外交青書・白書
第2章 地域別に見た外交

第2節 アジア・大洋州

1 概観

〈全般〉

アジア・大洋州地域は、経済規模世界第2位の中国や第3位の日本だけでなく、成長著しい新興国を数多く含み、多種多様な文化や人種が入り交じり、相互に影響を与え合うダイナミックな地域である。同地域は、豊富な人材に支えられ、世界経済を牽引(けんいん)し、その存在感を増大させている。世界の約77億人の人口のうち、米国及びロシアを除く東アジア首脳会議(EAS)1参加国2には約36億人が居住しており、世界全体の約48%を占めている3東南アジア諸国連合(ASEAN)中国及びインドの名目国内総生産(GDP)の合計は、過去10年間で約2.6倍以上増加(世界平均は約1.4倍)している4。また、米国及びロシアを除くEAS参加国の輸出入総額は10兆150億米ドル(2019年)であり、EUの11兆2,500億米ドル5に匹敵する規模である。域内の経済関係は緊密で、経済的相互依存が進んでいる。今後、更なる成長が見込まれており、この地域の力強い成長は、日本に豊かさと活力をもたらすことにもつながる。

その一方、アジア・大洋州地域では、北朝鮮の核・ミサイル開発、地域諸国による透明性を欠いた形での軍事力の強化・近代化、法の支配や開放性に逆行する力による現状変更の試み、海洋をめぐる問題における関係国・地域間の緊張の高まりなど、安全保障環境は厳しさを増している。また、整備途上の経済・金融システム、環境汚染、不安定な食料・資源需給、頻発する自然災害、高齢化など、この地域の安定した成長を阻む要因も抱えている。

その中で、日本は、外交の柱の一つとして、積極的な近隣諸国外交を掲げ、首脳・外相レベルも含め積極的な外交を展開してきている。2020年は新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の影響で、他国への訪問は大幅に制限されたが、そのような中でも対面外交を重ねたほか、電話やテレビ形式での会談を積極的に実施し、近隣諸国との良好な関係を維持・発展させてきた。アジア・大洋州地域諸国との関係では、安倍総理大臣は、4月には新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するASEAN+3(日中韓)特別首脳テレビ会議に出席するなど、地域の感染症対策について活発に議論を交わした。また、ASEAN諸国やオーストラリアなどと二国間の電話会談を実施した。7月にはオーストラリアと首脳テレビ会談を行い、新型コロナ対応を始めとする諸課題について意見交換した。9月に新内閣が発足して以降、菅総理大臣は、オーストラリア、中国、韓国を始め、多くのアジア大洋州諸国との電話会談を行い、各国首脳との信頼関係を構築した。また、菅総理大臣は、10月に、総理就任後初の外国訪問先としてベトナム及びインドネシアを訪問し、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を着実に実現していく決意を明らかにするとともに、「インド太平洋国家」として今後も地域の平和と繁栄に対する貢献を主導していくことを宣言した。11月には、菅総理大臣は、テレビ会議形式で開催されたASEAN関連首脳会議(日・ASEAN首脳会議、日・メコン首脳会議、ASEAN+3(日中韓)首脳会議、東アジア首脳会議(EAS)、RCEP首脳会議)に出席した。日・ASEAN首脳会議では、「インド太平洋に関するASEAN・アウトルック(AOIP)6協力についての第23回日・ASEAN首脳会議共同首脳声明」が採択され、AOIPとFOIPが本質的な原則を共有していることを確認した。同共同声明を踏まえ、ASEANの取組を後押しすべく、協力の具体化を追求している。また、RCEP首脳会議では、RCEP協定に署名するに至った。さらに同月後半には、菅総理大臣は、訪日したモリソン・オーストラリア首相との会談に臨んだほか、首相に再任したアーダーン・ニュージーランド首相と電話会談を行った。茂木外務大臣は、1月にベトナム、タイ、フィリピン及びインドネシアを、8月にマレーシア、シンガポール、カンボジアラオス及びミャンマーを訪問し、ASEAN諸国を歴訪するとともに、パプアニューギニアにも訪問した。また、1月に米国で開催された日米韓外相会合に出席するとともに、康京和(カンギョンファ)韓国外交部長官と会談を行った。3月には、新型コロナに関する日中韓外相テレビ会議に参加した。また、9月には、茂木外務大臣は、テレビ会議形式で開催されたASEAN関連外相会議(日・ASEAN外相会議、ASEAN+3(日中韓)外相会議、東アジア首脳会議(EAS)参加国外相会議、ASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会合)にも精力的に臨んだ。10月には、新型コロナの感染拡大後初めて日本で行われる閣僚レベルの国際会議となった第2回日米豪印外相会合を東京で開催し、あわせて、ペイン・オーストラリア外相との二国間外相会談及びジャイシャンカル・インド外相との間で第13回日印外相間戦略対話も実施した。11月には、王毅(おうき)中国国務委員兼外交部長が訪日し、茂木外務大臣と会談を実施した。こうした外交活動と並行して、茂木外務大臣は、新型コロナの制約下でも多くのアジア大洋州諸国と電話会談を行い、各国と緊密な連携を維持・発展させた。

日本は、アジア・大洋州地域において様々な協力を強化しており、引き続きAOIPに関する日・ASEAN協力に加え、環境、高齢社会、人的交流の3分野を中心とする日中韓協力など、多様な協力枠組みを有意義に活用していく考えである。

菅総理夫妻のベトナム訪問(10月19日、写真提供:内閣広報室)
菅総理夫妻のベトナム訪問(10月19日、写真提供:内閣広報室)
菅総理夫妻のインドネシア訪問(10月20日、写真提供:内閣広報室)
菅総理夫妻のインドネシア訪問(10月20日、写真提供:内閣広報室)
〈日米同盟とインド太平洋地域〉

日米安全保障体制を中核とする日米同盟は、日本のみならず、インド太平洋地域の平和と繁栄及び自由の礎である。地域の安全保障環境が一層厳しさを増す中、日米同盟の重要性はこれまで以上に高まっている。2017年1月に米国でトランプ政権が発足して以降、2020年末までに、電話会談を含め50回以上の首脳会談を行うなど、首脳間を始めとするあらゆるレベルで緊密に連携し、北朝鮮を始めとする地域の諸課題に対応している。

また、米国とは新型コロナの感染拡大により人の移動が制限されている状況においても、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた協力を進めている。7月に新型コロナ感染拡大後に外国要人として初めて来日したビーガン米国務副長官兼北朝鮮担当特別代表は茂木外務大臣を表敬し、新型コロナの感染拡大の中にあっても日米が連携して「自由で開かれたインド太平洋」を維持・強化することを確認した。10月にポンペオ米国務長官が日米豪印外相会合出席のために訪日した際、菅総理大臣を表敬し、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、この日米豪印外相会合を始めとする取組を含め、同志国とも緊密に連携していくことを確認した。また、2021年1月の菅総理大臣とバイデン米国大統領の日米首脳電話会談でも、両首脳は、米国のインド太平洋地域におけるプレゼンスの強化が重要であること及び「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて緊密に連携するとともに、地域の諸課題にも共に取り組んでいくことで一致した。

〈慰安婦問題についての日本の取組〉

(日韓間の慰安婦問題については、41ページ 2(2)(ウ)参照)

慰安婦問題を含め、先の大戦に関わる賠償並びに財産及び請求権の問題について、日本政府は、米国、英国、フランスなど45か国との間で締結したサンフランシスコ平和条約及びその他二国間の条約などに従って誠実に対応してきており、これらの条約などの当事国との間では、個人の請求権の問題も含めて、法的に解決済みである。

その上で、日本政府は、元慰安婦の方々の名誉回復と救済措置を積極的に講じてきた。1995年には、日本国民と日本政府の協力の下、元慰安婦の方々に対する償いや救済事業などを行うことを目的として、財団法人「女性のためのアジア平和国民基金」(略称:「アジア女性基金」)が設立された。アジア女性基金には、日本政府が約48億円を拠出し、また、日本人一般市民から約6億円の募金が寄せられた。日本政府は、元慰安婦の方々の現実的な救済を図るため、元慰安婦の方々への「償い金」や医療・福祉支援事業の支給などを行う財団法人「アジア女性基金」の事業に対し、最大限の協力を行ってきた。アジア女性基金の事業では、元慰安婦の方々285人(フィリピン211人、韓国61人、台湾13人)に対し、国民の募金を原資とする「償い金」(一人当たり200万円)が支払われた。また、アジア女性基金は、これらの国・地域において、日本政府からの拠出金を原資とする医療・福祉支援事業として一人当たり300万円(韓国・台湾)、120万円(フィリピン)を支給した(合計金額は、一人当たり500万円(韓国・台湾)、320万円(フィリピン))。さらに、アジア女性基金は、日本政府からの拠出金を原資として、インドネシアにおいて、高齢者用の福祉施設を整備する事業を支援し、また、オランダにおいて、元慰安婦の方々の生活状況の改善を支援する事業を支援した。

個々の慰安婦の方々に対して「償い金」及び医療・福祉支援が提供された際、その当時の内閣総理大臣(橋本龍太郎内閣総理大臣、小渕恵三内閣総理大臣、森喜朗内閣総理大臣及び小泉純一郎内閣総理大臣)は、自筆の署名を付したおわびと反省を表明した手紙をそれぞれ元慰安婦の方々に直接送った。

2015年の内閣総理大臣談話に述べられているとおり、日本としては、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を胸に刻み続け、21世紀こそ女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、リードしていく決意である。

このような日本政府の真摯な取組にもかかわらず、「強制連行」や「性奴隷」といった表現のほか、慰安婦の数を「20万人」又は「数十万人」と表現するなど、史実に基づくとは言いがたい主張も見られる。

これらの点に関する日本政府の立場は次のとおりである。

●「強制連行」

これまでに日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった。

●「性奴隷」

「性奴隷」という表現は、事実に反するので使用すべきでない。この点は、2015年12月の日韓合意の際に韓国側とも確認しており、同合意においても一切使われていない。

●慰安婦の数に関する「20万人」といった表現

「20万人」という数字は、具体的な裏付けがない数字である。慰安婦の総数については、1993年8月4日の政府調査結果の報告書で述べられているとおり、発見された資料には慰安婦の総数を示すものはなく、また、これを推認させるに足りる資料もないので、慰安婦の総数を確定することは困難である。

日本政府は、これまで日本政府がとってきた真摯な取組や日本政府の立場について、国際的な場において明確に説明する取組を続けている。具体的には、日本政府は、国連の場において、2016年2月の女子差別撤廃条約第7回及び第8回政府報告審査を始めとする累次の機会を捉え、日本の立場を説明してきている。

また、韓国のほか、米国、カナダ、オーストラリア、中国、ドイツ、フィリピン、香港、台湾などでも慰安婦像7の設置などの動きがある。このような動きは日本政府の立場と相いれない、極めて残念なものである。2017年2月、日本政府は、米国・ロサンゼルス郊外のグレンデール市に設置されている慰安婦像に係る米国連邦最高裁判所における訴訟において、日本政府の意見書を同裁判所に提出した。日本政府としては、引き続き、様々な関係者にアプローチし、日本の立場について説明する取組を続けていく。

慰安婦問題についての我が国の取組に関する外務省ホームページの掲載箇所はこちら
https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/rp/page25_001910.html

外務省ホームページ掲載箇所QRコード

1 EAS:East Asia Summit

2 ASEAN(加盟国:ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ及びベトナム)、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア及びニュージーランド

3 世界人口白書2019

4 世界銀行

5 国際通貨基金(IMF)

6 AOIP:ASEAN Outlook on the Indo-Pacific
2019年6月、ASEAN首脳会議において採択。インド太平洋地域におけるASEAN中心性の強化に加え、開放性、透明性、包摂性、ルールに基づく枠組み、グッドガバナンス、主権の尊重、不干渉、既存の協力枠組みとの補完性、平等、相互尊重、相互信頼、互恵、国連憲章及び国連海洋法条約その他の関連する国連条約を含む国際法の尊重といった原則を基礎として、海洋協力、連結性、SDGs及び経済などの分野での協力の推進を掲げている。

7 分かりやすさの観点から、便宜上、「慰安婦像」との呼称を用いるが、この呼称は、これらの像に係る元慰安婦についての描写が正しいとの認識を示すものでは決してない。

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