ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン第435号
日本の点字技術が途上国の視覚障害者の未来を変える
ベトナム盲人協会にICT教育センターを開設
株式会社日本テレソフト 代表取締役社長 金子 秀明
当社は、ソフト開発と点字関係機器の製造・販売を主に行っております。日本国内だけでなく海外での展開を視野に入れて、JICAの案件化調査で数年前スーダンの首都ハルツームの盲人協会を訪問した時のことです。この協会は小学校も兼ねており、生徒さんたちは複数の実習室や教室に分かれて、刺繍や木工品の製作実習をしたり、算数などの勉強をしていました。
ある生徒と父親が私の所へ来て、子どもの目を見てくれと言います。私は医者ではありませんが、全盲ではないようなので、持参した「電子拡大鏡」を試しに使ってもらいました。背景色や文字の倍率を電子的に変えられるものです。すると子どもが「見える!」と大声で叫びました。まわりも驚きます。彼にとってものが見える初めての経験だったのです。これまで適切な医療を受けることなく全盲として育てられたのでしょう。だから文字は理解できません。父親が子どもの名前を紙に書いて見せます。これが自分の名前なのかと、じっと見ています。絵や写真、そして父親、鏡の中の自分の顔、と初めて見て驚き、感激し、機械を手にとったまま放しません。改めて開発途上国での適切な医療・教育を受けられないという状況の厳しさを知り、一方、福祉機器が福利に貢献するということを実感した出来事でした。
障害者と健常者をつなぐ点字プリンターと点字ディスプレイ
当社が開発・製造した点字プリンターや点字ディスプレイ、周辺機器、ソフトはすべて視覚障害者の方をサポートするものです。点字プリンターは点字だけでなく墨字(インク字)を同時に印刷する機能があります。つまり、点字を知らない健常者(晴眼者)も印刷内容を理解できます。そのため盲学校での補助教材作成や点字通帳、薬の点字処方箋など多岐に使われるなど、障害者と健常者をつなぐ役目も果たします。さらに、印刷の音が静かなので教室でも使える特徴があります。この技術は、東京都ベンチャー技術大賞を受賞するなど、国内外で高い評価を受けています。
また、点字ディスプレイは浮き上がる点字を触読するものです。目の不自由な人はメモを取ることが困難でしたが、この点字ディスプレイを使えば授業でメモを取ることができ、SDカードに入れた点字データを外出先でも手軽に読めるなど、勉強をサポートし、読書を楽しむことができるようなります。
しかし、日本での点字プリンターなどの市場は成熟化しており、今後大きな発展は望めず、海外の市場への進出が欠かせません。そこで12年前に海外進出を決め、アメリカで毎年開催される視覚障害者機器展示会に行きました。出展が間に合わずに、会場のホテルに一室を借り、展示会に来た人や世界の代理店を部屋に招いて点字プリンターをピーアールするという、よちよち歩きからのスタートです。幸い高い関心を持ってもらい、まず、海外でも使えるソフトウエアをアメリカのソフト会社と共同で開発しました。これで世界の言語に対応した点字プリンターになりました。
次いで、展示会で知り合った欧州の代理店を、30キロある点字プリンターをスタッフとともに、まさに担いでイタリア、フランス、ドイツ、スペイン、イギリスと営業行脚です。列車の乗り換えなどひと苦労です。イタリアでは有名なゴンドラで運びました。そのように交流の輪を広げ、次第に認知され、少しずつ輸出がかないました。
ベトナムの障害者の要望をかなえ
ODAで「ICT教育センター」開設へとつなげる
ドイツの展示会で会ったホーチミンの盲人協会の会長を訪ね、ベトナムに営業に行きました。正確な統計はないものの、ベトナムは枯れ葉剤の影響などもあり、人口9,000万人に比較して約100万人の視覚障害者がいます。弱視の人を含めるとその数は300万人とも言われています。一方で、全国に65か所ある盲人組織のうち、15か所にしか点字プリンターがありません。印刷作業は手作業で行われているため必要な情報量の印刷に追いつかず、視覚障害者が生活に必要な情報が圧倒的に不足しています。
それまで「ODA」とは大きな橋や道路を作るものというくらいの知識で、私たち小さな会社には全く縁がないと思っていました。ところがベトナムでは、ライバルメーカーでもあるアメリカの会社の点字プリンターがすでに盲学校で稼働していたのです。しかも日本のODAによる協力として日章旗が貼ってありました。未整備の市場に他の国の製品が入ると、市場がニッチなだけに先に入った商品がスタンダードとなり、私たちの製品の販路がふさがります。これは私達の製品が知られていないことが主因です。ピーアール不足であり、もっと自信をもって世界に広めようと肝に銘じました。
そこでODAの仕組みを勉強し、またアドバイスをいただく人を得て、外務省が実施する「ODA草の根・人間の安全保障無償資金協力」(草の根無償)を知りました。小規模な金額の援助ですが、点字システムでは身の丈に合った良い内容です。早速にハノイ盲人協会の方に申請を勧めました。大使館の理解もあり、認可されて機材が入り、古いドイツ製の点字印刷機を補うように当社の点字プリンターがさまざまな内容の印刷を行い、障害者に配布されて喜ばれました。これを知ったホーチミンなど地方の盲人協会も「草の根無償」を活用し、こうした交流をきっかけに縁が深まり、JICAの普及・実証・ビジネス化事業へ発展したのです。
点字プリンターと点字ディスプレイは、特に教育分野で大きな力を発します。不足していた点字教科書が印刷できるうえ、点字とインクで印刷されることから、点字が読めない教員でも視覚障害者の子どもたちに勉強を教えることができるようになります。また、点字ディスプレイが勉強のサポートとなるため、それまで進学をあきらめていた子どもたちの教育の機会を増やし、希望を持てるようになったとの声も聞きました。
ベトナムを含め、途上国では従来のマッサージなどの就業訓練からパソコン技能の習得などに関心が移っています。この流れは、現地の強い要望であった、視覚障害者がパソコン技能を習得できる「ICT教育センター」開設へと繋がりました。このプロジェクトではベトナムの視覚障害者のために、パソコン教本、音声ガイドのソフト、ベトナム語用の点訳ソフトなどを新規で作りました。さらに日本からパソコン教育の専門家を招いて、ベトナム人の「パソコン先生」を養成することも含め、高度な体制を作りました。この結果、年間200名の視覚障害者をパソコン技能習得者として社会に送り出せる体制が整いました。
これはベトナム国内のテレビなどマスコミに大きく取り上げられ、日本のODAの優れた企画として評価を受けました。ベトナムで実現した視覚障害者のパソコン技能習得の教材を含めた教育システムは、今後他の国にも応用できると考えています。目の不自由な人がより高度な勉強を進め、就業の機会を増やし社会生活を豊かにするためには、パソコンの活用が欠かせず、ベトナムの「ICT教育センター」のような施設が途上国に必要であり、日本政府の協力を得ながら実現したいところです。
一方、南アフリカ、セルビア、モンゴルなどでも、草の根無償を活用して、当社の製品が各国の視覚障害者支援に役立っています。また、これを機に民間ベースで当社の機材を買ってもらうことも増えました。
現在は、アフリカ、中南米、そして身近な東南アジアとの交流を増やすべく活動を続けています。小さな会社がODAを通して相手国の福祉の充実に貢献でき、また、最先端の技術を伝えられるのはうれしいことです。2019年の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定されたのも、海外での活動が評価されたからでした。
世界の視覚障害者団体は、世界盲人連合(WBU=World Blind Union)という世界横断組織を作るなど、充実した活動を行っています。各国の団体との連携は日本のODAの存在をアピールする良い機会と感じます。海外への事業展開には、語学、文化など高い壁がありますが、今後も果敢に挑み続けたいと思っています。
- JICA普及・実証・ビジネス化事業(現在の「中小企業・SDGsビジネス支援事業」)
- 金子秀明さん略歴:
- 1950年熊本県天草生まれ。74年日本大学法学部卒。日本新聞協会入社。郵政、NTTなどの記者を経て84年FM中九州放送課長。86年日本テレソフト設立、代表取締役に就任現在に至る。多言語対応点字プリンターの商品化で東京都ベンチャー技術大賞、中小企業新技術賞、経済産業大臣表彰など受賞。