4 軍縮・不拡散・原子力の平和的利用
(1)核軍縮
日本は、唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向け国際社会の取組をリードしていく責務がある。
近年の国際的な安全保障環境は厳しく、2021年1月に発効した核兵器禁止条約を取り巻く状況に見られるように、核軍縮の進め方をめぐっては、核兵器国と非核兵器国との間のみならず、核兵器の脅威にさらされている非核兵器国とそうでない非核兵器国との間においても立場の違いが見られる。このような状況の下、核軍縮を進めていくためには、様々な立場の国々の間を橋渡ししながら、現実的な取組を粘り強く進めていく必要がある。
日本は、核兵器のない世界の実現のため、後述する「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」、核兵器廃絶決議の国連総会への提出、軍縮・不拡散イニシアティブや個別の協議などを通じ、立場の異なる国々の橋渡しに努めており、また、包括的核実験禁止条約の発効促進や核兵器用核分裂性物質生産禁止条約の交渉開始に向けた働きかけ、効果的な核軍縮検証の実現に向けた議論・演習といった核兵器国も参加する現実的な取組などを積み重ね、核兵器不拡散条約体制の維持・強化を進めていく考えである。
なお、2021年1月22日に発効した核兵器禁止条約について、日本は、同条約が目指す核廃絶というゴールは共有している。一方、核兵器のない世界を実現するためには、核兵器国を巻き込んで核軍縮を進めていくことが不可欠であるが、現状では、同条約は核兵器国の支持を得られていない。さらに、核の脅威にさらされている多くの非核兵器国からも支持を得られていない。日本政府としては、国民の生命と財産を守る責任を有する立場から、日本を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増す中、抑止力の維持・強化を含めて、現実の安全保障上の脅威に適切に対処しながら、現実的に、核軍縮を前進させる道筋を追求していくことが必要と考えている。こうした日本の立場に照らし、同条約に署名する考えはない。
ア 核兵器不拡散条約(NPT)12
日本は、国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石であるNPT体制の維持・強化を重視している。NPTの目的の実現及び規定の遵守を確保するために5年に一度開催される運用検討会議では、1970年のNPT発効以来、その時々の国際情勢を反映した議論が行われてきた。しかし、2015年に開催された第9回運用検討会議は、中東非大量破壊兵器地帯創設などの問題をめぐり議論が収れんせず、合意文書を採択することなく終了した。
2020年は、NPTの発効から50年、広島と長崎に原爆が投下されてから75年の節目の年であり、NPTが発効した3月5日に合わせ、NPTがこれまで国際的な核軍縮・不拡散体制を支え、国際社会の平和及び安全の確立と維持に貢献してきたことを評価しつつ、NPT体制の維持・強化の必要性について言及する外務大臣談話を発出した。2020年には第10回運用検討会議の開催も予定されていたが、新型コロナの感染拡大のために延期(2021年1月現在、同年8月の開催が見込まれている)となった。日本としては、次回運用検討会議が意義ある成果を収めるものとなるよう、現実的で実践的な取組や提案を継続していく。
イ 核軍縮の実質的な進展のための賢人会議
核軍縮の進め方をめぐり様々なアプローチを有する国々の間の信頼関係を再構築し、核軍縮の実質的な進展に資する提言を得ることを目的に、日本は2017年「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」を立ち上げた(日本も含め、立場の異なる国々の有識者17名で構成)。同会議は、2019年7月までに計5回の会合を行い、具体的な成果物をNPT運用検討会議第2回準備委員会及び第3回準備委員会に提出し、2019年10月にはこれまでの5回にわたる賢人会議の議論を総括する「議長レポート」を発出した。その後、日本は、「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」における議論の成果をフォローアップし更に発展させる目的で、核兵器国と非核兵器国の双方を含む各国の政府関係者及び民間有識者の参加を得て、「核軍縮の実質的な進展のための1.5トラック会合」を立ち上げた。同会合は、2020年3月に第1回会合を開催し、国際社会として直ちに取り組むべき核軍縮措置として、透明性、核リスク低減及び軍縮・不拡散教育についての議論を行った。
ウ 軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)13
2010年に日本とオーストラリアが主導して立ち上げた地域横断的な非核兵器国のグループであるNPDI(12か国で構成)は、メンバー国の外相自身による関与の下、現実的かつ実践的な提案を通じ、核兵器国と非核兵器国の橋渡しの役割を果たし、核軍縮・不拡散分野での国際社会の取組を主導している。これまでNPDIは、第9回NPT運用検討会議に計19本、第10回NPT運用検討会議プロセスに計15本の作業文書を提出するなど、現実的・実践的な提案を通じてNPT運用検討プロセスに積極的に貢献してきている。
2019年11月には、G20愛知・名古屋外務大臣会合の際、第10回NPDI外相会合を日・オーストラリア共同で開催し、NPT体制の維持・強化の重要性に関する外相共同声明を発出した。2020年4月には、高級実務者レベルで共同メッセージを発出し、延期となった第10回NPT運用検討会議が開催されるまでの間、核兵器国と非核兵器国に対して、NPDIが橋渡し役として前向きな関与を深めていく決意を表明した。
エ 国連を通じた取組(核兵器廃絶決議)
日本は、1994年以降、その時々の核軍縮に関する課題を織り込みながら、全面的な核廃絶に向けた具体的かつ実践的な措置を盛り込んだ核兵器廃絶に向けた決議案を国連総会に提出してきている。2020年の決議案においては、核兵器国と非核兵器国の共通基盤の構築に資するものとして、核軍縮について国際社会として直ちに取り組むべき共同行動の指針と未来志向の対話の重要性に焦点を当てた。同決議案は、11月の国連総会第一委員会で139か国、12月の国連総会本会議では150か国の幅広い支持を得て採択された。賛成国には、核兵器国である米国及び英国、並びに多くの非核兵器国を含む様々な立場の国々が含まれている。国連総会には、日本の核兵器廃絶決議案に加えて、ほかにも核軍縮を包括的に扱う決議案が提出されているが、日本の決議案はそれらの決議案と比較して最も賛成国数が多く、20年以上にわたって国際社会の立場の異なる国々から幅広く支持され続けてきている。
オ 包括的核実験禁止条約(CTBT)14
日本は、核兵器国と非核兵器国の双方が参加する現実的な核軍縮措置としてCTBTの発効促進を重視し、発効要件国を含む未署名国や未批准国に対しCTBTへの署名・批准を働きかける外交努力を継続している。2020年は、9月の国連ハイレベルウィーク期間中に、CTBTフレンズ外相会合が開催される予定であったが、新型コロナの影響に鑑み、会合開催の代わりに、CTBTフレンズ各国の外務大臣がビデオメッセージを発出した。ビデオメッセージにおいて、茂木外務大臣は、核兵器が使用されてから75周年を迎え、広島と長崎で起きた悲劇を二度と繰り返してはならないという決意を表明するとともに、CTBTの発効促進に取り組み、核実験を防ぐためにCTBTの監視能力を強化する必要性を強調した。
カ 核兵器用核分裂性物質生産禁止条約15(FMCT:カットオフ条約)16
FMCTの構想は、核兵器用の核分裂性物質(高濃縮ウラン、プルトニウムなど)の生産そのものを禁止することにより、新たな核兵器国の出現を防ぐとともに、核兵器国による核兵器の生産を制限するものであることから、軍縮・不拡散双方の観点から大きな意義を有する。しかしながら、ジュネーブ軍縮会議(CD)では長年にわたり交渉開始の合意に至っていない。こうした状況を受け、2016年に、第71回国連総会でFMCTハイレベル専門家準備グループの設置が決定され、日本は同グループでの議論に積極的に参画している。同グループでは、第1回会合(2017年8月)及び第2回会合(2018年6月)における議論を経て、将来の条約の概要について考え得るオプションや交渉において考慮すべき事項を提示する内容を含む報告書が採択され、同報告書は2018年の第73回国連総会に提出された。日本としては、引き続きFMCTの議論に積極的に貢献していく。
キ 軍縮・不拡散教育
日本は、唯一の戦争被爆国として、軍縮・不拡散に関する教育を重視している。具体的には、被爆証言の多言語化、国連軍縮フェローシップ・プログラム17を通じた各国若手外交官の広島及び長崎への招へい(2020年は新型コロナの感染拡大のため中止)、海外での原爆展の開催支援18、被爆体験証言を実施する被爆者に対する「非核特使」の名称付与などを通じ、被爆の実相を国内外に伝達すべく積極的に取り組んでいる。
また、被爆者の高齢化が進む中で、広島及び長崎の被爆の実相を世代や国境を越えて語り継いでいくことが重要となっている。こうした観点から、2013年から2020年までに国内外の400人以上の若者に「ユース非核特使」の名称を付与してきている。
ク 将来の軍備管理に向けた取組
核軍縮分野においては、これまで、NPTなどの多国間の枠組みを通じた取組に加えて、米露二国間での軍備管理条約が締結されてきた。2021年2月3日には、米露両国間で新戦略兵器削減条約(新START)が延長された。日本として、新STARTは米露両国の核軍縮における重要な進展を示すものであると考えており、その延長を歓迎した。
一方、核兵器をめぐる昨今の情勢を踏まえれば、米露を超えたより広範な国家、より広範な兵器システムを含む新たな軍備管理枠組みを構築していくことが重要であり、例えば、日本は中国とも様々なレベルでこの問題についてやり取りを行ってきている。9月に開催されたARF(ASEAN地域フォーラム)閣僚会合においては、茂木外務大臣から、中国が核兵器国として、また国際社会の重要なプレーヤーとしての責任を果たし、米中二国間で軍備管理に関する対話を行うことを関係各国と共に後押ししたいと表明した。
さらに、2020年の国連総会本会議で採択された我が国提出の核兵器廃絶同決議においても、核兵器国間の透明性の重要性を強調し、軍拡競争予防の効果的な措置に関する軍備管理対話を開始する核兵器国の特別な責任につき再確認することが盛り込まれている。
(2)不拡散及び核セキュリティ
ア 不拡散に関する日本の取組
日本は、自国の安全を確保し、かつ国際社会の平和と安全を維持するため、不拡散政策にも力を入れている。不拡散政策の目標は、日本及び国際社会にとって脅威となり得る兵器(核兵器、生物・化学兵器といった大量破壊兵器及びそれらを運ぶミサイル並びに通常兵器)やその開発に用いられる関連物資・技術の拡散を防ぐことにある。今日の国際社会においては、新興国の経済成長に伴い、それらの国における兵器やその開発に転用可能な物資などの生産・供給能力が増大するとともに、流通形態の複雑化を始めこれら物資などの調達手法が巧妙化している。また、新技術の登場を背景として、民間の技術が軍事転用される可能性が高まっており、脅威となり得る兵器やその関連物資・技術の拡散リスクが増大している。このような状況において、日本は、国際的な不拡散体制・ルールの維持・強化、国内における不拡散措置の適切な実施、各国との緊密な連携・能力構築支援を柱として不拡散政策に取り組んでいる。
拡散を防ぐための主な手段には、①保障措置、②輸出管理、③拡散に対する安全保障構想(PSI)19の三つがある。
保障措置とは、原子力が平和的利用から核兵器その他の核爆発装置に転用されないことを担保することを目的に、国際原子力機関(IAEA)20と国家との間で締結される保障措置協定に従って行われる検証活動である。日本はIAEAの指定理事国21としてIAEAに対する支援を始め、様々な取組を行っている。例えば、IAEAの保障措置は国際的な核不拡散体制の中核的な措置であるとの考えの下、各国の保障措置に対する理解や実施能力を高め、また、より多くの国が追加議定書(AP)22を締結するよう、各国への働きかけを進めている。12月には、アジア太平洋地域における保障措置の強化を目指す第11回アジア太平洋保障措置ネットワーク(APSN)年次会合(オンラインで開催)に出席し、新型コロナの流行下における保障措置や人材育成に関するセッションでファシリテーターを務めるなど、地域・国際的な保障措置強化の取組にも積極的に参加している。
2019年12月に就任したグロッシーIAEA事務局長は、2月に外務省賓客として来日し、安倍総理大臣を表敬したほか、茂木外務大臣と会談を行い、日本とIAEAとの間で一層の協力関係構築に向け連携していくことを確認した。日本としては、IAEA総会や理事会などにおいて、深い知見と経験を有するグロッシー事務局長を最大限支援しつつ、他の加盟国と協力してIAEAの役割強化に引き続き取り組んでいく。
輸出管理は、拡散懸念国やテロ組織など、兵器やその関連物資・技術を入手し、拡散しようとする者に対し、いわば供給サイドから規制を行う上で有益な取組である。現在、国際社会には四つの輸出管理の枠組み(国際輸出管理レジーム)があり、日本は、全てのレジームに発足当時から参加し、国際的な連携を図りつつ、厳格な輸出管理を実施している。具体的には、核兵器に関して原子力供給国グループ(NSG)、生物・化学兵器に関してオーストラリア・グループ(AG)、ミサイル23に関してミサイル技術管理レジーム(MTCR)、通常兵器に関してワッセナー・アレンジメント(WA)があり、各レジームにおいて、兵器の開発に資する汎用品・技術をそれぞれリスト化している。参加国は、それらリストの掲載品目・技術について国内法に基づき輸出管理を行うことで、大量破壊兵器などの不拡散を担保している。国際輸出管理レジームではこのほか、拡散懸念国などの動向に関する情報交換や非参加国に対する輸出管理強化の働きかけなども行われている。日本はこのような国際的なルール作り、ルールの運用に積極的に関与しているほか、核不拡散分野における国際貢献の観点から、NSGの事務局の役割を在ウィーン国際機関日本政府代表部が担っている。
また、日本は、こうした国際輸出管理レジームを補完するものとして、拡散に対する安全保障構想(PSI)24の活動にも積極的に参加しており、2018年7月には、海上阻止訓練「Pacific Shield 18」25を主催するなど、各国及び関係機関の間の連携強化などに努めている。
さらに日本は、アジア諸国を中心に不拡散体制への理解促進と地域的取組の強化を図るため、毎年、アジア不拡散協議(ASTOP)26やアジア輸出管理セミナー27を開催している。12月に行われた第16回ASTOP(オンラインで開催)では、EUが新たに参加し、北朝鮮の核・ミサイル問題や輸出管理の強化について議論が行われた。2月に開催された第27回アジア輸出管理セミナーには33か国・地域が参加し、アジア各国・地域の輸出管理担当者の能力構築を図るため、輸出管理の実効性強化に向けた取組などについて議論が行われた。
そのほかにも、非国家主体への大量破壊兵器及びその運搬手段(ミサイル)の拡散防止を目的として2004年に採択された国連安保理決議第1540号28に関し、アジア諸国による同決議の履行支援のため日本の拠出金が活用されるなど、国際的な不拡散体制の維持・強化に貢献している。
イ 地域の不拡散問題
北朝鮮は、累次の国連安保理決議に従った、全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での廃棄を依然として行っていない。
北朝鮮は、2019年5月から11月にかけて、短距離弾道ミサイルの発射などを繰り返したのに続いて、2020年3月にも4回、短距離弾道ミサイルを発射した。また、9月のIAEAの事務局長報告は、北朝鮮の核関連施設について、停止したままの施設も存在する一方、幾つかの施設は稼働が継続していることなどを指摘した上で、北朝鮮の核活動は引き続き深刻な懸念を生じさせるものであり、これらの活動は国連安保理決議の明確な違反であり、非常に遺憾であると指摘した。また、同月のIAEA総会では、同報告に基づいた決議をコンセンサスで採択し、北朝鮮の非核化に向けたIAEA加盟国の結束した立場を示した。
北朝鮮による全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な廃棄に向け、国際社会が一致団結して、国連安保理決議を完全に履行することが重要である。日本としては、引き続き、米国、韓国を始めとする関係諸国やIAEAなどの国際機関と緊密に連携していく。また、国連安保理決議の完全な履行の観点から、アジア地域を中心とした輸出管理能力の構築も進めていく。
また、イランについて、IAEAは、2016年1月以来、イランによる包括的共同作業計画(JCPOA)29の履行の監視・検証を継続的に行ってきている。2018年5月、米国はJCPOAからの離脱を発表し、8月及び11月に対イラン制裁が再適用された。一方、イランは、2019年5月にJCPOA上の義務の段階的停止を発表し、以降、低濃縮ウラン貯蔵量の上限超過、濃縮レベルの上限超過、遠心分離機の研究・開発の規定外の活動、フォルド燃料濃縮施設での濃縮再開などの措置を順次取ってきた。2020年1月、イランはウラン濃縮活動におけるいかなる制約も取り払うことを発表した。2021年1月には20%の濃縮ウランの製造や金属ウランの研究・開発を、また2月には、JCPOA上の透明性措置の履行停止を発表した。
日本としては、イランがJCPOA上のコミットメントを継続的に低減させていることを強く懸念し、イランに対し、JCPOAを遵守し、JCPOA上のコミットメントに即座に戻るとともに、JCPOAを損なう更なる措置を控えるよう強く求めている。また、日本は、イランに対して、イランが負っている原子力に関する全ての義務に従い、IAEAと完全に協力するよう求めている。
2020年1月以降、IAEAがイラン国内2か所へのアクセス(立入り)を要請し、イランがこれを受け入れない状況が生じた。この問題について、6月のIAEA理事会では、イランに対し速やかなアクセス提供を含めIAEAと完全に協力するよう要請する決議が採択された。8月末、グロッシー事務局長がイランを訪問し、イランとIAEAとの共同声明が発出され、その後アクセスが実施された。
シリアによるIAEA保障措置の履行については、事実関係が解明されるためにも、シリアがIAEAに対して完全に協力すること、また、同国が追加議定書について署名・批准し、これを実施することが重要である。
ウ 核セキュリティ
核物質やその他の放射性物質を使用したテロ活動を防止するための「核セキュリティ」については、オバマ米国大統領が提唱し、2010年から2016年の間に4回開催された核セキュリティ・サミットや、「核セキュリティに関する国際会議」を始め、IAEAや国連、有志国による各種取組を通じ、国際的な協力が進展している。日本は、こうした取組に積極的に参加し、貢献している。2020年2月にIAEA主催で開催された「核セキュリティに関する国際会議」には、日本から政府代表として、若宮健嗣外務副大臣が閣僚会合に出席し演説を行った。
2018年2月に外務省とIAEAとの間で署名された「東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の機会における核セキュリティ措置の実施支援分野における日IAEA間の実施取決め」に基づき、2019年10月、IAEA及び米国の専門家の参加を得て、国内関係機関による大規模公共行事における核セキュリティ対策に関する机上訓練が実施された。
(3)原子力の平和的利用
ア 多国間での取組
原子力の平和的利用は、核軍縮・不拡散と並んでNPTの3本柱の一つとされており、同条約にて、不拡散を進める締約国が平和的目的のために原子力の研究、生産及び利用を発展させることは「奪い得ない権利」であるとされている。国際的なエネルギー需要の拡大などを背景として、原子力発電30を活用する又は活用を計画する国は多い。
一方、これら原子力発電に利用される核物質、機材及び技術は軍事転用が可能であり、また一国の事故が周辺諸国にも大きな影響を与え得る。したがって、原子力の平和的利用に当たっては、①保障措置、②原子力安全(原子力事故の防止に向けた安全性の確保など)及び③核セキュリティの「3S」31の確保が重要である。また、東京電力福島第一原発事故の当事国として、事故の経験と教訓を世界と共有し、国際的な原子力安全の向上に貢献していくことは、日本の責務である。この観点から、IAEAは日本と協力し、2013年に福島県に「IAEA緊急時対応能力研修センター(IAEA・RANET・CBC)」を指定しており、2020年12月までに26回、国内外の関係者を対象として、緊急事態の準備及び対応の分野での能力強化のための研修を実施した。
東京電力福島第一原発の廃炉・汚染水対策、除染・環境回復は、困難な作業の中に、世界の技術や英知を結集し、着実に進展している。IAEAとは事故直後から協力しており、2020年11月には、IAEAから指名された国内の独立した研究機関の環境放射能の専門家を受け入れ、海洋モニタリング・レビューを実施し、日本における海洋の放射線モニタリングの取組についてIAEAのレビューを受けた。また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、2014年に東京電力福島第一原発事故による放射線のレベル及び影響に関する報告書を公表した。2018年から、UNSCEARは、最新の情報に基づく評価を実施すべく同報告書の改訂作業を行っており、2021年の公表を予定している。
国際社会の正しい理解と支援を得ながら事故対応と復興を進めるためには、適時適切な情報発信が必要である。この観点から、日本は、東京電力福島第一原発の廃炉作業・汚染水対策の進捗、空間線量や海洋中の放射能濃度のモニタリング結果、食品の安全といった事項について、IAEAを通じて包括的な報告を定期的に公表しているほか、原則毎月1回の在京外交団及びIAEA向けの現状の通報や、原発事故以来100回以上に上る在京外交団に対する説明会の開催(2020年は2月、4月、10月に実施)、在外公館を通じた情報提供などを行っている。また、東京電力福島第一原発における汚染水の処理状況について、特に混同されやすい汚染水とALPS処理水32の違いを国際社会に対し分かりやすく説明するための英文広報資料を作成し、2019年9月にウィーンで開催されたIAEA総会を始めとする国際会議において配布した33。日本は、今後も国際社会に対し、科学的根拠に基づいた、透明性のある説明を丁寧に行っていく方針であり、風評被害を助長しかねない主張に対しては、引き続きしっかりと説明を行っていく。
原子力は、発電のみならず、保健・医療、食糧・農業、環境、産業応用などの分野でも活用されている。これら非発電分野での原子力の平和的利用の促進と開発課題への貢献は、開発途上国がNPT加盟国の大半を占める中で重要性が増してきている。IAEAも、開発途上国への技術協力や持続可能な開発目標(SDGs)の達成への貢献に取り組んでいる。
そのような中、日本は、原子力科学技術に関する研究、開発及び訓練のための地域協力協定(RCA)に基づく協力を始めとするIAEA技術協力や平和的利用イニシアティブ(PUI)などを通じてIAEAの活動を積極的に支援しており、2015年4月、NPT運用検討会議で、PUIに対し5年間で総額2,500万米ドルの拠出を行うことを表明し、2020年4月にこれを達成した。
イ 二国間原子力協定
二国間原子力協定は、相手国との間で原子力の平和的利用分野における協力を実現するため、相手国との間で移転される原子力関連資機材などの平和的利用及び核不拡散の法的な確保に必要となる法的枠組みを定めるために締結するものである。また、二国間協定の下で、原子力安全の強化などに関する協力を促進することも可能である。
原子力協定の枠組みを設けるかどうかは、核不拡散の観点、相手国の原子力政策、相手国の日本への信頼と期待、二国間関係などを総合的に勘案し、個別具体的に検討してきている。2020年末現在、日本は、発効順で、カナダ、オーストラリア、中国、米国、フランス、英国、欧州原子力共同体(EURATOM)、カザフスタン、韓国、ベトナム、ヨルダン、ロシア、トルコ、アラブ首長国連邦及びインドとの間で二国間原子力協定を締結している。
(4)生物兵器・化学兵器
ア 生物兵器
生物兵器禁止条約(BWC)34は、生物兵器の開発・生産・保有などを包括的に禁止する唯一の多国間の法的枠組みである。条約遵守の検証手段に関する規定や条約実施機関がなく、条約をいかに強化するかが課題となっている。
2006年以降、履行支援ユニット(事務局機能)の設置や、5年に一度開催される運用検討会議の間における年2回の会期間会合の開催などが決定され、BWC体制の強化に向けて取組が進んできた。
次回第9回運用検討会議までの会期間会合では、国際協力、科学技術の進展レビュー、国内実施、防護支援及び条約の制度的強化の五つのテーマについて協議することが合意されている。
イ 化学兵器
化学兵器禁止条約(CWC)35は、化学兵器の開発・生産・貯蔵・使用などを包括的に禁止し、既存の化学兵器の全廃を定めている。条約の遵守を検証制度(申告と査察)によって確保しており、大量破壊兵器の軍縮・不拡散に関する国際約束としては画期的な条約である。CWCの実施機関として、ハーグ(オランダ)に化学兵器禁止機関(OPCW)36が設置されている。OPCWは、シリアの化学兵器廃棄において、国連と共に重要な役割を果たし、2013年には、「化学兵器のない世界」を目指した広範な努力が評価されノーベル平和賞を受賞した。
化学産業が発達し、化学工場の数が多い日本は、OPCWの査察を数多く受け入れている。そのほか、加盟国を増やすための施策、条約の実効性を高めるための締約国による条約の国内実施措置の強化など、OPCWに対して具体的な協力を積極的に行っている。また、日本は、CWCに基づき、中国国内で遺棄された旧日本軍の化学兵器について、中国と協力しつつ、一日も早い廃棄の完了を目指している。
(5)通常兵器
通常兵器とは、一般に大量破壊兵器以外の武器を意味し、地雷、戦車、大砲から、けん銃などの小型武器まで多岐にわたる。実際の紛争で使用され、文民の死傷にもつながる通常兵器の問題は、安全保障に加え人道の観点からも深刻であり、グテーレス国連事務総長が2018年に発表した軍縮アジェンダにおいて、通常兵器分野の軍縮は「人命を救う軍縮」として3本柱の一つに位置付けられている。日本は、通常兵器に関する国際的な基準・規範に基づく協力・支援において、積極的な活動を行っている。
ア 小型武器
小型武器は、実際に使用され多くの人命を奪っていることから「事実上の大量破壊兵器」とも称され、入手や操作が容易であるため拡散が続き、紛争の長期化や激化、治安回復や復興開発の阻害などの一因となっている。日本は、1995年以来毎年、小型武器非合法取引決議案を他国と共同で国連総会に提出し、同決議は毎年採択されてきた。また、世界各地において武器回収、廃棄、研修などの小型武器対策事業を支援してきている。2019年には、グテーレス国連事務総長の軍縮アジェンダに基づき設立された小型武器対策メカニズムに対し、200万米ドルを拠出した。
イ 武器貿易条約(ATT)37
通常兵器の国際貿易を規制するための共通基準を確立し、不正な取引などを防止することを目的としたATTは、2014年12月に発効した。日本は、条約の検討を開始する国連総会決議の原共同提案国の1か国として、国連における議論及び交渉を主導し、条約の成立に大いに貢献した。また発効後も、締約国会議などでの議論に積極的に参加し、2018年8月、アジア大洋州から選出された初めての議長国として第4回締約国会議を東京で開催するなど、引き続き貢献している。さらに日本は、ATTの普遍化も重視しており、特にアジア諸国に対し、ATT加入に向け働きかけてきている。2020年は、ナミビア、中国、サントメ・プリンシペ、アフガニスタン、ニウエの5か国が新たにATTに加入し、ATTの締約国は2020年末までに110か国となった。
ウ 特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)38
CCWは、過度に傷害を与える又は無差別に効果を及ぼすことがあると認められる通常兵器の使用を禁止又は制限するもので、手続事項などを定めた枠組条約及び個別の通常兵器などについて規制する五つの附属議定書から構成される。枠組条約は1983年に発効した。日本は、枠組条約及び改正議定書Ⅱを含む議定書ⅠからⅣを締結している。2017年からは、急速に進歩する科学技術の軍事利用に対する国際社会の懸念を背景として、CCWの枠組みで自律型致死兵器システム(LAWS)に関する政府専門家会合が開催されている。2019年には政府専門家会合が3月と8月に開催され、LAWSに関する指針を11項目とすることで一致した。また、同指針を含む議論を、将来の規範・運用の枠組みの明確化・検討・発展に関する勧告のための基礎として活用していくこととなった。11項目の指針は、同年11月のCCW締約国会議において、正式に承認された。2020年には9月に政府専門家会合が開催され、日本も引き続きこれに積極的に参加し、議論に貢献した。
エ 対人地雷
2019年、対人地雷禁止条約(オタワ条約)39は発効20周年を迎えた。日本はこれまで、対人地雷の実効的な禁止と被害国への地雷対策支援の強化を中心とした包括的な取組を推進してきた。アジア太平洋地域各国へのオタワ条約締結に向けた働きかけに加え、人道と開発と平和の連携の観点から、国際社会において、地雷の除去や被害者支援などを通じた国際協力も着実に実施してきている。
2020年11月にジュネーブで開催されたオタワ条約第18回締約国会議において、日本は、これまでの日本の地雷対策支援の取組及び実績を振り返るとともに、対人地雷のない世界を目指し、今後とも積極的な役割を果たすとの姿勢を表明した。
オ クラスター弾40
クラスター弾がもたらす被害は、人道上の観点から国際的に深刻に受け止められている。日本は、被害者支援や不発弾処理といった対策を実施41するとともに、クラスター弾に関する条約(CCM)42の締約国を拡大する取組を継続しており、2021年に開催予定のクラスター弾に関する条約第2回検討会議に向け、これらの課題に関する議論に参加している。
12 NPT:Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons
13 NPDI:Non-Proliferation and Disarmament Initiative
14 CTBT:Comprehensive Nuclear Test Ban Treaty
15 核兵器その他の核爆発装置製造のための原料となる核分裂性物質(高濃縮ウラン及びプルトニウムなど)の生産を禁止することにより、核兵器の数量増加を止めることを目的とする条約構想
16 FMCT:Treaty Banning the Production of Fissile Material for Nuclear Weapons or other Nuclear Explosive Devices / Fissile Material Cut-off Treaty
17 1983年以来、軍縮専門家を育成するために国連が実施。同プログラムの参加者を広島・長崎に招待しており、資料館の視察や被爆者による被爆体験講話などを通じ、被爆の実相への理解促進に取り組んでいる。
18 広島市や長崎市との協力の下、ニューヨーク(米国)、ジュネーブ(スイス)及びウィーン(オーストリア)で常設原爆展が開設されている。
19 PSI:Proliferation Security Initiative
20 IAEA:International Atomic Energy Agency
21 IAEA理事会で指定される13か国。日本を始め、G7などの原子力先進国が指定されている。
22 NPT締約国である非核兵器国が、NPT第3条1項に基づきIAEAとの間で締結することを義務付けられている、当該国の平和的な原子力活動に係る全ての核物質を対象とした「包括的保障措置協定(CSA)」などに追加して、各国がIAEAとの間で締結する議定書。追加議定書(AP)の締結により、IAEAに申告すべき原子力活動情報の範囲が拡大され、未申告の原子力核物質・原子力活動がないことを確認するためのより強化された権限がIAEAに与えられる。2020年11月時点で、136か国が締結している。
23 弾道ミサイルに関しては、輸出管理体制のほかにも、その開発・配備の自制などを原則とする「弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範」(HCOC)があり、2020年12月時点で、143か国が参加している。
24 2020年12月現在、107か国がPSIの活動に参加・協力している。日本は、過去には、2004年、2007年及び2018年にPSI海上阻止訓練を、2012年にPSI航空阻止訓練をそれぞれ主催したほか、2010年に東京においてオペレーション専門家会合(OEG)を主催した。また、他国が主催する訓練及び関連会合にも積極的に参加しており、アジア太平洋地域でのローテーション訓練に参加しているほか、2016年1月に米国で開催された政治会合(高級事務レベル)に参加した。直近では2018年5月にフランスで開催されたPSI創設15周年を記念するハイレベル政治会合に参加した。
25 横須賀市、房総半島沖海空域及び伊豆半島沖空域において開催された同訓練には、日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、シンガポール及び米国がアセットや人員を参加させたほか、インド太平洋諸国などから19か国がオブザーバーを派遣した。
26 日本が主催し、ASEAN10か国、中国、インド、韓国、そしてアジア地域の安全保障に共通の利益を持つ米国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フランス及びEUの局長級が一堂に会し、アジアにおける不拡散体制の強化に関する諸問題について議論を行う多国間協議。
27 日本が主催し、アジア諸国・地域の輸出管理当局関係者などが参加して、アジア地域における輸出管理強化に向けて意見・情報交換をするセミナー。1993年から毎年東京で開催している。
28 2004年4月採択。全ての国に対し、①大量破壊兵器開発などを試みるテロリストなどへの支援の自制、②テロリストなどによる大量破壊兵器開発などを禁ずる法律の制定及び③大量破壊兵器拡散を防止する国内管理(防護措置、国境管理、輸出管理など)の実施を義務付けるとともに、国連安保理の下に国連安保理理事国から構成される「1540委員会」(国連安保理決議第1540号の履行状況の検討と国連安保理への報告が任務)を設置
29 イランの原子力活動に制約をかけつつ、それが平和的であることを確保し、また、これまでに課された制裁を解除していく手順を詳細に明記したもの
〈イラン側の主な措置〉
●濃縮ウラン活動に係る制約
・稼動遠心分離機を5,060機に限定
・ウラン濃縮の上限は3.67%、貯蔵濃縮ウランは300kgに限定など
●アラク重水炉、再処理に係る制約
・アラク重水炉は兵器級プルトニウムを製造しないよう再設計・改修し、使用済燃料は国外へ搬出
・研究目的を含め再処理は行わず、再処理施設も建設しない。
30 IAEAによると、2021年1月現在、原子炉は世界中で443基が稼働中であり、52基が建設中(IAEAホームページ)
31 核不拡散の代表的な措置であるIAEAの保障措置(Safeguards)、原子力安全(Safety)及び核セキュリティ(Security)の頭文字を取って「3S」と称されている。
32 ALPS処理水とは、多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System)を含む複数の浄化設備で可能な浄化処理をした水
33 IAEA総会などで配布した汚染水とALPS処理水の違いに関する英文資料の最新版は、外務省ウェブサイトに掲載
(https://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/inec/page22_003031.html)

34 BWC:Biological Weapons Convention 1975年3月発効。締約国数は183か国(2020年12月現在)
35 CWC:Chemical Weapons Convention 1997年4月発効。締約国数は193か国(2020年12月現在)
36 OPCW:Organization for the Prohibition of Chemical Weapons
37 武器貿易条約(ATT:Arms Trade Treaty)の2020年12月現在の締約国は110か国・地域。日本は、署名が開放された日に署名を行い、2014年5月、締約国となった。
38 特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW:Convention on Certain Conventional Weapons)の2020年12月現在の締約国は125か国・地域
39 対人地雷の使用・生産などを禁止するとともに、貯蔵地雷の廃棄、埋設地雷の除去などを義務付ける条約で、1999年3月に発効した。2020年12月現在の締約国数は、日本を含め164か国・地域
40 一般的には、多量の子弾を入れた大型の容器が空中で開かれて子弾が広範囲に散布される仕組みの爆弾及び砲弾のことをいう。不発弾となる確率が高いともいわれ、不慮の爆発によって一般市民を死傷させることなどが問題となっている
41 クラスター弾対策及び対人地雷対策に関する国際協力の具体的な取組については、開発協力白書を参照
42 クラスター弾の使用・所持・製造などを禁止するとともに、貯蔵クラスター弾の廃棄、汚染地域におけるクラスター弾の除去などを義務付ける条約で、2010年8月に発効した。2020年12月現在の締約国数は、日本を含め110か国・地域