北朝鮮

 

平成27年12月16日

拉致問題を巡る日朝間のやりとり

1. 第1回日朝首脳会談(2002年9月)


第1回日朝首脳会談

 2002年9月17日の第1回日朝首脳会談において、北朝鮮の金正日国防委員長は、長年否定していた日本人の拉致を初めて認めて謝罪し、当時日本政府が認定していた拉致被害者13名のうち4名は生存、8名は死亡、1名は北朝鮮入境が確認できない旨伝えた。また、日本側が調査依頼をしていなかった曽我ひとみさんについて拉致を認め、その生存を確認した(他方、北朝鮮側は、その後の調査において、同時に行方不明となった母親の曽我ミヨシさんについては、入境の事実はない旨主張した。)。その上で、関係者の処罰及び再発防止を約束すると同時に、家族の面会及び帰国への便宜を保証すると約束した。

 これに対し、小泉純一郎総理は、金正日国防委員長に対し強く抗議し、継続調査、生存者の帰国、再発防止を要求した。

2. 事実調査チームの派遣(2002年9月~10月)

 2002年9月28日から10月1日にかけて、政府派遣による事実調査チームが生存者と面会し、安否未確認の方についての情報収集に努めた。しかし、北朝鮮提供の情報がそもそも限られていた上、内容的にも一貫性に欠け、疑わしい点が多々含まれていた。松木薫さんのものと思われるとして提供を受けた「遺骨」については、法医学的鑑定の結果、別人のものであることが確認された。同年10月29日・30日にクアラルンプールで開催された第12回日朝国交正常化交渉においても、政府は150項目にわたる疑問点を指摘するとともに、更なる情報提供を要求したが、北朝鮮側からのまとまった回答はなかった。

3. 5人の被害者の帰国(2002年10月)


24年ぶりの拉致被害者の帰国

 2002年10月15日、拉致被害者5名(地村保志さん・富貴惠さん、蓮池薫さん・祐木子さん、曽我ひとみさん)が帰国し、家族との再会を果たした。

 日本政府は、帰国した5名の拉致被害者が、北朝鮮に残してきた家族も含めて自由な意思決定を行い得る環境の設定が必要であるとの判断の下、同年10月24日、5名の拉致被害者が日本に引き続き残ること、また、北朝鮮に対して、北朝鮮に残っている家族の安全確保及び帰国日程の早急な確定を強く求める方針を発表した。

4. 第2回日朝首脳会談(2004年5月)


第2回日朝首脳会談

 2004年5月22日、小泉総理が再度訪朝し、金正日国防委員長との間で、拉致問題を始めとする日朝間の問題や、核、ミサイルといった安全保障上の問題等につき議論が行われた。拉致問題に関しては、この会談を通じ、以下の諸点が両首脳間で申し合わされた。

  • 北朝鮮側は、地村さんの御家族と蓮池さんの御家族の計5名が、同日、日本に帰国することに同意する。
  • 安否不明の拉致被害者の方々について、北朝鮮側が、直ちに真相究明のための調査を白紙の状態から再開する。

 この申し合わせに基づき、地村さんの御家族と蓮池さんの御家族の計5名は、小泉総理と共に帰国した。また、曽我ひとみさんの御家族3名については、その後7月18日に帰国・来日が実現した。

5. 日朝実務者協議(2004年8月及び9月:北京、同年11月:平壌)

(イ)2004年8月(第1回)及び9月(第2回)にかけて日朝実務者協議が開催され、北朝鮮側から、安否不明者に関する再調査の途中経過について説明が行われたが、情報の裏付けとなる具体的な証拠や資料は提供されなかった。

(ロ)2004年11月の第3回協議は50時間余りに及び、北朝鮮側の「調査委員会」との質疑応答の他、合計16名の「証人」からの直接の聴取、拉致に関係する施設等に対する現地視察、横田めぐみさんの「遺骨」とされるもの等の物的証拠の収集が行われた。
なお、同協議では、日本政府として拉致被害者とは認定していないが北朝鮮に拉致された疑いが排除されない失踪者(特定失踪者等)の問題について、北朝鮮側に対し5名の氏名を示して関連情報の提供を求めたが、北朝鮮側からは、当該5名について入境は確認できなかったとの回答があった。(日本政府は、その後の協議等の場においても、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない事案に係る関連情報の提供を繰り返し要求してきている。)

(ハ)日本政府は、第3回協議において北朝鮮側から提示のあった情報及び物的証拠に対する精査を直ちに実施したが、「8名は死亡、2名は入境確認せず」との北朝鮮側の説明を裏付けるものはなかった。また、これまでに提供された情報及び物的証拠には多くの疑問点があり、横田めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは、めぐみさんのものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。日本政府は、これらの点を北朝鮮側に申し入れ、強く抗議した。

6. 日朝包括並行協議(2006年2月:北京)

 2006年2月の日朝包括並行協議における拉致問題に関する協議は合計約11時間にわたり、日本側から改めて、生存者の帰国、真相究明を目指した再調査、被疑者の引渡しを強く要求した。これに対し、北朝鮮側は、「生存者は既に全て帰国した」というこれまでと同様の説明を繰り返した。また、真相究明については安否不明者の再調査の継続すら約束せず、被疑者の引渡しは拒否した。

7. 日朝国交正常化のための作業部会(2007年3月:ハノイ、同年9月:ウランバートル)

 2007年2月の六者会合で設置が決まった「日朝国交正常化のための作業部会」第1回会合が同年3月に開催された。日本側から、全ての拉致被害者及びその家族の安全確保と速やかな帰国、真相究明、被疑者の引渡しを改めて要求したが、北朝鮮側は、「拉致問題は解決済み」との従来の立場を繰り返すなど、拉致問題の解決に向けた誠意ある対応は示されなかった。9月の第2回会合においても、拉致問題については具体的な進展は得られなかった。

8. 日朝実務者協議(2008年6月:北京、同年8月:瀋陽)

(イ)2008年6月の日朝実務者協議では、拉致問題に関し、日本側から、全ての拉致被害者の帰国、真相究明、被疑者の引渡しを改めて要求するとともに、北朝鮮側が拉致問題を含む諸懸案の解決に向けた具体的行動をとる場合には、我が国としても現在北朝鮮に対してとっている措置の一部を解除する用意がある旨を改めて説明し、北朝鮮側の具体的行動を要求した。その結果、北朝鮮側は、「拉致問題は解決済み」との従来の立場を変更して、拉致問題の解決に向けた具体的行動を今後とるための再調査を実施することを約束した。

(ロ)同年8月の協議では、同年6月の協議で双方が表明した措置、特に北朝鮮による拉致問題の調査のやり直しの具体的態様につき、突っ込んだ議論がなされた。その結果、北朝鮮側が、権限が与えられた調査委員会を立ち上げ、全ての拉致被害者を対象として、生存者を発見し帰国させるための全面的な調査を開始すると同時に、日本側も、人的往来の規制解除及び航空チャーター便の規制解除を実施することが合意された。

(ハ)しかし、2008年9月4日、北朝鮮側から、先の日朝協議の合意事項を履行するとの立場であるが、突然日本での政権交代(注:福田総理(当時)の辞任)が行われることになったことを受け、新政権が協議の合意事項にどう対応するかを見極めるまで調査開始は見合わせることとした旨の連絡があった。

9. 日朝政府間協議(2012年11月:ウランバートル)

 2012年11月、4年ぶりの北朝鮮との間の協議である日朝政府間協議が開催された。同協議では、拉致問題について突っ込んだ意見交換が行われ、これまでの経緯やそれぞれの考え方についての議論を踏まえた上で、さらなる検討のため今後も協議を継続していくこととなった。また、日本側から、拉致の可能性を排除できない事案についても北朝鮮側に対し提起し、議論を行った。

 第2回目の協議は、12月5日及び6日に開催することが決まったが、同月1日に北朝鮮がミサイル発射を予告したことから、延期せざるを得なくなった。

10.日朝政府間協議(2014年3月:北京)

 2014年3月3日並びに同月19日及び20日に瀋陽で開催された日朝赤十字会談の機会を利用して、1年4か月ぶりに日朝政府間(課長級)で非公式な意見交換を実施し、政府間協議再開を調整することで一致した。

 それを受けて、3月30日及び31日に北京にて開催された日朝政府間協議では、双方が関心を有する幅広い諸懸案について真摯かつ率直な議論を行い、今後も協議を続けていくことで一致した。拉致問題については、これまでの協議の議論を踏まえつつ、日本側の基本的考え方について問題提起を行った。

11.日朝政府間協議(2014年5月:ストックホルム)

 2014年5月にストックホルムにて開催された日朝政府間協議では、北朝鮮側は、拉致被害者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査の実施を約束した。日本側としても、北朝鮮側のこうした動きを踏まえ、北朝鮮側が調査のための特別調査委員会を立ち上げ、調査を開始する時点で、我が国独自の対北朝鮮措置の一部を解除することとした。

12.日朝政府間協議(2014年7月:北京)


日朝政府間協議(2014年7月)

 2014年7月1日に北京にて開催された日朝政府間協議では、北朝鮮側から、特別調査委員会の組織、構成、責任者等に関する説明があり、日本側からは、この委員会に、全ての機関を対象とした調査を行うことのできる権限が適切に付与されているかといった観点から、集中的に質疑等を行った。

 7月4日、北朝鮮側は、国営メディアを通じ、特別調査委員会の権限、構成、調査方法等について、日本側の理解と同趣旨の内容を国内外に公表し、拉致被害者を含む全ての日本人に関する調査の開始を発表した。一方日本側は、人的往来の規制措置並びに支払報告及び支払手段等の携帯輸出届出の下限金額の引下げ措置を解除するとともに、人道目的の北朝鮮籍船舶の入港を認めることとした。

13.日朝外交当局間会合(2014年9月:瀋陽)

 2014年9月29日、北朝鮮から調査の現状について説明を受けることを目的として、日朝外交当局間会合を開催した。同会合では、北朝鮮側から、今の段階では日本人一人ひとりに関する具体的な調査結果を通報することはできないが、日本側が平壌を訪問して特別調査委員会のメンバーと面談すれば調査の現状についてより明確に聴取できるであろうとの説明があった。

14.特別調査委員会との協議(2014年10月:平壌)

 2014年10月に平壌で行われた特別調査委員会との協議では、日本側から、拉致問題が最重要課題であること、全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国、拉致に関する真相究明並びに拉致実行犯の引渡しが必要であること、政府認定の有無にかかわらず、全ての拉致被害者を発見し、一刻も早く安全に帰国させることを求めていることを繰り返し伝達した。また、調査を迅速に行い、その結果を一刻も早く通報するよう、北朝鮮側に強く求めた。

 北朝鮮側からは、委員会及び支部の構成といった体制や、証人や物証を重視した客観的・科学的な調査を行い、過去の調査結果にこだわることなく新しい角度からくまなく調査を深めていくといった方針について説明があった。また、調査委員会は、北朝鮮の最高指導機関である国防委員会から特別な権限を付与されており、特殊機関に対しても徹底的に調査を行うとの説明があった。拉致問題については、個別に入境の有無、経緯、生活環境等を調査している、被害者が滞在していた招待所跡等の関連場所を改めて調査するとともに、新たな物証・証人等を探す作業を並行して進めているとの説明があった。

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