ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン第433号
開発コンサルタントのODA現地レポート(インドネシア)
地熱専門家としてみた技術移転プロジェクトについて
西日本技術開発株式会社 地熱業務本部
海外営業部 部長代理、ジャカルタ事務所長 義山 弘男
西日本技術開発株式会社では再生可能エネルギーのうち「地熱」開発をターゲットとしており、私は特に九州内の地熱地域における地熱・地質専門家、ケニア国やインドネシア国におけるODA技術協力プロジェクトの地熱専門家として活動していました。今回は、私が2010年から4年間従事した「地熱開発技術力向上プロジェクト」と、2015年から5年間従事した「地熱開発における中長期的な促進制度設計支援プロジェクト」について紹介いたします。
地熱開発のリスクとリターン。開発コンサルタントの使命とは?
地熱資源は、貴重な国産エネルギーであるとともに、二酸化炭素(CO2)排出量も少なく、季節や昼夜を問わずに一定量を半永久的に利用できる再生可能エネルギーです。一方で、地下の地熱資源の把握には長期の開発期間と膨大な初期投資額の負担がかかるなど、リスクの高い開発プロジェクトとなります。さらに開発が地域の広範囲にわたるため、景観や周辺環境との調和を図る視点も欠かせません。
地熱発電開発でのエネルギー源は、そもそも火山の地下にあります。しかし、それは阿蘇や桜島のような現在活動しているような活発な活動域(マグマだまりは1,000度近い温度になる)ではなく、意外にも既に老齢化した火山(地下温度は150~350度近くまで低下している)の周囲に存在しています。地下水などがその火山の残存マグマなどで過熱されて循環している地熱貯留層(高温流体の流動系)として、数百メートルから数キロメートルの深さに存在しているのです。地表には温泉や噴気などの地熱現象として表れ、観光客が訪れる風光明媚な地点であることが多いため、そのような天然物を人間の開発で壊すことのないよう、その根源がどこにあるのかを調査します。さらには開発対象となる地熱の根源が地熱発電のエネルギーとして利用可能か、周囲の環境に影響を与えないか、あるいはどの程度の規模の発電所なら設置可能かなどを解析していきます。
このように、地下深くに広く大きく存在している可能性もある地熱貯留層を正しく解析し、それを地熱発電のエネルギーとして活用する手立てを探るのが、コンサルタント技術者の使命なのです。
インドネシアでは、2025年までの地熱発電量7,100メガワットを達成可能な努力目標と定め、国をあげて地熱開発に取り組んでいます。インドネシアの地熱発電のポテンシャルは高く、資金供出のために試掘ファンドが設立されたものの、大規模プロジェクトを推進するには担当者の経験や能力が不足しており、さらに民間業者の参入を前提とした中長期的な視点での政策立案能力向上についても支援が必要でした。そのため、日本のODAプロジェクトを通じてインドネシアの地熱政策関係者に技術移転を行うことになりました。
インドネシアの地熱政策に関わる関係者に技術移転
経済政策面と技術面での能力向上を支援する
今回のプロジェクトでは、インドネシア国内各地での地熱資源を現地で確認し、解析した結果を解説するなど、調査手法・技術についての技術支援に携わりました。対象者は、インドネシア政府の地熱分野の政策や技術などの実務に携わる幹部、官僚、技術職員、国営企業職員らです。現地ではOJTを中心とした活動も担い、この活動全体の企画、調整、実施、研修、評価、成果発表などほとんどの全ての領域に関与しました。
プロジェクトでは、インドネシア資源エネルギー省(ESDM)に以前から提供してきた開発目標(マスタープラン)の経済開発面でのレビューや新たな提言を行ったうえ、小規模な地熱発電に関しても機械・電気の専門家とともに現地調査のうえ提言しました。これらは非常に好評で、さまざまなセミナーや講演を要請されるほど、大いに関心を持ってもらいました。また、開発に対するリスク低減を目的として、政府内に設けられた「地熱ファンド」の活用見本として、地熱資源のボーリング探査計画のための関連ガイドラインの策定支援も行いました。
技術面では、民間事業者による地熱発電開発のために、地表調査結果を民間へ提供する役目を担うバンドン地質資源センターの能力向上を支援してきました。特に、深部(数キロメートル)調査ボーリングのターゲットを選定していくため、地下構造についての概念的なモデルを構築する技術とそれを把握するための能力向上を目指しました。
(写真左手奥に見える)のほとりで、地層・岩石を地質学的に分析し、
湧き出ている温泉水を採取して、化学分析を行っている様子。
この分析作業の標準化を日本の専門家が指導している
また、地熱発電の開発現場においては、実際にはその地域の住人と共生していく必要があり、住人の営みに恵みをもたらせるような配慮も必要となります。地元住民への理解・協力を求めるため、プロジェクト予定地の地方自治体の関係部署への表敬訪問も大切なプロジェクトの一部です。
本邦研修の企画・講師を務め
日本で培った繊細で奥深い技術を伝達する
このプロジェクトでは、地熱エネルギーに関する技術修得や知見拡大のために、インドネシアのプロジェクト関係者を日本に招いての座学・実地での研修を実施しました。日本での研修には上述の活動のカウンターパートにも関係者として一堂に会してもらいました。地熱開発に対する政府支援制度についての学習や、最新技術の修得、火山や地熱の野外調査、中・大型地熱発電機や、小規模発電機の設置された発電所等視察、さらにはそれらの工場や分析機器、研究所などの見学、政策関係者への表敬を兼ねての座学・質疑など、多岐にわたる活動を行いました。参加者全員が同じホテルに泊まり、寝食を共にして、学び、議論して、交流、歓談して強い絆を結ぶことができたと自負しています。
研修では、地表やボーリングで得られた岩石試料を用いて、実際に地熱が存在する可能性について推定するための、岩石試料の分析を行いました。分析により、火山起源かそうでないのか、また地熱資源である「地熱系」が火山から発達した様子や変遷がどのようなものであったかを知ることができます。火山が休止したあと、地下の岩石は熱によって化学・物理的に変質し、脱色されたような色になります。また、岩石には湯垢のような鉱物が沈積しています。そうした様子を観察することにより、数万年から数十万年といった長い時間の変化を知ることができるのです。
さらには、その岩石・鉱物を加熱しながら顕微鏡観察することで、加熱されていた当時の温度も知ることもできます。流体包有物という鉱物中に封じ込められた流体を観察して、その中の気泡が加熱によって消えている温度を測定するのです。このような細かな作業は日本人特有の分析技術でもあり、インドネシアに戻った技術者たちは同様に自前で機器を購入して、自分たちでこの分析を行い始めました。また、熱蛍光(サーモルミネッセンス)という現象を応用して岩石を加熱することで、その岩石の原子的な発光現象を計測し、岩石が経てきた熱源の時間や場所の変遷を知る技術についても新たに取り入れました。この技術については、計測機器一式をODA予算で供与し、計測技術も伝授しました。
プロジェクト実施中の中間評価、終了時評価に際しても、相手国やその技術系職員からは、プロジェクトのさらなる支援や延長を求められるほど、彼らの技術レベル向上に寄与したとの評価をいただきました。その過程では、技術力ばかりでなく、日本人技術者たちのチームワーク、協調性など、仕事の進め方などで組織へも刺激を与えたプロジェクトとなりました。
インドネシア国内では、縦割りで進まなかったコミュニケーションが広がり、部署横断的で一体性をもった政策立案、その実現へと向かえるように後押ししました。技術職員については、日本で培った技術の奥深さ、繊細さを習得させ、地熱開発に対する日本企業の実力と、その専門家の実直さや勤勉さを示すことができたことから、強い信頼を得られました。今後の日本企業進出が、ほかの先進国に比べて有利な立場になり得ると考えます。
「日本人の心の中には警察がいる」
ルールを守る日本の道徳観も伝わる技術移転
研修生の大部分が初めての日本訪問でしたが、研修生の多くがよい体験だったと語ったのが新幹線でした。日本の技術力の高さや運行時間の正確さが印象として残ったようです。定刻通りに始まって定刻通りに終わる会議や研修、綺麗な日本の国土空間、整然と譲り合う日本人の姿を見て、「日本人には一人一人の心の中に警察がいる。誰も見ていなくてもルールを守っているようで(とても道徳的で)、見習うべき点が多かった」という印象を受けたようです。このような研修を通じて、両国の理解が深まり、現在ではその時の研修生たちは昇格して部長・課長さんとなり、両国間での絆がより深まっています。
私自身も、これら研修、特に人的交流を通じて、改めて自国の良さや特異性を知る機会となり、自分自身の人間力の向上へと繋がるようにも思えます。そこは専門家として自信をもつ技術があってればこそだと理解しています。そしてそれを支えてくれるのは、本邦の重工産業界が世界レベルの優位性を担保してくれている発電技術、安心・安全なものづくり。それらを背景に、地熱資源開発へ向けた探査技術、そして包括的に支援していくエンジニア集団とそのチームワークの高さです。
今後も本邦技術が国際競争を経て名誉ある立場で、国際貢献に繋げていきたいものです。近隣国はもとより、遠方国での隣人に心通わせながらも、そしてお互いに協力していけるよう、微力ながらも世界平和の礎になればと祈るような気持ちで、現在はインドネシア国および周辺国におけるプロジェクト発掘に携わり始めております。
- 義山 弘男 略歴
- 鹿児島県徳之島に生まれ育ち、離島支援に関心を持つ。1984年より九州大学(福岡)で地質学を学ぶ。修士修了後、1991年に現コンサルタントに職のご縁あり。2000年に技術士(応用理学)、2005年に社会人博士(理学)課程学位取得。今年6月まで地熱部門で温泉や電力開発に関わる技術系の現業に、7月より現職に従事。