外交青書・白書
第1章 国際情勢認識と日本外交の展望

2 日本外交の展望

国際社会が時代を画する変化と課題に直面する中で、日本は、各国・地域との連携を図りながら、自らの目標の実現に向けた外交を進めていかなければならない。

日本は、戦後一貫して平和国家としての道を歩み、アジア太平洋地域や国際社会の平和と安定に貢献してきた。人間の安全保障の理念に立脚した開発途上国への開発協力を行うとともに、国際的なルール作りの主導や開発途上国の能力構築支援などを通じて持続可能な開発目標(SDGs)の達成も含めた地球規模課題に取り組んできた。また、軍縮・不拡散や国際的な平和構築の取組にも貢献してきた。こうした努力により世界から得た日本への「信頼」は、今日の日本外交を支える礎となっている。

今般のロシアのウクライナへの侵略により、国際社会が、長きにわたる懸命な努力と多くの犠牲の上に築き上げてきた国際秩序の根幹が脅かされている。事態の展開次第では、世界も、そして日本も、戦後最大の危機を迎えることになる。今回のような力による一方的な現状変更を、いかなる地域においても決して許してはならない。日本を含む国際社会の選択と行動が、今後の国際秩序の趨(すう)勢を決定づけることになる。

岸田内閣は、その基本方針の中で、この「信頼」を基礎に、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値を守り抜く覚悟、日本の領土、領海、領空及び国民の生命と財産を断固として守り抜く覚悟、そして、核軍縮・不拡散や気候変動など地球規模の課題に向き合い、人類に貢献し、国際社会を主導する覚悟を持って、外交・安全保障を展開することを表明している。これら「三つの覚悟」を持って、厳しさと複雑さを増す国際情勢の中で、対応力の高い、「低重心の姿勢」で、日本外交の新しいフロンティアを切り拓(ひら)いていく。日本として、普遍的価値を共有するパートナーとの結束を強め、力による一方的な現状変更の試みに対抗する国際社会の取組を主導していく。

(1)厳しさを増す安全保障環境への対応

日米同盟は、日本の外交・安全保障の基軸であり、地域と国際社会の平和と繁栄にも大きな役割を果たしている。地域の安全保障環境が厳しさと不確実性を増す中で、日米同盟はこれまで以上に重要になっている。

1月のバイデン政権発足以来2022年2月末までに、日米は首脳会談を8回(うち3回は電話会談、1回はテレビ会談)、外相会談を15回(うち9回は電話会談)、「2+2」を2回(うち1回はオンライン)行うなど、ハイレベルで頻繁な政策のすり合わせを継続しており、日米同盟は史上かつてなく強固なものとなっている。日米同盟の抑止力・対処力を一層強化するとともに、日本の平和と安全の確保、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現、新型コロナや気候変動への対応などの課題に対し、日米両国の強固な信頼関係の下、緊密に連携・協力していく。

その中で、普天間飛行場の辺野古(へのこ)移設を始めとする在日米軍再編について、在日米軍の抑止力を維持しつつ、沖縄を始めとする地元の負担軽減のため、今後とも日米で緊密に連携して取り組んでいく。

また、日本を取り巻く厳しい安全保障環境に対処するには、日本自身の防衛力の抜本的な強化も必要であり、国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画の改定が重要である。

(2)「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の推進

インド太平洋は、世界人口の半数を擁する世界の活力の中核であると同時に、各国の「力」と「力」が複雑にせめぎ合い、力関係の変化が激しい地域でもある。この地域において、法の支配に基づく自由で開かれた秩序を実現し、地域全体、ひいては世界の平和と繁栄を確保していくことが重要である。

こうした観点から、日本は、法の支配に基づく「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた取組を、考え方を共有する国々と連携しつつ戦略的に推進してきている。この構想は今や、米国、オーストラリア、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)、欧州連合(EU)及び欧州の各国などとも共有され、国際社会において幅広い支持を集めており、様々な協議や協力が進んでいる。ポスト・コロナの時代に向けて、このビジョンの意義、重要性はますます高まっており、二国間や日米豪印を含む様々な多国間対話の機会を捉え、その実現に向けた取組を一層推進していく。

(3)近隣諸国などとの関係

日本の平和と繁栄を確保していく上では、近隣諸国との間で、安定的な関係を築いていくことが重要となる。

〈中国〉

日中両国間には隣国であるが故に様々な懸案も存在する。尖閣諸島周辺海域を含む東シナ海における一方的な現状変更の試みは、断じて認められず、冷静かつ毅然と対応していく。

同時に、日中関係は、日中双方にとってのみならず、地域及び国際社会の平和と繁栄にとって重要である。主張すべきは主張し、責任ある行動を求めつつ、共通の諸課題については協力するという「建設的かつ安定的な日中関係」を双方の努力で構築していくことが重要である。

〈韓国〉

韓国は重要な隣国であり、北朝鮮への対応を始め、地域の安定にとって日韓、日米韓の連携は不可欠である。日韓関係は、旧朝鮮半島出身労働者問題慰安婦問題などにより非常に厳しい状況にあるが、このまま放置することはできない。国と国との約束を守ることは国家間の関係の基本である。日韓関係を健全な関係に戻すべく、日本の一貫した立場に基づき、韓国側に適切な対応を強く求めていく。また、竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ、国際法上も日本固有の領土であり、この基本的な立場に基づき、毅然と対応していく。

〈ロシア〉

2022年2月のロシアによるウクライナ侵略は、力による一方的な現状変更を認めないとの国際社会の基本原則に対する挑戦であり、冷戦後の世界秩序を脅かすものである。日本としては、G7を始め国際社会と結束し、ロシアが軍隊を撤退させ、あらゆる国際法違反の行為を中止するよう求め、各国と協調した制裁措置の実施を通じ、ロシアの一連の行動には高い代償が伴うことを示していく。

日露関係にとって最大の懸案は北方領土問題である。戦後75年以上を経過した今も未解決のままとなっている。日本政府として、北方領土問題に関する日本の立場や御高齢になられた元島民の方々の思いに応えていくとの考えに変わりはない。しかし、ロシアによるウクライナ侵略という現下の状況で、平和条約交渉の展望を語れる状況にはない。まずは、ロシアが国際社会の非難を真摯に受け止め、軍を即時に撤収し、国際法を遵守することを強く求めている。

〈北朝鮮をめぐる諸懸案への対応〉

北朝鮮との間では、日朝平壌(ピョンヤン)宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、国交正常化の実現を目指している。日本としては、引き続き、米国や韓国と緊密に連携し、国際社会とも協力しながら、関連する国連安保理決議の完全な履行を進め、北朝鮮の完全な非核化を目指していく。

また、北朝鮮による拉致は、日本の主権や国民の生命と安全に関わる重大な問題であると同時に、基本的人権の侵害という国際社会全体の普遍的問題である。日本は、拉致問題の解決を最重要課題と位置付けており、引き続き米国を始めとする関係国と緊密に連携し、一日も早い全ての拉致被害者の帰国を実現すべく、全力を尽くしていく。

(4)地域外交の課題

インド太平洋地域の中心に位置し、「自由で開かれたインド太平洋」実現に向けた要であるASEANとの関係強化は地域全体の安定と繁栄にとって重要である。友好協力50周年となる2023年に、日・ASEAN関係を新たな段階に引き上げるべく、本質的な原則を共有する「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」と「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」の実現に資する具体的協力を進めていく。また、ミャンマー情勢については、国際社会と連携しつつ事態打開に向けて取り組んでいく。

南西アジア諸国との間では、2022年は日本・南西アジア交流年に当たる。この節目の年に、要人の往来や官民を挙げた様々な行事を通じて、FOIPの実現のための重要なパートナーである南西アジア各国との交流を一層深化させていく。

中東地域の国家間関係は近年大きく変化しており、地域の平和と安定は、国際社会の平和と繁栄にますます重要になっている。また、日本は原油輸入の約9割をこの地域に依存しており、世界の主要なエネルギーの供給源である中東地域の安定を図り、航行の安全を確保することは極めて重要である。引き続き、米国との強固な同盟関係及び中東諸国との伝統的な友好関係をいかし、中東地域の緊張緩和と情勢の安定化のために、様々な外交努力を通じて貢献していく。アフガニスタン情勢についても、関係国とも緊密に連携しながら、人道支援やタリバーンへの働きかけなどを通じ、アフガニスタン及び周辺国の安定化に向けた取組を続けていく。

アフリカは、近年成長が著しい一方、多くの課題に直面している。日本は、四半世紀を越える歴史を誇るアフリカ開発会議(TICAD)を通じ、長年にわたり、アフリカの発展に貢献してきている。新型コロナがアフリカの社会・経済にも甚大な影響を及ぼす中、国際的な連携が今こそ重要である。日本は、2022年に開催予定の第8回アフリカ開発会議(TICAD8)を通じ、アフリカ自身が主導する発展を力強く後押しし、ポスト・コロナも見据えたアフリカ開発の針路を示していく。

中南米諸国は普遍的価値を共有し、国際場裡(り)でも存在感を有するパートナーであり、自由で開かれた国際秩序の維持・強化に向け連携していく。また、豊かな鉱物・食料資源を始めとした経済的重要性も踏まえ、日系社会とも連携しつつ、幅広い関係強化に取り組んでいく。

また、自由で開かれた持続可能な発展を目指す中央アジア・コーカサス諸国とは、2022年に外交関係樹立30周年を迎える中、ルールに基づく国際秩序を維持・強化していくパートナーとしての関係を一層強化していく。

(5)自由で公正な経済秩序の拡大

新型コロナが、引き続き世界経済に停滞や不確実性をもたらす中、世界経済は、保護主義の更なる広がりに加え、軍事転用され得る革新的な民生技術の出現や、自国の戦略的利益確保の観点から経済的依存関係を利用する動きの活発化など、経済と安全保障を横断する領域での課題に直面している。こうした中、日本は、自由貿易の旗手として、自由で公正な経済秩序の拡大に向けた国際的取組を引き続き主導する一方で、それを補完する形で経済安全保障の諸課題に政府一丸となって取り組んでいる。国際法を踏まえつつ、同盟国・同志国との連携強化や新たな課題に対応する規範の形成などに積極的に貢献していく。

日本は、世界の保護主義的な動きに対し、ルールに基づく多角的貿易体制の維持・強化に取り組んできた。環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)については、英国に続いて中国・台湾・エクアドルが加入を正式に申請する中、ハイスタンダードの維持が一層重要となっている。また、2022年1月に発効した地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の完全な履行の確保に取り組んでいく。さらに、多角的貿易体制の礎である世界貿易機関(WTO)の改革を主導し、アジア太平洋経済協力(APEC)経済協力開発機構(OECD)などでも取組を強化していく。

エネルギー・鉱物資源の安定的な確保や日本企業の海外展開支援にも、引き続き積極的に取り組む。日本産食品に対する輸入規制措置については、多くの国・地域で緩和・撤廃の動きが見られ、9月には米国が規制を完全撤廃するなど成果があった。一日も早く、世界各国・地域において全面撤廃を実現すべく、政府一丸となって働きかけていく。また、2025年大阪・関西万博の成功に向け引き続き力強く取り組んでいく。

ポスト・コロナで重要性を増すデジタル分野の活用には、「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)」の実現が重要である。日本は、関係国やOECDなどとも連携しつつ、WTO電子商取引交渉など、国際的なルール作りで引き続き中心的な役割を果たしていく。また、サイバー空間の脅威が高まる中、サイバー犯罪への効果的な対策やサイバー空間における法の支配の強化の推進に取り組んでいく。

宇宙空間についても、米国や同志国との連携の下、持続的かつ安定的な利用の確保に向けた国際的なルール作りや国際協力を推進していく。

(6)地球規模課題への対応

国際保健、環境・気候変動、軍縮・不拡散、人権、平和構築、海洋プラスチックごみ生物多様性の保全、難民・避難民、テロ対策、ジェンダー平等などの地球規模課題は、一国のみで対処できるものではなく、国際社会が一致して対応する必要がある。日本は、国際社会において自由、民主主義、人権、法の支配を普遍的価値として尊重し、脆弱な立場に置かれた人々を大切にし、個々人がその潜在力を最大限いかすことができる社会を実現すべく、人間の安全保障の考えの下、引き続き国際貢献を進めていく。また、持続可能な開発目標(SDGs)の達成や「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた取組を加速していく。その一環として、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」の実施を促進する。

〈国際保健〉

保健分野は、個人を「保護」し、その「能力を開花」させるという、人間の安全保障の具現化において極めて重要である。日本は、「誰の健康も取り残さない」との考えの下、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を推進してきた。12月には、東京栄養サミット2021を主催し、栄養改善に向けて国際社会が今後取り組むべき方向性を示すことができた。新型コロナの収束に向け、開発途上国を含めた、ワクチン、診断薬、治療薬への公平なアクセスの確保の支援に引き続き取り組むと同時に、将来のパンデミックへの国際的な備えと対応を強化し、より強靭、より公平でより持続可能なユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に向けて取り組む。

〈気候変動〉

気候変動への対応は、新型コロナ危機からの復興、新しい時代の成長を生み出すエンジンとしても重要性を増している。10月31日から英国で開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会合(COP26)には岸田総理大臣が出席し、2030年までの期間を「勝負の10年」と位置付け、全ての締約国に野心的な気候変動対策を呼びかけた。COP26交渉の成果を踏まえ、引き続き、2050年カーボンニュートラルの実現に向けた取組を強力に推進するとともに、パリ協定の着実な実施を通じ、脱炭素社会の実現に向けて国際社会を主導していく。

〈軍縮・不拡散〉

日本は、唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向け国際社会の取組をリードしていく責務がある。日本は、立場の異なる国々の間の橋渡しに努め、日本の安全保障も考慮した、現実的・実践的な取組を積み重ねてきている。日本は、国際的な核軍縮・不拡散体制の礎石である核兵器不拡散条約(NPT)体制の維持・強化を重視しており、第10回NPT運用検討会議が意義ある成果を収めるよう、国際的な議論に積極的に貢献していく。さらに、日本は、国際的な不拡散体制・ルールの維持・強化、国内における不拡散措置の適切な実施、各国との緊密な連携・能力構築支援などを通じて、不拡散政策にも力を入れている。

〈人権〉

世界各地における人権状況への国際的関心が高まっているが、人権の保護・促進は国際社会の平和と安定の礎であり、普遍的な価値である人権の擁護は、達成方法や政治体制の違いにかかわらず、全ての国の基本的な責務である。日本は、深刻な人権侵害に対してしっかり声を上げるとともに、努力をしている国に対しては、対話と協力によりその取組を促してきた。こうした日本独自の貢献の積み重ねをいかしつつ、現下の国際情勢も踏まえた日本らしい人権外交を進めていく。

〈国連・国際機関との連携強化と国連安保理改革〉

日本はこれまで、国連平和維持活動(PKO)を通じた貢献や、国連安保理非常任理事国を国連加盟国中最多の11回務めるなどして、国際社会の平和と安全の維持のため主要な役割を果たしてきた。創設から75年以上が経過した現在、国連安保理を始め、国連を21世紀にふさわしい効率的かつ効果的なものとしていくことは喫緊の課題であり、安保理改革実現に向けた具体的交渉を開始すべく取り組む。特に2022年2月のロシアによるウクライナ侵略の事態は、現在の国際社会が求める機能を安保理が十分に果たし得ないことを如実に示した。また、2022年の安保理非常任理事国選挙での当選を目指す。さらに、日本は国連を始め国際機関が様々な課題に取り組む上で、政策的貢献や分担金・拠出金の拠出に加え、広い意味での人的貢献を行ってきており、日本人職員の増員、幹部職員ポストの獲得にも努めていく。

(7)総合的な外交力の強化

以上に述べたような外交の重要分野において、対応力の高い、「低重心の姿勢」の外交を展開するには、人的体制、財政基盤、デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進を含めた外交実施体制の強化も重要である。また、新型コロナの影響が続く中、水際防疫措置や在外邦人の安全確保にも、引き続き万全を期していく。同時に、国際社会から日本の政策・取組・立場に対する理解と支持を得るための戦略的な対外発信を力強く展開するとともに、親日派・知日派育成や日系社会との連携強化に努めていく。

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