地球環境
名古屋議定書
(生物の多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書)
(Nagoya Protocol on Access to Genetic Resources and the Fair and Equitable Sharing of Benefits Arising from their Utilization to the Convention on Biological Diversity)
令和5年5月12日
1 背景
- (1)この議定書は、遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分がなされるよう、遺伝資源の提供国及び利用国がとる措置等について定めるものである。
- (2)生物の多様性に関する条約(以下「条約」という。)は、生物の多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用及び遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を実現するための国際的な枠組みを定めること等を内容とするものである。しかしながら、条約発効後も先進国からの遺伝資源の利用から生ずる利益の配分が不十分であるとの途上国の主張を受け、2006年に開催された条約の第8回締約国会議において、遺伝資源の取得の機会及び利益の配分に関する国際的な枠組みについての交渉を第10回締約国会議までに完了することが決定された。2009年以降、3回の作業部会及び3回の追加会合が開催され、2010年に我が国が議長国となって愛知県名古屋市において開催された条約の第10回締約国会議(COP10)において、この議定書が採択された。
- (3)この議定書は、2011年2月2日から2012年2月1日までニューヨークの国際連合本部において署名のために開放され、91か国及び欧州連合(EU)が署名した。我が国は2011年5月11日に署名した。
- (4)2014年7月14日に締結国の数が50か国に達したため、議定書の第33条に基づき、同年10月12日に議定書は発効した。
- (5)2017年5月22日、我が国は本議定書を締結した(2017年8月20日、我が国について効力発生)。
- (6)2023年4月現在、138か国及び欧州連合(EU)が締結。(英語)
2 議定書の概要
この議定書は、前文、本文36か条、末文及び1の附属書からなる。 議定書(説明書)(PDF)、議定書英文(PDF)、議定書和文(PDF)、議定書(概要)(PDF)
(1)目的【第1条】
この議定書は、遺伝資源の利用から生ずる利益を公正かつ衡平に配分し、これによって生物の多様性の保全及びその構成要素の持続可能な利用に貢献することを目的とする。
(2)適用範囲【第3条】
この議定書は、生物の多様性に関する条約第15条の規定の範囲内の遺伝資源及びその利用から生ずる利益について適用する。この議定書は、遺伝資源に関連する伝統的な知識であって同条約の範囲内のもの及び当該伝統的な知識の利用から生ずる利益についても適用する。
(3)国際協定及び国際文書との関係【第4条】
- (ア)この議定書は、現行の国際協定に基づく締約国の権利及び義務に影響を及ぼすものではない。
- (イ)この議定書のいかなる規定も、締約国が他の関連する国際協定を作成し、及び実施することを妨げるものではない。
- (ウ)この議定書は、この議定書に関連する他の国際文書と相互に補完的な方法で実施する。
- (エ)取得の機会及び利益の配分に関する専門的な国際文書であって、生物の多様性に関する条約及びこの議定書の目的と適合し、かつ、これらに反しないものが適用される場合には、この議定書は、当該国際文書が対象とし、及び適用される特定の遺伝資源に関しては、当該国際文書の当事国については、適用しない。
(4)公正かつ衡平な利益の配分【第5条】
- (ア)遺伝資源の利用並びにその後の応用及び商業化から生ずる利益は、当該遺伝資源を提供する締約国と公正かつ衡平に配分する。その配分は、相互に合意する条件に基づいて行う。締約国は、この規定を実施するため、適宜、立法上、行政上又は政策上の措置をとる。
- (イ)締約国は、遺伝資源についての先住民の社会及び地域社会の確立された権利に関する国内法令に従って先住民の社会及び地域社会が保有する遺伝資源の利用から生ずる利益が、相互に合意する条件に基づいて、当該先住民の社会及び地域社会と公正かつ衡平に配分されることを確保することを目指して、適宜、立法上、行政上又は政策上の措置をとる。
- (ウ)利益には、金銭的及び非金銭的な利益(附属書に掲げるものを含むが、これらに限らない。)を含めることができる。
- (エ)締約国は、遺伝資源に関連する伝統的な知識の利用から生ずる利益が当該伝統的な知識を有する先住民の社会及び地域社会と公正かつ衡平に配分されるよう、適宜、立法上、行政上又は政策上の措置をとる。その配分は、相互に合意する条件に基づいて行う。
(5)遺伝資源の取得の機会【第6条】
- (ア)遺伝資源の利用のための取得の機会が与えられるためには、当該遺伝資源を提供する締約国が、天然資源に対する主権的権利の行使として、かつ、取得の機会及び利益の配分に関する国内の法令又は規則に従い、情報に基づいて事前に同意することを必要とする。ただし、当該締約国が別段の決定を行う場合を除く。
- (イ)締約国は、先住民の社会及び地域社会が遺伝資源の取得の機会を与える確立された権利を有する場合における当該遺伝資源の取得の機会について、当該先住民の社会及び地域社会の情報に基づく事前の同意又は当該先住民の社会及び地域社会の承認及び関与が得られることを確保することを目指して、適宜、国内法令に従って措置をとる。
(6)遺伝資源に関連する伝統的な知識の取得の機会【第7条】
締約国は、遺伝資源に関連する伝統的な知識であって先住民の社会及び地域社会が有するものが当該先住民の社会及び地域社会の情報に基づく事前の同意又は当該先住民の社会及び地域社会の承認及び関与を得て取得されること並びに相互に合意する条件が設定されていることを確保することを目指して、適宜、国内法令に従って措置をとる。
(7)取得の機会及び利益の配分に関する国内の法令又は規則の遵守【第15条】
- (ア)締約国は、取得の機会及び利益の配分に関する他の締約国の国内の法令又は規則に従い、自国の管轄内で利用される遺伝資源が情報に基づく事前の同意によって取得されており、及び相互に合意する条件が設定されていることとなるよう、適当で効果的な、かつ、相応と認められる立法上、行政上又は政策上の措置をとる。
- (イ)締約国は、(ア)の規定に従ってとった措置の不遵守の状況に対処するため、適当で効果的な、かつ、相応と認められる措置をとる。
- (ウ)締約国は、(ア)に規定する取得の機会及び利益の配分に関する他の締約国の国内の法令又は規則の違反が申し立てられた事案について、可能かつ適当な場合には協力する。
(8)遺伝資源に関連する伝統的な知識の取得の機会及び利益の配分に関する国内の法令又は規則の遵守【第16条】
- (ア)締約国は、先住民の社会及び地域社会が所在する他の締約国の国内の法令又は規則であって取得の機会及び利益の配分に関するものに従い、遺伝資源に関連する伝統的な知識であって自国の管轄内で利用されるものが当該先住民の社会及び地域社会の情報に基づく事前の同意又は当該先住民の社会及び地域社会の承認及び関与によって取得されており、並びに相互に合意する条件が設定されていることとなるよう、適当な場合には、適当で効果的な、かつ、相応と認められる立法上、行政上又は政策上の措置をとる。
- (イ)締約国は、(ア)の規定に従ってとった措置の不遵守の状況に対処するため、適当で効果的な、かつ、相応と認められる措置をとる。
- (ウ)締約国は、(ア)に規定する取得の機会及び利益の配分に関する他の締約国の国内の法令又は規則の違反が申し立てられた事案について、可能かつ適当な場合には協力する。
(9)遺伝資源の利用の監視【第17条】
- (ア)締約国は、遵守を支援するため、適宜、遺伝資源の利用について監視し、及び透明性を高めるための措置をとる。
- (イ)情報に基づく事前の同意を与えるとの決定等を証明するものとして発給され、及び取得の機会及び利益の配分に関する情報交換センターに提供された許可証又はこれに相当するものは、国際的に認められた遵守の証明書とする。
- (ウ)国際的に認められた遵守の証明書は、情報に基づく事前の同意を与えた締約国の国内の法令又は規則であって取得の機会及び利益の配分に関するものに従い、当該証明書が対象とする遺伝資源が情報に基づく事前の同意によって取得されており、及び相互に合意する条件が設定されていることを証明する役割を果たす。
- (エ)国際的に認められた遵守の証明書には、少なくとも、発給した当局、発給日、提供者、当該証明書の固有の識別記号、相互に合意する条件が設定されたことの確認、情報に基づく事前の同意が得られたことの確認等の情報を含める。ただし、当該情報が秘密のものでない場合に限る。
(10)附属書
金銭的及び非金銭的な利益の例が掲げられている。
3 締約国会議
- (1)第1回締約国会議(MOP1)は、2014年10月13日から17日まで、平昌(韓国)において開催された。この会議では、締約国会議の手続規則、遺伝資源へのアクセス及び利益配分(ABS)に関する情報交換センターの運用、議定書の遵守のための手続・制度、能力の開発及び向上のための戦略的枠組み、及び議定書の2015年~2016年運営予算などが決定された。我が国は未締結であることからオブザーバーとして参加した。
- (2)第2回締約国会議(MOP2)は、2016年12月4日から17日まで、カンクン(メキシコ)において開催された。この会議では、議定書の効果的な実施の促進、他の国際機関等との協力、遺伝資源へのアクセス及び利益配分(ABS:Access and Benefit-Sharing)に関する情報交換センターの運用、多数国間の利益配分の仕組みの必要性についての検討プロセス、第3回締約国会議(MOP3)での議定書の最初の有効性評価の実施と評価項目等が議論・決定された。また、遺伝資源に関する塩基配列情報の利用が議定書の目的の達成にどのような潜在的な影響を与えるかについて、第3回締約国会議において検討することが決定された。
- (3)第3回締約国会議(MOP3)は、2018年11月17日から21日まで、シャルムエルシェイク(エジプト)において開催された。この会議では、名古屋議定書の有効性評価及びレビュー、適用除外対象となる国際文書、地球的規模の多数国間利益配分メカニズム(GMBSM)、遺伝資源へのアクセス及び利益配分に関する情報交換センター等に関して議論された。その結果、第2回有効性評価について、COP-MOP6(2024年)において実施することや、GMBSMの係る情報提供を締約国から収集し、条約事務局長がそれをとりまとめ、第3回条約実施補助機関会合(SBI-3)に提出すること等が同意された。
- (4)第4回締約国会議(MOP4)第一部は、2021年10月11日から15日まで、オンライン方式と中国・昆明での対面方式の併用にて開催された。(また、12日と13日にはハイレベル会合が行われた。)
- (5)第4回締約国会議(MOP4)第二部は,2022年12月7日から19日まで、モントリオール(カナダ)において開催された。能力構築・開発の支援措置(第22条)及び遺伝資源及び関連する伝統的知識(TK)の重要性に関する普及啓発措置(第21条)、アクセス及び利益配分に関する情報交換センター(ABS-CH)及び情報共有(第14条)等に関して議論・決定された。
4 その他交渉の経緯
5 我が国の取組
- (1)名古屋議定書の交渉期限とされた条約の第10回締約国会議(COP10)は、我が国が議長国となり2010年10月に愛知県名古屋市において開催された。COP10における本議定書の交渉は困難を極め、例えば、議定書の適用範囲の点では、植民地時代に先進国が入手した遺伝資源も対象とすべき(遡及適用)と主張する遺伝資源の提供国(アフリカ諸国)と、先進国を中心とする利用国が激しく対立した。また、遺伝資源そのもののみならず、遺伝資源から生ずる派生物の扱いなどをめぐっても意見が対立し、連日深夜まで事務レベルの非公式協議が続けられたが、交渉は最終日まで合意に至ることができなかった。そこで議長国である日本は、関係者の関心をバランスよく取り入れた議長案をまとめて関係者に提示し、粘り強く各国に働きかけを行った結果、議長案に若干の修正が加えられた上で、2010年10月30日午前1時29分、ABSに関する「名古屋議定書」が採択された。(我が国は同議定書に2011年5月11日に署名)。
- (2)COP10を契機として創設された「生物多様性日本基金(我が国環境省が、2010及び2011年度に計50億円を単独で拠出)」により、生物多様性条約の愛知目標(2011-2020年の世界の生物多様性に関する目標)の達成に向けた途上国の能力開発を目的に、条約事務局が途上国の能力開発のための各種プロジェクトを実施(実施期間は2020年まで)。この中で、名古屋議定書の実施に関する能力開発のためのプロジェクトを支援。
- (3)また、COP10において我が国が設立を表明した「名古屋議定書実施基金(我が国環境省が2011年度に10億円を拠出。英、仏、スイス、ノルウェーも拠出)」により、名古屋議定書の早期発効と効果的な実施に向けた途上国支援を目的とした各種プロジェクトを実施(実施期間は2020年まで)。