5 南アジア
(1)インド
人口が世界第1位、経済規模が世界第5位のインドは、国際社会における存在感を高めている。内政面では、6月に、第18回下院総選挙を経て第3期モディ政権が発足した。経済面では、「メイク・イン・インディア、メイク・フォー・ワールド」を始めとした様々な経済イニシアティブを通じ、着実な成長を遂げている。外交面では「アクト・イースト」政策の下、インド太平洋地域を中心に積極的な外交を展開しているほか、「グローバル・サウス・サミット」を開催し、いわゆる「グローバル・サウス」の声を代弁する役回りを自認するなど、グローバル・パワーとして国際場裡での影響力が増している。
日本とインドは、基本的価値や戦略的利益を共有するアジアの二大民主主義国であり、「日印特別戦略的グローバル・パートナーシップ」の下、経済、安全保障、人的交流など、幅広い分野における協力を深化させてきた。また、インドは「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を実現する上で重要なパートナーであり、日米豪印といった多国間での連携も着実に進展している。太平洋を臨む日本と、インド洋の中心に位置するインドが二国間及び多国間の連携を深めていくことは、インド太平洋の平和と繁栄に大いに貢献する。日印関係は世界で最も可能性を秘めた二国間関係の一つであり、既存の国際秩序の不確実性が高まる中、その重要性は増している。インド太平洋地域の経済秩序の構築においてもインドは不可欠なプレーヤーであり、その意味でも地域的な包括的経済連携(RCEP)協定への将来的な復帰が期待される。
2024年は、首脳会談を始めとするハイレベルの意見交換が頻繁に行われた。3月には、日本で第16回日印外相間戦略対話を実施した。6月のインド下院総選挙直後には、イタリアで開催されたG7プーリア・サミットの機会に日印首脳会談を実施した。また、8月には、インドで第3回日印外務・防衛閣僚会合(「2+2」)が開催され、FOIP実現に向けた協力、二国間の安全保障・防衛協力、地域・国際情勢について議論し、引き続き緊密に連携していくことで一致した。9月には、米国での日米豪印首脳会合の機会に日印首脳会談を実施した。10月には、ラオスで開催されたASEAN関連首脳会議の機会に石破総理大臣とモディ首相の間で日印首脳会談を実施し、経済、安全保障、そして人的交流分野における協力を一層進めていくことを確認した。さらに、日印間では様々な実務レベルでの協議が実施されており、4月には日印軍縮不拡散協議、11月には初開催となる戦略的貿易及び技術を含む日印経済安全保障対話が実施された。

(2)パキスタン
パキスタンは、アジアと中東を結ぶ要衝に位置しており、その政治的安定と経済発展は地域の安定と成長に不可欠である。2億人を超える人口のうち30歳以下の若年人口が約65%を占めており、政府の財政状況改善及び低成長からの脱却が課題であるものの経済的な潜在性は高い。内政面では、2月に総選挙が実施され、パキスタン・ムスリム連盟ナワーズ派(PML-N)含む主要政党が連立に合意し、シャバーズ・シャリフPML-N党首が首相に就任した。外交面では、インドとの間で依然として緊張状態が継続している。中国との間では、「全天候型戦略的協力パートナーシップ」の下、中国の進める「一帯一路」の重要な構成要素とされる中国・パキスタン経済回廊(CPEC)建設を始め、幅広い分野で関係が強化されている。
日本との関係では、10月に第8回日パキスタン・ハイレベル経済協議を実施し、パキスタン政府の改革イニシアティブと優先課題、輸出促進・投資促進のための方途、経済協力などについて意見交換を行った。日本は近年パキスタンに対し、保健、水・衛生、教育及び防災などの分野を中心に無償資金協力を行っている。最近、パキスタンにおいては日本が強みとする、防災・気候変動、保健、教育、上下水道といった国民の生活に密接する社会セクターに重点を置き支援を行っている。防災分野については、2022年にパキスタンで発生した洪水被害を受けて7,700万ドルの追加支援を実施し、11月にはインダス川流域における洪水管理強化計画に関する書簡を署名・交換した。保健分野では12月に洪水被災・周辺地域における母子保健機材整備計画に関する書簡を署名・交換した。
(3)バングラデシュ
イスラム教徒が国民の約9割を占めるバングラデシュは、インドとASEANの交点であるベンガル湾に位置し、近年、持続的な安定成長を遂げている(2023年の経済成長率は5.78%)。人口は約1億7,000万人に上り、質の高い労働力が豊富な生産拠点及び高いインフラ整備需要を備えた潜在的な市場として注目されている。内政面では、8月の政変により、15年以上にわたり政権を担ってきたハシナ前首相が退陣し、モハマド・ユヌス氏を首席顧問とする暫定政権が樹立された。ユヌス首席顧問は、国家制度に必要な改革をもたらした後、自由で公正かつ参加型の選挙を可能な限り早急に実施すると明言している。また、バングラデシュには、2017年8月、ミャンマー・ラカイン州の治安悪化を受けて、同州から新たに75万人以上の避難民が流入した。避難民の帰還はいまだ実現しておらず、避難の長期化によりホストコミュニティ(受入れ地域)の負担増大や現地の治安悪化が懸念されている。
日本との関係では、「戦略的パートナーシップ」の下、3月に日・バングラデシュ経済連携協定(EPA)の交渉を開始することを決定し、第1回交渉会合(5月)、第2回交渉会合(11月)、そして第3回交渉会合(12月)が開催された。日系企業数は2005年の61社から2023年には315社に増加している。安定した電力の供給やインフラの整備が外国企業からの投資促進に向けた課題となっており、日本も円借款の供与などを通じてその発展を支援してきている。また、5月に穂坂泰外務大臣政務官が国際人口開発会議(ICPD)30周年グローバル・ダイアログに出席するためバングラデシュを訪問したことに加え、6月には第5回日・バングラデシュ外務次官級協議を実施した。

(4)スリランカ
スリランカはインド洋のシーレーン上の要衝に位置し、その地政学的重要性が注目されている。内政面では、2022年の経済・政治危機後に迎える初の国政選挙となった9月の大統領選挙の結果、汚職対策などを掲げた野党連合「国民の力(NPP)」リーダー兼人民解放戦線(JVP)党首のディサナヤケ候補が勝利し、続く11月の総選挙においてもNPPが総議席数の3分の2を上回る159議席(定数は225議席)を獲得して勝利した。経済面では、7月、日仏印を共同議長とする債権国会合のメンバーとスリランカとの間で債務再編に関する覚書の署名が完了し、また、日本とスリランカとの間の二国間合意の迅速な締結に向けたスリランカ政府の意思が文書で確認された。これを受けて日本はスリランカにおいて実施中の円借款案件に係る貸付実行などを再開した。また、6月に国際通貨基金(IMF)によるスリランカに対する拡大信用供与措置(EFF)の第3回拠出(約3.3億ドル)が行われた。引き続きスリランカ政府は、EFFプログラムで求められる様々な改革に取り組んでいる。外交面では基本的に非同盟中立でバランス外交を重視している。
日本との関係では、2023年に引き続き、2024年も活発な要人往来が行われ、5月に上川外務大臣がスリランカを訪問、7月にはサブリー外相が訪日し、それぞれ外相会談を実施した。経済協力では、包摂性に配慮した開発支援、脆(ぜい)弱性の軽減を重点分野としており、紛争影響地域の生活・生計向上、気候変動・防災対策が課題となっている。こうした中、3月に無償資金協力「経済社会開発計画」を通じた北部州女性支援機材及び油防除関連機材などの供与に関する書簡の署名・交換を行った。
(5)ネパール
ネパールは、中国・インド両大国に挟まれた内陸国であり、2015年の新憲法公布以後、民主主義国としての歩みを進めている。内政面では、2022年12月に就任したダハル首相が連立を組み替えながら政権を維持してきたが、7月にネパール共産党マルクスレーニン主義派(UML)が政権を離脱し、最大野党であるネパール・コングレス党(NC)と協力し新政権樹立に取り組むことを発表した。これによりダハル首相の3期目の連立政権は崩壊し、UML・NCほか、下院過半数を占める政党が支持するオリ党首(UML)が首相に任命された。経済面では、2023年から2024年の経済成長率は2%にとどまっており、依然として低成長からの脱却が課題とされている。外交面では伝統的に非同盟中立であり、インドと経済的・文化的に結びつきが強い。中国とも良好な関係を維持している。
日本との関係では、両国は長年登山などの民間交流を通じた伝統的な友好関係を築いており、近年日本語学習者も増加している。2024年現在、20万人を超えるネパール人が日本に在住し、様々な分野で活躍している。5月には、上川外務大臣が、外務大臣として5年ぶりにネパールを訪問した。また、日本はネパールにとって長年の主要援助国であり、貧困削減、防災及び気候変動対策、民主化の強化の三つの重点分野を始めとする様々な分野において経済協力を実施してきている。4月には、ネパールにとって初の山岳交通道路トンネルとなるナグドゥンガトンネルの全長2,688メートルの掘削作業が完了し、本坑が貫通した。2026年の開通後は、当該区間の運輸交通網が円滑化し、急増する交通需要への対応、移動時間の短縮、通行の安全性向上による、同地域の社会・経済発展の促進に寄与することが見込まれる。
(6)ブータン
ブータンは中国とインドの間に位置する内陸国である。国民総幸福量(GNH)(31)を国家運営の指針とし、第13次5か年計画(2024年から2029年)では、2034年までに高所得GNH経済となるという目標に向けて10年間の戦略的枠組みを採用し、2029年までにGDP50億ドルの高所得国となる目標を掲げ、公平で質の高い保健、教育、主権・領土保全などの強化、信頼されるガバナンスのエコシステムの実現、経済成長の加速などに取り組んでいる。内政面では、1月に下院総選挙の本選挙が実施され、国民民主党が勝利し政権交代が行われ、ツェリン・トブゲー首相が2014年以来2期目となる首相に就任した。外交面では、近隣諸国、日本など56か国及びEUとのみ外交関係を保有しており、国防などの分野においてインドと密接な関係を有している。日本との関係では、皇室・王室間の交流が深い。
(7)モルディブ
シーレーンの戦略的要衝に位置するモルディブは、日本にとってFOIPを実現する上で重要なパートナーである。内政面では、2023年9月に実施された大統領選挙の結果、同年11月にムイズ政権が発足した。4月に実施された議会選挙では、与党の連合人民国民会議(PNC)が議席の3分の2を獲得し、ムイズ大統領は政権基盤を固めた。経済面では、GDPの約3割を占める漁業と観光業を主産業とし、新型コロナの感染拡大による影響はあったものの、一人当たりのGDPは南アジア地域で最も高い水準に達している。外交面では、ムイズ大統領は、就任以来、バランス外交の方針を模索している。
日本との関係では、2023年に日モルディブ外相間の相互訪問が実現し、同年7月に実施された外相会談において両国は幅広い分野で二国間協力を進めていくことで一致した。また、モルディブはインド洋の要衝に位置することから、自衛隊が海外で活動する上で船舶や航空機の中継地となっており、3月には護衛艦「あけぼの」がマレに寄港している。さらに、経済協力では、海上保安分野の対策強化を目的として、3月に税関監視艇の贈与などに係る無償資金協力に関する書簡の署名・交換を行った。
(31) GNH(Gross National Happiness):国民総生産(GNP)に対置される概念としてブータン政府が提唱した独自の概念。経済成長の観点を過度に重視する考え方を見直し、(1)経済成長と開発、(2)文化遺産の保護と伝統文化の継承・振興、(3)豊かな自然環境の保全と持続可能な利用、(4)良き統治の四つを柱として、国民の幸福に資する開発の重要性を唱えている。