外交青書・白書
第2章 地球儀を俯瞰する外交

4 南アジア

(1)インド

インドは東南アジアと中東の中間、ユーラシア大陸の中央という地政学的に重要な地域に位置し、世界第2位の人口を擁する巨大な市場と膨大なインフラ需要を有するアジア第3位の経済規模の新興経済大国である。また、世界最大の民主主義国として、日本とインドは民主主義や法の支配といった普遍的価値観を共有している。

2014年5月のモディ首相就任以降、経済面では7%台の高い経済成長率を維持している。株価上昇に加えて、消費や生産も改善し、モディ政権が重視する海外直接投融資も着実に増加している。

外交面では、モディ首相は、首脳間の交流を活発化させ、南アジア域内やASEAN各国との関係強化に努め、東アジア・東南アジアとの関係を重視する「アクト・イースト」政策を掲げている。さらに、日本、米国、中国、EU諸国を含む主要国と精力的に首脳会談を実施するなどグローバルパワーとしてますます国際場裏での影響力を増している。

日本との関係については、11月にクアラルンプールパリでの国際会議の機会に首脳会談を実施したほか、12月には安倍総理大臣がインドを訪問し、「日印新時代」の道しるべとなる共同声明「日印ヴィジョン2025 特別戦略的グローバル・パートナーシップ インド太平洋地域と世界の平和と繁栄のための協働」を発表した。同首脳会談では、日・インド両国間での政治・安全保障、経済・経済協力、人的交流、地域・グローバルな課題など様々な分野での一層の協力関係強化のための具体的成果が見られ、「日印新時代」の始まりが確認された。政治・安全保障分野では、日・インド原子力協定の原則合意に加え、防衛装備品・技術移転協定及び秘密軍事情報保護協定に署名した。経済分野では、ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道への新幹線システム導入を確認するとともに、日本企業のビジネス機会を後押しするため、日本貿易保険(NEXI)と国際協力銀行(JBIC)により、インド進出企業向けに1兆5,000億円の金融ファシリティを設けることなどを表明した。訪問期間中、安倍総理大臣はモディ首相とヴァラナシを訪問し、ガンジス河辺での宗教儀式を見学した。

モディ首相による歓迎を受ける安倍総理大臣(12月12日、インド・ニューデリー 写真提供:内閣広報室)
モディ首相による歓迎を受ける安倍総理大臣(12月12日、インド・ニューデリー 写真提供:内閣広報室)
日印首脳会談(12月12日、インド・ニューデリー 写真提供:内閣広報室)
日印首脳会談(12月12日、インド・ニューデリー 写真提供:内閣広報室)

外相レベルでは1月に日・インド外相間戦略対話を実施したほか、9月には日米印外相会合を初めて開催し、3か国の戦略的パートナーシップを更に深化させた。

(2)パキスタン

パキスタンは、アジアと中東を結ぶ要衝にあり、その政治的安定と経済発展は地域の安定と成長に重要な意義と影響力を有するとともに、国際テロ対策の最重要国である。また、約1億8,000万人の人口を抱え、経済的な潜在性は高い。シャリフ首相は、経済・財政改革及びテロ対策を含む治安改善を最重要課題として取り組んでおり、その成果が徐々に表れてきている。

治安面では、2014年6月以来、パキスタン軍により、パキスタン・タリバーン運動(TTP)を始めとする武装勢力に対する軍事作戦が継続されている。これに対し、2014年にはTTPによる報復テロも起きたが、2015年にテロ発生件数が大幅に減少した。

外交面では、隣国との関係に動きが見られた。インドについては、2014年夏以降、カシミールにおけるインド・パキスタン両軍の越境攻撃の激化により関係が冷え込み、いまだ本格的な対話再開には至っていないものの、2015年7月にロシアにおいて首脳会談が行われ、2016年にパキスタンで開催される南アジア地域連合(SAARC)首脳会議へのモディ首相の参加が確認された。また、11月のCOP21首脳会合の際に首脳間の立ち話が実現、その後、12月にモディ首相がアフガニスタン訪問の帰路、パキスタンを電撃訪問し、シャリフ首相と短時間会談を行うなど、関係改善に向けた一定の動きが見られる。中国については、4月に習近平国家主席がパキスタンを訪問した際、両国間関係を「全天候型戦略的協力パートナーシップ」へと格上げし、中国の進める「一帯一路」の橋渡しとなる中・パキスタン経済回廊の第一フェーズとして280億米ドルの事業開始が決定されるなど、幅広い分野で関係が更に強化されている。アフガニスタンについては、7月にタリバーンとの和解プロセスをパキスタン政府が仲介したが、その後、対話は進捗していない。

経済面では、2013年9月からIMFプログラムの下での構造改革が行われており、海外直接投資は減少傾向にあるが、外貨準備高等のマクロ経済指標はおおむね改善しており、成長率は4%台を維持している。

日本との関係については、11月にアジア欧州会合(ASEM)外相会合(於:ルクセンブルク)の機会に、岸田外務大臣とアジズ外務担当首相顧問との間で、シャリフ政権とは初めてとなる外相会談が開催されたほか、11月に3年ぶりとなる官民合同経済対話がイスラマバードで開催され、24社の日本企業が参加した。

(3)バングラデシュ

イスラム教徒が国民の約9割を占めるバングラデシュは、ベンガル湾に位置する民主主義国家であり、インドとASEANの交点としてその地政学的重要性も高い。

内政面では、1月から3月にかけて、与野党の対立が激化し、100人以上の死者が発生するなど治安情勢が悪化した。また、9月のイタリア人殺害事件、10月の邦人殺害事件、イスラム教やヒンドゥー教の宗教施設や治安関係者が標的となるテロ事件、世俗主義的な作家・ブロガーに対する襲撃事件も相次いで発生した。

経済面では、後発開発途上国ではあるものの、繊維品を中心とした輸出が好調で約6%の経済成長率を維持し堅調に成長している。また、人口は約1億6,000万人に上り、安価で質の高い労働力が豊富な生産拠点及び高いインフラ整備需要など、潜在的な市場として注目を集め、進出している日系企業数は61社(2005年)から238社(2015年12月)に増加している。一方、海外移住者や出稼ぎ労働者からの海外送金が重要な外貨獲得手段であり、名目GDPの1割弱を占めている。また、電力・天然ガスの安定した供給やインフラ整備が外国企業の投資にとって課題となっている。

日本との関係については、バングラデシュ政府要人が相次いで訪日したほか、4月のアジア・アフリカ会議60周年記念首脳会議(於:インドネシア)や9月の国連総会の際に、安倍総理大臣がハシナ首相との間で首脳会談を実施し、前年の両国首脳の相互訪問で立ち上げられた「包括的パートナーシップ」の下で、密接に協力していくことを確認した。

(4)スリランカ

スリランカは、インド洋のシーレーン上の要衝に位置し、その地政学的及び経済的重要性が注目されている伝統的な親日国である。2009年の内戦終結後1、治安状況は大幅に改善され、日本人観光客は約4万人(2014年)であり、2008年比で約4倍増となった。

内政面では、1月の大統領選挙の結果、シリセーナ野党統一候補がラージャパクサ大統領に勝利し、新大統領に就任した。8月には総選挙が行われ、統一国民党(UNP)及びスリランカ自由党(SLFP)による大連立が形成され、ウィクラマシンハUNP党首が首相に再任された。

新政権は、内戦終結後の重要課題である国民和解に向け、国民和解局を設置したほか、人権侵害疑惑に関する真実追究、正義への権利、補償への権利及び紛争の再発防止に対応する4層体制メカニズムを設置する意向を示すなど、多様な方法で国民和解の促進に取り組んでいる。

経済面では、スリランカでは近年年率7%以上の経済成長率を維持しており、1人当たりのGDPは2014年に3,609米ドルを記録し、同国の地政学的重要性やインド市場へのアクセスを踏まえ更なる高成長が期待されている。

日本との関係については、10月にウィクラマシンハ首相が日本を訪問し、安倍総理大臣との間で日・スリランカ首脳会談を行い、「日・スリランカ包括的パートナーシップに関する共同宣言」を発表した。同宣言では、投資・貿易促進、国家開発計画に係る協力及び国民和解・平和構築にかかるイニシアティブを両国で推進していくことが確認された。

(5)ネパール

ネパールは、中国・インド両大国に挟まれた内陸国として地政学的な重要性を有しており、また、日本はネパールにとって長年主要援助国であり、皇室・旧王室関係や登山などの各種交流を通じた伝統的な友好関係を有している。

4月25日に、ネパール中西部で発生した大地震は、9,000人近くの死者、2万人以上の負傷者という甚大な被害をもたらした。日本は、緊急人道支援として、国際緊急援助隊(救助チーム、医療チーム及び自衛隊部隊(医療援助隊))の派遣、緊急援助物資の供与とともに、1,400万米ドル(約16億8,000万円)の緊急無償資金協力を実施した。また、復旧・復興支援として、6月25日に開催されたネパール復興に関する国際会議(於:カトマンズ)で、総額2億6,000万米ドル(約320億円超)規模の住宅、学校及び公共インフラの再建を中心とした支援の実施と今後のネパールの震災からのより良い復興に向けた努力を積極的に支援することを表明した。

自衛隊部隊による医療活動の様子
自衛隊部隊による医療活動の様子
ネパールの地震による被災現場を視察する城内外務副大臣(6月、ネパール・カトマンズ)
ネパールの地震による被災現場を視察する城内外務副大臣(6月、ネパール・カトマンズ)

内政面では、2006年の包括的和平合意を受けて、2008年に制憲議会が開会して以来、一貫して新憲法制定に向けた取組が継続されてきた。主要政党間の対立による憲法制定作業は難航していたが、2015年4月に発生した大地震を機に震災復興のためには憲法制定が重要であるとして制定に向けた動きが加速化し、2015年9月、ネパールを連邦制の世俗国家とする新憲法が公布された。10月、新憲法の規定に基づき、オリ・ネパール共産党(統一マルクス・レーニン主義派)(CPN-UML)委員長が新首相に選出され、同党を始めとする連立内閣が発足した。

日本との関係については、2015年3月の日・ネパール外相会談の開催に加え、同月、日・ネパール外務省間政務協議(於:東京)が行われ、政策面を含めた二国間協力が拡大してきている。

(6)ブータン

ブータンは2008年に王制から立憲君主制に平和裏に移行し、現在はトブゲー政権の下で民主化定着のための取組が行われている。政府は国民総幸福量(GNH)を国家運営の指針とし、第11次5か年計画(2018年終了)の課題である経済的な自立、食料生産、若者の失業率低下などに取り組んでいる。

日本との関係については、2011年のブータン国王王妃両陛下の国賓としての訪日を機に、日・ブータン間の交流は様々な分野とレベルで活発になっている。3月にはワンチュク経済相が日本を訪問し、城内実外務副大臣と会談を行い、ブータンの民主化定着に向けた取組、日本の農業・インフラ分野への支援について意見交換が行われた。

(7)モルディブ

インド洋の島嶼国であるモルディブは、GDPの約3割を占める漁業と観光業を中心に経済成長を実現している。2011年には後発開発途上国を卒業し、1人当たりのGDPは約8,484米ドル(2014年)にまで増加した。

内政面では、9月に発生した大統領の乗船するボートでの爆発事件及び11月初頭の非常事態宣言2の発令など、治安情勢が一時的に不安定化している局面が見受けられる。

日本との関係については、2016年1月に在モルディブ日本国大使館が開設されるなど、二国間関係強化への機運が高まっている。両国間の要人往来も活発化しており、2015年7月、中根外務大臣政務官がモルディブ・マレで行われた独立50周年記念式典に出席したのに加え、マウムーン外相が、8月の国際女性会議「WAW! 2015」に参加するため訪日した。この機会に行われた日・モルディブ外相会談では、両国で海洋分野及び気候変動分野についての対話・協力を強化することで一致した。

1 スリランカでは1983年から2009年まで25年以上にわたり、スリランカ北部・東部を中心に居住する少数派タミル人の反政府武装勢力であるLTTEが、北部・東部の分離独立を目指し、政府側との間で内戦状態にあった。

2 11月4日、ヤーミン・モルディブ大統領は、「国家と社会の安全に対する脅威」の存在を理由に非常事態宣言を発令。同月10日、国民に対する脅威はなくなったことから非常事態宣言は解除された。

このページのトップへ戻る
青書・白書・提言へ戻る