第3節 日本の国際協力(開発協力と地球規模課題への取組)
1 開発協力
(1)開発協力大綱と日本のODA実績
日本が1954年に政府開発援助(ODA)1を開始してから65年以上が経過した。ODAを含む日本の開発協力政策は、長きにわたり国際社会の平和と安定及び繁栄、ひいては日本自身の国益の確保に大きく貢献してきた。
近年、開発途上国が直面する開発課題が多様化・複雑化し、開発におけるODA以外の資金・活動の役割が増大するなど、開発を取り巻く状況が変化していることを受け、2015年2月には、それまでのODA大綱に代わる「開発協力大綱」が閣議決定された。開発協力大綱では、日本が開発協力の長い歴史の中で培ってきた哲学を踏まえ、更にそれを発展させていくべきとの観点から、①非軍事的協力による平和と繁栄への貢献、②人間の安全保障の推進、③自助努力支援と日本の経験と知見を踏まえた対話・協働による自立的発展に向けた協力を基本方針としている。これらの基本方針の下、①「質の高い成長」とそれを通じた貧困撲滅、②普遍的価値の共有、平和で安全な社会の実現、③地球規模課題への取組を通じた持続可能で強靱(きょうじん)な国際社会の構築を重点課題として、開発協力を推進していくこととされている。
このような開発協力大綱の下で進められた日本のODA2実績(2019年実績)は、経済協力開発機構・開発援助委員会(OECD/DAC)が標準のODA計上方式として2018年の実績から導入した「贈与相当額計上方式」3によると、対前年比10.1%増の約155億8,766万米ドルとなった。これはDACメンバーの中では、米国、ドイツ、英国に次いで第4位である。この計上方式での対国民総所得(GNI)比は0.30%となり、DACメンバー中第13位となっている。また、支出総額4ベースでは、対前年比9.7%増の約189億1,977万米ドルとなり、同じく米国、ドイツ、英国に次ぐ第4位である。
(2)2020年の開発協力
開発協力大綱を根幹としつつ、戦略的かつ効果的な開発協力を推進するため、2020年、日本は、以下アからエを中心に取り組んできた。
ア 新型コロナウイルス感染症対策
第一に、2020年は新型コロナウイルス(以下「新型コロナ」という。)への対処が国際社会にとっての大きな課題となった。感染拡大は国境を越えたグローバルな危機であり、対策は、それぞれの国や地域の取組だけでは不十分であり、国際社会と連携して行うことが不可欠であった。そのような考えの下、日本は、医療体制が脆弱(ぜいじゃく)な開発途上国において、中長期的な観点から強靱な医療・保健システムを構築すべく、二国間援助や国際機関を通じた保健・医療関連機材の供与や保健・医療分野における能力強化のための技術協力などをかつてないスピードで実施してきている。さらに、開発途上国における経済活動の維持・活性化に貢献するため、2年間で最大5,000億円の緊急支援円借款を実施している。これらの支援は、これまで各国から高く評価され、菅総理大臣や茂木外務大臣の外国訪問の際にも各国の要人から感謝の意が直接表明された。
引き続き、現下の新型コロナ危機を克服するためのワクチン・治療薬・診断に関する支援と共に、将来の健康危機に備えて開発途上国の保健・医療システムを強化し、水・衛生分野も含めた幅広い分野で健康安全保障のための支援を行っていく。
イ 「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現
第二に、世界の活力の中核であるインド太平洋地域に「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を実現すべく、引き続き、ODAを戦略的に活用しながら具体的取組を進めている。
日本は従来、地域の連結性強化のための「質の高いインフラ」整備、法制度整備支援、債務持続可能性の確保のための公的債務・リスク管理研修の実施や債務管理・マクロ経済政策分野の能力強化、海上安全の確保のための海上法執行機関の能力強化(巡視船艇や沿岸監視レーダー機材の供与、人材育成など)などを実施しており、引き続きこれらを推進していく。
とりわけ、「質の高いインフラ」の整備は、「自由で開かれたインド太平洋」実現に向けた重要な基礎であるとともに、新型コロナの感染拡大からの復興に際しても特に必要となる。この点、2019年のG20大阪サミットで承認された「質の高いインフラ投資に関するG20原則」に含まれる、開放性、透明性、ライフサイクルコストを考慮した経済性、債務持続可能性などの諸要素を確保し、これらを国際スタンダードとして引き続き普及・実践していくことが重要である。2020年11月、日本は、OECDとの共催により「質の高いインフラ投資に関するシンポジウム」を開催し、OECDが同月に作成した「質の高いインフラ投資に関するグッド・プラクティス集」の有用性に触れながら、国際社会が新型コロナの感染拡大から「より良い復興」を果たすために日本が積極的な役割を果たしていくことを発信した。
ウ 地球規模課題への取組
第三に、日本は、人間の安全保障の考え方の下、新型コロナ対策を含め、持続可能な開発目標(SDGs)の達成を始めとした地球規模課題への取組を進めている。
引き続き、保健、食料、栄養、女性、教育、防災、水・衛生、気候変動・地球環境問題などの分野における開発協力を積極的に進めていく。その際、国際協力NGOとの連携も活用しつつ、顔の見える開発協力を推進する。また、人道と開発に加えて紛争の根本原因への対処を強化しようとする「人道と開発と平和の連携」の考え方に基づいて、難民支援を含む人道支援、平和構築・国造り支援を推進していく。
エ 日本経済を後押しする外交努力
第四に、開発途上国の発展を通じて日本経済の活性化を図り、共に成長していくための取組を推進している。2020年12月に決定された「インフラシステム海外展開戦略2025」や、7月に決定された「成長戦略フォローアップ」でも日本企業の海外展開を一層推進すべく、ODAを戦略的に活用していくことが求められている。
具体的には、日本の優れた技術を開発途上国の開発に活用するため、官民連携型の公共事業への無償資金協力などを通じ、日本企業の事業権・運営権の獲得を推進するとともに、貿易円滑化や債務持続性の確保といった、質の高いインフラ投資に資する技術協力を推進していく。また、中小企業を含む民間企業及び地方自治体の海外展開のため、開発途上国の課題解決に貢献し得る製品・機材などの認知度の向上や継続的な需要創出を図るとともに、地方を含む中堅・中小建設業界などの海外展開支援を推進していく。さらに、人材育成を通じて、ビジネス環境整備を推進し、企業の海外展開や投資促進に貢献していく。
(3)国際協力事業関係者の安全対策
こうした開発協力を進めていく中で、2020年は、新型コロナの感染拡大により、国際協力事業関係者も大きな影響を被ることとなった。3月中旬以降、国際協力機構(JICA)は、在外事務所の所長、次長などの基幹職員を除く関係者を一時帰国させたほか、多くの企業関係者も一時帰国した。その際、在外公館やJICA在外事務所が積極的な出国支援を行った。7月中旬以降、JICAでは条件の整った国からJICA関係者の渡航再開を順次進めている。
今後も、新型コロナの感染防止に係る国際協力事業関係者の安全対策を十分に講じるとともに、テロへの対策としてこれまで実施してきた「国際協力事業安全対策会議」最終報告(2016年8月)に基づく取組も行いながら、国際協力事業に係る安全対策を一層強化していく。
(4)主な地域への取組
ア 東・東南アジア
東・東南アジア地域は「自由で開かれたインド太平洋」実現の要であり、同地域の平和と安定及び繁栄は、同地域と密接な関係にある日本にとって重要である。日本はこれまで、開発協力を通じ、同地域の経済成長や人間の安全保障を促進することで、貧困削減を含む様々な開発課題の解決を後押しし、同地域の発展に貢献してきた。
2019年の二国間ODA総額に占めるアジア地域の割合は61.1%に上り、その多くが東アジア及び東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国向け支援である。日本は、ASEANが抱える課題の克服や統合の一層の推進に向けた努力を支援するとともに、域内連結性強化や産業基盤整備のための質の高いインフラ整備及び産業人材育成支援を重視している。
東・東南アジア地域は多くの日本企業が進出し、在留邦人の数も多いことから新型コロナ対策支援を集中的に行った。具体的には、10か国に対し、総額約230億円の保健・医療関連機材などの供与及び技術協力を通じた保健・医療システム強化のための支援を実施しているほか、経済的影響を踏まえ、5か国に対し総額約2950億円の財政支援円借款を供与した。また、11月の日・ASEAN首脳会議では、新型コロナを受けたASEAN支援の一環として日本が全面的に支援するASEAN感染症対策センターの設立が宣言された。
日本は、ASEANの中心性・一体性の強化に向けた取組を後押しする協力も進めている。11月の日・ASEAN首脳会議では、既に実施中の2兆円規模の質の高いインフラプロジェクトを中心とする「日・ASEAN連結性イニシアティブ」を立ち上げ、インフラ整備を通じて陸海空の回廊による連結性を強化し、3年間で1,000人の人材を育成していくことを発表した。また、2019年に署名された日・ASEAN技術協力協定に基づき、物流、港湾運営及び海洋プラスチックごみ対策に関する研修を行った。
さらに、自由で開かれた国際秩序を構築するため、日本のシーレーン上に位置するフィリピン・ベトナムなどに対し、巡視船や沿岸監視レーダーを始めとする機材供与、専門家派遣や研修による人材育成などを通じて海上法執行能力構築支援を積極的に実施している。そのほか、域内及び国内格差是正のための支援や、防災、環境・気候変動、エネルギー分野など、持続可能な社会の構築のための支援についても着実に実施している。11月の日・ASEAN首脳会議では「AOIP協力についての日・ASEAN首脳会議共同声明」が発出され、「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」が「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」と本質的な原則を共有していることが確認されたことも踏まえ、日本は、AOIPの重点分野である海洋協力、連結性、SDGs、経済に沿った日・ASEAN協力を今後強化していく考えである。
メコン地域では、日・メコン協力の指針である「東京戦略2018」に基づく協力が着実に進展した。7月の日・メコン外相会議では、茂木外務大臣から「草の根・メコンSDGsイニシアティブ」を発表し、メコン諸国の地域に根差した経済社会開発及びSDGsの実現を支援していくことを表明した。同イニシアティブの下、2020年度はメコン5か国を対象に10億円規模の草の根・人間の安全保障無償資金協力を実施した。11月の日・メコン首脳会議では、「五つの協力」の一つとして、新型コロナの影響で、メコン諸国の経済が打撃を受け、開発資金が不足する中、民間企業などが行う開発事業の実施を後押しするため、「メコンSDGs出融資パートナーシップ」を発表した。日本として、同パートナーシップの下、メコン地域における海外投融資案件の形成を推進していく。日本は、「東京戦略2018」の下、カンボジアのシハヌークビル港開発、ラオスのビエンチャン国際空港の機能改善などの支援を実施してきており、引き続き、メコン地域の連結性向上にも貢献していく。

第1号の車両が到着(10月、ベトナム)


イ 南西アジア
南西アジア地域は、東アジア地域と中東地域を結ぶ海上交通の要衝として戦略的に重要であるとともに、インドを始め今後の経済成長や膨大なインフラ需要が期待されるなど、大きな経済的潜在力を有している。一方、同地域は、インフラの未整備、貧困、自然災害などの課題を抱えており、日本は、日本企業の投資環境整備や人間の安全保障も念頭に、ODAを通じ、課題の克服に向けた様々な支援を行っている。新型コロナの世界的な流行は、社会的かつ経済的に脆弱性を抱え医療体制が未整備である南西アジア地域にも大きな影響を及ぼした。日本は南西アジア諸国の新型コロナ対策として、7か国に対し総額50億円の保健・医療関連機材などの供与を実施しているほか、技術協力を通じた保健・医療システム強化のための支援、国際機関を通じた支援を実施している。また、経済的影響を踏まえ、3か国に対し総額1,200億円の財政支援円借款を供与した。
南西アジアの中でも巨大な人口を抱えるインドは日本の円借款の最大の受取国である。日本はインドに対し、連結性の強化と産業競争力の強化に資する電力や運輸を始めとする経済社会インフラ整備の支援として、複数の都市における地下鉄建設やインド北東部における道路建設などの支援を実施した。これに加えて、持続的で包摂的な成長への支援として、植林などを通じた森林セクターの支援や、女性や子供などへの保健・医療サービス向上を図る保健セクターの支援などを実施した。バングラデシュでは、「ベンガル湾産業成長地帯(BIG-B)」構想の下、バングラデシュ国内及び地域の連結性向上やインフラ整備、投資環境の改善に寄与する支援を行った。また、同国内では、2017年8月以降、ミャンマー・ラカイン州北部から大規模な避難民が流入し、避難が長期化していることにより、避難民キャンプでの人道状況が悪化するとともに、周辺のホストコミュニティの生活環境にも深刻な影響が及んでいる。この状況を受け、日本は、国際機関及びNGOを通じて、水・衛生、保健・医療、食料安全保障、生計支援、教育や環境保全などの分野で支援を実施した。
スリランカでは、違法薬物対策のための機材の供与や、国連世界食糧計画(WFP)と連携して児童の栄養状況改善のための食糧援助を行った。

(6月7日、モルディブ・マレ 写真提供:モルディブ外務省)
ウ 太平洋島嶼国
太平洋島嶼(とうしょ)国は、日本にとって太平洋で結ばれた「隣人」であるばかりでなく、歴史的に深いつながりがある。また、これらの国は広大な排他的経済水域(経済的な権利が及ぶ水域(EEZ))を持ち、日本にとって海上輸送の要となる地域であるとともに、かつお・まぐろ遠洋漁業にとって必要不可欠な漁場を提供している。このため、太平洋島嶼国の安定と繁栄は、日本にとって非常に重要である。
太平洋島嶼国は、経済が小規模で、第一次産業に依存していること、領土が広い海域に点在していること、国際市場への参入が困難なこと、自然災害の被害を受けやすいことなど、小島嶼国特有の共通課題がある。このような事情を踏まえ、日本は太平洋島嶼国の良きパートナーとして、自立的・持続的な発展を後押しするための支援を実施している。
2018年5月に福島県いわき市で開催された第8回太平洋・島サミット(PALM8)では、①自由で開かれた持続可能な海洋、②強靱かつ持続可能な発展の基盤強化、③人的交流・往来の活性化を柱とし、これまでの実績を踏まえた、従来同様のしっかりとした開発協力の実施と、成長と繁栄の基盤である人材の育成・交流の一層の強化(3年間で5,000人)を謳(うた)った協力・支援方策を発表し、これまで同政策に基づく協力を着実に実施してきている。具体的には、港湾・空港などの基礎インフラ整備を始めとする二国間の協力や、違法・無報告・無規制漁業(IUU)、防災、海洋プラスチックごみ対策にも資する廃棄物管理、気候変動といった分野において複数の国を対象とした技術協力などを実施している。
こうした中、新型コロナの感染拡大により、人的・物的往来が制限され、太平洋島嶼国は経済的に大きな打撃を受けた。日本は太平洋島嶼国の感染症対策を支援するため、総額約40億円の保健・医療関連機材などの供与や技術協力を通じた保健・医療システム強化のための支援を実施しているほか、経済の回復を支援するため、パプアニューギニア、フィジー及びソロモン諸島に対して総額425億円の財政支援円借款を供与することを決定した。
10月には太平洋・島サミット中間閣僚会合が開催され、太平洋島嶼国より、PALM8で協力の柱とされた全ての分野において日本がコミットメントを着実に実施し、支援を推進してきていることに対する高い評価と深い謝意が表明された。


エ 中南米
中南米は、日本と長年にわたる友好関係を有し、約200万人以上の日系人が在住するなど、歴史的なつながりが深い。また、資源・食料の一大供給地域であると同時に、約5兆5,000億米ドルを超える域内総生産を有する有望な新興市場である。一方で、国内における所得格差の是正、自然災害への対応、各国のSDGs達成といった課題を抱える国が少なくないため、日本は、各国の抱える事情を勘案した上で、様々な協力を行っている。
日本は中南米諸国の新型コロナ対策として、18か国に対し総額79億円の保健・医療関連機材などの供与を実施している。また、17か国に対する、技術協力を通じた保健・医療システム強化のための支援のほか、国際機関を通じた支援を実施している。
また、11月のハリケーン被害に関し、コロンビア、ニカラグア、ホンジュラス、グアテマラに対して、緊急援助物資(テント、スリーピングパッド、毛布など)を供与した。このほか、各国のニーズに応じた支援を行っており、例えば、飢餓が深刻なハイチに対して食糧援助を行ったほか、サルガッサム海藻が海岸付近に堆積、腐敗することにより、水産業・観光業が大きな被害を受けているカリブの小島嶼開発途上国(SIDS)(アンティグア・バーブーダ、グレナダ)に対して海藻除去機材を供与した。
近年、中米各国では、米国を目指す移民の増加、またそれに伴う治安の悪化が懸念されており、移民発生の要因の一つである貧困の改善が喫緊の課題となっている。中米のグアテマラ及びホンジュラスに対しては、国際移住機関(IOM)及びWFPと連携し、経済的困窮を原因とした国内外への移住を抑制するとともに、母国に帰還した移民の再統合を図るための支援を実施した。また、昨今のベネズエラの経済・社会情勢の悪化により、大規模に避難民が発生していることに対しては、ペルーではIOMと連携し、避難民に対する食料支援、職業訓練及び避難民を受入れているペルー側の能力強化支援を行い、ベネズエラ国内では国連児童基金(UNICEF)と連携し、子供・妊産婦の定期予防接種を支援した。

オ 中央アジア・コーカサス
中央アジア・コーカサス地域は、ロシア、中国、南アジア、中東及び欧州に囲まれており、この地域の発展と安定は、日本を含むユーラシア地域全体の発展と安定にとっても重要である。日本は、中央アジア・コーカサス地域の「開かれ、安定し、自立した」発展を支え、アフガニスタンやイランなど近接地域を含む広域的な視点も踏まえつつ、この地域の長期的な安定と持続的発展のため、人権、民主主義、市場経済、法の支配といった基本的価値の共有を図りつつ、国造りを支援している。
日本は中央アジア・コーカサス諸国の新型コロナ対策として、6か国に対し総額25億円の保健・医療関連機材などの供与を実施している。また、3か国に対する技術協力を通じた保健・医療システム強化のための支援のほか、国際機関を通じた支援を実施している。8月に開催された「中央アジア+日本」対話・外相テレビ会合では、茂木外務大臣から、この地域における新型コロナ対策として、各国の取組を後押しするため、保健・医療機材の無償供与、国際機関を通じた技術支援、アビガン錠の無償提供、医療専門家間の意見交換などを積極的に進めていると述べた。

(9月10日、ウズベキスタン 写真提供:JICA)
カ 中東・北アフリカ
地政学的要衝を占める中東・北アフリカ地域の平和と安定の確保は、日本のエネルギー安全保障のみならず世界の安定においても重要である。こうした観点から日本は、同地域の平和と安定に向け、G7伊勢志摩サミット(2016年)の機会に表明した、約2万人の人材育成を含む中東安定化のための総額約60億米ドルの包括的支援を2018年末までに実施し、その後も引き続き中東・北アフリカに対する支援を行っている。
2020年には、中東・北アフリカ地域に対しても、日本はODAを活用した新型コロナ対策支援を実施した。具体的には、総額約134億円規模の国際機関経由での支援及び二国間支援による保健・医療関連機材などの供与を実施したほか、モロッコの保健・医療体制の強化などを図るための借款の供与を決定した。
内戦の続くシリアに関しては、6月に欧州連合(EU)と国連が共催した「シリア及び地域の将来の支援に関する第4回ブリュッセル会合」に中谷真一外務大臣政務官が参加し、日本は困難に直面する全てのシリアの人々に人道支援を提供するとの支援方針の下、シリア及び周辺国に対して2012年以降29億米ドル以上の支援を行ってきており、引き続きシリアにおける人道状況の改善に向けて役割を果たしていくと述べた。さらに、将来のシリア復興を担う人材を育成するため、2017年以降、シリア人留学生95人を日本に受け入れている。
パレスチナに関しては、日本は、パレスチナの経済・社会の自立化を目的とし、日本、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンの4者協力による「平和と繁栄の回廊」構想の下、「ジェリコ農産加工団地(JAIP)」の発展に取り組んでいる。鈴木馨祐(けいすけ)外務副大臣は、6月に行われた「パレスチナ支援調整委員会(AHLC)閣僚級会合」に出席し、これらの日本独自の取組を推進することで中東和平に適した環境醸成に貢献していくと述べた。
厳しい人道状況が継続するイエメンに対しては、日本は2015年以降、合計約3億米ドル以上の支援を実施してきた。6月の「イエメン人道危機に関するハイレベル・プレッジング会合」では、鈴木外務副大臣から引き続き支援を継続していくと表明した。また、国際機関と連携して、引き続き人道支援を実施しており、2020年はメンタルヘルスケア分野での協力を行った。
復興に取り組むアフガニスタンでは、9月に和平交渉が開始された。日本はこれまでも自立的な経済成長や貧困削減のための支援を実施してきており、11月に行われた「アフガニスタンに関するジュネーブ会合」では、茂木外務大臣から、和平交渉の開始を歓迎するとともに、アフガニスタン自身の改革努力を前提に、過去4年間と同水準となる年間1億8,000万米ドル規模の支援を今後4年間も維持するよう努めること、また和平プロセスに進展が見られる場合は追加的支援を検討する用意があることを表明した。
中長期的な中東安定化のためには人材育成が不可欠である。一例として、エジプトでは技術協力「エジプト日本科学技術大学(E-JUST)プロジェクトフェーズ3」を通じて、エジプト及び中東・アフリカ地域の産業及び科学技術人材の育成を支援しており、2020年からアフリカ人留学生受入れのための奨学金制度も拡充している。


キ アフリカ
アフリカは、2014年前後の資源価格急落による経済の低迷から徐々に回復し、豊富な天然資源と急増する人口を背景に、引き続き、その潜在性・将来性が国際社会の注目と期待を集めている。一方で、新型コロナの感染拡大は、保健・医療面を始めとした、アフリカが抱える脆弱性を浮き彫りにしている。このような中、日本は、アフリカ54か国中48か国において、二国間及び国際機関を通じた保健・医療関連機材などの供与を行い、そのうち38か国との間では、総額148億円分の保健・医療関連機材などの供与を実施している。ほかにも、技術協力を通じた保健・医療システム強化のための支援を実施した。また、日本は長年にわたり、アフリカ開発会議(TICAD)プロセスを通じて、アフリカの保健・医療体制を中長期的に支える取組を積極的に行ってきたが、これらの取組は新型コロナの感染が拡大するアフリカにおいて真価を発揮した。ガーナでは、日本が設立を支援し、検査技師の育成などに協力してきた野口記念医学研究所が、同国のPCR検査の最大約8割を担った。そのほか、ケニアの中央医学研究所(KEMRI)など、日本が支援してきた保健・医療関連の研究機関が、アフリカ各地で新型コロナの対策拠点として貢献している。なお、日本の保健・医療分野での支援は新型コロナ対策以外の場面でも実を結んでいる。例えば、8月にはナイジェリアで野生株ポリオの根絶宣言がなされたが、日本はポリオ撲滅のための対策強化として、ワクチンの調達から人材育成まで幅広い支援を実施してきており、ブハリ・ナイジェリア大統領からも謝意が示された。
新型コロナはアフリカの社会・経済にも広く影響を及ぼしている。日本は2019年8月に開催したTICAD7の三つの柱である経済、社会、平和と安定のそれぞれの取組を進め、アフリカの社会・経済面での諸課題への対応に貢献している。
経済分野では、ABEイニシアティブ3.0などを通じて、アフリカビジネスの推進に資する産業人材の育成を拡充している。アフリカの若者に日本の大学院などでの教育及び日本企業におけるインターンシップの機会を与えるABEイニシアティブは、TICAD Ⅴ(2013年)以降、これまでJICAを通じて約1,400人を受け入れている。また、連結性の強化に向け、3重点地域(東アフリカ・北部回廊、ナカラ回廊、西アフリカ成長の環)を中心とした質の高いインフラ投資の推進にも取り組んでいる。7月には、ガーナで「第二次テマ交差点改良計画(詳細設計)」に関する書簡の交換を行った。
社会分野では、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の拡大に向けた取組を一層推進している。8月にはケニアで、「UHC達成のための保健セクター政策借款フェーズ2」に関する書簡の交換を行った。また、質の高い教育の提供に向け、理数科教育の拡充や学習環境の改善に協力している。
平和と安定分野では、「アフリカの平和と安定に向けた新たなアプローチ(NAPSA)」の下で(135ページ 第2章第8節1参照)、治安関連の機材整備や人材育成などの支援を通じて、アフリカが主導する平和と安定に向けた取組を後押ししている。

現在、第二次世界大戦後最大規模となる約7,950万人の難民・国内避難民が世界で発生しており、紛争や自然災害などに起因する人道危機は複雑化・長期化しています。また、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の流行により、人道支援そのものがより一層困難を極めています。このような状況の中、日本は国際機関と共に、増加する人道支援ニーズに対して、効率的で持続可能な支援を行っています。
第二次世界大戦以来、最も多くの難民を生み出したシリア危機は10年目を迎えており、国外には560万人の難民、国内には660万人の避難民が今もなお故郷に帰る日を待ち続けています。この困難な状況に追い打ちをかける形での新型コロナ流行の中、UNHCRの500人のスタッフはシリア国内で日々、国内避難民、帰還民などを支援し続けています。
100万人のシリア難民を抱える隣国レバノンでは、度々のロックダウンと経済破綻により、シリア難民の多くは職を失い、生活もままならなくなりました。難民に対する風当たりも強くなり、どうしようもなくなった難民の一部が6月から7月にかけ、シリアとの国境の閉鎖を無視して、レバノンからシリアに入ろうと試みました。シリア側は、国内での感染拡大への懸念から入国許可を躊躇(ちゅうちょ)し、二国間の国境検問所間の「無人地帯(no man's land)」に数千もの人が集まった結果、身動きが取れない状況になってしまいました。
この状況を打開するため、UNHCRはレバノン、シリア両国側から「無人地帯」に入り難民の状況を確認し、シリア政府と調整を行って解決策を探りました。シリア国内でのPCR検査体制が十分整備されていない中、唯一の緊急対策として、多くの難民を14日間隔離できる検疫施設を新たに設営することが決定されました。UNHCRは、シリア保健省、シリア赤新月社、NGOと協力し、現存の緊急隔離施設に加え、新たに3,000人を受け入れる体制を整え、その結果、シリア政府も難民の入国を許可するに至りました。その後もUNHCRは、隔離後故郷に戻った難民と受け入れコミュニティを対象に包括的な支援を続けています。


検疫施設を紹介する筆者(高等弁務官の右隣)
(シリア 写真提供:UNHCR)

(シリア 写真提供:UNHCR)
ミャンマー西部のラカイン州には、国連機関やNGOによる食料、保健、水、教育などの人道支援を必要としている約23万人の国内避難民がいます。OCHAは、UNHCR、UNICEFなど40以上の人道支援機関を代表して、その支援が効果的に行われるよう、人道支援活動の総合調整、支援戦略の取りまとめや、ラカイン州政府との連携及び交渉などを担っています。
この23万人の国内避難民のうち、約13万人は所謂(いわゆる)「ロヒンギャ※」と呼ばれるイスラム教徒で、残りの約10万人は仏教徒のラカイン族です。2012年に、それまで共存していたイスラム教徒とラカイン族が宗教的・政治的な理由で衝突し、イスラム教徒の避難民は、それ以来キャンプ生活を強いられています。彼らは1982年の市民権法改定で、その多くが国籍を剥奪され、国内避難民になってからのこの8年間、状況は更に悪化しており、人道支援を受けながら生活を送っています。一方、ラカイン族側も、2018年末以降、彼らが支持しているアラカン軍と呼ばれる武装グループとミャンマー政府軍との間での紛争が頻繁に発生しており、それを逃れるためにラカイン族の多くがキャンプ生活を送っています。
このような状況の下、ラカイン州では新型コロナの感染が8月に深刻化しました。人と人との距離が全く取れないキャンプで新型コロナが蔓延(まんえん)することが懸念されています。人の動きを最小限に留(とど)めるため、多くの機関はキャンプに入って行う直接的な支援を控え、キャンプに住んでいるスタッフを通しての遠隔的な支援活動に転換しました。しかし、遠隔的な支援活動には限界があり、専門技術が必要な教育やインフラ補強の支援は滞っています。このような状況の中でも、如何(いか)にして効果的な人道支援を継続していくのか、私たちは日々様々な新しい挑戦に取り組んでいます。そして国連は、国内避難民が自分たちの土地に帰還し、自立した生活をしたいという希望を実現できるような政治的解決策を一刻も早く提案できるように、国際社会と協力してミャンマー政府への働きかけを続けています。


(写真提供:OCHA)

(写真提供:OCHA)
※国連は、すべての人の自己識別(self-identity)の権利を尊重し、「ロヒンギャ」と表記しています。
(5)適正かつ効果的なODA実施のための取組
ア 適正なODA実施のための取組
ODAの実施では、各段階で外部の意見を聴取し、その意見を踏まえた形で案件を形成することにより、透明性及び質の向上に努めている。ODA実施の事前調査の段階では、開発協力適正会議を公開の形で開催し、関係分野に知見を有する独立した委員と意見交換を行い事業の妥当性を確認している。さらに、案件の実施後には、JICAは2億円以上の全ての案件について、事業の透明性を高める観点から、事後評価の結果を「ODA見える化サイト」で公表しており(2021年1月末時点で2,618件掲載)、10億円以上の案件については第三者による事後評価を行っている。外務省はODAの管理改善と説明責任の確保を目的として、第三者による政策レベルの評価(国別評価、課題・スキーム別評価など)及び外務省が実施する無償資金協力案件の評価を実施し、評価結果から得られた教訓を次のODAの政策立案や事業実施にいかすように努め、その結果を外務省ホームページ上で公表している。
イ 効果的なODA実施のための取組
ODAは、相手国のニーズや案件の規模に応じて、無償資金協力、有償資金協力及び技術協力という三つの枠組みにより実施されているが、限られた予算を効率的に活用し、高い開発効果を実現するため、外務省は相手国の開発計画や開発上の課題を総合的に検討して、国ごとにODAの重点分野や方針を定めた開発協力方針を策定している。また、国別開発協力方針の別紙として事業展開計画を策定しており、個別のODA案件がどの重点分野につながっているかを一覧できるよう取りまとめている。これらの取組により、国ごとの開発協力の方針を明確にし、各枠組みの垣根を越えたより戦略的な案件の形成を実現している。
ウ ODAの国際的議論に関する取組
日本はODAに関する国際的な議論に積極的に貢献している。OECD/DACでは債務救済のODA計上ルールの変更、民間資金の動員を促進するための取組などのODAの現代化に向けた取組が進められている。日本としてもODAが現状に合った形となるよう、またドナーの努力が的確に反映されるよう取り組んでいる。
2019年から2020年にはDACメンバーが互いの開発協力政策や実施状況を審査し合う開発協力相互レビューの対日レビューが6年ぶりに実施され、より効果的な開発協力の在り方について議論された。開発協力大綱を踏まえた質の高い成長と人間の安全保障の推進、グローバルな課題への取組、人材育成を通じた人造り支援などが評価された一方、GNI比0.7%目標に向けたODA増額などについて提言がなされた。
エ ODAへの理解促進のための取組
開発協力の実施に当たっては国民の理解と支持が不可欠であり、このため効果的な情報の発信を通じて国民の理解促進に努めている。参加型イベントを通じた広報のほか、人気アニメ「秘密結社 鷹の爪」を起用したショートアニメ「鷹の爪団の 行け!ODAマン」やシミュレーションゲーム「あなたもODAマン!」を制作し、世界各地で行われている日本の開発協力を分かりやすく紹介するよう努めている。このショートアニメは外務省YouTubeアカウントで公開しているほか、東京メトロのトレインチャンネルで放映し、幅広い層の人々に届くことを目指している。また、教育機関などに外務省員を派遣し、出張講義を行うODA出前講座についても2020年度はオンラインにて積極的に行っており、開発協力への理解促進を図っている。
さらに、海外広報にも積極的に取り組み、現地の報道機関による日本の開発協力の現場視察を企画し、現地の報道でも日本の協力が取り上げられる機会を作るよう努めるとともに、英語や現地語による広報資料の作成も行っている。
1 ODA:Official Development Assistance 日本の国際協力については、『開発協力白書 日本の国際協力』参照
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/report.html

2 日本のODAの主な形態としては、二国間の資金贈与である無償資金協力、開発途上地域の開発のための貸付けである有償資金協力、技術協力、国際機関への拠出・出資などがあるが、このうち一番大きな額を占めるのが有償資金協力である。有償資金協力による貸付けは、通常、金利分と共に返済が行われている。
3 「贈与相当額計上方式」(Grant Equivalent System:GE方式)は、有償資金協力について、贈与に相当する額をODA実績に計上するもの。贈与相当額は、支出額、利率、償還期間などの供与条件を定式に当てはめて算出され、供与条件が緩やかであるほど額が大きくなる。従来のOECD/DACの標準であった純額方式(供与額を全額計上する一方、返済額はマイナス計上)に比べ、日本の有償資金協力がより正確に評価される計上方式といえる。
4 当該年において日本がODAとして拠出した金額の総額(過去の貸付に対して当該年に被援助国から日本に返済された額を差し引いていないもの)