世界貿易機関(WTO)
第13回:新型コロナ対応にWTOも必死 組織改革は危機への取組から(その3)

前回は,WTO事務局が世界貿易に与える新型コロナの影響をどのように分析しているのかに注目した。今回は,連載の第9回で紹介したWTO加盟国の通報に基づく監視が,新型コロナで世界貿易が縮小する現状下でしっかりと行われているのか検証したい。
ここでおさらいすると,通報という仕組みによって各国の貿易関連措置はガラス張りになる。通報は,貿易相手の行動を見通しよく保ち,ビジネス環境に法的安定性をもたらす上で必要不可欠の制度だ。しかし,残念ながら,近年,通報義務は十分に履行されておらず,WTO改革の重要な柱の一つとなっている。果たして,新型コロナを受けて各国がとる輸出制限などの措置は,きちんと通報されているか―。いまこそ,WTOの通報制度の実効性が試されている,と言っても過言ではない。というのは,必要物資を自国民のために確保しようと他国への輸出を規制する国が相次ぐ「火事場」においてこそ,みずからの措置を情報公開しWTOに通報するのはすべての国が「いますぐにできる改革」であるからだ。
そもそも,「輸出規制はすべからくWTO協定違反ではないのか」という質問を聞くが,答は,否。WTO協定では,「食糧その他輸出締約国にとって不可欠の産品の危機的な不足を防止し,又は緩和するために一時的に課する」輸出禁止・制限は許容されている(ガット第11条2(a))。また,協定上,輸出規制を「人,動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置」に該当するものとして正当化することもできる(ガット第20条(b))。しかしながら,これらの条件に該当すれば好き放題に規制を課しても良いということでは全くない。措置をとる国は,WTO協定に基づき,措置を情報公開し,通報する義務を負う。この点,G20貿易投資担当大臣会合は,会議後の閣僚声明で,新型コロナウイルスに対処するための緊急措置は,「的を絞り,目的に照らし相応かつ透明性 があり,一時的なもの」であることと,「採用されるあらゆる貿易関連措置をWTOに通報」することを約束している。
加盟国の新型コロナを受けた貿易関連措置は,5月20日時点で,133件がWTOに通報されている。通報した国や措置の内容や期日,国内根拠法令などの概要は,WTOの新型コロナ特設ページ上で毎日更新されている。
輸出制限の典型例は,自国民保護のための医療用品の輸出規制だろう。新型コロナウイルス関連の輸出禁止・制限措置に関するWTO報告書によれば,フェイスマスク,ゴーグル等については,73か国・地域(WTO非加盟国を含む。以下同様),防護服については50か国・地域が輸出禁止・または制限措置を導入しているという。また,食料の輸出規制に走る国も出ている。FAO(国連食糧農業機関)やWFP(国連世界食糧計画)によれば,こうした措置の影響もあり,世界的には食料供給が十分であるにも関わらず,年末までに1億3000万人が深刻な食料不足に陥る可能性がある。
通報された措置の内訳は,貿易の技術的障害(TBT)に関連する通報が58件と最も多く,衛生植物検疫措置(SPS)関連が36件,輸出入の数量制限が18件などとなっている(WTO報告書:新型コロナを受け加盟国が行った各種国内規格の改訂等)。この中には,EUが,防護メガネ,マスク,防護服について,4月26日から30日間輸出を認可制とした措置も含まれる。
通報された措置をざっくり眺めてみよう。意外にも,輸出制限や手続の厳格化など貿易や投資を制限する措置だけではなく,逆に,経済活動を円滑にし,活性化する措置も多いことに気がつくはずだ。次回は,通報された多くの措置の中から,貿易円滑化に資するキラリと光るものをいくつか選んで紹介したい(6月上旬)。