4 軍縮・不拡散・原子力の平和的利用
(1)核軍縮
日本は、唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向け国際社会の取組をリードしていく責務がある。
しかし、ロシアによるウクライナ侵略、北朝鮮の核・ミサイル開発、中国の透明性を欠く核戦力の増強などにより「核兵器のない世界」への道のりは一層厳しくなっている。また、核兵器禁止条約を取り巻く状況に見られるように、核軍縮の進め方をめぐっては、核兵器国と非核兵器国との間のみならず、核兵器の脅威にさらされている非核兵器国とそうでない非核兵器国との間においても立場の違いが見られる。このような状況の下、核軍縮を進めていくためには、様々な立場の国々の間を橋渡ししながら、現実的かつ実践的な取組を粘り強く進めていく必要がある。
日本は、「核兵器のない世界」の実現のため、被爆地広島出身の岸田総理大臣のリーダーシップの下、核軍縮に向けた着実な歩みを進めている。特に、被爆地広島で開催された5月のG7広島サミットでは、各国首脳が被爆の実相に触れる機会を持ち、その上でG7首脳間で胸襟を開いた議論が行われ、「核兵器のない世界」へのコミットメントが確認された。また、核軍縮に関するG7初の首脳独立文書である「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」を発出し、核兵器国と非核兵器国双方が参加する核兵器不拡散条約(NPT)体制の維持・強化の重要性を強調し、「核兵器のない世界」に向けた国際社会の機運を今一度高めることができた。このように、被爆地を訪れ、被爆者の声を聞き、被爆の実相や平和を願う人々の思いに直接触れたG7首脳が「G7首脳広島ビジョン」を発出したことは歴史的な意義のあることである。日本としては、本ビジョンを強固なステップ台としつつ、2022年のNPT運用検討会議で岸田総理大臣が発表した「ヒロシマ・アクション・プラン」31の下での取組を一つ一つ実行していくことで、「核兵器のない世界」に向け、現実的かつ実践的な取組を進めていく考えである。
そのほか、「核兵器のない世界」に向けた国際賢人会議、核兵器廃絶決議の国連総会への提出、軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)などの同志国・有志国との協力・連携の取組や個別の協議などを通じ、立場の異なる国々の橋渡しに努めてきている。また、包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効促進や核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始に向けた働きかけ、軍縮・不拡散教育の推進、さらには効果的な核軍縮検証の実現に向けた議論・演習といった核兵器国も参加する現実的かつ実践的な取組なども積み重ねることを通じ、NPT体制の維持・強化を進めていく考えである。
なお、核兵器禁止条約は、「核兵器のない世界」への出口とも言える重要な条約である。しかし、現実を変えるためには、核兵器国の協力が必要だが、同条約には核兵器国は1か国も参加していない。そのため、同条約の署名・批准といった対応よりも、日本は、唯一の戦争被爆国として、核兵器国を関与させるよう努力していかなければならず、そのためにも、まずは、「核兵器のない世界」の実現に向けて、唯一の同盟国である米国との信頼関係を基礎としつつ、現実的かつ実践的な取組を進めていく考えである。
ア 核兵器不拡散条約(NPT)32
日本は、国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石であるNPT体制の維持・強化を重視している。NPTの目的の実現及び規定の遵守を確保するために5年に1度開催される運用検討会議では、1970年のNPT発効以来、その時々の国際情勢を反映した議論が行われてきた。
2026年第11回NPT運用検討会議第1回準備委員会は7月31日から8月11日に国連ウィーン本部において開催され、日本からは、武井俊輔外務副大臣が出席した。武井外務副大臣は一般討論で最初にステートメントを行い、「核兵器のない世界」への道のりが一層厳しくなる中だからこそ、NPT体制の維持・強化は国際社会全体の利益であり、引き続き「ヒロシマ・アクション・プラン」に基づき現実的かつ実践的な取組を進めていくと述べた。また、ALPS処理水33の海洋放出について、7月に公表された国際原子力機関(IAEA)による包括報告書の内容に言及しつつ、日本は科学的根拠に基づき、高い透明性をもって、国際社会に対して丁寧に説明してきており、こうした努力をこれからも続けていくと表明した。
各国が2026年の次回運用検討会議に向けNPT体制の維持・強化の重要性への共通認識を示し、対面で率直な意見交換を行った意義は大きい一方、最終的に一部の国の反対意見により、議長が議長サマリーの作業文書としての提出を控えざるを得なかったことは残念であり、こうした国際社会の分断の状況は、今後乗り越えなければならない課題である。一方、今回の会議を通じて、国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石であるNPTを中心とした国際的な核不拡散体制の維持・強化が国際社会全体の利益であることへの強い認識が広く共有されていることが改めて確認された。
イ 「核兵器のない世界」に向けた国際賢人会議
岸田総理大臣は2022年1月の施政方針演説で、核兵器国と非核兵器国、さらには、核兵器禁止条約の参加国と非参加国からの参加者が、それぞれの国の立場を超えて知恵を出し合い、また、各国の現職・元職の政治リーダーの関与も得て、「核兵器のない世界」の実現に向けた具体的な道筋について、自由闊(かっ)達な議論を行う場として国際賢人会議の立ち上げを表明した。
2022年12月に広島で開催された第1回会合に続き、第2回会合は、4月4日及び5日に東京において開催され、白石隆座長(熊本県立大学理事長)を含む日本人委員3名のほか、核兵器国、非核兵器国などからの外国人委員6名の合計9名の委員が対面参加し、5名の外国人委員がオンラインで参加した。会議では2026年第11回NPT運用検討会議第1回準備委員会へのインプットを念頭に、同会合での議論を具体的なメッセージの形で取りまとめることで一致した。発出されたメッセージは、国際社会が重大かつ前例のない核の課題に直面しているとした上で、現在の危機を特にNPTの維持・強化によって核不拡散体制を強化する機会に変えなければならないとの認識の下、2026年第11回NPT運用検討会議第1回準備委員会から始まる次期NPT運用検討サイクルで優先されるべき措置として、(1)核兵器の使用・威嚇の禁止を含む「規範の強化・拡大」、(2)新たな軍備管理体制の確立に向けた対話を含む「具体的な施策の実施」、(3)「NPT運用検討プロセスの活性化・強化」に取り組むことなどを要請している。
第3回会合は、12月8日及び9日に長崎において開催され、白石座長を含む日本人委員3名のほか、核兵器国、非核兵器国などからの外国人委員10名の合計13名の委員が対面で、1名の外国人委員がオンラインでそれぞれ参加し、また、政治リーダーとしてブラウン英国上院議員(元国防相)が、開催地の有識者として朝長万左男日赤長崎原爆病院名誉院長が対面参加した。

(12月8日から9日、長崎県長崎市 写真提供:内閣広報室)
岸田総理大臣は閉会セッションに出席し、自由闊達な議論を通じて「長崎を最後の被爆地に」という共通の決意を新たにすることに国際賢人会議の意義があり、「核兵器のない世界」に向けて、引き続き国際賢人会議の叡(えい)智を得つつ強いリーダーシップを発揮していくと述べた。
今次会合では、参加者は国際的な安全保障環境の変化や人工知能(AI)を含む新興技術などの今日的視点から、核軍縮を進める上での課題について深く検討を行うとともに、2026年のNPT運用検討会議に向けた国際賢人会議としての最終成果物の検討を開始し、「長崎を最後の被爆地に」という決意の下、核軍縮を取り巻く国際的な安全保障環境の更なる不安定化を避けるためにも、外交努力の一層の強化や政治的なリーダーシップが不可欠であるとの点で一致した。
ウ 核兵器のない世界に向けたジャパン・チェア
9月19日、岸田総理大臣は国連総会の一般討論演説において、核軍縮「主流化」の流れを確実に進めていくためには、政府だけではない、重層的な取組が重要との認識の下、新たに30億円を拠出して、海外の研究機関・シンクタンクに「核兵器のない世界に向けたジャパン・チェア」を設置することを表明した。
同ジャパン・チェアは、海外の主要な研究機関・シンクタンクにおいて、核軍縮を専門とするポスト(核兵器のない世界に向けたジャパン・チェア)の設置を支援することで、日本が掲げる「現実的かつ実践的な核軍縮」についての議論を喚起し、また、国際社会の分断克服に貢献することを目的としたものであり、2024年の活動開始を予定している。
エ 軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)34
2010年に日本とオーストラリアが主導して立ち上げた地域横断的な非核兵器国のグループであるNPDI(12か国で構成)は、現実的かつ実践的な提案を通じ、核兵器国と非核兵器国の橋渡しの役割を果たし、核軍縮・不拡散分野での国際社会の取組を主導している。2022年8月にニューヨークで開催された第11回NPDIハイレベル会合には、岸田総理大臣が日本の総理大臣として初めて出席し、会合後にNPDIとしてNPTの実施を強化するために必要な、継続的かつハイレベルの政治的リーダーシップ及び外交上の対話の促進にコミットし続けるとの決意を表明するとの共同声明が発出された。
また、NPDIとして、第9回NPT運用検討会議に計19本、第10回NPT運用検討会議プロセスに計18本の作業文書を提出するなど、現実的かつ実践的な提案を通じてNPT運用検討プロセスに積極的に貢献してきている。2023年7月から8月に開催された2026年第11回NPT運用検討会議第1回準備委員会でも、NPDIとして共同ステートメントを実施したほか、透明性(報告)と説明責任(アカウンタビリティ)及び運用検討プロセス強化に係る作業文書を共同で提出した。また、同委員会の直前に開催されたNPT運用検討プロセス強化に関する作業部会では、日本がNPDIなどを通じて長年主張してきた透明性向上や国別報告書による説明責任(アカウンタビリティ)の必要性について具体的な議論が行われた。
オ 国連を通じた取組(核兵器廃絶決議)
日本は、1994年以降、その時々の核軍縮に関する課題を織り込みながら、日本が掲げる現実的かつ具体的な核軍縮のアプローチを国際社会に提示するため核兵器廃絶に向けた決議案を国連総会に提出してきている。2023年の決議案においては、「核兵器のない世界」を実現する上での現実的かつ実践的な取組の方向性を示す必要があるとの認識の下、G7広島サミット及び2026年第11回NPT運用検討会議第1回準備委員会での議論を踏まえ、2022年8月の第10回NPT運用検討会議で岸田総理大臣が提唱した「ヒロシマ・アクション・プラン」の更なる具体化と浸透を図るため、特に核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)及び透明性の向上に関する具体的な措置の実施を国際社会に呼びかけることに焦点を当てた。同決議案は、10月の国連総会第一委員会で145か国、12月の国連総会本会議では148か国の幅広い支持を得て採択された。賛成国には、核兵器国である米国及び英国のほか、NATO加盟諸国、オーストラリア、韓国などの米国の同盟国や、核兵器禁止条約推進国を含む様々な立場の国々が含まれている。国連総会には、日本の核兵器廃絶決議案のほかにも核軍縮を包括的に扱う決議案が提出されているが、日本の決議案はそれらの決議案と比較して最も賛成国数が多く、例年国際社会の立場の異なる国々から幅広く支持され続けてきている。
カ 包括的核実験禁止条約(CTBT)35
日本は、核兵器国と非核兵器国の双方が参加する現実的な核軍縮措置としてCTBTの発効促進を重視し、発効要件国を含む未署名国や未批准国に対しCTBTへの署名・批准を働きかける外交努力を継続している。
第13回包括的核実験禁止条約(CTBT)発効促進会議は9月の国連総会ハイレベルウィーク中に開催され、日本からは上川外務大臣が出席した。上川外務大臣はステートメントを行い、日本が現実的かつ実践的な核軍縮措置としてCTBTの早期発効を重視していると述べ、CTBTの重要性がかつてないほど高まっているとしつつ、CTBTの前進に向けた国際社会の協力を呼びかけた。

発効要件国の動向について、2000年にCTBTを批准したロシアは2023年11月、プーチン大統領が同条約の批准を撤回する法案に署名し、同法案が発効した。CTBTの発効要件国であり、かつ署名・批准国の中で最大の核兵器国であるロシアがCTBTの批准撤回を決定したことは、国際社会の長年の努力に逆行するものであり、日本は、ロシアによる同決定を非難する外務大臣談話などを発出した。
キ 核兵器用核分裂性物質生産禁止条約36(FMCT:カットオフ条約)37
FMCTの構想は、核兵器用の核分裂性物質(高濃縮ウラン、プルトニウムなど)の生産そのものを禁止することにより、新たな核兵器国の出現を防ぎ、また、核兵器国による核兵器の生産を制限するものであることから、軍縮・不拡散双方の観点から大きな意義を有する。しかしながら、ジュネーブ軍縮会議(CD)では長年にわたる議論にもかかわらず交渉開始の合意に至っていない。こうした状況を受け、2016年に、第71回国連総会でFMCTハイレベル専門家準備グループの設置が決定され、日本は同グループでの議論に積極的に参画している。
また、9月の国連総会ハイレベルウィークの期間において、岸田総理大臣は、2023年がFMCTを求める国連総会決議採択から30年目に当たることを踏まえ、FMCTへの政治的関心を高めることを目的としてFMCTハイレベル記念行事をフィリピン及びオーストラリアと開催した。岸田総理大臣は基調演説を行い、冷戦の最盛期以来、初めて核兵器数の減少傾向が逆転しかねない瀬戸際にあると指摘し、そういった状況にあるからこそ、FMCTの早期の交渉開始が必要であると述べた。本行事を通じて、各国からの出席者による活発な意見交換が行われ、FMCTに対する政治的な関心を再び集める契機となった。


ク 軍縮・不拡散教育
日本は、唯一の戦争被爆国として、軍縮・不拡散に関する教育を重視している。具体的には、被爆証言の多言語化、国連軍縮フェローシップ・プログラム38を通じた各国若手外交官などの広島及び長崎への招へい、海外での原爆展の開催支援39、被爆体験証言を実施する被爆者に対する「非核特使」の名称付与などを通じ、被爆の実相を国内外に伝達するため積極的に取り組んでいる。
岸田総理大臣は、2022年8月のNPT運用検討会議の一般討論演説において、国連に1,000万ドルを拠出して「ユース非核リーダー基金」を設けることを表明した。これは核兵器国、非核兵器国の双方を含む各国から若手政策決定者や研究者などの未来のリーダーを日本に招き、被爆の実相に触れてもらい、日本を含め、核廃絶に向けた若い世代のグローバルなネットワークを作ることを目的としている。2023年12月に同基金下の研修が開始された。
また、被爆者の高齢化が進む中で、広島及び長崎の被爆の実相を世代や国境を越えて語り継いでいくことが重要となっている。こうした観点から、2013年から2023年までに国内外の600人以上の若者に「ユース非核特使」の名称を付与してきている。
ケ 将来の軍備管理に向けた取組
核軍縮分野においては、これまで、NPTなどの多国間の枠組みを通じた取組に加えて、米露二国間での軍備管理条約が締結されてきた。2021年2月3日には、米露両国間で新戦略兵器削減条約(新START)が延長された。同条約は米露両国の核軍縮における重要な進展を示すものであり、日本は同条約の延長を歓迎した。しかし、2022年8月にはロシアは、全てのロシア関連施設を一時的に査察対象から除外するとの声明を発出し、また、同年11月に予定されていた二国間協議委員会(BCC)の延期を米国に通告した。2023年1月には米国務省はロシアが新STARTを遵守しているとは認定できないとの議会報告書を米国議会上院に提出した。2月、プーチン大統領は、年次教書演説において、新STARTの履行停止を発表した。こうした動きを受け、例えば「G7首脳広島ビジョン」においても、新STARTを損なわせるロシアの決定に対する深い遺憾の意を表明し、ロシアに対して、同条約の完全な履行に戻ることを可能とするよう求めている。
核兵器をめぐる昨今の情勢を踏まえれば、米露を超えたより広範な国家、より広範な兵器システムを含む新たな軍備管理枠組みを構築していくことが重要である。その観点から、日本は様々なレベルでこの問題について関係各国に働きかけを行ってきている。
例えば、7月に開催されたASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会合で、林外務大臣は、核戦力の透明性の向上に向け、中国が核兵器国として、また、国際社会の重要なプレーヤーとしての積極的な役割を果たすことを期待しており、また、より広範な国家、より広範な兵器システムを含む幅広い軍備管理枠組みに向けた対話が行われることを強く期待していると述べた。
また、上記の核兵器廃絶決議においても、核軍備競争予防の効果的な措置に関する軍備管理対話を開始する核兵器国の特別な責任につき再確認することが言及されている。
(2)不拡散及び核セキュリティ
ア 不拡散に関する日本の取組
日本は、自国の安全を確保し、かつ国際社会の平和と安全を維持するため、不拡散政策にも力を入れている。不拡散政策の目標は、日本及び国際社会にとって脅威となり得る兵器(核兵器、生物・化学兵器といった大量破壊兵器及びそれらを運ぶミサイル並びに通常兵器)やその開発に用いられる関連物資・技術の拡散を防ぐことにある。
国際秩序が動揺する中、北朝鮮、イラン、シリアなどにおける不拡散懸念は高まっている。また、経済成長に伴う兵器やその開発に転用可能な物資などの生産・供給能力の増大、グローバル化の進展に伴う流通形態の複雑化及び懸念物資などの調達手法の巧妙化、新技術の登場を背景とした民間技術の軍事転用のリスクの高まりなども、不拡散リスクを増大させている。
このような状況において、日本は、国際的な不拡散体制・ルール、国内における不拡散措置、各国との緊密な連携・能力構築支援などを通して不拡散政策に取り組んでいる。
拡散を防ぐための手段には、保障措置、輸出管理、拡散対抗の取組などがある。
保障措置とは、原子力が平和的利用から核兵器その他の核爆発装置に転用されないことを担保することを目的に、国際原子力機関(IAEA)40と国家との間で締結される保障措置協定に従って行われる検証活動である。これはNPT3本柱の一つである核不拡散の中核的手段であり、その強化は核軍縮・原子力の平和的利用の推進にとっても不可欠である。日本はIAEAの指定理事国41として、IAEA関連活動の支援、保障措置に対する理解や実施能力の増進支援、追加議定書(AP)42の普遍化促進などを進めている。また、アジア太平洋保障措置ネットワーク(APSN)会合への貢献やアジア諸国に対する日本での研修事業実施などを通じて各国における保障措置の能力開発にも貢献している。
輸出管理は、拡散懸念国やテロ組織など、兵器やその関連物資・技術を入手し、拡散しようとする者に対し、いわば供給サイドから規制を行う取組である。国際社会には四つの輸出管理の枠組み(国際輸出管理レジーム)があり、日本は、全てのレジームに発足当時から参加し、国際的な連携を図りつつ、厳格な輸出管理を実施している。具体的には、核兵器に関して原子力供給国グループ(NSG)、生物・化学兵器に関してオーストラリア・グループ(AG)、ミサイル43に関してミサイル技術管理レジーム(MTCR)、通常兵器に関してワッセナー・アレンジメント(WA)があり、各レジームにおいて、管理すべき兵器の開発に資する汎用品・技術をそれぞれリスト化している。参加国は、それらリストの掲載品目・技術について国内法に基づき輸出管理を行うことで、懸念物資・技術の不拡散を担保している。国際輸出管理レジームではこのほか、拡散懸念国などの動向に関する情報交換や非参加国に対する輸出管理強化の働きかけなども行われている。日本は、NSGの事務局の役割を在ウィーン国際機関日本政府代表部が担っているほか、このような国際的なルール作り、ルールの運用に積極的に関与している。
また、日本は、こうした保障措置や国際輸出管理レジームを補完し、大量破壊兵器の拡散や脅威に総合的に対処するために、拡散対抗の取組を推進している。具体的には、拡散に対する安全保障構想(PSI)44の活動に積極的に参加しており、PSI阻止訓練を4回主催するなど、各国及び関係機関の間の連携強化などに努めている。2023年6月には韓国主催訓練に参加した。加えて、非国家主体への大量破壊兵器及びその運搬手段(ミサイル)の拡散防止を目的として2004年に採択された国連安保理決議第1540号45に関し、日本はアジア諸国による同決議の履行支援のための資金を拠出するなど、国際的な不拡散体制の維持・強化に貢献している。2023年には、G7議長国として、大量破壊兵器及び物質の拡散に対するグローバル・パートナーシップ作業部会46を東京及び長崎において開催した。
さらに、日本は、アジア諸国を中心に不拡散体制への理解促進と地域的取組の強化を図るため、毎年、アジア不拡散協議(ASTOP)47やアジア輸出管理セミナー48を開催している。
国際原子力機関(IAEA)は、原子力の平和的利用を促進し、同時に原子力が軍事的目的で利用されないことを確保することを目的に、1957年に設立された国連の関連機関である。1970年に発効した核不拡散条約(NPT)第3条においても、平和的利用のための原子力技術が軍事転用されることを防止するため、非核兵器国がIAEAの保障措置を受諾する義務が規定されている。

「核の番人」とも呼ばれるIAEAの活動内容は、核不拡散を担保する保障措置の実施や核テロ対策から、原子力発電に係る技術支援や保健・医療、食料・農業、水資源管理、環境、産業応用などの非発電分野における原子力技術の応用研究・支援まで多岐にわたり、北朝鮮やイランなどへの核不拡散においても重要な役割を果たしている。
日本は、原加盟国としてIAEAに加盟して以降、指定理事国として総会及び理事会での議論に貢献しているほか、伝統的に核不拡散分野や原子力の平和的利用においてIAEAとの協力を深め、人材面、財政面でその活動を積極的に後押ししてきた。最近では、東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水の海洋放出や、ウクライナの原子力安全分野における協力に加え、医療・食料・環境などの分野での原子力利用に対する世界的な関心と需要の高まりを背景にIAEAが推進する様々なイニシアティブでも協力を進めている。開発途上国におけるSDGsの達成に向けてIAEAが提唱したRays of Hope(放射線がん治療・診断に関するイニシアティブ)やAtoms4Food(食料問題に関するイニシアティブ)はその一例であり、日本からも資金拠出をしている。
グロッシー事務局長による3回の外務省賓客としての訪日の機会なども通じて、こうした分野での連携強化を図っている。
イ 地域の不拡散問題
2023年、北朝鮮は、18回、少なくとも25発の弾道ミサイルの発射などを行った。このような一連の北朝鮮の行動は、関連する安保理決議の明白な違反であり、日本の安全保障にとって重大かつ差し迫った脅威であるとともに、国際社会に対する明白かつ深刻な挑戦であり、断じて容認できない。8月のIAEA事務局長報告は、北朝鮮の核活動は引き続き深刻な懸念を生じさせるものであり、北朝鮮の核計画の継続は国連安保理決議の明確な違反であると指摘した。さらに、9月のIAEA総会では、北朝鮮に対して、全ての核兵器及び既存の核計画の完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法での放棄並びに全ての関連活動の速やかな停止に向けた具体的な行動を強く求める決議がコンセンサスで採択され、北朝鮮の非核化に向けたIAEA加盟国の結束した立場を示した。日本も、8月の2026年第11回NPT運用検討会議第1回準備委員会や9月のIAEA総会及び11月のIAEA理事会などにおいて北朝鮮の核問題への対処の重要性を国際社会に積極的に発信した。
北朝鮮による全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な廃棄に向け、国際社会が一致団結して、国連安保理決議を完全に履行することが重要である。日本としては、引き続き、米国、韓国を始めとする関係諸国や国連やIAEAなどの国際機関と緊密に連携していく。また、国連安保理決議の完全な履行の観点から、アジア地域を中心とした輸出管理能力の構築も進めていく。NSGやMTCRなどの国際輸出管理レジームにおいても、北朝鮮の核・ミサイルに関する議論に日本は積極的に貢献していく。
イランは、2018年にトランプ前米政権が包括的共同作業計画(JCPOA)49から離脱し、イランへの独自制裁を復活させて以降、JCPOA上のコミットメントを低減する措置を継続している。2021年2月に追加議定書(AP)を含むJCPOA上の透明性措置の履行停止、同年4月には60%の濃縮ウランの製造を開始した。
日本としては、国際的な不拡散体制の強化に資するJCPOAを一貫して支持している観点から、米国及びイラン双方によるJCPOAへの復帰に向けた関係国の取組を支持してきている。また、イランがJCPOA上のコミットメントを継続的に低減させていることを強く懸念し、イランに対し、累次にわたり、JCPOAを損なう措置を控え、JCPOA上のコミットメントに完全に戻るよう求めている。
こうしたJCPOAの履行や一連の保障措置問題(イラン国内でIAEAに未申告の核物質が検出された問題)を協議するため、グロッシーIAEA事務局長は、2023年3月にイランを再訪問し、両者の間で、保障措置問題などにおける今後の協力に向けた共同声明を発出した。9月の理事会において、イランに対しIAEA事務局長の要請に直ちに応じるよう求める有志国による共同ステートメントが発出された。その後、11月に発出されたIAEA事務局長報告では、共同声明に基づく協力は「凍結」状態にあると報告された。日本としては、引き続きイランに対して、IAEAと完全かつ無条件に協力するよう強く求めていく。日本は、NSGやMTCRなどの国際輸出管理レジームにおけるイランの核・ミサイルに関する議論にも貢献していく。
シリアは、2011年のIAEA理事会で未申告の原子炉建設などがIAEA保障措置協定下の違反を構成すると認定されており、日本としてはこの未解決の問題を解決するために、シリアがIAEAに対して完全に協力することを求めている。同国が追加議定書を署名・批准し、実施することが重要である。
ウ 核セキュリティ
核物質やその他の放射性物質を使用したテロ活動を防止するための「核セキュリティ」については、国際的な協力が進展している。2007年に核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約、2015年に核物質の防護に関する条約の改正がそれぞれ発効し、また、2010年から2016年の間に核セキュリティ・サミットが4回開催された。2020年にIAEAが開催した「核セキュリティに関する国際会議」では、日本から政府代表として、若宮健嗣外務副大臣が閣僚会合に出席し演説を行うなど日本も取組に積極的に参加し、貢献してきている。
2022年3月、ウィーンにおいて、核物質の防護に関する条約の改正後初となる、運用検討締約国会議が開催され、条約の妥当性や実施状況が確認された。日本からは、今後も人材育成及び技術開発分野でIAEAをサポートし、国際的な核セキュリティ強化に貢献していくことを表明した。
2022年3月2日及び3日、ウィーンにおいて、ロシアによるウクライナ侵略を受けた原子力安全、核セキュリティ及び保障措置上の影響に関するIAEA特別理事会が開催された。同理事会においては、各国から、チョルノービリ原子力発電所を始めとするウクライナ内の原子力関連施設におけるロシアの攻撃などの行為について、原子力安全、核セキュリティ及び保障措置の観点から非難や懸念などが表明された。同理事会で賛成多数で採択された決議は、ウクライナにおけるロシアの行為が原子力施設及び民間人の安全に対して深刻で直接的な脅威をもたらしていることに遺憾の意を表明し、ウクライナが原子力施設の安全な操業を確保できるようロシアに対してこれらの全ての行為を即座に停止するよう求めた。さらに同年9月及び11月のIAEA理事会においても、決議は賛成多数で採択された。これらの決議には、ロシアがウクライナの原子力施設に対するあらゆる行為を即座に停止するべきという理事会の求めに応じていないことへの重大な懸念を表明すること、ウクライナ当局がザポリッジャ原子力発電所の安全かつ確実な操業を確保するために同発電所の完全な管理を回復することができるよう、また、IAEAが保障措置活動を完全かつ安全に行うことができるよう、ロシアに対し求めること、さらに、ザポリッジャ支援ミッションや同原発におけるIAEA職員の継続的な駐在などを通じた、ウクライナにおける原子力安全、核セキュリティ及び保障措置への影響に対処するためのIAEA事務局長などの取組を支持することなどが盛り込まれている。2023年9月には、IAEA総会においても決議が賛成多数で採択され、ザポリッジャ原発が直面する状況への懸念やIAEAによる関連の取組への支持が改めて表明された。日本としても、原子力施設の占拠を含むロシアによる侵略を強く非難し、ウクライナにおける原子力施設の安全などの確保に向けたIAEAの取組を引き続き後押ししていく。
(3)原子力の平和的利用
ア 多国間での取組
原子力の平和的利用は、核軍縮・不拡散と並んでNPTの3本柱の一つであり、同条約で、不拡散を進める締約国が平和的目的のために原子力の研究、生産及び利用を発展させることは「奪い得ない権利」とされている。国際的なエネルギー需要の拡大などを背景に、原子力発電50を活用する又は活用を計画する国は多い。
一方、これら原子力発電に利用される核物質、機材及び技術が軍事転用される可能性もあり、また一国の事故が周辺諸国にも影響を与え得る。したがって、原子力の平和的利用に当たっては、(1)保障措置、(2)原子力安全(原子力事故の防止に向けた安全性の確保など)及び(3)核セキュリティの「3S」51の確保が重要である。また、東京電力福島第一原子力発電所(以下「東電福島第一原発」という。)事故の当事国として、事故の経験と教訓を世界と共有し、国際的な原子力安全の向上に貢献していくことは、日本の責務である。2013年には福島県において「IAEA緊急時対応能力研修センター」が指定され、同センターにおいては、IAEAと日本の協力の下、国内外の関係者を対象として、緊急事態の準備及び対応の分野での能力強化のための研修が実施されている。
原子力は、発電のみならず、保健・医療、食糧・農業、環境、産業応用などの非発電分野でも活用されている。これら非発電分野での原子力の平和的利用の促進と開発課題への貢献は、開発途上国がNPT締約国の大半を占める中で重要性が増してきており、IAEAも、開発途上国への技術協力や持続可能な開発目標(SDGs)の達成への貢献に取り組んでいる。
そのような中、日本は、「原子力科学技術に関する研究、開発及び訓練のための地域協力協定(RCA)」に基づく協力を始めとする技術協力活動や、「平和的利用イニシアティブ(PUI)」への拠出などを通じてIAEAの活動を技術面、財政面で積極的に支援している。PUIへの拠出を通じた支援事業の例としては、海洋プラスチックごみ問題に対処する事業や放射線がん治療の事業、食糧問題に対処する事業などが挙げられる。
イ 二国間原子力協定
二国間原子力協定は、相手国との間で原子力の平和的利用分野における協力を実現するため、相手国との間で移転される原子力関連資機材などの平和的利用及び核不拡散の法的な確保に必要となる枠組みを定めるために締結するものである。また、二国間協定の下で、原子力安全の強化などに関する協力を促進することも可能である。原子力協定の枠組みを設けるかどうかは、核不拡散の観点、相手国の原子力政策、相手国の日本への信頼と期待、二国間関係などを総合的に勘案し、個別具体的に検討してきている。2023年12月時点で、日本は、発効順で、カナダ、フランス、オーストラリア、中国、米国、英国、欧州原子力共同体(EURATOM)、カザフスタン、韓国、ベトナム、ヨルダン、ロシア、トルコ、UAE及びインドの14か国・1機関との間で二国間原子力協定を締結している。
ウ 東電福島第一原発の廃炉及びALPS処理水の取扱い
東電福島第一原発の廃炉・汚染水対策、除染・環境回復は、困難な作業ではあるものの、世界の技術や英知を結集し、原子力分野の専門機関であるIAEAとも緊密に連携しつつ、着実に進められている。2021年4月、日本政府はALPS処理水の処分に関する基本方針を公表し、同年7月には、日本政府とIAEAとの間で、「東京電力福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の取扱いの安全面のレビューに関する日本政府に対するIAEAの支援についての付託事項(TOR)」が署名された。IAEA職員及びIAEAが選定した国際専門家で構成されるIAEAタスクフォースは、このTORに基づき、日本政府及び東京電力に対し、第三者の立場から安全性と規制面に係るレビューを実施してきた。2023年1月には規制面に係るレビュー、5月から6月にかけては海洋放出に関する包括的なレビューが実施された。
7月4日、グロッシーIAEA事務局長が訪日し、TORに基づくこれらのレビューを総括するIAEA包括報告書が岸田総理大臣に手交された。IAEA包括報告書では、(1)ALPS処理水の海洋放出に対する取組及び関連の活動は、関連する国際安全基準に合致していること、(2)ALPS処理水の海洋放出による人及び環境に対する放射線影響は無視できるほどであることが結論として示されたとともに、(3)IAEAが放出中及び放出後も継続して追加的なレビュー及びモニタリングを行う予定であることが示された。
8月22日の廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議、ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議を経て、8月24日、ALPS処理水の海洋放出が開始された。これまでのモニタリング結果からは、計画どおりの放出が安全に行われていることが確認されている。
10月16日から23日にかけてIAEAの専門家及び第三国の分析機関(カナダ、中国及び韓国)による海洋モニタリング(具体的には東電福島第一原発周辺における海水などの採取、福島県での水産物の採取、及び採取された試料の前処理の確認)が実施された。また、10月24日から27日にかけて、IAEAタスクフォースが訪日し、ALPS処理水の海洋放出開始後初めてのレビューが実施され、IAEAはその報告書を2024年1月に公表した。

国際社会の正しい理解と支援を得ながら事故対応と復興を進める観点から、日本政府は、東電福島第一原発の廃炉・汚染水対策の進捗、空間線量や海洋中の放射能濃度のモニタリング結果、食品の安全といった事項についても、IAEAを通じて包括的な報告を定期的に公表しているほか、在京外交団を始めとする関係団体及びIAEA向けの現状の通報や、原発事故以来100回以上に上る在京外交団などに対する説明会の開催、在外公館を通じた情報提供、SNSなどを活用した情報発信などを行っている。
日本政府は、ALPS処理水の海洋放出の安全性について今後も国際社会に対し、科学的根拠に基づき、透明性の高い説明を丁寧に行っていく方針であり、風評被害を助長しかねない主張に対しては、適切に対応していく(228ページ 特集参照)。
8月24日、東京電力福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の海洋放出が開始されました。ALPS処理水の海洋放出の安全性については、関連する国際安全基準に合致することなどが国際原子力機関(IAEA)包括報告書で示されています。日本政府は、国際会議の場や二国間会談の機会を捉え、日本の取組について、科学的根拠に基づき透明性高く丁寧に説明してきているほか、SNSなども活用し、全世界に向けて積極的に情報発信を行っています。
2021年4月、日本政府はALPS処理水の処分に関する基本方針を公表し、同年7月には、日本政府とIAEAとの間で、「東京電力福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の取扱いの安全面のレビューに関する日本政府に対するIAEAの支援についての付託事項(TOR)」が署名されました。このTORに基づき、IAEA職員及びIAEAが選定した国際専門家で構成されるIAEAタスクフォースは、日本政府及び東京電力に対し、第三者の立場から安全性と規制面に係るレビューを実施しています。
2023年7月4日、グロッシーIAEA事務局長から岸田総理大臣に対し、TORに基づくこれらのレビューを総括するIAEA包括報告書が手渡されました。報告書では、ALPS処理水の海洋放出に対する取組及び関連の活動は、関連する国際安全基準に合致しており、ALPS処理水の海洋放出による人及び環境に対する放射線影響は無視できるほどであると結論付けられています。また、IAEAが放出中及び放出後も継続して追加的なレビュー及びモニタリングを行う予定であることが示されています。

(7月4日、東京 写真提供:内閣広報室)
8月24日のALPS処理水海洋放出開始後も、日本は引き続き、IAEAとも緊密に連携しつつ、三つのモニタリング、(1)タンク内の処理水のモニタリング、(2)リアルタイムモニタリング、(3)海域モニタリングを重層的に実施しています。これまでのモニタリング結果からは、計画どおりの放出が安全に行われていることが確認されています。また、幅広い地域の国々がIAEAの取組などに対する支持・評価を表明するなど、ALPS処理水の海洋放出に対する理解は広がっています。
9月18日、上川外務大臣は、グロッシーIAEA事務局長との間で、「ALPS処理水に関する日本とIAEAとの間の協力覚書」に署名しました。署名に続く会談において上川外務大臣は、この覚書はALPS処理水に関するIAEAによるレビュー及びモニタリングへの関与の継続など、IAEAとの連携を再確認するものであり、ALPS処理水の海洋放出について国際社会の安心を一層高めるものであると述べました。

政府としては、今後とも、IAEAのレビューも受けつつ、高い透明性を持って、国際社会に対して日本の立場を丁寧に説明し、また、モニタリングの結果を迅速に公表するなど、科学的根拠に基づく透明性の高い情報発信を続けていきます。
(4)生物兵器・化学兵器
ア 生物兵器
生物兵器禁止条約(BWC)52は、生物兵器の開発・生産・保有などを包括的に禁止する唯一の多国間の法的枠組みである。条約遵守の検証手段に関する規定や条約実施機関がなく、条約をいかに強化するかが課題となっている。
2006年以降、履行支援ユニット(事務局機能)の設置や、5年に1度開催される運用検討会議の間における年2回の会期間会合の開催などが決定され、BWC体制の強化に向けて取組が進められてきた。
2022年に行われた第9回運用検討会議において、BWCの実行をあらゆる面で強化するため、全締約国に開かれた作業部会を設置することが決定された。作業部会は2023年から会合を開き、締約国が国際協力に係る措置、科学技術の進展に係る措置、条約遵守・検証に係る措置などにつき検討を進めている。
イ 化学兵器
化学兵器禁止条約(CWC)53は、化学兵器の開発・生産・貯蔵・使用などを包括的に禁止し、既存の化学兵器の全廃を定めている。条約の遵守を検証制度(申告と査察)によって確保しており、大量破壊兵器の軍縮・不拡散に関する国際約束としては画期的な条約である。CWCの実施機関として、ハーグ(オランダ)に化学兵器禁止機関(OPCW)54が設置されている。OPCWは、シリアの化学兵器廃棄において、国連と共に重要な役割を果たし、2013年には、「化学兵器のない世界」を目指した広範な努力が評価されノーベル平和賞を受賞した。2023年5月には、日本も資金を拠出した化学・技術センター(CCT)55が設立され、開所式典には吉川ゆうみ外務大臣政務官が出席した。
化学産業が発達し、化学工場の数が多い日本は、OPCWの査察を数多く受け入れている。そのほか、加盟国を増やすための施策、条約の実効性を高めるための締約国による条約の国内実施措置の強化など、OPCWに対して具体的な協力を積極的に行っている。また、日本は、CWCに基づき、中国国内で遺棄された旧日本軍の化学兵器について、中国と協力しつつ、一日も早い廃棄の完了を目指している。
(5)通常兵器
通常兵器とは、一般に大量破壊兵器以外の武器を意味し、戦車、大砲、地雷から、けん銃などの小型武器まで多岐にわたる。実際の紛争で広く使用され、文民の死傷にもつながる通常兵器の問題は、安全保障に加え人道の観点からも深刻であり、グテーレス国連事務総長が2018年に発表した軍縮アジェンダにおいて、通常兵器分野の軍縮は「人命を救う軍縮」として3本柱の一つに位置付けられている。日本は、通常兵器に関する国際的な協力・支援や関連会議での議論などを通じて、積極的な貢献を継続している。
ア 小型武器
小型武器は、実際に使用され多くの人命を奪っていることから「事実上の大量破壊兵器」とも称され、入手や操作が容易であるため拡散が続き、紛争の長期化や激化、治安回復や復興開発の阻害などの一因となっている。日本は、2001年以来毎年、小型武器非合法取引決議案を他国と共同で国連総会に提出し、同決議は毎年採択されてきており、2023年には日本が同決議の起草を務めた。また、世界各地において武器回収、廃棄、研修などの小型武器対策事業を支援してきている。2019年には、グテーレス国連事務総長の軍縮アジェンダに基づき設立された小型武器対策メカニズムに対し、200万ドルを拠出し、2022年には、同基金を通じた小型武器対策事業がカメルーン、ジャマイカ、南スーダンにおいて開始された。
イ 武器貿易条約(ATT)56
通常兵器の国際貿易を規制するための共通基準を確立し、不正な武器移転などを防止することを目的としたATTは、2014年12月に発効した。日本は、条約の検討を開始する国連総会決議の原共同提案国の1か国として、国連における議論及び交渉を主導し、条約の成立に大いに貢献した。また発効後も、2018年8月、アジア大洋州から選出された初めての議長国として第4回締約国会議を東京で開催するなど、積極的な貢献を継続している。2023年8月に開催されたATT第9回締約国会議において日本は、条約の普遍化、透明性・報告、履行促進などに係る議論で積極的な貢献を果たした。
ウ 特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)57
CCWは、過度に傷害を与える又は無差別に効果を及ぼすことがあると認められる通常兵器の使用を禁止又は制限するもので、手続事項などを定めた枠組条約及び個別の通常兵器などについて規制する五つの附属議定書から構成される。枠組条約は1983年に発効した。日本は、枠組条約及び改正議定書Ⅱを含む議定書ⅠからⅣを締結している。2017年からは、急速に進歩する科学技術の軍事利用に対する国際社会の懸念を背景として、CCWの枠組みで自律型致死兵器システム(LAWS)に関する政府専門家会合が開催されており、2019年にはLAWSに関する指針11項目が作成された。日本はこうした国際的なルール作りに関する議論に積極的かつ建設的に貢献してきており、2023年3月には、米国、英国、オーストラリア、カナダ、韓国と共に「国際人道法を基礎とした禁止と制限の方法に係る自律型兵器システムに関する条項案」を政府専門家会合に共同で提出した。3月及び5月の政府専門家会合において活発な議論が行われた結果、国際人道法を遵守できない兵器システムは禁止し、それ以外の兵器システムは制限するとの考え方を含む報告書が全会一致で採択された
また、人工知能(AI)を含む新興技術が軍事領域に与える影響に係る国際的議論の活発化を背景に、2月、オランダにおいて「軍事領域における責任あるAI利用(REAIM)」第1回サミットが開催された。さらに11月には、米国主導による「AIと自律性の責任ある軍事利用に関する政治宣言」の初会合が行われた。
エ 対人地雷
日本は、1998年の対人地雷禁止条約(オタワ条約)58締結以来、対人地雷の実効的な禁止と被害国への地雷対策支援の強化などを含む同条約の包括的な取組を推進してきた。アジア太平洋地域各国へのオタワ条約締結に向けた働きかけに加え、人道と開発と平和の連携の観点から、国際社会において、地雷除去や被害者支援などを通じた国際協力も着実に実施してきている。
11月にジュネーブで開催されたオタワ条約第21回締約国会議において、カンボジアが2024年に開催されるオタワ条約第5回検討会議の議長を務めること、また、2025年に日本が第22回締約国会議の議長を務めることが承認された。
オ クラスター弾59
クラスター弾がもたらす被害は、人道上の観点から国際的に深刻に受け止められている。日本は、被害者支援や不発弾処理といった対策を実施60している。また、クラスター弾に関する条約(CCM)61の締約国を拡大する取組も継続しており、9月に開催されたCCM第11回締約国会議においても、これらの課題に関する議論に参加し、日本の積極的な取組をアピールした。
31 岸田総理大臣が2022年8月のNPT運用検討会議で提唱したもの。「核兵器のない世界」という「理想」と「厳しい安全保障環境」という「現実」を結び付けるための現実的なロードマップの第一歩として、核リスク低減に取り組みつつ、(1)核兵器不使用の継続の重要性の共有、(2)透明性の向上、(3)核兵器数の減少傾向の維持、(4)核兵器の不拡散及び原子力の平和的利用、(5)各国指導者などによる被爆地訪問の促進、の五つの行動を基礎とする。
32 NPT:Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons
33 ALPS処理水とは、ALPS(多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System))などにより、トリチウム以外の放射性物質について安全に関する規制基準値を確実に下回るまで浄化した水。ALPS処理水は、その後十分に希釈され、トリチウムを含む放射性物質の濃度について安全に関する規制基準値を大幅に下回るレベルにした上で、海洋放出されている。
34 NPDI:Non-Proliferation and Disarmament Initiative
35 CTBT:Comprehensive Nuclear Test-Ban-Treaty
36 核兵器その他の核爆発装置製造のための原料となる核分裂性物質(高濃縮ウラン及びプルトニウムなど)の生産を禁止することにより、核兵器の数量増加を止めることを目的とする条約構想
37 FMCT:Treaty Banning the Production of Fissile Material for Nuclear Weapons or other Nuclear Explosive Devices / Fissile Material Cut-off Treaty
38 1983年以来、軍縮専門家を育成するために国連が実施している。同プログラムの参加者を広島・長崎に招待しており、資料館の視察や被爆者による被爆体験講話などを通じ、被爆の実相への理解促進に取り組んでいる。
39 広島市や長崎市との協力の下、ニューヨーク(米国)、ジュネーブ(スイス)及びウィーン(オーストリア)で常設原爆展が開設されている。
40 IAEA:International Atomic Energy Agency
41 IAEA理事会で指定される13か国。日本を含む高度な原子力技術を有する国が指定されている。
42 NPT締約国である非核兵器国は、NPT第3条1項に基づきIAEAとの間で当該国の平和的な原子力活動に係る全ての核物質を対象とした「包括的保障措置協定(CSA)」などを締結することを義務付けられているが、これに追加して、各国がIAEAとの間で締結する議定書。追加議定書(AP)の締結により、IAEAに申告すべき原子力活動情報の範囲が拡大され、未申告の原子力核物質・原子力活動がないことを確認するためのより強化された権限がIAEAに与えられる。2023年12月時点で、142か国が締結している。
43 弾道ミサイルに関しては、輸出管理体制のほかにも、その開発・配備の自制などを原則とする「弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範」(HCOC)があり、2023年12月時点で、144か国が参加している。
44 大量破壊兵器などの拡散阻止のため、各国が国際法・各国国内法の範囲内で共同して取り得る措置を実施・検討するための取組で、2003年に発足。2023年12月時点で、106か国がPSIの活動に参加・協力している。2013年、日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、シンガポール及び米国の6か国は、アジア太平洋ローテーション訓練として1年ごとに訓練を主催することで合意した。日本は、外務省、警察庁、財務省、海上保安庁、防衛省・自衛隊などが連携し、これまで2004年、2007年及び2018年にPSI海上阻止訓練、2012年にPSI航空阻止訓練、2010年にオペレーション専門家会合(OEG)をそれぞれ主催したほか、他国が主催する訓練及び関連会合にも積極的に参加している。
45 2004年4月採択。全ての国に対し(1)大量破壊兵器開発などを試みるテロリストなどへの支援の自制、(2)テロリストなどによる大量破壊兵器開発などを禁ずる法律の制定及び(3)大量破壊兵器拡散を防止する国内管理(防護措置、国境管理、輸出管理など)の実施を義務付けるとともに、国連安保理の下に国連安保理理事国から構成される「1540委員会」(国連安保理決議第1540号の履行状況の検討と国連安保理への報告が任務)を設置
46 2002年のG8カナナスキス・サミット(カナダ)において設立が合意された。当初は軍縮・不拡散分野での喫緊の課題であったソ連崩壊後のロシアなどを対象に、退役原潜の解体や化学兵器の廃棄などの不拡散関連プロジェクトを実施していた。現在では毎年、G7議長国主催で作業部会を年2回程度実施し、核・放射線源セキュリティ、生物・化学セキュリティなどに分野において、ウクライナやグローバル・サウスなどを対象とした具体的な拡散脅威の削減に係る協力を推進している。さらに、プロジェクト拠出国と受益機関とのマッチメイキングを実施している。
47 日本が主催し、ASEAN10か国、中国、インド、韓国、そしてアジア地域の安全保障に共通の利益を持つ米国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フランス、オランダ及びEUの局長級が一堂に会し、アジアにおける不拡散体制の強化に関する諸問題について議論を行う多国間協議で、2003年に発足。直近では、2023年12月に第18回協議を開催し、アジアにおける拡散課題や輸出管理の強化について議論した。
48 日本が主催し、アジア諸国・地域の輸出管理当局関係者などが参加して、アジア地域における輸出管理強化に向けて意見・情報交換をするセミナー。1993年から毎年東京で開催している。
49 イランの原子力活動に制約をかけつつ、それが平和的であることを確保し、また、これまでに課された制裁を解除していく手順を詳細に明記したもの
〈イラン側の主な措置〉
●濃縮ウラン活動に係る制約
・稼動遠心分離機を5,060機に限定
・ウラン濃縮の上限は3.67%、貯蔵濃縮ウランは300kgに限定など
●アラク重水炉、再処理に係る制約
・アラク重水炉は兵器級プルトニウムを製造しないよう再設計・改修し、使用済燃料は国外へ搬出
・研究目的を含め再処理は行わず、再処理施設も建設しない。
50 IAEAによると、原子炉は世界中で412基が稼働中であり、59基が建設中(IAEAホームページ。2024年1月時点)
51 核不拡散の代表的な措置であるIAEAの保障措置(Safeguards)、原子力安全(Safety)及び核セキュリティ(Security)の頭文字を取って「3S」と称されている。
52 BWC:Biological Weapons Convention 1975年3月発効。締約国数は185か国・地域(2023年12月時点)
53 CWC:Chemical Weapons Convention 1997年4月発効。締約国数は193か国・地域(2023年12月時点)
54 OPCW:Organization for the Prohibition of Chemical Weapons
55 CCT:Centre for Chemistry and Technology
56 武器貿易条約(ATT:Arms Trade Treaty)の2023年12月時点の締約国は113か国・地域。日本は、署名が開放された日に署名を行い、2014年5月、締約国となった。
57 特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW:Convention on Certain Conventional Weapons)の2023年12月時点の締約国は126か国・地域
58 対人地雷の使用・生産などを禁止するとともに、貯蔵地雷の廃棄、埋設地雷の除去などを義務付ける条約で、1999年3月に発効した。2023年12月時点の締約国数は、日本を含め164か国・地域
59 一般的には、多量の子弾を入れた大型の容器が空中で開かれて子弾が広範囲に散布される仕組みの爆弾及び砲弾のことをいう。不発弾となる確率が高いともいわれ、不慮の爆発によって一般市民を死傷させることなどが問題となっている。
60 クラスター弾対策及び対人地雷対策に関する国際協力の具体的な取組については、開発協力白書を参照
61 クラスター弾の使用・生産・保有などを禁止するとともに、貯蔵クラスター弾の廃棄、汚染地域におけるクラスター弾の除去などを義務付ける条約で、2010年8月に発効した。2023年12月時点の締約国数は、日本を含め112か国・地域