難民

令和2年11月9日

1 難民条約上の難民(条約難民)

(1) 条約難民とは

 難民条約(1951年の難民の地位に関する条約)に定義された難民の要件に該当すると判断された人を「条約難民」と呼んでいます。難民条約第1条A(2)で定義された難民の要件は、以下のとおりです。

  • (a)人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に、迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有すること
  • (b)国籍国の外にいる者であること
  • (c)その国籍国の保護を受けることができない、又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者であること

(2) 我が国の難民条約への加入

 我が国においては、昭和50年代前半のインドシナ難民の大量流出を契機に、難民問題に関する議論が急速な高まりを見せました。これを受け、昭和56年6月の通常国会において、難民条約・議定書(1967年の難民の地位に関する議定書)への加入が承認され、昭和56年10月3日に難民条約に、昭和57年1月1日に難民議定書に加入、昭和57年1月1日から同条約・議定書が我が国について発効することとなりました。

(3) 難民認定と効果

  • (ア)難民条約への加入に当たり、従来の出入国管理法令を改正し、新たに難民認定制度を導入するとともに、法律の名称も「出入国管理及び難民認定法(入管法)」と改称しました。
     我が国において、その外国人が難民条約に定義された難民に該当するか否かの判断(難民の認定)は、法務省別ウィンドウで開く(出入国在留管理庁)が所管しています。
     昭和57年の難民認定制度導入から、令和元年までの申請数は81,543人で、うち難民と認定されたものは794人、難民と認定しなかったものの、人道上の配慮を理由に在留を認めたものは2,665人となっています。
  • (イ)難民として認定された人は、我が国で安定的に在留できるほか、永住許可要件の一部緩和、難民旅行証明書の交付が認められています。
     また、難民条約に定められた難民に対する各種の保護措置を確保するため、社会保障関係法令(国民年金法、児童扶養手当法等)から国籍要件を撤廃するなどの法整備が行われました。これにより、初等教育、国民年金、児童扶養手当、健康保険などについて、日本国民と同一待遇を受けられるなどの社会生活上の効果もあります。

2 インドシナ難民

(1) インドシナ難民とは

 1975年のベトナム戦争終結に相前後し、インドシナ3国(ベトナム・ラオス・カンボジア)では新しい政治体制が発足し、そうした体制になじめない多くの人々が、その後数年に亘り、国外へ脱出しました。これらベトナム難民、ラオス難民、カンボジア難民を総称して、「インドシナ難民」と呼んでいます。

(2) 我が国との関係

  • (ア)昭和50年4月末の旧南ベトナム政権崩壊以降、ボート・ピープル(注1)の流出が激化し、翌月には我が国へも初めてボート・ピープルが到着しました。
    ボート・ピープルの到着は、昭和50年には9隻126人、51年には11隻247人でしたが、52年には25隻833人へと急増、54年から57年の4年間は毎年1,000人台を記録しました。
  • (イ)我が国では、ボート・ピープルに対し、当初一時的な滞在のみを認めることとしていましたが、インドシナ難民の流出が続き、東南アジア諸国に一時滞在する難民の数が増大するにつれて、我が国においてもこれら難民の定住受け入れを求める意見も強くなっていきました。
     このような内外の要請に応えるため、政府は昭和53年4月28日の閣議了解により、ベトナム難民の定住を認める方針を決定しました。定住許可の条件は、当初設定されていた定住枠の撤廃、ラオス難民、カンボジア難民への対象の拡大など順次緩和され、更に、昭和55年6月17日付け閣議了解により、「合法出国計画(ODP)」(注2)の手続や、アジア諸国のキャンプに滞在する難民についても、家族再会を目的とする定住受入れを認めることとなりました。
  • (ウ)昭和54年に39万人とピークを迎えたインドシナ難民の流出は、合法出国計画の実施により以降減少を続けましたが、昭和62年に再び増加に転じ、平成元年には約8万人に上りました。
     この再度の増加の原因は、主として貧困による生活苦から逃れ、より豊かな生活を求める出稼ぎ目的のボート・ピープルの流出と認められたことから、この問題に対処するため、1989年6月に開催されたインドシナ難民国際会議において「包括的行動計画(CPA)」(注3)が採択されました。
     同計画の採択後、インドシナ難民の流出は激減し、平成7年以降、ボート・ピープルの我が国への上陸は発生していません。

(3) 受入れ状況

 昭和53年から受け入れが終了した平成17年末までのインドシナ難民定住受入れ数は11,319人で、近年ではほとんどが「合法出国計画」による家族再会のための受け入れとなっていました。

内訳

ボート・ピープル 3,536人(31%)
海外キャンプ滞在者 4,372人(41%)
合法出国者(ODP) 2,669人(21%)
元留学生など 742人(7%)

(4) 難民条約との関係

 我が国のインドシナ難民の受入れは、人道上の国際協力という面のみならず、アジアの安定という面からも重要と考えられたため、我が国が難民条約に加入する以前から、同条約とは異なった立場において実施しているものです。
 よって、インドシナ難民については、個別に難民性の審査は行われていませんが、国内での処遇については条約難民に準じた配慮が払われています。

3 インドシナ難民及び条約難民に対する定住促進事業

 政府は、昭和54年10月の閣議了解により、インドシナ難民の我が国での定住を支援する方針を決定しました。この決定に基づき、(財)アジア福祉教育財団に定住促進のための事業が業務委託されることとなり、同財団に「難民事業本部」別ウィンドウで開くが発足しました。

 同本部の下に、姫路定住促進センター(兵庫県姫路市)、大和定住促進センター(神奈川県大和市)、国際救援センター(東京都品川区)が設置され、日本語教育、職業紹介、職業訓練などの定住促進業務が実施されました。近年のインドシナ難民受入れ数の減少により、姫路及び大和の定住促進センターは既に閉所され、残された国際救援センターにおいて、従来のインドシナ難民のほか、平成15年度からは条約難民向けの定住促進業務を行っていました。その後、インドシナ難民の我が国流入が終結したことに伴い、国際救援センターは平成18年3月末をもって閉所し、同年4月からは新たにRHQ支援センター(東京都内)を設け、条約難民及びその家族を対象とした定住促進業務を行っています。

4 第三国定住

(1) 第三国定住とは

 第三国定住とは、難民キャンプ等で一時的な庇護を受けた難民を、当初庇護を求めた国から新たに受入れに合意した第三国へ移動させることで、難民は移動先の第三国において庇護あるいはその他の長期的な滞在権利を与えられることになります。

(2) 第三国定住による受入れの経緯

  • (ア)国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、第三国定住による難民の受入れを各国に推奨してきました。第三国定住による難民の受入れは、難民の自発的帰還及び一時庇護国への定住と並ぶ難民問題の恒久的解決策の一つとして位置づけられており、難民問題に関する負担を国際社会において適正に分担するという観点からも重視されています。
  • (イ)このような国際社会の動向を踏まえ、我が国も国際貢献及び人道支援の観点から、アジア地域で発生している難民問題に対処するため、平成20年12月の閣議了解別ウィンドウで開くにおいて、第三国定住によるミャンマー難民の受入れを3年間のパイロットケースとして実施することを決定し、日本はアジアで初めて第三国定住による難民の受入れを開始しました。その後、平成24年に2年間の延長が決定され、平成26年度まで、タイの難民キャンプに滞在するミャンマー難民の受入れを行ってきました。このパイロットケースに基づいて平成26年度までに受け入れた難民の数は、合計で86人です。
  • (ウ)平成27年度からは、平成26年1月24日付けの閣議了解及び難民対策連絡調整会議決定に基づき、第三国定住による難民の受入れを継続して実施しています。令和元年までに、パイロットケースとあわせて合計50家族194人を受け入れました。

(3)現在の第三国定住による難民受入れ実施内容(概要資料)(PDF)別ウィンドウで開く

  • (ア)平成22年度から同26年度までは、タイに滞在するミャンマー難民を、平成27年度から令和元年度までは、マレーシアに滞在するミャンマー難民を対象として、年1回、約30人の範囲内で受入れてきました。
  • (イ)令和2年度からは、アジア地域に滞在する難民を対象として、年1~2回、約60人の範囲内で受け入れることとしています。
  • (ウ)また、これまでに本事業において受入れた第三国定住難民が、その家族の呼び寄せを希望する場合は、本人とその家族が、相互扶助によって各々の生活を自ら維持していくことが可能であると認められる等一定の条件に当てはまる場合に、その家族を呼び寄せることができます(第三国定住により受け入れた難民の家族呼び寄せについて詳しくはこちら別ウィンドウで開く。)。
(注1) ボート・ピープル
 ベトナムから漁船などの小型船に乗って脱出したベトナム難民のことで、小型船で直接周辺諸国にたどり着いたり、南シナ海を漂流中に航行中のタンカーや貨物船に救助されて寄港地の港に上陸しました。
(注2) 合法出国計画(ODP・Orderly Departure Program
 南シナ海を漂流中のボート・ピープルについて、悪天候による遭難または海賊に襲撃を受けるなど、人道上看過できない状況が発生しました。

事態改善のため、1979年5月30日、UNHCRはベトナム政府と覚書(合法出国計画に関する覚書)を取り交わし、ベトナム国内に滞在する者で、海外にいる家族との再会等を目的とする場合は、本計画に基づき同国からの合法的出国が認められることとなりました。
(注3) 包括的行動計画(CPA・Comprehensive Plan of Action
 出稼ぎ目的のボート・ピープルの流出等に対処するため、1989年6月、ASEAN諸国主導でジュネーヴにおいて開催されたインドシナ難民国際会議において、同問題解決のための包括的行動計画(CPA)が採択されました。同計画の骨子は以下のとおりです。
  • (a) ボート・ピープル流出防止のため実効的措置、ODPの促進
  • (b) ボート・ピープルに対するスクリーニング(難民認定作業)の実施、不認定者の帰還の促進
  • (c) スクリーニング実施以前からキャンプに滞在する難民、スクリーン・インした者に対する定住の促進

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