核軍縮・不拡散
2015年核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議
概要と評価
4月27日から5月22日(現地時間)まで,ニューヨークの国連本部において,2015年核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議が開催された(議長は,フェルーキ・アルジェリア外務省大臣顧問)。我が国からは,岸田外務大臣(首席代表)が出席し,初日に一般討論演説を行った。また,杉山外務審議官,吉川国際連合代表部大使,佐野軍縮代表部大使(本会議の副議長),小澤外務省参与(主要委員会IIの副議長),北野在ウィーン国際機関代表部大使,引原軍縮不拡散・科学部長他が会議に出席した。今次会議は,中東非大量破壊兵器地帯の設置構想を巡って米・エジプト間の溝が埋まらず,最終文書を採択することなく終了した。
1 会議のプロセスと事前の見通し
(1)NPT運用検討会議は,NPT第8条に基づき,条約の運用を検討するために5年毎に開催される。期間中,NPTの3本柱(核軍縮,核不拡散,原子力の平和的利用)について,それぞれ主要委員会I(核軍縮),主要委員会II(核不拡散),主要委員会III(原子力の平和的利用)に分かれて議論が行われ,各委員会が作成した合意文書は本会議で採決にかけられる。
(2)被爆70年の節目に開催された今次会議については,核兵器国と非核兵器国の核軍縮をめぐる対立,中東問題や核兵器の非人道性等,締約国の意見を収斂することが難しい課題が多く,最終文書の合意は容易ではないとの見方が多かった。
2 今次会議の経緯と結果
(1)第1週目においては,一般討論演説が行われ,多くの締約国が閣僚級を含めた各国の代表がNPT体制の維持・強化のための各国の協力の必要性を訴えた。
(2)第2週目及び第3週目においては,各主要委員会の下に補助機関がそれぞれ設置された上で,実質的議論が行われた(主要委員会Iの補助機関は,核軍縮及び安全保証に関する将来的措置について,主要委員会IIの補助機関は中東非大量破壊兵器地帯の設置や北朝鮮の核問題を含む地域問題について,また,主要委員会IIIの補助機関は脱退や運用検討プロセス強化について扱った。)。
(3)それぞれの主要委員会においては,締約国による議論を踏まえた議長案が数度にわたり提出され,議論が深められていったが,合意に至らないまま,第4週目の本会議に送付された。
(4)第4週目においては,非公式本会議といった形で関係各国間の協議が断続的に行われたが,引き続き合意に至らなかった。フェルーキ議長は,22日(金曜日)未明,これまでの議論を踏まえ,議長として各国が受け入れ可能と考える最終文書案を議長の責任の下で作成・配布し,各国に対して最大限の柔軟性を発揮するよう求めた。
(5)最終日の22日(金曜日),議長の最終文書案について多くの参加国は受け入れ可能(少なくともコンセンサスをブロックしない)との立場であった。しかし,中東非大量破壊兵器地帯の問題を巡って最後の調整が行われたが合意に至らず,最終文書案が採択されないまま会議が終了した。
3 我が国の対応
(1)今次会議に先立ち,3月20日,我が国が主導する地域横断的グループである「軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)」は,これまでの18本の作業文書をとりまとめ,核兵器国と非核兵器国の双方に具体的行動を求める合意文書案を国連事務局に提出した。NPDIとしての活動に加え,我が国独自のイニシアティブにより,透明性・運用検討プロセス強化,軍縮・不拡散教育,原子力の平和的利用,包括的核実験禁止条約(CTBT)などの分野において,それぞれの同志国と連携して活動を行い,作業文書の提出や共同ステートメントの実施等を行った。こうした提案は,多くの国から支持と評価を得て,文言交渉に対して有益な材料を提供し,あるいは我が国の問題意識を広めることにつながったものと考えられる。
(2)4月1日~4日,我が国はフェルーキ議長を招聘し,岸田大臣表敬等を通じ議長との信頼関係構築を図るとともに,被爆の実相に触れる機会を提供するため被爆地訪問を実施した。
(3)4月14日~15日(現地時間),ドイツ・リューベックにおいてG7外相会合が開催され,我が国を含むG7外相は,不拡散及び軍縮に関するG7ステートメントを発出し,NPT3本柱に対するコミットメントを再確認した。
(4)4月27日(現地時間),岸田外務大臣は,NPT運用検討会議において,一般討論演説を行い,被爆地広島出身の大臣として,被爆地の思いを胸に「核兵器のない世界」に向けた取組を前進させる決意を述べた。同演説では,核兵器国と非核兵器国の双方が協力することを求めた上で,(I)核戦力の透明性の確保,(II)あらゆる種類の核兵器の削減や核兵器削減交渉の将来的な多国間化,(III)核兵器の非人道的影響の議論の下での「核兵器のない世界」に向けた国際社会の結束,(IV)世界の政治指導者及び若者の広島・長崎訪問,(V)地域の核拡散問題の解決を我が国が重視する5項目として訴えた。また,我が国が参加する軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)を代表して,オランダが共同ステートメントを行った。
(5)4月28日(現地時間),安倍総理訪米の機会に,日米両国は,「NPTに関する日米共同声明」を発出し,日米両国が今次会議の成功に向け協働することを確認した。
(6)会議開催中,主要委員会及び補助機関の議長に対し,随時具体的な文言を提案したほか,核兵器国やNAM等の関係国との調整国として積極的に議事運営をサポートする等,最終文書の合意に向けて貢献した。
4 とりあえずの評価
(1)今次会議が実質的事項を含む最終文書を採択することができなかったことにより,特に次回の2020年運用検討会議までの5年間における明確な合意された指針を失うこととなる。これがNPTを中心とする国際的な核軍縮・不拡散体制に一定の打撃を与えることは否めない。
(2)核軍縮・不拡散問題において,中東問題がいかに困難かつ重要な課題であるかが改めて認識されることとなった。中東問題は,NPTに限らず,国連総会第一委員会や国際原子力機関(IAEA)においてもますます取扱いの難しい課題となっている。
(3)他方で,今次会議における議論,議長の最終文書案は,中東問題の故にコンセンサスに至らなかったとは言え,今後の5年間のプロセスにおける議論の基礎を提供し得るものである。我が国としては,今次会議の議論を踏まえ,今後も引き続きNPT体制の維持・強化に向けてさらなる努力を続けていく必要がある。その観点から,本年8月の広島における国連軍縮会議,包括的核実験禁止条約(CTBT)賢人グループ会合,9月のCTBT発効促進会議において,主導的役割を果たす考え。
(4)議長合意文書案においては,かなりの程度NPDIの提案が盛り込まれたことからも分かるとおり,NPDIにとって初めてのNPT運用検討会議において高いプレゼンスを示した。我が国としては,引き続きNPDIを中心に核軍縮・不拡散への取組を強化していく。
【参考:フェルーキ議長による最終文書案のポイント】
(1)我が国が重視する主要5項目は,議長の最終文書案において,以下のとおり盛り込まれていた。
(ア)核戦力の透明性の確保
NPDIを通じて我が国が主張してきた「標準報告フォームへの関与の継続」及び数値情報を伴う詳細な報告項目(パラ154のサブパラ11)が盛り込まれているほか,我が国独自の提案に基づき,「(I)2020年運用検討会議並びに2017年及び2019年の準備委員会での報告及びレビューのための特定時間の割り当て,(II)2020年運用検討会議で同報告メカニズムの実施状況のレビューと次のステップの検討」(パラ154のサブパラ11)にも合意された。
(イ)あらゆる種類の核兵器の更なる削減や核兵器削減交渉の将来的な多国間化
あらゆる種類の核兵器の「多国間措置」を含む方法を通じた削減の要求(パラ154のサブパラ4)や5核兵器国に世界の核兵器保有量の迅速な削減への関与を慫慂する文言(パラ154のサブパラ6)が盛り込まれた。
(ウ)核兵器の非人道的影響の認識の共有
あらゆる核兵器の使用による壊滅的で非人道的な結末に関する深い懸念が,核軍縮分野における努力を下支えし続けるべき「鍵となる要素」であること,また,こうした結末を知ることは,核兵器のない世界に向けた「すべての国々」による努力に緊急性を与えるべきであるということが強調され(パラ154のサブパラ1),アプローチを問わず,国際社会が一致して核軍縮を進めることを求める内容が盛り込まれた。また,我が国の重視する非人道性についての認識を深めること(パラ137,140)や広げること(パラ154のサブパラ18)についてもその趣旨が盛り込まれた。
(エ)世界の政治指導者及び若者の広島・長崎訪問
パラ154のサブパラ18の冒頭で被爆70年の趣旨を盛り込んだ上,「核兵器の非人道的影響を知るべく,被爆した人々及び地域とやりとりし,その経験を直接共有すること等を通じて指導者や軍縮専門家,外交官に加え,一般の人々,特に若い将来の世代の,核軍縮・不拡散に関するあらゆるトピックに関する意識を向上させる」との表現が入り,実質的に広島,長崎への訪問を勧める内容を確保できた。
我が国が主導し,76か国を代表して行った軍縮・不拡散教育共同ステートメントについて留意されており(パラ138),その中に広島・長崎への言及がなされている。NPT運用検討会議プロセスにおいて,関連文書への言及という形であれ,広島・長崎への言及がなされたのは初めて。
(オ)地域の核拡散問題の解決
北朝鮮については,六者会合当事国(日米韓中露)で調整し,北朝鮮の核実験に対する強い遺憾の意を表明(パラ161)し,北朝鮮に対し,(I)更なる核実験の自制(パラ161),(II)核戦力建設政策の放棄(パラ161),(III)すべての核関連活動の即時停止(パラ162),(IV)関連安保理決議の完全履行(パラ163),(V)(北朝鮮による核放棄を定めた)六者会合共同声明の完全実施に向けた具体的措置(パラ163)を要求する等,2010年の合意文書を大きく上回る強い文言で合意。六者会合の当事国がそろって,北朝鮮に対して厳しいメッセージを送ることで合意できたことは大きな成果。
中東非大量破壊地帯については,中東非大量破壊兵器地帯会議開催のための準備プロセス,同会議のタイムライン,同準備プロセス及び同会議における決定が地域諸国の決定に基づくこと,「地域諸国」の定義が明確化された文案について合意を目指したものの,合意には至らず(パラ164~172)。
(2)そのほか,NPTの三本柱である(ア)核軍縮,(イ)核不拡散,(ウ)原子力の平和的利用におけるポイントは以下のとおり。
(ア)核軍縮
核兵器の非人道的影響に関する議論の高まりを受け,核兵器のない世界の達成・維持に貢献し,かつ,そのために必要な法的条文又はその他の取決めを含め,第6条の完全な実施のための効果的な措置を特定・策定するためのコンセンサスに基づくオープンエンド作業部会を設置することを勧告(パラ154のサブパラ19)。
(イ)核不拡散
(I)保障措置については,IAEA保障措置が不拡散体制の基本的な柱であることを確認された。また,IAEA追加議定書(AP)について,前回2010年NPT運用検討会議以降,新たに23カ国が追加議定書を締結したことが歓迎され,未締結国に対し,速やかな締結が奨励された(パラ13,25)。
(II)核セキュリティについては,改正核物質防護条約の早期の批准が要請された。また,核セキュリティに関するIAEAの中心的な役割が再確認されるとともに,核セキュリティ・サミットを含む様々な国際的なイニシアティブが果たす役割が確認された(パラ41,43,47)。
(III)輸出管理については,原子力関連の輸出が核兵器等の開発に資することがないよう確保することが要請され,輸出管理に係る効果的な国内規制の構築・実施の必要性が認識された。また,加盟国間の協力・支援が歓迎された(パラ48,49,55)。
(ウ)原子力の平和的利用
(I)原子力科学・技術を含め,科学・技術は,社会的・経済的な発展に不可欠な要素と認識された(パラ65)。
(II)原子力の平和的利用における保障措置,原子力安全及び核セキュリティ(3S)の確保の必要性を再確認した(パラ69)。
(III)IAEA技術協力活動の重要性を強調し,平和利用イニシアティブ(PUI)への拠出を奨励した(パラ74・79)。
(IV)福島第一原発事故後の原子力安全分野でのIAEAの取組を歓迎した(パラ101)。
(3)議長の最終文書案の概要