4 南アジア
(1)インド
インドは、アジアとアフリカをつなぐインド洋に面し、シーレーン上の中央に位置するなど、地政学的に極めて重要な国である。さらに、世界第2位の人口、巨大な中間所得層を抱え、アジア第3位の経済規模を有する。日本とインドは、民主主義や法の支配等の普遍的価値や戦略的利益を共有するアジアの2大民主主義国である。
2014年5月のモディ首相就任以降、インド経済は7%台の高い経済成長率を維持している。株価上昇に加えて、消費や生産も改善し、モディ首相が重視する海外直接投融資も、規制緩和を背景に着実に増加している。
外交面では、モディ首相は「アクト・イースト」政策を掲げ、アジア太平洋地域における具体的協力を推進する積極的外交を展開し、グローバルパワーとしてますます国際場裏での影響力を増している。
日本との関係では、2016年は計3回の首脳会談を行い、特に11月のモディ首相訪日に際しての会談では、原子力協定の署名に加え、高速鉄道計画の着実な進展や産業人材育成等の各分野で大きな成果があり、「日印新時代」を大きく飛躍させる会談となった。また、安倍総理大臣とモディ首相の間で、「自由で開かれたインド太平洋戦略」と「アクト・イースト」の連携により、インド太平洋地域及び世界の平和と繁栄を日・インドで牽引(けんいん)していくことで一致した。同訪日中、モディ首相は安倍総理大臣と共に新幹線に乗車し、神戸の新幹線工場も見学した。


(2)パキスタン
パキスタンは、アジアと中東を結ぶ要衝にあり、その政治的安定と経済発展は地域の安定と成長に不可欠であるとともに、国際テロ対策の最重要国である。また、約1億9,000万人の人口を抱え、そのうち25歳以下の若年人口が全人口の約6割を占めており、経済的な潜在性は高い。
治安面では、シャリフ首相は治安改善を最重要課題として取り組んでいる。2014年6月以来、パキスタン軍は、パキスタン・タリバーン運動(TTP)を始めとする武装勢力に対する軍事作戦を実施し、テロ発生件数は2015年には対前年比で約半減、2016年も前年比で約3割減少した。
外交面では、シャリフ首相はインドを含む近隣諸国との関係改善を掲げている。2015年12月にモディ・インド首相がパキスタンを電撃訪問する等の動きがあり、本格的な対話再開が期待されたが、2016年1月にインド空軍基地襲撃テロ事件が発生して以降、インド・パキスタン関係は緊張状態にある。また、中国との間では「全天候型戦略的協力パートナーシップ」の下、中国の進める「一帯一路」の重要な構成要素である中・パキスタン経済回廊建設に向けて幅広い分野で関係が強化されている。アフガニスタンについては、2016年1月から和平・和解プロセスについて協議する4か国調整グループ(QCG:パキスタン、アフガニスタン、米国及び中国が参加)が実施されたが、同グループは行き詰まった状況にあり、また、両国間には国境管理や難民問題など引き続き多くの課題がある。
経済面では、2013年9月から実施してきた3年間の国際通貨基金(IMF)プログラムの下での構造改革が完了した。同プログラムにより、外貨準備高等のマクロ経済指標はおおむね改善しており、成長率は4%台を維持している。
日本との関係については、9月の国連総会において安倍総理大臣とシャリフ首相との間で首脳会談、岸田外務大臣とアジズ外務担当首相顧問との間で外相会談がそれぞれ行われた。首脳会談では、日本側から邦人の安全確保を要請し、経済活動の促進に向けてビジネス環境改善を働きかけるとともに、地域情勢について意見交換が行われた。
(3)バングラデシュ
イスラム教徒が国民の約9割を占めるバングラデシュは、ベンガル湾に位置する民主主義国家であり、インドとASEANの交点としてその地政学的重要性も高い。
ハシナ首相率いるアワミ連盟政権は安定しているものの、2015年10月の邦人殺害テロ事件発生に続き、2016年に入っても、世俗的ブロガーに対する襲撃事件、イスラム教シーア派やヒンドゥー教の宗教関連施設や治安当局が標的となるテロ事件が発生した。バングラデシュ政府は外国人に対する警備を強化し、国内イスラム過激派の取締りを強化していたが、7月1日(現地時間)にダッカ襲撃テロ事件が発生し、日本人7人を含む20人以上が死亡、「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)バングラデシュ」を称する組織が犯行声明を発出した。その後、治安当局によるイスラム過激派組織の摘発や各所での検問所設置などのテロ対策が進められているが、依然として全土にテロの脅威がある。
経済面では、後発開発途上国ではあるものの、繊維品を中心とした輸出が好調で、2016年も約7.1%の経済成長率を維持し、堅調に成長している。人口は約1億6,000万人に上り、安価で質の高い労働力が豊富な生産拠点であるとともに、高いインフラ整備需要など潜在的な市場として注目を集め、進出している日系企業数は61社(2005年)から243社(2016年8月)に増加している。また、電力・天然ガスの安定した供給やインフラ整備が外国企業の投資にとって課題となっている。
日本との関係については、ハシナ首相が5月、G7伊勢志摩サミット・アウトリーチ会合に参加するため訪日し、同首相立会いの下、在京大使館の新事務所の開館式が執り行われた。ダッカ襲撃テロ事件を受け、アジア欧州会合(ASEM)首脳会合(於:モンゴル)の際に、安倍総理大臣がハシナ首相との間で首脳会談を実施し、同事件の真相究明と再発防止、邦人の安全確保の徹底等への協力を確認するとともに、政府開発援助(ODA)継続方針を表明した。
(4)スリランカ
スリランカは、インド洋のシーレーン上の要衝に位置し、その地政学的及び経済的重要性が注目されている伝統的な親日国である。2009年の内戦終結後(23)、治安状況は大幅に改善され、日本人観光客は約4万人(2015年現在)であり、2008年比で約4倍増となった。
内政面では、2015年1月の大統領選挙の結果、就任したシリセーナ大統領が、同年8月の総選挙後に形成した統一国民党(UNP)及びスリランカ自由党(SLFP)による大連立を維持し、ウィクラマシンハ首相(UNP)と共に政権運営を行っている。
新政権は、内戦終結後の重要課題である国民和解に向け、国民和解局を設置したほか、人権侵害疑惑に関する真実追究、正義への権利、補償への権利及び紛争の再発防止に対応する4層体制メカニズムを設置する意向を示すなど、多様な方法で国民和解の促進に取り組んでいる。
経済面では、スリランカでは内戦終結後、年率7%の経済成長を遂げ、近年も年率4.8%以上を維持している。1人当たりのGDPは2015年に3,724米ドルを記録し、同国の地政学的重要性やインド市場へのアクセスを踏まえ更なる高成長が期待されている。
日本との関係については、2015年10月のウィクラマシンハ首相訪日に続き、2016年5月にはG7伊勢志摩サミット・アウトリーチ会合に参加するため、シリセ―ナ大統領が訪日し、安倍総理大臣との間で首脳会談が行われ、会談後にメディア・ステートメントを共同で発表した。
(5)ネパール
ネパールは、中国・インド両大国に挟まれた内陸国として地政学的な重要性を有しており、また、日本はネパールにとって長年主要援助国であり、皇室・旧王室関係や登山などの各種交流を通じた伝統的な友好関係を有している。
2016年は、「日・ネパール外交関係樹立60周年」という記念の年であった。日本とネパールは、長きにわたる良好な友好関係に加え、東日本大震災(2011年3月)、ネパール大地震(2015年4月)という互いに大きな地震を経験した国同士として、同じアジアの友邦として、絆(きずな)を深めてきた。2016年中を通して、両国間では芸術、文化、スポーツ、観光等の様々な分野で交流事業が行われた。9月、岸外務副大臣が両国の外交関係樹立60周年記念式典に日本側代表として出席した。ネパール側からダハール(プラチャンダ)首相を始めとする関係閣僚が出席したほか、両国政府関係者、在ネパール各国外交団や国際機関職員等多くの出席の下、盛大に式典が開催された。日本とネパールは、両国の友好・協力関係を更に強化していくことを表明した。

内政面では、2015年に発生した大地震を機に、震災復興のためには憲法制定が重要であるとして、制定に向けた動きが加速化し、同年9月に新憲法が公布された。翌10月にはオリ新政権が発足したが、その後の与野党の対立により、2016年7月にオリ首相は辞任を表明し、8月にはダハール(プラチャンダ)ネパール共産党マオイスト・センター(CPN-MC)議長が首相に選出され、新政権が発足した。ダハール新政権にとって、新憲法の実施、震災復興の促進及びインフラ整備等の国内開発等への対応が課題となっている。
日本との関係については、2015年3月に続き、2016年6月に第2回日・ネパール外務省間政務協議(於:カトマンズ)が開催され、外交関係樹立60周年における両国政府の取組、ネパール震災復興に向けた日本の支援、地域情勢等について意見交換が行われた。周年を通じて、また次の60年に向けて、政策面を含めた二国間協力が更に深化・拡大してきている。
(6)ブータン
ブータンは2008年に王制から立憲君主制に平和裏に移行し、現在はトブゲー政権の下で民主化定着のための取組が行われている。政府は国民総幸福量(GNH)を国家運営の指針とし、第11次5か年計画(2018年まで)の課題である経済的な自立、食料生産、若者の失業率低下などに取り組んでいる。
日本との関係では、2011年のブータン国王王妃両陛下の国賓としての訪日を機に、日・ブータン間の交流は様々な分野とレベルで活発になっている。2016年1月にはワンチュク経済相が日本を訪問し、木原外務副大臣と会談を行い、ブータンへの日本人観光客の増加、日本企業のブータンへの投資等、両国の経済関係の一層の促進に向けた意見交換が行われた。また、2016年は日・ブータン外交関係樹立30周年に当たり、日本では、5月にツェリン・ヤンドン前王妃陛下及びデチェン・ヤンドン王妹殿下の御臨席の下、上野の森美術館における「ブータン展」の開会式が行われた。また、9月にブータンにおいて開催された「ブータン日本週間」の開会式に河井克行総理大臣補佐官が出席した。

経済協力の分野では、10月に、農業機械化促進のための耕耘(こううん)機供与に関する供与限度額2億5,100万円の無償資金協力のための書簡が、12月には、ブータンの主要道路ネットワークである国道4号線上の橋梁(きょうりょう)の掛け替えに関する供与限度額21億5,600万円の無償資金協力のための書簡等の交換が行われた。
(7)モルディブ
インド洋の島嶼(とうしょ)国であるモルディブは、GDPの約3割を占める漁業と観光業を中心に経済成長を実現しており、2011年には後発開発途上国を卒業し、1人当たりのGDPは約8,395.8米ドル(2015年現在)に達している。
内政面では、5月に英国に滞在していたナシード元大統領の亡命が承認され、6月には野党連合(MUO)がロンドン(英国)において立ち上げられるなど、ヤーミン大統領に対抗する動きが見られる。また、対外的には、10月に英連邦脱退を宣言するなどの動きも見られた。
日本との関係では、1月に在モルディブ日本国大使館が開設され、2017年に外交関係樹立50周年を迎える二国間関係の更なる深化への機運が高まっている。経済協力の分野では、日本方式による地上デジタルテレビ放送網の整備を行うための協力が進められている。両国間の要人往来も活発化しており、2016年2月に濵地雅一外務大臣政務官が在モルディブ日本国大使館開館式典出席のために訪問したのに続き、4月にはマシーハ国会議長が「世界人口開発議員会議」(於:東京)に参加するため、また、10月には、アーダム青年・スポーツ相が「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」に参加するために訪日した。
23 スリランカでは1983年から2009年まで25年以上にわたり、スリランカ北部・東部を中心に居住する少数派タミル人の反政府勢力である「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」が、北部・東部の分離独立を目指し、政府側との間で内戦状態にあった。