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みんなの質問 Q & A

外務省で働く人はどんな人?

外務省(がいむしょう)で働く人はどんな人ですか?

国際(こくさい)環境(かんきょう)の変化(へんか)、新しい、そして、複雑(ふくざつ)になっていく外交の課題(かだい)に対処(たいしょ)するため、いろんな経験(けいけん)や知識(ちしき)を持(も)った人が集(あつ)まっています。例(たと)えば学校を卒業(そつぎょう)して初(はじ)めて仕事(しごと)に就(つ)いた人、別(べつ)の仕事(しごと)をしてから外務省(がいむしょう)に転職(てんしょく)した人、外務省(がいむしょう)以外(いがい)の職場(しょくば)から一時的(いちじてき)に働(はたら)きにきている人(出向(しゅっこう)と言います)もいます。また、お医者(いしゃ)さんや運転手(うんてんしゅ)さんや警備員(けいびいん)さん、障(しょう)がいを持(も)つ人も働(はたら)いています。

外国にある日本の大使館などでは、さらに、プロの料理人りょうりにんや現地げんちの国出身の職員しょくいんも一緒いっしょに働はたらいています。

ラビット 外国にある日本大使館(にほんたいしかん)で外交官(がいこうかん)と一緒(いっしょ)に働(はたら)く人たちはどんな仕事(しごと)をしているだろう?

「在外公館専門調査員(ざいがいこうかんせんもんちょうさいん)」・・・派遣(はけん)先の国・地域(ちいき)の政治(せいじ)、経済(けいざい)、文化(ぶんか)などに関(かん)する調査(ちょうさ)・研究(けんきゅう)などをしています。

「在外公館派遣員(ざいがいこうかんはけんいん)」・・・語学力を生かしてみんなの仕事(しごと)をサポートする仕事(しごと)などをしています。

「在外公館料理人(ざいがいこうかんりょうりにん)」・・・いわゆる「食の外交官(がいこうかん)」です。大使(たいし)や総領事(そうりょうじ)が外国のお客(きゃく)さんをもてなすための料理(りょうり)を作ります。

「国と国の関係(かんけい)」は、いろんな国の外交官(がいこうかん)たちが作る「人と人の関係(かんけい)」でできています。外務省(がいむしょう)の職員(しょくいん)は、世界(せかい)が大きく変(か)わる中で、日本の国益(こくえき)を守(まも)り、平和(へいわ)で安全(あんぜん)な世界(せかい)を作るために、個人(こじん)の持(も)つすべての能力(のうりょく)や特徴(とくちょう)を活(い)かして働(はたら)いています。外務省(がいむしょう)での仕事(しごと)は、たくさんの楽しさと挑戦(ちょうせん)にあふれる仕事(しごと)です。

ラビット 新たな「在外公館料理人(ざいがいこうかんりょうりにん)」が、令和(れいわ)8年1月から開始(かいし)されたよ!
食の外交官(がいこうかん)「在外公館料理人(ざいがいこうかんりょうりにん)」ってどんな仕事?

大使公邸(たいしこうてい)などでの会食(国同士(くにどうし)が仲良(なかよ)くするために、外国の大統領(だいとうりょう)や大臣(だいじん)などと一緒(いっしょ)に食事(しょくじ)をしながら話し合うこと)のために調理(ちょうり)をします。日本の食文化(しょくぶんか)や日本産食品(にほんさんしょくひん)を知ってもらったり、風評被害(ふうひょうひがい)(注(ちゅう))を防(ふせ)ぎます。

(注(ちゅう))事実(じじつ)ではない、間違(まちが)ったうわさや情報(じょうほう)が広まることで、商品(しょうひん)が売れなくなったり、お店にお客(きゃく)さんが来なくなったりすること。

(写真)マラウイの公邸から世界へ

マラウイの公邸(こうてい)から世界(せかい)へ
大藤禎晃(おおふじさだあき) 料理人(りょうりにん)の挑戦(ちょうせん)

(写真)日仏料理コラボレーションイベント

ローカルマーケットで野菜(やさい)を仕入(しい)れる様子(ようす)

(写真)ゲストを魅了する料理

日仏(にちふつ) 料理(りょうり)コラボレーションイベント
山野内駐(ちゅう)カナダ日本国大使(たいし)からの紹介(しょうかい)を受(う)けて
カナダの要人(ようじん)から賞賛(しょうさん)を浴(あ)びる
嶋(しま)泰宏(やすひろ) 料理人(りょうりにん)及(およ)び夫人(ふじん)

(写真)カナダの要人から賞賛を浴びる嶋泰宏料理人

ゲストを魅了(みりょう)する料理(りょうり)

外交官(かん)の心得(こころえ)は何ですか?

外務省員として、私(わたし)たちが日ごろから常(つね)に気をつけているモットーをご紹介(しょうかい)します。

  1. 国民(こくみん)のために、国民とともに
    私たちは、公務(こうむ)員として、国民全体のために働(はたら)いています。それを忘れずに、国民の皆(みな)さんの声を聞き、責任(せきにん)を持って、誠実(せいじつ)に行動します。
  2. 信頼(しんらい)される外務省員として
    常に「国益(こくえき):日本の国にとってためになること」を考えて、歴史(れきし)をふまえて、世界のことを考えながら外交を行います。また、外交官として、自分の能力(のうりょく)をいつも磨(みが)き、使命感を持って行動します。
  3. 活力ある外務省として
    ものごとを考える力を高め、元気な外務省をつくります。
    はっきりとした目標(もくひょう)と仕事をする順番(じゅんばん)をきちんと考えながら、てきぱきとした仕事をします。

外務省で働(はたら)くにはどうしたらいいですか?特別(とくべつ)な資格(しかく)・条件(じょうけん)はありますか?

外務省に入るための試験(しけん)には次の3種類(しゅるい)の試験(しけん)があります。

「国家公務(こうむ)員採用総合職(さいようそうごうしょく)試験」…地域(ちいき)や分野(ぶんや)を問わず、様々(さまざま)な知見(ちけん)・知識(ちしき)を深め、将来(しょうらい)、幹部職員(かんぶしょくいん)として外交政策(がいこうせいさく)の総合的(そうごうてき)な調整(ちょうせい)や大方針(ほうしん)の決定などに携(たずさ)わることが期待されます。
「外務省専門職員採用試験」…高い語学力(ごがくりょく)を有し、地域(ちいき)・分野に深(ふか)い知見を持(も)つプロフェッショナルとして外交の第(だい)一線で活躍(かつやく)することが期待されています。
「国家公務員採用一般職試験」…本省(ほんしょう)や在外(ざいがい)公館で領事(りょうじ)、会計、通信(つうしん)・文書管理担当(かんりたんとう)、秘書(ひしょ)などとして活躍することが期待されています。

これらの試験を受けるためには、各区分(かくくぶん)で定められた年齢(ねんれい)の範囲内(はんいない)(注)であれば、学歴(がくれき)に関係(かんけい)なく受験(じゅけん)することができます。3種類(しゅるい)の試験があるので、年齢や携(たずさ)わりたい仕事に合わせて、外務省で働きたいと思う多くの人びとがチャレンジできるようになっています。国際(こくさい)問題に興味(きょうみ)があり、熱(あつ)い思いをもっている人、冷静(れいせい)に人とのコミュニケーションができる人などを求(もと)めています。

(注)受(う)ける試験(しけん)により異(こと)なりますが、18歳(さい)または21歳(さい)から日本国籍(こくせき)を持(も)っている人が受験(じゅけん)できます。

外交官は外国語が話せないと、なれないのですか?

外国語があまりできないからといって、外交官(がいこうかん)を目指(めざ)すことができないわけではありません。もちろん、日本の代表として各国(かっこく)の代表と話し合ったり、外国語の文書を読んだりしますので、外国語能力(のうりょく)を伸(の)ばしていくことは必要(ひつよう)ですが、この力は外務省に入ってからでも研修(けんしゅう)などでしっかり身につけることができます。外務省で働く人に求(もと)められているのは、外国語ができることだけではなく、柔軟(じゅうなん)な思考力、交渉能力(こうしょうのうりょく)、コミュニケーション能力、などがあることです。またどんな環境(かんきょう)でも働くことができるたくましさも必要(ひつよう)です。

「外交官」と「外務公務員(がいむこうむいん)」はどう違(ちが)うのですか?

外務省(東京の霞(かすみ)が関(せき)にある本省などと海外にある大使館などの在外(ざいがい)公館)で働( はたら)く人たちのことを、「外務公務員」といいます。 特(とく)に、海外の大使館などで働く外務公務員を「外交官」と呼(よ)んでいます。

外務省の人はどこで働いていますか?

外務省で働く人たちは、東京の霞(かすみ)が関(せき)にある外務省本省や、海外(かいがい)にある大使館などで働(はたら)いています。

外務省の職員(しょくいん)は一般的(いっぱんてき)に、数年ごとに日本国内の勤務(きんむ)と海外の勤務を繰(く)り返(かえ)しています。

第二次世界大戦(たいせん)中、ユダヤ系避難民(けいひなんみん)に査証(さしょう)(ビザ)を発行して迫害(はくがい)から助けた日本人外交官がいると聞いたことがありますが、どのような人だったのですか?

当時リトアニアにあった在(ざい)カウナス日本国領事(りょうじ)館に勤務(きんむ)していた杉原千畝(すぎはら・ちうね)副(ふく)領事は、多くのユダヤ系避難民にビザを発行し、多くの命を救(すく)いました。そのため、正義(せいぎ)の人として国内外から高い評価(ひょうか)を受けています。

(写真)杉原千畝

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツから迫害を受けていたユダヤ人たちはナチス・ドイツの手が届(とど)かない国へ逃げようとしていました。ポーランドと国境(こっきょう)を接(せっ)するリトアニアの在カウナス日本国領事館には、日本をとおってアメリカなどに脱出(だっしゅつ)したい人びとが押し寄せ、その中にはビザをもらう条件を満(み)たさない人もいました。こうした中、在カウナス日本国領事館に勤務(きんむ)していた杉原千畝副領事は、1940年(昭和15年)、多くのユダヤ系避難民にビザを発行し、その人達(たち)はソ連(れん)を通って日本に渡(わた)り、さらに上海、アメリカ、カナダなどへと脱出しました。多くの命を救った杉原副領事の功績(こうせき)は国の内外で高く評価されており、特(とく)にイスラエル政府(せいふ)からはイスラエル最高(さいこう)の勲章(くんしょう)であるヤド・ヴァシェム賞(しょう)が贈(おく)られ、「諸国民(しょこくみん)の中の正義(せいぎ)の人」として讃(たた)えられています。