地球環境

第7回遺伝資源へのアクセスと利益配分に関する作業部会(概要と評価)

平成21年4月

<概要>

1.議論の枠組

(1)生物多様性条約・第7回遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)に関するアドホック公開作業部会が、4月2日(木曜日)~8日(水曜日)、パリのユネスコ本部にて開催された。

 各締約国及びUNEP,FAO等の関係国際機関、先住民代表等から約500名以上が出席した。我が国からは、外務省、経済産業省、特許庁、環境省から合計11名が出席した。

(2)議論の進め方としては、昨年5月のCOP9決定12で採択された国際レジームのオペレーティブ・テキスト案(主に項目を列挙したもの)の構造と要素をベースとした上で、以下の段階を踏んで議論を進めることが確認された。

 第一段階:提示されている複数のテキスト案のうちから、一本のテキスト案を特定。

 第二段階:テキスト案に対する複数の修正案を括弧書きで追加。

 第三段階:括弧書きのないテキスト案の合意に向けた交渉。

(3)オペレーティブ・テキスト案の項目のうち「目的」、「範囲」の各章については、第三段階の交渉まで進んだ。

 「利益配分」、「アクセス改善」、「遵守」の各章については、第二段階までの議論を終え、各国の意向を踏まえた多数の括弧書き付きオペレーティブ・テキストが作成された。

 「伝統的知識」、「能力開発」、「レジームの法的性格」の各章については、次回以降の作業部会に議論が先送りされ、今回は議論がなされなかった。

(4)議論は、全体会合のほかにコンタクト・グループが設置され、上記第一、第二段階の文言交渉はコンタクト・グループで行われた。また、これら会合の合間に地域会合が頻繁に開催され、全体会合、コンタクト・グループでは、ブラジル、マレーシアがメガ・ダイバース同志国グループ(LMMC)を代表し、ナミビア、エジプトがアフリカ・グループを開催し、ハイチが小規模島嶼国を代表し、キューバ、メキシコが中南米諸国(GRULAC)を代表して、それぞれ発言した。

 我が方は、主にJUSCANZグループ各国と連携するほか、アジア諸国とも協力しつつ、全体会合、コンタクト・グループで積極的に議論に参加した。

(5)7日間の議論を終えて、各コンタクト・グループの議論の結果作成されたブラケット付テキスト案が、最終日の全体会合で会合報告書のアネックスという形で採択され、今後の交渉のベースとなることが確認された。

(6)ABS作業部会共同議長からは、第8回ABS作業部会に向けて、各締約国に対してオペレーティブ・テキストに関する更なるコメント、及び同会合の議題案へのコメントの提出が求められた。

2.議論の概要

 セクション毎の議論概要は以下の通り。

(1)「目的」

 国際レジームの目的規定に該当するものであり、CBD条約の関連条項、主要3目的を効果的に実施することを規定したシャポー(柱書き以外)の部分と、「アクセス改善」、「利益配分」、「遵守」の各章の要点を規定した柱書きの部分から構成されている。

 シャポーの部分は、CBD条約の「第15条と第8条(j)」の規定及び3つの目的の実施を目的とするという点については意見の一致が見られたが、途上国はそれ以外の条約条項(具体的には第1条、第3条、第16条、第19条2)についても広く列挙すべしとの主張を行った。

 柱書き部分のうち、「アクセス改善」については、そもそもこれを不要とする途上国に対して、「アクセスを円滑化」の明記を求める先進国の間で意見の隔たりがあり、収斂が見られなかった。「利益配分」については、それを確保(ensure)することを求める途上国と、個別契約により確保すべきであり、レジームとしては利益配分を可能とする条件整備を目的とすべきとする先進国の間で意見の隔たりがあり、収斂が見られなかった。「遵守」については、資源提供国のABS国内法の利用者による遵守を利用国において確実に(secure)することを求める途上国と、より一般的に国内法の遵守を支持(support)することをレジームの目的とすべきとする先進国の間で意見の隔たりがあり、収斂が見られなかった。

 このほか、途上国側は、テキスト案作成の議論の中で、本レジームの性格を「議定書(protocol)とすることを求めたが、これについてはコンタクト・グループ議長の整理により、単なるレジームか議定書かは今作業 会では議論せず、次回以降の作業部会での議論に先送りされることとなった。

(2) 「範囲」

 主に、1)「遺伝資源」に加えて、「派生物」、「製品」、「関連する伝統的知識」を対象とすべきか否か、2)本レジームの適用を遡及適用すべきか否か、3)植物遺伝資源など他の国際機関で扱われているものを対象から除外すべきか否かが議論された。

(イ)「派生物」等については、遺伝資源以外に「派生物」、「製品」等を国際レジームの対象に含めることを途上国が強く求めたが、我が国ほか先進国は、遺伝資源を含まない派生物はCBDの対象外であることは明らかであるとして、CBDで規定される「遺伝資源」以外をレジームに含むことには反対した。この論点については、議論が収斂せず、「範囲」の章以外のテキストでも、「派生物」等が括弧付きで常に列挙されることとなった。

(ロ)遡及適用については、CBDの発効以前又は本レジーム発効前に取得した遺伝資源にも適用すべきとする途上国と、遡及適用は認めるべきでないとする先進国で意見の隔たりがあり、収斂が見られなかった。

(ハ)適用除外については、(i)「人間の遺伝資源」、「管轄権を超えた地域の海洋遺伝資源」、「南極条約地域に存在する遺伝資源」等については、適用除外とすることにつき概ね各国の理解が得られた。(ii)既に利益配分の枠組が存在しているFAOの食糧農業植物遺伝資源に関する条約(ITPGR)につき、その適用除外を明確化することをEUや我が国等先進国側は求めたが、ブラジル等途上国側は、明確に適用除外とするのでなく、両方のレジームが相互に調和して実施される旨を規定することを求めた。また、WHOで議論が行われている新型インフルエンザ検体共有問題に関連して、EUが、「病原体の特定の使用(specific use of pathogens)」をレジームの適用除外とすることを強く求めたところ、ブラジル等が強く反発した。

 「範囲」の章の議論を通じて、途上国側は、適用除外を広く認めてしまえば本レジームが骨抜きにされるとして、適用除外には概して否定的であり、特に他の国際機関との関係では、広範な関係国際機関(WHO、WIPO、UPOV等)の作業と適切に調和しながら実行されるべきとの文言を求めていた。

(3) 「遵守」、「利益配分」、「アクセス」(いわゆるメインコンポーネント)

(イ)項目の性格の変更

本レジームに盛り込むべき項目がCOP9で決定された際、いわゆる「brick(レジームに含めるために更に詳細化するべき項目)」といわゆる「bullet(レジームの項目とすること自体更なる検討が必要な項目)」の2種類に区分されていた。今回の会合で第二段階の括弧付きテキストの作成段階で、EUが「bullet」に過ぎなかった「国際的なアクセス基準」の項目に関連する内容を、「brick」の項目に括弧付きで挿入することを提案したため、途上国側(ブラジル)は、「brick」を「bullet」にこっそり忍び込ませる行為がなされたとして強く反発し、一時議論は膠着状態に陥った。我が方を含む少数の国々で協議を行った結果、今後の議論では「brick」と「bullet」の区別を撤廃するとの提案がコンタクト・グループの共同議長から示され、コンタクト・グループ、更に全体会合において各国から了承された。

 この「brick」と「bullet」の区別の撤廃が今後の交渉に当たって意味するところが全体会合で議論されたが、我が方ほか先進国からの照会に応えて、コンタクト・グループの議長からは、いずれの項目も最終的なレジームに含まれるか否かは予断しない、つまり含まれることもあれば、含まれないこともあるということである旨明確に述べられた。

(ロ)議論の進展

メインコンポーネントについては、第2段階の括弧付きテキスト作成までしか行われず、括弧を減らす段階まで至らなかったため、どの括弧を残すべきか、どの括弧は受入れ可能か否かの議論まではなされなかった。他方で、各国がどのような内容の挿入を求めたかが明らかになったため、論点ごとに交渉に臨む各国の立場は明らかにされた。

(ハ)「遵守」の章

 特に「国際的に認識された認証」、特許等での「情報開示要求」、「意識啓発活動」等の遵守促進の制度の各論点で、特に各国から多くの括弧付き文章の挿入が試みられた。

 「国際的に認識された認証」では、途上国の多くが、この制度の充実を求め、特に資源提供国の国内法を遵守していないことが明らかな遺伝資源利用には利用国が特許を認めないなど、提供国の認証結果を利用国での行政上の扱いに反映させることを求めていた。

 「情報開示要求」については、途上国の多くが、特許出願に当たって遺伝資源の利用等の情報開示を義務づけることを求めていた。先進国は、これらの要求に対して反対の立場を表明し、今後の更なる議論が必要であるとの認識を示した。

 他方、「意識啓発等活動」については、先進国側がその充実のための文章の挿入を提案した。

(ニ)「利益配分」の章

 途上国側から、利用国政府が利益配分を国内法で担保する趣旨の規定が提案されたのに対して、先進国側は利益配分は個別契約によるべきとの考えに基づき、利益配分を担保するのではなく、利益配分を促す措置の実施を求める規定を挿入することを提案した。

(ホ)「アクセス改善」の章

 EUから、国際最低アクセス基準に係る詳細な規定が提案されたのに対して、途上国側は、これを弱める趣旨の修文を提案した。

<評価>

1 過去の作業部会では、法的拘束力のあるレジームを求める途上国とそれに反対する先進国の間で対立が続き、レジームの在り方に係る実質的な議論がなされていなかったが、今回の作業部会では、レジームの法的性格の議論を一旦棚上げした上で、具体的なレジームに係る各国の考え方がテキスト・ベースで提示されたため、今後の議論のベースとなるテキスト案が作成された。

2 国際レジームに係る各国の考え方がほぼ出揃い、主な争点も明らかになってきたと考えられるが、各国の立場には依然として大きな隔たりがあることに、加え、第8回ABS作業部会に向けて更なるコメントが求められている状況にあり、一つのテキスト案への合意までには依然として長く険しい交渉が予想される。

3 特に争点となっているのは、資源利用国の法制度・行政制度をどこまで変更できるかという点であるが、求められている制度変更の多くは、CBD条約との整合性、国内制度としての実現可能性、各国制度の国際的な整合性などの面で多くの問題があり、今後の交渉での課題となっている。

4 我が国は、今回の作業部会に先立ち意見書を提出したほか、会合期間中も積極的に意見表明を行い、多くの面で議論の進展に貢献したほか、我が国の立場への理解を求めた。また、「遵守」に係る専門家会合(先般1月に東京で開催)で議長を務めた磯崎博司・明治学院大学教授が、当該専門家会合の報告を行う機会も与えられた。

5 我が国としては、どのような国際レジームが実現可能かつ効果的であるかという観点から更なる検討を加え、COP10に向けて、国際レジームの構築に向けた各国間での意見調整を進めていく方針である。

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