ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン第456号
バングラデシュの子どもたちに質の高い教育を
株式会社パデコ 教育開発部 プロジェクトコンサルタント 大橋 悠紀
バングラデシュの政府は、1990年に「万人のための教育」(Education for All)宣言に署名すると共に初等教育を義務化し、初等教育の完全普及を目指した結果、純就学率は1990年には60%だったのが2020年には97%と飛躍的に改善しました。しかし、教育の質の面ではまだ課題が多く、2017年に実施された全国学力調査では、初等教育修了年次である5年生において、カリキュラムで求められている学力に十分達したと判断される習熟(Proficient)レベル以上の児童は国語(ベンガル語)で43.8%、算数で32.9%に留まっています(2018年、バングラデシュ政府)。
バングラデシュ政府は初等教育改善のため、1998年より「初等教育開発プログラム」を実施し、開発ドナーと共に教育の量的・質的改善を目指してきました。日本も2004年の第2次初等教育開発プログラム(2004年~2011年)から支援を開始し、第3次(2004年~2018年)、第4次(2018年~2023年)と支援を続けています。現在は、第4次初等教育開発プログラムの枠組みの中で「小学校理数科教育強化プロジェクトフェーズ3」を実施しており、学校現場での教員の教授能力の向上と児童の学びの向上を目指し、カリキュラム・教科書の改訂、教員研修の実施能力強化を支援しています。
小学校理数科教育強化プロジェクトフェーズ3


同プロジェクトは2019年から実施しており、カリキュラム、教科書・教員用指導書の改訂、教員研修の実施能力強化を通して、理数科分野における子どもの学びの改善を目指しています。カリキュラム・教科書改訂のプロセスは、新しいカリキュラムと教科書が、バングラデシュの児童の現状や学習課題を踏まえたものになるよう、まずは現行カリキュラムと教科書、学力調査の結果等の分析から始まります。次にその結果に基づき、バングラデシュ政府と日本人専門家の協働で改訂作業が進められます。その過程では、現地人材の育成と能力開発の観点から、カリキュラム・教科書の改訂方法、手順、注意事項を取りまとめたマニュアルを作成し、複数回のワークショップを通じて現地に知見と技術を移転していきます。こうして改訂された新カリキュラムは2023年1月より全校で導入され、新教科書も同時期に1年生から順次導入予定です。
国のカリキュラム・教科書が改訂されたら、教員養成課程や現職教員研修でもその内容を反映させなければなりません。本プロジェクトでは、教員に新カリキュラム・教科書の教え方、改訂ポイントを理解してもらうため、現職教員研修用教材の作成支援も実施しています。
休校中でも学びを止めない TV放映用算数授業ビデオの開発

(St. Joseph Higher Secondary School 小学校3年生Aaron Robert Anthony君)

新型コロナウイルスの世界的流行により、2020年3月より世界中の学校が休校になりました。バングラデシュでも休校が1年半以上続き、完全に再開したのは2022年3月のことでした。休校中の子どもたちの学び方について、ダッカ近郊の小学校教員にインタビューを行ったところ、オンライン授業の配信や紙の課題の配布などを行っていたといいます。しかし、オンライン授業の場合、子どもが授業を視聴できるデバイスを持たないため、授業に参加できた児童はクラスの30%程度であった、という声もありました。
休校中、子どもの学びを止めないために、プロジェクトでは初等教育局と共に、TV放映用の算数授業ビデオを開発しました。このビデオは小学校1~5年生を対象とし、現役小学校教員による授業を映像に収めたものです。本プロジェクトでは授業案やスクリプトの作成、撮影・編集・最終化に至るまで、一連のプロセスに協力しました。出演した先生は普段から授業に慣れているとはいえ、カメラの前では緊張して言葉や身振りが自然に出てこず、何度も撮影をし直したこともありました。このビデオは国営テレビにより放映されているほか、初等教育局のYouTubeチャンネルにも掲載されています。視聴した児童からは、説明が分かりやすい、問題を考える時間が設けられていて良い、といった感想が寄せられています。
ビデオ授業の国営放送にあたっては、自宅にテレビがなく視聴できない、低学年(小学校1~2年生)ほど学習の支援者が必要、といった問題も浮上しました。現在は学校が再開されていますが、授業の復習に本ビデオ教材を活用できないか等、学校再開後も効果的な活用方法がないか模索しています。
新カリキュラム・教科書で質の高い学びを実現する

新カリキュラム・教科書の導入にあたって非常に重要なのが、カリキュラム普及研修です。実際に授業を行う教員が、改訂されたカリキュラムの意図や、カリキュラムに基づいて改訂された教科書の使用方法についてよく理解しなければ、現場で教えることはできません。日本の支援で開発された教科書が現場でしっかり活用され、子どもたちの学びの改善につながるよう、私はいまバングラデシュ政府と現場教員研修で使用する教材開発を実施しています。今後はその教材を導入した研修実施を支援していく予定です。
冒頭でお伝えしたとおり、もともとバングラデシュの初等教育の学習達成度はまだまだ十分でなく多くの課題を抱えていたところに、新型コロナウイルスの流行による予期せぬ休校により、子どもの学びは大きく影響を受けました。他にも、プロジェクトの実施にあたっては様々な影響を受けますが、子どもの学びを改善するという一番大切な目的を忘れず、今後も本プロジェクトの長年の支援の経験と技術を最大限活用しながら、カリキュラム・教科書・教員研修という学びの質の根幹にかかわる部分にバングラデシュ政府と共に取り組んでいきたいと思います。