ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン第324号
ODAメールマガジン第324号は,パナマ共和国からの「世界の海上交通の要所,パナマ運河と運河を渡るモノレール」,「パナマにおける下水道分野の技術協力プロジェクトの紹介」とシリーズ「中東の難民問題」第5弾としてヨルダン・ハシェミット共和国から「シリア難民受入れによるヨルダンの負担」,シリーズ「中東の難民問題」第6弾としてレバノン共和国から「レバノン 厳しい避難生活を生き抜くシリア難民たち」をお届けします。
世界の海上交通の要所,パナマ運河と運河を渡るモノレール
原稿執筆:在パナマ日本国大使館 村岡 宏昭 二等書記官
パナマといえば,場所は分からなくても「パナマ運河」の名前を知っている方は多いのではないでしょうか。
ここパナマは北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の境目にあり,南北に伸びるアメリカ大陸は,海上輸送の交差点であるパナマ運河によって分断されています。パナマ運河は世界の海上物流の要所として,現在,2007年から始められた拡張工事が行われており,2016年6月26日に開通式典が予定されています。
パナマ首都圏はこの運河とともに経済が発展しており,高層ビルやマンションが建ち並ぶその街並みはシンガポールと比較されることもあります。しかし,急激な経済成長と人口増加に伴い,生活排水の垂れ流しによる川・海の水質汚染,車の保有率上昇に伴う交通渋滞等の問題が発生しており,「環境に配慮した経済基盤整備」が求められています。また,地方では,水不足や教育のための校舎不足,インフラの未整備等,首都圏との格差が問題になっています。
経済成長を続ける首都圏へは,周辺各地から多くの人が集まって来ます。そのため,毎日深刻な渋滞が発生しています。パナマ政府はこの問題を解決するため,首都圏都市交通の整備を決定しました。既に首都圏の北部地域を対象とした都市交通1号線が開通し,東部地域を対象とした都市交通2号線の整備も進められています。現在,パナマ国民が特に期待しているのは,首都圏中心部と,人口増加の著しい首都圏西部地域(首都圏から運河を挟んだ西側の地域)をつなぐ路線(都市交通3号線)の建設と,同路線が通る新たな運河上の橋の建設です。現在,首都圏中心部と西部地域をつなぐ橋は2つしかないため,朝の通勤時と夕方の帰宅時に橋を渡ろうとする車の交通渋滞が深刻な問題となっており,都市交通3号線の建設はこうした課題に応えるものとして,パナマ政府の最優先事業の1つとなっています。
この都市交通3号線の建設については,2012年以来,パナマ側から日本の技術の活用及び資金協力の両面について協力要請がなされるなど,過去数年間にわたり日・パナマ両国間の主要な議題となっていました。そして本年4月20日,訪日中のバレーラ・パナマ大統領と安倍総理立会いの下,都市交通3号線への約2,800億円の円借款供与に関する交換公文が締結されました。中米・カリブ地域で初めてのモノレールとなる本事業への日本の協力は,両国のさらなる関係強化の象徴としてパナマ国内でも大きく取り上げられ,パナマ国民から日本への感謝の意が寄せられています。また,パナマ政府は,西部地域における地形的な特性を踏まえた結果,都市交通3号線の輸送形態としてモノレール方式が最良と判断しており,日本の技術の活用にも高い関心を示していることから,パナマによる日本式モノレールの採用も期待されます。
参考:パナマに対する円借款「パナマ首都圏都市交通3号線整備計画」に関する書簡の交換
都市交通3号線の整備により,西部地域の渋滞緩和とともに,地球温暖化現象の原因の1つである車の排気ガスの排出削減効果も期待されます。
拡張運河開通に伴い,ますます注目度が高まるパナマで,その運河を渡るモノレールが日本の協力で整備されることに期待が高まります。
パナマにおける下水道分野の技術協力プロジェクトの紹介
原稿執筆:株式会社日水コン 大楽 尚史 プロジェクト総括
1513年9月25日,スペイン人のバルボアは,カリブ海からパナマ地峡を横断し太平洋に到達しました。
おそらく紺碧の大洋”パナマ湾”を見たことでしょう。パナマは運河で有名ですが,1999年にアメリカから運河が返還されたのちに急速な発展を遂げ,現在のパナマ市はパナマ湾沿いに見上げるような高層ビルの立ち並ぶ都市となっています。
一方,このパナマ湾は,処理されていない下水の放流で汚れています。日本の協力により,汚れたパナマ市内の河川とパナマ湾を浄化するための事業が開始されることになり,日本の円借款を中心とした融資により,下水を集める大きなパイプと下水処理場が建設され,2013年から運転を始めました。
しかし,何分パナマでの初めての大きな下水処理場であり,パナマには下水道の事業運営の経験も少ないことから,国際協力機構(JICA)が,同分野で豊富な経験をもつ横浜市環境創造局の立会いの下,パナマ政府と下水処理技術に係る覚書を締結し,これに基づきJICAは専門家チームを派遣して技術支援を行うことになりました。
こうして,「パナマ首都圏下水道事業運営改善プロジェクト」が2018年11月までの予定で,昨年6月に始動しました。昨年の計画調査に続き,今年の2月から本格活動が始まりました。5人の専門家がチームを形成し,それぞれ,組織運営,工場排水の規制,施設の管理,下水処理技術,環境教育を担当します。その内2名は自治体での業務を経験しており,また,プロジェクトの実施に当たり横浜市の支援を受けることで,日本の自治体の下水道事業運営のノウハウを生かすこととしています。相手側の機関は,保健省のプロジェクト実施ユニット(UCP)で,当初は,施設の建設のために設置されたのですが,その後,運転管理も実施することになり,現在57名の職員数を今後100名程度にまで増強します。年齢も若くやる気のある職員ばかりですので,このプロジェクトが,パナマの水環境やパナマ市民の生活環境の改善に実りある成果をもたらすことが期待されます。
プロジェクトは始まったばかりですが,すでに川の水質調査や市民啓発活動を行う前の住民意識のアンケート調査などを実施しています。また,このプロジェクトでは,パイロット事業として,公立の病院に日本の合併浄化槽を設置して,工場に対する排水規制のトレーニングに使ったり,日本の優れた技術のパナマでの活用の可能性を調べることとしています。
ところで,彼らは,「何年ぐらいでこの海はきれいになるのか」と聞きます。まだ,下水処理が始まったばかりで,パナマ湾が元の美しさを取り戻すには至っていません。日本での研修を2回予定しており,今年の6月に1回目を予定していますので,長年の下水道整備や工場排水の規制をはじめとするわが国の取組と,きれいになった川や海を見てもらいます。これからの3年間,美しいパナマ湾の復活を夢見て,UCPの皆さんと力を合わせて取り組んでいきたいと思います。
シリア難民受入れによるヨルダンの負担
原稿執筆:在ヨルダン日本国大使館 吉田 憲正 一等書記官
これまで紹介してきましたように,ヨルダンは大量のシリア難民を受け入れていますが,今回はシリア難民受入れによるヨルダンの負担について紹介します。
【ヨルダンの負担】
シリア難民受入れによって生じているヨルダンの負担は,社会面と財政面に大別できます。社会面での影響は,前回紹介したホスト・コミュニティの状況に代表されます。
人口の急激な増加に伴う,学校,病院,ゴミ処理等の行政サービスの質の低下,水・エネルギーの逼迫,家賃の高騰,ヨルダン人の雇用機会の喪失等により,ホスト・コミュニティのヨルダン人は直接的に大きな影響を受けています。また,右状況に加え,国際社会からの支援にはヨルダン人を対象としていないものが多いことから,シリア人の流入に不満を持つヨルダン人もいます。
このような状況が続いているホスト・コミュニティでは,ヨルダン人とシリア人の間で軋轢が生じることもあり,ヨルダン政府は国内治安維持の観点も含め,国際社会にホスト・コミュニティのヨルダン人への支援を強く呼びかけています。
財政的な負担については,ヨルダン政府が中心となり各国ドナーや国連等の援助関係者により作成されたシリア危機対応計画(Jordan Response Plan 2016-2018)では,2016年からの3年間に約80億ドルが必要とされています。これに対して,国際社会からの実際の支援は目標額に遠く及ばない状況で,ヨルダン政府は国際社会に更なる支援を求めています。ヨルダン政府関係者からは,国家予算全体の25%がシリア危機関連に費やされているとの発言も出ていて,シリア難民受入れが大きな財政的な負担となっていることは間違いありません。このようにシリア難民受入れは,ヨルダンの社会・財政面に非常に大きな影響を及ぼしています。
【ヨルダン支援の必要性】
そもそも,ヨルダンの財政と貿易は恒常的な赤字であった上に,シリア,イラク等の近隣諸国の情勢の不安定化を一因として,経済成長が鈍化していることから,財政状況は一段と悪化する状況にあります。このように厳しい経済,財政事情にもかかわらず,なぜヨルダンは大量のシリア難民を受入れているのでしょうか。
それは,ヨルダンがアブダッラー2世国王の下,イスラム教の教えである寛容な精神で同胞シリア人を受け入れ続けているからだと思います。こうしたヨルダンの寛容な政策のおかげで多くのシリア人が救われています。
ヨルダンの果たしている役割は極めて大きく,他の国が代わりを務めることは容易ではないことから,国際社会も,ヨルダンの社会・財政面を含めた国内事情や負担に最大限配慮した支援を行う必要があると考えます。
レバノン 厳しい避難生活を生き抜くシリア難民たち
原稿執筆:在レバノン日本国大使館 バラダ みどり 専門調査員
「目の前で私の家は破壊されました。7つものミサイルが飛んで来たのです。そのうちの一つは私のすぐ横に着弾し,私は右足を失いました。」
モフセンは,レバノンで避難生活を送る多くのシリア難民のうちのひとりです。クサイルの自宅が破壊された後,彼は家族と徒歩で国境を超えてレバノンに逃れて来ました。現在はベカー高原の非公式テント居住地で暮らしていますが,テントでの生活は苦労の連続です。夏場はテントの中に熱気が籠もり,冬場は雪でテントが倒壊することもあります。雨の日には,雨水だけでなく下水溝から溢れた水がテントに浸水してくることもあります。モフセン一家がベカー高原のテント居住地に引っ越して来た時には,80人が1つのトイレを利用していました。トイレを使うのに1時間以上並ぶこともあり,特に片足の無いモフセンにとっては,足場の悪い中でトイレに行くことは簡単ではありません。
動画:モフセンの暮らすテント居住区と日本による水衛生分野の支援(UNICEF作成)
レバノンには,トルコやヨルダンのように政府公認のシリア難民キャンプが存在しません。レバノンの国土は約10,452平方キロメートル。岐阜県とほぼ同じ面積です。この小国で100万人を超えるシリア難民が避難生活を送っています。国連に登録されていない難民も含めると,その数は150万人とも言われています。レバノンの人口は約400万人で,現在国民1人に対する難民の割合が世界で最も高い国です。 国の受け入れ能力を大きく超えたシリア難民を抱えるレバノンでは,定住のための住宅をシリア難民に提供することが認められていません。レバノンでは18もの宗派が混在しており,微妙な宗派バランスを守るためにも,難民の永住化を避けたいという事情があり,1940年代に受け入れたパレスチナ難民の様にシリア難民が長期間国内に留まることを危惧する声も多いのです。また,治安上の理由によりシリア難民の流入を制限したいという意見もあります。レバノン国内で暮らすシリア難民のうち,およそ18万人がモフセンのようにテントで生活を送っていますが,避難生活が長期化する中,貯蓄も底をつき,借家からテントに移る難民の数も増加しています。
厳しい避難生活を送る難民にとって,数少ない希望は子どもたちの成長ですが,レバノンに住むシリア難民の学齢期の子どものうち約半数は学校に通うことが出来ていません。理由としては,学校の児童受入れ可能数が難民の数に追いついていないこと,学校に行くまでの交通手段がない(通学バスの費用を負担できない)こと,学校に入学しても言語の違いにより授業についていけないこと(シリアでは母語のアラビア語で授業を受けられたが,レバノンでは外国語の英語やフランス語での授業も多い),家計を支えるために働かざるを得ないことなど様々です。
日本を含め国際社会はこれまでに28億ドルを超える支援をレバノンに対して行ってきましたが,シリア危機が長期化する中,年々高まるニーズに支援が追いついていないのが現状です。レバノンに避難しているシリア難民の多くが母国への帰還を望んでおり,難民の安全な帰還を実現するためにも一刻も早い和平合意が望まれています。