浸透しました。
自由と,民主主義,それらを支える法の支配は,アジア・太平洋の,明るい長調の旋律を支える,ふくよかな通奏低音です。日々新たに,私はその響きに耳を傾けています。
国際法の重要さ
以上,私の情勢認識を,皆さんと共有するためお話しました。
そのうえで,本日第1の要点,国際法を守るべきことを,申します。
海洋には,その秩序を定める国際法があります。歴史は古く,古代ギリシャの昔にさかのぼるといわれています。早くもローマ時代,海は,すべての人々に開放され,私的な所有や,分割が禁止されました。
いわゆる大航海時代以降,多くの人々が海を通じて出会い,海洋貿易が,世界を結びます。公海自由の原則が確立するに至り,海は,人類の繁栄の,礎となりました。
歴史を重ね,時として文字通り荒波に揉まれながら,海にかかわる多くの人々の,知恵と,実践の積み重ねがあって,共通のルールとして生み出されたものが,海に関する国際法です。
誰か特定の国や,集団がつくったものではありません。長い年月をかけ,人類の幸福と繁栄のためはぐくまれた,われわれ自身の叡智の産物なのです。
今日,私たちおのおのにとっての利益は,太平洋から,インド洋にかけての海を徹底してオープンなものとし,自由で,平和な場とするところにあります。
法の支配が貫徹する世界・人類の公共財として,われわれの海や,空を保ち続けるところ,そこにこそ,すべての者に共通する利益があります。
海における法の支配・3つの原則
海における法の支配とは,具体的には何を意味するのか。長い歳月をかけ,われわれが国際法に宿した基本精神を3つの原則に置き直すと,実に常識的な話になります。
原則その1は,国家はなにごとか主張をなすとき,法にもとづいてなすべし,です。
原則その2は,主張を通したいからといって,力や,威圧を用いないこと。
そして原則その3が,紛争解決には,平和的収拾を徹底すべしということです。
繰り返しますと,国際法に照らして正しい主張をし,力や威圧に頼らず,紛争は,すべからく平和的解決を図れ,ということです。
当たり前のこと,人間社会の基本です。しかしその当たり前のことを,あえて強調しなくてはなりません。アジア・太平洋に生きるわれわれ,一人ひとり,この3原則を徹底遵守すべきだと,私は訴えます。
先日,インドネシアとフィリピンが平和裏に,両国間の排他的経済水域の境界画定に合意しました。法の支配が,まさに具現化した好例として,私は歓迎したいと思います。
また,南シナ海における紛争の解決を,まさに3原則にのっとり求めようとしているフィリピンの努力を,私の政府は強く支持します。ベトナムが,対話を通じて問題を解決しようとしていることを,同様に支持します。
既成事実を積み重ね,現状の変化を固定しようとする動きは,3原則の精神に反するものとして,強い非難の対象とならざるを得ません。
いまこそ,南シナ海の,すべての当事国が約束した2002年行動宣言,あのDOCの精神と規定に立ち返り,後戻りができなくなる変化や,物理的な変更を伴う一方的行動をとらないという,固い約束を交わすべき時ではないでしょうか。
平穏な海を取り戻すため,叡智を傾けるべきときはいま,です。
不測の事態を防ぐため
世界が待ち望んでいるのは,わたしたちの海と,その空が,ルールと,法と,確立した紛争手続きの支配する場となることです。
最も望まないものは,威圧と威嚇が,ルールと法にとってかわり,任意のとき,ところで,不測の事態が起きないかと,恐れなければならないことです。
南シナ海においては,ASEANと中国の間で,真に実効ある行動規範ができるよう,それも,速やかにできるよう,期待してやみません。
日本と中国の間には,2007年,私が総理を務めていたとき,当時の温家宝・中国首相との間で成立した合意があります。日中両国で不測の事態を防ぐため,海,空に,連絡メカニズムをつくるという約束でした。
残念ながら,これが,実地の運用に結びついていません。
私たちは,海上での,戦闘機や,艦船による危険な遭遇を歓迎しません。交わすべきは言葉です。テーブルについて,まずは微笑みのひとつなり交わし,話し合おうではありませんか。
両国間の合意を,実施に移すことが,地域全体の平和と安定につながる。私はそう確信しています。
EAS強化と,軍事予算透明化
それにつけても,EASに重きをもたせるときが来た。私はそう思います。
「ARF」は外相レベル,「ADMM+」は,国防大臣レベルの会議です。首脳たちが集まり,あるべき秩序を話し合う場として,EASに勝る舞台はありません。
軍備拡張の抑制,軍事予算の透明化,あるいは武器貿易条約の締結拡大や,国防当局間の,意思疎通の向上――。首脳同士が互いにピア・プレッシャーを掛け合い,取り組んでいかねばならない課題には事欠きません。
地域の政治・安全保障を扱うプレミア・フォーラムとして,EASを一層充実させるべきである。そう,訴えます。
来年が,ちょうどEAS発足10周年です。まずは参加国代表からなるパーマネントな委員会をつくり,EASの活性化,さらには,EASとARF,ADMM+を重層的に機能させるため,ロードマップをこしらえてはどうでしょう。
まず話し合うべきは,ディスクロージャーの原則です。
陽の光にまさる,殺菌薬はなし,と,そう言うではありませんか。
アジアは今後とも,世界の繁栄をひっぱっていく主役です。そんな場所での軍拡は,元来不似合です。繁栄の果実は,更なる繁栄,人々の生活の向上にこそ再投資されるべきです。軍事予算を一歩,一歩公開し,クロスチェックしあえるような枠組こそ,EASの延長上に,私たちが目指すべき体制だと,そう信じます。
ASEANへの支援
ASEAN各国の,海や,空の安全を保ち,航行の自由,飛行の自由をよく保全しようとする努力に対し,日本は支援を惜しみません。では日本は何を,どう支援するのか。それが,次にお話すべきことです。
フィリピン沿岸警備隊に,新しい巡視艇を10隻提供することに致しました。インドネシアには,既に3隻,真新しい巡視艇を無償供与しました。ベトナムにも供与できるよう,必要な調査を進めています。
日本が実施する援助全般について言えることですが,ハード・アセットが日本から出て行くと,技能の伝授に,専門家がついていきます。そこで必ず,人と,人のつながりが強くなります。職務を遂行すること,それ自体への,誇りの意識が伝わります。
高い士気と,練度が育ち,厳しい訓練をともにすることで,永続的な友情が芽吹きます。
フィリピン,インドネシア,マレーシア3国だけで,沿岸警備のあり方について日本から学んだ経験のある人は,250人をゆうに上回っています。
2012年,ASEAN主要5カ国から海上法執行機関の幹部を日本へ招いたときは,1カ月の研修期間中,1人につき日本の海上保安官が3人つき,寝食をすべて共にしました。
「日本の場合,技術はもちろん,1人1人,士気の高さがすばらしい。持って帰りたいのは,この気風だ」と,マレーシアからの参加者は言ったそうです。私たちが本当に伝えたいことを,よくわかってくれたと思います。
ここシンガポールでも,8年前にできた地域協力協定(ReCAAP)に基づいて,各国のスタッフが,海賊許すまじと,日夜目を光らせています。事務局長はいま,日本人が務めています。
日本はこのほど,防衛装備について,どういう場合に他国へ移転できるか,新たな原則をつくりました。厳格な審査のもと,適正な管理が確保される場合,救難,輸送,警戒,監視,掃海など目的に応じ,日本の優れた防衛装備を,出していけることになりました。
国同士で,まずは約束を結んでからになります。ひとつひとつ厳格に審査し,管理に適正を図ることを心がけつつ進めていきます。
ODA,自衛隊による能力構築,防衛装備協力など,日本がもついろいろな支援メニューを組み合わせ,ASEAN諸国が海を守る能力を,シームレスに支援してまいります。
以上,お約束として,申し上げました。
「積極的平和主義」と「安保法制の再構築」
最後の話題に移りましょう。
日本が掲げる,新しい旗についてのお話です。
もはや,どの国も,一国だけで平和を守れる時代ではありません。これは,世界の共通認識でしょう。さればこそ,集団的自衛権や,国連PKOを含む国際協力にかかわる法的基盤の,再構築を図る必要があるのではないか。そう思い私はいま,国内で検討を進めています。
いま,日本の自衛隊は,国連ミッションの旗の下,独立間もない南スーダンにいて,平和づくりに汗を流しています。
そこには,カンボジア,モンゴル,バングラデシュ,インド,ネパール,韓国,中国といった国々の,部隊が参加しています。国連の文民スタッフや,各国NGOの方々も,大勢います。南スーダンの国造りを助けるという点で,彼らは皆,仲間です。
ここでもし,自らを守るすべのない文民や,NGOの方々に,武装勢力が突然襲い掛かったとしましょう。いままでの,日本政府の考え方では,襲撃を受けているこれら文民の方々を,我が国自衛隊は,助けに行くことはできません。
今後とも,それでいいのか。われわれは現在,日本政府としての検討を進めるとともに,連立与党同士の協議を続けています。
国際社会の平和,安定に,多くを負う国ならばこそ,日本は,もっと積極的に世界の平和に力を尽くしたい,「積極的平和主義」のバナーを掲げたいと,そう思うからです。
「新しい日本人」とは
自由と人権を愛し,法と秩序を重んじて,戦争を憎み,ひたぶるに,ただひたぶるに平和を追求する一本の道を,日本は一度としてぶれることなく,何世代にもわたって歩んできました。これからの,幾世代,変わらず歩んでいきます。
この点,本日はお集まりのすべての皆さまに,一点,曇りもなくご理解をいただきたい。そう思います。
私はこの1年と半年ちかく,日本経済を,いまいちど,イノベーションがさきわい,力強く成長する経済に立て直そうと,粉骨砕身,努めてまいりました。
アベノミクスと,ひとはこれを呼び,経済政策として分類します。
私にとってそれは,経済政策をはるかに超えたミッションです。未来を担う,新しい日本人を育てる事業にほかなりません。
新しい日本人は,どんな日本人か。
昔ながらの良さを,ひとつとして失わない,日本人です。
貧困を憎み,勤労の喜びに普遍的価値があると信じる日本人は,アジアがまだ貧しさの代名詞であるかに言われていたころから,自分たちにできたことが,アジアの,ほかの国々で,同じようにできないはずはないと信じ,経済の建設に,孜々として協力を続けました。
新しい日本人は,こうした,無私・無欲の貢献を,おのがじし,喜びとする点で,父,祖父たちと,なんら変わるところはないでしょう。
変わるとすれば,日本が実施する支援や協力は,その対象,担い手とも,ますます女性になることでしょうか。
カンボジアで,民法をつくり,民事訴訟法をつくるお手伝いをした日本人が,3人の,いずれも若い女性裁判官,女性検事だったことを,ご記憶ください。
2011年8月のことでした。フィリピンの,ベニグノ・アキノ3世大統領と,ムラド・エブラヒムMILF議長とのトップ会談が,日本の,成田で実現し,本年3月には,とうとう,両者間に,包括和平の合意がなりました。
2年後には,いよいよ,バンサモロ自治政府が産声をあげます。そのため私たち日本の援助チームは,何に,いちばん力を入れているでしょうか。
女性たちに,生活の糧を稼ぐ実力をつけてもらうことが,そのひとつです。ミンダナオに,我が国は女性職業訓練所を建てました。銃声と怒号が消えたミンダナオに響くのは,彼女たちが動かすミシンの,軽快な機械音です。
新しい日本人とは,いままでと同じように,成長のエンジンが,結局のところ人間であり,ともすると不当に不利な立場に置かれてきた,女性たちであることを踏まえ,その,実力向上に,力を惜しまない人間です。
新しい日本人は,アジア・太平洋の繁栄を,自分のこととして喜び,日本を,地域の意欲ある若者にとって,希望の場所とすることに,価値と,生き甲斐を見出す日本人です。日本という国境にとらわれない,包容力ある自我をもつ,日本人です。
中国からは,毎年,何十人かの高校生がやってきて,北から南まで,日本列島に散らばって,まる1年,日本人の高校生と,生活や,学習を共にします。
彼ら,彼女らは,例外なく,日本人の友達と結んだ友情に感動し,ホストファミリーが注ぐ愛情に涙して,母国に帰ります。日本を,第二の故郷だと言って帰ります。
新しい日本人には,そんな,外国の人たちを慈愛深く迎える心を,いっそう大切にしてほしい。そう思います。
新しい日本人とは,最後に,この地域の平和と,秩序の安定を,自らの責任として,担う気構えがある日本人です。
人権や,自由の価値を共有する地域のパートナーたちと,一緒になって,アジア・太平洋の平和,秩序を担おうとする意欲の持ち主です。
そんな新しい日本人のための,新しいバナー,「積極的平和主義」とは,日本が,いままでより以上に,地域の同輩たち,志と,価値を共にするパートナーたちと,アジア・太平洋の平和と,安全,繁栄のため,努力と,労を惜しまないという,心意気の表現にほかなりません。
米国との同盟を基盤とし,ASEANとの連携を重んじながら,地域の安定,平和,繁栄を確固たるものとしていくため,日本は,骨身を惜しみません。
私たちの行く手には,平和と,繁栄の大道が,ひろびろと,広がっています。次の世代に対するわれわれの責任とは,この地域がもつ成長のポテンシャルを,存分に,花開かせることです。
日本は,法の支配のために。アジアは,法の支配のために。そして法の支配は,われわれすべてのために。アジアの平和と繁栄よ,とこしえなれ。
――有難うございました。