ODA(政府開発援助)

令和3年10月18日
(写真1)ピース・又吉直樹さん、JICA 竹谷公男防災分野特別顧問、日本地雷処理を支援する会(JMAS) 岸川公彦理事長、日本WHO協会 中村安秀理事長が写った、フロントランナーのメイン写真

 ナビゲーターとしてピース・又吉直樹さんを迎え「人間の安全保障」をテーマに、「防災」、「平和構築」、「保健・栄養」の分野で世界的に活躍するフロントランナーとの対談を通じて彼らの熱い思いへと迫っていきます。

防災編

(写真2)「災害から世界を守る理念とは」について対談するピース・又吉直樹さんとJICA 竹谷公男防災分野特別顧問

「Build Back Better という言葉を生み出した」
 JICA 竹谷公男防災分野特別顧問
 大学で水資源開発を学び、建設コンサルタントの会社に入社。世界各地で起きた大災害の調査に参加し、日本の経験、知見を世界に広めていった。その後、JICAの国際協力専門員となり世界の災害の現場に日本の代表として、自然災害から人々を守るため世界の防災の未来を作ろうと活躍している。

平和構築編

(写真3)「未来を奪い続ける恐怖とは」について対談するピース・又吉直樹さんと日本地雷処理を支援する会(JMAS) 岸川公彦理事長

「世界の地雷や不発弾を処理する」
 日本地雷処理を支援する会(JMAS) 岸川公彦理事長
 地雷や不発弾の処理には、専門的な技術が必要で、日本では自衛官とそのOBにしかできない。世界でも数少ない自らの手で地雷等の処理を行っている。岸川さんは、2019年8月に退官後、2021年6月に同会理事長に就任。

保健・栄養編

(写真4)「命のパスポートとは」について対談するピース・又吉直樹さんと日本WHO協会 中村安秀理事長

「母子手帳を世界に広めた」
 日本WHO協会 中村安秀理事長
 1986年現地で地域保健活動を支援するJICA(国際協力機構)のプロジェクトに参加しインドネシアに行く。インドネシアで乳幼児の健康改善を担う中、診察した時に、子供の診察記録が残っていない事に気づき、母子手帳のありがたさを知る。1993年にインドネシア版の母子手帳の作成を始めた。アジア、アフリカなどの発展途上国だけでなくアメリカやヨーロッパなどの先進国にも広まり、現在、世界50か国以上で使われるようになった。2018年6月公益社団法人日本WHO協会理事代表理事理事長に就任。


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