ODA(政府開発援助)

2024年1月25日発行
令和6年1月25日

国際協力70周年

池田国務大臣と佐藤大蔵大臣の握手の様子 1958年、コロンボ・プラン会議に日本代表として出発する
当時の池田国務大臣(右)と佐藤大蔵大臣(左)。

外務省国際協力局 政策課

 2024年、日本が1954年にコロンボ・プラン(注)に加盟し、アジア諸国に対して技術協力を開始してから、70周年を迎えます。この70年間、戦後間もない時期から高度成長期を経て現在に至るまで、日本の政府開発援助(ODA)は、日本が国際社会の責任あるメンバーとして地域や世界の様々な課題への取組に貢献し、それを通じて、日本自身の平和と繁栄を築いていく上でも大きな役割を果たしてきました。本メルマガでは、日本のODAの歴史を振り返りながら、70周年の意義に触れていきたいと思います。
(注)1950年に提案されたアジア太平洋地域の国々の経済社会の発展を支援する協力機構。日本も加盟国として1955年から研修員受入れや専門家の派遣といった技術協力を行いました。

ODAの歴史

座長から林外務大臣への提言手交の様子 座長から外務大臣への提言手交

 先述のとおり、1954年に技術協力を開始した後、1958年には初めての円借款をインドに供与、1965年には青年海外協力隊が発足、1968年には無償資金協力(食糧援助)が開始されました。1974年にはODAの実施機関である国際協力事業団(現 国際協力機構)JICAが設立され、ODAの実施が本格的に動き出します。70年代後半からはアジア集中からグローバルに拡充、分野も多様化されていきます。1989年にはODAの総額で米国を抜き、トップドナーの地位につきました。

  • 日本のODA予算(一般会計当初予算の推移)のグラフ

 これに伴い、21世紀の新たな開発課題への対応も意識し、1992年にODAの政策と実施の指針となるODA大綱が策定されました。ODA大綱は、その後の改定を経て2015年に開発協力大綱に発展しました。さらに、昨今の紛争・分断、地球規模課題の深刻化といった複合的な危機を受け、国益も意識しつつ、昨年6月に同大綱が8年ぶりに改定されたのは記憶に新しいかと思います。

 また、90年代には、日本はアフリカ開発会議(TICAD)や初の太平洋・島サミットを開催し、これら地域の開発協力を主導してきました。2000年の九州・沖縄サミットでは、議長国として初めて感染症を取り上げ、その後のエイズ・結核・マラリア対策グローバル・ファンドの設立や日本の保健政策の中心となるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)へとつながります。

コラム
開通当時の東海道新幹線 東海道新幹線の開通当時の鳥飼基地に停車中の真新しい新幹線車両。高速長距離移動が可能に。 (c) THE WORLD BANK
水が放出されている黒部ダムの様子 地質調査を重ね日本初のアーチドーム。越流型設計と水力発電が可能な黒部ダム。 (c) THE WORLD BANK

 日本は終戦後の占領下にあった時期から米国の支援を受け、日本の人々にとっておなじみの東海道新幹線、東名・名神高速道路、「黒四ダム」などもこのような国際社会の支援によって整備されたものです。こうした支援が戦後の日本の高度成長の基盤を築きました。

日本のODAの特徴

 日本のODAの特徴となる柱として3つあげられます。

柱1 持続的な経済成長の後押し
 日本は、戦後の復興の経験を背景に、一貫して持続的な経済成長を重視し、インフラ整備をはじめ、産業人材育成、法制度整備などを通じた開発途上国の産業基盤、投資環境整備を行ってきました。こうした大規模なプロジェクト支援は、時に貧困削減や財政支援・プログラム支援を重視する欧州との考え方の違いもありましたが、結果的にアジアをはじめとする開発途上国の高成長を促し、それらの国々の貧困も削減されたという面は、高い評価を得ています。近年、「質の高いインフラ」を提唱し、G20など国際場裡において国際社会をリードしています。

柱2 自助努力の後押し
 日本は相手国に意見、自主性を重視し、対話・協働に努めてきました。様々な分野での人づくり、法制度整備など、開発途上国の自助努力・自立的発展の基礎を支援してきました。欧州諸国がパートナーシップを重視する一方、日本はいわゆるオーナーシップを尊重してきました。ただ支援をするだけでは、受入れ国の持続的な成長や発展が望めません。つまり、中長期的に支援者がその場にいなくても現地の人々自らが生活を自立し発展させていく、そのための人づくり支援です。インフラ整備と組み合わせた人材育成も、日本のODAの特徴の一つと言えます。なお、「円借款」も返済義務を課すことで開発途上国側の開発に対する主体性(オーナーシップ)を高め、自助努力を促す効果もあります。

柱3 人間の安全保障
 SDGsにおける「誰一人取り残さない」というキーワードは有名ですが、こうした開発途上国の開発の上でどうしても生じるのが社会的弱者です。こうした脆弱な立場にいる人たちに焦点を当てるのが、「人間の安全保障」の考え方です。「人間の安全保障」とは、貧困・飢餓にあえぐ人々、自然災害、戦争・紛争の被災者、女性、子ども、障害者、難民、そうした一人ひとりの保護と能力強化により、人々が恐怖と欠乏から免れ、幸福と尊厳を持って生存する権利を追求するというものです。日本は国連開発計画(UNDP)を始めとする国連開発機関とも連携し、人間の安全保障の考え方の理解促進を図るとともに、感染症や気候変動など進化する脅威への対応や、食糧、難民、災害といった緊急人道支援、国際緊急援助隊(JDR)の派遣、医療・教育等基礎的なサービス提供など、様々な分野でこうした社会的に脆弱な人々に支援を届けています。

開発協力の変化と今後の開発協力

 開発協力の世界や環境もここ20年余の間、ずいぶん変化してきました。まず新興ドナーの存在感が増してきていることです。特に、中国にあっては、「一帯一路」の推進やアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を通じた援助が顕著になり、中国が最大の債権国となっています。最近では、G7の世界のGDPに占める割合も減少の一途にあり、インド、インドネシアなど、いわゆる「グローバルサウス」の力が世界に大きな影響力を及ぼしています。また、アフリカの人口増加も急速に伸びています。ODAに取って代わり途上国に流れる資金も民間資金、特に海外直接投資が大きな役割を果たしてきています。重点課題も、伝統的な貧困・飢餓の撲滅や経済成長に加え、気候変動、感染症、災害といった地球規模課題へ関心が高まっています。日本国内においても、厳しい経済事情を背景に、ODAの意義、特に日本への裨益は何なのかといった課題が呈されてきています。
 国際協力70周年の本年においては、政府、JICAのみならずNGO、有識者といった開発関係者と共に、先述した日本の開発協力の流れをはじめ、現在と今後の開発協力の実態や展望、そして日本にとっての裨益や意義などについて、日本国民の皆様にご理解とご関心を持っていただき、様々な立場から参加・関与していただくための良い機会とするべく、それに相応しいイベントや企画を進めていきたいと思っています。

70周年を迎えるにあたって

グローバルフェスタJAPAN2023にてフォトセッションに応じる穂坂外務大臣政務官とモデルのすみれ氏、お笑いコンビのおいでやすこが グローバルフェスタJAPAN2023の様子
穂坂外務大臣政務官とモデルのすみれ氏、お笑い芸人のおいでやすこが

 70周年を迎える2024年には様々な周年事業を企画しております。最初のイベントとして、本年3月3日(日曜日)には、神戸国際会議場(兵庫県神戸市)にて、「国際協力70周年キックオフイベントin KOBE」を開催します。多彩な著名人やゲストを招き、学生の皆さんにもお楽しみいただける柔らかく楽しいイベント、各方面のプロフェッショナルとのパネルディスカッション等を行いますので、ぜひお近くの方は会場まで足を運んでいただき、遠方の方も是非オンライン視聴でお楽しみ頂けると嬉しいです。
 詳しくは「国際協力70周年特設サイト」が近日中に公開されますのでお楽しみに!

英語版の日章旗マーク 【日章旗マーク(英語)】
日本の支援を被援助国へ広く周知し「顔の見える援助」を強化するため
援助対象となった建造物や供与機材等へ表示するステッカー
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