
国際社会における人権・民主主義
(我が国の基本的考え方)
平成20年7月
近年の国連における「人権の主流化」を踏まえ、外務省では、学界・市民社会・国内外のNGO等との議論やシンポジウムの開催を含め、国際社会における人権・民主主義の促進・発展に向けた我が国としてのあり方について議論を行ってきています。我が国のこれまでの施策や上記シンポジウム等での議論も踏まえ、人権・民主主義分野における基本的考え方を以下のとおりまとめました。
1.人権及び民主主義を巡る国際的動向
- 人権は国際社会共通の普遍的な価値であり、民主主義と人権は相互に依存しかつ補完し合うもの。冷戦の終焉により、国連を含む国際社会において、人権・民主主義の議論が活発になり、普遍的価値の促進に向けた議論が進んでいる。特に、1993年にウィーンで開催された「世界人権会議」では、人権が普遍的価値であり、国際社会の正当な関心事項であることが確認された(注1)。この他にも、民主主義に関する各種フォーラムが設置されている(注2)。
- 2005年、アナン国連事務総長(当時)は、国連活動の柱である開発・安全・人権の密接な関連性を踏まえて、国連のすべての活動で人権の視点を強化する考え(「人権の主流化」)を提唱。国連が世界の人権問題により効果的に対処するための国連人権委員会の国連人権理事会への強化・改組や「国連民主主義基金(UNDEF)」の設立を始め、人権・民主主義の促進に向けた国連の取組の強化が図られた。
(注1)「ウィーン宣言」及び「行動計画」は、すべての人権の促進・保護は国際社会の正当な関心事項であり、その政治的、経済的及び文化的制度の如何に拘わらず、国家の義務であるとしている。
(注2)1988年より「復興・新生民主主義国際会議」が、2000年より「民主主義共同体閣僚級会合」が開催。
2.人権分野
(1)基本的考え方
我が国は以下の基本的考え方に基づき人権分野での外交を推進している。
- 国連をはじめとする国際社会における人権の議論に建設的且つ積極的に参加している。1982年以来、人権委員会のメンバーとして、また2006年の人権理事会設立以降は理事国(注3)として制度構築の議論等に積極的に参加してきている。
- 以下に留意しつつ、国際社会における人権の保護・促進に努める。
(イ)人権は普遍的価値であり、国際社会の正当な関心事項である。
(ロ)自由権、社会権などすべての権利は、不可分、相互依存的且つ相互補完的であり、同様に保護・促進されるべき。
(ハ)各国の歴史、文化、伝統等、各国個別の状況への適切な配慮への重要性を十分認識した上で、各国毎に個別のアプローチをとる。
(ニ)「人間の安全保障」の視点を踏まえ、開発途上国や紛争当事国における人権の保護という観点からも、社会的弱者保護の問題に取り組む。
(ホ)大規模かつ組織的な人権侵害に対応していく。
- 「人権の主流化」という国際的潮流も踏まえ、「対話」と「協力」の姿勢に立って、国連等国際フォーラム及び二国間人権対話等の場において、国際社会が関心を有する人権問題等の改善を慫慂すると共に、技術協力等を通じて必要かつ可能な協力を実施する。協力に際しては価値観を押しつけることはせず、途上国と共に歩むパートナーの姿勢で取り組む。
(注3)2008年5月、人権理事会理事国選挙で再選を果たした(2期目:任期は2008年6月19日から3年間)。
(2)人権分野における施策
(イ)国連等国際フォーラムへの積極的参画
(ロ)人権対話
二国間人権対話(注4)を実施する。人権対話では、相手国の人権改善努力に着目し、相手国の改善への取組や改善の障害となる要因等への理解を深めるとともに、我が国の考え方についての相手国の理解の促進に努める。その際、相手国の人権問題を指摘するだけではなく、改善に向けた具体的な協力の特定と実施にも努める。
(注4)我が国は開発途上国を中心に、これまでサウジアラビア、中国、イラン、ミャンマー、カンボジア、インドネシア、キューバ、スーダン等10カ国以上と人権対話を実施(1999年~2008年7月現在)。
3.民主主義分野
(1)基本的考え方
- 民主主義の基盤強化と人権保護は相互に依存しかつ補強し合う関係にある。民主主義の基盤強化は統治と開発への国民の参加及び人権の擁護と促進につながり、中長期的な安定と開発の促進にとり極めて重要な要素である。
- 民主主義には特定のモデルはなく多様な形態があり得る。民主主義や市場経済といった制度が持つ普遍性を念頭に置きつつ、国ごとの政治体制や社会・経済状況、歴史的経緯等にも十分留意する。
(2)民主主義分野における施策
(イ)民主的発展のためのパートナーシップ
我が国は1996年のリヨン・サミットで、「民主的発展のためのパートナーシップ(PDD)」を発表し、今日まで法整備支援などの制度づくり支援をはじめとする多様な民主化支援を実施している。「人間の安全保障」の視点を踏まえた社会的弱者保護を支援対象分野に加え、今後も本パートナーシップに基づく支援を継続する。
(ロ)「国連民主主義基金(UNDEF)」の効果的活用
我が国は、「人権の主流化」の流れを受け国連改革の一環として設立された「国連民主主義基金(UNDEF)」の諮問委員会メンバー国(我が国は拠出累積額第3位)。同基金の効果的活用のため、議論に積極的に参画すると共に、日本の市民社会に対して、同基金の積極的な活用を慫慂する(「NGOによる民主化支援セミナー」)。
(ハ)各種国際フォーラムへの参加
- 1980年代末に各国で民主化への関心が急速に高まる中、1988年、開発途上国を中心に民主主義をテーマとする「復興・新生民主主義国際会議」が開始されたほか、2000年以降、民主主義の意義を再確認し、民主化を巡る諸課題に関する議論を深めるための場として、初めての閣僚級会合である「民主主義共同体閣僚級会合」が開催されている。
- 1990年代以降、右を含む国際フォーラムが、人権と併せ民主主義の意義を広める上で果たした役割は少なくなく、我が国は今後もかかる国際フォーラムの場も活用しつつ、国際社会における民主主義の促進に向けた議論に積極的に参加する。
4.人権・民主主義分野での協力
(1)人権・民主化支援の意義
- 人権の保護・促進や法の支配に基づく民主的諸制度の促進は国連の主要な目標の1つ。
- 民主化や人権を保護・促進し、個々の人間の尊厳を守ることは、国際社会の安定と発展にとって益々重要な課題。
(2)協力に際する我が国の視点
【我が国の経験の活用】
- これまで我が国は、アジアにおいて最初の先進国となった経験を活かし、ODAにより人材育成、制度構築等への支援を積極的に行い、その結果、開発途上国の経済社会の発展に大きく貢献してきた。
- 人権や民主主義といった普遍的な価値を受容し、我が国の歴史・文化等の背景を踏まえて客観的に吟味を加え、我が国自身の内的な発展としてこれらの価値を取り入れてきた我が国の経験を、途上国への協力に活かしていく。
【個人に着目したアプローチ】
- 人間の安全保障の視点を踏まえた貧困層を含む個人個人の能力強化が重要。社会を構成する個人の能力強化は民主主義を支える重要な礎であり、同時に社会全体の発展のためにも重要。コミュニティー・レベルからのボトムアップ・アプローチの視点も活かし、能力強化を支援する。
【市民社会の強化】
- 民主化プロセスを支えるのはひとりひとりの市民。市民・市民社会が脆弱なままでは民主化プロセスを支えることはできず、市民・市民社会のエンパワーメント(能力強化)が必要。その際、児童、障害者、ハンセン病患者等の社会的弱者保護及びジェンダーの視点に留意する。
【自由権と社会権のバランス】
- 「人権の主流化」を受けた国際的潮流として、すべての権利は不可分、相互依存的且つ相互補完的であること、特に自由権と社会権をバランス良く強化することを重視。
【開発・平和構築との連携】
- 人権・民主化は、紛争後の平和で安定した国づくりを実現する上でも不可欠。紛争の終結から持続的な平和・復興までの移行期間に、政治プロセス、治安、復興開発などを切れ目なく包括的に扱う平和構築においても人間の安全保障の考え方は重要であり、その観点から、人権保護及び民主化の促進は重要な役割を果たす。
【対話、自主性の尊重】
- 対話・協議を通じた共同作業を重視する。その際、相手国政府の自主性(オーナーシップ)を尊重し、相手国政府の方針と整合的な形での協力を重視する。
- 人権や民主主義の促進は時間を要する困難な事業であり、継続的な取組が求められる。その後のフォローアップも相手国自身で行えるよう人材育成を重視するとともに、一定期間の継ぎ目のない協力(長期的コミットメント)が効果的である。