第5節 ロシア、中央アジアとコーカサス
1 ロシア
(1)ロシア情勢
ア ロシア内政
2018年に、2014年のクリミア「併合」以前の水準(60%台)に低下したプーチン大統領の支持率は、2019年も大きな回復は見られず、おおむね同水準で推移した。政権にとって支持基盤の強化が課題となる中、8月には、9月のモスクワ市議会選挙への反体制派候補者の立候補が拒否されたとされる問題で近年最大となる約5万人規模の抗議活動が開催されるなど、特に大都市では比較的規模の大きい抗議活動が散発した。
イ ロシア経済
2014年から低迷していたロシア経済は、2016年からプラス成長に転じ、2019年も、前年に比べて成長率は鈍化したものの、引き続きプラス成長となった(2019年の速報値1.3%(ロシア国家統計庁))。また、その他の主要マクロ経済指標もおおむね安定的に推移した。ただし、欧米諸国による対ロシア制裁の継続や国際市場における原油価格の動向など経済に対する不安要素は引き続き存在し、実質所得の低迷など生活水準への一般国民の不満も存在している。
ウ ロシア外交
欧米諸国とは、首脳・外相レベルを始めニ国間の接触が随時行われたが、対ロシア制裁は引き続き維持されている。
特に米国との関係では、8月に中距離核戦力(INF)全廃条約が終了し、また、新戦略兵器削減条約(新START条約)の延長がなお未定となっている。米露間では、今後の軍備管理の枠組みの在り方のほか、ウクライナ、ベネズエラなどの国際情勢に関する問題などでも引き続き立場の隔たりが大きく、関係改善の糸口は見えていない。
中国とは、外交関係樹立70周年を迎え6月に習近平(しゅうきんぺい)国家主席による国賓訪問が行われるなど、引き続き首脳間の交流が進められた。また、7月には日本海から東シナ海にかけて露中爆撃機による初の共同哨戒(しょうかい)飛行を行うなど軍事協力の緊密化をアピールする動きも見られ、同日にロシアの早期警戒管制機が島根県竹島の領海上空を侵犯した。
中東・アフリカについては、シリア情勢においてシリア、トルコなど関係国の仲介に入り、影響力を発揮し、また、10月にロシア・アフリカ首脳会合を初開催するなど、積極的な外交を行った。
独立国家共同体(CIS)との伝統的な協力関係やBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国及び南アフリカ)などの多国間枠組みでもロシアは存在感を示している。
(2)日露関係
ア アジア太平洋地域における日露関係
日露両国は、最も可能性を秘めた二国間関係である。近年、ロシアは、極東・東シベリア地域の開発を重視し、世界経済の成長センターであるアジア太平洋地域諸国との関係強化を積極的に推進している。日露両国がアジア太平洋地域の重要なパートナーとして、安定した関係を築き、協力を深めることは、日本の国益のみならず、地域の安定と発展にとっても極めて重要である。
イ 北方領土と平和条約交渉
日露間の最大の懸案となっているのが北方領土問題である。北方領土は我が国が主権を有する島々であり、政府としては、首脳間及び外相間で緊密な対話を重ねつつ、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針の下、ロシアとの交渉に精力的に取り組んでいる1。
両国首脳は、戦後70年以上日露間で平和条約が締結されていない状態は異常であるとの認識を共有しており、2016年末に山口県長門市で行われた日露首脳会談において、安倍総理大臣とプーチン大統領は、平和条約問題を解決する自らの真摯な決意を表明している。
2019年には、3度の首脳会談及び7度の外相会談を始め、政治対話が活発に行われた。6月の大阪での日露首脳会談において、安倍総理大臣とプーチン大統領は、2018年11月にシンガポールにおいて共に表明した、「1956年共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させる」との決意の下で、引き続き交渉を進めていくことで一致した。9月のウラジオストクでの日露首脳会談では、両首脳は平和条約締結問題について忌憚(きたん)のない意見交換を行い、未来志向で作業することを再確認した。また、交渉責任者である日露両外相に対して、双方が受け入れられる解決策を見つけるための共同作業を進めていくよう、改めて指示した。

(9月5日、ロシア・ウラジオストク 写真提供:内閣広報室)
これを受け、茂木外務大臣とラヴロフ外務大臣は、9月にニューヨーク、11月に名古屋で日露外相会談を実施し、平和条約交渉を含む今後の協議の進め方などについて議論した。さらに、12月のモスクワでの日露外相会談では、平和条約交渉について両外相の間で時間をかけて議論を行い、本格的な協議に入ることができた。
2016年末のプーチン大統領訪日の際に協議の開始で合意2した北方四島における共同経済活動については、首脳間、外相間だけでなく、次官級協議及び局長級作業部会でも議論を重ねてきた。6月の日露首脳会談において、両首脳は、「観光」及び「ゴミ処理」の2件の「ビジネスモデル」について一致し、8月及び9月には双方のゴミ処理専門家による北海道本島及び四島の訪問を、10月から11月にかけては日本人観光客による初めての観光パイロットツアーを実施した。

(10月31日、国後島 写真提供:ワールド航空サービス)
政府は、四島交流、自由訪問及び北方墓参などの北方領土問題解決のための環境整備に資する事業にも積極的に取り組んでいる。北方領土の元島民の方々のための人道的措置として、7月に、船舶による歯舞(はぼまい)群島及び色丹(しこたん)島への墓参の際に、臨時の追加的出入域地点が設置されたほか、8月に、3年連続となる航空機による墓参を実現した。これらの措置により、北方四島への移動に要する時間が短縮され、元島民の方々の身体的負担を軽減することができた。また、墓参では、近年訪問できなかった場所にも訪れることができた。日露双方は、今後も手続の簡素化を続けることで一致している。政府としては、日露両首脳の強いリーダーシップの下、北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すべく、引き続き、ロシアとの交渉に粘り強く取り組んでいく。
このほか、政府は、北方四島周辺水域における日本漁船の安全な操業の確保や、ロシア側が禁止する流し網漁に代わる漁法でのさけ・ます類の漁獲の継続のため、ロシア側に対する働きかけや調整を行っている。一方で、北方四島でのロシアの軍備強化に向けた動きに対しては、領土問題に関する日本の立場と相いれないとしてロシア側に対して申し入れている。
ウ 日露経済関係
2019年の日露間の貿易額は、ロシアから日本への主要な輸入品目であるエネルギー・鉱物資源の輸入額減少の影響などを受け、1月から12月の貿易額は対前年比で減少となった(2019年1月-12月統計約2兆3,459億円、前年同期比約7.2%減(出典:財務省貿易統計))。
日本の対露直接投資残高は1,780億円(2017年)から1,688億円(2018年)へと減少した(出典:日本銀行国際収支統計)。
2016年5月に安倍総理大臣が提案した経済分野における8項目から成る「ロシアの生活環境大国、産業・経済の革新のための協力プラン」については、2019年末までに200件以上の民間プロジェクトが生み出されている。
9月の第5回東方経済フォーラム(ウラジオストク)の際の日露首脳会談では、両首脳は日本企業が参画する北極LNG2プロジェクト3への最終投資を決定したことや、日本企業がロシア政府ほかとサンクトペテルブルクでの自動車製造に関する特別投資契約を締結したことを歓迎した。
12月の貿易経済に関する日露政府間委員会第15回会合(モスクワ)では、茂木外務大臣とオレシュキン経済発展相が共同議長を務め、関係省庁や民間企業関係者を交えて経済関係を包括的に議論した。両議長は、上記8項目の「協力プラン」の下で二国間の協力が着実に進展していることを指摘し、日露企業の更なる協力の具体化に向け、こうした肯定的な傾向を一層後押ししていくことで一致した。

また、ロシア国内6都市で活動している日本センターは、両国企業間のビジネスマッチングや経営関連講座を実施しており、これまでに約9万人が講座を受講し、そのうち約5,700人が訪日研修に参加している。
エ 様々な分野における日露間の協力
(ア)安全保障・防衛交流・海上保安
2019年も、日露戦略対話を始め、軍縮・不拡散、テロ、サイバーなど幅広い分野で外交当局間の協議を行った。また、1月の日露首脳会談で、麻薬を始めとする「非伝統的脅威」への対処分野における協力の裾野を更に広げていくことで一致したことを踏まえ、同月、日本、ロシア、アフガニスタン、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)との間で進められている、アフガニスタンにおける麻薬探知犬訓練センター建設計画を担当するUNODC関係者が東京税関「麻薬探知犬訓練センター」を訪問した。また、腐敗対策分野でも両国の関係省庁間で意見交換が行われた。安全保障分野では、3月に外交当局間で日露安保協議を実施し、5月に東京で4回目となる日露外務・防衛閣僚協議(「2+2」)が開催されたほか、9月には北村滋内閣官房国家安全保障局長とパトルシェフ安全保障会議書記の会談が行われた。また防衛交流では、5月に湯浅悟郎陸上幕僚長が訪露し、11月にはエフメノフ露海軍総司令官が訪日した。実務レベルでは、各種協議に加え、6月に日露捜索・救難共同訓練を実施した。さらに、前年に続き、日露海上警備機関長官級会合が実施された。
(イ)文化・人的交流
2016年12月の日露首脳会談で青年交流の規模を倍増するとの合意がなされたことを受け、2019年には860人(2018年:1,334人)が日露青年交流事業に参加し、幅広い分野で交流が実施された。
2018年から2019年にかけて、日露両首脳の合意により「ロシアにおける日本年」、「日本におけるロシア年」が実施され、交流年の認定行事としてロシアにおいて600件以上の日本関連行事が開催され、160万人以上が行事に参加するなど、文化・人的交流が活発に行われた。2019年6月には、両首脳出席の下、大阪において交流年の閉会式が行われるとともに、2020年から2021年を日露地域・姉妹都市交流年とすることが発表された。


1 北方領土問題に関する日本政府の立場については外務省ホームページ参照:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/hoppo.html

2 2016年12月の日露首脳会談の結果、両首脳は、平和条約問題を解決する自らの真摯な決意を表明するとともに、北方四島における共同経済活動に関する協議の開始に合意し、また、元島民の方々による墓参などのための手続を改善することで一致した。
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