2020年版開発協力白書 日本の国際協力

3.地球規模課題への取組と人間の安全保障の推進

グローバル化の進展に伴い、国際社会は格差・貧困、テロ、難民・避難民、感染症、防災、気候変動、海洋プラスチックごみ問題など、国境を越える様々な課題に直面しています。2020年、新型コロナウイルス感染症の拡大は世界中のすべての人々の生命、生活および尊厳を脅かし、人間の安全保障に対する危機を引き起こしました。このような、国境を越える地球規模の課題の解決に際しては、旧来の先進国と開発途上国という概念を越えて国際社会が連携して取り組む必要があります(2020年の新型コロナ対策にかかる日本の取組については、第I部を参照)。

そのような取組に際して重要となる持続可能な開発目標(SDGs)は、ミレニアム開発目標(MDGs)の後継として2015年9月の国連サミットで全国連加盟国によって合意された、2030年を期限とする17の国際目標です。先進国を含む国際社会全体がコミットしたSDGsは、途上国と先進国の双方が取り組む必要がある地球規模の課題を根本的に解決するための「羅針盤」となりえます。

日本政府は総理大臣を本部長とし、全閣僚を構成員とする「SDGs推進本部」を立ち上げ、SDGsの推進の方向性を定めた「SDGs実施指針」や具体的な施策をとりまとめた「SDGsアクションプラン」の策定などを通じ、SDGs達成のための取組を国内外で精力的に行っています。ここでは、そうした日本のSDGs達成に向けた取組について、保健、水・衛生、教育、ジェンダー、環境、気候変動など、各分野の切り口から広く紹介します(「開発協力トピックス5」および「開発協力トピックス8」も参照)。

人間の安全保障

SDGsが描くのは、豊かで活力ある「誰一人取り残さない」社会です。これは、人間一人ひとりに着目し、人々が恐怖や欠乏から免れ、尊厳を持って生きることができるよう、個人の保護と能力強化を通じて国・社会づくりを進めるという日本が長年にわたって推進してきた「人間の安全保障」の理念と軌を一にするものです。人間の安全保障は、開発協力大綱でも、日本の開発協力の根本にある指導理念として位置付けられており、日本政府は人間の安全保障の推進のため、①概念の普及と②現場での実践の両面で、様々な取組を実施しています。

①概念の普及

2012年に日本主導により人間の安全保障の共通理解に関する国連総会決議が全会一致で採択された後も、日本は、国連人間の安全保障ユニットを中心とした概念普及の取組を継続しています。2019年2月、日本は、人間の安全保障の概念の誕生から25周年という機会を捉え、ニューヨークの国連本部において、UNDP、国連人間の安全保障ユニットおよび関係国と共に、人間の安全保障25周年シンポジウムを開催しました。

②現場での実践

日本は、国連における「人間の安全保障基金」の設立(1999年)を主導したほか、2019年度までに同基金に累計で約478億円を拠出しています。同基金は、2019年末までに99か国・地域で、国連機関が実施する人間の安全保障の確保に資するプロジェクト257件を支援してきました。

緒方貞子氏追悼記念シンポジウム

緒方貞子氏追悼記念シンポジウムにおいて、国内外のパネリストが人間の安全保障について議論している様子(写真:JICA)

緒方貞子氏追悼記念シンポジウムにおいて、国内外のパネリストが人間の安全保障について議論している様子(写真:JICA)

「人間の安全保障」の理念の精緻化と実用化を最前線で主導した緒方貞子氏を追悼する記念シンポジウムが、2020年11月2日にJICA主催で開催されました。グテーレス国連事務総長およびグランディ国連難民高等弁務官からビデオ・メッセージが寄せられ、緒方貞子氏の人間の安全保障分野における功績を振り返りました。また、新型コロナ共存・新型コロナ後の時代において、人間の安全保障の理念のもと、国際社会が如何にして直面する課題を乗り越えるべきかについてパネルディスカッションが行われました。

(1)保健・医療

少なくとも世界人口の約半数が、基礎的な医療が受けられていない状況にあるといわれています注24。国連児童基金(UNICEF)や世界保健機関(WHO)などによると、感染症、栄養不足、下痢などにより命を落とす5歳未満の子どもの数は、年間530万人以上注25とされています。また、産婦人科医や助産師など、専門技能を持つ者による緊急産科医療が受けられないなどの理由により、年間約29.5万人以上注26の妊産婦が命を落としています。さらに、2020年は、新型コロナウイルス感染症の拡大が地球上のすべての人々の生命と生活に重大な支障を及ぼしました。

SDGsの目標3は、「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」ことを目指しています。また、世界の国や地域によって多様化する健康課題に対応するため、すべての人が基礎的な保健医療サービスを必要なときに負担可能な費用で受けられる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の達成が国際的に重要な目標の一つに位置付けられています。

●日本の取組

…UHCの推進(国際会議での日本のイニシアティブ)
アンゴラにおいて、医療機材のメンテナンスを行う帰国研修員(写真:JICA)

アンゴラにおいて、医療機材のメンテナンスを行う帰国研修員(写真:JICA)

日本は従前から、人間の安全保障に直結する保健医療分野での取組を重視しています。G7、G20、アフリカ開発会議(TICAD)、国連総会などの国際的な議論の場においても、「日本ブランド」としての基礎的保健サービスの提供、UHCの推進を積極的に主導してきました。

2020年は、新型コロナの世界的な感染拡大を受け、UHC達成に向けた取組を通じた感染症への備えと対応の向上が持続的な経済成長に不可欠であり、UHCへの投資が成長戦略としても重要であることが改めて認識されました。

2019年6月のG20大阪サミットにおいて、日本は、議長国として、UHCの達成、健康で活力ある高齢化、薬剤耐性(AMR)を含む健康危機を議題とし、課題解決に向けた具体的な施策を議論しました。首相宣言では、UHCの推進について、国ごとの状況や優先課題に基づいて取り組み、保健政策のための人材を強化することに合意しました。その上で、保健財政について、初めて開催されたG20財務大臣・保健大臣合同セッションでコミットメントが確認された「途上国におけるUHCファイナンス強化の重要性に関するG20共通理解」に従い、保健・財務当局間の更なる協力を要請しました。2020年9月には、議長国サウジアラビアのもと、2019年に続きG20財務大臣・保健大臣合同会議が開催され、共同声明において、パンデミックへの備えおよび対応の観点から、上記の「共通理解」へのコミットメントを再確認しました。2020年11月に開催されたG20リヤド・サミットでは、「人間の安全保障」の理念に立脚し、持続可能な保健財源の確保を含めUHCに向けた取組が不可欠である旨を菅総理大臣から発言しました。G20リヤド首脳宣言では、良く機能し、価値に根差し、包摂的で、強じん性のある保健システムは、UHC達成に向けて極めて重要であること、また、途上国における持続可能な保健財源の重要性が確認されました。

2019年8月のTICAD7では、第6回アフリカ開発会議(TICADⅥ)やG20大阪サミットの成果も踏まえ、「横浜宣言2019」の中で、アフリカでのUHCのさらなる推進が確認されました。また、「横浜行動計画2019」においても、保健・財政当局の連携強化を通じた持続可能な保健財政等の保健システム強化、能力開発の強化、感染症・非感染性疾患対策、母子保健、栄養改善および水・衛生、民間セクターとの連携促進など、効果的な施策を通じて、アフリカにおけるUHCを一層推進することが明記されました。さらに日本は、「TICAD7における日本の取組」において、UHC拡大推進、アフリカ健康構想の立ち上げ、東京栄養サミットの開催などを打ち出しました(東京栄養サミットについて、詳細は「東京栄養サミット2021の開催」を参照)。

国連においては、2019年9月、初めてのUHCハイレベル会合が開催されました。同会合では、安倍総理大臣(当時)が、閉会式で唯一の加盟国首脳として登壇し、2019年のG20大阪サミットおよびTICAD7において、UHCに関する各国の取組を促進したことを紹介し、保健に加え、改めて、栄養、水・衛生分野の横断的取組の促進、保健財政の強化の重要性を強調しました。本会合では政治宣言が承認され、2030年までにすべての人々に基礎的医療を提供すること、医療費支払いによる貧困を根絶することなどの目標が確認されました。

2020年9月26日、菅総理大臣は就任後初めて国連総会一般討論演説を行い、冒頭で新型コロナ対策を絡めた日本の国際保健政策に触れました。その中で、同感染症の拡大は、人間の安全保障に対する危機であり、その対策を進めるにあたっては、「誰の健康も取り残さない」ことを目指し、UHCを達成することが重要であると指摘しました。

その上で、①治療薬・ワクチン・診断の開発、途上国を含めた公平なアクセス確保への全面的な支援、②病院建設、機材設備、人材育成等を通じた各国の保健医療システムの強化支援、③水・衛生や栄養等の環境整備を含めた健康安全保障のための施策の実施といった分野を中心に国際的な取組を積極的に主導する旨を表明しました。

中でもワクチンの接種は、最も費用対効果の高い投資の一つであり、毎年200~300万人の命を予防接種によって救うことができると見積もられています。日本は、この取組を推進すべく、2020年6月4日に開催されたGaviワクチンアライアンスの第3次増資会合(「グローバル・ワクチン・サミット」)において、Gaviに対して当面3億ドル規模の拠出を行う旨を発表しました(Gaviで活躍する日本人職員については、第Ⅰ部特集の「世界各地で活躍する国際機関日本人職員」を参照)。また、二国間援助において日本は、ワクチンの製造、管理およびコールドチェーン注27の維持管理などの支援を実施し、予防接種率の向上に貢献しています。

さらに、2020年10月8日、国際社会におけるUHCの啓発を一層促進することを目的に、茂木外務大臣は、日本とともにUHCフレンズ議長国を務めるタイおよびジョージアの外務大臣と共同で、UHCフレンズ閣僚級会合を主催しました。本会合には、グテーレス国連事務総長のほか、タイ、ジョージア、ケニアおよびセネガルから外務大臣、ガーナ、ウルグアイおよびインドから保健担当大臣、テドロスWHO事務局長、フォアUNICEF事務局長、バークレーGaviワクチンアライアンス事務局長、ハチェット感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)事務局長等が参加しました。

冒頭、茂木外務大臣はスピーチを行い、菅総理大臣の国連総会一般討論演説に沿いながら、日本が主導している具体的な取組を説明し、国際社会と手を携えながらUHCの実現に向けて尽力していく旨述べました。具体的には、日本が「グローバル・ワクチン・サミット」においてプレッジした当面3億ドル規模の支援のうち、1.3億ドル以上を、途上国によるワクチンへの公平なアクセスの強化のため、COVAXファシリティ(COVID-19 Vaccine Global Access Facility)のワクチン事前買取制度(AMC)に拠出することを表明しました。関係国・機関からは、本拠出も含めたUHCの達成に向けた日本のリーダーシップに対し、謝意が表されました(ワクチンの開発・普及を巡る国際的な取組については、第Ⅰ部「オ.ワクチンの開発・普及を巡る国際的な取組」を参照)。

また、2020年12月4日、国際社会の新型コロナ対策や同感染症が社会・経済活動に及ぼす影響を評価し、今後の対応における国際社会の連携を一層強化することを目的として、国連新型コロナ特別総会が開催されました。菅総理大臣は、ビデオ・メッセージの形で、「人間の安全保障」の理念に立脚し、「誰の健康も取り残さない」UHCの達成を目指すことの重要性や、感染症危機の克服、保健医療システムの強化、感染症に強い環境の整備を推進していく旨を述べました。

…UHCの推進(日本の具体的取組)
東ティモールの国立病院において院内感染予防について説明を行うJICA海外協力隊員(写真:JICA)

東ティモールの国立病院において院内感染予防について説明を行うJICA海外協力隊員(写真:JICA)

日本政府は、2015年に定めた「平和と健康のための基本方針」のもと、日本の経験・技術・知見を活用して、「誰も取り残さない」UHCを達成するための支援を行っています。

UHCにおける基礎的な保健サービスには、栄養改善(「(8)食料安全保障および栄養」を参照)、予防接種、母子保健、性と生殖の健康、感染症対策、非感染性疾患対策、高齢者の地域包括ケアや介護など、あらゆるサービスが含まれます。

途上国の母子保健については、5歳未満児の死亡率や妊産婦死亡率の削減、助産専門技能者の立会いによる出産の割合の増加などで改善が見られたものの、未だ大きな課題が残されています。日本は、包括的な母子継続ケアを提供する体制強化と、途上国のオーナーシップ(主体的な取組)や能力の向上を基本として、持続的な保健システムを強化することを目指し、ガーナ、セネガル、バングラデシュ、カンボジア、ラオスなどをはじめ、多くの国で支援を実施しています。こうした支援を通じて日本は、妊娠前(思春期、家族計画を含む)・妊娠期・出産期と新生児期・幼児期に必要なサービスへのアクセス向上に貢献しています。

また、日本は、日本の経験と知見を活かし、母子保健改善の手段として、母子健康手帳(母子手帳)を活用した活動を展開しています。母子手帳は、妊娠期・出産期・産褥(さんじょく)期注28、および新生児期、乳児期、幼児期と時間的に継続したケア(CoC:Continuum of Care)に貢献できるとともに、母親が健康に関する知識を得て、意識向上や行動変容を促すことができるという特徴があります。具体的な支援の例として、インドネシアでは、日本の協力により全国的に母子手帳が定着しています。また、インドネシアを含め、母子手帳の活用を推進しているタイ、フィリピン、ラオス、カンボジア、ケニアの間では、各国での経験を共有して学び合う場が持たれています。さらに、これらの諸国は、現在母子手帳の試行運用を実施しているアフガニスタンおよびタジキスタンとの意見交換も行っています。ほかにも、ガーナをはじめとするアフリカ各国において、母子手帳を活用した取組が行われています。

日本のNGOにおいても、日本NGO連携無償資金協力の枠組みを利用して、保健・医療分野で事業が実施されています。たとえば、特定非営利活動法人ADRA Japanは、ネパールで新生児・小児保健環境改善の必要性が高いバンケ郡において、保健施設の修繕、医療資機材の提供、および郡・医療関係者、地域住民の保健知識の向上を目的とした研修を実施しています(案件紹介も参照)。

さらに日本は、支援の実施国において、国連人口基金(UNFPA)や国際家族計画連盟(IPPF))、世界銀行など、ほかの開発パートナーとともに、性と生殖に関する健康サービスを含む母子保健を推進することによって、より多くの女性と子どもの健康改善を目指しています(案件紹介も参照)。

そのほか、日本は、UHCの達成に向けた政策改革を支援しており、セネガルやケニアにおいて、UHC達成のための保健セクター政策借款を実施するなど、包括的かつ中長期的な視点からもUHCの推進に取り組んでいます。

東ティモール

住民参加によるプライマリヘルスケア強化事業(第1、2年次)
日本NGO連携無償資金協力(2019年2月~実施中)

本事業の対象地域である離島の診療所で受診を待つ母子(写真:シェア=国際保健協力市民の会)

本事業の対象地域である離島の診療所で受診を待つ母子(写真:シェア=国際保健協力市民の会)

本事業で供与した小型船で医薬品やワクチンを沿岸の村へ運ぶ様子(写真:シェア=国際保健協力市民の会)

本事業で供与した小型船で医薬品やワクチンを沿岸の村へ運ぶ様子(写真:シェア=国際保健協力市民の会)

「1人目の子どもを生後1週間で亡くし、2人目も流産した。近隣の医療施設までは徒歩1時間以上。妊産婦健診には1~2回しか行ったことがない」。これは東ティモールの首都があるディリ県の僻地に暮らす母子が直面する現実です。同県には、電気や道路の整備が進んでおらず、予防接種や妊産婦健診受診率が50%弱と同国の平均よりも低く、基礎的な保健・医療サービスが普及していない地域があります。

このような状況を改善するため、特定非営利活動法人シェア=国際保健協力市民の会は首都ディリ県のメティナロ郡と首都沖合の離島であるアタウロ島に暮らす人々に保健医療サービスを届けるため、公共診療所(ヘルスポスト)を建設し、小型船を供与しました。また、医療従事者の能力向上や、地域住民への健康教育にも取り組んでいます。

本事業を通じ、人口2,000人の無医村であるメティナロ郡マヌレウアナ村において、2019年11月から2020年10月までに延べ約1,200人が診療所を利用することができるようになりました。また、アタウロ島では保健センター職員と地域住民が協力し、本事業で供与した小型船を使用して移動型健康診断を実施しています。

その結果、ディリ県全体の予防接種率は、2割近く改善しました。新型コロナウイルス感染症の感染拡大で国内の受診率が低下した2020年も、保健センターが試行錯誤しながら保健医療サービスを継続したことで、対象地域では、8月までに昨年の同時期よりも380人増の2,324人が予防接種を受けることができました。

さらに、本事業を通じ、医師や助産師、保健ボランティアなど、これまでに延べ97人が保健知識の向上を目的とした研修を受講しました。彼らは今後も学んだ知識を保健医療サービスの提供や住民への健康教育に活かしていきます。


*東ティモールは、保健省のもとに各県を管轄する保健局が全13県にひとつずつ設置されており、県下には保健センターや公共診療所(ヘルスポスト)が設置されている。

…公衆衛生危機対応能力および予防・備えの強化
ネパール・バンケ郡のヘルスポストにおいて、手洗い方法について学ぶ地域保健ボランティア(写真:特定非営利活動法人ADRA Japan)

ネパール・バンケ郡のヘルスポストにおいて、手洗い方法について学ぶ地域保健ボランティア(写真:特定非営利活動法人ADRA Japan)

グローバル化が進展する今日、感染症流行は容易に国境を越えて拡大し、国際社会全体に深刻な影響を与えるため、新興・再興感染症注29への対策が重要です。2014~2015年の西部アフリカ諸国でのエボラ出血熱の流行は、多数の命を奪い、周辺国への感染拡大や医療従事者への二次感染の発生といった問題を引き起こし、国際社会における主要な人道的、経済的、政治的な課題となりました。また2018年8月以降、コンゴ民主共和国ではエボラ出血熱が再び流行しています。こうした流行国や国際機関に対し、日本は、資金援助に加え、専門家派遣や物資供与といった様々な支援を切れ目なく実施しました。さらに、日本の民間企業の技術を活かした治療薬や迅速検査キット等の供与を行うなど、官民を挙げてエボラ危機の克服を後押ししています(アフリカにおける感染症分野へのSATREPSによる支援については、「匠の技術、世界へ」を参照)。

従来から日本は、感染症対策には持続可能かつ強靱(きょうじん)な保健システムの構築が基本になるとの観点に立ち、とりわけアフリカ各国の公衆衛生危機への対応能力および予防・備えを強化するとともに、すべての人が保健サービスを受けることができるアフリカを目指し、医療従事者の能力強化や保健施設の整備をはじめとした保健分野への支援、インフラ整備、食料安全保障の強化など、社会的・経済的復興に役立つ支援を迅速に進めています。

また、日本は、こうした健康危機に対応する国際社会の枠組みである「グローバル・ヘルス・アーキテクチャー」の構築においても、G7やTICADなどの国際会議の場において議論を主導しています。2016年のG7伊勢志摩サミットの際には、WHOの公衆衛生危機への対応を議論し、安倍総理大臣(当時)が5,000万ドルの拠出を表明し、WHOの健康危機プログラム、緊急対応基金(CFE:Contingency Fund for Emergencies)などに拠出されました。こうした拠出は、2018年から続く、コンゴ民主主義共和国でのエボラ出血熱アウトブレイクへの対応、2020年の新型コロナへの対応などに活用され、健康危機対応に貢献しています。また、2020年6月に日本が世銀グループと連携して立ち上げた保健危機への備えと対応に係るマルチドナー基金(HEPRTF)等を活用し、途上国における感染症の備え・対応のための能力強化等の支援を実施しています。

…感染症の薬剤耐性(AMR)への対応

感染症の薬剤耐性(AMR)注30は、公衆衛生上の重大な脅威であり、近年、対策の機運が増しています。日本は、AMRへの対策を進めるために、人、動物、環境の衛生分野に携わる者が連携して取り組む「ワン・ヘルス・アプローチ」を推進しており、2019年のG20大阪サミットの首脳宣言においても、「ワン・ヘルス・アプローチ」に基づく努力を加速することが合意されました。2019年10月に岡山で開催されたG20保健大臣会合では、同アプローチに基づくAMR対策の継続等の重要性を記載した大臣宣言が採択されました。また、日本は、同月に新規抗菌薬の研究開発と診断開発を推進するGARDP(Global Antibiotic Research & Development Partnership)への約10億円の拠出を発表し、AMRリーダーシップグループに参加するなど、AMR対策においてリーダーシップを発揮しています。2020年には、GARDPに対し、約2億円を拠出しました。

ナイジェリア

①ポリオ撲滅事業、②ポリオ撲滅計画/小児感染症予防計画
①円借款、②無償資金協力(①2014年5月~実施中、②2000年~2013年*1

経口ポリオワクチン(口から飲むタイプ)を子どもに接種する様子(写真:JICA)

経口ポリオワクチン(口から飲むタイプ)を子どもに接種する様子(写真:JICA)

ナイジェリアはかつて、アフリカ最後の野生株ポリオウイルスの常在国で、世界で同ウイルスが常在する3か国*2のうちの1か国であり、2012年時点では世界のポリオ発生数の約半数を同国が占めていました。

こうした状況を受け、日本は、ナイジェリアに対し、ポリオ撲滅のための対策強化として、ワクチンの調達から人材育成まで幅広い支援を実施してきました。

たとえば、国連児童基金(UNICEF)を通じた無償資金協力「ポリオ撲滅計画」及び「小児感染症予防計画」においては、ワクチンの調達に加え、遠隔地へのワクチンの輸送・保管を可能とする太陽光発電冷蔵庫などのコールドチェーン*3の整備に取り組みました。また、日本はナイジェリア国家ポリオ検査室の検査技術向上のための協力や関連する機材の供与や、JICA研修を通じたポリオ研究者の人材育成なども行いました。

さらに、2014年、日本はポリオワクチン調達のため、円借款事業を実施しました。ナイジェリアでは、円借款で調達したワクチンを用いて、ポリオ撲滅のため徹底した予防接種事業が展開されました。同円借款は一定の目標を達成することを条件に、ビル&メリンダ・ゲイツ財団がナイジェリア政府に代わり円借款資金を返済する新たな仕組み(ローン・コンバージョン方式)*4を採用しました。

日本をはじめとする国際社会の貢献により、2020年8月25日、アフリカからのポリオ撲滅が宣言されました*5。ナイジェリアにおいて、感染症対策に長期間携わってきた磯野光夫(いそのみつお)JICA国際協力専門員は、次のように語っています。

「国土が広く、アクセスが容易でない地域も多い上に、治安も不安定な状況が続いていたなか、ポリオ撲滅を達成できたのは、ナイジェリア政府のリーダーシップに加え、最前線で困難なポリオ対策に従事してきた多くのスタッフの尽力によると思います。」

今後も日本は、アフリカにおける感染症の予防や拡大防止のため、国際社会とともに貢献していきます。


*1 2000年から2013年まで毎年、無償資金協力を実施。

*2 ナイジェリア、アフガニスタン、パキスタンの3か国。

*3 注27を参照。

*4 2017年12月、本事業においてあらかじめ設定したワクチン接種率などの成果目標の達成が認められたことから、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が円借款債務を承継している。

*5 ナイジェリアにおいて直近3年間に野生株ポリオが発生していないこと(ポリオフリー)をWHOが認定。

…三大感染症(HIV/エイズ、結核、マラリア)
ガーナにおける技術協力「母子手帳を通じた母子継続ケア改善プロジェクト」を通じて新しく作成された母子手帳の説明を受ける母親たちの様子(写真:JICA)

ガーナにおける技術協力「母子手帳を通じた母子継続ケア改善プロジェクト」を通じて新しく作成された母子手帳の説明を受ける母親たちの様子(写真:JICA)

SDGsの目標3.3として、2030年までの三大感染症の終息が掲げられています。日本は、2000年にG8九州・沖縄サミットで設立が合意された機関である「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」を通じた三大感染症対策および保健システム強化への支援に力を入れており、2002年の設立時から2019年12月末までに約34.6億ドルを拠出しました。さらに、日本は、グローバルファンドの支援を受けている開発途上国において、三大感染症への対策が効果的に実施されるよう、グローバルファンドの取組を二国間支援でも補完できるようにしています。また、保健システムの強化、コミュニティ能力強化や母子保健のための施策とも相互に連携を強められるよう努力しています。

二国間支援を通じたHIV/エイズ対策として、日本は、新規感染予防のための知識を広め、啓発・検査・カウンセリングの普及を行っています。特にアフリカを中心に、「感染症・エイズ対策」隊員として派遣されているJICA海外協力隊員が、より多くの人に予防についての知識や理解を広める活動や、感染者や患者のケアとサポートなどに精力的に取り組んでいます。

結核に関しては、2008年に発表した、「ストップ結核ジャパンアクションプラン」に基づき、日本は、自国の結核対策で培(つちか)った経験や技術を活かし、官民が連携して、世界の年間結核死者数の1割(2006年の基準で16万人)を救済することを目標に、途上国、特にアジアおよびアフリカに対する年間結核死者数の削減に取り組んでいます。

このほか、乳幼児が死亡する主な原因の一つであるマラリアについて、ミャンマーやソロモンにおいて、日本は、地域コミュニティの強化を通じたマラリア対策への取組の支援を実施しています。また、WHOとの協力による支援も行っています。

…ポリオ

ポリオは根絶目前の状況にありますが、日本は、未だ感染が見られる国(ポリオ野生株常在国)を中心に、主にUNICEFと連携し、撲滅に向けて支援してきました。2020年8月には、アフリカ最後の野生株ポリオの常在国であったナイジェリアにおいて、直近3年間、野生株ポリオが発生していないことが認定され、アフリカからのポリオフリーが宣言されました。日本は、ナイジェリアに対して、ワクチンの調達から人材育成まで幅広いポリオ対策支援を続けてきました(ナイジェリアでのポリオ根絶に向けた取組については、案件紹介を参照)。

また、パキスタンにおいて、1996年以降、UNICEFと連携した累計110億円を超える無償資金協力を行っているほか、2016年には、約63億円の円借款を供与しました。この円借款では、一定の目標が達成された場合に、パキスタン政府の返済すべき債務を民間のビル&メリンダ・ゲイツ財団が肩代わりするという新たな方法(ローン・コンバージョン)が採用されました。

…顧みられない熱帯病(NTDs)
コンゴ民主共和国における「感染症疫学サーベイランスシステム強化プロジェクト」での現状調査の様子(写真:JICA)

コンゴ民主共和国における「感染症疫学サーベイランスシステム強化プロジェクト」での現状調査の様子(写真:JICA)

シャーガス病、フィラリア症、住血吸虫症などの寄生虫・細菌感染症は「顧みられない熱帯病(NTDs:Neglected Tropical Diseases)」と呼ばれ、世界全体で10億人以上が感染しており、開発途上国に多大な社会的・経済的損失を与えています。感染症は国境を越えて影響を与えうることから、国際社会が一丸となって対応する必要があり、日本も関係国や国際機関と密接に連携して対策に取り組んでいます。

日本は、技術協力を通じ、2000年から太平洋島嶼国に対してフィラリア症の対策支援を行っています。長期にわたるこれらの支援が功を奏し、大洋州14か国のうちの8か国(クック、ニウエ、バヌアツ、マーシャル、トンガ、パラオ、ナウル、ソロモン)がフィラリア症の制圧を達成し、これらに続いて2019年10月には、WHOによりキリバスのリンパ系フィラリア症制圧が宣言されました。今後も専門家の派遣等を通じて太平洋島嶼国におけるフィラリア症の制圧計画に向けた支援を継続していきます。

用語解説

Gaviワクチンアライアンス(Gavi、 the Vaccine Alliance)
2000年、開発途上国の予防接種率を向上させることにより、子どもたちの命と人々の健康を守ることを目的として設立された官民パートナーシップ。ドナー国および途上国政府、関連国際機関に加え、製薬業界、民間財団、市民社会が参画している。設立以来、8億2,200万人の子どもたちに予防接種を行い、1,400万人以上の命を救ったとされている。日本は、2011年に拠出を開始して以来2020年度第一次補正予算に至るまで、累計約2億5,000万ドルの支援を実施。
プライマリー・ヘルス・ケア(PHC:Primary Health Care)
健康を基本的な人権と認識し、すべての人の健康を実現するため、また、人々が最も必要とするニーズに応えるため、地域住民が主体的に参加し、問題を自らの力で総合的、かつ平等に解決していくアプローチのこと。①人々の健康に対する要求に応じた包括的で平等な保健医療サービス、②健康の決定要因に対する体系的な取組、③個人や家族、コミュニティに対して、自身の健康に対する決定権を与えること、の3つを構成要素とする。
COVAXファシリティ(COVID-19 Vaccine Global Access Facility)のワクチン事前買取制度(AMC)
COVAXは、新型コロナワクチンの製造・供給の促進を目指して、Gavi主導のもと、時限で立ち上げられた包括的な資金調達及び供給調整メカニズム。ワクチンの購入量と市場の需要の保証を通じ規模の経済を活かして交渉し、迅速かつ手ごろな価格でワクチンを供給する仕組み。AMCは、開発途上国向けのワクチンの開発・製造・供給を促すため、企業がワクチンを製造した後、Gaviが一定量を買い取ることを保証し、開発後の市場を確保するとともに、需要に見合う規模のワクチン製造体制を整えるために開発企業の製造能力拡張を後押しする仕組み。ドナーが資金拠出をプレッジし、ワクチン実用化後における途上国の購入費用の一部を負担することで、開発企業の開発及び製造コスト回収の目処を立てるとともに、途上国が負担する費用を抑制し、ワクチン普及を支援。
健康危機プログラム(WHO Health Emergencies Program)
WHOの健康危機対応のための部局であり、各国の健康危機対応能力の評価と計画立案の支援や、新規および進行中の健康危機の事案のモニタリングのほか、健康危機発生国における人命救助のための保健サービスの提供を実施している。
緊急対応基金(CFE:Contingency Fund for Emergencies)
2014年に西アフリカで流行したエボラ出血熱の大流行の反省を踏まえ、2015年にWHOがアウトブレイクや緊急事態に対応するために設立した感染症対策の緊急対応基金のこと。拠出の判断がWHO事務局長に一任されており、拠出することを決定してから24時間以内に資金を提供することが可能となっている。

ボリビア

オルロ県母子保健ネットワーク強化プロジェクト
技術協力プロジェクト(2016年2月~2020年2月)

本プロジェクトで設立した「健康な生活のための教育チーム」が対象地域の妊婦に対して、栄養改善の指導を行っている様子(写真:JICA)

本プロジェクトで設立した「健康な生活のための教育チーム」が対象地域の妊婦に対して、栄養改善の指導を行っている様子(写真:JICA)

オルロ県はボリビア西部の標高約3,700メートルの高地にあり、先住民が多く住んでいます。ボリビアは、ハイチに次いで中南米で妊産婦死亡率*1や5歳未満児死亡率*2が高く、母子保健関連指標は総じて悪い状況にあります。

本プロジェクトは、オルロ県の母子保健サービスと、妊産婦および5歳未満児の健康を改善するために実施されました。本プロジェクトでは、オルロ県の3保健管区・計16市を対象に、日本から延べ21名の専門家を派遣し、医療従事者や保健行政担当者、妊産婦への研修などを実施しました。また、母子の健康に関連した生活習慣の向上などの重要性について意識向上のための啓発活動を行いました。

その結果、住民参加による母子保健サービスの改善につながっています。たとえば、本プロジェクトにより、対象地域において産前健診を受診する割合が70%近くまでになり、地域の医療従事者によって形成される健康な生活のための教育チームの数も倍増しました。また、本プロジェクトを通じて作成され、保健省の承認を得た、小児発達のための情報分析ガイドは、オルロ県にとどまらずボリビア全国で活用されています。

日本は、これまで約20年に渡ってボリビアで母子保健分野の協力を行ってきましたが、常にボリビア政府に寄り添った支援を実施することを大切にしています。本プロジェクトでも、ボリビア政府が掲げる、コミュニティ・家族自らが健康リスクを考え、必要な予防的措置を講じるといった住民参加型の多文化統合ケアモデルの概念*3を重視して協力を行いました。その結果、同国の文化や考え方に合致した形で母子の健康の改善が図られています。


*1 2015年WHO推計値で206人(出産10万件当たりの死亡率)。

*2 2015年WHO推計値で38人(出生数1,000件当たりの死亡数)。

*3 「健康に対する考え方は文化により異なること、病気に対処するよりも健康的に生きること」(https://www.jica.go.jp/project/bolivia/008/outline/index.htmlも参照)。


  1. 注24 : WHO Fact Sheets 2019
  2. 注25 : 2018年時点。前回データ集計時は540万人以上。
  3. 注26 : 2017年時点。前回データ集計時は30.3万人以上。
  4. 注27 : 低温を保ったまま、製品を目的地まで配送する仕組み。これにより、ワクチンなどの医薬品の品質を保つことが出来る。
  5. 注28 : 出産後、妊娠前と同じような状態に回復する期間で、産後約1~2か月間のこと。
  6. 注29 : 新興感染症とは、SARS(重症急性呼吸器症候群)・鳥インフルエンザ・エボラ出血熱など、かつては知られていなかったが、近年新しく認識された感染症のこと。再興感染症とは、コレラ、結核など、かつて猛威をふるったが、患者数が減少し、収束したと見られていた感染症で、近年再び増加してきた感染症のこと。
  7. 注30 : AMR(anti-microbial resistance)。病原性を持つ細菌やウイルス等の微生物が抗菌薬や抗ウイルス薬等の抗微生物剤に耐性を持ち、それらの薬剤が十分に効かなくなること。
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