外交青書・白書
第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交

6 国際社会における法の支配

(1)日本の外交における法の支配の強化

日本は、法の支配の強化を外交政策の柱の1つとしており、力による一方的な現状変更の試みに反対し、領土の保全、海洋権益や経済的利益の確保、国民の保護などに取り組んでいる。例えば、日本は、国連総会を始めとする国際会議等様々な機会に安倍総理大臣が提唱した「海における法の支配の三原則」に言及し、国際社会における法の支配の促進に取り組んでいる。5月に開催されたG7伊勢志摩サミットにおいては、各国の首脳の賛同を得て、同三原則はG7の共通認識となった。また、国際社会における法の支配の促進の観点から、日本は、国際法に基づく国家間の紛争の平和的解決、新たな国際法秩序の形成・発展、各国国内における法整備及び人材育成に貢献してきている。

特集

2016年は、日本が国連に加盟して60周年の節目の年でした。この機会を捉えて、国内外において国連に関する多くのイベントが実施されました。年間を通じて、外務省は関係団体と協力しながら、各地で講演会や写真展を開催するとともに、小学生/中学生「国連壁新聞」全国大会や、「日本と国連の将来」に向けた動画メッセージ・コンクールを開催し、多くの方々に観覧、参加いただきました。

12月19日には、東京の国連大学において、皇太子同妃両殿下御臨席の下、外務省と公益財団法人日本国際連合協会が主催する国連加盟60周年記念行事が開催されました。

国連加盟60周年記念行事でおことばを述べられる皇太子殿下列席者は右手より、安倍総理大臣、岸外務副大臣、千玄室日本国際連合協会会長(12月19日、東京(国連大学))
国連加盟60周年記念行事でおことばを述べられる皇太子殿下
列席者は右手より、安倍総理大臣、岸外務副大臣、千玄室日本国際連合協会会長(12月19日、東京(国連大学))

岸外務副大臣は開会の辞において、日本と国連の60年の歩みを振り返りながら、戦後、平和国家として再出発した日本が、一貫して国連外交を重視してきたことを指摘した上で、日本は国連の三本柱である、平和と安全、開発、人権の各分野において、引き続き、積極的な役割を果たしていくと述べました。

皇太子殿下はおことばにおいて、御自身の国連「水と衛生に関する諮問委員会」名誉総裁としての御活動にも言及されつつ、国連がこれまで様々な問題を解決すべく、たゆまぬ努力を続けてきたこと、また、国際社会が諸課題に対処する上で、国連の役割がますます重要になっていることなどを述べられました。

安倍総理大臣は祝辞において、日本の平和、難民、開発などの分野での取組に言及するとともに、日本が、国際協調主義に基づく「積極的平和主義」を掲げ、PKOや「人間の安全保障」などの分野でこれまで以上に積極的に貢献していく決意を述べました。また、国連安保理改革の実現に尽力し、常任理事国として、一層の責任を果たしていく考えを表明しました。

記念行事においては、有識者の方々による基調講演やパネル・ディスカッション、また、国連親善大使やグローバル・コンパクト関係者によるトーク・セッションが行われるとともに、模擬国連を行っている高校生・大学生による政策提言プレゼンテーションが行われるなど、日本と国連の将来に関する議論が活発に行われました。

ニューヨークの国連本部では、4月に国連代表部とフジコ・ヘミング事務所の主催で、フジコ・ヘミング氏による記念コンサートが開催されました。また、12月には、国連代表部が主催し、左官職人・久住有生(くすみなみき)氏をお招きし、壁作りのデモンストレーションなどを行う、国連加盟60周年記念行事「土の共感」を開催しました。同行事に出席した潘基文(パンギムン)国連事務総長は祝辞において、国連加盟以来60年間における日本の国連への貢献に対し謝意を表明するとともに、平和は全ての希望と夢の基盤であると述べ、壁に「平和」の文字を刻みました。また、別所浩郎国連代表部大使からは国連の三本柱である平和と安全、開発、人権に対する日本政府の貢献について述べ、壁に信頼の「信」の文字を刻みました。

左官職人・久住氏(一番右)が製作した壁にメッセージを刻印した潘基文国連事務総長(右から5番目)及び別所国連代表部大使(右から6番目)を始めとする各国国連常駐代表(12月19日、米国・ニューヨーク(国連本部))
左官職人・久住氏(一番右)が製作した壁にメッセージを刻印した潘基文国連事務総長(右から5番目)及び別所国連代表部大使(右から6番目)を始めとする各国国連常駐代表(12月19日、米国・ニューヨーク(国連本部))

2016年9月の国連総会での一般討論演説において、安倍総理大臣は、日本は、既往の60年と同様、この先60周年においても、国連強化のための努力を惜しまないと述べています。この60周年を1つの契機として、日本は今後一層積極的に国連を通じた国際貢献を強化していきます。

ア 紛争の平和的解決

日本は、国際法の誠実な遵守に努めつつ、国際司法機関を通じた紛争の平和的解決を促進するべく、国連の主要な司法機関である国際司法裁判所(ICJ)の強制管轄権を受諾40し、国際裁判所に対して人材面・財政面を含め様々な協力を行っている。人材面では、ICJの小和田恆(ひさし)裁判官(2009年3月から2012年2月まで同裁判所所長)、国際海洋法裁判所(ITLOS、3-1-6(2)参照)の柳井俊二裁判官(2011年10月から2014年9月まで同裁判所所長)、国際刑事裁判所(ICC、3-1-6(5)参照)の尾﨑久仁子裁判官(2015年3月から2018年2月まで同裁判所第2副所長)などを輩出している。また、日本はITLOSやICCへの最大の財政貢献国でもある。これらの協力を通じて、日本は国際裁判所の実効性と普遍性の向上に努めている。また、外務省として国際裁判に臨む体制を一層強化するとの観点から、2015年4月に外務省国際法局に設置した国際裁判対策室を中心に、国際裁判に関する知見の増進を図ってきている。

イ 国際的なルール形成

国際社会が直面する課題に対応する国際ルールの形成は、法の支配強化のための重要な取組の1つである。日本は、こうした国際ルールの形成に際し、個別の分野における交渉に積極的に参画する一方、国連等における分野横断的な取組に自らの理念や主張を反映し、国際法の発展を実現するために、ルール形成の構想段階からイニシアティブを発揮している。具体的には、国連国際法委員会(ILC)や国連総会第6委員会における国際公法分野の法典化作業、またハーグ国際私法会議(HCCH)、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)、私法統一国際協会(UNIDROIT)などにおける国際私法分野の条約やモデル法の作成作業など、各種の国際的枠組みにおけるルール形成プロセスに積極的に関与してきている。ILCでは、2016年11月の選挙において、村瀬信也委員(上智大学名誉教授)が再選を果たした。同委員は2014年から「大気の保護」の議題の特別報告者を務め、ILCの法典化作業に大きく寄与している。また、HCCH及びUNCITRALでは、各種会合に政府代表を派遣し、積極的に議論をリードしている。さらに、UNIDROITにおいては神田秀樹学習院大学教授が理事を務めている。加えて、アジア・アフリカ法律諮問委員会(AALCO)といった地域的な国際法フォーラムにも人材面・財政面で協力している。

ウ 国内法整備その他

日本は、国際法遵守のために自らの国内法を適切に整備するだけでなく、法の支配を更に発展させるために、特にアジア諸国の法制度整備支援や法の支配に関する国際協力にも積極的に取り組んでいる。例えば、日本は、日本を含むアジア諸国の学生に対し、紛争の平和的解決の重要性等の啓発を行うとともに次世代の国際法人材の育成と交流を強化するとの観点から、外務省と国際法学会の共催(協力:日本財団)で国際法模擬裁判「アジア・カップ」を開催している。2016年は、海洋をテーマに、アジア11か国(日本、インド、インドネシア、シンガポール、韓国、タイ、中国、ネパール、フィリピン、ベトナム及びマレーシア)の大学生が英語による書面陳述・弁論能力等を競った。

国際法模擬裁判「2016年アジア・カップ」(8月、東京・外務省 写真提供:国際法模擬裁判「2016年アジア・カップ」実行委員会)
国際法模擬裁判「2016年アジア・カップ」(8月、東京・外務省 写真提供:国際法模擬裁判「2016年アジア・カップ」実行委員会)

また、刑事司法分野の人材育成等、司法分野における日本の国際協力に関して、AALCO年次総会及び第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)の際に行われたサイドイベントで積極的な発信を行った。

(2)海洋分野における取組

近年、アジアの海において国家間で摩擦や緊張が高まる事例が増え、国際社会も重大な関心を持っている。これを受け、安倍総理大臣は、2014年5月のシャングリラ・ダイアローグにおいて「海における法の支配の三原則」を提唱し、①国家は法に基づいて主張をなすべきこと、②主張を通すために、力や威圧を用いないこと、及び③紛争解決には平和的収拾を徹底すべきことを呼び掛けた。日本は、国際会議等様々な機会に同三原則に言及し、2016年5月に開催されたG7伊勢志摩サミットにおいては、各国首脳の賛同を得て、同三原則はG7の共通認識となった。また、9月の国連総会の際のG7外相会合においても、東シナ海及び南シナ海の状況を引き続き懸念するとの点で一致し、法の支配を重視するG7の立場を再確認し、法の支配の貫徹に向けて、G7として引き続き連携していくことで一致した。

海における法の支配では、国連海洋法条約(UNCLOS)が重要な役割を果たしている。UNCLOSは、海洋に関する紛争の平和的解決と、海洋分野における法秩序の維持と発展のため、国際海洋法裁判所(ITLOS)を設置しているが、海における法の支配を推進する日本は、ITLOSが果たす役割を重視し、日本人裁判官を2人続けて輩出するなど人的協力を行っているほか、2016年に設立20周年を迎えたITLOSの設立以来一貫して最大の分担金拠出国である。

同じくUNCLOSに基づき設立された大陸棚限界委員会(CLCS)及び国際海底機構(ISA)も、それぞれ大陸棚延長制度の運用及び深海底鉱物資源の管理に重要な役割を果たしており、日本は、これらの機関に対しても人材面・財政面での協力を継続している(3-1-3(4)参照)。

また、海における法の支配につき国家間に共通の理解を醸成することを目指し、2016年2月には、前年に引き続き、外務省主催で第2回海洋法に関する国際シンポジウムを開催した。同シンポジウムでは、今日、国際社会において、技術の発展等に伴い海洋資源開発への高い関心が示されていることを背景に、「海洋資源の国際法―知の拡充・環境の保全・利益の衡平―」をテーマとし、深海底の鉱物資源、大陸棚の資源及び国家管轄権外区域の海洋生物多様性に関する国際法の諸問題について国内外の有識者の間で活発な議論が行われた。

海洋法に関する国際シンポジウム(2月16日、東京・三田共用会議所)
海洋法に関する国際シンポジウム(2月16日、東京・三田共用会議所)

(3)政治・安全保障分野における取組

日本の外交・安全保障の基盤を強化するためには、日米安全保障条約の円滑かつ効果的な運用が引き続き重要である。2016年1月には、在日米軍駐留経費負担に係る特別協定に署名し、同協定は国会の承認を得て同年4月に発効した。また、同年9月には、平和安全法制により実施可能となった物品・役務の提供についても、それまでの協定の下での決済手続等と同様の枠組みを適用することができるようにするため、日・米物品役務相互提供協定に署名した(詳細は3-1-2参照)。

また、安全保障分野における国際協力にも一層積極的に取り組むべく、移転される防衛装備品や技術の取扱いに関する法的枠組みを設定するための防衛装備品及び技術移転協定の交渉も行っており、2016年2月にはフィリピンとの間の協定に署名した。

さらに、重要課題である日露間の平和条約の締結などに向けた交渉に引き続き取り組んでいる。

このほか、関係国との間で安全保障に係る秘密情報の更なる共有の基盤となる情報の保護に関する法的枠組みの作成に取り組んでおり、米国、NATO、フランス、オーストラリア、英国及びインドに続き、2016年3月の岸田外務大臣のイタリア訪問時に同国との情報保護協定に署名した。また、同年11月には韓国との間で秘密軍事情報保護協定に署名した。

原子力分野においては、交渉中の二国間原子力協定のうち、インドとの間の協定について2016年11月のモディ・インド首相の訪日時に署名した

(4)経済・社会分野における取組

貿易・投資の自由化や人的交流の促進、日本国民・企業の海外における活動の基盤整備などの観点から、諸外国との間で経済面での協力関係を法的に規律する国際約束の締結・実施がますます重要となっている。2016年には、各国・地域との間で租税条約、投資協定、社会保障協定、航空協定などの署名・締結を行った。また、アジア太平洋地域、欧州などを対象とする経済連携協定(EPA)交渉に取り組み、日中韓自由貿易協定(FTA)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、日EU・EPAなどの広域経済連携の交渉を積極的に進め、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定については、12月に締結について国会の承認を得た。二国間のEPA分野では、日本とモンゴルとの間のEPAが6月に発効した。

さらに、知的財産保護分野においては、特許法条約及び商標法に関するシンガポール条約が6月に日本について発効した。日本国民・企業の生活・活動を守り、促進するため、WTOの紛争処理制度の活用を図るとともに、既存の国際約束の適切な実施に取り組んでいる。

国民生活と大きく関わる人権、漁業、海事、航空、労働、社会保障等の社会分野でも、国際約束に日本の立場が反映されるよう交渉に積極的に参画している。また、環境・気候変動の分野では、2月に、水銀に関する水俣条約を締結し、11月には、気候変動の分野で、パリ協定を締結した。

(5)刑事分野における取組

ICCは、国際社会の関心事である最も重大な犯罪を行った個人を国際法に基づいて訴追・処罰する世界初の常設国際刑事法廷である。日本は、2007年10月の加盟以来、ICCの活動を一貫して支持し、様々な協力を行っている。財政面では、日本はICCへの最大の分担金拠出国であり、2016年現在、分担金全体の約16.5%を負担している。加えて、人材面においても、ICC加盟以来継続して裁判官を輩出しているほか(現職は尾﨑久仁子裁判官)、2016年4月に現職の野口元郎被害者信託基金理事長が再選し、また、裁判官指名諮問委員会において福田博委員が引き続き委員を務めるなど、ICCの活動に積極的に協力している。また、ICCが国際刑事司法機関としての活動を本格化させていることに伴い、ICCに対する協力の確保や補完性の原則の確立、裁判手続の効率性と実効性の確保が急務となっている。日本は締約国会議の場を通じて、非協力問題に関するフォーカル・ポイントやガバナンス問題スタディ・グループの共同議長を務めるなど、これらの課題に積極的に取り組んでいる。

こうしたICCに関する取組に加え、日本は、近年の国境を越えた犯罪の増加を受け、他国との間で必要な証拠の提供などを一層確実に行えるようにしている。また、刑事司法分野における国際協力を推進する法的枠組みの整備にも積極的に取り組んでおり、刑事共助条約(協定)41、犯罪人引渡条約42及び受刑者移送条約43の締結を進めている。

40 ICJ規程第36条2に基づき、同一の義務を受諾する他の国に対する関係において、ICJの管轄権を当然にかつ特別の合意なしに義務的に受け入れることを宣言すること。現在日本を含めて72か国が宣言しているにとどまる。

41 刑事事件の捜査と手続の面で他国と行う協力の効率化や迅速化を可能とする法的枠組み

42 犯罪人の引渡しに関して包括的かつ詳細な規定を有し、犯罪の抑圧のための協力を一層実効あるものとする法的枠組み

43 相手国で服役している受刑者に本国において服役する機会を与え、社会復帰の促進に寄与する法的枠組み

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