人権外交
ハンセン病差別解消にむけて
国際社会における日本政府の取組
1 ハンセン病差別問題とは
ハンセン病は、1873年にノルウェーのアルマウェル・ハンセン医師により、らい菌という細菌による感染症であることが発見された病気です。らい菌は皮膚や末梢神経を侵す感染症で、皮膚に結節や斑紋などを生じさせたり、筋肉の萎縮をきたして、外形的に明らかな変形を生じさせるなどの障害を残す場合があります。
しかし、感染しても発病する可能性は極めて低く、化学療法が確立した現代において、外来治療によって確実に治癒する病気です。これまで、WHO(世界保健機構)が主体となってハンセン病の撲滅に向けて国際的な取組が進められ、新規患者は激減しています。その一方、ハンセン病に関 する誤った認識や誤解に基づく偏見・差別により、ハンセン病患者・回復者及びその家族に対する深刻な人権侵害が、今なお、世界各地で存在しています。
日本でも、ハンセン病患者を法律に基づき強制的に隔離した歴史があり、また、医学の進歩によりハンセン病は治る病気となり患者を隔離する必要がないことが判っても、隔離を定めた「らい予防法」は1996年まで廃止されませんでした。
2 日本政府とハンセン病
日本政府は、過去のハンセン病患者の強制隔離などのハンセン病政策を踏まえ、ハンセン病患者・回復者に対する偏見・差別の解消に向けた取組を実施しており(厚生労働省ホームページ/法務省ホームページ
)、国際場裡においても、ハンセン病に関する偏見・差別の撤廃に向けて、我が国の経験を活かしてイニシアティブをとって活動しています。
その活動の一環として、2007年9月以降、本分野につき高い知名度・評価・知識を有している日本財団会長笹川陽平氏に「ハンセン病人権啓発大使」を委嘱し、国際場裡において本問題の広報・啓発活動を依頼しています。活動の例としては、毎年1月、ハンセン病に対する社会の誤解を取り除く必要性を著名人(団体)と共に世界に訴える「グローバル・アピール」などがあります。2015年のグローバル・アピールは東京で初めて開催され、安倍総理大臣(当時)も出席しました。
3 国際場裡における日本の取組
- (1)我が国は、国際社会におけるハンセン病差別問題の解消に向け、国際場裡において主体的に取組を進めています。特に、2008年以降、過去7回(注)にわたり、国連人権理事会に「ハンセン病差別撤廃」決議案を主提案国として提出し、いずれも全会一致で採択されています。(注:2008年、2009年、2010年、2015年、2017年、2020年及び2023年)
- (2)2008年6月の第8回人権理事会において、国連人権理事会においてハンセン病差別問題を議論し、差別を撲滅するための実効的な方法等を検討することを目的とした「ハンセン病差別撤廃決議(仮訳(PDF)
/英語正文(PDF)
)」が全会一致で採択されました。
- (3)2009年1月、スイス・ジュネーブにおいて、ハンセン病差別撤廃を目的とする原則及びガイドライン策定のために関係者の意見を集約することを目的として、国連主催の「ハンセン病差別撤廃に関する国際会議
」が開かれ、我が国を含む各国代表部やハンセン病差別問題に取り組むNGOなど約90名が参加し、活発な議論が行われました。我が国からは、笹川ハンセン病人権啓発大使が開会式でステートメントを行ったほか、我が国の施策について発言を行いました。
- (4)ハンセン病差別撤廃を目的とする原則及びガイドライン(P&G)については、人権理事会諮問委員会において、我が国出身委員である坂元茂樹神戸大学大学院教授(当時)が中心となり、作成が進められました。2009年10月の第12回人権理事会において、同P&G案をフォローアップするための決議が提出され、全会一致で採択されました。その後、P&G案に対する各国、NGO等の意見を踏まえた議論が行われた後、翌2010年8月の人権理事会諮問委員会において、P&Gは正式に採択されました。
- (5)2010年9月の第15回人権理事会において、各国政府等に対してP&Gに十分配慮することを求める決議が全会一致で採択されました(仮訳(PDF)
/英語正文(PDF)
)。更に、同旨の決議は、同年11月の国連総会第三委員会、及び12月の国連総会本会議において全会一致で採択されました。
- (6)2015年7月、第29回人権理事会において、人権理事会諮問委員会に対し、P&Gの実施状況に関する調査を行い、P&Gのより広範な普及及び効果的な実施に向けた提案を含む報告書を作成し、人権理事会に提出することを求める決議が全会一致で採択されました(仮訳(PDF)
/英語正文(PDF)
)。
- (7)2017年6月、第35回人権理事会において、人権理事会としてハンセン病差別撤廃に関する特別報告者を3年間の任期で任命し、また、国連人権高等弁務官及び同特別報告者に対してハンセン病差別に関するセミナーの実施を推奨すること等を主な内容とする決議が全会一致で採択されました(仮訳(PDF)
/英語正文(PDF)
)。
- (8)2020年7月の第44回人権理事会及び2023年7月の第53回人権理事会において、ハンセン病差別撤廃に関する特別報告者の任期を3年間延長すること等を主な内容とする決議が、それぞれ全会一致で採択されました。(第44回人権理採択決議:仮訳(PDF)
/英語正文(PDF)
、 第53回人権理採択決議:英語正文(PDF)
)。
4 ハンセン病差別撤廃を目的とする原則・ガイドライン(P&G)の概要
P&Gの概要は以下のとおりです(英語正文:Annex to A/HRC/15/30(PDF))。
(1)原則(Principles)
- ハンセン病患者・回復者等は、人権・基本的自由の権利を有し、尊厳のある人間として扱われるべき
(2)ガイドライン(Guidelines)
- 各国政府は、ハンセン病を理由とする差別なしに、人権・基本的自由の完全な実現を促進、保護、保障するべき
- 各国政府は、すべての者が法の下に平等であることを認識するべき
- 各国政府は、ハンセン病患者・回復者の女性、子供その他の脆弱なグループの人権の促進・保護に関して、特別な配慮を払うべき
- 各国政府は、可能であれば、過去のハンセン病患者に関する政策や慣習の結果として離ればなれになった家族の再統一を支援するべき
- 各国政府は、ハンセン病患者・回復者とその家族が、他のすべての者と同様に、コミュニティへの十分な参加を享受する権利の普及を促進するべき
- 各国政府は、職業訓練の機会等を促し、支援するべき
- 各国政府は、教育への等しいアクセスの普及を促進するべき
- 各国政府は、ハンセン病患者に無料又は手頃なヘルスケアの質及び基準を提供するべき
- 各国政府は、適切な住居水準についての権利を認識し、その保護・促進のための適切な措置を取るべき
- 各国政府は、啓発及びハンセン病患者・回復者の権利と尊厳への関心を高めるための方針と行動計画を策定するべき