世界貿易機関(WTO)
第14回:新型コロナ対応にWTOも必死 組織改革は危機への取組から(その4)

新型コロナは,私たちの生活様式を大きく変容させている。最初はぎこちなかった「オンライン飲み」も,確実に「新しい生活様式」の一部になりつつある。
それでは,「新しい貿易様式」とは一体どのようなものになるだろうか。変化の兆しは,いまそこかしこにある。
前回ご紹介したように,医療用品や食料の輸出規制といった貿易を制限する措置ばかりに目が行きがちだ。しかし,意外にも,危機を乗り越えるために,生命や健康,安全と安心を損なわない限りにおいて,よりスムーズに貿易を行う方向への動きも活発だ。
各国による新型コロナ関連措置は,WTOのホームページで日々更新されている。これらの内訳は,SPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)に関連するものが40件,TBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)関連が60件と全体の実に過半数を占めている。そのうち,なんと9割の措置が,貿易を促進させる効果があるというのだ(WTO報告書『新型コロナを受け加盟国が行った各種国内規格の改訂』)。
ちなみに,これら2つの協定は我々の生活に密着したルールである。 SPS協定は,人,動物又は植物の生命又は健康を守りつつも,貿易に与える影響を小さくするのが目的で,例えば,水際で伝染病発生地域からの家畜等の輸入を禁止する措置を取ることができる。TBT協定は,各国の規格や適合性評価手続が,国際貿易に不必要な障害をもたらすことのないようにするためのルールだ。身近なところでは,輸入食品に残留する農薬や添加物に関する検査や基準値をより厳しくする場合は,これをWTOに通報しなければいけない。
それでは,論より証拠,新型コロナを機にとられている貿易を円滑にするための措置の具体例を3つ紹介したい。皆さんに覚えていただけるよう,国名にA,B,Cがつく順に取り上げてみる。
一つ目の例は,アラブ首長国連邦(UAE)による動植物の検疫に関する証明手続の電子化だ。新型コロナを機に,全ての紙の検疫証明書は廃止され,発行から承認に至るまでの一連の手続をQRコード技術なども活用しつつ,すべて電子上で済ませられるようになった。
二つ目は,ブラジル政府による医薬品の規格認証に関する審査手続の簡素化だ。ブラジルは,感染防止のための移動制限を受け,これまで紙で提出を求めていた認証に必要な文書を,当面電子化し,審査の質疑応答にはテレビ会議方式を導入した。
三つ目の例は,カナダによる衛生用品の販売承認の合理化である。カナダでは消毒剤について,新型コロナで国内需給が逼迫するや否や,製品表示を公用語(英語とフランス語)で表記する義務が免除され,また,自国と同等の規格や品質保証を採用している他国で承認された商品については,カナダ国内での販売承認手続を不要とした。
コロナ禍転じて福と成すー。これら手続の簡素化は,その国の輸入業者や消費者ばかりでなく,その国に輸出し,直接投資を行う外国の事業者にとっても大きな福音である。これらの取組は,創意工夫という面も,必要に迫られている面もある。新型コロナ終息とともに「やっぱり昔のやり方が良い」と元に戻ってしまうのか,逆に,お試し期間後も「続けてみよう」となるのか,さらに,他国も「お隣さんを真似してみよう」とこれらに後に続くのか。いま暴風雨の中で,いくつかの国が先駆的に試している措置の数々は,いつしか雨後の竹の子のように広がり,「ポスト・コロナ」時代やデジタル経済にふさわしい「新しい貿易様式」や新たな国際基準・ルールとして定着する可能性を秘めている。
次回は,「数字で見る」新型コロナと国際貿易。WTOの各種報告書をもとに,新型コロナ下での国際貿易の現状を,いくつかの気になる数字でひも解きたい。