世界貿易機関(WTO)

WTO紛争解決制度

令和2年1月15日

 フェアなジャッジが重要なのはどの世界においても変わらない。昨今のスポーツ界におけるビデオ判定の広がりはより公正な裁定を下すための努力と言えるだろう。どんなスポーツにおいても,審判が競技者から信頼されて初めて競技は成立する。
 歴史を振り返れば,我が国の国技である柔道においても審判を監督する上位の審判として「ジュリー制度」が1994年に導入され,主審の判定に対し,更なる精査が行われるようになった。貿易の世界においても,時を同じく1994年のウルグアイラウンドにおいて,WTO紛争解決制度の上訴審として,第一審(パネル)の法解釈に対する再審査を行う,常設の上級委員会の設置が決まった。
 この上訴制度の導入はGATTからWTOに移行するに当たっての紛争解決手続の大きな変更点の一つである。GATT時代から様々な面で強化されたWTO紛争解決手続制度には1年あたり4倍近くの案件が付され,その重要性は増し,上級委員会は,WTO設立時には「王冠の宝石(jewel in the crown)」と呼ばれた。
しかし,どの世界においても,二審制にしたことで自動的に判定の質が上がるわけではない。柔道の判定に関して大きく話題となったのが、2000年のシドニーオリンピック,柔道男子100キロ超級決勝の篠原選手の試合である。「世紀の誤審」はジュリー制度による二重チェック体制が敷かれていたのにもかかわらず起きてしまったのである。
 上級委員会も,その重要性が高まる一方で,判定の内容に対する加盟国からの批判も強まっており,特に米国を始めとして同委員会がWTO設立時に加盟国で合意された本来の権限を越えた判断を行っている(オーバーリーチ)との不満が上がってきている。例えば,(1)上級委員会が守備範囲を超えて審査している(本来は法的な問題/解釈に限定されるが,事実認定も審査している),(2)上級委員の任期終了後の移行措置(加盟国の了承を得ずに担当事案の審理を続けるケースがある),(3)規定では上訴から90日以内に判断が出されなければならないとなっているにもかかわらず,これを超えて判断が出されている,などである。これに対し,EUなどは上級委員会をいわば超国家的な司法機関と捉え,独立性を尊重すべきと考えている。残念ながら現状では,紛争解決制度に対する米EUに代表される加盟国間の考え方には哲学的な違いがあるといえるだろう。
 こうした上級委員会への批判や解決策が見いだせていない現状等を背景に,新規の上級委選任について全加盟国の合意が得られず,2019年12月に機能停止に陥った。裁定を下す審判の「退場」は多くの国に衝撃を与えた。残念ながら,WTO設立当初と比べ,「王冠の宝石」の輝きは色褪せてしまったといえるだろう。しかし,紛争解決制度がビジネスの予見性を高め,安定性を確保し,もって自由貿易を推進するために極めて重要である点は今も昔も変わらない。
 災い転じて福となすことができるか。我が国も,紛争解決制度の改革は喫緊の課題であると考える。最も意見が対立する米国及びEUを含む全ての加盟国にとって議論の土台となり得る内容を目指し,昨年4月,豪州,チリと共に上級委員会の改革案を提出した。改革案は,上級委員会はあくまでも紛争解決に資する判断を行うべきであるとの考えに立ち,論点の整理及び今後の議論の方向性を示すとともに,現在の紛争解決制度における問題に対して加盟国間の議論を促す内容となっている。上級委問題の解決に向け,今後とも我が国は,加盟国間の議論を一層積極的に主導していく決意である。
 次回はスイス・ダボスで開催される,WTO関連会合(1月22日から24日)について1月28日に掲載予定です。


世界貿易機関(WTO)へ戻る