ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン 第480号
イラクの社会安定化に向けた日本の取組
UNHabitatとの連携による低価格住宅建設プロジェクト


在イラク日本国大使館
2003年のイラク戦争後、イラクは国造りを徐々に進めてきましたが、2014年以降にアラビア語で言うダーイシュ(イラクとシャームのイスラム国(ISIS))が台頭し、イラク人口全体の15%にあたる600万人以上の人々が故郷を追われ、家を失い避難民となり、地元のコミュニティも著しく破壊されるなど甚大な惨禍が発生しました。
特に、イラク北部の最大の都市であるニナワ県モースル市とその周辺は、ダーイシュの占領と破壊によって最も大きな被害を受けました。紀元前10世紀以降、アッシリア帝国の首都が置かれた時代から、この地域には民族や宗教の異なる多様な人々が共生してきた歴史を有しています。モースルは現在でもイラク北部における重要な都市です。近年、モースルの復興が徐々に進みつつある中で、同市を故郷とする避難民に加え、その他の避難民までもが集まりつつあり、彼らの自立が都市の再生に向けた重要な一歩となります。


イラクの人々は、その豊富な石油資源及び人口の半数以上を若者が占めるポテンシャルを活かし、国家再建から経済発展に向けた取組を進めています。一方、現在でも100万人を超える国内避難民(IDP)が存在しており、彼らの生活再建のためには、戦禍で失われた戸籍等の身分証明の作成、住居確保、トラウマへの心理的サポート、生計支援を含めた膨大な人道支援ニーズが引き続き存在しています。
イラク政府は人道支援ニーズに対応する取組を行っていますが、政治的な不安定さや治安上のリスクに加え、昨今の厳しい気候変動の悪影響も相俟って、緊急ニーズはより複雑化しており、イラク政府のみでは必ずしも十全に対処しきれない状況にあります。こうしたギャップを埋めるため、日本を含め国際社会は、避難民たちの尊厳を守るための支援を展開しています。
中東ではガザ地区を含めさまざまな場所で不安定な状況が続いていますが、イラクにおいては、ダーイシュから解放されて7年近くが経過した現在でも、戦争による傷跡、すなわち、女性や子どもを多く含む100万人以上もの国内避難民が取り残されていることを忘れてはならず、依然として支援を必要としています。中東に大半の原油を依存する日本にとって、この地域の平和と安定の要であるイラクへの支援を通じ、同国の社会の安定を揺るぎないものとすることは、我が国の国益とも直結しています。
モースル市Bab Sinjar地区における低価格住宅建設プロジェクト


2017年のダーイシュからの解放後、我が国は、イラク北部における緊急人道支援ニーズに対処すべく重点的な支援を提供しており、特に国内避難民の帰還・社会統合及び住宅を含む基礎インフラの提供に注力してきました。
中でも、我が国が国連人間居住計画(UN-Habitat)と連携して2018年から2022年にかけてモースル市Bab Sinjar地区で実施したプロジェクトでは、計324戸の低価格住宅を建設し、約2,300人の避難民に対して提供しました。入居者選定の際、家長が女性であること等の条件を国連との間で予め設定し、最も脆弱な家庭に安全と安心をもたらすことを実現しました。
2023年2月にUN-Habitatが開催したプロジェクト完工式は、イラク移民・国内避難民大臣やニナワ県知事等の要人が出席し、イラク全土から注目を集める行事となりました。完工式に出席した松本駐イラク大使は、低価格アパートに住む子どもたちとその御家族から盛大な歓迎を受け、日本の人々に対する深甚なる感謝が示されました。
モースル市Rajm Hadeed地区における低価格住宅建設プロジェクト(「ジャパン・ビレッジ」プロジェクト)


モースル市Bab Sinjar地区でのプロジェクトの成功をふまえ、膨大な緊急人道支援ニーズに緊急対応するため、我が国は再び国連人間居住計画(UN-Habitat)と改めて連携し、モースル市Rajm Hadeed地区におけるプロジェクトを2024年2月に開始しました。具体的には、48世帯分の住宅を建設し、国内避難民に提供するほか、仕事を失った人々に対し、建設やグリーンエコノミーに関する職業訓練の機会を提供する予定です。このプロジェクトは、日本の官民が連携する支援として「ジャパン・ビレッジ」プロジェクトと名付けられています。2024年6月、松本駐イラク大使は、UN-Habitatが開催した同プロジェクトのラウンドテーブル及び建設予定地での定礎式に出席しました。その際には、ニナワ県知事をはじめ多くの人々から日本への高い期待と深い謝意が示されました。同地区の基礎インフラについては、モースル市が今後4百万ドルをかけて整備する予定です。
「ジャパン・ビレッジ」プロジェクト成功に向けた日本企業・NGOの参画

「ジャパン・ビレッジ」プロジェクトのユニークな点は、日本政府の支援を受けてUNHabitatが実施するプロジェクトに、イラクに駐在する日本企業やNGOが各々の強みを持ち寄り、オールジャパンで貢献する点にあります。将来的な日本企業からの投資の呼び込みも念頭に、我が国としてプロジェクトの成功に向けた取組を進め、イラクの人々から日本に対する信頼が一層高まるよう努力する所存です。
- (日本企業・NGOが提供予定の支援)
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- トヨタイラク:多目的スポーツ場建設、太陽光を用いた街灯建設、図書館への書籍寄贈
- 住友商事:近赤外線を反射させることで冷却効果のある塗料技術(MIRACOOL)の提供、図書館への書籍寄贈
- TOTO:公共トイレへのウォシュレット設置、衛生・健康に関する啓発
- 日本ペイント:特殊塗料を用いた図書館のデザイン設計等
- ピース・ウインズ・ジャパン(PWJ):職業訓練及び気候変動に関する啓発
我が国としては、国造りから経済発展へと歩みを進めるイラクの良き伴走者として、国際社会と共に引き続き支援していきます。こうした日本によるプロジェクト支援を通じて、イラクの多くの若者が日本のさまざまな知見や経験を吸収すると共に、将来的な日本企業の進出を促進することで、中長期にわたる日イラク関係が一層緊密化し、厚い信頼関係が強化されることを期待してやみません。