ODA(政府開発援助)
政策評価法に基づく事前評価書
評価年月日:平成30年11月1日
評価責任者:国別開発協力第三課長 井関 至康
1 案件概要
(1)供与国名
イラク共和国
(2)案件名
バスラ製油所改良計画(第二期)
(3)目的・事業内容
イラク南部バスラ県のバスラ製油所において,流動性接触分解装置(FCC)を含むFCCコンプレックス等を新設することにより,高品質石油製品の生産性向上を通して,石油製品の品質向上と需給ギャップの縮小,環境負荷の低減及び関連技術の移転を図り,もってイラクの経済・社会復興に寄与する。
- ア 主要事業内容
- 土木工事,資機材調達
- コンサルティング・サービス
- イ 供与条件
供与限度額 金利 償還(据置)期間 調達条件 1,100億円 0.2% 40(10)年 日本タイド (注)コンサルティング・サービス部分の金利は0.01%を適用。
(4)環境社会配慮,外部要因リスクなど留意すべき点
- ア
- EIA(環境影響評価):本計画は「環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン」(2002年4月制定)に掲げる影響を及ぼしやすい石油精製セクターに該当するため,カテゴリAに該当する。本計画にかかるEIA報告書は,2017年12月にイラク環境省から承認取付け済み。
- イ
- 工事中及び供用後,PM10,PM2.5,NO2等といった大気汚染物質が発生するが,テールガス処理装置や硫黄回収装置を設置することで,全ての物質について国内環境基準及び国際基準(EHSガイドライン)を満たす見込み。供用後,FCCコンプレックスより排水が発生するが,国内基準及び国際基準を満たせるよう排水処理施設で処理を行った上で再利用する他,ポンプを二重設計とすることにより,水質や土壌への影響は軽減される。廃棄物については,工事中及び供用後,溶剤,蛍光管等の有害廃棄物が発生するが,専用施設または有害廃棄物処分場で適切に処理される。工事中は騒音が発生するが,消音装置や低騒音機材を使用すること,最も近隣に位置する住宅地が製油所から約2.8キロメートル離れていることから,影響は限定的と見込まれる。
- ウ
- 外部要因リスク:イラク政府は「イラクとレバントのイスラム国」(ISIL)からの全土解放宣言を表明しているが,ISIL分子の休眠細胞等によるテロ等の脅威は引き続き存在している。他方,本計画の対象地はISILの侵攻を受けていない地域であり,実施においてイラク政府と事業実施業者,国際協力機構等が連携して安全対策を行うことで,治安上のリスクに対応する。
2 資金協力案件の評価
(1)必要性
- ア
- 開発ニーズ
イラクの石油セクターは,2018年時点で,GDPの約50%,国家歳入の約90%を占める最大の基幹産業であり,ほぼ唯一の外貨獲得源である。一方で,石油精製部門は,戦災・老朽化等により国内14箇所の既存製油所では設備能力低下が深刻である上,2014年6月以降のISIL侵攻の影響により,北部の主要製油所であるベイジ製油所を含む6つの製油所が操業を停止するなど,精製能力は約50万バレル/日という状況が続いている。このためガソリンの国内需要量約12.3万バレル/日のうち供給量不足分が約5.5万バレル/日に上るなど,民生用石油製品に大幅な需給ギャップがあり,産油国ながら石油製品を他国から輸入せざるを得ず,関連支出が年間約50億ドルにも達する。
膨大な復興ニーズを抱えるイラクにおいて,石油製品の輸入による外貨流出を防止するとともに,将来的には,増産した石油製品の輸出を通じて外貨を獲得するためにも,石油精製部門への投資は急務であるが,近年の油価下落による財政難に加え,不安定な政治・治安情勢等のリスクにより,製油所の新設・改修計画の多くが停止に追い込まれるなど,十分な投資が得られていない。2018年にイラク政府が策定した「国家開発計画(2018年~2022年)」においても,引き続き石油セクターによるGDP及び歳入への主要な貢献が期待されており,イラク最大規模のバスラ製油所の生産性向上は喫緊の課題である。 - イ
- 我が国の基本政策との関係
我が国は,対イラク国別開発協力方針(平成29年7月)において,イラクに対し,「経済成長のための産業の振興と多角化」,「経済基礎インフラの強化」及び「生活基盤の整備」を重点分野として協力していくこととしており,本計画は同方針(特に「経済基礎インフラの強化」)に合致する。また,イラクは石油資源が豊富であることから,本計画を通じてイラクの安定的な発展に寄与することは,エネルギー資源の多くを海外からの輸入に依存する日本にとってエネルギーの安定供給の観点からも重要な意義がある。
特に本計画は,イラク最大規模のバスラ製油所において,流動性接触分解装置(FCC)を含むFCCコンプレックス等を同国で初めて新設するものであり,高品質石油製品の生産性が向上することを通して,イラクの経済活性化への貢献が期待できる。また,国際的な環境基準に合致する高品質な石油製品の生産による環境負荷の低減や関連技術の移転等に資するものであり,SDGsゴール7(エネルギー)に貢献すると考えられる。以上から,我が国のイラク支援の象徴的案件として外交上の戦略的意義が認められる。
(2)効率性
本計画の一環で,建設施設の運営・維持管理支援,技術移転及びトレーニング等を実施することにより,案件の効率性の確保が見込まれる。
(3)有効性
本計画の実施を通じ,本計画完成2年後の2026年には,新たにガソリンが18,767バレル/日,軽油が35,919バレル/日,重油が40,738バレル/日,ナフサが2,117バレル/日,LPGが2,896トン/日を生産することが可能となる。ガソリンについては,国内需要量の約15%を新たに自国でまかなえるようになることが見込まれる。
また,軽油水素化脱硫装置の設置により,バスラ製油所は,イラクで唯一,国際基準(世銀の環境・健康・安全ガイドライン(EHS Guidelines))を満たし,硫黄濃度を10パーツ・パー・ミリオン以下におさえた石油製品(ガソリン・軽油等)の生産が可能となる。このように,バスラ製油所から生産される石油製品の量及び質の改善を図り,もってイラクの経済基礎インフラの強化に寄与することが期待される。
3 事前評価に用いた資料,有識者等の知見の活用
要請書,環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン,その他国際協力機構より提出された資料。
案件に関する情報は,交換公文締結後公表される外務省の約束状況に関する資料及び案件概要,借款契約締結後公表される国際協力機構のプレスリリース及び事業事前評価表
を参照。
なお,本計画に関する事後評価は実施機関である国際協力機構が行う予定。