ODA(政府開発援助)
ODA評価の歩み
1 ODA評価の導入
日本におけるODA 評価は、1975 年に当時の海外経済協力基金(OECF、後に国際協力銀行を経て国際協力機構)が個別プロジェクトの事後評価を実施したことに始まります。その背景には、1970年頃にOECD-DACにおいて開発援助の評価の必要性が議論され始めたことなどがありました。その後、1981 年に外務省が、翌年には国際協力事業団(現在の独立行政法人国際協力機構(JICA))が、それぞれの開発援助についての事後評価を開始しました。こうした当時のODA評価の主な目的は、個別プロジェクトを適正に管理して、日本のODA を一層効果的なものにすることでした。
評価が導入された当時の外務省のODA評価は、経済協力局内に設置された経済協力評価委員会により、評価計画及び評価方法の決定、調査の実施、内部関係者及び被援助国政府に対する評価結果のフィードバック、担当部局によるフォローアップという流れで行われていました。評価の実施主体別には(1)外務省派遣調査団(外務省及びJICAの職員)による評価を中心に、(2)在外公館を通じて実施する評価、(3)JICAによる評価、(4)外部団体に委託して実施する評価が行われていました。これらの調査では、主に地元住民への浸透度、先方の感謝の程度、目標達成度などに関する情報を収集していました。
2 ODA評価の充実
(1)目的の拡大と機能の強化
1980年代以降、日本のODAが拡大して国民の関心も高まると、ODA 評価はODA に関する政府の説明責任を果たす手段としても注目を集めるようになりました。そこで外務省では、ODAの管理改善に加えて、国民への説明責任を果たすことをODA評価の主な目的として位置付けるようになりました。
1990年代になると、評価目的の拡大に併せ、評価の機能が拡大していきました。従来は評価結果をODAの計画策定や実施に反映して活用するというフィードバック機能が重視されていましたが、次第に説明責任の観点から、ODAの効果を対外的に説明するという機能も併せ持つことが求められるようになりました。このため、外務省は評価結果の積極的な広報にも取り組み始め、1997年度から「経済協力評価報告書」(2011年度からODA評価年次報告書に改称)を外務省ホームページに掲載し、また、1999年度から個別のODA評価報告書も外務省ホームページにて公表しています。
(2)評価実施方法の拡充、PDCAサイクルにおける評価の位置づけ
ODA 評価の目的が拡大し、機能が強化されるようになると、事前から事後に至るまでの各段階で評価を実施する必要性が認識されるようになりました。これは、事後にODAの成果を検証するだけでなく、事前や中間段階においても評価を実施し、計画策定から実施、成果の発現に至るまで一貫して管理するほうが効果的であるとの考えに基づくものです。
2000年には、当時、経済協力局長の私的諮問機関として設置されていた「援助評価検討部会」が「ODA評価体制の改善」に関する報告書を外務大臣に提出し、「プロジェクトレベルの評価は、事前、中間、事後と各段階を通じて一貫した評価を行うシステムを確立する」ことを提案しました。この報告書の提言を受けて、援助評価検討部会の下に設けられたODA評価研究会が更に具体的な検討を行い、2001年の2月に報告書「我が国のODA評価体制の拡充に向けて」を提出し、実施機関による評価のみならず、外務省自身による評価を実施することや、評価結果をその後のODA政策の立案及び効率的・効果的な実施に反映させること(フィードバック)が明記されました。
また、2001 年6月には、「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(以下、政策評価法)が成立(施行は2002年4月)し、外務省では援助政策全般及び政策評価法で規定された個別プロジェクトを対象として、この法律に基づく内部評価を行うことになりました。
こうした流れを受け、 2003年8月に改定されたODA大綱では「評価の充実」が明記されました。この中で、事前から中間、事後の一貫した評価や、政策、プログラム、プロジェクトまでを対象とした評価の実施、ODAの成果を測定・分析し、客観的に判断するべく専門的知識を有する第三者による評価を充実させることが挙げられました。
さらに、2005 年に閣議決定された「骨太の方針2005」では、「ODAプロジェクトの成果について、費用対効果を含め第三者による客観的評価を行い、その結果を公表するとともに、ODA政策の企画・立案に反映させるサイクル(PDCAサイクル)を確立させる」ことが盛り込まれました。これを受けて、外務省は「チェック体制の拡充」を掲げ、PDCAサイクルにおける評価の位置づけを明確化し、評価結果をODA政策の策定及び実施にフィードバックする体制を強化し、評価結果から得られた提言や教訓については、対応を検討して、ODAの政策・実施へ反映させていくこととしました。
2015年2月に閣議決定された開発協力大綱では、「開発協力の効果を最大化するために、開発協力の政策立案、実施、評価のサイクルに一貫して取り組むという戦略性を確保することが重要である」として、政策や事業レベルでの評価を行い、評価結果を政策決定過程や事業実施に適切にフィードバックすることが明記されました。その後、2015年策定の開発協力大綱を改定し、2023年6月に閣議決定された新たな開発協力大綱(注)は、我が国として、開発協力の政策立案、実施、評価、改善(PDCA)のサイクルにおいて戦略的な一貫性を確保することにより、我が国の開発協力における戦略性の一層の強化を進めていくことを明記しています。
- (注)開発協力大綱
- 2015年策定の開発協力大綱を改定し、2023年6月に閣議決定された開発協力大綱は、「世界と日本にとってより望ましい国際環境を創出していくため、外交の最も重要なツールの一つである開発協力を一層戦略的、効果的かつ持続的に実施していく」こととし、(1)平和と繁栄への貢献、(2)新しい時代の「人間の安全保障」、(3)開発途上国との対話と協働を通じた社会的価値の共創、(4)包摂性、透明性及び公正性に基づく国際的なルール・指針の普及と実践の主導、を我が国の開発協力における基本方針として定めています。また、効果的・戦略的な開発協力のため、様々な主体との共創による開発効果の最大化、政策と実施の一貫性を含む戦略性の強化、きめ細やかな制度設計という3つの進化したアプローチを示しています。
評価に関しては、「評価、改善に際しては、協力の効果・効率性の最大限の向上に加え、我が国への寄与を含む国民への説明責任を果たす観点からも重要であることを踏まえ、変化する国際情勢に柔軟かつ適時に対応する必要性にも留意しつつ、政策や事業レベルで開発協力の成果・効果(アウトカム)を設定した上で、定量的なデータも用いて適切に評価を行う。また、評価結果を政策決定過程や事業実施に適切にフィードバックすることで事業の質の改善や政策目標達成につなげる。」として、我が国として、開発協力の政策立案、実施、評価、改善(PDCA)のサイクルにおいて戦略的な一貫性を確保することにより、戦略性の一層の強化を進めていくことを明記しています。
さらに、「開発協力の実施には、国民の理解と支持が不可欠である」との考えから、「開発協力の意義と成果、国際社会からの評価等について、分かりやすく丁寧に幅広い国民に説明する。同時に、国民に対して、開発協力の実施状況や評価等に関する情報を幅広く、迅速に十分な透明性をもって公開する。」ことが明記されています。
(3)外交の視点からの評価
日本国内の厳しい経済・財政事情の中、国民の貴重な税金を使用して実施するODAの供与が、日本の国益にとってどのような好ましい影響があるかという「外交の視点」からの評価は、外務省の実施するODAの第三者評価に2011年度に試行的に導入されました。更に、2015年2月に閣議決定された開発協力大綱で「外交の視点からの評価の実施にも努める」と明記されたことを受け、2015年度からは原則すべてのODA評価で実施されていますが、過去の評価報告書においては、開発の視点からの評価に比べて検証内容が必ずしも十分でないこともありました。
2017年4月の開発協力適正会議においても、2016年度のODA評価の結果報告を行った際に、外交の視点からの評価についてより踏み込んだ評価が必要ではないかとの指摘がありました。ODAが日本の国益にどのように貢献しているのかを国民により丁寧に説明する必要性が高まり、その拡充を行うことが急務との認識の下、2017年度ODA評価において拡充に向けた試行作業を実施し、外部有識者の意見も聴取しました。これらを踏まえ、2018年度以降は、「外交的な重要性」と「外交的な波及効果」の2つの基準と各基準の下で検証すべき具体的事項や検証のためのツールなどを例示し、外交の視点からの評価の更なる拡充を図っています。
(4)評価者の多様化と独立性の強化
評価が導入された当時のODA評価は、外務省や実施機関の関係者による内部評価が中心でしたが、2000年以降、ODA改革の動きが本格化すると、ODAの透明性や効率性を確保するため、第三者による評価が重視されるようになりました。2002年に提出された第2次ODA改革懇談会の報告書や外務省改革のための「変える会」報告書においても、評価の拡充に関する提言がなされ、特に第三者による評価、被援助国の視点を評価に取り入れた被援助国政府・機関等による評価、外務省が被援助国、他ドナー国、国際機関、NGOなど外部機関と合同で評価を実施する合同評価について言及されました。現在、外務省のODA評価では第三者による評価を中心とし、被援助国政府・機関の評価及び外務省による内部評価も実施しています。
第三者評価については、従来から外務省や実施機関の関係者によるものに加え、コンサルタントに委託して評価を実施してきましたが、2003年10月以降、より客観性を高める観点から、外部の学識経験者を中心に構成される「ODA評価有識者会議」に評価を依頼しました。評価の実施体制としては、ODA評価有識者会議の委員である評価主任及びアドバイザー(評価対象の地域・国や分野を専門とする有識者)を中心に評価チームを編成するもので、評価結果は有識者会議の報告書として国際協力局長に提出されました。2010年に「ODA評価有識者会議」が終了した後も、評価主任及びアドバイザー、コンサルタントから成る第三者評価チームによりODA評価が実施されています。
また、2010年6月に外務省は「開かれた国益の増進:ODAのあり方に関する検討」を行い、その結果、ODA評価については、ODA評価体制の強化のための評価部門の独立性強化と外部人材の登用、過去の成功例・失敗例から確実に教訓を学び取るための仕組みづくり、評価の「見える化」の推進による情報開示を行うこととなりました。このため、2011年からODA評価部門の責任者に外部の評価専門家を登用するとともに、それまでODA政策を担う国際協力局に属していたODA評価部門を分離して、大臣官房にODA評価室を設置するなど独立性の強化を図りました。また、日本の外交政策や開発協力の重点分野に応じた評価対象の選定や、評価結果のODA政策へのフィードバックを行っています。
3 評価基準の変遷
(1)OECD-DACの評価基準
OECD-DACは、1991年に「開発援助評価の基本原則」の中で5項目の評価基準(妥当性【Relevance】、有効性【Effectiveness】、効率性【Efficiency】、インパクト【Impact】 、持続性【Sustainability】)を発表しました。この評価基準は、ODA評価の国際基準として世界的に広く普及し使用されてきましたが、2019年12月にSDGsの理念を評価の視点により明確に反映させるために約30年ぶりに改訂されました。新評価基準では、これまでの評価5項目に整合性【Coherence】が追加されるとともに、ジェンダーや環境の視点等、SDGsの目標が評価の視点としてより一層明確に組み込まれることになりました。
(2)外務省の評価基準
外務省の政策レベルのODA評価では、上記DAC評価基準を踏まえ、開発の視点からの評価基準として「政策の妥当性」(Relevance of Policies/DAC評価基準「妥当性」に該当)、「結果の有効性」(Effectiveness of Results/DAC評価基準「有効性」「インパクト」「持続性」に該当)、「プロセスの適切性」(Appropriateness of Processes/DAC評価基準「効率性」に該当)の3つを用いてきました。
2019年のDAC評価基準改定を受けて、外務省の評価基準においても既存の定義や解釈を修正しました。具体的には、新たな基準である「整合性」の視点を反映させるため、「政策の妥当性」の中で開発政策に限らず広く人道支援政策などの関連施策との政策の一貫性を確認することや、「結果の有効性」の中でジェンダーや民族などの様々な裨益グループへの影響にも配慮すべきことを明記しました。
なお、2010年6月にODAの「見える化」を重視する「開かれた国益の増進:ODAのあり方に関する検討 最終とりまとめ」が発表されたことを受け、ODAに関する情報を分かりやすく提供するために、レーティングの導入を検討することとなりました。数年間の試行を経て、2015年度から「開発の視点からの評価」におけるレーティングを原則すべての評価に導入することとし、4段階の評語(「極めて高い」「高い」「ある程度高い」「高いとは言えない」)によるレーティングを採用しました。
その後、より分かりやすい評価を目指して2017年度から、「A、B、C、D」のアルファベットによる表記を評語に併記する形で導入し、同時に評語についても改定しました(「極めて高い A」、「高い B」、「一部課題がある C」、「低い D」)。
他方、政策レベルの評価でのレーティングは他ドナー(特に二国間ドナー)でもあまり導入例がなく、レーティングを使用する評価手法は確立されていません。レーティングのアルファベット表記については、導入時にも、分かりやすい反面、記号が独り歩きしがちであることに注意が必要との指摘が外部有識者からありました。実際に、アルファベットによるレーティング導入後、アルファベット表記のみが評価の結果として注目され、適切な評価結果の伝達に影響が生じたことから、2021年度以降はアルファベット表記を取りやめ、評語のみとしています。
(3)プロジェクトレベルの評価の評価基準
2008年に外務省の無償資金協力関連業務がJICAに移管されましたが、緊急無償資金協力や経済社会開発計画(旧ノンプロジェクト無償資金協力)等外交政策の遂行上の判断と密接に関連した実施が求められる無償資金協力については、引き続き外務省が実施しています。
JICAが実施する案件(有償、無償、技協)については、従来から10億円以上の案件について第三者による事後評価を、2億円以上10億円未満の案件についてはJICA内部で事後評価を実施しています。2016年度秋の行政事業レビューや財政制度等審議会等での指摘を受け、2017年度以降、外務省が実施する無償資金協力についても、10億円以上の案件については第三者による事後評価、2億円以上10億円未満の案件については外務省が内部で事後評価を実施しています。
第三者評価の実施に際しては、当初は政策レベルのODA評価の評価手法を準用していました。2020年度に評価手法の検討を行い、評価基準は「計画の妥当性」と「結果の有効性」の2つとし、「プロセスの適切性」の検証はそれらに含めることとしました。また、外交の視点については開発の視点に統合して検証することとしました。2021年度以降は、この新たな評価基準を用いて評価しています。
その他、外務省が実施するプロジェクトレベルの第三者評価としては、日本NGO連携無償資金協力事業の評価があり、2020年度、パイロット評価の実施とともに国際協力局民間援助連携室が策定した第三者評価ガイドラインに基づき、2021年度より同評価を実施しています。