外交青書・白書
第2章 しなやかで、揺るぎない地域外交

3 北アフリカ地域情勢(エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ)

(1)エジプト

中東・アフリカ・欧州地域が交差する地政学的要衝に位置するエジプトは、人口1億人以上を有する中東・北アフリカの地域大国である。10月7日のハマスなどによるテロ攻撃発生以降、イスラエル・パレスチナ情勢が緊迫化したことを受け、ガザ地区からの外国人などの退避、国際機関や世界各国からの人道支援物資の受入れ・ガザ地区への搬送や、カイロ平和サミット開催を始めとする外交努力を通じて、情勢の沈静化、地域全体の不安定化の防止、人道状況改善の緊要性等の議論を主導するなど、地域の安定のために重要な役割を果たしている。12月には大統領選挙が実施され、ガザ情勢への対応を通じ国民の支持を集める現職のエルシーシ大統領が投票総数の89.6%の得票を得て3選を果たし、長期政権への道を開いた。

日本との関係では、4月に岸田総理大臣が日本の総理として8年ぶりにエジプトを訪問してエルシーシ大統領と首脳会談を行い、二国間関係の戦略的パートナーシップへの格上げを発表した(167ページ 特集参照)。9月には林外務大臣がカイロを訪問、エルシーシ大統領を表敬し、シュクリ外相と会談を行ったほか、中東に関する日本・エジプト・ヨルダン三者閣僚級協議及び第3回日・アラブ政治対話を開催した。悪化するガザ情勢を受けて、岸田総理大臣は10月17日及び11月29日にエルシーシ大統領と電話で協議を行ったほか、12月1日にはUAEで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)の機会に同大統領との会談を実施し、二国間関係及び地域・国際情勢について意見交換を行い、緊密な連携を確認した。また、上川外務大臣はシュクリ外相と10月12日及び11月14日に電話会談を行ったほか、10月、主要国ハイレベルが出席したカイロ平和サミットに出席し、議長のエルシーシ大統領とも意見交換を行った。

第3回日・アラブ政治対話に臨む林外務大臣(9月5日、エジプト・カイロ)
第3回日・アラブ政治対話に臨む林外務大臣
(9月5日、エジプト・カイロ)

エジプト・イスラエル間の停戦監視活動などを主要任務とするシナイ半島駐留多国籍部隊・監視団(MFO)18には、2019年4月から自衛官2人を派遣してきたが、7月からは2人増員の計4人の司令部要員を派遣しており、引き続き地域の平和と安定に向けた貢献を行っている。

(2)リビア

リビアは、アフリカ1位の原油埋蔵量を誇るエネルギー大国であるが、2011年のカダフィ政権崩壊後、東西に政治勢力が並立する不安定な状況が続いている。2019年4月には、東部の実力者であるハフタル「リビア国軍(LNA)19」総司令官がトリポリへの進軍を指示し武力衝突に発展した。2020年10月に両勢力間が恒久的停戦合意に署名して以降、東西両勢力間の武力衝突事案は大幅に減少している。2023年9月には、東部デルナを中心に洪水による甚大な被害が発生した。

政治面では、国連主導の政治対話フォーラムにおいて2021年12月24日の独立記念日に大統領選挙を含む一連の国政選挙を行うことについて基本的合意が成立したものの、2023年末時点で実施に至っていない。2月にバシリー・リビア担当国連事務総長特別代表が2023年内の選挙実施に向けたイニシアティブを発表して以降、引き続き国連主導による取組が進められている。

日本は、9月にリビア東部において発生した洪水を受け、JICAを通じて緊急援助物資を供与したほか、総額300万ドルの緊急無償資金協力を実施している。また、治安情勢に一定程度改善が見られることなどを踏まえ、在リビア日本国大使館は、2014年7月に大使館を一時閉館して以来初めて、2024年1月にトリポリでの業務を再開した。

(3)マグレブ諸国(チュニジア・アルジェリア・モロッコ)

マグレブ地域は、欧州・中東・アフリカの結節点に位置する地理的優位性や豊富な若年労働力などによる高い潜在性から、アフリカにおいて経済面で高い重要性を有している一方、引き続き貧困層の拡大、地域格差や高失業率、食料価格高騰の影響などの克服が課題となっている。加えて、リビアやサヘル地域からの武器や不法移民の侵入による治安面への影響が懸念されている。

チュニジアでは、2022年に施行された新憲法の下、同年12月及び2023年1月に国民代表議会選挙が実施され、新議会が成立した。ロシアによるウクライナ侵略や気候変動などによりチュニジアの経済・財政が影響を受ける中、経済社会改革に取り組むことができるかが注目されている。

日本との関係では、6月に山田外務副大臣がチュニジアを訪問し、ブデン首相への表敬、アンマール外相への表敬を行ったほか、第11回日本・チュニジア合同委員会の日本側団長を務め、二国間関係全般、地域情勢及び国際場裡における協力について意見交換を行った。9月には、林外務大臣がエジプトでの日・アラブ政治対話の機会にアンマール外相と外相会談を実施した。また、12月には、第3回日・チュニジア安全保障・テロ対策対話が実施されるなど、政治面での協力が進んだ。

第11回日本・チュニジア合同委員会で団長を務める山田外務副大臣(6月16日、チュニジア・チュニス)
第11回日本・チュニジア合同委員会で団長を務める山田外務副大臣(6月16日、チュニジア・チュニス)

アルジェリアでは、2019年12月にテブン新大統領が就任し、同大統領は「新しいアルジェリア」の実現に向けた経済改革の一環として、2022年に投資法の改正などを実施した。2023年11月にはラルバウィ首相を任命し、2024年に控える大統領選挙での再選に向け、今後の政権運営に注目が集まる。

日本との関係では、2月に租税条約(2024年1月20日発効)、7月に合同経済委員会設置協定の署名が行われ、経済関係の強化が期待される。6月には日・アルジェリア政策協議、12月には10年ぶりに両国治安・テロ対策協議が開催された。これらの会合では、両国を取り巻く地域情勢などについて意見交換を行い、2024年に議席を共にする国連安全保障理事会を含む多数国間の枠組みでの連携を確認した。また、JICAの技術協力事業による日本からの水産専門家の派遣や、国際マンガフェスティバルへの日本人映画監督の参加など、外交のみならず、多様な分野で二国間関係が進展している。

モロッコでは、2021年9月の衆議院議員選挙を受け発足したアハヌーシュ・独立国民連合(RNI)党首率いる連立内閣が、保健・教育・社会保障・税制改革に加え、モハメッド6世国王が提唱する「新しい発展モデル」の実施に注力している。また、洪水、干ばつなどの気候変動リスクを抱えるモロッコではグリーン経済への移行に向け積極的な取組を進めている。9月には中部山間部において、マグニチュード6.8の地震が発生し甚大な被害が出る中、10月にマラケシュで世界銀行・IMF年次総会が開催され、日本からは鈴木俊一財務大臣及び植田和男日銀総裁が出席した。

日本との関係では、3月には、タールビー・エル・アラミー衆議院議長が日本を公式訪問し、国会関係者と面談を実施した。林外務大臣が9月、エジプトで開催された第3回日・アラブ政治対話の機会にブリタ外相と外相会談を行い、幅広い分野で両国の協力関係を一層強化していくことを確認した。また同月に発生した同国中部における地震被害に対して、総額300万ドルの緊急人道支援を実施した。

コラムサウジアラビアで熱狂に包まれる日本人ポップアーティスト

かつては映画や音楽も禁止され、保守的で閉鎖的とのイメージが強かった中東の大国サウジアラビアでは、観光の解禁、女性の一層の社会進出など、従来想像されていなかったレベルでの変化が進んでおり、日本との交流もますます盛んになってきています。

その変化の一つとして、同国では大規模な国民的娯楽イベントが定期的に開催されています。2023年は、イスラムの聖地マッカ(アラビア語読み。英語読みでは「メッカ」)まで車で1時間のジッダで「2023年ジッダイベントカレンダー」が開催され、その一環として4月から6月まで日本のカルチャーを体験するイベントエリア「アニメビレッジ」が開設されました。そこでは、たくさんの日本人アーティストが夜に熱演を繰り広げ、現地の若者たちの熱狂に包まれました。

2023年ジッダイベントカレンダー会場シティウォーク内のアニメビレッジでのhalcaさんのコンサート
2023年ジッダイベントカレンダー会場シティウォーク内のアニメビレッジでのhalcaさんのコンサート

また、首都リヤド市内のエンタテイメントエリア「ブルバードワールド」1内では、「2022年リヤド・シーズン」の開催に際して「ジャパンアニメタウン」が開設され、2022年12月の約1か月間にわたり、日本人アーティストが毎週ライブを行いました。

実際にジッダとリヤドでのイベントで公演した日本人アニメソング歌手で、アニメ「BORUTO-ボルト- NARUTO NEXT GENERATIONS」などのテーマソングを公演したhalcaさんは、その感動について次のようにコメントしています。

(halcaさんからのコメント)

リヤドとジッダで過ごした時間と経験は、私にとってかけがえのないものになりました。サウジアラビアで起こった全てのことに大きな喜びを感じ、とても感謝しています。

どこへ行って誰と会っても笑顔の人ばかりで、その豊かな感情表現は私がライブでパフォーマンスを披露している最中にも様々な形で伝わってきました。両手を上げて穏やかに揺れながら聴いてくれた人、指先や手のひら、全身を使ってハートマークを私に向けてくれた人、ロングトーンのあとに大きな拍手を送ってくれた人、それぞれが自由に音楽を楽しんでいる姿がとても輝かしく見えました。

リヤド、ジッダどちらのライブも非常に密度の高い歓声に包まれ、熱く心が満たされ、この経験が私にとって確かな自信に繋(つな)がったのを今でも実感しています。自身の体験から、お互いを認め合い、愛し合うことで人々は大きな成長を遂げる可能性を感じました。

私を迎えてくれたサウジアラビアの皆さんとの思い出は、これから先も私の心に深く残るでしょう。そして、この美しい気持ちと思い出を日本に持ち帰り、サウジアラビアとその人々の素晴らしさを日本の皆さんに伝えていきたいです。音楽やアニメ、言葉を超えた様々なことに思いを託して、両国の絆(きずな)が強まりますようにという期待を込めて。

ジッダへの日本人アーティスト派遣業務を請け負った株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントからは、「社会・文化面の自由化が著しいサウジアラビアにおいて日本のアニメ・ゲームや音楽といったエンタメが広く受け入れられていることを実感しており、今後もサウジアラビアの人たちに喜んでいただけるようなコンテンツやイベントを展開していければと思っております。」という感想が寄せられました。

また、2023年は、文化面のみならず、政治面での交流も両国間で進みました。7月、岸田総理大臣はジッダで会談したムハンマド皇太子兼首相に、両国の協力枠組み「日・サウジ・ビジョン2030」の第2章を「ザ・ジャーニー」2と銘打ち、協力を一層拡大させていきたい、と伝えました。外交関係樹立70周年の節目となる2025年を目前に控え、この両国の新たな旅立ちに際し、一層多くの日本の方々がこの新しいサウジアラビアの魅力に触れ、更に幅広い分野と多様なレベルで交流が深まることが期待されます。

ムハンマド皇太子兼首相の出迎えを受ける岸田総理大臣(7月16日、サウジアラビア・ジッダ 写真提供:内閣広報室)
ムハンマド皇太子兼首相の出迎えを受ける岸田総理大臣
(7月16日、サウジアラビア・ジッダ 写真提供:内閣広報室)

1 「ブルバードワールド」は、日本を含めた世界10か国の文化や料理を紹介し、レストランや市場、芸術を通じて、それぞれの国を体験できるエリア

2 2021年、ムハンマド皇太子兼首相が設立したミスク財団傘下のアニメーション制作会社と日本のアニメーション制作会社が合同で制作した日・サウジ合作アニメ映画「The Journey」にちなんだもの

コラム大エジプト博物館建設こぼれ話
─飛行機のエチケット袋が歴史を作ることもある!?─
JICA専門家 大エジプト博物館第一館長補 鈴木 彰

「大エジプト博物館建設計画は、両国の友好協力関係の新たなランドマークである。」という安倍総理大臣の思いを未来につなぐため、日本は大エジプト博物館建設に当たり、独立行政法人国際協力機構(JICA)を通じて総工費の約60%に当たる約842億円の円借款供与と、収蔵品、展示品の保存修復、展示方法、博物館運営に関する技術協力、そして別館に展示される「クフ王第2太陽の船」の復原への支援など、開館に向けた包括的な協力を実施してきています。

ギザの三大ピラミッドから北へ約2キロメートルの地に建つ大エジプト博物館は、単一文明を扱う博物館として世界一の大きさを誇り(敷地面積約47ヘクタール)、誰もが息を飲む美しくモダンなデザインの建物です。外壁には昼と夜で表情を変える透き通ったアラバスター石が使用され、建物に入ると、約3,200年前に権勢を誇ったラムセス2世の巨像が設置された6階建ての高さに匹敵するグランドホール、そして古代エジプトの石像などが居並ぶ大階段を上れば世界に名だたるツタンカーメン王のコレクションを集めたツタンカーメンギャラリー、古王国からグレコローマン時代までの3千数百年にわたるコレクションを一堂に集めた常設展示ギャラリーが来館者を出迎えます。そして、大階段の先にある全面ガラス張りの大きな窓から一望できるピラミッド群──古代エジプトの至宝を展示するにふさわしい、この見事な素晴らしい博物館をデザインしたのはいったいどんな建築家なのでしょう。

グランドホールに設置されたラムセス二世の巨像
グランドホールに設置されたラムセス二世の巨像

今から20年以上遡る2002年1月、博物館のデザインコンペティションが、ユネスコの支援の下、全世界に向けて発表されました。ダブリン(アイルランド)の建築事務所ヘネガン・ペン・アーキテクツ(heneghan peng architects)のヘネガン氏とペン氏は、応募に向けて現地を視察するためにエジプト行きの飛行機に飛び乗り、建設予定地に急ぎました。ギザのピラミッド群を臨むどこまでも広大な砂漠の大地に立ち、二人は何を考え、語り合い、どんなデザインの構想を思い描いたのでしょうか。その後ダブリンに戻る飛行機の中で、彼らはおもむろに座席前にあったブリティッシュ・エアウェイズのエチケット袋を手で切り開き、博物館建設予定地の北端を始点として、そこから南にそびえ立つクフ王、カフラー王、メンカウラー王の3大ピラミッドの頂点に続く3本の軸を想定、その形を基に博物館のデザインの素描を書き上げたそうです。

翌2003年6月2日、世界83か国、1,557件の応募があった中、並み居る強豪設計事務所を抑え、みごと最優秀賞を得たのはこのダブリンの新進気鋭の建築事務所ヘネガン・ペン・アーキテクツでした。

博物館北端からピラミッドを結ぶ、ヘネガン・ペン・アーキテクツの建築デザイン案
博物館北端からピラミッドを結ぶ、ヘネガン・ペン・アーキテクツの建築デザイン案

今、私の目の前にそびえ建つ、この壮大で、ギザのピラミッドの歴史にどこまでも溶け込む美しい大エジプト博物館の「はじめの一歩」が、機内のエチケット袋に描かれた小さなデッサンだったとは、なんとも意外で微笑(ほほえ)ましい、この博物館建設一大プロジェクトの歴史の一コマに記す価値のあるエピソードではないでしょうか。

開館を控え、世界が注目する大エジプト博物館。ツタンカーメンの黄金のマスクを始め、これまで未公開としてきた至宝も数多く展示される予定です。日本の支援によるこの壮大なプロジェクトが、真に両国の架け橋になることを確信しています。

現在の博物館をドローンから撮影した画像
現在の博物館をドローンから撮影した画像

18 MFO:Multinational Force and Observers

19 LNA:Libyan National Army

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