世界貿易機関(WTO)

協定の履行を監視するしくみ

令和2年3月12日
(写真)WTOホームページより (WTOホームページより)

 「人生百年時代」という言葉をよく耳にするようになった。この言葉は,世界的ベストセラーとなった『LIFE SHIFT』の著者であるリンダ・グラットン教授とアンドリュー・スコット教授の提言で,世界的に長寿化が進むにつれ,これまでとは異なる新しい人生設計が必要である,という内容を表す言葉である。人生を百年楽しむためには,当然健康が重要となる。現代医学の進歩により,病気(問題)の発生時の治療技術は飛躍的に向上したが,健康のひけつは,病気の発生を未然に防ぐ,各個人の「予防」努力にあることは言うまでもない。問題を予防することは組織の円滑な運営のひけつでもある。
 貿易の世界で問題紛争が生じた際,それを解決する場として,WTOの紛争解決制度・上級委員会がある。これは,WTOにおいて「事後的に」解決を目指す制度である。本日紹介するのは,各加盟国が「事前に」,また,予防的な解決を目指す制度だ。それが,WTO協定がきちんと履行されているかを加盟国が互いに監視する仕組みにほかならない。WTOでは紛争解決制度が注目を浴び,ウルグアイ=ラウンド交渉の大きな成果として紹介されることが多い。しかし,WTOでは実は紛争解決という手続きに持ち込まれる前に,各国の専門家によって議論され,解決される課題の方がはるかに多く,これこそが,目立たないけれども最も重要なWTOの機能といっても過言ではない。
 紛争予防策として第一に挙げられるのが,貿易政策審査(Trade Policy Review:TPR)である。TPRは,自国のとっている貿易・経済政策を他の加盟国に説明し,質問を受け付ける制度だ。その本眼は,ピア=プレッシャー(同輩からの「オレもきちんとやるからお前もやれよ」という圧力)である。より多くの貿易をしている国は,より頻繁にこの相互チェックを受けることとなっており,日本の場合は,世界貿易に占める割合の大きさ(約4.2%,米国,中国,ドイツに次ぎ第4位。出典:WTO)から3年に1度の頻度で行われ,最も頻繁に審査を受ける国の一つである。毎回700問にも及ぶ質問が各国から寄せられ,日本の貿易・経済政策についての世界の関心は高い。
 問題発生を防ぐ第二の方法として,スイス・ジュネーブのWTO本部における分野別の理事会・委員会における議論がある。知られたところでは,例えば,一般理事会があり,これには前回で紹介したアゼベド事務局長や加盟国の常駐代表らが軒並み出席する。また,委員会の中では,農業委員会やアンチ・ダンピング委員会が有名だ。こうした理事会及び専門委員会の数は,何と30近くにも及ぶ。TPRが数年に一度であるのに対し,年に数回の頻度で各国がとっている貿易政策について専門家同士の議論が行われる。公式・非公式の会合を全て含めれば,ほぼ毎日何らかの会合がWTO本部で開催されている計算になる。下記の写真はWTO新庁舎であるが,このガラス張りの建物は,あたかも加盟国の貿易政策に透明な説明責任を求めているかのようだ。そしてこうした会合の準備のために,事務局職員は年がら年中忙しく,建物の照明はこうこうと灯り,夜中まで消えることはない。

 第三の協定の履行を監視するしくみは,農業補助金など自国の貿易関連措置につき加盟国が他の加盟国に対して行わなければならない通報である。近年,加盟国の増加やルールが時代にそぐわないものになったこともあり,ルールを軽視する傾向が目立つ。各種協定で課された通報義務を怠る国が多く,ルール順守に緩みが出ているのは問題であり,WTO改革の大きな課題だ。次回は,通報義務を各国に守らせるための最近の取組を紹介する(3月24日掲載予定)。


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