ODA(政府開発援助)
ODAメールマガジン第410号
ヨルダンに逃れたシリア難民女性の自立へ向けて
在ヨルダン大使館 経済・開発協力班 渡邉奈菜
シリア内戦が勃発してから8年,国外に逃れたシリアの人々は,未だ祖国に帰る見通しが立たないまま,避難先での生活を余儀なくされています。現在ヨルダンに暮らすシリア難民は約130万人。その約8割は,シリア国境に近いヨルダン北部の地域コミュニティで生活しています。難民の85%が貧困水準以下の生活環境にあり,生計手段を失った人々は,国際社会による支援に大きく依存しているのが現状です。難民世帯の4割は女性が世帯主ですが,ヨルダンやシリア社会には,未だ根強いジェンダー間の格差が存在し,特に難民女性が生計を立てる手段は非常に限られています。またジェンダーに基づく暴力の存在が,女性の経済的自立や家庭内での意思決定への参加を阻んでおり,難民女性が自立するのは非常に難しい環境にあります。
シリア難民女性の自立支援センター
「オアシス」の活動を日本も支援
2014年以降,日本は国連女性機関(UN WOMEN)が行うプログラム「Women’s Leadership, Empowerment, Access and Protection in Crisis Response(LEAP)」を通じて,エジプト・イラク・ヨルダンに流入したシリア難民女性の社会的地位の向上や保護活動を行っています。ヨルダンでは,国連女性機関がシリア難民キャンプやシリア難民を受け入れているヨルダンのコミュニティにおいて,「オアシス(OASIS)」と呼ばれる女性支援センターを複数運営しています。ここでは,将来の経済的自立を目指す難民の女性たちに,職業訓練やITスキルを身につける機会などを提供しており,小さい子どもを抱える母親らが安心して通うことができるよう,託児施設も併設されています。難民の女性たちも,トレーニング・アシスタントとしてスキルの指導を手伝っています。
また,「オアシス」のもう一つの重要な活動として,女性に対する暴力の予防や対処の役割があります。女性自らの意識を高めるワークショップを開催するとともに,少しでも被害者を増やさないようにするための予防活動として,男性を対象とした意識喚起活動も実施しています。暴力を防ぐには女性の権利に関する男性側の理解や意識の改善が重要なのです。また,不幸にもこうした暴力の被害を受けた女性たちに対しては,心のサポートとしてカウンセリング・サービスも提供しています。つまり「オアシス」は,難民の女性たちが将来的な自立を目指してスキルを学ぶ場所であるだけでなく,長引く難民生活の中で失いかけた自尊心や自信を取り戻すための場所でもあるのです。
2018年5月,安倍総理のヨルダン訪問に同行した総理夫人が,ヨルダン最大のシリア難民キャンプである「ザアタリ難民キャンプ」内の「オアシス」を訪問されました。難民の女性たちに寄り添い,彼らの声に直接耳を傾ける安倍夫人に対し,多くの女性たちが内戦やキャンプ内での苦しい暮らしとともに,オアシスで学んだスキルや人々との触れあいを通じて自分自身が見いだした目標などについて話をしていました。
また本年7月には,もう一つのシリア難民キャンプである「アズラック難民キャンプ」内の「オアシス」で実施されたスキル・トレーニングの修了式に柳駐ヨルダン大使が出席し,男性10名を含む修了生約50名一人一人に修了証書を授与しました。このとき,かつてシリアで教員として働き,このトレーニングを手伝ったシリア難民女性の一人は,再び教える機会を得た喜びについて語っていました。
将来のシリア女性の生活向上と社会参加をみすえて
人々の生活を大きく変えたシリア危機は,未だ終わりが見えない状況にあり,難民の女性たちの前には依然として高い壁が立ちはだかっています。人々が内戦前の生活を取り戻し,平和で安心して暮らせる社会が実現するには,まだまだ長い年月が必要と思われます。その中で一人でも多くの女性たちに日本国民の支援によるプログラムが役立ち,女性たちが自尊心を取り戻せること,そしていつの日かシリアに再び平和が訪れ,「オアシス」で学んだスキルが祖国に戻った女性たちの生活の改善や社会参加に貢献することを願いつつ,日本政府は女性のリーダーシップ育成や社会的地位の向上,難民女性を保護する活動を支援しています。
- 今回紹介したプロジェクト
- 「平成30年度補正予算(UN Women「女性のリーダーシップ,エンパワーメント,アクセス・保護支援」)」(平成28年度より継続中)
ウルグアイにおける女性へのDV被害をなくすための支援
在ウルグアイ大使館 二等書記官 野澤智明
ウルグアイは,面積が日本の約半分で人口約350万人,ブラジルとアルゼンチンという大国に挟まれた小さな国です。伝統的に畜産が盛んで,最大の輸出品は牛肉となっており,日本でも2019年2月にウルグアイ産牛肉の輸入が19年ぶりに解禁されました。
ウルグアイは農林畜産業を主要産業として,自由で開かれた経済政策を展開してきた結果安定した経済成長が続いていますが,女性の社会的地位の向上のための課題を抱えています。失業率は,男性6%に対し,女性14%と2倍以上の開きがあります。また,裁判所に持ち込まれるDVに関する相談件数が全国で年間2万件を超えるなど,女性に対するDVの問題があります。なかでも,首都モンテビデオに隣接するカネロネス県は人口約52万人で首都モンテビデオに次いで2番目に人口が多い県ですが,そのうちパンド市にある裁判所では,先のDVによる相談件数が年間1,077件と全国で1位となっており,カネロネス県庁およびパンド市も高い問題意識を持っています。
カネロネス県庁は,2011年からパンド市で「ジェンダー政策センター」を開設し,DV被害の女性の受け入れと,ジェンダーに関する普及啓発活動および女性を対象とした職業訓練を行う施設を運営していましたが,施設は老朽化しており,かつスペースも不足していました。このような背景のもと,カネロネス県庁よりジェンダー政策センターの増改築の支援要請が日本大使館にあり,平成25年度に草の根・人間の安全保障無償資金協力によりジェンダー政策センターの増改築に係る支援を行いました。
新しくなったセンターでは,毎週火曜日と木曜日に女性からの家庭内暴力に対する相談を受け付け,対応には社会開発省から派遣された,心理学者・弁護士・社会福祉士があたっています。支援前は,年間の相談件数は500件程度でしたが,支援後は年間約1,000件まで相談件数が増え,パンド市内だけでなく周辺地域からも相談者が訪れています。また,センターでは地域住民に対し,ジェンダーや家庭内暴力を根絶するための啓発活動,食生活における栄養指導,裁縫などの職業訓練もあわせて行い,女性の社会的地位の向上も目指して活動しています。この講習会は,主に社会開発省(その他カネロネス県庁やパンド市)が開催しており,対象となるのは女性を中心とした地域の方々ですが,子どもや男性が参加することもあります。
引渡し式から2年が経過し,フォローアップのためにセンターを訪問しました。センターの利用者や地域住民からは「日本大使館の支援のおかげで,生活の質の向上につながった」「ジェンダーについて考える機会を持つことができた」といった感謝の言葉が届けられ,嬉しく思いました。
11月25日は,「女性に対する暴力撤廃の国際デー」です。日本からほぼ地球の反対側に位置するウルグアイでも日本政府は,女性に対する暴力の撤廃とDV被害に悩む女性のために,草の根・人間の安全保障無償資金協力による支援を行っています。
(備考)写真は全て在ウルグアイ大使館撮影のものです
パキスタン初の女性専用「さくらバス」運行開始
女性を安全に運び,社会参加を後押し
在パキスタン大使館 経済・開発協力班 土居竹美
パキスタンで,通称「さくらバス」が一般道での運行を開始しました。日本を代表する花,さくらが全面に描かれたピンク色のバスは,パキスタンで初めて運用された女性専用交通の取組です。女性と12歳未満の子どもたちを安全に運ぶため,ハイバル・パフトゥンフワ州マルダンとアボタバード市内でスタートしました。
この女性専用交通整備計画は,女性の社会進出を後押しするため,パキスタンの求めに応じ,日本が国連機関と連携して始めたODAプロジェクト。日本政府は,日本の自動車メーカーの協力を得て,女性と12歳未満の子どもが市内を安全に移動できる手段として,14台の女性専用車「さくらバス」を同州に寄贈しました。
運行開始にあたり,現地では新たなバスルートが開拓され,数十か所の停留所も設置。さらにジェンダー問題担当者の研修やマスコミを通じた広報を行うなど,地域への周知徹底も図られました。
このさくらバスの利用を通じて,地域の女性の行動範囲が広がり,社会進出が進むことが期待されています。