ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン第445号
カンボジアの法制度整備支援に関する、3つの「なぜ」
早稲田大学法学部3年 桑原結花
私は、大学一年生の夏休みに一般財団法人日本アジア振興財団(JAPF)主催のスタディツアーに参加し、初めてカンボジアを訪れました。このスタディーツアーでは、カンボジアを多角的に捉えることを目的として、平和、医療、社会、産業、教育、文化とさまざまな分野の研修先を訪問しました。現地の方々と関わるうちに、自分がそれまで持っていた途上国に対するイメージが、日に日に変わっていったことをよく覚えています。
ある日、プノンペンの街に出ると、驚くほどの交通量の多さ。車道を横断するにも、道の端で止まって待っていては、誰も道を譲ってはくれず、一瞬の隙を狙って車道に一歩踏み出したら、走らず、止まらず、一定のペースで歩き続けなければなりません。
少し法律を学び始めていた身としては、無事に向こう岸へ着くまでの間、この国の交通ルールはどうなっているのか、もし車やバイクと接触したら事故の賠償はされるのだろうか、と不安と疑問が浮かびました。法制度整備支援とは、こんな光景の延長線上にあるものではないでしょうか。
なぜ法制度整備支援が必要なのか?
また、スタディーツアーのプログラムの一環で、アンコールワットのあるシェムリアップ郊外のゴミ山へ、現地の環境省の方の案内のもと訪問しました。
カンボジアには、ゴミ処理施設がなく、あらゆる種類のゴミはゴミ山へと運ばれ、堆積されていきます。見渡す限りゴミが積み上がり、マスクを二重にしても鼻をつく匂いから、環境に与える影響の大きさや、カンボジアのゴミ問題の深刻さを肌で感じました。
日本の学生からの「このゴミ山の巨大な穴にこれ以上ゴミを捨てられなくなったらどうするのか」という質問に対し、環境省の方が「そしたらほかのところにまた穴を掘ればいいんだ」と回答したのを今でも鮮明に覚えていて、制度作りや意識改革の難しさを痛感しました。
途上国の持続的な成長のためには、法の支配やグッド・ガバナンスに基づく一人ひとりの権利保障を前提とした、公正な経済社会活動が必要不可欠です。さらに、法制度整備支援による途上国の安定した社会基盤の強化は、日本企業の経済活動や、現地で暮らす日本人の安全、日本の外交政策にも直結します。
なぜカンボジアへの法制度整備支援が必要なのか?
カンボジアでは、ポルポト政権下にあらゆる近代的な社会制度が破壊されました。また、大量虐殺により多くの知識層の命も奪われ、国内に残された10人に満たない法律家だけでは、基本法の整備ができませんでした。そこで、日本は、カンボジアからの要請を受け、民法・民事訴訟法に関する法制度整備支援を開始しました(注1)。
民法は、オフィスの賃貸や土地の売買・登記をはじめとした様々な経済活動に関わります。つまり、カンボジアの経済活動を支えるための法整備は、より多くの日本企業がカンボジアへ進出するための支援にもなるのです。2007年のカンボジア民法成立以降、34社だった日本企業数が少しずつ増加し、2020年には188社にのぼりました(注2)。
なぜ日本は20年にわたる支援を続けているのか?
法制度整備支援には、法律の起草だけでなく、運用支援や人材育成、司法インフラ整備も含まれます。法律をつくっても、それを使いこなすための制度や人材が不足していれば、支援を社会に反映することができません。日本のODAでは、将来的に、途上国の法律家自らが起草から運用までの法制度整備を担うことができるよう、高等教育における法曹人材の育成と、実務家に対する体系的な理解促進と能力強化を支援してきました(注3)。
これからは、法律を適用し、その結果を公正に社会に反映するための環境づくりや、汚職問題の状況改善のための制度設計が必要になります。法テラスのように、より多くの人が法的支援を得られる制度整備を行うと同時に、裁判手続の透明化により、司法とそれに携わる法律家への信頼回復を図ることで、現在のカンボジア社会に適合した制度設計をさらに推し進めることが期待されます。