国際組織犯罪に対する国際社会と日本の取組
麻薬・薬物犯罪
1 我が国の取組み
ヘロインや大麻、覚醒剤等の、違法な生産・製造、密輸や不正使用に係わる問題は地球規模の深刻な問題であり、国際社会が一丸となって取り組むべき重要な問題です。これまで我が国は、国際社会の責任ある一員として、主に東南アジア諸国やアフガニスタン及び周辺国等の国境管理・取締体制の強化(違法薬物の供給に影響する側面への働きかけ)、薬物の乱用や不正使用による健康危害、社会経済的な影響の低減を目指す支援(違法薬物の需要に影響する側面への働きかけ)を、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)等国際機関を通じて実施してきています。
参考:国内の薬物対策関係省庁・機関との連携協力(不正取引防止・乱用予防啓発)
2 国際麻薬三条約
麻薬等薬物対策への国際的な規制に関する取組みの歴史は古く、現行の関係諸条約のルーツを辿ると1912年の国際阿片条約(万国阿片条約)(PDF)(1912年1月23日採択。ハーグ阿片条約とも称される)にまで遡ります。その後、「第1阿片会議協定及び議定書
」「第2阿片会議協定及議定書
」(ともに1925年2月作成)、「麻薬ノ製造制限及分配取締ニ関スル条約」(1931年7月13日採択)、「阿片吸食防止ニ関スル協定
」(1931年11月27日採択)、「危険薬品の不正取引の防止に関する条約
」(1936年6月26日採択)、「麻薬に関する協定、条約及び議定書を改正する議定書」(1946年12月11日採択)、「麻薬の製造制限及び分配取締に関する条約の範囲外の薬品を国際統制の下に置く議定書」(1948年11月19日採択)に続き、「けしの栽培並びにあへんの生産、国際取引、卸取引及び使用の制限及び取締に関する議定書」(1953年6月23日採択。ただし1953年議定書は未発効)といった諸条約が採択されました。
上記薬物関連諸条約等を統合的に整理の上、情勢に則した統制を機能させるための拠り所として、1961年に「麻薬に関する単一条約」(単一条約)が採択されました。その後、世界的な課題として乱用が社会問題化している実情をふまえ、同条約の一部改正により、より有効な麻薬の国際統制の実現を図ることを目的とした「麻薬単一条約改正議定書」が採択され、1975年に発効しました。これに続き、1971年には「向精神薬に関する条約(向精神薬条約)」が、更に1988年には「麻薬及び向精神薬の不正取引条約(麻薬新条約)」がそれぞれ採択され、多数の国が締結しています。(我が国は既に上記3条約とも締結済み)。
参考:厚生労働省(国際協力)
(1)麻薬単一条約(「1961年の麻薬に関する単一条約」)
- 1958年7月の国連経済社会理事会決議を受けて開催された国連会議にて採択され、1964年12月に発効。2025年3月時点で締約国は154か国。
- 我が国は、1961年7月に署名、1964年7月に批准書を寄託し、同年12月に発効。
- 統制対象範囲(付表I~IV):第67会期麻薬委員会にて追加された統制対象物質を含むリスト(追加物質の統制は2024年6月6日発効)(英語)(PDF)
主に大麻、コカ、けし等植物を原料とするあへん系・コカ系麻薬に加えて、それら原料から抽出・精製工程を経て得られる樹脂・エキス等の混合物や、単離された成分規制することに加え、特に身体への危害や影響が大きい合成麻薬等を、以下のように分類して統制しています(付表IVにリストにあるものが最も厳格に統制される物質)。- 付表I:習慣性があり、重大な乱用の危険がある物質(大麻、大麻樹脂並びに大麻エキス及びチンキ)
- 付表II:通常、医療目的で使用され、乱用の危険が比較的低い物質(けしを原料とするコデイン、ジヒドロコデイン等)
- 付表III:付表IIに掲載された物質の製剤及びコカイン製剤
- 付表IV:最も危険な物質であり、特に有害でかつ医療的ないし治療的価値が非常に限定されるもので付表Iに掲載されている物質(ヘロイン、カルフェンタニルなどの合成麻薬等)
麻薬単一条約改正議定書(「1961年の麻薬に関する単一条約を改正」する議定書)
1972年3月25日の「単一条約改正のための全権会議」で8月8日に採択された「単一条約改正のためのプロトコル」とその第18条に基づき、同会議に参加した97か国代表参加の下、我が国を含む71か国の賛成を得て、1975年8月8日に採択されました。
本議定書は、単一条約を一部改正するものであり、単一条約に署名・批准した国が本議定書を締約することとなることが基本とされており、本議定書の効力発生後に単一条約の締約国となる国については、可能な限り本議定書による改正を受諾することとなっています(本議定書第19条(a)によれば、本議定書の効力発生後に単一条約の締約国となる国より、特段の意思表明のない限り、改正後の単一条約の締約国とみなすことと定められています)。
- 1972年3月にジュネーブで作成され、1975年8月に発効。2025年3月時点で締約国は186か国。
- 既に単一条約を締結していた我が国は、1972年3月の「単一条約改正のための全権会議」に参加し、1973年9月に批准書を寄託、1975年8月に発効。
(2)向精神薬条約(「向精神薬に関する条約」)
麻薬単一条約が規定する統制物質に該当しない、LSDやMDMA、カンナビノイド類(ドロナビノール)等の麻薬やサイロシビン等の幻覚剤、メタンフェタミン等の覚醒剤、ペンタゾシンやトリアゾラムなどの鎮痛剤・精神安定剤等、製造工程の一部あるいは全工程が化学的に合成される向精神作用物質を規制しています。
- 1971年2月採択、1976年8月に発効。2025年3月時点での締約国は184か国。
- 我が国は、1971年12月に署名、同年8月に批准書を寄託し、11月に発効。
- 統制対象範囲(付表I~IV):第67会期麻薬委員会にて追加された統制対象物質を含むリスト(追加物質の統制は2024年12月3日発効)(英語)(PDF)
本条約における統制対象物質は、以下の分類にそって登録されて(スケジューリングされて)おり、付表Iにリストされる物質が最も厳格な統制対象となっています。- 付表I:乱用の危険性が高く、治療的価値が非常に乏しい、ないし皆無であり、公衆衛生上重大な脅威を特にもたらしうる物質(LSD、MDMA、サイロシン、メスカリン、THC等)
- 付表II:乱用の危険性があり、治療的価値が低いないし中程度であり、公衆衛生に重大な脅威をもたらしうる物質(メタンフェタミン等のアンフェタミン系覚醒剤、メチルフェニデート等)
- 付表III:乱用の危険性があり、治療的価値が中程度ないし高いが、公衆衛生に重大な危険をもたらしうる物質(一部バルビツール系睡眠導入剤、フルニトラゼパム等中枢神経作動薬等)
- 付表IV:乱用の危険があるが、治療的価値が高く、公衆衛生への脅威が軽微な物質(ジアゼパム等鎮静剤、バルビツール系睡眠導入剤等)
(3)麻薬新条約/不正取引防止条約(「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」)
締約国が国際的な拡がりをもつ麻薬及び向精神薬の不正取引の様々な局面に一層効果的に対処することができるよう、締約国間の協力を促進することを目的としています(第二条1)。この条約により犯罪とされる麻薬及び向精神薬の不正取引の防止及びその処罰のための国際協力の強化、促進を目的として、上記2条約で未規制の前駆物質(無水酢酸、エフェドリンほか)等の原料を規制し、さらに国際的な捜査協力・司法共助等を新たに規定しています(第6条、第7条、第12条、第16条、第17条等)。
- 1988年12月採択、1990年11月に発効。2025年3月時点での締約国は192か国。
- 我が国は1989年12月に署名、1992年6月に批准書を寄託し、同年9月に発効。
- 統制対象範囲(付表I~II):第67会期麻薬委員会にて追加された統制対象物質を含むリスト(追加物質の統制は2024年12月3日発効)(英語)(PDF)
本条約における統制対象物質は、付表Iに新しい精神活性物質の前駆物質、付表IIにその原料物質や化学薬品をリストの上、統制されています。
3 国際連合での取組み
(1)麻薬委員会(CND: Commission on Narcotic Drugs)
麻薬委員会は国連経済社会理事会の下部機関として1946年に設立され、国際麻薬三条約を批准した国々のうち、地域毎に選出される53か国のメンバーで構成されています。薬物関連諸条約履行の監視、薬物統制の強化に関する勧告等薬物統制にかかる政策を決定しています。
我が国は1961年以降、2010~2011年を除き継続して委員国を務め、その議論に積極的に貢献してきています。
- 関連リンク:麻薬委員会(CND)(英語)
(2)国際麻薬統制委員会(INCB: International Narcotics Control Board)
経済社会理事会のもと、選挙にて選出される13名の委員(個人資格)で構成され、関連条約の対象薬物の生産、流通、消費について監視、管理を通じた不正取引と乱用の防止を図っています。
- 関連リンク:国際麻薬統制委員会(INCB)(英語)
(3)国際連合特別総会(UNGASS: United Nations General Assembly Special Session)
1998年6月、ニューヨークで国連麻薬特別総会が開催され、世界薬物問題に関する政治宣言等が採択されました。2016年4月には、18年ぶりとなる同特別総会が開催され、新たな課題等を踏まえた議論が行われました。
- 関連リンク:国連麻薬特別総会の開催(2016年4月)
(4)国連薬物・犯罪事務所(UNODC: Unites Nations Office on Drug and Crime)
国連薬物・犯罪事務所(UNODC)は、1990年及び1991年の国連総会決議に基づいて設立された国連薬物統制計画(UNDCP)及び犯罪防止刑事司法計画(CPCJP)が統合され、2002年に設置されました。麻薬関連三条約の履行調整を行う麻薬委員会(Commission on Narcotic Drugs: CND)並びに国際麻薬統制委員会(International Narcotics Control Board: INCB)の事務局も設置されており、条約に基づく統制のメカニズムとして、WHO等関係する国連専門機関とも協調し、国連の枠組みにおいて薬物問題を包括的かつ一体的に取り扱う機関です。
4 G7等先進国協議を通じた取組み
薬物問題については、1986年の東京サミットで取り上げられて以来、度々議長声明等において国際協力の強化が唱われ、種々の対応がとられてきています。
- G8/G7における麻薬問題への取組み(2000-2015年)
- 2024年G7サミット(議長国:イタリア)「合成薬物の脅威に関するG7首脳声明」(オリジナル英文/仮訳)
- 2024年G7サミット 司法大臣会合(5月9~10日) 「ベネチア宣言」(英文のみ)(PDF)
5 特定の課題、または地域の薬物問題に焦点をあてた協議と対策推進のメカニズム
(1)「合成薬物の脅威に対するグローバル連合」Global Coalition to Address Synthetic Drug Threats(2023年7月~)
合成薬物の違法製造、新規合成薬物の検知、違法取引、関連する違法な資金の流れに共同で対処することを目的に、米国主導で2023年7月7日に閣僚宣言(英語)を採択の上設立されました。フェンタニル等合成麻薬を含め、違法な合成薬物の問題は従前より注視されていましたが、近年は、製造技術の革新によって少量で向精神作用が強力で、少量で死に至らしめる薬物が廉価で急速に蔓延しつつあり、そのような健康危害が甚大な合成薬物の原料となる化学物質や前駆物質の密造・製造、違法取引市場の拡大は、最終的な仕向地(消費市場)となる我が国や北米・欧州地域先進国のみならず、中東・アフリカ地域や東南アジア、太平洋島嶼国、中南米各国等、取引の中継・ハブとなる国々においても、安全保障上、公衆衛生上の脅威となっています。
従来から麻薬等の違法製造や密輸取締対策上重要となっている東南アジア地域、南米地域の取引ルートにおける国際的な対策課題として新たな視点での取組が必要との問題意識から、我が国も、設立に際して林外務大臣(当時)のビデオメッセージを発信して、このイニシアティブに賛同し、関係する作業部会等における協議に参加しています。
(2)ダブリン・グループ全体会合(1990年6月~)
主要先進国間で薬物関連援助政策等につき相互理解を深め、政策の調整を図ることを目的として1990年にアイルランドのダブリンにおいて発足。参加国・機関は、日、米、加、豪、ノルウェー、EU27か国及びUNODCで、年2回の全体会合(於:ブリュッセル)を開催し、薬物関連の援助政策等の協調のための情報交換・協議を行っています。
ミニ・ダブリン・グループ会合(地域別ダブリン会合)
ミニ・ダブリン・グループ会合は、ダブリン・グループ全体会合参加国(約70か国)の現地大使館・公館の麻薬等対策担当者が集い、任国の国内外事情によって影響を受ける違法薬物生産・製造や経由地等における取組み等の情報を共有し、課題を議論する目的で開催されているアドホック会合です。各国の薬物事情について情報交換を行うとともに、必要に応じ任国政府等と連携を図りつつ、支援国・機関各々の援助政策を相互調整し、全体の薬物対策効果を最大限に高めることを目指しているため、国・地域レベルでの会合は自律的に開催されており、とりまとめられた議論は、全体ダブリン・グループ会合にて報告されます。
我が国は隔年で豪と共に東南アジア・中国地域グループの議長を務めており、カンボジア、ミャンマー、ラオス、ベトナムの対策進捗・開発支援におけるバイ、マルチ・ドナーの活動情報について、毎年11月頃に開催されるダブリン・グループ全体会合にて報告しています。
(3)パリ合意フォーラム(2003年5月~2024年5月)
パリ合意フォーラムはアフガニスタン産の麻薬問題に取り組む有志国の会合であり、フランス及びロシアが主導して開催されてきました。2003年5月に、パリにて「中央アジアから欧州への麻薬ルートに関する閣僚級会合」(第1回会合)が開催され(「パリ合意」採択)、2006年6月に、モスクワにおいて第2回目の閣僚級会合が開催され、「モスクワ宣言」が採択されました。
2012年開催の閣僚会議では、以下4つのテーマ(Pillar)に基づく情報共有と課題に関する議論を行う枠組みとして、パートナー国・機関にとって共通・共有の取組課題とロードマップを示す「ウィーン宣言」(英語)(PDF)が採択され、以下に示す4つのテーマ(柱)(英語)
にそって、2024年5月まで協議を重ねてきた経緯があり、アフガニスタンを取り巻く近隣地域の違法薬物取締りの実態や連携協力強化の取組みを通じた重要な情報共有プラットフォームとしての役割を果たしてきましたが、2024年5月に活動を終了しました。
- 柱(I)地域協力
- 柱(II)麻薬違法取引に関係する財務フロー
- 柱(III)前駆物質の多様化阻止
- 柱(IV)薬物乱用・依存の低減