外交青書・白書
第3章 国際社会で存在感を高める日本

3 グローバルな安全保障

(1)地域安全保障

アジア太平洋地域では、グローバルなパワーバランスの変化などに伴って安全保障環境が厳しさを増している。地域の安全保障環境が厳しさを増す中で、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化することはこれまで以上に重要である。また、日本自身の防衛力の抜本的な強化も必要である。同時に、各国との二国間及び多国間の安全保障協力の強化に積極的に取り組むことで、地域における安全保障環境を日本にとって望ましいものとしていく取組を続けている。

ASEANは、地政学的要衝に位置しており、日本にとって重要なシーレーンに面している。ASEANの更なる安定と繁栄は、東アジア地域のみならず国際社会の安定と繁栄にとっても極めて重要である。こうした観点から、日本は、例えば、巡視船の供与などを通じて、フィリピン、マレーシア、ベトナム、インドネシアなどの海上保安能力向上に向けた支援を継続して実施している。3月、インドネシアと第2回日・インドネシア外務・防衛閣僚会合(「2+2」)を実施し、防衛装備品・技術移転協定に署名したほか、両国の安全保障協力を一層推進していくことで一致した。また、9月にはベトナムとも防衛装備品・技術移転協定に署名し、艦艇分野を含めた具体的な装備移転の実現に向けて両国間の協議を加速化している。11月にはフィリピンとの間で「2+2」の立上げに向けて検討を進めることで一致している。

インドとは、岸田総理大臣就任直後の10月に実施した日印首脳電話会談及び林外務大臣就任直後の11月に実施した日印外相電話会談において、「日印特別戦略的グローバル・パートナーシップ」を更なる高みに引き上げていくことで一致したほか、日印外務・防衛閣僚会合(「2+2」)の早期開催に向けて調整を進めることも確認した。また、日印軍縮・不拡散協議(2月)第6回日印「海洋に関する対話」(9月)第2回日印宇宙対話(11月)がそれぞれオンラインで開催され、それぞれの分野における情勢認識や協力可能性などについて意見交換が行われた。

オーストラリアとは、2022年1月に実施した日豪首脳テレビ会談の際に、自衛隊とオーストラリア国防軍との間の共同訓練や災害援助活動などの協力活動を円滑にする、日豪円滑化協定に署名した。同会談では、自衛隊とオーストラリア国防軍の協力を更に深化させるとともに、宇宙・サイバーなどの新領域や経済安全保障といった分野へも協力の裾野を拡大していくこと、さらに、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現のため、両国間の「特別な戦略的パートナーシップ」を更なる高みに引き上げるべく連携していくことで一致した。また、同会談では、二国間協力のみならず日米豪印や日米豪の協力推進の重要性を再確認した。6月に開催された第9回日豪外務・防衛閣僚協議(「2+2」)では、地域の安全保障上の課題を踏まえた戦略認識を共有するとともに、インド太平洋地域及びそれを越えた地域における平和、安定及び繁栄に貢献すべく、日豪間の安全保障・防衛協力を新たな次元に引き上げることの重要性を確認した。

「グローバルな戦略的パートナー」である英国とは、2月の第4回日英外務・防衛閣僚会合(「2+2」)及び首脳・外相間の各種会談(電話会談含む)において、「特別なパートナー」であるフランスとも、首脳・外相間の各種会談(電話会談含む)において、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けて海洋安全保障などの分野で協力を強化していくことをそれぞれ確認した。英仏両国との安保・防衛協力は近年飛躍的に深化しており、9月に英空母「クイーン・エリザベス」を中心とする空母打撃群が日本に寄港し、共同訓練を行ったほか、10月には日英円滑化協定の第1回交渉会合を実施した。5月にはフランス練習艦隊「ジャンヌ・ダルク」も日本に寄港し、共同訓練を実施したほか、10月には東京で23回目となる日仏外務・防衛当局間(PM)協議が実施された。ドイツとは、4月にオンライン形式で初の日独外務・防衛閣僚会合(「2+2」)を行ったほか、6月には日独外務・防衛当局間(PM)協議を開催し、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて両国で緊密に連携していくことを確認した。また、11月にはドイツ海軍フリゲート艦「バイエルン」が日本に寄港し共同訓練を実施した。6月の日・オランダ外相会談では、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた連携強化を確認し、9月には、オランダ海軍フリゲート艦が英空母打撃軍の一部として日本に寄港した。さらに、イタリア(3月、首脳電話会談及び6月、外相会談)とも「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた連携で一致した。EUとは、5月の日・EU定期首脳協議で、インド太平洋における日・EU協力の強化で一致したほか、複数回にわたりEU海上部隊との共同訓練を行った。また、EUは、4月及び9月にインド太平洋戦略を発表し、9月の文書で、七つの優先分野の一つとして、安全保障・防衛を明記し、パートナーとしての日本との協力も盛り込まれている。

カナダとは、5月の外相会談において、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、「自由で開かれたインド太平洋に資する日本及びカナダが共有する優先協力分野」(以下「優先協力6分野」という。)を発表し、6月の首脳会談では、優先協力6分野において、今後、両国が具体的で力強い協力・連携を更に進めていくことで一致した。優先協力6分野には、「瀬取り」など北朝鮮関連の国連安保理決議違反への対応などでの協力や、日加物品役務相互提供協定(ACSA)を最大限に活用すること、エネルギー安全保障に関する協力などが盛り込まれている。日加次官級「2+2」は、これまで4回開催されている。カナダ軍との共同訓練については、2017年以降毎年実施している日加共同訓練「KAEDEX」を11月に実施したほか、複数の多国間共同訓練を実施した。「瀬取り」については、カナダ軍の艦艇が9月中旬から、航空機が10月中旬から、監視活動を行った。

中国との間には、透明性を欠いた軍事力の急速な強化や日本周辺海空域における中国軍の活動の活発化、独自の主張に基づく我が国固有の領土である尖閣諸島周辺海域での領海侵入など、様々な懸案が存在しているが、引き続き首脳会談や外相会談などのハイレベルの機会を活用して、主張すべきはしっかりと主張し、懸案を一つ一つ解決し、また中国側の具体的行動を強く求めるなど冷静かつ毅然と対応していく。中国の軍事的動向は日本にとって極めて重大な関心事項であることから、日中安保対話などの安全保障分野の対話や交流のチャネルの重層的な構築に努めており、政策面での意思疎通を図るとともに、日本の懸念を伝達し、国防政策や軍事力に係る透明性の向上や日本を含む地域と安全保障環境に資する具体的な行動の改善を働きかけている。相互理解及び相互信頼の増進や不測の衝突の回避という面では、2018年6月に運用開始された日中防衛当局間の海空連絡メカニズムは大きな意義を有している。

韓国とは、北朝鮮の非核化に向け、日韓、日米韓で連携していくことが重要であるとの認識の下、日韓外相会談(1月(電話会談)5月9月)、日米韓外相会合(5月9月)日韓首脳電話会談(10月)などを行い、日韓・日米韓で緊密に連携していくことを確認している。

中東地域の平和と安定は、日本を含む国際社会の平和と繁栄にとって極めて重要である。また、世界における主要なエネルギーの供給源であり、日本の原油輸入の約9割を依存する同地域において、日本関係船舶の航行の安全を確保することは非常に重要である。2019年12月には、中東地域における平和と安定及び日本関係船舶の安全確保のため、日本独自の取組として、(1)中東の緊張緩和と情勢の安定化に向けた更なる外交努力、(2)関係業界との綿密な情報共有を始めとする航行安全対策の徹底及び(3)情報収集態勢強化のための自衛隊の艦艇及び航空機の活用について閣議決定し、2020年1月から中東の海域における情報収集活動を継続して実施している。

これらに加え、日本は、東アジア首脳会議(EAS)ASEAN地域フォーラム(ARF)、拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)など、地域における多国間の枠組みに積極的に参加・貢献し、地域の安全保障面での協力強化に取り組んでいる。この中でもARFは、政治・安全保障問題に関する対話と協力を通じたインド太平洋地域の安全保障環境の向上を目的とし、北朝鮮やEUといった多様な主体が参加する重要な安全保障対話の枠組みである。また、各種取組を通じた信頼醸成に重点を置いている観点からも重要なフォーラムであり、8月には、28回目となるARF閣僚会合が開催され、新型コロナへの対応のほか、北朝鮮、東シナ海・南シナ海問題などの地域・国際情勢を中心に率直な意見交換を行った。また、日本は、これまで海上安全保障、不拡散・軍縮、テロ・国境を越える犯罪対策、災害救援及びICTセキュリティの全ての会期間会合(ISM)において共同議長国を務めるなど、積極的に貢献している。

さらに、日本は、安全保障政策の発信や意見交換の場として、政府間協議(トラック1)のみならず政府関係者と民間有識者双方が出席する枠組み(トラック1.5)も活用するなど、日本の安全保障政策に対する各国の理解促進を図るとともに、地域における協力促進や信頼醸成に取り組んでいる。

日豪円滑化協定署名式(2022年1月6日、東京 写真提供:内閣広報室)
日豪円滑化協定署名式
(2022年1月6日、東京 写真提供:内閣広報室)
コラム日米交流の促進・相互理解の増進のためのプロジェクト

外務省は、2020年から米国防省教育部(DoDEA)との共催で、在日米軍施設・区域が所在する地域において、地元の中高生と米軍人の子女との交流プログラムを実施しています。このプログラムは、日米の中高生が文化・教育交流を通じて相互理解を深めるとともに、国際社会で活躍する人材を育成することを目的とするものです。

2020年の青森県三沢市に続き、2021年は山口県岩国市(2回)、長崎県佐世保市、青森県三沢市で事業を実施しました。このコラムでは、岩国市及び佐世保市のプログラムに参加した日本人生徒の感想を紹介します。

■ 山口県立岩国高校 堀川まりあさん

私の将来の夢は英語を話せる看護師なので、今回のプログラムに参加することをとても楽しみにしていました。しかし、いざ参加してみると私の未熟な英語力ではなかなか思いが伝わらず、とても苦戦しましたが、米軍基地内の高校生たちは優しく丁寧に接してくれました。グループワークで行った旗作りやキャラクター作りでは、積極的にコミュニケーションを取ることで、お互いの国の文化をより深く知ることができ、とても有意義でした。今回のプログラムに参加して、これからも海外の方ともっとたくさん交流したいと思いました。そのためにも、自分の考えや思いを主張しながらも相手を思いやる気持ちを大切にして、より一層英語学習に力を入れていきたいと思います。またこのようなプログラムがあればぜひ参加したいです。

■ 長崎県立佐世保西高校 浦郷紗季さん

参加当初は、会場ではALT(注1)の先生と楽しく会話ができ、同年代の子ともきっと良い時間が過ごせるだろうと思っていました。しかし、いざコミュニケーションを取ろうと思っても上手く意思疎通が図れず、初日のプログラムが折り返し地点に来る頃には、最初の自信はほとんど消えかかっていました。それでも、フレンドリーに米国側の高校生が話しかけてくれて、拙い英語ながらも会話を膨らませ、2人で笑い合うことができたときには大きな喜びを感じました。日米交流の象徴となるようなマスコットキャラクターを考えるセッションでは、日本と米国、互いの国の文化について意見交換することで、普段は知ることのない両国の相違点に好奇心を抱きました。今回のこのようなプログラムでは自分の視野や関心の幅を広げることができ、とても貴重な経験となりました。

学生と交流する小田原潔外務副大臣(11月7日、岩国市)
学生と交流する小田原潔外務副大臣
(11月7日、岩国市)
プレゼンテーションを行う日米の学生たち(11月6日、岩国市)
プレゼンテーションを行う日米の学生たち
(11月6日、岩国市)

(注1) ALTとはAssistant Language Teacherの略で英語を母国語とする外国人教師のこと

(2)経済安全保障

ア 経済安全保障を取り巻く動向

近年、安全保障と経済を横断する領域で様々な課題が顕在化しており、安全保障の裾野が急速に拡大している。例えば、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など、人々の生活を便利にする新興技術は、軍事転用によって安全保障上のリスクになり得る。また、自国の戦略的利益を確保するために経済的な依存関係を利用して他国・地域を威圧するという動きも活発化している。このような経済活動に関する安全保障上のリスクに対処するため、経済構造の自律性を確保し、また、日本の技術を始めとする優位性ひいては国際社会にとっての不可欠性を獲得するという観点を踏まえた経済施策を総合的・効果的に行うことが重要であり、こうした考え方を中心とする経済安全保障の取組の重要性が高まっている。

このような情勢を踏まえ、外務省は、安全保障や対外経済関係に係る外交政策を推進し、条約などの国際約束の締結、解釈及び実施を所管する省庁として、同盟国・同志国との連携強化や、新たな課題に対応する規範の形成などに積極的に取り組んでいる。

イ 各国の最近の取組状況

経済安全保障を推進する取組は、他の主要国でも近年急速に進められている。

米国は6月、サプライチェーンに関する大統領令に基づく報告書を公表し、重要医薬品の国内生産への支援、先進蓄電池の国内サプライチェーンの確保、国内外の持続可能な重要鉱物の生産・加工への投資、産業界、同盟国、同志国と連携した半導体不足への対処などを直ちに実施する方針を示した。

EUは5月、新たな産業戦略の中で、戦略的な産業における原材料や技術について特定地域への依存を軽減する方針を示した。

オーストラリアは4月、「サイバー・重要技術国際関与戦略」を策定し、重要技術の発展がもたらす地政学的な意味合いを踏まえつつ、自国が保護すべき技術の特定などを推進する方針を示した。

中国も「中国製造2025」や新たな経済発展モデル「双循環」など、経済安全保障に関する国家戦略を急速に推進しており、国内法整備も着実に進めている。例えば、9月には、中国国内外におけるデータ処理活動に関し、自国の安全、公共利益、国民、組織の合法権益を損なった場合は、責任追及を可能とする規定などを含むデータセキュリティ法を施行した。

ウ 経済安全保障の推進に向けた日本の方向性

日本国内においても議論が加速化している。6月に決定した「経済財政運営と改革の基本方針2021」では、経済安全保障に係る戦略的な方向性が示された。例えば基本的価値やルールに基づく国際秩序の下で同志国との協力の拡大・深化を図ること、日本の自律性を確保し優位性を獲得すること、こうした観点から重要技術を特定し、保全・育成する取組を強化すること、基幹的な産業を強靭(じん)化するための施策の具体化と実施を進めることが決定された。

10月に発足した岸田内閣は経済安全保障を重要課題の一つとし、所信表明演説において日本の経済安全保障を推進する法案の策定を表明した。11月に実施された第1回経済安全保障推進会議では、法制上の手当を講ずるべき分野として、(1)サプライチェーンの強靱化、(2)基幹インフラの安全性・信頼性の確保、(3)先端的な重要技術についての官民協力、(4)特許の非公開化が提示されたほか、経済安全保障の推進に向けた大きな方向性として、「自律性の向上」、「優位性ひいては不可欠性の獲得」、「基本的価値やルールに基づく国際秩序の維持・強化」の三つが示された。

エ 日本と諸外国との経済安全保障に関する連携

外務省は、基本的価値やルールに基づく国際秩序の維持・強化に向けた同盟国・同志国との連携強化や、新たな規範の形成に向けた取組において積極的な役割を果たしている。

例えば、4月の日米首脳会談の共同声明において、5G(第5世代移動通信システム)の安全性及び開放性へのコミットメントを両首脳間で確認し、信頼に足る事業者に依拠することの重要性について一致した。また、両国の安全及び繁栄に不可欠な重要技術の育成保護や、半導体を含む機微なサプライチェーンにおける連携を確認した。さらに、知的財産権の侵害、強制技術移転、過剰生産能力問題、貿易歪(わい)曲的な産業補助金の利用などの非市場経済的で不公正な貿易慣行に対処するため、G7やWTOの枠組みを活用して引き続き協力していくことを確認した。「日米競争力・強靱性(コア)パートナーシップ」においても、信頼できる事業者や市場の多様化を通じオープンな無線アクセスネットワーク(Open-RAN)などを推進すること、5Gや次世代移動体通信網などの安全なネットワークなどへの投資を通じデジタル分野の競争力を強化することを確認した。このほかにも、半導体などの機微なサプライチェーン及び重要技術の育成・保護に関し協力すること、ゲノム解析などのバイオ・テクノロジーを発展させること、量子科学技術分野における研究機関間の連携及びパートナーシップを強化することなどを確認した。さらに、2022年1月の日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)では、人工知能や量子計算などの重要な新興分野でイノベーションを加速させ、日米同盟が技術的優位性を確保するための共同の投資を追求することなど、新興技術に関する協力を前進及び加速化していくことを確認した。

また、6月の日豪外務・防衛閣僚会議では、経済安全保障分野での一層の協力強化を約束した。例えば、違法な技術移転への対応やサプライチェーンの強靱性の構築において連携を更に深化することで一致した。また、サイバー及び重要技術の連携強化を通じて、地域の能力構築、産業の強靱化を進めていくことなどを確認した。2022年1月の日豪首脳テレビ会談においても、違法な技術移転への対処やサプライチェーンの強靱化、重要インフラの保護強化などの経済安全保障の分野における日豪両国間の協力を強化することを誓約した。

こうした二国間の連携強化に加え、日米豪印やG7などを通じた取組も活用し、同盟国・同志国との連携を強化している。

5月のG7外務・開発大臣会合では、世界経済の強靱性を促進するため、恣意的で威圧的な経済政策及び慣行に対して加盟国で共に取り組むことを確認した。また、中国に対し、世界経済における同国の役割に相応する義務及び責任を担い、かつ果たすよう要請することを確認した。

6月のG7首脳会合では、重要鉱物資源及び半導体などのサプライチェーン脆(ぜい)弱性リスクに対処するため、加盟国でメカニズムを検討し、ベストプラクティスを共有することを確認した。また強制的な技術移転、知的財産窃取、国有企業による市場歪曲的な行動、有害な産業補助金といった不公正な慣行から保護するため、世界貿易のルールを現代化する面で協力することで一致した。閣僚レベルでも、3月、5月及び10月に開催されたG7貿易大臣会合で、不公正な貿易政策や慣行の是正に結束して取り組むことで一致した。

また3月に初めて首脳級で開催された日米豪印首脳テレビ会議では、自由で開かれ包摂的で強靱なインド太平洋には、重要・新興技術が共通の利益と価値観に基づいて管理され運用されることが必要であるとの精神が掲げられた。こうした精神の下、「重要・新興技術に関する作業部会の立ち上げ」、「技術の設計、開発及び利用に関する原則に係る声明の策定」、「技術標準の策定に係る協調の円滑化」、「バイオ技術の動向及び機会をモニターするための協力の円滑化」、「重要技術のサプライチェーンに関する対話の実施」などで一致した。

9月に行われた日米豪印首脳会合では、責任があり、開放的で、高い水準の技術革新を4か国が主導していくために、「次世代情報通信や人工知能に関わる技術標準」、「半導体を含む重要技術及び物資のサプライチェーンの強靭化」、「オープンRANを含む5Gネットワークのベンダー多様化」、「バイオ技術等の技術開発動向のモニタリング」において日米豪印が協力していくことを確認した。さらに、同会合では「技術の設計、開発、ガバナンス及び利用に関する日米豪印原則」を発出、「表現の自由やプライバシーを含む普遍的価値が重要であり、技術は権威主義的監視や抑圧に使われてはならないこと」、「強靭で、多様性があり、安全なサプライチェーンに向けて同志国等と協力を進めること」、「技術革新や包摂的な繁栄を実現するには公正で開かれた市場が重要であること」などを確認した。

新たな規範の形成に向けた取組としては、前述のような政治文書の発出に加え、各国による国内規制や施策への反映を視野に入れた個別の外交努力が挙げられる。例えば11月のプラハ5Gセキュリティ会議では、日本を含む数十か国による参加の下、5Gや人工知能、量子通信などの新興技術に関し、「補助金や法制度等を通じた外国による不当な影響によるリスクを軽減し、信頼できるサプライチェーンを構築すること」、「サプライヤーを多様化し競争力を促進すること」などの重要な原則について議論がなされ、新興技術の開発や利用などにおける原則に関する議長声明、及び5Gなどの機器のサプライヤーの多様化を促進するための原則に関する議長声明が発出された。

オ 外務省としての経済安全保障への取組

外務省としても、引き続き、日米同盟を外交・安全保障の基軸としつつ、基本的価値やルールに基づく国際秩序の下で、同志国との協力の拡大・深化を図っていく。また、必要な法整備など経済安全保障の確保に向けた政府一丸となった取組に積極的な役割を果たしていく。

(3)サイバー

サイバー空間の利活用が進み人々の生活の利便性が向上する一方、サイバー攻撃が日本の経済社会全体に与え得る安全保障上のリスクは拡大している。例えば5月に米国で発生した石油パイプライン事業者へのサイバー攻撃では、経済社会活動に大きな影響が発生した。サイバー空間は平素から、地政学的緊張を反映した国家間の競争の場となっており、国家の関与が疑われるものを含め、組織的かつ周到に準備された高度なサイバー攻撃の脅威が増大するなど、最早純然たる平時とはいえない様相を呈している。

このような状況を踏まえ、日本は悪意あるサイバー行為に対して関係各国と協働し、抑止のための取組を行っている。その一つとして、攻撃者を特定し、公に非難することで抑止するいわゆるパブリックアトリビューションを行ってきている。2017年にはワナクライ3事案の背後における北朝鮮の関与について、2018年には中国を拠点とするAPT10といわれるグループが長期にわたる攻撃を行ったことについて公に非難してきた。加えて、7月には中国政府を背景に持つAPT40や中国人民解放軍61419部隊を背景に持つTickというサイバー攻撃グループが関与した可能性が高いサイバー攻撃について、外務報道官談話を発出し、同盟国・同志国と連携し、これらの行動を断固非難した。

また、国際場裡(り)における議論などを通じ、国際社会の平和と安定及び日本の安全保障に資するルール形成及びその運用を図ることは、サイバー攻撃を抑止する観点からも重要である。日本は、サイバー空間を利用した行為に対しても既存の国際法が適用されるとの立場から、国連におけるサイバーセキュリティに関する政府専門家会合(GGE)や国連オープン・エンド作業部会(OEWG)に積極的に参画し、国際法がどのように適用されるか及び国家が守るべき規範に関する議論に貢献してきた。第6会期GGEでは、サイバー空間に既存の国際法が適用され、既存の国際法を補完する11項目の規範を再確認することを含む報告書が採択された。OEWGにおいては、新型コロナのパンデミック下における医療サービス及び医療施設に対するサイバー攻撃に重大な懸念を表明し、電力や水道などと同様に重要インフラとして保護すべきとの提案を米国やオーストラリアなど6か国共同で行い、こうした内容を含む報告書が3月に全会一致で採択された。本報告書合意後、6月からは、2021年から2025年を会期とする新たなOEWGが設立されており、日本は引き続き、自由で開かれた安全なサイバー空間の実現に向け議論に貢献していく。

抑止のための取組に加え、サイバー活動を発端とした不測の事態を防ぐためには、お互いの考え方について理解を深め、相互に信頼性を高めることが必要である。日本はシンガポール、マレーシアと共に共同議長国として、サイバーセキュリティに関するASEAN地域フォーラム(ARF)会期間会合を4月に開催し、地域的・国際的なサイバーセキュリティ環境に対する見方や各国・地域の取組について意見交換を行った上で、国連などの国際社会における成果を踏まえ、今後取り組むべき信頼醸成措置などに関する議論をリードした。

また、サイバー空間のボーダレスな性質を鑑みれば、他国及び地域の能力を向上させることは日本を含む世界全体のサイバー空間及び安全保障環境の安定化のため重要である。こうした観点から日本は主にASEAN諸国への能力構築支援を継続してきた。例えば、2017年以降、日・ASEAN統合基金(JAIF)により、日・ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター(AJCCBC)の設立及びサイバーセキュリティ演習などを実施しており、10月に開催された第14回日・ASEANサイバーセキュリティ政策会議では、日・ASEANの各種の協力活動の進展を確認した。また、日本は開発途上国のサイバーセキュリティ能力構築支援に特化した、世界銀行による「サイバーセキュリティ・マルチドナー信託基金」に出資しており、今後人材育成などを推進していく。さらに、12月には「サイバーセキュリティ分野における開発途上国に対する能力構築支援(基本方針)」を改定しており、今後開発途上国における能力構築支援を積極的にオールジャパンで実施していく。

上記取組を通じ、今後も自由、公正かつ安全なサイバー空間の実現に貢献していく。

(4)海洋

日本は、四方を海に囲まれて広大な排他的経済水域と長い海岸線に恵まれ、海上貿易と海洋資源の開発を通じて経済発展を遂げ、「自由で開かれ安定した海洋」を追求してきた海洋国家である。力ではなく、航行及び上空飛行の自由を始めとする法の支配に基づく海洋秩序に支えられた「自由で開かれ安定した海洋」は、日本だけではなく国際社会全体の平和と繁栄に不可欠であり、これを維持・発展させていくために、日本は、海上交通の安全確保や海洋安全保障協力の取組を推進してきている。こうした取組は、日本の経済的存立の基盤となる海洋権益を確保していくためにも重要である。

特に、日本は、重要なシーレーンが位置するインド太平洋地域の海洋秩序を強化することにより、地域に安定と繁栄をもたらすべく、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に向けた取組を進めている。

ア 海洋の秩序
(ア)基本的な考え方

海洋をめぐっては、海洋権益の確保や安全保障の観点から各国の利害が衝突する事例が増えている。特に、アジアの海では、国家間の摩擦によって緊張が高まる事例が増えており、国際社会も重大な関心を持って注視している。安倍総理大臣は、2014年の第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)(シンガポール)において、「海における法の支配の三原則」(196ページ 6(2)参照)を徹底していく必要があるとの認識を表明した。

日本は、G7や東アジア首脳会議(EAS)及びASEAN地域フォーラム(ARF)を含むASEAN関連の枠組み4などにおいて、法の支配に基づく「自由で開かれ安定した海洋」の重要性、海洋安全保障に関する日本の考え方、国際的な協力の重要性などについて積極的に発信している。10月に行われたEASにおいて、岸田総理大臣は、開放性、透明性、包摂性、法の支配といった価値を掲げる「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」を高く評価していると述べ、FOIPと本質的原則を共有するAOIPへの全面的な支持を改めて強調するとともに、各国にも支持を呼びかけた。また、同月に行われた日・ASEAN首脳会議で岸田総理大臣は、日本とASEANが2020年に採択したAOIP協力に関する日・ASEAN首脳共同声明に基づき、海洋協力を含むAOIPの四つの重点分野5においてAOIPの諸原則に資する具体的協力を着実に進めていることを紹介した。

ASEAN関連の枠組みのうち、海洋分野に特化したものとして、ASEAN海洋フォーラム拡大会合(EAMF)及びARF海上安全保障会期間会合がある。11月にブルネイの主催により開催された第9回EAMFでは、日本側から、法の支配に基づく海洋秩序の重要性や海洋における持続可能な経済活動に向けた日本の取組などについて述べたほか、日本の有識者から、地域の喫緊の課題である海洋プラスチックごみ問題についての国際的な動向と日本の貢献についてプレゼンテーションを行った。

日本は、二国間においても海洋分野の協議・対話を進めている。9月には第6回日・インド海洋に関する対話を、10月には第4回日・フィリピン海洋協議を開催し、法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序の重要性を確認し、今後も海洋協力を強化することで一致した。また、8月に行われた日・トルコ外相会談では、法の支配に基づく海洋秩序を含め、様々な海洋に関する課題について議論を深めるべく、「日・トルコ海洋協議」を立ち上げることで一致した。

(イ)国連海洋法条約

海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約:UNCLOS)は、「海の憲法」とも呼ばれ、法の支配に基づく海洋秩序の根幹を成す条約である。同条約を根幹とした海洋秩序は、日本の海洋権益を確保し、国際社会全体における海洋に係る活動の円滑な実施の礎となるものである。このため、日本は、同条約の更なる普遍化と適切な実施の確保のために、締約国会合を含む関連国際機関での議論や海洋法秩序の安定に向けた知的発信に積極的に貢献している(196ページ 6(2)参照)。

(ウ)日本の海洋主権に対する挑戦(東シナ海をめぐる情勢)(39ページ 第2章2節2(1)イ(エ)参照)

東シナ海では、尖閣諸島周辺海域において、中国海警船舶による領海侵入事案が2021年も続いている。中でも、中国海警船舶による日本漁船へ近づこうとする事案が繰り返し発生し、長時間にわたる領海侵入も確認されている。接続水域内における航行日数も過去最長を更新した。このように情勢は厳しさを増している。また、中国軍艦艇・航空機による活動も拡大・活発化している。さらに、排他的経済水域(EEZ)及び大陸棚の境界画定がいまだ行われていない海域では、中国による一方的な資源開発が継続している。加えて、近年、東シナ海を始めとする日本周辺海域において中国による日本の同意を得ない調査活動も確認されている。

このように東シナ海における中国の一方的な現状変更の試みが継続していることを踏まえ、日本としては周辺海空域における動向を高い関心を持って注視するとともに、主張すべきは主張しつつ、引き続き、冷静かつ毅然と対応していく。また同時に、東シナ海の平和と安定のため、米国を始めとする関係国との連携を進めていく。

沖縄県石垣市魚釣島
沖縄県石垣市魚釣島
写真提供:内閣官房領土・主権対策企画調整室
中国による南シナ海における大規模かつ急速な拠点構築
中国による南シナ海における大規模かつ急速な拠点構築
出典:CSIS Asia Maritime Transparency Initiative/Digital Globe
(エ)地域の海洋秩序に対する挑戦(南シナ海をめぐる問題)(73ページ 第2章2節7(2)参照)

南シナ海では、中国は、係争地形の一層の軍事化など、法の支配や開放性とは逆行する一方的な現状変更の試みやその既成事実化、地域の緊張を高める行動を継続・強化しており、日本を含む国際社会は深刻な懸念を表明している。日本は、力や威圧による一方的な現状変更の試みに強く反対するとともに、南シナ海における法の支配の貫徹を支持し、航行及び上空飛行の自由並びにシーレーンの安全確保を重視してきている。また、南シナ海をめぐる問題の全ての当事者が、UNCLOSを始めとする国際法に基づく紛争の平和的解決に向け努力することの重要性を一貫して強調してきている。

南シナ海をめぐる問題は、地域の平和と安定に直結し、国際社会の正当な関心事項であるとともに、資源やエネルギーの多くを海上輸送に依存し、南シナ海を利用するステークホルダーである日本にとっても、重要な関心事項である。法の支配に基づく「自由で開かれ安定した海洋」の維持・発展に向け、国際社会の連携が重要である。この観点から、日本は、米国の「航行の自由」6作戦を支持する立場をとっている。

イ 海上交通の安全確保

日本は、アジアやアフリカでの海賊対策などの取組や各国との緊密な連携・協力を通じて、航行及び上空飛行の自由や海上交通の安全確保に積極的に貢献している。

(ア)アジアにおける海賊対策

国際商業会議所(ICC)国際海事局(IMB)によれば、東南アジア海域における海賊などの事案の発生件数は、2020年は62件、2021年は56件となっている。

日本は、アジアの海賊などの事案対策における地域協力の促進のため、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の策定を主導し、同協定は2006年に発効した。各締約国は、シンガポールに設置された情報共有センター(ReCAAP-ISC)を通じて、マラッカ・シンガポール海峡などにおける海賊などの事案に関する情報共有及び協力を進めており、日本は事務局長や事務局長補の派遣及び財政的貢献によりReCAAP-ISCの活動を支援してきている。加えて、日本は、アジアにおける海上法執行能力向上支援、監視能力向上支援といった取組を進めており、国際的にも高く評価されている。

(イ)ソマリア沖・アデン湾における海賊対策

IMBによれば、ソマリア沖・アデン湾での海賊・武装強盗事案の発生件数は、ピーク時の2011年(237件)以降、減少傾向にあり、2019年及び2020年は0件、2021年には1件と低い水準で推移している。各国海軍などによる海上取締活動、各国商船による自衛措置の実施などの取組が行われているが、海賊を生み出す根本的原因はいまだ解決しておらず、また、この海域の海賊は依然として海賊行為を行う意図と能力を維持しており、予断を許さない状況である。

日本は、2009年からソマリア沖・アデン湾に海上自衛隊の護衛艦(海上保安官が同乗)やP-3C哨(しょう)戒機を派遣し、海賊対処行動を実施している。また、日本は、この海域の海賊を生み出す根本的原因の解決に向けて、ソマリアや周辺国の海上保安能力の向上やソマリアの安定に向けた支援といった多層的な取組を行っている。

日本は、国際海事機関(IMO)の設置した基金にこれまで1,553万米ドルを拠出し、イエメン、ケニアやタンザニアへの情報共有センターの設置や、ジブチ地域訓練センター(DRTC)7の建設を支援したほか、海賊訴追能力向上支援のための国際信託基金に450万米ドルを拠出し、ソマリアやその周辺国を支援している。また、ジブチ沿岸警備隊に対しては、2015年に巡視艇2隻を供与するとともに、2021年には巡視艇2隻の建造と浮桟橋の整備に関する支援を決定したほか、派遣海賊対処行動水上部隊との共同訓練や国際協力機構(JICA)の技術協力を通じて海上保安能力向上のための支援を継続的に実施している。さらに、ソマリアの安定に向けて、日本は、2007年以降、基礎サービス改善支援、警察支援などによる治安向上への支援、職業訓練及び雇用創出などによる国内経済活性化の支援のため、総額5億米ドルを拠出している。

(ウ)ギニア湾における海賊対策

IMBによれば、ギニア湾における海賊・武装強盗事案の発生件数は、2019年は64件、2020年は84件と近年高い水準で推移していたが、2021年は35件と減少した。従来は多くの事案が沿岸国の領海内で発生していたものの、近年は、遠洋での事案が増加している。このため、沿岸国の海上法執行能力の強化や、各国の連携による対応能力向上が課題となっている。日本は、国連開発計画(UNDP)やJICAによる研修を通じた沿岸国の能力構築支援を行っているほか、ギニア湾における海上犯罪対策の協力調整メカニズムである「G7++ギニア湾フレンズ・グループ」8の会合への参加を通じ、国際社会における議論に関与してきている。

ウ 海洋安全保障に関する協力
(ア)能力構築支援

日本は、外務省、防衛省・自衛隊及び海上保安庁などが連携し、海洋安全保障に関する各国の能力構築のために切れ目のない支援を行っている。

外務省は、二国間のODAを活用した巡視船などの機材の供与、人材育成を通じ、開発途上国の法執行機関などの能力構築支援を行っている。また、近年一層増加傾向にある多様な海上犯罪に対処するため、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)のグローバル海上犯罪プログラム(GMCP:Global Maritime Crime Programme)が実施する海上法執行能力強化プロジェクトを支援してきており、対象国の海上犯罪対策に携わる実務家を対象に訓練やワークショップを実施している。

防衛省・自衛隊では、これまでにミャンマー9、タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシア、フィリピン、スリランカ及びブルネイに対し、海洋安全保障に関する能力構築支援を実施し、これにより、日本と戦略的利益を共有するパートナーとの協力関係を強化している。

海上保安庁では、インド太平洋沿岸国の海上保安機関に対する能力構築支援のため、専門的な知識や高度な技術を有する海上保安官や能力構築支援専従部門である海上保安庁モバイルコーポレーションチームを各国の海上保安機関に派遣しているほか、各国の海上保安機関の職員を日本に招へいし、研修を実施している。また、海上保安政策に関する修士レベルの教育を行う「海上保安政策プログラム」を開講し、アジア諸国の海上保安機関職員を受け入れ、高度な実務的・応用的知識、国際法・国際関係についての知識・事例研究、分析・提案能力、国際コミュニケーション能力を有する人材を育成している。

こうした能力構築支援を実施するに当たっては、米国、オーストラリア、インド、英国、フランスを始めとする同志国とも緊密に連携を行っている。

(イ)海洋状況把握

海洋に関連する多様な情報を集約・共有し、海洋の状況を効果的かつ効率的に把握することは、「自由で開かれ安定した海洋」の実現のために不可欠である。日本は、こうした海洋状況把握(MDA)の取組において、国際的な連携を重視してきている。

近年、インド太平洋地域では、航行の安全に関わる事象や船舶情報などの海洋に関連する情報を集約・分析・共有するための情報共有センターの設置が進んでいる。日本は、シンガポールに所在するReCAAP-ISCに事務局長及び事務局長補を派遣しているほか、シンガポール海軍が設置した情報融合センター(IFC)やインド海軍が設置したインド洋地域情報融合センター(IFC-IOR)に連絡官を派遣している。なお、日印間では、2018年10月の日印首脳会談の際に署名された海軍種間実施取決めに基づき、当局間で情報交換が行われている。

また、日本は、ARF海上安全保障会期間会合の公式行事として、「MDAの国際連携に関するARFワークショップ」を開催している。

(5)宇宙

近年、宇宙利用の多様化や宇宙活動国の増加に伴って宇宙空間の混雑化が進むとともに、衛星破壊実験や人工衛星同士の衝突などによりスペースデブリが増加するなど、宇宙空間の持続的かつ安定的な利用に対するリスクが増大している。

日本は、こうした状況に対応するため、宇宙状況把握や宇宙システムの機能保証の強化などに取り組むとともに、国際的なルール作りや国際宇宙協力、とりわけ同盟国たる米国との協力を含めた施策を実施している。

ア 宇宙空間における法の支配の実現

宇宙空間をめぐる環境の変化を踏まえ、国際社会では、宇宙活動に関する国際的なルール作りが様々な形で活発に議論されており、日本も宇宙空間における法の支配の実現に向け積極的に関与している。

国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)は、国連総会の下に設置された常設委員会であり、民生宇宙活動に関する国際的なルール作りの場として重要性が高まっている。2021年のCOPUOS法律小委員会では、青木節子慶應義塾大学大学院法務研究科教授が日本人として初めて議長を務め、持続可能な宇宙開発利用の進展に貢献した(170ページ コラム参照)。

近年、国内外において商業的な宇宙資源の開発及び利用に対する期待が高まっており、米国などに続き日本においても、6月、宇宙資源に関する国内法(「宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律」)が成立し、12月に施行した。COPUOSにおいても宇宙資源に係る国際的なルールの在り方に関する議論が活発化しており、日本としても各国政府と共同して国際的に整合のとれた宇宙資源に係る制度の構築に努めている。

宇宙空間における軍備競争の防止(PAROS)については、前年に続き2021年も国連総会第一委員会において「宇宙空間における責任ある行動」に関する決議案を英国や日本などが共同で提案し、163か国の支持を得て採択された。その後、同決議案は国連総会本会議において150か国の支持を得て採択された。同決議により、責任ある行動について更に議論を深めるため、2022年から2023年にかけてオープン・エンド作業部会が設置されることになった。日本としても、宇宙空間における軍備競争の防止のため、同作業部会における議論に積極的に関与し、責任ある行動についての国際的議論を促進していく。

11月、ロシアが自国の衛星をミサイルで破壊する衛星破壊実験を実施した。多数のスペースデブリを発生させる衛星破壊行為は、持続的かつ安定的な宇宙空間の利用を損なう無責任な行動であり、日本政府は、実験に対する懸念を表明するとともに、ロシア政府に対して今後このような実験を行わないよう申し入れた。

このほか日本は、宇宙空間における法の支配に貢献すべく、開発途上国に対する国内宇宙関連法令の整備・運用に係る能力構築支援を行っている。5月、日本は国連宇宙部(UNOOSA)の「宇宙新興国のための宇宙法プロジェクト」への協力を発表し、アジア太平洋地域の宇宙新興国に対する国内宇宙関連法令の整備及び運用の支援を通じて、民間活動を含む自国の宇宙活動を適切に管理・監督するために必要となる法的能力の構築に貢献している。

イ 各国との宇宙対話・協議

日本は、主要な宇宙活動国やアジア太平洋地域諸国を中心に、宇宙分野における対話・協議などを推進している。

米国との間では、3月の日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)において、安全保障分野における宇宙の重要性を確認し、4月の日米首脳会談では宇宙領域での防衛協力及び民生分野における協力を深化させていくことを宣言した。

また、インドとの間では、11月に第2回日印宇宙対話を開催し、日印双方の宇宙政策に関する情報交換のほか、安全保障、関係機関間協力、宇宙産業、測位衛星、宇宙状況把握及び宇宙空間に関する国際ルールや規範などに関し意見交換を行った。

さらに、新たな取組として、9月の第2回日米豪印首脳会談において、宇宙分野に関するワーキンググループを設置し、宇宙分野での協力を進めていくことで一致した。具体的には、気候変動などの問題に対応するための衛星データの共有や、他のインド太平洋地域の国々に対する能力構築支援、国際的ルール作りについて、4か国で協議を行っていく。

多国間会合としては、11月及び12月に文部科学省及び国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)がベトナム科学技術院との共催により、「第27回アジア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF)」を開催し、宇宙産業の拡大や、今後の持続可能な宇宙活動の推進、社会課題への貢献について議論した。

コラム国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)法律小委員会議長を務めて
慶應義塾大学大学院法務研究科教授 青木節子

私は、現在、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)(注1)法律小委員会(法小委)の議長(任期2年)を務めております。COPUOSは、1959年に常設委員会となった国連総会の補助機関で、宇宙空間の平和的な探査・利用を国際協力の下で進めることを目的として、宇宙科学技術研究への援助、情報交換、法律問題の検討を行い、活動結果を国連総会に報告します。COPUOS本委員会の下に科学技術小委員会(科技小委)、法小委という2つの小委員会が置かれ、国連宇宙部の所在するウィーンで、毎年、各小委員会が2週間、本委員会が10日間、開催されています。日本からはこれまで堀川康氏(2012年から2014年)が本委員会議長、宇宙飛行士の向井千秋氏がCOPUOS科技小委議長(2018年)を務めました。

宇宙条約(1967年)を始めとする国連宇宙諸条約は、法小委で条約案の検討が行われたのち、COPUOSから国連総会に送付され、総会での採択を経て各国の署名、批准、条約発効と進み、宇宙探査・利用についての国際法の中核となっています。

2020年の法小委は新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延(まん)のため開催が中止され、予定されていた議題は、翌年に持ち越されることとなりました。2021年に入っても状況が劇的に改善されるには到(いた)らなかったため、例年3月下旬から4月上旬にかけて開催される法小委は、5月31日から6月11日の2週間、オンラインと対面のハイブリッド方式で開催されました。会議は国連の公用語である英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、アラビア語の6言語で行われるため、通訳付きの特別なオンラインシステムが用意されました。同会期も、宇宙交通管理、宇宙デブリ(宇宙ゴミ)問題、小型衛星活動、国内宇宙法、法的拘束力を持たない宇宙活動規範の国内履行などが議論されましたが、中でも注目を集めたのは、2017年に議論が開始された宇宙資源の探査・開発・利用に関する法規範を一層具体的に議論する作業部会が新たに設置されたことです。宇宙条約では、宇宙の領有自体は禁止されていますが、資源の開発・採取や商業利用などについての規定はありません。国際法規則が不明瞭な中、各国の意見交換にとどまらず、作業部会で法的枠組構築への可能性を示すことができたのは、COPUOSのこれまでの規範形成の実績に基づく強固な国際協力の賜物(たまもの)といえると思います。

ハイブリッド方式での開催は、時折生じる回線の不安定さもあり、議論は通常より困難な側面もありました。しかし、それがかえって各国の協力精神を生み出し、例年より円滑に、最終日の午前中には議事録の採択を行うことができました。困難な状況下で人類共通の利益である宇宙の平和利用を促進しようとする代表団の意思がそれを成し遂げました。その場に日本人議長として立ち会うことができました幸運に深く感謝致します。

COPUOS法律小委員会の議長席に座る筆者
COPUOS法律小委員会の議長席に座る筆者

(注1) COPUOS:Committee on the Peaceful Uses of Outer Space

ウ 宇宙科学・探査

平和的目的のための宇宙空間の探査及び利用の進歩は、全人類の共同の利益であり、外交的にも重要な意義を持つものである。

日本は、2019年、米国提案による国際宇宙探査(アルテミス計画)への参画を決定した。その後、2020年に文部科学大臣と米国航空宇宙局(NASA)長官が「月探査協力に関する文部科学省と米国航空宇宙局の共同宣言」に署名し、日米両国間の具体的な協力内容について発表した。また同年、日米を含む8か国が、アルテミス計画を念頭に、宇宙活動を促進する安全で透明性の高い環境を作り出すための諸原則に対する政治的コミットメントを示す「アルテミス合意」に署名したほか、アルテミス計画の一環である月周回有人拠点「ゲートウェイ」の構築に向けた協力のための了解覚書(MOU)を日米両国が締結した。その後、アルテミス合意は署名国を増やし、2021年10月にはポーランドを加え13か国となった。

国際宇宙ステーション(ISS)は、15か国が参加する壮大なプロジェクトであり、宇宙における国際協力の象徴とも言える。日本は、宇宙分野における能力構築支援などを目的として、ISS日本実験棟「きぼう」を活用した実験機会及び超小型衛星の放出機会を数多くの新興国・開発途上国に対して提供している。6月には、「きぼう」からの超小型衛星放出の機会を開発途上国に提供するJAXAとUNOOSAの協力枠組み「KiboCUBE」プログラムを通じて、モーリシャス初の衛星が放出された。また、2020年に続き、次世代を担うアジア太平洋地域の学生に対する教育プログラムとして、7月から10月に「第2回きぼうロボットプログラミング競技会(2nd Kibo-RPC)」を開催した。

エ 宇宙技術を活用した国際協力

宇宙空間は、地球全体の大気、陸域、海域を均一に観測することを可能とする特異な空間である。近年、気候変動、森林保全、水資源管理、防災、食料安全保障などの地球規模課題の解決において、宇宙技術に対する期待が高まる中、日本は、国際的に優位性を持つ宇宙技術を活用した国際協力を推進し、持続可能な開発目標(SDGs)の達成などに向けて貢献している。

例えば、世界初の温室効果ガス観測専用の観測衛星「いぶき」は、10年以上、地球全体の温室効果ガスの濃度を把握しており、2019年に改定された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」のガイドラインにおいては、各国の排出量の精度向上に衛星データを活用することが初めて記載され、「いぶき」の活用例も記載された。また、温室効果ガスの重要な吸収源である森林の保全のために開発された「JICA-JAXA熱帯林早期警戒システム(JJ-FAST)」は、陸域観測技術衛星2号「だいち2号」のデータを使い、世界77か国の森林変化の情報を無償で提供しており、違法伐採の取締りなどに活用されている。

また、日本は、世界の降水状況を観測する衛星を複数活用した「衛星全球降水マップ(GSMaP)」を無償で提供しており、世界141の国や地域において、降水状況の把握や防災管理、農業などの多岐にわたる分野で利用されている。さらに、日本は、アジア太平洋地域の災害管理のため、災害発生時に衛星観測情報を無償提供する「センチネルアジア」の立上げを主導し、同プロジェクトは、これまでに35か国、350回以上の緊急観測要請に対応している。

さらに、新型コロナの世界規模での感染拡大を受けて、JAXA、NASA、欧州宇宙機関(ESA)の3機関の協力の下、流行前後の地球環境や経済活動などの状況把握(大都市の二酸化炭素濃度の変化、空港の駐機場や駐車場の変化など)を実施し、解析結果を特設サイトで公開している。

(6)平和維持・平和構築

ア 現場における取組
(ア)国連平和維持活動(国連PKO)など

2021年12月末時点で、12の国連PKOミッションが中東・アフリカ地域を中心に活動しており、停戦監視、政治プロセスの促進、文民の保護など幅広い任務を行っている。ミッションに従事する軍事・警察・文民要員の総数は8万人を超える。任務の複雑化・大規模化とそれに伴う人員、装備・機材、財源などの不足という事態を受け、国連を中心に様々な場で、国連PKOのより効果的・効率的な実施に関する議論が行われている。12月には、韓国において、国連PKOが直面する課題に対処するため、技術や医療をテーマとして国連PKO閣僚級会合がオンラインで開催された。

また、国連は、PKOミッションに加え、文民主体の特別政治ミッション(SPM)を設立し、紛争の予防や調停、紛争後の平和構築といった多様な役割を付与している。

日本は、「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」(PKO法)に基づき、1992年以来、計28の国連PKOミッションなどに延べ約1万2,500人の要員を派遣してきた。最近では、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に対し、2011年から司令部要員を、2012年からは施設部隊を派遣してきた。施設部隊は、南スーダンの首都ジュバ及びその周辺において、道路などのインフラ整備、避難民への給水活動や敷地造成などの支援を実施し、2017年5月をもって活動を終了した。UNMISS司令部においては2021年12月末時点で4人の自衛官が活動し、南スーダンの平和と安定に向けた協力を行っている。また、日本は、2019年4月から、エジプトのシナイ半島に駐留する多国籍部隊・監視団(MFO)に司令部要員として2人の自衛官を派遣しており、中東の平和と安定に資する活動を行っている。日本は、今後とも、「積極的平和主義」の旗の下、これまでのPKO活動などの実績の上に立ち、日本の強みをいかした能力構築支援の強化、部隊及び個人派遣などを通じて、国際平和協力分野において積極的に貢献していく。

(イ)平和構築に向けたODAなどによる協力

長期化する紛争及び多様化する人道危機への対応においては、人道支援と開発協力に加え、平時から包摂的な社会を実現するための平和構築及び紛争再発防止支援が重要である。中長期的な観点に立って強靱(じん)な国造りや社会安定化のための支援を行い、自立的発展を後押しすることで、危機の根本原因に対処する必要性が一層高まっている。日本は、こうした「人道と開発と平和の連携」の考え方から平和構築支援を進めており、開発協力大綱においても平和構築を重点課題の一つとして位置付けている。最近の主な案件は次のとおり。

a 中東

日本は、中東の平和と安定のための包括的支援を実施しており、食糧援助や難民支援などを実施しているほか、国造りを担う人材の育成を支援している。シリアからは、シリア危機によって就学機会を奪われた若者に教育の機会を提供するため、2021年には16人を留学生として受け入れた。また、パレスチナでは、難民人口が増大する一方、難民キャンプのインフラ劣化や失業・貧困などの生活環境の悪化が深刻化している。そのような中、日本はパレスチナの難民キャンプにおいて、「キャンプ改善計画(CIP)」の実施や教育施設への支援を通じて、難民の生活環境の改善を図り、人間の安全保障に基づく民生の安定と向上に貢献した。

b アフリカ

日本は、2019年の第7回アフリカ開発会議(TICAD7)において、「アフリカの平和と安定に向けた新たなアプローチ(NAPSA)10」を表明した。日本は、紛争解決におけるアフリカのオーナーシップの尊重と、アフリカの平和と安定を阻害する根本原因への対処というNAPSAの考えの下、制度構築やガバナンス強化、地域社会の強靱化、若者の過激化防止に向けた支援などを通して、アフリカ主導の取組を後押しし、アフリカの平和と安定に貢献している。

例えば、日本は、フランス語圏アフリカ諸国に対し、2014年から刑事司法研修を行い、捜査機関及び司法機関の能力強化を通じたサヘル地域の安定化を支援してきた。また、ギニアビサウでは、民主主義の定着に向け、国連開発計画(UNDP)と連携して国民議会の能力強化及び同国南部地域における司法へのアクセス強化支援を行った。そのほか、頻発するテロや越境犯罪などに対する治安維持能力の向上のための治安対策機材供与や、地雷除去支援も進めている。

南スーダンでは、UNMISSへの司令部要員派遣に加え、2018年に署名された「南スーダンにおける衝突の解決に関する再活性化された合意(R-ARCSS)」11を受け、東アフリカの地域機関である政府間開発機構(IGAD)12による和平合意の履行や停戦監視の実施を支援している。さらに、日本は、2008年から2021年までにUNDP経由で、アフリカ諸国が運営するPKO訓練センターのうち計14か国のセンターに総額約6,300万米ドルを拠出し、アフリカの平和維持活動能力の向上に寄与している。

イ 国連における取組(平和構築)

地域紛争や内戦は終結後に再燃することが多いため、事後に適切な支援を行うことが極めて重要であるとの認識の下、2005年、紛争解決から復旧・社会復帰・復興まで一貫した支援に関する助言を行うことを目的として「国連平和構築委員会(PBC)」が設立された。PBCは議題国13における優先課題の特定や平和構築戦略の策定に関する議論を行っており、日本は設立時から組織委員会のメンバーを務め、制度・能力の構築に取り組む重要性や紛争の根本原因に対処する必要性、PBCと国連主要機関及び世界銀行・国際通貨基金(IMF)などの機関との関係強化について発信しつつ、PBCの活動に貢献してきた。

2016年4月のPBCを含む国連平和構築アーキテクチャー・レビュー(制度の再確認)を踏まえ、2018年2月、国連事務総長は平和構築及び平和の持続に関する事務総長報告書(A/72/707-S/2018/43)を発出し、平和構築のための資金調達の強化、PBCの活動及び政策の一貫性の向上、国連のリーダーシップ・説明責任及び能力の強化などを目的とした提案を行った。2020年には3度目となる平和構築アーキテクチャー・レビューが行われ、同年12月に総会決議(A/RES/75/201)及び安保理決議第2558号が採択され、過去の関連決議の履行に関する進展を歓迎しつつ、引き続きそれらの決議の履行を進めること、PBCの役割の重要性、持続的な資金調達のための会合開催などを確認した。

日本は、2006年に設立された国連平和構築基金(PBF)に創設以来積極的に貢献しており、2016年9月、当面1,000万米ドル規模の拠出を目指すことを表明するなど、現在までに総額5,770万米ドル(2021年には220万米ドル)の拠出を実施し、第7位の主要ドナー国となっている(2021年12月時点)。菅総理大臣は2021年の国連総会一般討論演説において、平和構築の取組を重視することを表明した。

ウ 人材育成
(ア)平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業

紛争後の平和構築では、高い能力と専門性を備えた文民専門家の役割が拡大する一方、担い手の数は十分ではなく、人材の育成が大きな課題となっている。日本は、平和構築・開発の現場で活躍できる文民専門家を育成すべく、人材育成事業を実施してきており、2021年度末までに育成した人材は800人を超える。事業修了生は、アジアやアフリカ地域などの平和構築・開発の現場で活躍しており、諸外国や国連などから高い評価を得ている。また、これまでに若手人材向けの研修コース(以下初級コース)を修了した約180人のうち50人以上が国際機関の正規職員を務めるなどしており、この事業は平和構築・開発分野の国際機関における日本人のキャリア形成とプレゼンス強化にも大きく貢献している。2021年度には、初級コース及び平和構築・開発分野での経験を持つ中堅層の実務家を対象とする研修コースを実施した(175ページ コラム参照)。

(イ)各国平和維持要員の訓練

日本は、国連PKOに参加する各国の平和維持要員の能力向上を支援してきている。2015年から、国連、支援国、要員派遣国の三者が互いに協力し、国連PKOに派遣される要員に必要な訓練や装備品の提供を行うことでPKO要員の能力向上という喫緊の課題に対処するための革新的な協力の枠組みである国連三角パートナーシップ・プログラム(Triangular Partnership Programme:TPP)への協力を行っている。具体的には、自衛官など延べ172人を教官としてケニアやウガンダなどに派遣し、国連PKOへ施設部隊を派遣する意思を表明したアフリカの8か国277人の要員に対し、重機操作の訓練を実施してきた。本プログラムの対象地域は、2018年からアジア及び同周辺地域にも拡大され、ベトナムに自衛官など68人を派遣し、アジア及び同周辺地域の9か国56人の要員に対して重機操作の訓練を行った。さらに、2019年10月から、国連PKOにおいて深刻な問題となっている医療分野においても救命訓練を開始するとともに、2021年からは国連PKOミッションにおいて遠隔医療を導入するための支援を開始した。同年12月には、アジア諸国の工兵要員を対象として、工兵分野の工程管理課程の訓練を、初めてリモート形式で実施した。なお、本プログラムとは別に、アジア・アフリカ諸国のPKO訓練センターに対する講師などの人材派遣や財政支援も行っている。

(7)治安上の脅威に対する取組

ア テロ及び暴力的過激主義対策

2019年末以降、新型コロナの感染拡大の影響が、国内の政治、経済、社会のみならず、国際政治経済秩序、さらには人々の行動、意識、価値観にまで波及し、テロを取り巻く環境にも大きく影響を与えた。テロリストは、ガバナンスの脆(ぜい)弱化、貧困、人種・民族問題の顕在化による社会的分断など、新型コロナの流行を受けた社会の新たな状況にも適応しつつ、アジアを含む各地域でテロ活動を継続している。さらには、世界的に人々の情報通信技術への依存が高まったことで、インターネット・SNSを使ったテロリストによる過激思想の拡散、さらには、テロ資金獲得といったサイバー空間におけるテロにつながり得る違法行為が増加し、これらに対する包括的な対応が緊急の課題となっている。

日本は、2016年のG7伊勢志摩サミットで取りまとめた、「テロ及び暴力的過激主義対策に関するG7行動計画」に則(のっと)り、これまで、テロ対策能力構築の取組として、国際刑事警察機構(インターポール)のデータベース活用促進やテロ資金対策を実施しているほか、テロの根本原因である暴力的過激主義を防止するため、対話などを通じた穏健な社会の促進や教育を通じた取組の実施、また、刑務所における更生支援のための取組を含む法執行機関の能力構築支援を実施してきた。

長期化する新型コロナの流行下において一層重要性を増したテロ及び暴力的過激主義対策を着実に推進するために、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)、国連テロ対策オフィス(UNOCT)、国際暴力的過激主義対策センター(ヘダヤセンター)、コミュニティの働きかけ及び強靱(じん)性に関するグローバル基金(GCERF)などの国際機関や基金に約21億円を拠出し(2020年度補正予算)、各機関の強みをいかした形でのプロジェクト実施を支援している。

また、過去16年間にわたり継続して行っている取組として、イスラム学校の教師を招へいし、宗教間対話、日本の文化や教育の現場の視察などを行う交流事業があるが、2020年度以降、新型コロナにより実施を見送ってきた。異なる価値を受け入れる寛容な社会・穏健主義拡大への貢献のために、再開に向け取り組んでいく。

このほか、二国間・三国間テロ対策協議などを通じて、テロ情勢に関する情報交換や連携の強化などを確認してきている。

日本政府はこれまで、関係国や関係機関と協力してテロ対策を推進するとともに、テロ対策の要諦は情報収集であるとの認識に基づき、2015年12月、国際テロ情報収集ユニット(CTU-J)を設置し、政府一体となった情報収集を官邸の司令塔の下に行ってきている。シリアで拘束されていた邦人が2018年10月に無事解放されたことは、CTU-Jを中心に関係国にも協力を依頼し、また、情報網を駆使して対応に努めた結果であった。2019年4月のスリランカにおける連続爆破テロに際しては、発生後、直ちにCTU-Jの審議官らを現地に派遣し、情報収集に当たった。海外における邦人の安全確保という重要な責務を全うするため、引き続きCTU-Jを通じた情報収集を更に強化し、テロ対策及び海外における邦人の安全確保に万全を期していく。

コラム平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業に参加して
国際移住機関(IOM)ナイジェリア事務所 プログラム・サポート・オフィサー(平和構築) 山崎智美

外務省委託「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」の「プライマリー・コース」研修員の山崎です。同コースの海外派遣スキームを通じて、世界的な人の移動(移住)の問題を専門に扱う国連機関である国際移住機関(IOM)(注1)のナイジェリア事務所において国連ボランティアとして勤務しています。

IOMはナイジェリア国内で活動する最大規模の国連機関で、国内避難民支援や人身売買対策支援、国境管理支援など多岐にわたる支援を展開しており、私自身は主に平和構築支援を目的とする事業の形成やモニタリング評価を補佐する役割を担っています。

例えば、ナイジェリア北東部では、11年以上続く武装組織の活動に起因する治安悪化により、約218万人の国内避難民が発生しています(2021年7月時点)。このような強制移住の原因に対処するため、IOMが北東部で実施している「撤退・離脱・復帰・和解(DDRR)(注2)」プログラムでは、ナイジェリア政府との協力の下、武装組織の構成員の離脱を促し、彼らを市民社会に戻すための活動が行われています。その一環として、私は、元構成員に対して心理的・社会的ケアや職業訓練を施し、市民社会への復帰を支援する国営のリハビリテーション・センターにおいて、職員の研修や施設の整備などを行う新規事業の形成を行いました。さらに、現在実施中の事業のモニタリング評価の補佐として、武装組織の元構成員を受け入れる地域住民との相互理解の促進を目的に複数回実施しているタウンホール・ミーティングのアンケート・フォームを開発し、ミーティングの効果を測り、プログラムの改善に向けたアイデアを得るための仕組みをつくりました。

また、ナイジェリアで展開される国際社会からの支援が北東部に集中する一方、まだそのような支援がほとんど入ってきていない北西部では、身代金の要求を目的とした誘拐や、金銭目的の殺害などの組織犯罪が相次ぎ、治安の悪化やそれに伴う強制移住が深刻化しています。このような状況を踏まえ、北西部でも支援プログラムを展開するためのニーズ調査に参加した私は、同僚と共に現地の課題を分析の上、IOMとしてどのようなプログラムの実施が可能であるかについての報告・提案書をまとめ、組織内部で共有しました。

平和構築支援は、事業形成時から多様な利害関係者の参画が不可欠であり、それゆえに時間のかかるプロセスではありますが、様々な人の意見を聞きながら新たなプログラムや事業を形成し、モニタリング評価を通じて事業の成果を確認することで、ナイジェリアの平和と安定に貢献するIOMでの業務には、大変やりがいを感じています。

武装組織の元構成員のためのリハビリテーション・センター前で(写真提供:IOM)
武装組織の元構成員のためのリハビリテーション・センター前で(写真提供:IOM)

(注1) IOM:International Organization for Migration

(注2) DDRR:Disengagement, Disassociation, Reintegration and Reconciliation

イ 刑事司法分野の取組

国連の犯罪防止刑事司法会議(通称「コングレス」)及び犯罪防止刑事司法委員会(いずれも事務局はUNODC)は犯罪防止及び刑事司法分野における国際社会の政策形成を担っている。日本は1970年の第4回コングレス以来2回目となる日本開催を誘致、新型コロナの影響で約1年延期されたが、2021年3月、第14回コングレス(京都コングレス)が京都で開催された。オンライン参加と来場参加を組み合わせて行われた同会議は、過去最多となる152の国と地域、約5,600人が参加登録し、厳格な水際措置の下、13か国から閣僚級を含む政府代表団が来日した。京都コングレスでは、上川法務大臣が議長に選任され、開会式及び閉会式においてステートメントを行ったほか、開会式には、菅総理大臣などの政府要人が出席し、国連からも、グテーレス国連事務総長がオンラインでライブ参加して挨拶を述べた。日本は、議長国として、採択される政治宣言案に関する協議を主導し、UNODCを始めとする国際機関、関係各国などと連携して政治宣言をまとめ上げ、同会議では、全体テーマ「2030アジェンダの達成に向けた犯罪防止、刑事司法及び法の支配の推進」の下、国際社会が犯罪防止・刑事司法の分野で中長期的に取り組むべき内容をまとめた政治宣言(京都宣言)が採択された。今後は、国連及び加盟国が京都宣言の内容を着実に実施していくことが重要であり、日本は、京都宣言の実施にリーダーシップを発揮するべく、アジア太平洋刑事司法フォーラムの創設、法遵守の文化のためのグローバルユースフォーラムの定期開催、再犯防止国連準則の策定に取り組むとともに、国連犯罪防止刑事司法委員会を始めとする国際会議の場を活用して、日本の取組を積極的に発信している。

また、UNODCへの資金拠出や日・ASEAN統合基金(JAIF)からの資金拠出を通じて、東南アジア諸国の検察その他刑事司法機能の強化、刑務所運営の強化及びサイバー犯罪対策に係る能力強化を支援している。

日本は、テロを含む国際的な組織犯罪を一層効果的に防止し、これと戦うための協力を促進する国際的な法的枠組みを創設する国際組織犯罪防止条約(UNTOC)の締約国として、同条約に基づく捜査共助や条約の履行状況を審査する取組による国際協力を推進している。

京都コングレス開会式(3月7日、京都 写真提供:UNDGC)
京都コングレス開会式(3月7日、京都 写真提供:UNDGC)
ウ 腐敗対策

日本は、贈収賄、公務員による財産の横領などの腐敗行為に対処するための措置や国際協力を規定した国連腐敗防止条約(UNCAC)の締約国として、同条約の効果的履行や腐敗の防止・撲滅のための国際協力の強化に向けた議論に積極的に参加しているほか、国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)を通じて汚職防止国際研修を実施し、開発途上国の刑事司法関係職員の能力構築に貢献している。6月には、同条約の取組強化を目的とした「国連腐敗特別総会」が開催され、日本からは宇都隆史外務副大臣が挨拶した。同会議で採択された政治宣言では、更なる腐敗の防止・撲滅に向けた国際社会の絆(きずな)を強化する観点から重要な意義があるとした上で、引き続きUNCACや経済協力開発機構(OECD)外国公務員贈賄防止条約などの既存の国際条約の着実な履行の推進や、腐敗対策の国際協力への貢献が表明された。

OECD贈賄作業部会は外国公務員贈賄防止条約の各締約国による履行状況の検証を通じて、外国公務員贈賄の防止に取り組んでおり、日本も積極的に参加している。

エ マネーローンダリング(資金洗浄)・テロ資金供与対策

マネーローンダリングやテロ資金供与対策については、国際的な枠組みである金融活動作業部会(FATF)が、各国が実施すべき国際基準を策定し、その履行状況について相互審査を行っている。また、近年、FATFは、大量破壊兵器の拡散につながる資金供与の防止対策にも取り組んでおり、北朝鮮による不正な金融活動の根絶を求めるFATF声明を発出している。

日本は、設立時からのメンバー国として、これらの議論に積極的に参加している。なお、6月のFATF全体会合において第4次対日相互審査報告書が採択され、8月末に公表された。この報告書で指摘された改善事項について、日本は着実に対応策を実行・準備している。

加えて、日本は、テロ資金供与防止条約の締約国としてテロ資金対策を行っているほか、国連安保理決議第1373号に基づき、また国連安保理タリバーン制裁委員会及び同ISIL及びアル・カーイダ制裁委員会の指定を受け、テロリストなどの資産凍結の措置を実施している。6月及び11月には、ISIL及びアル・カーイダ制裁委員会が指定した1個人を資産凍結措置の対象として追加し、12月には2個人1団体を追加した。12月末時点では、合計405個人及び121団体に対し資産凍結措置を実施している。

オ 人身取引対策・密入国対策

日本は、手口が一層巧妙化・潜在化する人身取引犯罪に効果的に対処するため、「人身取引対策行動計画2014」に基づき、国内体制を強化するとともに、開発途上国に対する支援にも積極的に取り組んでいる。例えば、2021年も、JICAを通じ、日本を含むアジア各国の関係者の人身取引対策(特に、予防、被害者保護・自立支援)に関する取組の相互理解及びより効果的な地域連携の促進を目的とする研修事業などを引き続き実施した。国際機関との連携としては、国際移住機関(IOM)への拠出を通じて2021年も継続して、日本で保護された外国人人身取引被害者の母国への安全な帰国支援及び帰国後に再被害に遭うことを防ぐための社会復帰支援事業を行うとともに、UNODCや国連女性機関(UN Women)などが実施する東南アジアや南アジア諸国向けのプロジェクトに拠出し、法執行当局に対する研修を始めとする啓発活動を実施した。

また、移民の密入国を防止すべく、主にASEAN諸国及びアフリカ諸国に対する支援事業を実施した。

日本は、人身取引議定書及び密入国議定書の締約国として、人身取引や移民の密入国対策のため、諸外国との連携を一層深化させている。

カ 不正薬物対策

日本は、UNODCと協力して、合成薬物の調査や分析、国境における薬物取締り能力強化、薬物に代わる作物の生産などの支援などを行い、世界各地に拡散する不正薬物の対策に取り組んでいる。

3 北朝鮮の関与があったとされる悪意のあるプログラム。2017年5月に150か国以上で30万台以上のコンピューターが感染し、身代金が要求された。

4 ASEAN10か国に加え、様々な国・地域・機関が参加する地域協力枠組み。東アジア首脳会議(EAS)やASEAN地域フォーラム(ARF)のほかに、ASEAN+3(日中韓)、アジア欧州会合(ASEM)などが挙げられる。

5 海洋協力、連結性、持続可能な開発目標、経済の4分野

6 米国政府は、「航行の自由」作戦は航行及び上空飛行の自由その他の適法な海洋利用の権利を侵害し得る過剰な主張に対抗する活動であると説明している。「航行の自由」作戦の一例として、2021年9月8日、米海軍のミサイル駆逐艦「ベンフォールド」が南沙(スプラトリー)諸島の周辺を航行した。

7 DRTC:Djibouti Regional Training Centre

8 G7++(プラスプラス)ギニア湾フレンズ・グループ:G7に加え、非G7諸国及び国際機関などが参加

9 現在は支援停止中(2021年12月時点)

10 NAPSA:New Approach for Peace and Stability in Africa

11 「南スーダンにおける衝突の解決に関する再活性化された合意」
R-ARCSS:Revitalized Agreement on the Resolution of the Conflict in South Sudan
IGADが、2015年に発出された「南スーダンにおける衝突の解決に関する合意」の履行が停滞気味であったため、南スーダン関係者を集めて停戦の遵守などの履行スケジュールなどに合意したもの

12 IGAD:Inter Governmental Authority on Development

13 ギニアビサウ、中央アフリカ、リベリア、ブルンジの4か国

このページのトップへ戻る
青書・白書・提言へ戻る