ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン第461号
人と動物の健康を守る国際機関

国際獣疫事務局アジア太平洋地域代表事務所 地域代表 釘田博文
この3年間、世界中の人々が、新型コロナ感染症によるパンデミックにより、日常生活に大きな影響を受け、その生活スタイルや仕事の在り方にも大きな変化がもたらされてきました。このようなパンデミックの発生は、地球温暖化や森林開発などの環境問題とともに、国の枠組を超えた地球規模の課題であり、それらに対する取組においては、各国政府が参加する国際機関の果たす役割は極めて大きなものがあります。
国際獣疫事務局は、約100年前にヨーロッパ大陸で猛威を振るった牛疫という牛の致死的な病気について各国が協力して対処するために、欧州各国が中心となって1924年に設立された政府間国際機関です。本部はフランス・パリにあり、現在182か国が加盟しています。なお、従来設立時のフランス語名(Office International des Epizooties)の頭文字をとって、OIEと呼ばれてきましたが、2022年から、英語名World Organisation for Animal Healthの頭文字をとったWOAHを通称として使うことになりました。英語名からfor Animalを取ってみると分かりますが、WOAHはWHO(世界保健機関)の動物版ということができます。
WOAHの主な任務は、動物、とくに牛、豚、鶏といった家畜の感染症を防ぐことです。動物の感染症は、いったん発生すれば、各国の農業・畜産、食料供給、さらには経済に大きな打撃を与えます。また、感染症の多くは動物・畜産物の輸出入や人の移動を通じて、国境を越えて広がる恐れがあるため、各国が協力してその対策に当たることが重要です。WOAHは、世界全体における動物感染症の発生状況に関する情報収集・提供、感染症の侵入・拡大を防ぐための措置の提言、各国間で安全な輸出入を行うための科学的な基準の作成などを通じて、各加盟国を支援し、世界全体の動物の健康と福祉の向上に努めています。
ワンヘルス

このような動物の健康を守る取り組みは、実は人の生命と安全、健康を守ることとも密接にかかわっています。世界には、家畜生産によって生計を営んでいる人々が多くいますし、その生産物である牛乳、卵、食肉等は、食料の安定供給にとって重要な役割を担っています。さらに重要なことは、動物感染症の多くが、実は人と動物に共通の感染力を持っている、ということです。今回の、新型コロナも動物由来だと考えられていますし、アフリカで猛威を振るったエボラ出血熱、多くの国で発生が続いている狂犬病は、きわめて致死率の高い人と動物の共通感染症ですし、日本でも毎年冬になると渡り鳥によって持ち込まれて発生している鳥インフルエンザも、通常は家禽(家畜のうち鳥類に属するもの)の感染症ですが、人への感染力を持つ恐れがあります。また、近年は、抗菌剤の人・動物などへの不適切・過剰な使用がもたらす薬剤耐性菌(抗菌剤が効かない細菌)も、医療における重大な脅威として世界的な課題となっています。
このように、家畜のみならずペット動物や野生動物も含めた動物の健康を守る取り組みや、地球環境の保全の取り組みは、実は人の健康を守ることとも密接につながっていることがわかります。このような問題に対処するために、人・動物・環境の各分野の専門家が連携して健康の問題に取り組むワンヘルス(One Health)という考え方が広く認識されるようになってきています。

(2015年10月北海道大学にて)
国際機関間の連携 Quadripartite

人と動物の共通感染症への対策を強化し、今後も起こり得るパンデミックへの備えと対策を整えておくことは、各国政府にとっての重要課題の1つです。そして、これは、地球環境や野生動物の問題とも密接につながっています。したがって、このような問題への取り組みには、医師・医療専門家だけでなく、獣医師、野生動物や環境問題の専門家、さらには自然科学だけでなく政治や経済など人文科学の専門家などが協力して取り組むことが極めて重要なのです。
国際機関の中では、世界保健機関(WHO)、国連食糧農業機関(FAO)及び国際獣疫事務局(WOAH)が長年協力して、このような人・動物・環境が相互に関係する領域での健康に関する問題に取り組んできましたが、2022年には、これに国連環境計画(UNEP)が加わって、Quadripartite(クアッドリパタイト、4国際機関の連携)と呼ばれる協力枠組みが形成され、各国政府や多くの開発援助機関、国際NGOなどとも協力して一層強力な取り組みを進めています。
東京からアジア太平洋地域へ
WOAHアジア太平洋地域代表事務所は、日本政府の支援により1992年に東京に開設され、アジア太平洋地域の加盟国32か国(東アジア、大洋州の島嶼国、オセアニア、東南アジア、南アジア、イラン)を対象として、WOAH本部と地域をつなぐとともに、地域の加盟国に対する情報提供や技術支援を行っています。現在10数名の獣医師を中心とした職員(過半が外国籍、女性)が所属し、加盟国政府や、協力関係にある国際機関等と日々連絡を取り合いながら、地域のニーズに応えるサービス提供のために活動を行っています。各国で開催される加盟国政府職員、研究者等を対象とした研修やワークショップ等のほか、各国政府に対する政策評価や助言、動物衛生に関する技術支援や調査・研究、など、広範に及んでいます。また、日本政府の援助機関であるJICAとも、ワンヘルスや動物衛生分野での連携強化にも取り組んでいるほか、この分野における優秀な若手を育てるために、獣医学生を中心に、インターンシップも積極的に受け入れています。
人と動物の健康を守るための活動が、東京に拠点を置く国際機関によってアジアで展開されていることを多くの方にも知っていただければ幸いです。
