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みんなの質問

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外務省がいむしょうで働く人はどんな人?

-世界と日本- 外務省のお仕事

みんなの質問しつもんもど

外交かんの心得(こころえ)は何ですか?

外務省員として、わたしたちが日ごろからつねに気をつけているモットーをご紹介しょうかいします。

  1. 国民こくみんのために、国民とともに
    私たちは、公務こうむ員として、国民全体の奉仕者ほうししゃです。それを忘れずに、国民のみなさまの声を聞き、責任せきにんを持って、誠実せいじつに行動します。
  2. 信頼しんらいされる外務省員として
    常に「国益こくえき:日本の国にとってためになること」を考えて、歴史れきしをふまえて、世界のことを考えながら外交を行います。また、外交官として、自分の能力のうりょくをいつもみがき、使命感を持って行動します。
  3. 活力ある外務省として
    ものごとを考える力を高め、元気な外務省をつくります。
    はっきりとした目標もくひょうと仕事をする順番じゅんばんをきちんと考えながら、てきぱきとした仕事をします。

外務省ではたらくにはどうしたらいいですか?特別とくべつ資格しかく条件じょうけんはありますか?

外務省に入るための試験しけんには次の3つの種類しゅるいがあります。

「国家公務こうむ採用総合職さいようそうごうしょく試験」…将来しょうらい幹部職員かんぶしょくいんになることが期待されます。
「外務省専門職員採用試験」…地域ちいき分野の専門せんもん家として活躍かつやくすることが期待されています。
「国家公務員採用一般職試験」…本省ほんしょう在外ざいがい公館で領事りょうじ、会計、通信つうしん・文書管理担当かんりたんとう秘書ひしょなどとして活躍することが期待されています。

これらの試験を受けるためには、決められた年齢ねんれい(注)たっすれば、学歴がくれき関係かんけいなく受験じゅけんすることができます。3種類しゅるいの試験があるので、年齢に合わせて、外務省で働きたいと思う多くの人びとがチャレンジできるようになっています。国際こくさい問題に興味きょうみがあり、あつい思いをもっている人、冷静れいせいに人とのコミュニケーションができる人などをもとめています。

(注)「国家公務員採用総合職試験」「外務省専門職員採用試験」では21さい 以上 いじょう の人が受験する場合には、学歴に関係なく応募おうぼができます。ただし、年齢の上限じょうげんがあります。

なお、外国の国籍こくせきを持っている人は外務省職員になることはできません。

外務省採用試験についてもっとくわしく見る
外交官は外国語が話せないと、なれないのですか?

外国語があまりできないからといって、外務省ではたらくことができないというわけではありません。もちろん、日本の代表として各国かっこくの代表と話し合ったり、外国語の文書を読んだりしますので、一定の外国語能力のうりょく必要ひつようですが、この力は外務省に入ってからでも研修けんしゅうなどでしっかり身につけることができます。外務省で働く人にもとめられているのは、外国語ができることだけではなく、柔軟じゅうなんな思考力、交渉能力こうしょうのうりょく、コミュニケーション能力、などがあり、またどんな環境かんきょうでも働くことができる心身の強さも必要ひつようです。

チャレンジ41か国語(外務省の外国語専門家せんもんかインタビュー)のページへ
「外交官」と「外務公務員がいむこうむいん」はどうちがうのですか?

外務省(東京のかすみせきにある本省とうと海外にある大使館などの在外ざいがい公館)で はたら く人たちのことを、「外務公務員」といいます。 とくに、海外の大使館などで働く外務公務員を「外交官」とんでいます。

外務省の人はどこで働いていますか?

外務省で働く人たちは、東京のかすみせきにある外務省本省や、海外かいがいにある大使館などではたらいています。

外務省の職員しょくいん一般的いっぱんてきに、数年ごとに日本国内の勤務きんむと海外の勤務をかえしています。

第二次世界大戦たいせん中、ユダヤ系避難民けいひなんみん査証さしょう(ビザ)を発行して迫害はくがいから助けた日本人外交官がいると聞いたことがありますが、どのような人だったのですか?

当時リトアニアにあったざいカウナス日本国領事りょうじ館に勤務きんむしていた杉原千畝(すぎはら・ちうね)ふく領事は、多くのユダヤ系避難民にビザを発行し、多くの命をすくいました。そのため、正義せいぎの人として国内外から高い評価ひょうかを受けています。

(写真)杉原千畝

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツから迫害を受けていたユダヤ人たちはナチス・ドイツの手がとどかない国へ逃げようとしていました。ポーランドと国境こっきょうせっするリトアニアの在カウナス日本国領事館には、日本をとおってアメリカなどに脱出だっしゅつしたい人びとが押し寄せ、その中にはビザをもらう条件をたさない人もいました。こうした中、在カウナス日本国領事館に勤務きんむしていた杉原千畝副領事は、1940年(昭和15年)、多くのユダヤ系避難民にビザを発行し、その人たちはソれんを通って日本にわたり、さらに上海、アメリカ、カナダなどへと脱出しました。多くの命を救った杉原副領事の功績こうせきは国の内外で高く評価されており、とくにイスラエル政府せいふからはイスラエル最高さいこう勲章くんしょうであるヤド・ヴァシェムしょうおくられ、「諸国民しょこくみんの中の正義せいぎの人」としてたたえられています。