7 人権
人権の保護・促進は国際社会の平和と安定の礎である。日本としては、人権は、普遍的な価値であり、達成方法や文化に差異はあっても、人権擁護は全ての国の基本的責務であると認識しており、また、深刻な人権侵害に対してはしっかり声を上げる一方、「対話」と「協力」を基本とし、民主化、人権擁護に向けた努力を行っている国との間では、二国間対話や協力を積み重ねて自主的な取組を促すことが重要であると考えている。加えて、日本はこの分野において、アジアでの橋渡しや社会的弱者の保護といった視点を掲げつつ、二国間での対話や国連など多数国間のフォーラムへの積極的な参加、国連人権メカニズムとの建設的な対話も通じて、世界の人権状況の改善に向けて取り組んでいる。
(1)国連における取組
ア 国連人権理事会
国連人権理事会は、国連での人権の主流化の流れの中で、国連の人権問題への対処能力の強化を目的に、人権委員会を改組する形で2006年に設立された。1年を通じてジュネーブで会合が開催され(年3回の定期会合、合計約10週間)、人権や基本的自由の保護・促進に向けて、審議・勧告などを行っている。日本は、これまで、2006年6月から2011年6月(1期目・2期目)まで、2013年1月から2015年12月(3期目)まで及び2017年1月から2019年12月(4期目)まで理事国を務めた。直近では、2019年10月の選挙で当選し、2020年1月から2022年12月まで理事国を務めている(5期目)。
2月及び3月に開催された第43会期のハイレベル・セグメント(各国の主要な代表者による会合)では、尾身朝子外務大臣政務官がスピーチを行った。その中で、尾身外務大臣政務官は、新型コロナに関係して、東アジア系であることのみを理由とした施設の利用停止や心ない誹謗(ひぼう)中傷などが起きないよう呼びかけを行った。また、日本として、引き続き、アジアの国々を始めとする世界の人権保護・促進に貢献していく決意を述べるとともに、拉致問題の早期解決の重要性を訴えた。加えて、児童の権利の保護・促進、ハンセン病差別撤廃に関する国際的な議論の主導、先住民族であるアイヌの人々の文化の復興・発展、第三国定住による難民の受入れ拡大といった、国内外における社会的弱者の権利の保護・促進に関する日本の直近の取組を紹介した。同会期では、EUが提出し、日本が共同提案国となった北朝鮮人権状況決議案が無投票で採択された(採択は13年連続)62。同決議は、拉致問題及び全ての拉致被害者の即時帰国の緊急性及び重要性、拉致被害者及び家族が長きにわたり被り続けている多大な苦しみ、全ての日本人拉致被害者の即時帰国、さらには、被害者の家族に対する被害者の安否及び所在に関する正確な情報の提供などに言及する内容となっている。
7月の第44会期では、日本はハンセン病差別撤廃決議案を主提案国として提出し、同決議案は、全会一致で採択された。同決議は、全世界でハンセン病に関連する差別問題に苦しむ人々の人権を守るため、人権理事会としてハンセン病差別撤廃に関する特別報告者の任期を3年間延長することを決定している。また、国連人権高等弁務官及び同特別報告者に対してハンセン病差別に関する様々な関係者との協議の継続を促している。
イ 国連総会第3委員会
国連総会第3委員会は、人権理事会と並ぶ国連の主要な人権フォーラムである。同委員会では、例年10月から11月にかけて、社会開発、女性、児童、人種差別、難民、犯罪防止、刑事司法など幅広いテーマが議論されるほか、北朝鮮、シリア、イランなどの国別人権状況に関する議論が行われている。第3委員会で採択された決議は、総会本会議での採択を経て、国際社会の規範形成に寄与している。
第75会期では、EUが提出し、日本が共同提案国となった北朝鮮人権状況決議案が、11月の第3委員会と12月の総会本会議において、無投票で採択された。同決議は、拉致問題及び全ての拉致被害者の即時帰国の緊急性及び重要性、拉致被害者及び家族が長きにわたり被り続けている多大な苦しみ、全ての日本人拉致被害者の即時帰国、さらには、被害者の家族に対する被害者の安否及び所在に関する正確かつ詳細な情報の提供などに言及する内容となっている。
さらに日本は、シリア、イランなどの国別人権状況や各種人権問題(社会開発、児童の権利など)を含め、人権保護・促進に向けた国際社会の議論に積極的に参加した。
ウ 子どもに対する暴力撲滅
日本は、2018年以降、「子どもに対する暴力撲滅グローバル・パートナーシップ(GPeVAC)」に参加し、子どもに対する暴力の撲滅に向けて取り組む「パスファインディング国」として、GPeVACの活動に積極的に関与している。その一環として、市民社会や民間企業と協力しながら、子どもに対する暴力撲滅に向けた国別行動計画の策定に取り組んでいる。7月には、NPO法人チャイルド・ファンドと共に、新型コロナと子どもに対する暴力撲滅のテーマで国連ハイレベル政治フォーラム(HLPF)サイドイベントを共催した。日本は、引き続き国際社会と連携しつつ、国内外で子どもに対する暴力をなくすための取組を推進していく。
エ 「ビジネスと人権」に関する行動計画
日本は、国連人権理事会において支持された「ビジネスと人権に関する指導原則」の履行に向けて積極的に取り組んでいる。その取組の一つとして、企業活動における人権尊重の促進を図るため、10月、「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定した。策定後には、ジュネーブで開催された国連ビジネスと人権フォーラムといった国際場裡や、経済団体やステークホルダー団体が開催した会合などにおいて、行動計画の周知を行ってきている。今後は、関係府省庁が連携し、行動計画の着実な実施に取り組んでいく(230ページ 特集参照)。

~「ビジネスと人権」に関する行動計画の策定~
企業活動のグローバル化が進む中、企業による人権尊重の必要性について国際的な関心が高まっています。国連では、2011年の第17回国連人権理事会で、人権を保護する国家の義務や人権を尊重する企業の責任、ビジネス関連の人権侵害に関する救済へのアクセスについての原則を示した「ビジネスと人権に関する指導原則:国連『保護、尊重及び救済』枠組みの実施」(以下、「指導原則」という。)が全会一致で支持されました。「指導原則」は、企業活動における人権尊重の指針として用いられています。
2012年からは、「指導原則」の普及などを目的として「国連ビジネスと人権フォーラム」が開催されるようになりました。また、2015年には国連で、「誰一人取り残さない」世界の実現を目指す「持続可能な開発目標(SDGs※)」が定められた際にも、「指導原則」遵守の重要性が確認されており、投資家、市民社会、消費者からも企業に人権尊重を求める意識が高まってきています。
このように「ビジネスと人権」に対する国内外の関心が高まる中、2016年、日本政府は「指導原則」の着実な履行の一つとして、「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定することを決定しました。本行動計画の策定は、SDGsの達成に向けた主要な取組の一つとしても位置付けられており、2019年12月に、総理大臣を本部長とするSDGs推進本部により決定された「SDGs実施指針改定版」に行動計画を策定していくことを明記しています。SDGsに取り組む上でも、企業は人権を尊重した行動をとることが求められています。
行動計画策定の第一段階として、2018年に、関係する全府省庁が参加する形で、企業活動に関連する日本の法制度や施策などの現状把握を行いました。その上で、企業活動における人権尊重の実態を把握するため、経済界、労働界、法曹界、市民社会などの代表的な組織の参加を得て、計10回の意見交換を実施し、その結果を報告書に取りまとめました。
2019年、行動計画の策定に向けて、関係府省庁間の調整を図る連絡会議を設置しました。また、幅広い意見を聴取することを目的として、諮問委員会及び作業部会を設置し、経済界、労働界、法曹界、学識経験者、市民社会、消費者団体などのほか、さらには海外の有識者との間での議論を通じ、2019年7月に行動計画に盛り込む優先分野を特定しました。2月には、行動計画の原案を作成し、2月17日から1か月間、パブリック・コメントを募集しました。これら様々な意見も踏まえ、10月、関係府省庁連絡会議において、企業活動における人権尊重の促進を図るため、「ビジネスと人権」に関する行動計画が策定されました。
行動計画では、「ビジネスと人権」に関して、今後政府が取り組む各種施策が記載されているほか、人権デュー・ディリジェンス(企業活動における人権への影響の特定、予防・軽減、対処、情報提供を行うこと)導入促進に向けての企業に対する期待が表明されています。
行動計画の実施や周知を通じて、「ビジネスと人権」に関する関係府省庁の政策の一貫性を確保するとともに、責任ある企業行動の促進を図り、国際社会を含む社会全体の人権の保護・促進に貢献し、日本企業の企業価値と国際競争力の向上、そしてSDGs達成への貢献を図っていきます。


(2020-2025)の表紙
※SDGs:Sustainable Development Goals
(2)国際人権法・国際人道法に関する取組
ア 国際人権法
11月、ニューヨークの国連本部で開催された第18回児童の権利条約締約国会合において、児童の権利委員会委員選挙が行われ、日本が候補として擁立した大谷美紀子氏(弁護士)が再選を果たした(231ページ コラム参照)。また、日本は、日本が締結している人権諸条約について、各条約の規定に従い、国内における条約の実施状況に関する定期的な政府報告審査に真摯に対応してきている。3月には、自由権規約第7回政府報告を自由権規約委員会に提出した。


11月、2期目を目指して立候補していた子どもの権利委員会(正式名称:児童の権利委員会)委員選挙がニューヨークで実施され、再選されました。今回の選挙は、新型コロナウイルス感染症の影響により、当初の日程から約5か月遅れで行われました。
子どもの権利委員会は、18人の専門家で構成される人権条約機関※で、その任務は、子どもの権利条約(正式名称:児童の権利に関する条約)の履行促進などです。同条約の締約国数は、国連加盟国よりも多い196か国と、国連の条約の中では最大になります。私は、2017年から日本人初の委員として務めていますが、それ以前から子どもの権利条約について学ぶとともに、各人権条約に設けられている人権条約機関によるモニタリング制度に関心を持ち、20年以上NGOのメンバーとして人権条約機関による政府報告審査に関わってきました。そこで感じたのは、人権条約機関が締約国による条約の実施及び人権の実現を促すためには、各条約機関の作業方法が極めて重要な問題であるということです。こうした考えに基づき、1期目では、子どもの権利委員会の主要任務に加え、人権条約機関の改革に熱心に取り組んできました。
人権条約機関の改革は、2014年に採択された人権条約機関制度の効果的な機能の強化及び向上に関する国連総会決議に基づき行われているものですが、人権条約機関の作業方法に関する議論は、人権の実体的な問題に関するものではなく、地味でテクニカルなものであるため、関心を持つ委員は多くありません。この点、私は、上記のような考えから人権条約機関を改革するための作業に積極的に関わってきました。個人の専門家の集合体である人権条約機関において、人権の実体的な問題について議論を尽くし、意見をまとめ上げていくことは容易ではありませんが、作業方法の改革にはそれ以上の困難が伴います。その中で、異なる意見を調整し、問題を克服するための新たな発想や具体的な解決策を提案する際、私の弁護士としての実務感覚や、NGOの役員として団体の運営や予算・組織改革に関わった経験がいきていることを実感しています。加えて、国連人権高等弁務官事務所でのインターンの経験、民間女性の代表として国連総会第三委員会に日本政府代表団の一員として参加させていただいた経験を通して、国連の組織や予算、手続について常に関心を持ち勉強し続けてきたことが、人権条約機関の改革に関する議論において役に立っています。
各人権条約機関の委員は、自国政府の代表ではなく、独立・中立の専門家として活動します。その一方で、日本人の委員として、子どもの人権のために、また、人権条約機関の制度の改善のために、多くの人たちの記憶に残る良い仕事をして国連の人権活動に貢献することは、大きな意味で日本の国際社会における名誉に資する、私個人としての外交活動であると考えています。こうした意気込みと、貴重な機会を頂いたことへの感謝をもって、2期目の4年間、活動をしてまいります。
※国連で採択された主要人権条約(児童の権利条約、女子差別撤廃条約など)に基づいて設置される、締約国の人権条約の履行をモニタリングする委員会(条約体(treaty body)と呼称される)
イ 国際人道法
日本は、国内における国際人道法の履行強化に向けて積極的に取り組んできた。2月には日本赤十字社と共同で国際人道法国内委員会を開催し、国際事実調査委員会(IHFFC)の活動や役割などについて議論した。10月にはアジア太平洋における各国の国際人道法国内委員会の地域会合に参加し、国際人道法の国内普及・履行に関する意見交換を行った。また、国際人道法の啓発の一環として、例年同様、赤十字国際委員会(ICRC)主催の国際人道法模擬裁判大会に、裁判官役として講師を派遣した。
(3)二国間の対話を通じた取組
国連など多国間の枠組みにおける取組に加え、日本は、人権の保護・促進のため二国間対話の実施を重視している。2月には第7回日・ミャンマー人権対話(ネーピードー)、5月には第24回日・EU人権対話(テレビ会議形式)を開催した。それぞれ人権分野における両者の取組について情報を交換するとともに、国連などの多国間の場での協力について意見交換を行った。
(4)難民問題への貢献
日本は、国際貢献や人道支援の観点から、2010年度から2014年度まで第三国定住(難民が、庇護(ひご)を求めた国から新たに受入れに同意した第三国に移り、定住すること)により、タイに一時滞在しているミャンマー難民を受け入れた。
2015年度以降は、マレーシアに一時滞在しているミャンマー難民を受け入れるとともに、タイからは相互扶助を前提に既に来日した第三国定住難民の家族を呼び寄せることを可能とし、2010年度から2019年度までに合計50家族194人が来日した。
来日後は首都圏の自治体を中心に定住を実施してきたが、難民問題への全国的な理解を促進することなどの観点から、首都圏以外の自治体での定住を積極的に進めることとし、2018年以降、来日後6か月間の研修を終えた難民は国内各地で定住を開始し、それぞれの定住先地域で自立した生活を営んでいる。
難民を取り巻く国際情勢などは大きく変化しており、こうした国際社会の動向を踏まえ、難民問題に関する負担を国際社会において適正に分担するとの観点から、日本は、2019年6月、新たな枠組みによる第三国定住による難民の受入拡大を決定した。具体的には2020年度から、難民の出身国・地域を限定することなくアジア地域に滞在する難民及び第三国定住により受け入れた難民の親族を、年1から2回、60名の枠内で受け入れることとした。なお、国内外における新型コロナの感染状況を踏まえ、12月現在、適切な受入れ時期は検討中となっている。
第三国定住による難民受入れは欧米諸国が中心となって取り組んできたが、アジアで開始したのは日本が初めてである。
62 同会期は、新型コロナの影響により、3月13日の会合を最後に中断していたが、6月15日に再開し、北朝鮮人権状況決議案は6月22日に採択された。