外交青書・白書
第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交

5 資源外交と対日直接投資の促進

(1)エネルギー・鉱物資源の安定的かつ安価な供給の確保

ア エネルギー・鉱物資源をめぐる内外の動向
(ア)世界の情勢

近年、国際エネルギー市場には、(a)需要(消費)構造、(b)供給(生産)構造、(c)資源 選択における三つの構造的な変化が生じている。(a)需要については、世界の一次エネルギー需要が、中国、インドを中心とする非OECD諸国へシフトしている。(b)供給については、「シェール革命」9により、石油・天然ガスともに世界最大の生産国となった米国が、2015年12月に原油輸出を解禁し、また、米国産の液化天然ガス(LNG)の更なる輸出を促進するなど、エネルギー輸出に関する政策を推進している。(c)資源選択については、エネルギーの生産及び利用が温室効果ガス(GHG)の排出の約3分の2を占めるという事実を踏まえ、再生可能エネルギーなどのよりクリーンなエネルギー源への移行に向けた動きが加速している。また、気候変動に関するパリ協定が2015年12月に採択されて以降、企業などによる低炭素化に向けた取組が一層進展している。加えて、2021年に入り、世界各国において、今世紀後半のカーボンニュートラル宣言が相次いでおり、世界の脱炭素化へのモメンタム(勢い)は高まりを見せている。原油市場の動きについて見ると、新型コロナからの経済回復に伴い、供給不足が顕著となり、原油価格は新型コロナ発生前の水準を超え、2021年10月に3年ぶりの高値を付けた。2022年になると、ロシアによるウクライナ侵略を受け、エネルギー価格は更なる高騰を見せ、年前半にかけて高値での変動を繰り返した。7月以降は主要国の金利引締めによる景気減速の懸念や中国のゼロコロナ政策などをめぐり下落傾向になったが、引き続き不安定な相場が続いている。国際社会はロシア産エネルギーへの依存脱却、エネルギー市場の安定化、脱炭素化の実現をいかに達成していくかという課題に直面している。

(イ)ロシアに対する制裁

ロシアへのウクライナ侵略に対するエネルギー分野の制裁について、5月、G7首脳声明においてロシア産石油の禁輸方針を打ち出し、日本も原則輸入停止の方針を表明した。また、世界的な石油の供給不安によるエネルギー価格の高騰が懸念される中、ロシア産原油などを一定程度輸送できるようにすることで、世界的なエネルギー価格の高騰を防ぎつつ、ロシアのエネルギー収入を減少させることを目的とし、9月、G7財務大臣・中央銀行総裁会議において、一定の価格を超えるロシア産原油などの海上輸送などに関連するサービスを禁止する「プライス・キャップ(価格上限規制)」措置を導入することで一致した。本措置にはG7(EUを含む。)及びオーストラリアが参加している。なお、サハリン2プロジェクトで生産された原油については、日本のエネルギー安全保障の観点から、本措置の規制の対象外としている。

(ウ)日本の状況

東日本大震災以降、日本の発電における化石燃料が占める割合は、原子力発電所の稼働停止に伴い、震災前の約60%から2012年には約90%に達した。石油、天然ガス、石炭などのほぼ全量を海外からの輸入に頼る日本の一次エネルギー自給率(原子力を含む。)は、2011年震災前の20%から2014年には6.3%に大幅に下落し、2019年には12.1%まで持ち直したものの、ほかのOECD諸国と比べると依然として低い水準にある。また、日本の原油輸入の約90%が中東諸国からであり、LNGや石炭については、中東への依存度は原油に比べて低いものの、そのほとんどをアジアやオセアニアからの輸入に頼っている。このような中、エネルギーの安定的かつ安価な供給の確保に向けた取組がますます重要となっている。同時に、気候変動への対応も重要となっている。日本は、2020年10月に2050年カーボンニュートラル、2021年4月に、2030年度の46%削減、更に50%を目指して挑戦を続ける新たな削減目標を表明した。こうした状況を背景に、2021年10月に閣議決定された、「第6次エネルギー基本計画」では、エネルギー源の安全性(Safety)、安定的供給の確保(Energy Security)エネルギーコストの経済的効率性の向上(Economic Efficiency)、気候変動などの環境への適合性(Environment)を考慮した、「S+3E」の原則を引き続き重視しながら、2030年までの具体的な取組を示している。

イ エネルギー・鉱物資源の安定的かつ安価な供給の確保に向けた外交的取組

エネルギー・鉱物資源の安定的かつ安価な供給の確保は、活力ある日本の経済と人々の暮らしの基盤を成すものである。外務省として、これまで以下のような外交的取組を実施・強化してきている。

(ア)在外公館などにおける資源関連の情報収集・分析

エネルギー・鉱物資源の獲得や安定供給に重点的に取り組むため、在外公館の体制強化を目的とし、2022年末時点、合計53か国60公館に「エネルギー・鉱物資源専門官」を配置している。また、エネルギー・鉱物資源の安定供給確保の点で重要な国を所轄し、業務に従事する一部在外公館の職員を招集して、「エネルギー・鉱物資源に関する在外公館戦略会議」を毎年開催している。2022年は12月9日にオンライン形式で開催した(詳細は290ページ イ(エ)を参照)。

(イ)エネルギー市場安定化に向けた取組

2022年2月に起きたロシアのウクライナ侵略により、石油価格は1バレル当たり130ドルを超え、欧州ガス市場では100万BTU当たり70ドルを突破するなどエネルギー価格は大きく高騰し、エネルギー市場は大きく不安定化した。

この状況下、日本は、2月と3月に、欧州での天然ガスの需給逼(ひっ)迫を緩和するため、日本企業が取り扱うLNGの一部を欧州に融通し、また国際エネルギー機関(IEA)加盟国として、3月から4月に2回にわたる石油備蓄の協調放出を実施し、過去最大の放出量となる計2,250万バレルの石油備蓄を放出した。

こうしたエネルギーをめぐる情勢の中で、エネルギー市場の安定化に向けて、資源生産国に対する増産の働きかけも行っている。3月には岸田総理大臣とムハンマド・アラブ首長国連邦皇太子及びムハンマド・サウジアラビア皇太子との会談林外務大臣とアブドラ・アラブ首長国連邦外相及びジャーベル産業・先端技術相との会談、4月には林外務大臣とアフマド・クウェート外相及びバドル・オマーン外相との会談、7月には林外務大臣とファイサル・サウジアラビア外相との会談、9月には岸田総理大臣とムハンマド・サウジアラビア皇太子及びムハンマド・アラブ首長国連邦大統領との会談などの産油国との間の首脳・閣僚レベルの累次の会談の機会に産油国に対する働きかけを行ったほか、在外公館や関係省庁を通じて様々なレベルで産油国に対する働きかけを行った。

(ウ)エネルギー・鉱物資源に関する国際機関との連携

エネルギーの安定供給や重要鉱物資源のサプライチェーン強靭(じん)化に向けた国際的な連携・協力のため、日本は、国際的なフォーラムやルールを積極的に活用している。ロシアによるウクライナ侵略によって生じたエネルギー危機の中でも、エネルギー安全保障を確保しつつ、脱炭素化に向けて現実的なエネルギー移行を図るために、エネルギーの安定供給の確保と供給源の多角化及びエネルギー移行に不可欠な重要鉱物資源の安定的確保が重要であることを国際社会に発信している。

3月、小田原潔外務副大臣は、第28回IEA閣僚理事会(フランス・パリ)に出席し、日本は世界のエネルギー移行を促進するため、各国・地域のエネルギー事情を考慮し、あらゆるエネルギー源や技術を組み合わせる視点からIEAの活動を支援していくこと、また、多くの重要鉱物資源について、一部の国に精製・分離のプロセスが寡占されている現状の問題を指摘し、重要鉱物資源のサプライチェーンの強靱化支援として、日本が新たに約180万ユーロ(約2.2億円)をIEAに対して拠出を決定したことを表明した。また、5月、小田原外務副大臣は、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)10第23回理事会にオンライン形式で出席し、ウクライナ危機は改めてエネルギー安全保障とエネルギー転換の両立の重要性を認識させたと述べつつ、再生可能エネルギーを主としたエネルギー・システムへの道筋は一つではなく各国の事情に応じた議論が重要であること、また、再生可能エネルギーの普及に不可欠な重要鉱物資源の取組の進捗と水素のサプライチェーン構築のための国際貿易に係る取組を歓迎することを表明した。

6月、鈴木外務副大臣は、「鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)閣僚級会合」(カナダ・トロント)に出席して、鉱山開発、精製・加工、リサイクル・リユースといった、一連のサプライチェーンにおいて、高い環境・社会・ガバナンス(ESG)基準を実現するため、投資の促進を含む官民の連携を戦略的に促進することを目的としたMSPの立上げへの日本の支持を表明した上で、鉱物資源の供給多角化に向けた日本の取組を紹介し、鉱物資源をめぐる現下の課題解決に向け、本枠組みにおける議論と活動に積極的に貢献したいと述べた。

9月、髙木外務大臣政務官は、インドネシアを議長国として開催されたG20エネルギー移行大臣会合に出席した。髙木外務大臣政務官からは、エネルギー価格の高騰は先進国、途上国を問わず脆弱な人々の生活を圧迫しており、エネルギー・アクセスの確保が喫緊の課題となっていることを指摘し、廉価なエネルギーへのアクセスはベーシック・ヒューマン・ニーズであると述べた。また、髙木外務大臣政務官は、今回のエネルギー危機によりエネルギー安全保障の重要性が再認識される中、エネルギー安全保障については国家単位ではなく、人の単位で、一人一人にエネルギーが行き渡るべきであり、エネルギー安全保障の確保をエネルギー移行の加速化の基盤としていくことが重要であると強調した。これらの国際機関とは、事務レベルにおいても日頃から緊密に連携して、エネルギーの安定供給や重要鉱物資源のサプライチェーン強靭化に向けて取り組んでいる。

(エ)エネルギー・鉱物資源に関する在外公館戦略会議

外務省では、2009年度から、主要資源国に設置された大使館・総領事館、関係省庁・機関、有識者、企業などの代表者を交えた会議を毎年開催し、日本のエネルギー・鉱物資源の安定供給確保に向けた外交的取組について議論を重ね、政策の構築と相互の連携強化を図ってきた。2022年の戦略会議は、約30公館を超えるエネルギー・鉱物資源専門官及び資源エネルギー庁関係者などが参加し、第1部では、ロシアのウクライナ侵略によって生じたエネルギー危機下にある中、在外公館からのエネルギー情勢の報告を踏まえて今後の課題やその対策についての議論を行い、第2部では、米国国務省エネルギー資源局関係者から、米国のイニシアティブで設立されたクリーンエネルギー移行に必要な鉱物資源の安定供給に向けた取組である鉱物資源安全保障パートナーシップの意義に関する説明を得て、重要鉱物のサプライチェーン強靱化に向けた取組についての議論を行った。

(オ)エネルギー憲章条約の近代化に係る交渉の実質合意

エネルギー憲章に関する条約(Energy Charter Treaty:ECT)は、ソ連崩壊後の旧ソ連及び東欧諸国におけるエネルギー分野の市場原理に基づく改革の促進、世界のエネルギー分野における貿易・投資活動を促進することなどを宣言した「欧州エネルギー憲章」の内容を実施するための法的枠組みとして定められ、1998年4月に発効した多数国間条約である(日本は2002年に発効)。欧州及び中央アジア諸国を中心とした52か国・機関が本条約11を締結している。2020年から条約改正に向けた議論が行われ、2022年6月に締約国交渉当事者間で実質合意に達した。また、日本はECTの最大の分担金拠出国であり、2016年には東アジア初となるエネルギー憲章会議の議長国を務め、東京でエネルギー憲章会議第27回会合を開催するなど、ECTの発展に貢献してきている。なお、2021年9月から、ECTの運営組織であるエネルギー憲章事務局の副事務局長に廣瀬敦子氏が日本人として初めて副事務局長に就任している。

(カ)エネルギー・鉱物資源に関する広報分野での取組

4月、外務省は、日本経済団体連合会(経団連)の後援の下、アジア・エネルギー安全保障セミナー「地政学から考えるエネルギー転換期における天然ガス」をオンラインで開催した。本セミナーには、小田原外務副大臣が出席したほか、経団連の宮地伸二アジア・大洋州地域委員会企画部会長が後援団体を代表して出席した。アリフィン・タスリフ・インドネシア共和国エネルギー・鉱物資源相及びティム・グルドIEAチーフエコノミストが基調講演を行ったほか、エネルギー・国際関係に携わる国際機関関係者、有識者などがパネリストとして登壇した。セミナーには国内外から約1,200人がオンラインで参加登録を行った。セミナーの冒頭、小田原外務副大臣から、ロシアによるウクライナ侵略は、エネルギー転換とエネルギー安全保障の両立の重要性を改めて世界に認識させたと述べ、脱炭素化社会を実現するためにも、現実的で円滑なエネルギー転換を実施していく必要性を指摘した。また、脱炭素化の過渡期において、発電量が天候に左右されやすい太陽光や風力発電を補う調整力を担う観点などから、天然ガスが極めて重要な役割を果たすことを述べた。セミナーではエネルギーの地政学リスクについて、脱炭素化への時間軸を念頭に議論することの重要性や日常生活において、エネルギー転換をいかに進めていくべきかについて、活発な議論が行われた。参加者の間では、エネルギー安全保障のリスクが顕在化している今こそ、エネルギー転換について有意義な取組を進めるチャンスでもあるとの認識が共有された。

また、11月7日から8日にかけて、外務省は、日本に駐在する8か国の大使館から8人の外交官を対象に、福島県内のエネルギー関連施設の視察を行うスタディー・ツアー「危機のエネルギー」を実施した。具体的には、勿来(なこそ)IGCCパワー合同会社・勿来IGCC発電所、福島原子力発電所、福島水素エネルギー研究フィールド、そうまIHIグリーンエネルギーセンター、福島再生可能エネルギー研究所を視察し、地元関係者との交流会を開催した。参加外交団からは、日本のエネルギー事情や再エネの今後の可能性について包括的に学ぶことができ、大変興味深かったとの意見が寄せられた。

(2)食料安全保障の確保

世界の食料安全保障の状況は、新型コロナ、エネルギー価格の高騰、気候変動、紛争などによる複合的リスクにより、サプライチェーンの混乱や途絶という食料システムに影響を与える問題が顕在化していたところに、ロシアのウクライナ侵略によって、特にアフリカや中東を中心に食料安全保障をめぐる状況が世界規模で急激に悪化した。さらに、食料の生産のための土地利用、気候変動には適応した農業生産、状況に応じた適切な肥料の使用などといった将来に向けた課題もある。急性食料不安に直面する人口は、過去最大の3億4,900万人に達している。

2022年世界の食料安全保障と栄養の現状(SOFI)12によると、経済の落ち込みやサプライチェーンの混乱による食料アクセスの低下に伴い、2021年の栄養不足人口は、新型コロナの影響で急増した2020年よりも鈍化したものの、引き続き増加傾向は続き、最大で8億2,800万人に達したと推定される。また、2022年においてもロシアによるウクライナ侵略がSDG(持続可能な開発目標2「飢餓をゼロに」)の目標に対して新たな課題をもたらし、飢餓と食料危機に直面している国の食料安全保障と栄養に悪影響を与えていると指摘している。また、ロシアとウクライナ両国が世界有数の穀物などの輸出国であったことから、特に両国産穀物に多くを依存するアフリカ、中東、アジアの途上国を中心とする国々への安定的な穀物の供給に更に深刻な影響をもたらしたほか、世界各地で穀物の供給不足の懸念から取引価格が上昇し、食料価格の高騰を招いている。このように、ロシアによるウクライナ侵略は、グローバル・サプライチェーンの混乱により引き起こされる食料安全保障の脆弱性を示した。

ア 食料安全保障に関する国際的枠組みにおける協力

2022年はこのようなグローバルな食料危機に対応するため、様々な議論が行われた。特に、ロシアのウクライナ侵略を受けた世界的な食料不安への懸念から、G7やG20といった国際的な枠組みや様々な国際機関からその状況への懸念が表明された。また、国連や米国、ドイツ、フランスなどのイニシアティブによる国際協調の枠組みの創設や、ウクライナからの穀物輸出を実現するために国連主導のウクライナから黒海を通じて穀物輸出を行う「黒海穀物イニシアティブ」、EU主導のウクライナから鉄道、トラックによる陸路での穀物輸出やウクライナへの生活物資などを運ぶ「連帯レーン」などの取組が行われた。

イ 日本が参加した主なイニシアティブ

5月には、米国のイニシアティブにより、ニューヨークの国連本部で「グローバルな食料安全保障のための行動要請に関する閣僚会合」が開催され、小田原外務副大臣が出席した。会合の中で、日本は、食料安全保障の危機に対処するための緊急の課題として、ウクライナ産食料の国際的な流通を回復させること、農業の生産力の向上と肥料の効率的な使用を促進すること、不当な輸出規制や過剰な備蓄を避けることの3点が持続可能な食料システムの構築に重要であると述べ、本会合の参加国と今後一層連携・協力していくことにコミットした。

6月には、ドイツのイニシアティブにより「グローバルな食料安全保障に向けた結束のための閣僚会合」がベルリンにおいて開催され、日本からは林外務大臣がオンラインで出席した。出席した閣僚の多くから、ロシアのウクライナ侵略が世界の食料安全保障を悪化させていることへの懸念が表明され、現下の食料安全保障の危機に対処するためには、関係者間で引き続き緊密に連携していくことが不可欠である点を確認した。

また、G7エルマウ・サミットが開催され、議長のショルツ・ドイツ首相が掲げた「公正な世界に向けた前進」という全体テーマの下、G7首脳間で率直な議論が行われ、ロシアによるウクライナ侵略に対し、G7が結束して国際社会の秩序を守り抜くことを確認した。サミットの成果文書として、「世界の食料安全保障に関するG7首脳声明」が発出され、声明の中で「世界の食料及び栄養の安全保障を強化し、食料危機に最も強く影響を受けかねない脆弱な人々を守るため、努力を惜しまない。」と述べ、G7として結束してくことを確認した。

9月には、米国、EUなどのイニシアティブにより、ニューヨークにおいて「グローバル食料安全保障サミット」が開催され、林外務大臣が出席した。この会合ではロシアのウクライナ侵略による食料価格の上昇や一部供給途絶など、世界的な食料安全保障への影響や課題を議論し、現下の食料危機の解決に向けた国際社会の取組の指針が検討された。また、日本にとって、喫緊の課題となっている世界的な食料不安に対し、国際社会と緊密に連携・協力して取り組んでいくことを確認する機会となった。

ウ 食料安全保障に関する国際機関との連携強化

日本は、国際社会の責任ある一員として、食料・農業分野における国連の筆頭専門機関である国連食糧農業機関(FAO)の活動を支えている。特に、日本は第3位の分担金負担国であり、主要ドナー国の一つとして、食料・農業分野での開発援助の実施や、食品安全の規格などの国際的なルール作りなどを通じた世界の食料安全保障の強化に大きく貢献している。また、日・FAO関係の強化にも取り組んでおり、年次戦略協議の実施や、国内における理解向上のためのシンポジウムなどを実施している。

また、2022年は、ロシアのウクライナ侵略を受けて、世界的な主要穀物生産国のウクライナにおける農業生産の状況が懸念されたことから、日本は、FAOを通じて、ウクライナ農家への小麦やトウモロコシの種子の配布や収穫された穀物を保管するための一時貯蔵能力の拡大支援、また陸路を通じた輸出促進を支援するためのルーマニア国境のイズマイール検疫所の能力構築支援を実施した。また、日・FAO関係強化のため年次戦略協議などを実施し、緊密な対話を継続している。

エ 食料安全保障に関する広報分野での取組

3月、外務省は、食料安全保障シンポジウム「ロシアのウクライナ侵略から見る日本と世界の食料安全保障」をオンライン形式で開催し、本セミナーには、国内外から500人以上が参加した。本セミナーには、小田原外務副大臣が出席したほか、岡部芳彦神戸学院大学経済学部教授、平澤明彦農林中金総合研究所執行役員兼基礎研究部長、江崎道朗拓殖大学大学院客員教授が出席した。また、有識者やアグリビジネス関係者が登壇した。冒頭の開会挨拶において、小田原外務副大臣から、ロシアによるウクライナ侵略が世界及び日本の食料安全保障を含む国際社会に様々な負の影響を与えている状況を指摘した。さらに、自由で公正な貿易体制の維持・強化や国際協力といった平時の備えの重要性及び国家備蓄の整備や供給先の多角化といった有事での対応の重要性について指摘した。その後、登壇者によるパネルディスカッションでは、昨今の世界情勢によって複雑化する食料安全保障、農業政策、地政学や経済安全保障の観点から日本の取るべき政策について、質問者を交えて活発な議論を行った。

(3)漁業(マグロ・捕鯨など)

日本は世界有数の漁業国及び水産物の消費国であり、海洋生物資源の適切な保存管理及び持続可能な利用に向け、国際機関を通じて積極的に貢献している。

日本は、鯨類は科学的根拠に基づき持続的に利用すべき海洋生物資源の一つであるとの立場から、国際捕鯨委員会(IWC)13が「鯨類の保護」と「捕鯨産業の秩序ある発展」という二つの役割を有していることを踏まえ、30年以上にわたり、収集した科学的データを基に誠意を持って対話を進めてきた。しかし、持続的利用を否定し保護のみを主張する国々との共存は極めて困難であることが明らかとなったため、日本は2019年にIWCを脱退し、商業捕鯨を再開した。

日本は、領海と排他的経済水域(EEZ)14に限定し、科学的根拠に基づき、IWCで採択された方式により算出された、100年間捕獲を続けても資源量に悪影響を与えない捕獲可能量の範囲内で商業捕鯨を行っている。

国際的な海洋生物資源の管理に積極的に貢献するといった日本の方針は、IWC脱退後も変わることはない。日本は、10月に前回総会から4年ぶりに開催されたIWC総会へのオブザーバー参加を始め、IWCや北大西洋海産哺乳動物委員会(NAMMCO)といった国際機関に積極的に関与し協力を積み重ねている。また、日本は非致死性の鯨類資源科学調査を展開し、その一部はIWCと共同で実施している。その成果は、鯨類資源の持続的利用及び適切な管理の実現の基礎となる重要なデータとして、IWCを始めとする国際機関に提供している。

違法・無報告・無規制(IUU)15漁業は、持続可能な漁業に対する脅威の一つとなっている。日本が議長を務めた2019年G20大阪サミットの首脳宣言では、「IUU漁業に対処する重要性を認識」することが明記された。これを一つの契機として、昨今ではG7、G20、APECを始めとする多国間協議の成果文書において、「IUU漁業を終わらせることへのコミットメントを確認する」ことが明記されるようになってきている。さらに、日本は、寄港国がIUU漁船に対して入港拒否などの措置をとることについて規定する「違法漁業防止寄港国措置協定」(PSMA)16への加入を、未締結国に対して呼びかけているほか、開発途上国に対してIUU漁業対策を目的とした能力構築支援も行っている。

中央北極海では、地球温暖化に伴う一部解氷によって、将来的に無規制な漁業が行われる可能性が懸念されている。このような懸念を背景として、2018年10月、北極海沿岸5か国に日本などを加えた10か国・機関により、「中央北極海における規制されていない公海漁業を防止するための協定」が署名され、2021年6月に発効した。2022年11月、韓国で第1回締約国会合が開催され、日本を含む10か国・地域が参加し、中央北極海における科学的な調査やモニタリング計画の策定などに向けた議論が行われた。

日本は、まぐろ類の最大消費国として、まぐろ類に関する地域漁業管理機関(RFMO)17に加盟し、年次会合などにおいて保存管理措置の策定に向けた議論を主導しており、近年、国際的な資源管理を通じた積極的な取組の成果が上がりつつある。太平洋クロマグロについては、2021年の中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)18の年次会合において大型魚に対する漁獲枠の15%増枠が認められ、2022年には同措置を踏まえた操業が行われた。また2022年の同会合では、カツオについて、資源を中長期的に維持すべき水準や、資源の状況に応じた漁獲の在り方を事前に設定しておく管理方式が採択された。大西洋クロマグロについては、11月に開催された大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)19の年次会合において、近年の資源量回復を受けて大西洋東水域の総漁獲可能量(TAC)20は前年比12.7%の増加が認められ、大西洋西水域のTACは前年の水準が維持された。ミナミマグロについては、10月に開催されたみなみまぐろ保存委員会(CCSBT)において、2023年のTACは前年と同水準とすることが確認された。

サンマについては、近年の資源悪化やそれに伴う不漁が問題となっている。2022年の北太平洋漁業委員会(NPFC)21の年次会合の開催は現下の国際情勢を踏まえて延期されており、2023年に開催予定の年次会合において資源管理を一層充実させることが重要となっている。

ニホンウナギについては、4月、ウナギに関する第1回科学者会合が日本主導の下で開催され、ウナギ類の資源管理に関する科学的知見が共有された。また、5月から7月にかけ、日本が主導した第15回非公式協議において、日本、韓国、中国、台湾の間で、シラスウナギの養殖池への池入れ上限の設定、ニホンウナギの共同研究における協力を促進することなどについて議論及び確認が行われた。なお、中国の同非公式協議への参加は8年ぶりとなった。

(4)対日直接投資

対日直接投資の推進については、2014年から開催されている「対日直接投資推進会議」が司令塔として投資案件の発掘・誘致活動を推進した。外国企業経営者の意見を吸い上げ、外国企業のニーズを踏まえた日本の投資環境の改善に資する規制制度改革や支援措置など追加的な施策の継続的実現を図っていくこととしている。2015年3月の第2回対日直接投資推進会議で決定した「外国企業の日本への誘致に向けた5つの約束」に基づき、2016年4月以降、外国企業は「企業担当制」22を活用し、担当副大臣との面会を行っている。また、2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」で掲げた、「2020年までに外国企業の対内直接投資残高を35兆円に倍増する(2012年比)」との当初の数値目標は達成され、2021年6月の第9回対日直接投資推進会議では、対日直接投資促進のための中長期戦略として「対日直接投資促進戦略」が新たに定められ、KPI(Key Performance Indicator)として対日直接投資残高を2030年に80兆円と倍増(2020年比)、GDP比12%とすることを目指すことが決定された。

外務省は、対日直接投資推進会議で決定された各種施策を実施している。外交資源を活用し、在外公館を通じた取組や政府要人によるトップセールスも行い、対日直接投資促進に向けた各種取組を戦略的に行っている。2016年4月に126の在外公館に設置した「対日直接投資推進担当窓口」では、JETROとも連携し、日本の規制・制度の改善要望調査、在外公館が有する人脈を活用した対日直接投資の呼びかけ、対日直接投資関連イベントの開催などを行い、2021年度の活動実績は650件以上となった。

さらに、日本国内では、3月に外務省主催でグローバル・ビジネス・セミナーを開催し、対日直接投資の推進をテーマに、再生可能エネルギーの柱とされる洋上風力と脱炭素の切り札と呼ばれる水素ビジネスに焦点を当て、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)事務局長による基調講演が行われたほか、国内外企業関係者、在京大使館、駐日経済団体・商工会議所関係者、政府・地方自治体関係者など約250人の参加の下、活発な議論が行われた。

(5)2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)開催に向けた取組

2020年12月、博覧会国際事務局(BIE)23総会で大阪・関西万博の登録申請が承認され、日本は正式に各国・国際機関に対する参加招請を開始し、外務省は、多数の国・国際機関に参加してもらえるよう招請活動に取り組んできている。

2月、日本はBIEとの間で大阪・関西万博の開催及びその準備に向けた環境整備を目的に、参加国・国際機関などへの特権・免除の付与などを規定した協定に署名し、本協定は8月に発効した。

また、10月、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会は、「International Planning Meeting(国際企画会議)」を開催し、参加招請した国や国際機関を大阪市に招き各種情報の提供を行った。

国内外から多数の来場が見込まれる万博を通じて、世界に日本の魅力を発信し、「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマの下、2030年を目標年とするSDGs達成への取組を加速化することを目指す。世界の人々に夢や驚きを与え、日本全体を元気にするような万博にするため、引き続きオールジャパンの体制で取り組んでいく。

コラムモーリシャスから見たインド洋漁業
駐モーリシャス特命全権大使 川口周一郎

インド洋の貴婦人とも呼ばれるモーリシャスは、美しい珊瑚(さんご)礁に囲まれた人口約126万人の島国です。2020年8月には、ばら積み貨物船「WAKASHIO」の座礁による油流出事故が発生しましたが、日本による官民を挙げての懸命な支援によって、油防除作業は2021年1月には終了し、事故当初とは見違えるほど綺(き)麗な海になりました。

モーリシャスの海
モーリシャスの海

2023年はモーリシャスの漁業にとって重要な年です。インド洋まぐろ類委員会(IOTC)と、南インド洋漁業協定(SIOFA)というインド洋における漁業を管轄する二つの国際機関の年次会合がモーリシャスで開催されることになっているからです。この機会をお借りして、モーリシャスの漁業事情について簡単にご紹介します。

エメラルドグリーンの海に浮かぶモーリシャスの周辺海域には、まぐろ類を始めとする漁業資源が豊富に存在し、キハダやビンナガなどのまぐろ類を漁獲する外国漁船が多く操業しています。首都に位置するポートルイス港は、燃料などの補給やまぐろ類の水揚げのためにスペインやフランスといった欧州各国の旋網(まきあみ)漁船が毎日100隻以上も寄港し、活気であふれています。欧州の漁船が水揚げする40キログラムほどのキハダは、缶詰や冷凍加工品として主に欧州へ輸出され、モーリシャスにとって重要な収入源となっています。

モーリシャスの漁業は日本との関係も深く、30年前には、日本村ができるほど多くの日本人漁業関係者がモーリシャスに滞在していたようです。日本に輸出される魚類の大部分はまぐろ類が占めていますが、キンメダイなどのまぐろ類以外の魚種も日本に輸出されています。一方で、現地では、日本のように新鮮なまぐろを刺身として食べる文化はなく、地元の漁師が環礁付近で漁獲したまぐろを素揚げにして火を通し、カレーにして食べるのが一般的です。このように、刺身として食する文化が存在しないこともあり、モーリシャス国内ではコールドチェーン(低温物流)が十分に整備されておらず、高級市場を開拓する上での課題となっていますが、将来的な市場拡大に向けた大きな可能性を秘めているともいえます。

このように漁業と身近なモーリシャスにとって、持続可能な漁業を脅かす違法・無報告・無規制(IUU)漁業への対処は重大な課題です。国際商品であるまぐろを持続可能な形で利用していくためには、排他的経済水域(EEZ)内で活動するIUU漁船に対する取締り能力の向上や、IUU漁業に関与した乗組員の処罰に係る法整備が急務となっています。

ユネスコの無形文化遺産として登録されている和食は、モーリシャスにおいても大人気ですが、和食にとって新鮮な魚料理は欠かせません。大使公邸でお客様をお迎えする際も、美味(おい)しい魚料理をお出しすることを心がけています。地元の漁師から買い取った刺身や、遠洋でとれたキンメダイの煮付けなど、5つ星ホテルを凌(しの)ぐ魚料理が提供されると現地の政財界でも話題となっており、今や、魚料理は外交に不可欠なツールとなっています。

筆者。仕入れた魚と共に
筆者。仕入れた魚と共に

9 シェール革命:2000年代後半、米国でシェール(Shale)と呼ばれる岩石の層に含まれる石油や天然ガスを掘削する新たな技術が開発され、また経済的に見合ったコストで掘削できるようになったことから、米国の原油・天然ガスの生産量が大幅に増加し、国際情勢の多方面に影響を与えていること

10 IRENA:International Renewable Energy Agency

11 エネルギー原料・産品の貿易及び通過の自由化、エネルギー分野における投資の保護などを規定した本条約は、供給国から需要国へのエネルギーの安定供給の確保に寄与し、エネルギー資源の大部分を海外に頼る日本にとって、エネルギー安全保障の向上に資するほか、海外における日本企業の投資環境の一層の改善を図る上で重要な法的基盤を提供している。

12 世界の食料安全保障と栄養の現状報告(SOFI):SOFI(The State of Food Security and Nutrition in the World)は、国連食糧農業機関(FAO)、国連児童基金(UNICEF)、国連世界食糧計画(WFP)、国際農業開発基金(IFAD)及び世界保健機関(WHO)が共同発行する世界の食料不足と栄養に関する年次報告書

13 IWC:International Whaling Commission

14 EEZ:Exclusive Economic Zone

15 IUU:Illegal, Unreported and Unregulated

16 PSMA:Agreement on Port State Measures to Prevent, Deter and Eliminate Illegal, Unreported and Unregulated Fishing

17 RFMO:Regional Fisheries Management Organization

18 WCPFC:Western and Central Pacific Fisheries Commission

19 ICCAT:International Commission for the Conservation of Atlantic Tunas

20 TAC:Total Allowable Catch

21 NPFC:The North Pacific Fisheries Commission

22 日本に重要な投資を実施した外国企業が日本政府と相談しやすい体制を整えるため、当該企業の主な業種を所管する省の副大臣などを相談相手につける制度

23 BIE:Bureau International des Expositions

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