2 朝鮮半島
(1)北朝鮮(拉致問題含む。)
日本は、2002年9月の日朝平壌(ピョンヤン)宣言に基づき、拉致、核・ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化を図ることを基本方針として、引き続き様々な取組を進めている。
2018年6月、シンガポールにおいて歴史的な米朝首脳会談が行われ、トランプ米国大統領と金正恩(キムジョンウン)国務委員長は朝鮮半島の完全な非核化に合意し、2019年2月にはハノイ(ベトナム)において、第2回米朝首脳会談が開催された。同首脳会談の結果を踏まえつつ、朝鮮半島の非核化に向けて、引き続き、国際社会が一体となって米朝プロセスを後押ししていくことが重要である。日本としては、北朝鮮問題の解決に向けて、引き続き、米国や韓国と協力し、中国やロシアを始めとする国際社会と緊密に連携していく。
拉致問題については、北朝鮮に対して2014年5月の日朝政府間協議における合意(ストックホルム合意6)の履行を求めつつ、引き続き、米国を始めとする関係国と緊密に連携し、一日も早い全ての拉致被害者の帰国を実現すべく、全力を尽くしていく。
ア 北朝鮮の核・ミサイル問題
北朝鮮は、累次の国連安保理決議に従って、全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法での廃棄を行っておらず、北朝鮮の核・ミサイル能力に本質的な変化は見られない。
金正恩国務委員長は2018年1月の「新年の辞」において、南北対話の必要性に言及する一方、核弾頭と弾道ミサイルを大量生産し、実戦配備に拍車をかけていくことを表明した。1月16日にバンクーバー(カナダ)で開催された北朝鮮に関する関係国外相会合では、各国から安保理決議の完全な履行や独自の措置を一層強化することが必要であるといった議論があった。また、同日に行われた日米韓外相会合では、安保理決議の完全な履行等を含め、国際社会の取組を日米韓3か国で主導していくことを確認したところである。その後、トランプ大統領が金正恩国務委員長と会談を行う意向を表明した後、4月17日及び18日に行われた日米首脳会談では、北朝鮮が完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で核兵器を始めとする全ての大量破壊兵器及び弾道ミサイルの計画を放棄する必要があることを確認した。
4月20日に開催された朝鮮労働党中央委員会第7期第3回全員会議において、北朝鮮は、核実験及び大陸間弾道ミサイル(ICBM)試験発射の中止、核実験場の廃棄等を発表し、同月27日の南北首脳会談で発出された「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言文」においては、南北として、完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した。5月24日、北朝鮮は、豊渓里(プンゲリ)の核実験場を爆破し、また、5月26日の南北首脳会談において、韓国側の発表によれば、金正恩国務委員長は、改めて朝鮮半島の完全な非核化の意志を明らかにした。
6月12日の史上初となる米朝首脳会談では、米朝首脳共同声明が発出され、金正恩国務委員長がトランプ大統領に対して、朝鮮半島の「完全な非核化」について、自ら署名した文書の形で直接約束した。これは、4月の日米首脳会談で安倍総理大臣からトランプ大統領に対して、米朝首脳同士の合意を署名文書で残すことを提起したことを踏まえたものであった。その上で、6月12日、米朝首脳会談後に実施された日米首脳電話会談では、歴史的な米朝会談の成果の上に、国際社会と一致協力して、北朝鮮の安保理決議の完全な履行を求めていくとの日米、日米韓の確固たる方針を改めて確認した。また、6月14日、ソウル(韓国)において行われた日米韓外相会合において、米朝首脳会談の結果を北朝鮮による具体的な行動につなげていくことが重要であるとの認識で一致した。さらに、7月7日及び8日、訪朝直後のポンペオ米国国務長官が訪日し、日米韓外相会合及び日米外相会談が行われた。同会合では安保理決議に基づき、全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な廃棄を目指すことを確認するとともに、安保理決議の完全な履行に向けた具体的な行動を北朝鮮から引き出すべく協力していくことで一致した。
9月19日の南北首脳会談において発出された「9月平壌共同宣言」において、北朝鮮は、まず、東倉里(トンチャンリ)のエンジン試験場・ミサイル発射台を、関係国の専門家らの立会いの下、恒久的に廃棄し、米国が相応の措置をとれば、寧辺(ヨンビョン)の核施設の恒久的な廃棄のような追加措置をとる用意があることを表明した。また、南北は、朝鮮半島の完全な非核化を推進していく過程で緊密に協力していくこととした。
10月7日、訪朝したポンペオ国務長官は金正恩国務委員長と会談し、米国は、金正恩国務委員長が豊渓里(プンゲリ)核実験場の不可逆的な廃棄を確認するため、査察官を招請した旨を発表した。こうした中、11月7日には、予定されていた米朝高官協議の中止が発表され、2018年中に更なる米朝高官協議は実施されなかった。
2019年1月18日、金英哲(キムヨンチョル)朝鮮労働党副委員長が訪米し、トランプ大統領を表敬した。その後、2月27日及び28日にハノイ(ベトナム)で第2回米朝首脳会談が開催されたものの、米朝間の合意には至らなかった。トランプ大統領は、同首脳会談について、金正恩国務委員長と建設的な時間を過ごしたとしつつ、北朝鮮側は米国が望んでいた非核化の大部分を行う用意があったが、そのために完全な制裁解除に応じることはできなかった旨述べた。
北朝鮮による全ての大量破壊兵器及びあらゆる射程の弾道ミサイルの完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な廃棄に向け、国際社会が一致結束して、安保理決議を完全に履行することが重要である。日本は、海上保安庁によるしょう戒活動及び自衛隊による警戒監視活動の一環として、安保理決議違反が疑われる船舶の情報収集を行っている。安保理決議で禁止されている北朝鮮船舶との「瀬取り」(洋上での物資の積替え)を実施していること等違反が強く疑われることが確認された場合には、国連安保理北朝鮮制裁委員会への通報、関係国への関心表明、対外公表等の措置を採ってきている。2018年は「瀬取り」の実施が強く疑われる10回の行為を外務省ホームページ等で公表した。また、「瀬取り」を含む違法な海上活動に対して、米国に加え、2018年4月下旬から約1か月及び9月中旬から約1か月半、在日米軍嘉手納(かでな)飛行場を拠点とし、カナダ、オーストラリア及びニュージーランドが航空機による警戒監視活動を行った。また、米国海軍の多数の艦艇、英国海軍フリゲート「サザーランド」及び同揚陸艦「アルビオン」、カナダ海軍フリゲート「カルガリー」並びにオーストラリア海軍フリゲート「メルボルン」といった海軍艦艇が、東シナ海を含む日本周辺海域において、警戒監視活動を行った。さらに、安保理決議の完全な履行及び実効性の確保のため日本、米国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、英国及びフランスの間での情報共有及び調整が、多国間の連携を一層深める取組の一環として行われていることは、意義あるものと考えている。
イ 拉致問題・日朝関係
(ア)拉致問題に関する基本姿勢
現在、日本政府が認定している日本人拉致事案は、12件17人であり、そのうち12人がいまだ帰国していない。北朝鮮は、12人のうち、8人は死亡し、4人は入境を確認できないと主張しているが、そのような主張について納得のいく説明がなされていない以上、日本としては、安否不明の拉致被害者は全て生存しているとの前提で、問題解決に向けて取り組んでいる。北朝鮮による拉致は、日本の主権や国民の生命と安全に関わる重大な問題であると同時に、基本的人権の侵害という国際社会全体の普遍的問題である。日本は、拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ないとの基本認識の下、その解決を最重要課題と位置付け、全ての拉致被害者の安全の確保と即時帰国、拉致に関する真相究明、拉致実行犯の引渡しを北朝鮮側に対し強く要求している。
(イ)日本の取組
北朝鮮による2016年1月の核実験及び2月の「人工衛星」と称する弾道ミサイル発射を受け、同月に日本が独自の対北朝鮮措置の実施を発表したことに対し、北朝鮮は全ての日本人に関する包括的調査を全面中止し、特別調査委員会を解体すると一方的に宣言した。日本は北朝鮮に対し厳重に抗議し、ストックホルム合意を破棄する考えはないこと、北朝鮮が同合意に基づき、一日も早く全ての拉致被害者を帰国させるべきことについて、強く要求した。
(ウ)日朝関係
2018年2月9日に平昌冬季オリンピック競技大会の開会式の際の文在寅(ムンジェイン)韓国大統領主催レセプション会場において、安倍総理大臣から金永南(キムヨンナム)北朝鮮最高人民会議常任委員長に対して、拉致問題、核・ミサイル問題を取り上げ、日本側の考えを伝えた。特に、全ての拉致被害者の帰国を含め、拉致問題の解決を強く申し入れた。また、8月、シンガポールにおけるASEAN関連外相会議の機会において、河野外務大臣は李容浩(リヨンホ)北朝鮮外相との間で短時間言葉を交わし、日朝関係に関する日本側の基本的な考えを改めて伝達した。さらに、9月、河野外務大臣は国連本部において、李容浩北朝鮮外相と会談を行った。
(エ)国際社会との連携
拉致問題の解決のためには、日本が主体的に北朝鮮側に対して強く働きかけることはもちろん、拉致問題解決の重要性について諸外国からの理解と支持を得ることが不可欠である。日本は、各国首脳・外相との会談、G7シャルルボワ・サミット(カナダ)、日中韓サミット、日米韓外相会合、ASEAN関連首脳会議、国連関係会合を含む国際会議等の外交上のあらゆる機会を捉え、拉致問題を提起している。
米国については、トランプ大統領が、安倍総理大臣からの要請を受け、2018年6月の米朝首脳会談において金正恩国務委員長に対して拉致問題を取り上げたほか、ポンペオ国務長官の訪朝などの機会に北朝鮮に対して拉致問題を提起している。また、2019年2月の第2回米朝首脳会談では、トランプ大統領から金正恩国務委員長に対して初日の最初に行った一対一の会談の場で拉致問題を提起し、拉致問題についての安倍総理大臣の考え方を明確に伝え、また、その後の少人数夕食会で、拉致問題を提起し、首脳間での真剣な議論が行われた。さらに、米国議会においては、北朝鮮に拉致された可能性のある米国人に関する決議案が2016年9月に下院本会議で可決・成立したほか、2018年11月には上院本会議でも決議案が可決・成立した。
韓国については、2018年4月の南北首脳会談を始めとする累次の機会において、北朝鮮に対して拉致問題を提起している。また、同年5月の日中韓サミットにおいては、拉致問題の早期解決に向け、安倍総理大臣から文在寅韓国大統領と李克強(りこくきょう)中国国務院総理に支持と協力を呼びかけ、両首脳の理解を得た結果、その成果文書に拉致問題が初めて言及された。さらに、同年9月の日露首脳会談においても、安倍総理大臣から拉致問題の解決に向けてロシアの協力を呼びかけ、プーチン大統領の理解を得たほか、同年10月の日中首脳会談においても、安倍総理大臣から拉致問題に関する日本の立場を改めて説明し、習近平(しゅうきんぺい)中国国家主席から理解と支持を得た。
日本は、今後とも、米国を始めとする関係国と緊密に連携、協力しつつ、拉致問題の早期解決に向けて全力を尽くしていく。
ウ 北朝鮮の対外関係等
(ア)米朝関係
2018年3月8日、訪米中の鄭義溶(チョンウィヨン)韓国国家安全保障室長は、3月5日から6日まで行われた韓国特別使節団による北朝鮮訪問の結果について説明するためトランプ大統領を表敬した後、ホワイトハウスにおいて記者団に対し、トランプ大統領が5月までに金正恩国務委員長に会うと述べたと発表した。その後、トランプ大統領を含め、米国政府関係者もその方針を確認する発信を行った。
5月9日、米朝首脳会談の準備を行うため、ポンペオ国務長官が訪朝した際、北朝鮮に拘束されていた米国人3名が解放された。5月10日、トランプ大統領は、米朝首脳会談が6月12日にシンガポールで開催されると発表した。
5月24日、トランプ大統領は、金正恩国務委員長宛ての書簡を公開し、米朝首脳会談を開催しない意向を明らかにしたが、6月1日、訪米した金英哲朝鮮労働党副委員長による表敬を受け、6月12日にシンガポールで米朝首脳会談を行うと改めて表明した。
6月12日、シンガポールにおいて史上初となる米朝首脳会談が開催され、会談後、トランプ大統領と金正恩国務委員長は米朝首脳共同声明に署名した。7月6日から7日まで、ポンペオ米国国務長官は平壌を訪問し、金英哲朝鮮労働党副委員長との間で会談を行った。7月15日の米朝将官級協議等を経て、朝鮮戦争休戦65周年記念日に当たる7月27日、米軍輸送機が朝鮮戦争で死亡した米兵の遺骨を北朝鮮の元山(ウォンサン)から韓国の烏山(オサン)に送還した。8月1日、遺骨はハワイへ移送され、ペンス米国副大統領の出席の下、返還を祝う式典が行われた。
10月7日、ポンペオ国務長官は、8月に就任したビーガン北朝鮮担当特別代表らと共に訪朝し、金正恩国務委員長との間で会談を行った。米国国務省は、第2回米朝首脳会談の日程や場所を議論し、また、金正恩国務委員長は豊渓里(プンゲリ)核実験場の不可逆的な廃棄を確認するため、査察官を招請したこと等を発表した。
米国は、北朝鮮の非核化が達成されるまでは、制裁を維持するとの方針に基づき、2018年1月、2月、8月、9月、10月、11月、12月に大量破壊兵器の拡散への関与や人権侵害への関与等を理由に、北朝鮮に対する米国独自の措置に基づき、個人や団体、船舶を制裁対象として新たに指定した。制裁対象は北朝鮮の団体・個人のほか、ロシア及び中国を含む第三国の団体・個人を含んだものとなっている。
(イ)南北関係
2017年5月に発足した韓国の文在寅政権は、同年7月に発表した「ベルリン構想7」等を通じ、北朝鮮に南北対話の再開を提案したものの、北朝鮮がこれに応じない状況が続いていた。しかし、金正恩国務委員長が2018年の「新年の辞」で南北対話の必要性に言及したことが契機となり、同年、南北関係は大幅に進展した。
2018年には、3回の南北首脳会談が開催された8。同年1回目の南北首脳会談は、4月27日、板門店の韓国側地域「平和の家」で開催され、南北首脳間の合意文書として「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言文」が採択された。2回目の首脳会談は、5月26日、板門店の北朝鮮側地域「統一閣」で開催された。同会談で金正恩国務委員長は米朝首脳会談実現への意志を示したとされている。3回目の首脳会談は、文在寅大統領が9月18日から20日まで北朝鮮を訪問した際に行われ、首脳間の合意文書として「9月平壌共同宣言」が採択された。
その上で、南北間では、上記合意文書等に従い、様々な分野の交流や協力が推進された。安全保障分野においては、9月の南北首脳会談の結果、「板門店宣言軍事分野履行合意書」が採択され、これまでのところ、軍事境界線一帯における各種軍事演習の中止、軍事境界線上における飛行禁止区域の設定、非武装地帯内の監視哨戒所の一部撤収といった措置が行われた。また、経済協力分野においては、鉄道・道路、山林、保健・医療、航空等の各分野で協議が行われ、例えば南北を結ぶ鉄道・道路の現地調査及び着工式、北朝鮮に対する松枯れ防止薬剤の提供等が実施された。
そのほか、南北当局者が常駐する南北共同連絡事務所が北朝鮮の開城地域に開設されたほか、約3年ぶりに離散家族再会事業が行われた。一方、金正恩国務委員長のソウル訪問のように、南北首脳が年内に実施することで一致したものの、実現に至らなかった合意事項もある。
こうした中、文在寅政権は、国連安保理決議に基づく制裁の枠内で南北協力を推進するとの立場を表明してきており、一部の案件については国連安保理北朝鮮制裁委員会に制裁の適用除外を申請し、承認を受けている9。
(ウ)中朝関係
2018年3月、金正恩国務委員長は、2011年12月の金正日(キムジョンイル)国防委員長の死去後、初の外遊先として中国を訪問し、習近平中国国家主席との間で会談が行われた。その後、金正恩国務委員長は5月及び6月にも訪中した。また、同年5月に訪朝した王毅(おうき)中国外交部長は、金正恩国務委員長を表敬し、9月9日の北朝鮮の記念日には栗戦書(りつせんしょ)中国全人代常務委員長が訪朝した。同年12月に訪中した李容浩北朝鮮外相は習近平国家主席を表敬した。さらに、2019年1月には、第2回米朝首脳会談に先立ち、金正恩国務委員長が訪中するなど、ハイレベルの往来が実施された。
こうした中、中国は、北朝鮮の対外貿易(南北交易を除く。)の約9割を占めるなど、中朝は経済面で密接な関係を維持している。
(エ)その他
2018年、北朝鮮からとみられる漂流・漂着木造船等が計225件確認された(2017年は104件)。従来から一定数確認されてきたが、近年はそれ以前よりも増加しており、日本政府として、北朝鮮の動向について重大な関心を持って情報収集・分析に努めている。引き続き、関係省庁の緊密な連携の下、適切に対応していく。
エ 内政・経済
(ア)内政
北朝鮮では、金正恩国務委員長を中心とする権力基盤の強化が進んでいる。2016年5月に開催された労働党の第7回党大会における党規約の改正により、党委員長の役職が新設されるとともに、金正恩党第一書記が党委員長に推戴(すいたい)され、金正恩国務委員長を中心とする新たな党体制が確立された。さらに、2016年6月には最高人民会議第13期第4回会議が開催され、国防委員会が国務委員会に改編され、金正恩国防委員会第一委員長が国務委員長に推戴された。2018年4月に行われた労働党中央委員会全員会議では、2013年3月の労働党中央委員会全員会議で提示された「並進路線」の勝利が宣言され、金正恩国務委員長が、経済建設に総力を集中することが党の戦略的路線である旨述べた。
(イ)経済
2016年5月には労働党第7回党大会において、「国家経済発展5か年戦略」(2016年から2020年)が発表された。金正恩国務委員長は、2018年1月の「新年の辞」で、「国家経済発展5か年戦略」の3年目を迎え、国際社会の制裁や封鎖による困難な生活の中で人民生活の改善・向上に取り組む姿勢を示した。
2017年の経済成長率は-3.5%(韓国銀行推計値)で、前年の3.9%のプラス成長から大幅に悪化した。農林水産業、鉄鋼業、工業生産等の生産減が成長にマイナスに寄与したとされる。北朝鮮の対外貿易においては、引き続き中国が最大の貿易額を占める。2017年の北朝鮮の対外貿易額(南北交易を除く。)全体は、55億米ドル(大韓貿易投資振興公社推計値)であり、そのうち対中貿易の占める割合は約9割である。
オ その他の問題
北朝鮮からの脱北者は、滞在国当局の取締りや北朝鮮への強制送還等を逃れるため潜伏生活を送っている。日本政府としては、こうした脱北者の保護や支援について、北朝鮮人権侵害対処法の趣旨を踏まえ、人道上の配慮、関係者の安全、脱北者の滞在国との関係等を総合的に勘案しつつ対応している。なお、日本国内に受け入れた脱北者については、関係省庁間の緊密な連携の下、定着支援のための施策を推進している。
(2)韓国
ア 日韓関係
(ア)二国間関係一般
2018年は、旧朝鮮半島出身労働者問題に関する韓国大法院判決、韓国政府による「和解・癒やし財団」の解散方針の発表、韓国国会議員による竹島上陸、韓国主催の国際観艦式において自衛艦旗の掲揚をめぐり日本の艦艇が不参加を余儀なくされた事案、韓国海軍艦艇から自衛隊機に対する火器管制レーダー照射事案10など、韓国側による否定的な動きが相次ぎ、日韓関係は非常に厳しい状況に直面した。その一方で、3回の日韓首脳会談、8回の日韓外相会談を行い、日韓間の困難な問題について日本の一貫した立場に基づき、韓国側に適切な対応を求めるとともに、北朝鮮問題について、日韓、日韓米で緊密に連携していくことを確認した。
(イ)旧朝鮮半島出身労働者問題(囲み記事「旧朝鮮半島出身労働者問題」36ページ参照)
旧朝鮮半島出身労働者問題を含め、日韓間の財産・請求権の問題は、1965年の日韓請求権・経済協力協定によって完全かつ最終的に解決済みである。同協定では、第1条において、日本から韓国に対し、無償3億米ドル及び有償2億米ドルの経済協力の供与を規定するとともに、第2条1において、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民(法人を含む。)の間の請求権に関する問題が、「完全かつ最終的に解決」されたことを確認した。また、同条3は、これら財産・請求権に関し「いかなる主張もすることができない」と規定している。
2018年10月30日及び11月29日、韓国大法院(最高裁)は、日本企業に対し、第二次世界大戦中に当該日本企業で労働させられていたとされる韓国人に対する損害賠償の支払を命じた。
これらの大法院判決は、日韓請求権・経済協力協定第2条に明らかに反し、日本企業に対し不当な不利益を負わせるものであるばかりか※、1965年の国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の法的基盤を根本から覆すものであって、極めて遺憾であり、断じて受け入れられない。
したがって、日本としては、韓国が直ちに国際法違反の状態を是正することを含め適切な措置を講ずることを強く求めてきているが、その後、韓国政府は具体的な措置をとっていない。また、原告側による日本企業の財産差押えの動きが進んでいることは極めて深刻である。
本件について日韓両国間に、日韓請求権・経済協力協定の解釈及び実施に関する紛争が存在することが明らかであることから、2019年1月9日、日本政府は、韓国政府に対し、同協定第3条1に基づく協議を要請した。日本としては、韓国政府が当然、誠意を持って協議に応じるものと考えている。
日本政府としては、日本企業の正当な経済活動の保護の観点から、関連企業との間で、日本政府の一貫した立場や関連訴訟をめぐる韓国内の状況等について説明及び意見交換を行い、緊密に連絡を取ってきており、引き続き、国際裁判や対抗措置も含めあらゆる選択肢を視野に入れ、日本政府としての一貫した立場に基づき、適切に対応していく考えである。
※2018年10月30日、経済四団体(日本経済団体連合会、日本商工会議所、経済同友会、日韓経済協会)は大法院判決について「深く憂慮」している旨の声明を発表した。
・大韓民国大法院による日本企業に対する判決確定について(外務大臣談話)(2018年10月30日)
・旧朝鮮半島出身労働者問題に係る日韓請求権協定に基づく協議の要請(2019年1月9日)
(ウ)慰安婦問題(囲み記事「慰安婦問題」28ページ参照)
(エ)竹島問題
日韓間には竹島の領有権をめぐる問題があるが、竹島は歴史的事実に照らしても国際法上も明らかに日本固有の領土である。韓国による竹島の占拠は不法占拠であり、国際法上何ら根拠がないまま行われていることは、これまで累次表明してきている。日本は、竹島問題に関し、様々な媒体で日本の立場を対外的に周知するとともに11、韓国国会議員等の竹島上陸、韓国による竹島やその周辺での軍事訓練や海洋調査等については、韓国に対し、その都度強く抗議を行ってきている12。特に2018年は、3回にわたって韓国国会議員が竹島に上陸したほか、竹島やその周辺での軍事訓練や海洋調査も行われ、これらにつき、日本政府として、日本の立場にかんがみ受け入れられないとして強く抗議を行った。
竹島問題の平和的手段による解決を図るため、1954年、1962年及び2012年に韓国政府に対し国際司法裁判所への付託等を提案してきているが、韓国政府はこの提案を全て拒否している。日本は、竹島問題に関し、国際法にのっとり、平和的に解決するため、今後も適切な外交努力を行っていく方針である。
(オ)交流
両国の間には様々な課題がある一方、国民間の交流は堅調であり、日韓間の往来者数は、2018年に訪日韓国人が約754万人、訪韓日本人が約295万人と共に前年から増加し、往来者総数は初めて1,000万人を上回る約1,049万人を記録する等活発に行われている。
日本では「K-POP」や韓国ドラマなどが世代を問わず幅広く受け入れられ、また、韓国では日本食が浸透し、日本の漫画・アニメや小説が人気を集めている。
また、政府としても、日韓間の最大の文化交流行事として両国に定着している「日韓交流おまつり」や「対日理解促進交流プログラム」(JENESYS2018)の実施を通じ、相互理解の促進、未来に向けた友好・協力関係の構築に努めている。
加えて、2018年は、1998年の小渕総理大臣と金大中(キムデジュン)大統領による「日韓パートナーシップ宣言」発出から20周年に当たることから、7月に河野外務大臣の主宰により「日韓文化・人的交流推進に向けた有識者会合」を設置、3回の会合を経て、10月3日に有識者から河野外務大臣に提言が提出された。また、同29日には、同会合の有識者が訪韓し、韓国外交部に設置された「韓日文化・人的交流活性化タスクフォース」の委員との間で日韓双方の提言について意見交換を行った。また、「日韓パートナーシップ宣言」20周年に関連し、10月9日に安倍総理大臣出席の下、記念シンポジウムを、河野外務大臣主催の下、記念レセプションを実施した。
(カ)その他の問題
日本海は、国際的に確立した唯一の呼称であり、国連や米国を始めとする主要国政府も日本海の呼称を正式に使用している。韓国等が日本海の呼称に異議を唱え始めたのは1992年からである。また、それ以降、韓国等は国連地名標準化会議、国際水路機関(IHO)等の国際機関の場においても日本海の呼称に異議を唱えているが、この主張に根拠はなく、日本はその都度断固反論を行っている。
また、盗難被害に遭い、現在も韓国にある文化財13については、早期に日本に返還されるよう、外交ルートを通じて韓国政府に対して要請を行っており、引き続き、速やかな返還を韓国政府に求めていく。
2019年2月、文喜相(ムンヒサン)韓国国会議長が甚だしく不適切な発言を行い、日本から韓国側に対し、極めて遺憾であると厳しく申し入れ、強く抗議するとともに謝罪と撤回を求めた。
そのほか、在サハリン「韓国人」への対応14、在韓被爆者問題への対応15、在韓ハンセン病療養所入所者への対応16等多岐にわたる分野で、人道的観点から、日本は可能な限りの支援、施策を進めてきている。
イ 日韓経済関係
日韓の経済関係は、緊密に推移している。2018年の日韓間の貿易総額は、約9兆3,400億円であり、韓国にとって日本は第3位、日本にとって韓国は第3位の貿易相手国である。なお、韓国の対日貿易赤字は、前年比約21%減の約2兆2,400億円(財務省貿易統計)となった。また、日本からの対韓直接投資額は約13億米ドル(前年比29%減)(韓国産業通商資源部統計)で、日本は韓国への第6位の投資国である。
また、日中韓自由貿易協定(FTA)及び東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉等に取り組み、進展に向け努力を続けている。
環境分野については、2018年7月に第20回日韓環境保護協力合同委員会を開催し、日韓間の環境協力、海洋ごみ対策、気候変動等のグローバルな環境問題に関する協力等について意見交換を行い、これらの分野で日韓両国が緊密に連携していくことを確認した。
韓国政府による日本産水産物等の輸入規制の問題に関しては、日本の要請により、2015年9月、世界貿易機関(WTO)に紛争解決小委員会(パネル)が設置された。約2年半にわたる検討を経て、2018年2月に日本の主張を認める内容のパネル報告書が提出されたが、同年4月、韓国はパネルの判断を不服とし、上級委員会への申立てを行った。日本政府は、WTOにおける対応とともに、様々な機会を捉えて、韓国側に規制を早期に撤廃するよう求めている。また、2018年10月、韓国による日本製ステンレス棒鋼に対するアンチ・ダンピング措置に関し、日本の要請を受け、WTO紛争解決小委員会が設置されたほか、韓国による自国造船業に対する支援措置についても、12月にWTO協定に基づく二国間協議を実施した。
ウ 韓国情勢
(ア)内政
韓国で初めてとなる冬季オリンピック・パラリンピック競技大会として、2018年2月に平昌オリンピック競技大会、3月に平昌パラリンピック競技大会が開催された。
3月26日、文在寅(ムンジェイン)大統領は、大統領の任期を「5年単任制」から「4年連任制」としつつ、大統領の権限縮小を主たる内容とする憲法改正を発議した。憲法改正の発議は、1987年に現行の憲法が制定されて以来初めてのことであったが、5月24日、国会本会議に上程された憲法改正案は、議決定足数(在籍議員の3分の2)の不足により投票不成立となり、事実上否決された。
6月13日に実施された統一地方選挙では、与党「共に民主党」が17の広域自治体の首長ポストのうち14ポストを獲得し、同時に実施された国会議員再・補欠選挙では、「共に民主党」が12選挙区のうち11選挙区で勝利する等圧勝した。
文在寅大統領は、2017年の大統領選挙期間中から、保守政権9年間(朴槿恵(パククネ)・李明博(イミョンバク)政権)の不正・腐敗を正すとする「積弊清算」を公約に掲げていたが、在外公館ポストの拡大を実現する見返りに旧朝鮮半島出身労働者問題に係る大法院判決を遅延する便宜を図ったとする「裁判取引」の疑惑で検察による外交部への捜索差押えが行われ(8月2日)、梁承泰(ヤンスンテ)前大法院長(最高裁長官)が身柄拘束される(2019年1月24日)等、様々な動きが見られる。
(イ)外交
2018年、韓国外交は、北朝鮮問題を最優先課題として展開された。特別使節団の訪朝(3月、9月)、南北首脳会談(4月、9月)等の節目の機会等に、首脳会談や首脳電話会談、特別使節団の派遣等を通じて、米国、日本、中国、ロシア等に対して会談の結果に関する説明や協議が行われた(南北関係については、第2章第1節2(1)33ページ参照)。
対米関係では、北朝鮮との対話の進展を受けて、2018年6月、8月に予定していた米韓合同軍事演習「フリーダム・ガーディアン」に関する全ての計画の停止及び3か月以内に予定されていた二つの米韓海兵隊交流訓練の無期限停止が発表されるとともに、同年10月には米韓合同軍事演習「ヴィジラント・エース」の停止が発表された。さらに、2019年3月には、米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」及び「フォール・イーグル」の一連の演習の終結を決定したが、軍事的即応性を維持する観点から、指揮所演習「同盟」を新たに実施した。また、2018年3月には、米韓両国は、FTAの改正に原則合意し、9月の署名を経て、2019年1月に改正議定書が発効した。
このほか、文在寅大統領は、2018年、ベトナム(3月)、アラブ首長国連邦(3月)、日本(5月、日中韓サミット)、米国(5月)、ロシア(6月)、インド(7月)、シンガポール(7月)、米国(9月、国連総会)、フランス(10月)、イタリア(10月)、バチカン(10月)、ベルギー(10月)、デンマーク(10月)、シンガポール(11月、ASEAN関連首脳会議)、パプアニューギニア(11月、APEC首脳会議)、チェコ(11月)、アルゼンチン(11月、G20)及びニュージーランド(12月)を訪問した。
(ウ)経済
2018年、韓国のGDP成長率は2.7%と、前年の3.1%よりも減少した。総輸出額は、前年比5.5%増の約6,052億米ドルであり、総輸入額は、前年比11.8%増の約5,352億米ドルとなったため、貿易黒字は約700億米ドル(韓国産業通商資源部統計)となった。
2017年5月に発足した文在寅政権は、国内的な経済政策としては、「人中心経済」を掲げ、「所得主導成長」及び「雇用中心経済」を強調しており、同年10月には「雇用政策5年ロードマップ」を発表した。そうした中、最低賃金の2年連続の大幅な引上げ(2018年からは7,530ウォン(前年比16.4%)、2019年からは8,350ウォン(対前年比10.9%))等の対策を行っている一方で、青年失業率が9.5%(2018年)と高く、雇用状態が悪化している。
6 2014年5月にストックホルムにて開催された日朝政府間協議において、北朝鮮側は、拉致被害者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査の実施を約束した。
7 2017年7月6日に文在寅大統領は、「ベルリン構想」(①10月4日の離散家族再会・墓参事業と、そのための南北赤十字会談開催、②平昌冬季オリンピックへの北朝鮮の参加、③軍事境界線における敵対行為の相互停止、④南北間の接触と対話の再開)を発表
8 それ以前は2000年6月、2007年10月に計2回開催
9 本文中に挙げた事業の中では、例えば鉄道の現地調査、鉄道・道路の着工式、離散家族再会事業に使用する施設の改修について、適用除外の承認を受けた。
10 レーダー照射事案に関する防衛省の最終見解については、以下のリンク参照 https://www.mod.go.jp/j/press/news/2019/01/21x_1.pdf
11 2008年2月、外務省は「竹島 竹島問題を理解するための10のポイント」と題するパンフレットを作成。現在、日本語、英語、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、アラビア語、ロシア語、中国語及びイタリア語の11言語版が外務省ホームページで閲覧可能。また、2013年10月以降、外務省ホームページにおいて、竹島に関する動画やフライヤーを公開し、現在は上記11言語での閲覧が可能になっている。加えて、竹島問題を啓発するスマートフォンアプリをダウンロード配布するといった取組を行っている。
12 2018年5月の沈載権(シム・ジェグォン)「共に民主党」議員、10月の李燦烈(イ・チャンヨル)「正しい未来党」議員率いる韓国国会教育委員会計13人、11月の羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)自由韓国党議員率いる韓国国会議員団計8人が上陸。また、2018年6月及び12月に、韓国軍が竹島防御訓練を実施。日本は、これらの事案ごとに直ちに、竹島の領有権に関する日本の立場に照らし受け入れられず、極めて遺憾であることを韓国政府に伝え、厳重に抗議してきている。
13 2016年4月に韓国の浮石寺(プソクサ)が韓国政府に対し、長崎県対馬市で盗難され、いまだ日本側に返還されていない「観世音菩薩坐像」を、浮石寺に返還するよう求め、大田(テジョン)地方裁判所に訴訟を提起していたが、2017年1月26日、同裁判所は原告側(浮石寺)勝訴の第一審判決を出した。
14 第二次世界大戦終戦前、様々な経緯で旧南樺太(サハリン)に渡り、終戦後、ソ連による事実上の支配の下、韓国への引揚げの機会が与えられないまま、長期間にわたり、サハリンに残留することを余儀なくされた朝鮮半島出身者に対し、日本政府は、一時帰国支援、サハリン再訪問支援等を行ってきている。
15 第二次世界大戦時に広島又は長崎に在住して原爆に被爆した後、日本国外に居住している方々に対する支援の問題。これまで日本は、被爆者援護法に基づく手当や被爆者健康手帳などに関連する支援を行ってきている。
16 第二次世界大戦終戦前に日本が設置した日本国外のハンセン病療養所入所者が、「ハンセン病療養所などに対する補償金の支給などに関する法律」に基づく補償金の支払を求めていたが、2006年2月に法律が改正され、新たに国外療養所の元入所者も補償金の支給対象となった。