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みんなの質問 Q & A

ちょっと知りたい国際問題!

日本とアメリカ合衆国(がっしゅうこく)(米国)との関係はどのようなものですか?

今日、日本と米国は自由や民主主義(みんしゅしゅぎ)、法(ほう)の支配(しはい)といった基本的価値(きほんてきかち)を共有(きょうゆう)する、とても大切な同盟(どうめい)の関係にあります。日米(にちべい)同盟(どうめい)は、日本だけでなくインド太平洋地域(ちいき)の平和と繁栄(はんえい)の基礎(きそ)であり、日本の外交・安全保障(あんぜんほしょう)政策(せいさく)の要(かなめ)です。しかし、日本と米国がここまで良好(りょうこう)な関係を築(きず)くまでの道のりは、決して平坦(へいたん)ではありませんでした。1853年に、米国の海軍(かいぐん)の司令官(しれいかん)であるペリーが黒船で日本に来航(らいこう)し、日本に対して開国(かいこく)を求(もと)めたことは、社会科(しゃかいか)や歴史(れきし)の授業(じゅぎょう)で習(なら)った人もいるでしょう。この翌年(よくとし)には、日米和親(わしん)条約(じょうやく)が調印(ちょういん)されました。これをきっかけに、日本は米国と公式な外交関係を結(むす)び、本格的(ほんかくてき)に交流するようになりました。ただ、日本と米国の関係(かんけい)は、当時は不平等(ふびょうどう)な条約(じょうやく)によって結(むす)ばれた関係(かんけい)でした。その後も交流(こうりゅう)を重(かさ)ね、徐々(じょじょ)に、「治外法権(ちがいほうけん)」の撤廃(てっぱい)や、「関税自主権(かんぜいじしゅけん)」の回復(かいふく)を実現(じつげん)していきました。

その後、「世界恐慌(せかいきょうこう)」と呼(よ)ばれる、世界的(せかいてき)な不況(ふきょう)が発生(はっせい)し、日本経済(けいざい)は大きな打撃(だげき)を受(う)けました。その中で日本は、孤立感(こりつかん)を深(ふか)め、外交的(がいこうてき)、経済的(けいざいてき)にうまくいかない状況(じょうきょう)を、力を使(つか)うことによって解決(かいけつ)しようとしました。こうして日本は、次第(しだい)に、戦争(せんそう)への道を進(すす)んで行きました。日本と米国は、その後、敵国(てきこく)として戦(たたか)うこととなりました。広島(ひろしま)や長崎(ながさき)での原爆(げんばく)の投下(とうか)、東京を始(はじ)めとした各都市(かくとし)での爆撃(ばくげき)、沖縄(おきなわ)における地上戦(ちじょうせん)などによって、たくさんの人たちが犠牲(ぎせい)となりました。

敗戦(はいせん)した後、日本は、二度(にど)と戦争(せんそう)の苦(くる)しみを繰(く)り返(かえ)さないと誓(ちか)いました。日本は米国を中心とした連合国軍総司令部(れんごうこくぐんそうしれいぶ)(GHQ(ジーエイチキュー))に占領(せんりょう)されましたが、1952年のサンフランシスコ平和条約により「主権(しゅけん)」を回復(かいふく)し、自分たちのことを自分たちで決(き)められるようになりました。日本人(にほんじん)は、自由(じゆう)で民主的(みんしゅてき)な国を作り、生活を良(よ)くしていくために努力(どりょく)を重(かさ)ね、復興(ふっこう)を実現(じつげん)しました。また、日本は米国と日米安全保障(ほしょう)条約を結びました(その後、条約は改定(かいてい)され、1960年に現行げんこうの日米安全保障条約が結(むす)ばれました)。その後、日本と米国は日米安全保障体制(たいせい)を基礎(きそ)として、今日に至(いた)るまであらゆる分野で関係を深めてきました。

日本と米国の固いきずなの例(れい)として、経済(けいざい)面を見てみましょう。第二次世界大戦(たいせん)後、日本人自身(にほんじんじしん)の努力(どりょく)もあり、また、日米同盟(にちべいどうめい)によりもたらされた安定的(あんていてき)な地域環境(ちいきかんきょう)もあり、日本の経済(けいざい)は急速(きゅうそく)に成長(せいちょう)しました。日本の製品(せいひん)が米国でより多く売れたことで、米国内で、不公平(ふこうへい)だという声が高まり、険悪(けんあく)な関係(かんけい)になった時期(じき)もありました。日本と米国は、こうした「日米貿易摩擦(にちべいぼうえきまさつ)」を始(はじ)め、貿易(ぼうえき)に関(かん)する様々(さまざま)な課題(かだい)に直面(ちょくめん)しました。しかし、その後、双方(そうほう)が粘(ねば)り強(づよ)く交渉(こうしょう)を重(かさ)ねて、こうした課題(かだい)を一つひとつ解決(かいけつ)していきました。その結果(けっか)、現在(げんざい)、貿易(ぼうえき)、投資(とうし)ともに活発で、日本と米国は緊密(きんみつ)なパートナーとなっています。

例(たと)えば、日本と米国は、積極的(せっきょくてき)に物品(ぶっぴん)やサービスの売買を行っています。2024年の統計(とうけい)では、世界(せかい)に190超(ちょう)の国がある中で、日本にとって米国は輸出(ゆしゅつ)相手(あいて)国として第(だい)1位(い)、輸入(ゆにゅう)相手国としても第2位です。同時(どうじ)に、米国にとって日本は、輸入相手国としても第5位です。また、日本と米国は、国境(こっきょう)を越(こ)えて、お互(たが)いにビジネスを展開(てんかい)することで、密接(みっせつ)な関係(かんけい)を築(きず)いています。日本は、数多くの国に投資(とうし)を行っていますが、最大(さいだい)の投資先(とうしさき)は米国です。同時に、世界中(せかいじゅう)の国が米国に投資(とうし)(お金を、会社がもっと大きくなるように渡(わた)してあげて、うまくいった時には、渡(わた)したお金よりも多くのお金をもらえるようになること)をしている中で、日本はいちばん大きな直接投資国(ちょくせつとうしこく)です。日本の会社(かいしゃ)は、米国中に投資(とうし)をしていて、他(ほか)の国々とくらべても最大規模(きぼ)です。その一例(れい)に、日本企業(きぎょう)の全米各地(ぜんべいかくち)への投資(とうし)により約(やく)100万人もの人々の雇用(こよう)を生んでいます。また、日本に直接投資(ちょくせつとうし)を行っている世界各国(せかいかっこく)の中で、一番大きな投資(とうし)を行っているのも米国です。

人の交流も盛(さか)んで、観光客(かんこうきゃく)に加(くわ)えて、学生、研究者、議員(ぎいん)、政府関係者(せいふかんけいしゃ)など様々な人々が二国間を行き来しています。日本と米国がとても良(よ)い関係(かんけい)を築(きず)いてこれたのは、国と国だけではなく、たくさんの人が交流(こうりゅう)し、お互(たが)いを大切にしてきたからです。そういった中で、2026年に米国は建国(けんこく)から250年を迎(むか)えます。2025年10月に日本を訪(おとず)れたトランプ大統領(だいとうりょう)と高市総理(たかいちそうり)は、この記念(きねん)すべき年を共(とも)にお祝(いわ)いし、日本と米国の友好(ゆうこう)・交流関係(こうりゅうかんけい)を更(さら)に良(よ)くしていこうと決(き)めました。

今日、日本を取(と)り巻(ま)く安全保障環境(かんきょう)が厳(きび)しさを増(ま)す中、日米同盟はますます大切になってきています。これからも強い日米同盟を基(もと)に、米国と協力して地域と国際社会が抱(かか)える課題(かだい)に積極的(せっきょくてき)に取(と)り組んでいきます。

日本に米軍(べいぐん)の基地(きち)があるのはなぜですか?

日本は第二次世界大戦後(たいせんご)、新しい憲法(けんぽう)のもとで、新しい国造(くにづく)りを目指しました。新しい憲法では、戦争(せんそう)を行わず、そのための武力(ぶりょく)を持たないことを定めました。これが憲法9条(じょう)です。日本は、この憲法の下で平和国家の道を歩んできました。

こうした政策(せいさく)は、日本が世界に誇(ほこ)ることのできるものです。しかし日本の外から攻撃(こうげき)される前にそれを防(ふせ)ぐ場合や、日本の安全がおびやかされる場合には、日本の持っている防衛(ぼうえい)力だけでは十分とは言えません。

そこで日本政府(せいふ)は、日本と日本国民(こくみん)の安全を守るために、米国と日米安全保障条約(ほしょうじょうやく)を結(むす)びました。この条約(じょうやく)は、日本が攻撃を受けたときに米国が日本を守ること、そして、日本は米軍(べいぐん)が使う施設(しせつ)などを提供(ていきょう)することを約束しています。だから、米軍(べいぐん)の基地が日本にあるのです。

日本と韓国(かんこく)との関係(かんけい)はどのようなものですか?

韓国は、日本にとって日本海を挟(はさ)んだ最(もっと)も近い隣(となり)の国です。先の大戦(たいせん)の後、1948年に「大韓民国(だいかんみんこく)」が建国(けんこく)されて以降(いこう)、日本と韓国(かんこく)との間には国交(こっこう)がありませんでしたが、隣国(りんこく)として関係を良いものにするために、10年以上もの長い間をかけて話し合い、1965年に国交正常(せいじょう)化(か)を実現(じつげん)しました。その後、関係が悪くなる時期もありましたが、今は国際社会の様々(さまざま)な課題(かだい)に協力して取り組むべきパートナーとなっています。また、新型(しんがた)コロナウイルス感染症(かんせんしょう)によりお互(たが)いの国へ行(い)き来(き)することが難(むずか)しかった期間(きかん)を経(へ)て、人の行(い)き来(き)も再(ふたた)び活発(かっぱつ)になっており、2025年には、約(やく)365万人の日本人が韓国(かんこく)を、約(やく)946万人の韓国人(かんこくじん)が日本を訪(おとず)れました。

日本と韓国は、政治や経済にとどまらず、文化、芸術、スポーツなど、幅広(はばひろ)い分野(ぶんや)で交流(こうりゅう)を深めています。2002年には日本と韓国が協力してサッカーワールドカップを成功させたり、日韓(にっかん)のドラマがお互いの国で流行したりするなど、お互いの文化の交流は継続的(けいぞくてき)に進められてきました。近年、日本で人気を博(はく)した日本のアニメ映画(えいが)などが、韓国(かんこく)でも若者(わかもの)を中心に大ヒットし、映画(えいが)の舞台(ぶたい)になった日本の土地を訪(おとず)れる韓国人(かんこくじん)観光客(かんこうきゃく)も増(ふ)えています。また、キムチや冷麺(れいめん)、ビビンバといった韓国料理は既(すで)に日本でもおなじみですし、「K-POP」(ケーポップ)と呼ばれる韓国の音楽を耳にすることも非常(ひじょう)に多くなりました。毎年秋には、「日韓交流おまつり」が東京とソウルで開催(かいさい)され、日本や韓国の文化を肌(はだ)で感じることができるお祭りの会場は、多くの来場者(らいじょうしゃ)で賑(にぎ)わっています。国同士の交流が、国民同士の交流へと広がり、生活の様々な場所でお互いの文化を楽しめるようになったのです。

今、日本の総理大臣と韓国の大統領は、何度もお互いの国を行き来して会う「シャトル外交」を積極的(せっきょくてき)に実施(じっし)することで一致(いっち)しており、日韓関係を未来志向(みらいしこう)で安定的(あんていてき)に発展(はってん)させようとしています。両国間の歴史に関する問題などもありますが、これからも、両国の協力を様々な分野で進めていくため、しっかりと話し合いを行っていきます。

竹島は何が問題なのですか?

竹島は、歴史的(れきしてき)事実に照(て)らしても、かつ国際法上も明らかに日本固有(こゆう)の領土(りょうど)であり、韓国(かんこく)による竹島(たけしま)の占拠(せんきょ)は、国際法(こくさいほう)上の根拠(こんきょ)が何もないまま行われている不法(ふほう)占拠(せんきょ)です。戦後一貫(いっかん)して平和(へいわ)国家としての道を歩んできた日本は、この韓国の行為(こうい)に対して厳重(げんじゅう)な抗議(こうぎ)を繰(く)り返(かえ)し粘(ねば)り強く行い、また国際法にのっとって平和(へいわ)的に解決しようと韓国に提案(ていあん)しています。

日本と北朝鮮(きたちょうせん)との関係(かんけい)はどのようなものですか?また北朝鮮に対してどのように向き合っていますか?

朝鮮半島(はんとう)は現在(げんざい) 、南と北に分かれている 状況(じょうきょう)にあります。日本は南側(がわ)にある韓国(大韓民国(だいかんみんこく))とは1965年以来(いらい)国交がありますが、北朝鮮とはいまだ国交がありません。

日本は、拉致(らち)問題や核(かく)・ミサイル問題(もんだい)などの課題(かだい)を解決(かいけつ)して、北朝鮮と国交を正常化(せいじょうか)できるよう、努力(どりょく)しています。

日本としては、米国や韓国を始め、国際社会ともしっかりと連携(れんけい)しながら、拉致問題や核(かく)・ミサイル問題(もんだい)などの課題の解決に向けた具体的(ぐたいてき)な行動を、北朝鮮に対して強く求(もと)めていきます。

また、拉致問題は最(さい)重要課題です。北朝鮮は当時13歳(さい)の少女を含む多くの人を拉致しており、政府(せいふ)としては、一日も早い全ての拉致被害(ひがい)者の帰国を実現(じつげん)するため、あらゆる努力を行っています。

日本と中国との関係はどのようなものですか?

1972年9月29日、日本と中国は国交正常(せいじょう)化を実現し、両国関係の歴史に新たな時代を切り開きました。以来(いらい)、日中両国の関係は着実に進展(しんてん)し、両国民の交流が幅広(はばひろ)く行われています。2024年の中国からの訪日者数は約698万人でした。また、世界で二番目の経済(けいざい)大国である中国は、日本にとって最大(さいだい)の貿易(ぼうえき)相手であり、日本企業(きぎょう)は3万2,000を超える拠点(きょてん)を中国に有するなど、両国には経済面で活発(かっぱつ)な関係(かんけい)があります。ほかにも、文化やスポーツなど様々な分野での交流も深まっています。

日本と中国の間には、様々(さまざま)な可能性(かのうせい)と共(とも)に、数多くの課題(かだい)や懸案(けんあん)が存在(そんざい)しています。例(たと)えば、中国が尖閣諸島(せんかくしょとう)を含(ふく)む東シナ海、南シナ海において力又(また)は威圧(いあつ)による一方的(いっぽうてき)な現状(げんじょう)変更(へんこう)の試(こころ)みを継続(けいぞく)・強化(きょうか)していること、また中国とロシアとの軍事的(ぐんじてき)連携(れんけい)を含(ふく)めて中国が日本周辺(しゅうへん)で軍事(ぐんじ)活動(かつどう)を活発(かっぱつ)化(か)させていることなどがあります。同時に日中両国(りょうこく)は、地域(ちいき)と世界(せかい)の平和(へいわ)と繁栄(はんえい)に対(たい)して大きな責任(せきにん)を有(ゆう)しています。

「戦略的(せんりゃくてき)互恵(ごけい)関係(かんけい)」を包括的(ほうかつてき)に推進(すいしん)するとともに、主張(しゅちょう)すべきは主張(しゅちょう)し、責任(せきにん)ある行動(こうどう)を強く求(もと)めつつ、対話(たいわ)をしっかりと重(かさ)ね、共通(きょうつう)の諸(しょ)課題(かだい)については協力(きょうりょく)する、「建設的(けんせつてき)かつ安定的(あんていてき)な日中関係(かんけい)」を日中双方(そうほう)の努力(どりょく)で構築(こうちく)していくことが重要(じゅうよう)です。

尖閣諸島(せんかくしょとう)について教えてもらえますか?

尖閣諸島は、歴史的(れきしてき)にも国際法(こくさいほう)上も疑(うたが)いのない日本固有(こゆう)の領土(りょうど)であり、現(げん)に日本が有効(ゆうこう)に支配(しはい)しています。したがって、尖閣諸島をめぐり解決(かいけつ)すべき領有権(りょうゆうけん)の問題はそもそも存在(そんざい)しません。

1968年に東シナ海に石油埋蔵(まいぞう)の可能性(かのうせい)があると国連(こくれん)の機関(きかん)が指摘(してき)した後の1970年代になって、中国は、突如(とつじょ)として尖閣諸島に関する独自(どくじ)の主張を始めました。それまでは、何ら異議(いぎ)をとなえていませんでした。

その後、2008年になり、中国国家海洋局に所属(しょぞく)する船舶(せんぱく)が突如として尖閣諸島の周(まわ)りの日本の領(りょう)海に侵入(しんにゅう)しました。それ以降、中国海警(かいけい)局などに所属する船舶が領海侵入を繰(く)り返(かえ)しています。

このような力又(また)は威圧(いあつ)による一方的(いっぽうてき)な現状\\\\(げんじょう)変更(へんこう)の試(こころ)みに対して、日本が譲歩(じょうほ)することはあり得(え)ません。他方、日本から事態(じたい)をエスカレートさせることなく、自国の領土・領海(りょうかい)・領空(りょうくう)は断固(だんこ)として守(まも)り抜(ぬ)くとの決意で、引(ひ)き続(つづ)き冷静(れいせい)かつ毅然(きぜん)と対処(たいしょしていきます。

日本とロシアの関係はどのようなものですか?

日本は、世界(せかい)の状況(じょうきょう)が大きく変化(へんか)しつつある中で、ロシアと安定(あんてい)した関係を築(きず)くことは、日本のためになるだけでなく、日本の周(まわ)りの地域の安定と発展(はってん)にとっても重要(じゅうよう)と考えて、これまで取り組んできました。具体的には、政治(せいじ)、経済(けいざい)、文化など、幅広(はばひろ)い分野で、日本とロシアの関係全体を日本にとって良いものになるよう発展させるために、日本とロシアの間の最大(さいだい)の問題(もんだい)である北方領土(りょうど)の問題を解決(かいけつ)して平和条約を結ぶという方針(ほうしん)の下、これまで粘(ねば)り強(つよ)く平和条約(じょうやく)交渉(こうしょう)を進めてきました。

しかし、2022年2月、ロシアはウクライナ侵略(しんりゃく)を始めました。この侵略は、力による一方的な現状(げんじょう)変更(へんこう)の試(こころ)みであり、国際(こくさい)秩序(ちつじょ)の一番大切な部分(ぶぶん)を揺(ゆ)るがすものです。明らかに国際法(こくさいほう)に違反(いはん)しており、絶対(ぜったい)に認(みと)めることはできません。厳しく非難します。国際秩序(ちつじょ)の一番大切な部分(ぶぶん)を守り抜くため、日本としてきっぱりとした態度(たいど)で行動していきます。 日本は、ロシアによるウクライナ侵略(しんりゃく)を止めるため、ロシアに対(たい)する厳(きび)しい制裁(せいさい)を行っています。

同時に、日本(にほん)とロシアの間(あいだ)には、隣(とな)りあう国(くに)として解決(かいけつ)しなければならない多(おお)くの問題(もんだい)があり、ロシア側(がわ)と適切(てきせつ)にコミュニケーションをとる必要(ひつよう)があります。

その上で、北方領土問題に関しては、領土問題を解決して平和条約を結(むす)ぶことが日本政府(せいふ)の方針(ほうしん)です。

北方領土(ほっぽうりょうど)は何が問題なのですか?

北方領土は、一度も外国の領土となったことがない、我(わ)が国(くに)固有(こゆう)の領土です。

日本はロシアより早く、北方四島(択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島及び歯舞(はぼまい)群島)の存在(そんざい)を知り、多くの日本人がこの地域(ちいき)に渡るとともに、徐々(じょじょ)にこれらの島々の統治(とうち)を確立(かくりつ)しました。

1855年、日本とロシアの間で全(まった)く平和的、友好的(ゆうこうてき)な形で調印(ちょういん)された日魯通好条約(にちろつうこうじょうやく)(下田(しもだ)条約)は、当時(とうじ)自然(しぜん)に成立(せいりつ)していた択捉島とウルップ島の間の国境(こっきょう)をそのまま確認するものでした。それ以降(いこう)も、北方四島が外国の領土となったことはありません。

しかし、第二次大戦(たいせん)が終(お)わりに近付(ちかづ)いた1945年8月9日、ソ連(れん)は、当時(とうじ)まだ有効(ゆうこう)であった日ソ中立(ちゅうりつ)条約(日本とソ連(れん)がお互(たが)いに侵略(しんりゃく)しないことの約束(やくそく))を破(やぶ)って日本を攻撃(こうげき)し、日本が降伏(こうふく)するというポツダム宣言(せんげん)を受け入れた後の同年8月28日から遅くとも9月5日までの間に、北方四島の全(すべ)てを占領(せんりょう)しました。当時、北方四島には、ソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約(やく)1万7千人が住んでいましたが、ソ連は、1946年に北方四島を一方的に自分の領土だとして「編入(へんにゅう)」し、1948年までに全ての日本人を強制的(きょうせいてき)に追(お)い出(だ)してしまいました。それから今に至(いた)るまで、北方四島は、ソ連、ロシアによって不法(ふほう)占拠(せんきょ)されています。

北方領土問題が存在するため、日本とロシアの間では、戦後(せんご)80年が経(た)っているにもかかわらず、いまだに平和条約が結(むす)ばれていません。

日本は、北方領土問題を解決(かいけつ)して平和条約を結(むす)ぶという基本方針(きほんほうしん)に基(もと)づいて、ロシアとの間で粘(ねば)り強く交渉(こうしょう)を行ってきました。しかし、2022年2月、ロシアはウクライナ侵略(しんりゃく)を開始しました。2022年3月、ロシアは、ウクライナ侵略に関連して日本が行った制裁(せいさい)が一方的(いっぽうてき)で友好的(ゆうこうてき)でないとして、平和条約交渉を続(つづ)けないと発表しました。日本は、今回の事態(じたい)は全てロシアのウクライナ侵略が原因であるにもかかわらず、日本側に責任を押し付けようとするこのようなロシア側の対応は全(まった)く筋(すじ)が通っておらず、絶対(ぜったい)に受け入れられないと強く抗議(こうぎ)しました。

いずれにしても、日本政府としては、北方領土問題を解決して平和条約を結(むす)ぶとの基本方針に変わりはありません。

日本と中央(ちゅうおう)アジアの関係(かんけい)はどのようなものですか?

中央(ちゅうおう)アジアは、ユーラシア大陸(たいりく)の中央(ちゅうおう)に位置(いち)する国々(くにぐに)(ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン)で、古(ふる)くから様々(さまざま)な民族(みんぞく)が行(い)き交(か)うシルクロードの中心地(ちゅうしんち)として栄(さか)えてきました。

(写真)ヒヴァの風景

ウズベキスタンの古都(こと)ヒヴァ

中央(ちゅうおう)アジアの5か国が1991年にソ(そ)連(れん)から独立(どくりつ)すると、日本は翌年(よくねん)にいち早く中央(ちゅうおう)アジア諸国(しょこく)と外交関係(かんけい)を結(むす)びました。さらに2004年には、中央(ちゅうおう)アジア諸国(しょこく)と日本の6か国の対話(たいわ)の枠組(わくぐ)みとして「中央(ちゅうおう)アジア+日本」対話(たいわ)を立ち上げました。今では、中央(ちゅうおう)アジア諸国(しょこく)は様々(さまざま)な国との間でこのような対話(たいわ)の枠組(わくぐ)みを設(もう)けていますが、日本は、域内(いきない)協力(きょうりょく)や地域(ちいき)全体(ぜんたい)としての発展(はってん)に着目(ちゃくもく)した対話(たいわ)を他(ほか)の国に先駆(さきが)けて始(はじ)めたパイオニアです。

2022年に始(はじ)まったロシアによるウクライナ侵略(しんりゃく)によって、現在(げんざい)中央(ちゅうおう)アジア諸国(しょこく)は様々(さまざま)な影響(えいきょう)を受(う)けています。こうした中、法(ほう)の支配(しはい)に基(もと)づく自由(じゆう)で開(ひら)かれた国際(こくさい)秩序(ちつじょ)を維持(いじ)・強化(きょうか)していくためにも、中央(ちゅうおう)アジア諸国(しょこく)と協力(きょうりょく)・連携(れんけい)していくことは、これまで以上(いじょう)に重要(じゅうよう)になっています。

このため、日本は、2025年で12月に東京で「中央(ちゅうおう)アジア+日本」対話(たいわ)の枠組(わくぐ)みで初(はじ)めての首脳(しゅのう)会合を開催(かいさい)し、これまでの緊密(きんみつ)な協力(きょうりょく)関係(かんけい)をもとに、政治(せいじ)や経済(けいざい)、人と人との交流(こうりゅう)を始(はじ)めとする様々(さまざま)な分野で、日本と中央(ちゅうおう)アジア諸国(しょこく)との更(さら)なる協力(きょうりょく)・連携(れんけい)を打(う)ち出(だ)しました。

(写真)ヒヴァの風景

漫画(まんが)『乙嫁語(おとよめがた)り』の作者(さくしゃ)・森薫(もりかおる)先生によって描(えが)かれた
「中央(ちゅうおう)アジア+日本」対話(たいわ)20周年記念(しゅうねんきねん)イラスト

第二次世界大戦(たいせん)についての日本の考えはどのようなものですか?

日本は、第二次世界大戦以前(いぜん)に、他の国を日本の一部として日本の考え方でおさめたり、他の国の土地をうばったりして、多くの国、とくにアジアの人たちを傷(きず)つけました。

このことに対して、心からの反省(はんせい)とおわびの気持ちを常(つね)に心にもって、こうしたことを二度と繰(く)り返さないという考えから、第二次世界大戦後、ずっと武力(ぶりょく)を持つ国にはならず、どのような問題も平和的(へいわてき)に解決(かいけつ)しようと努力(どりょく)してきました。

そして、これからもその姿勢(しせい)は変(か)わりません。

日本は核兵器(かくへいき)の問題にどのように取り組んでいますか?

約(やく)80年前、広島と長崎(ながさき)で核兵器が使われ、20万人以上(いじょう)の人が亡(な)くなりました。それ以後(いご)、核兵器が戦争(せんそう)で用いられたことはありませんが、世界には、今も約1万2,000発(はつ)強の核兵器があると言われています。また、核兵器を得(え)ようとする国やテロリストなどもいます。核兵器がいかに恐(おそ)ろしいものであるかを知っている日本は、世界の国々と協力(きょうりょく)して、核兵器を持つ国がこれ以上増(ふ)えないように、テロリストなどの手に渡(わた)らないように、そして、核兵器を世界からなくすために積極的(せっきょくてき)に活動しています。

例(たと)えば、世界には、核兵器を持つ国がこれ以上増えないようにする条約(じょうやく)(核兵器不拡散(ふかくさん)条約(NPT(エヌピーティー)))や核実験(かくじっけん)を禁止(きんし)する条約(包括的核実験禁止(ほうかつてきかくじっけんきんし)条約(CTBT(シーティービーティー)))など、核兵器に関する条約がありますが、これらの条約に入っていない国がまだいくつかあります。日本はこのような国に対し条約に入るよう働(はたら)きかけるとともに、国際連合(こくさいれんごう)などの場において、「核兵器(かくへいき)のない世界(せかい)」の実現(じつげん)を目指(めざ)した議論(ぎろん)を積極的(せっきょくてき)に行っています。

また、ウランやプルトニウムなどの核物質(かくぶっしつ)が核兵器をつくるために使われていないかを確認(かくにん)する国際(こくさい)原子力(げんしりょく)機関(きかん)(IAEA(アイエーイーエー))という機関があります。日本はIAEAとの関係の強化に向けて努力(どりょく)しているほか、IAEAと協力(きょうりょく)し、北朝鮮やイランなどの核問題の解決(かいけつ)に向けて、積極的に取り組んでいます。

核兵器の恐ろしさについては、広島や長崎の資料(しりょう)館を訪(おとず)れたり、核兵器による被害(ひがい)を経験(けいけん)した人(被爆者(ひばくしゃ)といいます)の話を聞いたりすることで学ぶことができますが、核兵器が使われてから約80年たち、最近(さいきん)では、その記憶(きおく)が薄(うす)れていくことも心配されています。外務省では、広島・長崎の記憶を受(う)け継(つ)ぎ、「核兵器のない世界」に向けて取り組む若者(わかもの)を応援(おうえん)する「ユース非核特使(ひかくとくし)」という制度(せいど)を設(もう)けており、海外の若者もこの制度を活用するようになりました。また、被爆(ひばく)者のメッセージを、多くの言葉で翻訳(ほんやく)して、発表もしています。皆(みな)さんにも、ぜひ、これらの取組を通じて、「核兵器のない世界」に向けた思いを共有(きょうゆう)してほしいと思います。

日本はテロをなくすためにどのような取り組みをしていますか?

テロを防(ふせ)ぐためには、世界全体がテロを絶対(ぜったい)に許(ゆる)さないという決意を示(しめ)して団結(だんけつ)すること、テロリストに活動する場をあたえないこと、テロを行うためのお金や武器(ぶき)がテロリストに渡(わた)らないようにすること、家庭(かてい)や地域社会(ちいきしゃかい)でこどもを愛情深(あいじょうぶか)く見守(みまも)り健全(けんぜん)に育(はぐく)む環境(かんきょう)を整(ととの)え、特(とく)にオンラインなどがテロリストの勧誘(かんゆう)の場とならないようにすること、異(こと)なる考え方を持つ人々の交流の場を設(もう)け、寛容(かんよう)な心(異(こと)なる意見や価値観(かちかん)を拒絶(きょぜつ)しない)や、穏健(おんけん)な(おだやかな)考えを持つ人々を支えていくこと、貧困(ひんこん)や社会(しゃかい)からの孤立(こりつ)などのない安定(あんてい)した社会を築(きず)いていくための開発(かいはつ)支援(しえん)などがとても大切です。

外務省では、ほかの国々と協力(きょうりょく)してテロをなくすための様々な努力をしています。たとえば、長年にわたり、「テロ対策(たいさく)協議(きょうぎ)」という二国間・多国間などでの話し合いを通じて、米国、オーストラリア、インド、フランスをはじめとした様々(さまざま)な国と、テロに関(かん)する情報(じょうほう)やどのように対応(たいおう)するべきかなどについて意見(いけん)交換(こうかん)を行っています。また、2016年5月のG7伊勢志摩(いせしま)サミットでは、日本は議長(ぎちょう)国として、自分の考えや目的(もくてき)を達成(たっせい)するために人を傷つけたり殺したりしてもよいというテロに繋(つな)がる過激(かげき)な考え方を少しでも減(へ)らすための行動計画を取りまとめました。また、2019年6月のG20大阪(おおさか)サミットでは、日本は議長(ぎちょう)国として、インターネットを悪用(あくよう)したテロや暴力(ぼうりょく)的過激(かげき)主義(しゅぎ)を防(ふせ)ぐための首脳(しゅのう)声明(せいめい)を取りまとめました。日本は、特(とく)に東南アジアでのテロ対策として、出入国管理官(かんりかん)や税関の職員、警察官などに対するトレーニング、テロリストがきちんとした法律(ほうりつ)上の手続(てつづき)を経(へ)て処罰(しょばつ)され、将来的(しょうらいてき)に社会復帰(ふっき)できるような手続(てつづき)の研修(けんしゅう)、過激化を防止したり、オンライン上にある過激(かげき)なコンテンツから影響(えいきょう)を受けないような教育(きょういく)といったプロジェクトを実施しているところです。

また、外務省では、海外に旅行したり住んだりする日本人がテロなどに巻き込まれないように、「海外安全ホームページ」や、「たびレジ」・在留(ざいりゅう)届(とどけ)を提出(ていしゅつ)された方への現地(げんち)の安全(あんぜん)に関(かん)する最新(さいしん)情報(じょうほう)を発信(はっしん)しています。さらには、漫画(まんが)「ゴルゴ13」とコラボして、海外(かいがい)の安全(あんぜん)対策(たいさく)を漫画(まんが)や動画(どうが)で紹介(しょうかい)していますので、是非(ぜひ)一度(いちど)、外務省(がいむしょう)の海外安全(あんぜん)ホームページで見てくださいね。このほか、海外安全(あんぜん)対策(たいさく)セミナーやテロ・誘拐(ゆうかい)対策(たいさく)訓練(くんれん)も日本の国内外で実施(じっし)しています。

日本は国連(こくれん)でどのような活動をしているのですか?

国際連合(こくさいれんごう)(国連)は、二度と人々が戦争(せんそう)で苦しむことがないように1945年に作られた国際機関(きかん)であり、今日では、世界の大多数(だいたすう)の国(193か国。2025年12月現在(げんざい))が加盟(かめい)しています。戦後(せんご)、平和国家として再出発(さいしゅっぱつ)した日本は、1956年に国連に加盟(かめい)して以来(いらい)、平和と安全、開発、人権(じんけん)など、様々な分野において、積極的(せっきょくてき)に国連の活動に参加(さんか)してきました。

戦争をなくすために作られた国連において、一番重要(じゅうよう)な課題(かだい)は、世界の平和と安全を守ることです。たとえば、日本は、戦争に使われる武器(ぶき)を減(へ)らすこと、核兵器(かくへいき)を増(ふ)やさないこと、紛争(ふんそう)やテロを防(ふせ)ぐことなどで世界の平和のため努力(どりょく)してきました。

また、世界が平和であるためには、人々が豊(ゆた)かに、幸せに暮(く)らせるようにすることが重要(じゅうよう)です。日本は、国連とも協力(きょうりょく)しながら、政府開発援助(せいふかいはつえんじょ)(ODA(オーディーエー))などを活用して、人々がより豊かな生活が送れるように努力しています。また、私(わたし)たち一人ひとりの権利(けんり)が守られ、人間として尊重(そんちょう)されるように、人権理事会など、国連の場において、積極的な取組を行っています。

個別(こべつ)の分野だけでなく、日本は国連の活動全体にも大きな役割を果たしています。

日本は、米国、中国に次いで3番目に多くの国連の活動資金(かつどうしきん)(分担金(ぶんたんきん))を負担(ふたん)し、国連の活動を支(ささ)えています。

また、日本人の方々も国連の職員(しょくいん)として、グローバルな課題(かだい)の解決(かいけつ)に取り組み、活躍(かつやく)されています。

国連ができてから80年がたち、国際社会のあり方も変(か)わりました。世界の国々が協力し合わなければ解決(かいけつ)できない問題も増える中、国連が新たな課題(かだい)により効果的(こうかてき)に取り組めるように、国連を改革(かいかく)することも重要です。

特(とく)に、世界の平和と安全に大きな責任(せきにん)を持つ国連安全保障(ほしょう)理事会(安保理(あんぽり))がその役割(やくわり)を効果的に果たせるようにするために、安保理のしくみを変えなければなりません。日本は、これまで以上に世界の平和と安全に貢献するためにも、安保理の常任(じょうにん)理事国となることを目指して積極的に取り組んでいます。

気候変動(きこうへんどう)問題に日本はどのように取り組んでいますか?

気候変動問題は、地球に住むみんなの問題です。世界(せかい)の平均(へいきん)気温(きおん)の上昇(じょうしょう)を防(ふせ)ぐためには、気候変動の原因(げんいん)となっている二酸化炭素(にさんかたんそ)などの温室効果(こうか)ガスを減(へ)らさなければなりません。

日本は、温室効果ガスを減らすためのルールをみんなで作るよう、世界の国々に働(はたら)きかけてきました。その結果(けっか)、2015年12月に「パリ協定(きょうてい)」ができました。「パリ協定」では、歴史上(れきしじょう)はじめて全(すべ)ての国が気候変動対策(たいさく)に参加(さんか)することを約束(やくそく)しました。日本はいろいろな国とともにこのルール作りに貢献(こうけん)しました。

日本は、パリ協定の目標(もくひょう)を達成(たっせい)するため、2050年までに温室効果ガスの排出(はいしゅつ)を事実上(じじつじょう)ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言(せんげん)しています。日本国内の企業 ( きぎょう)・自治体( じちたい)とも 連携 ( れんけい)しながら、そのための対策( たいさく)を進めています。

他の国で争(あらそ)いが起こったときに日本は、どのようなことをしていますか?

争いが起こる前にその原因(げんいん)を取りのぞくことが最善(さいぜん)です。しかし、起こってしまった争いに対しては、目をそむけず平和に向けて取り組む必要(ひつよう)があります。

日本では、「国際(こくさい)平和協力法(きょうりょくほう)(いわゆる「PKO(ピーケーオー)法」)」という法律(ほうりつ)により、国連(こくれん)平和維持(いじ)活動などの国連を中心とした国際平和のための活動に協力するしくみをつくりました。

国民(こくみん)の支持(しじ)や理解(りかい)を得(え)て、次の活動に対して協力を行ってきました。

(1)国連平和維持活動(PKO)および国際連携平和安全活動
争いの後、二度と争いが起きないように、現場(げんば)で自衛隊員(じえいたいいん)が監視(かんし)や巡回(じゅんかい)をしたり、道路や橋を直したり、警察官(けいさつかん)が助言や指導(しどう)をします。
(2)人道的(じんどうてき)な国際救援(きゅうえん)活動
争いで被害(ひがい)にあった人々へテントや給水容器(きゅうすいようき)を配ったり、病気やケガをした人のために必要なものを送ったりします。
(3)国際的な選挙(せんきょ)監視(かんし)活動
争いの後、混乱(こんらん)した地域(ちいき)で選挙が正しく行われるよう、指導(しどう)したり、立ち会ったりします。

争いによって荒(あ)れ果(は)てた地域は世界各地(かくち)にあります。PKO法に基(もと)づいて、そのような地域に飛(と)び込(こ)んで、こうした活動をしている日本人がたくさんいます。これまでにカンボジア、東ティモール、中東、南スーダンなどで約12,600人以上(いじょう)が活動してきました。

国際法(こくさいほう)をやぶるとどうなりますか?

国際法とは、国と国の合意にもとづいて、主に国と国の関係(かんけい)を定めた法です。
どこの国でも、人が法律(ほうりつ)をやぶった場合は、当然(とうぜん)その人はその責任(せきにん)を負わなければならないように、国際社会においても、国が国際法をやぶった場合には、当然何らかの形でその責任を負わなければなりません。

その方法(ほうほう)には、元の状態(じょうたい)に戻(もど)す(原状回復(げんじょうかいふく))、お金を払(はら)う(金銭賠償(きんせんばいしょう))、謝(あやま)る(陳謝(ちんしゃ))、繰(く)り返(かえ)さないと約束(やくそく)する(再発防止(さいはつぼうし)の確約(かくやく))などの色々な方法があります。

ただし、ある国がどうしても国際法をやぶらなければならない仕方のない事情(じじょう)があった時には、例外(れいがい)として、責任を負わなくていい場合もあります。