ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン第476号
「協力」という決断に一つのピースとして寄与する、コミュニケーションの仕事とは

国連広報センター
広報官 佐藤 桃子
コミュニケーションの仕事について、時々、若い人々から「結果がすぐに見えない仕事だが、やりがいは何なのか?」という質問を受けます。その答えの神髄は、デニス・フランシス第78回国連総会議長が今年2月に訪日した際に何度も使ったフレーズにあります。
「協力とは決断するものだ(Cooperation is a decision)」。
持続可能な開発のために、人権を守るために、そして平和を実現するために。連帯し、手と手を取り合うためには、決断が伴います。協力という決断の判断材料は数多ある中で、コミュニケーションにできることは、その幾多のピースのうちのいくつかを提供することだけでしょう。しかし、それは欠かせないピースです。そう信じて、言葉と画と音のもつ魅力を引き出しながら協力に必要な情報を提供し、メッセージを紡ぎ、連帯の機運を高める。そんな国連広報センターの仕事を、最近の平和と安全の分野を例に紹介します。
平和と安全の脅威を前に、国連のコミュニケーションに求められること

アフガニスタン、ウクライナ、スーダン、そしてガザ。これら以外の国々でも続いている人々の苦しみは、同じ今日という日を生きている人間として憤りを感じざるを得ません。
こうした平和と安全に関する大きな事態の変化が起きたとき、様々な情報が錯綜します。日常を奪われた人々が投稿する画像や動画、現場に入るメディアのニュース、紛争当事者の発表。政府や自治体、市民社会などと連携して活動する国連は、事実とデータに基づき、まず何が起きているのか説明することが求められます。同時に、紛争当事者や国際社会に国連は何を求め、国連は何ができるのか、そして解決に向けた道筋を示すことが重要となります。
国連広報センターは、国連事務総長の報道官による日々の記者会見や国連本部のニュースサイト「UN News(英語)」に掲載される記事、国連人道問題調整事務所(OCHA)による人道危機に関する情報のポータルサイト「Relief web(英語)
」等を基に、国連として把握している情報や分析を収集します。もちろんそれらすべてを日本語で発信することが理想的なのですが、所長も含めて職員が10名にも満たない国連広報センターにとってそれは現実的ではありません。どの情報を、どれほどの長さで、どこで発表するのか、一日に何度も職員間で話し合います。
どの情報を、どこで、いつ届けるか?

最も早く情報を届けるなら、あらゆる国連機関や国連のリーダーたちがアカウントを持つSNS(国連事務局関連のアカウント一覧はこちら(英語))を活用します。被害の深刻度の説明や、暴力に対する非難や被害を受けた人々への連帯を示すメッセージ、国連機関による緊急支援の現場からの報告などの投稿を日本語訳するだけでなく、写真をつけ足したりショート動画に字幕を付け足したりして、視覚的にも伝えます。SNSでは人々の反応が瞬時にわかるため、どのような投稿だと人々に賛同してもらいやすいのか、つまり私たちの伝えたいことが伝わっているのかを確認しながら、日々試行錯誤しています。
数日経ってでも届けたい場合は、長めの記事や背景資料を翻訳し、ウェブサイトに掲載します。SNSでは全文載せられない、総会や安全保障理事会における事務総長のスピーチもあります。また、国際司法裁判所の役割や国連で採択されたジェノサイド条約の内容、平和と安全に対する国連のマンデートなどの基本的な仕組みを解説する文章や動画も翻訳します。すぐに翻訳できない文章や動画でも、数か月後や数年後にこの事案について振り返ったときにどういった問題だったのか・何を目指していたのかということの理解を深める際の参考となりそうなものは積極的に翻訳します。このような中長期的な視点は、半年に一度発行しているニュースレターにも不可欠です。過去半年の出来事のなかで国連として最も日本の人々に伝えたいメッセージや活動をまとめることで、日本の人々に世界各地で起きている平和と安全に対する脅威を忘れないでもらいたい。そのために、最低1か月半はかけてニュースレター
を制作しています。


パートナーと連携しながらより広く伝え、分かち合う

情報発信において、分かりやすく広く社会課題を人々に伝えるメディアとの連携は大きな要です。メディアは今も、紛争や政変などの国際問題を最も速く多くの人々に伝える役割を担っています。国連広報センターは、現場で奮闘する邦人職員を含めた現地にいる職員への取材の調整や、事務総長をはじめとしたリーダーたちの寄稿の掲載、国連広報センターの根本かおる所長のインタビューや寄稿を通して、世界で起きている危機が日本にどう関係するのか、遠く離れた地域で苦しい立場に置かれた人々のことを日本の人々がなぜ気に掛けるべきなのか紹介します。また、国連事務総長をはじめとした高官の訪日時にも、多くの取材の調整を行います。

メディア以外にも、政府や自治体、研究・教育機関、NGOなどの市民社会とも連携します。平和と安全以外にも、SDGsなどの持続可能な開発や人権をテーマにしたイベントに国連職員が登壇することで、対話と機運を作ることができます。学生向けの講義、ビジネスパーソン向けのシンポジウム、市民向けのウェビナーなど様々な場で、先述した写真や動画も用いながら平和と安全への脅威がなぜ問題なのか紹介しつつ、他登壇者からの発表や参加者との質疑応答を交えることで、参加者や他の登壇者と国連が共通して持つ価値観や目的が浮かび上がってきます。その過程で、生まれるのは国連と国連が奉仕する困難な状況に置かれた人々への共感です。
平和と安全をはじめとした国際問題の解決において、共感は非常に重要です。国際問題は、国内問題とは別次元にあるように聞こえるかもしれません。しかし、紛争がもたらす流通網の混乱や物価の高騰といった形で日本にいる私たちの生活にも影響を与えています。グローバルにビジネスを展開する企業の社員にとって、他国の平和と安全は同僚や取引先の人々の安全にかかわることです。また、日本には様々な国のルーツを持つ人々が多く住んでおり、そうした人々の友達や家族の安全にもかかわります。国際問題は、自分自身に直接影響がないように見えても、すでに同じ社会に住む人々の身近な誰かの問題なのです。そして、その問題の現実とは、人の苦しみが生まれていることです。その苦しみを和らげるために必要なのが連帯と協力です。日本の国際協力70周年の今年、国連広報センターの発信もこうした点を改めて強調していきたいと願っています。
冒頭のフランシス総会議長の言葉には、協力は自然発生的に生まれるものではないという認識があるように感じます。協力というものには、無意識的であっても、課題に対する理解、解決策を求める意思、そして行動するという決断が伴います。情報を通してその決断の1ピースとなれる、それがコミュニケーションの仕事の意義であり目標なのです。