ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン第474号
ザンビア大学との共同研究とともに
北海道大学大学院獣医学研究院 環境獣医科学分野毒性学教室
石塚 真由美
2024年、ザンビア共和国と日本の国交は60周年を迎えました。この記念すべき年に、私たちが行ってきたSATREPS事業の紹介をできることをとても光栄に思います。
- SATREPSとは?
- 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS:Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development):日本の優れた科学技術とODAとの連携により、環境・エネルギー、生物資源、防災および感染症といった地球規模課題の解決に向け、1 国際科学技術協力の強化、2 地球規模課題の解決につながる新たな知見や技術の獲得、これらを通じたイノベーションの創出、3 キャパシティ・ディベロップメントを目的とし、日本と開発途上国の研究機関が協力して国際共同研究を実施する取組。外務省とJICAが文部科学省、科学技術振興機構(JST)および日本医療研究開発機構(AMED)と連携し、日本側と途上国側の研究機関・研究者を支援している。
KAMPAIプロジェクトのきっかけ
![KAMPAIプロジェクトの集合写真:The Fourth Meeting of Coordinating Committee(JCC) of KAMPAI Project 14th August 2019 @ Intercontinental Lusaka](/mofaj/gaiko/oda/files/100627564.jpg)
北海道大学はザンビア大学獣医学部を起点として、約40年の交流を続けてきました。私がザンビア共和国を訪問したのは准教授時代、2007年7月のことです。北海道大学(以下、北大)獣医学部の教授陣の授業を受けたザンビア大学獣医学部の学生たちが教員となり、今後は北大の学生に1か月間の授業を提供していただく、まさに教育交流プログラムの引率教員としてでした。私はそれまでアフリカを一度も訪問したことがなく、右も左もわからないままの引率教員でしたが、引率教員として現地のザンビア大学教員と調整や交渉をしていく中、ふと、質問を受けました。私の専門が毒性学と知ったザンビア大学の教員から、「ザンビアで起こっている環境汚染を知っているか?」と尋ねられたのです。毒性学、中でも環境毒性学を専門としていた私ですが、「え、アフリカで環境汚染?」というのが無知な私の正直な当時の感想でした。このことがきっかけで、日本に戻り、調べているうちに、アフリカでの急激な経済発展が過度な負荷を環境にかけていること、しかしながらその汚染の実態、特に健康への影響が明らかになっていないことが次々にわかりました。この経験をきっかけに、環境汚染に関するザンビア大学との共同研究を開始しました。そして同国内のカブウェ市での「鉛」汚染に行きついたのです。しかし、研究を進める中、毒性学教室の学生から「調査して汚染の実態はわかるし、それがどのような健康影響を及ぼすのかもわかる。でも現地の人に、自分たちがどうしたらよいのか聞かれても何も答えられない。僕たちのしていることに意味はあるんでしょうか?」と言われてしまいました。毒性学の観点からリスク評価はできても、学生らは、解決に直接結びつかない研究に歯がゆさを感じていたのでしょう。獣医学分野には動物の健康と人の健康、環境の健全性を一つの健康としてとらえる「One Health」の考えがあります。毒性学分野だけではザンビアの課題解決には力不足、もっと様々な専門家の力が必要…この認識が「KAMPAI(KAbwe Mine Pollution Amelioration Initiative)プロジェクト」をSATREPSに申請したきっかけとなりました。KAMPAIプロジェクトでは、工学、農学、経済学、保健科学、医学、理学、情報学、等々、多様な研究者に参加いただきました。北海道大学を中心に日本側は学生を入れて約100人、ザンビア側はザンビア大学を中心に行政関係者を入れて約100人、計200人ほどのプロジェクトに発展しました。
今も続く鉛の毒性とは
![現地で調査をしている様子](/mofaj/gaiko/oda/files/100627565.jpg)
鉛は古くは古代ローマ時代から中毒が発生したことが報告されていますが、実際にはもっと以前より、鉛の毒は問題を引き起こしていたのでしょう。日本では江戸時代から白粉(おしろい)に鉛を使用していたため、白粉をつける女性や役者などの職業の方は鉛中毒になっていたと言われています。鉛は多様な毒性を持ちますが、特に血液毒性、腎毒性、そして神経毒性が主な問題となります。今でこそ、鉛の毒性が知られ、鉛を含むガソリンや生活用品も禁止され、いわゆる先進国では現在では高濃度の中毒の発生は殆ど起こらなくなりました。現在起こっている鉛中毒の96%は発展途上国で起こっていると報告されています。また、鉛はどこまで摂取量が低ければ安全なのか、その線引きができないと言われています。とくに小児の神経発達への悪影響は未だに明らかにされていないのです。WHOをはじめ、国際機関では鉛について、要注意の金属であると現在も警鐘を鳴らしています。
カブウェ市で私たちが調査したところ、子供たちの血液には極めて高濃度の鉛が含まれていることがわかりました。世界銀行が治療を開始したものの、環境の浄化も必要です。しかし、ザンビアでは、日本で行っている高額の環境修復を用いることは難しく、現地の資材を利用する新たな方法の開発が必要でした。このためにKAMPAIプロジェクトでは、工学系や経済学の研究者とともに、鉛汚染により将来的にかかる金額を算出し、データをザンビア政府や世界銀行に提供し、治療や環境修復のために役立てていただいています。また、鉛の調査をどのように実施するのか、そのノウハウを現地のクリニックにも教授しました。ザンビア大学には金属のための分析機器を導入してモニタリングラボを設立し、ザンビア大学の研究者自身が現地で金属の分析をできるように人材育成にも力を入れました。
ザンビア大学との共同研究とともに成長する研究室
![実験農場の風景](/mofaj/gaiko/oda/files/100627580.jpg)
![TICADの際の北海道大学・ザンビア大学KAMPAIプロジェクトの出展ブースの様子](/mofaj/gaiko/oda/files/100627581.jpg)
日本にとって、いわゆる途上国との共同研究のメリットは何ですか、とよく聞かれます。KAMPAIプロジェクトの実施は私たちの教室にとっても大きな転機となりました。特に異なる分野の研究者と共同研究を進める中で、私たち自身、研究を推進するにあたって研究分野の壁がなくなったことを実感しています。これは鉛以外の研究にも大きな影響をその後も与え続けています。また、それまで海外に行ったことのない学生が、自身も海外で研究をしてみたいと興味を持つようになりました。海外の研究者との共同研究は、日本の学生にとって大きなインパクトを与えているようです。SATREPSでは社会実装はもちろん、研究成果も求められます。KAMPAIプロジェクトでは、若手研究者がチームリーダーとなって研究を推進しています。課題解決のための研究の推進はもちろん、その研究成果を貪欲に発表し、気が付けば鉛研究に関してTOPレベルの成果を得ており、WHO研究者と鉛の総説に関して共同執筆も行うことになりました。そして私たちの研究室で受け入れた留学生が笑顔で帰国し、日本での経験を生かして母国で活躍し、帰国後も長期にわたり共同研究や教育にも常に協力的でいてくれることは、とても大きな財産です。
日本は世界有数の鉛消費国です。鉛だけではなく、多くの金属が国内で様々な用途に消費されています。しかし、生活や経済に不可欠なその資源がどこから輸入されているのか、採取されている現地でどのような状況になっているのか、普段、国内にいて考える機会はそうそうありません。しかし環境汚染は一度発生すると、その解決に長い年月がかかります。そして環境汚染が問題となっている国はザンビア共和国だけではありません。私たちは今後も、国内はもちろん、アフリカにおける環境汚染の課題にも取り組んでいきたいと思います。