第1節 アジア・大洋州
多くの新興国が位置しているアジア・大洋州地域は、豊富な人材に支えられ、「世界の成長センター」として世界経済を牽引(けんいん)し、その存在感を増大させている。世界の約74億人の人口のうち、米国、ロシアを除く東アジア首脳会議(EAS)参加国(1)には約34億人が居住しており、世界全体の約46%を占めている(2)。東南アジア諸国連合(ASEAN)、中国及びインドの名目国内総生産(GDP)の合計は、過去10年間で約3.3倍に増加(世界平均は約1.5倍)している。また、米国、ロシアを除くEAS参加国の輸出入総額は、約9兆6,000億米ドルであり、欧州連合(EU:約10兆6,000億米ドル)に次ぐ規模である(3)。域内の経済関係は緊密で、経済的相互依存が進んでいる。今後、中間層の拡充により購買力の更なる飛躍的な向上が見込まれており、この地域の力強い成長を促し、膨大なインフラ需要や巨大な中間層の購買力を取り込んでいくことは、日本に豊かさと活力をもたらすことにもなる。豊かで安定したアジア・大洋州地域の実現は、日本の平和と繁栄にとって不可欠である。
その一方で、アジア・大洋州地域では、北朝鮮による核実験、弾道ミサイル発射等の挑発行動、地域諸国による透明性を欠いた形での軍事力の近代化や力による現状変更の試み、南シナ海を始めとする海洋をめぐる問題における関係国・地域国間の緊張の高まりなど、日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している。また、整備途上の経済・金融システム、環境汚染、不安定な食糧・資源需給、自然災害、高齢化など、この地域の安定した成長を阻む要因も抱えている。
日米同盟は日本外交の基軸であり、アジア太平洋地域にとっても重要である。日本は、米国と共に地域の秩序形成に主体的役割を果たすべく緊密に協力していくこととしている。2016年5月の日米首脳会談では、安倍総理大臣から、東アジア情勢に関し、日米同盟を基軸とした平和と繁栄のネットワークを強化したいと述べたところ、オバマ大統領から、ASEANとの協力強化が急務であるとの発言があった。両首脳は、海上における法の支配の重要性を確認し、日米両国が国際社会の中できちんと役割を果たしていくことで一致した。また、11月の日米外相会談では、両外相は、日本の目前には待ったなしの課題がますます多いとの認識を共有し、地域・国際社会の平和と繁栄に向けて日米同盟を更に強化していくことを確認した。2017年1月に発足したトランプ政権とも日米同盟を一層強化していく。
中国は、近年、様々な社会的・経済的課題に直面しつつも、その経済成長を背景に、様々な分野で国際社会における存在感を増しつつある。中国が平和を志向する責任ある国家として発展していくことは、日本を含め国際社会が歓迎するものである。一方で透明性を欠いた軍事力の増強や宇宙、サイバー空間における独自の活動も国際社会において注視されている。東シナ海・南シナ海の海空域における活動の活発化は地域共通の懸念事項となっている。
日本と中国は東シナ海を隔てた隣国であり、日中関係は、緊密な経済関係や人的・文化的交流を有する最も重要な二国間関係の1つである。2016年の中国からの訪日旅行者数は約637万人で(日本政府観光局(JNTO))、前年の約499万人に引き続き過去最高を記録した。同時に、日中両国には政治・社会的側面において相違点があり、隣国同士であるがゆえに時に両国間で摩擦や対立が生じることは避けられない。
2016年は、総じて言えば、前年に引き続き、日中関係の改善の流れが見られた1年となった。4月には岸田外務大臣が日本の外務大臣として約4年半ぶりに中国を二国間訪問し、李克強(りこっきょう)国務院総理への表敬や王毅(おうき)外交部長との会談を行った。こうした関係改善の流れは下半期にも引き継がれ、7月のアジア欧州会合(ASEM)首脳会合(於:モンゴル)の際には、安倍総理大臣が李克強総理との間で2度目となる会談を実施した。同月にはASEAN関連外相会合の機会を捉えて日中外相会談も行われた。8月には日中韓外相会議出席のために王毅外交部長が初めて訪日した。そして、9月のG20杭州サミットの際には、安倍総理大臣が訪中し、習近平(しゅうきんぺい)国家主席と3度目となる首脳会談を行った。安倍総理大臣と習近平国家主席は11月のペルー・アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議でも会談を行い、2017年の日中国交正常化45周年、2018年の日中平和友好条約締結40周年の機会に、日中関係を改善させていくことを確認した。
一方、東シナ海においては、一方的な現状変更の試みが継続しており、中国公船による尖閣諸島周辺における領海侵入は、8月に多くの公船が周辺海域に押し寄せてきた事案に関してのものを含め、2016年には12月末までに36回(累計121隻)に及んだ。尖閣諸島は歴史的にも国際法上も日本固有の領土であり、現に日本はこれを有効に支配している。したがって、解決しなければならない領有権の問題はそもそも存在しない。日本政府としては日本の領土・領海・領空を断固として守り抜くとの決意で引き続き対応していく。また、境界未画定海域における一方的な資源開発についても、引き続き中止と協力に関する合意(「2008年6月合意」)の実施を強く求めていく。
日本と中国は地域と国際社会の平和と安定のために責任を共有しており、安定した日中関係は、両国の国民だけでなく、アジア・大洋州地域の平和と安定に不可欠である。日本政府としては、引き続き「戦略的互恵関係」の考え方の下に、大局的観点から、様々なレベルで対話と協力を積み重ね、両国の関係を発展させていく。
台湾は、日本との間で緊密な人的往来や経済関係を有する重要なパートナーである。日本と台湾の間の実務関係も深化しており、2016年には、公益財団法人交流協会(4)と亜東関係協会の間で、製品安全や言語教育交流に関する協力文書が作成された。今後も、1972年の日中共同声明に基づき、台湾との関係を引き続き非政府間の実務関係として維持しつつ、関係を緊密化させるための協力を進めていく。
モンゴルとの間では、2016年も前年に引き続き、ハイレベルの交流が活発に行われた。モンゴルからは、プレブスレン外相(5月)、エンフボルド国家大会議議長(6月)、ムンフオルギル外相(9月)、エルデネバト首相(10月)が相次いで訪日し、また7月には安倍総理大臣が在任中3度目のモンゴル訪問を行った。今後も「戦略的パートナーシップ」を強化するため、幅広い分野において、真の互恵協力を目指し、関係を発展させていく。
日本にとって韓国は、戦略的利益を共有する最も重要な隣国である。良好な日韓関係は、アジア太平洋地域の平和と安定にとって不可欠である。2015年は日韓国交正常化50周年を迎え、活発な日韓交流が行われ、2016年には日韓間の人の往来は過去最多となった。経済関係も緊密に推移している。政治面では、2015年の日韓合意に基づき、「和解・癒やし財団」の事業開始や、秘密軍事情報を保護するための原則などを内容とした日韓秘密軍事情報保護協定の締結など日韓関係に前進が見られた。その一方で、2016年12月30日の在釜山総領事館に面する歩道への慰安婦像の設置や、2017年1月の韓国慶尚北道知事の竹島上陸、仏像盗難事件など日本として受け入れられない様々な問題が存在している。日韓間には困難な問題も存在するが、安全保障を含む幅広い分野において様々なレベルで意思疎通を図り、相互の信頼の下、日韓関係を未来志向の新時代へと発展させていくことが重要である。
北朝鮮では、金正恩(キムジョンウン)国務委員長を中心とする権力基盤の強化が進められている。36年ぶりに開催された朝鮮労働党大会では、経済建設と核武力建設を並進させていく「並進路線」が恒久的な戦略的路線と位置付けられた。北朝鮮による拉致は、日本の主権や国民の生命と安全に関わる重大な問題であると同時に、基本的人権の侵害という国際社会全体の普遍的問題である。日本は、拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ないとの基本認識の下、その解決を最重要の外交課題と位置付け、全ての拉致被害者の安全の確保と即時帰国、拉致に関する真相究明、拉致実行犯の引渡しを北朝鮮側に対し強く要求している。2016年、北朝鮮は2回の核実験を強行するとともに、20発を超える弾道ミサイルを発射し、その核・ミサイル能力の増強は、日本及び国際社会に対する新たな段階の脅威である。日本は、引き続き、米国、韓国、中国、ロシアを始めとする関係国と連携し、北朝鮮に対し、挑発行動の自制、累次の国連安保理決議や六者会合共同声明の遵守を強く求めていく。日本は、「対話と圧力」、「行動対行動」の方針の下、日朝平壌(ピョンヤン)宣言に基づき、関係国とも緊密に連携しつつ、拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的な解決に向けて引き続き全力で取り組んでいく。
東南アジア諸国は高い経済成長率を背景に、国際社会における重要性と存在感を一層増している。日本は長年の友好関係を基盤として、これら諸国との関係を一層強化してきた。2016年は、安倍総理大臣が9月のASEAN関連首脳会合の機会にラオスを訪問し、また、第8回日本・メコン地域諸国首脳会議(日・メコン首脳会議)を開催した。また、閣僚の往来も盛んであり、岸田外務大臣が5月にラオス、ミャンマー、タイ及びベトナム、8月にフィリピンをそれぞれ訪問するなど、ハイレベルの交流を図っている。同地域の平和と繁栄を確保していくため、日本は政治・安全保障分野における東南アジア諸国との対話・協力の枠組みの強化を進めている。また、持続可能な「質の高い成長」の実現に向け、各国・国際機関も連携し「質の高いインフラ投資」を推進するとともに、ハード・ソフト両面における東南アジア地域の連結性向上に対する取組を加速させている。例えば、2016年、「日メコン連結性イニシアティブ」を立ち上げ、メコン地域での連結性向上に向けて優先的に取り組むべき案件につき、メコン各国とも議論を進めた。さらに、日・シンガポール外交関係樹立50周年及び日・フィリピン国交正常化60周年の節目を捉えた友好親善の促進、カンボジア・ラオスとの航空協定締結を通じた訪日観光客の呼び込み、21世紀東アジア青少年大交流計画(JENESYS)2016による若者の交流等、人的・文化的交流を更に強化した。
日本とオーストラリアは、基本的価値と戦略的利益を共有する「特別な戦略的パートナーシップ」の下、法に基づく自由で開かれた国際秩序を支えるとともに、国際社会の安定と繁栄に共に貢献している。首脳の相互訪問や外相間の緊密な連携を基盤として、新たな日・豪物品役務相互提供協定(日豪ACSA)への署名を始めとする安全保障・防衛分野での協力関係が着実に深まっている。経済面では日豪経済連携協定(EPA)に基づく相互補完的な経済関係が更に促進されているとともに、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)等を始めとする自由貿易の推進につき緊密に連携している。また、日米豪や日豪印といった3か国間での連携及びパートナーシップも着実に強化されている。
ニュージーランドは日本が長年良好な関係を維持する戦略的協力パートナーであり、様々なレベルでの交流等により両国の協力関係を強化している。
太平洋島嶼国は、日本とは太平洋によって結ばれ、歴史的なつながりも深く、国際場裏での協力や水産資源・鉱物資源の供給において、重要なパートナーである。9月の国連総会時には、第3回目となる日本・太平洋島嶼国首脳会合を開催したほか、2017年1月には、太平洋・島サミット(PALM)第3回中間閣僚会合を開催し、日本と太平洋島嶼国の緊密な協力関係を確認した。
南アジア地域は、アジアと中東及びアフリカとの連結点という地政学的要衝に位置している。多くの国が高い経済成長を続けているのみならず、約17億人の巨大な域内人口の多くは若年層であることから、その潜在的経済力にも注目が集まっており、国際場裏においてもますます重要な存在となっている。その一方で、依然として貧困、民主化の定着、テロなどの課題を抱え政治的安定が重要な課題となっている国が多く、地震などの自然災害に脆弱(ぜいじゃく)であるという課題も存在する。日本は、伝統的に友好・協力関係にあるインドなど域内各国との経済関係の更なる強化、域内及び周辺地域との連結性向上並びに国際場裏における協力の強化を推進するとともに、国民和解や民主化の定着など各国の課題への取組について協力を継続していく。
慰安婦問題を含め、先の大戦に係る賠償、財産・請求権の問題については、日本政府は、サンフランシスコ平和条約、二国間の条約などに従って誠実に対応してきており、これらの条約などの当事国との間では法的に解決済みとの立場である。その上で、元慰安婦の方々の現実的な救済を図るとの観点から、国民と政府が協力して1995年に「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」を設立し、元慰安婦の方々に対し、医療・福祉支援事業、「償い金」の支給を行うとともに、歴代総理大臣からの「おわびの手紙」を届けるなど最大限の努力をしてきた。また、日韓間の慰安婦問題については、2015年12月末に日韓外相間で最終的かつ不可逆的に解決されることが確認された。日韓両首脳も、この合意を両首脳が責任を持って実施すること、また、今後、様々な問題に、この合意の精神に基づき対応することを確認した。(「日韓両外相共同記者発表」28ページ参照)
この日韓合意にかかわらず、2016年12月30日、在釜山総領事館に面する歩道に新たに慰安婦像が設置されたことは極めて遺憾である。その一方で、日韓それぞれがこの合意を責任を持って実施すべきとの立場に変わりはない。
また、米国、カナダ、オーストラリア、中国、ドイツ等においても、慰安婦像の設置等の動きがある。このような動きは日本政府の立場と相いれない、極めて残念なものである。日本政府としては、引き続き、様々な関係者にアプローチし、日本の立場(例えば、「軍や官憲による強制連行」、「数十万人の慰安婦」、「性奴隷」といった主張については、史実とは認識していないこと)について説明する取組を続けていく。
アジア・大洋州地域の戦略環境が絶えず変化する中で、日本が地域諸国と協力し、また、これら諸国とその関係を強化することが極めて重要になっている。日本としては、日米同盟を強化しつつ、アジア・大洋州地域の内外のパートナーとの信頼・協力関係を強化することで地域の平和と繁栄のために積極的な役割を果たしていく方針であり、二国間の協力強化に加えて、日中韓、日米韓、日米豪、日米印、日豪印といった三国間の対話の枠組み、日・ASEAN、ASEAN+3、東アジア首脳会議(EAS)、アジア太平洋経済協力(APEC)、ASEAN地域フォーラム(ARF)、日・メコン協力などの様々な多国間の枠組みを積極的に活用している。また、日中韓3か国による協力プロセスは重要な意義を有しており、日本は議長国として8月に日中韓外相会議を開催した。
東アジア地域協力の中心であり、原動力であるASEANがより安定し繁栄することは、地域全体の安定と繁栄にとって極めて重要である。この認識の下、日本は、2015年末のASEAN共同体設立後もASEANの一層の統合努力を全面的に支援していくことを表明している。
2013年の特別首脳会議を経て新たな高みへと引き上げられた日・ASEAN関係は、2016年7月の日・ASEAN外相会議(於:ビエンチャン(ラオス))、9月の第19回日・ASEAN首脳会議(於:ビエンチャン)などを通じて、ASEANの統合強化、持続的経済成長、国民生活の向上及び地域・国際社会の平和と安全の確保など、広範な分野で協力関係が一層強化された。南シナ海問題については、9月の日・ASEAN首脳会議において、航行及び上空飛行の自由の維持、国連海洋法条約等の国際法に従った紛争の平和的解決、行動の自制、非軍事化の重要性を強調する議長声明が発出された。このような状況の中、日本はASEAN諸国に対し、政府開発援助(ODA)を活用した海洋安全保障にも資する能力向上支援に加え、フィリピン海軍との共同訓練等、地域の安定に資する活動に積極的に取り組んでいる。
9月に開催された第11回EASでは、EAS内の協力のレビューと将来の方向性及び地域・国際情勢について議論が行われた。安倍総理大臣は、EAS参加国のテロ・暴力的過激主義対策を打ち出し、一層積極的に貢献したいと述べた。また、EAS強化の観点から、EASを地域のプレミア・フォーラムとして更に機能を強化すべきことを強調し、政治・安全保障分野の議論の更なる活性化を推進したいと述べた。
同会議では、南シナ海をめぐる問題に関して、安倍総理大臣から、深刻な懸念を表明し、全ての当事国が、地域の緊張を高めるような行動を自制し、国連海洋法条約を含む国際法に基づいた平和的解決を追求すべきと発言した。
また、日本は、常にASEANの中心性・一体性を支持していること、中国とASEANとの対話を歓迎するが、対話は、国際法に基づき、現場における非軍事化と自制の維持を前提に行われるべきとの姿勢を明らかにした。さらに、安倍総理大臣から、比中仲裁判断は当事国を法的に拘束するものであり、両当事国がこの判断に従うことで、紛争の平和的解決につながっていくことに期待を示した。
1 ASEAN(加盟国:インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー及びラオス)、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア及びニュージーランド
2 世界人口白書2016
3 国際通貨基金(IMF)
4 公益財団法人交流協会は、2017年1月1日から公益財団法人日本台湾交流協会に名称を変更した。