(8)食料安全保障および栄養
「世界の食料安全保障と栄養の現状2021」注70によると、2020年には新型コロナの影響などにより、2019年に比べて栄養不良人口が1億人以上増加し、世界の7.2億人から8.11億人が栄養不良に陥っているとされています。これは、世界の約10人に1人が栄養不良に直面していることを示しており、同報告書は、2030年までのSDGs達成には並大抵ではない努力が必要であると言及しています。また、食料安全保障注71を確保するためには、食料システムの変革が不可欠であるとも指摘しています。
●日本の取組

ナイジェリアで実施されている若年層向けの農業就業トレーニングを視察する国際農業開発基金(IFAD)の日本人職員(JPO派遣)(写真:IFAD)
日本は、フードバリューチェーン解説の構築を含む農林水産業の振興に向けた協力を重視し、地球規模課題として食料問題に積極的に取り組んでいます。短期的には、食料不足に直面している開発途上国に対して食料支援を行い、中長期的には、飢餓(きが)といった食料問題の原因除去および予防の観点から、途上国における農業の生産増大および生産性向上に向けた取組を中心に支援を進めています(小規模農家に対する支援については「案件紹介 アルバニア」および「案件紹介 ウガンダ、エチオピア、ナイジェリア、マリ」も参照)。
■国連食料システムサミット
2021年9月、食料の生産、流通および消費などの一連の過程からなる「食料システム」の変革を通じた、新型コロナ拡大の影響からの回復および2030年までのSDGs達成を目的として、「国連食料システムサミット」が初めて開催されました。日本は、(ⅰ)イノベーションやデジタル化の推進および科学技術の活用による生産性の向上と持続可能性の両立、(ⅱ)恣意的な科学的根拠に基づかない輸出入規制の抑制を含む自由で公正な貿易の維持・強化、(ⅲ)各国・地域の気候風土や食文化を踏まえたアプローチ、を重視しながら、世界のより良い「食料システム」の構築に取り組んでいく旨を表明しました。
■食料支援と栄養改善への取組
日本は、食料不足に直面している開発途上国からの要請に基づき、食糧援助を行っています。2021年には、25の国・地域に対し、日本政府米を中心に総額74億円の支援を行いました。
二国間支援に加え、日本は、国際機関と連携した食料支援にも取り組んでいます。たとえば、WFPを通じて、教育の機会を促進する学校給食プログラムや、農地や社会インフラ整備への参加を食料配布により促す取組を実施しています。また、2021年には水害被害を受けたラオス中南部地域に対し、農業インフラ整備用の物資・資機材の供与や防災能力向上のための研修を実施するための支援を行いました。WFPは2020年に世界84か国で約1億1,150万人に対し、約420万トンの食料を配布するなどの活動を行っており、日本は2020年、WFPの事業に総額約1億9,613万ドルを拠出しました。
さらに、日本は、国際開発金融機関(MDBs)への拠出などを通じ、途上国の栄養改善を支援しており、2021年には世界銀行のGFF(Global Financing Facility)解説および栄養改善拡充のための日本信託基金解説に対し、計7,000万ドルの追加拠出を表明しました。また、開発政策において栄養を主流化する観点から、2021年12月に日本がホストした世界銀行グループの国際開発協会(IDA(アイダ))第20次増資では、栄養を含む人的資本の強化を重点分野に盛り込みました(IDA第20次増資について、「開発協力トピックス」を参照)。
■東京栄養サミット2021
日本政府は2021年12月7日および8日に「東京栄養サミット2021」を主催しました。世界で10人に1人が飢えや低栄養に苦しむ一方で、3人に1人は過体重や肥満といった過栄養の状態にある「栄養不良の二重負荷」という世界全体の課題を取り上げるとともに、新型コロナによる世界的な栄養状況の悪化に対応すべく、(ⅰ)健康、(ⅱ)食、(ⅲ)強靱(きょうじん)性、(ⅳ)説明責任、(ⅴ)財源確保の5つのテーマについて議論を行いました(東京栄養サミット2021について、「開発協力トピックス」を参照)。
会合の結果、65か国の政府や60社の民間企業を含む215のステークホルダーからのエンドースを得て成果文書「東京栄養宣言(コンパクト)」を発出し、栄養改善に向けて国際社会が今後取り組むべき方向性を示しました。さらに、66か国の政府、26社の民間企業、51の市民団体を含む181のステークホルダーから396のコミットメント(それぞれの政策的・資金的意図表明)が提出され、岸田総理大臣が発表した3,000億円以上の栄養関連支援を含め、各国政府を含むステークホルダーから270億ドル以上の栄養関連の資金拠出が表明されました。このように幅広いステークホルダーによる具体的な行動を促進することにより、世界の栄養改善に向けた取組をリードしました。
また、同サミットに際して、松本洋一郎外務大臣科学技術顧問および狩野光伸外務大臣次席科学技術顧問が、各国・地域の科学技術顧問注72とともに、人と地球の健康に資する食料システム転換のための科学技術・イノベーションの世界的な利活用の促進に係る共同声明を発出しました。
■フードバリューチェーンの構築と農林水産業の振興

JICA東ティモール事務所の職員と同国農業水産省の職員が稲作技術向上に向けた調査を行っている様子(写真:JICA)
開発途上国では、生産した農産物の買い取り価格が安いことなどが多くの農家が貧困から抜け出せない要因の一つとなっています。日本は、民間企業と連携しながら、途上国におけるフードバリューチェーンの構築を推進しており、2021年度には、「グローバル・フードバリューチェーン構築推進プラン」に基づき、パラオと二国間政策対話を、ベトナムおよびタイとワークショップなどを実施しました。
また、日本は、アフリカの経済成長において重要な役割を果たす農業を重視しており、その発展に積極的に貢献しています(ガーナにおける児童の人権に配慮した農業のための取組について「案件紹介 ガーナ」、アフリカにおける農業のDX化について「案件紹介 ウガンダ、エチオピア、ナイジェリア、マリ」も参照)。具体的には、アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)解説フェーズ2の下、RICEアプローチ解説において、灌漑施設の整備や、アジア稲とアフリカ稲を交配したネリカ(NERICA)解説を含む優良品種に係る研究支援や生産技術の普及支援など、生産の量と質の向上に向けた取組が進んでいます。
ほかにも、自給自足から「稼ぐため」の農業への転換を推進するため、日本は、小規模農家向け市場志向型農業振興(SHEP)アプローチ解説を通じ、2021年までにアフリカ以外の国も含む29か国を対象に、技術指導員18,013人、小規模農家183,042人に対して、市場志向型農業の振興に向けた人材育成を実施してきました。
■多国間協力による食料安全保障
日本は、「農業市場情報システム(AMIS:Agricultural Market Information System)」注73を支援する取組を行ってきました。国際的な農産品市場の透明性向上を通じた食料安全保障の向上に貢献するべく、日本の情報を共有するとともに、AMISへの事業費の拠出を行っています。
そのほか、日本は、途上国の食料生産基盤を強化するため、FAO、IFAD、国際農業研究協議グループ(CGIAR)、WFPなどの国際機関を通じた農業支援を行っています。たとえば、日本は、FAOを通じて、途上国の農業・農村開発に対する技術協力や、食料・農業分野の国際基準・規範の策定、統計の整備に対する支援などを実施しています。加えて、15の国際農業研究機関からなるCGIARが行う品種開発などの研究を支援しています。
また、日本は、こうした農業支援に加えて、国際獣疫事務局(OIE)やFAOを通じた動物衛生の向上にも貢献しています。たとえば、口蹄疫(こうていえき)、ASF(アフリカ豚熱)などの国境を越えて感染が拡大する動物の感染症に対処するため、OIEとFAOが共同で設置した「越境性動物疾病の防疫のための世界的枠組み(GF-TADs)」の下、アジア・太平洋地域を中心に、動物衛生分野での国際機関の取組を支援しています。
用語解説
- GFF(Global Financing Facility)
- 母子保健分野の資金リソースを拡充するために、2015年に世銀や国連などが立ち上げたイニシアティブ。女性や子供の栄養状態改善を含む母子保健分野の政策の策定や、実施能力の向上のための技術支援を実施している。策定された計画の実行について、世銀の低利融資などを受けることをGFFによる支援の条件とすることで、資金動員効果を企図している。
- 栄養改善拡充のための日本信託基金
- 重度栄養不良国での栄養対策への投資を拡大し、栄養不良対策の実施のための能力開発を行うことを目的に、2009年に設立された基金。重度栄養不良国に対し、栄養改善に係る政策の策定や、実施能力の向上のための技術支援を行い、当該国や世銀などによる栄養関連の投資を後押ししている。
- フードバリューチェーン
- 農家をはじめ、種や肥料、農機などの資機材の供給会社、農産物の加工会社、輸送・流通会社、販売会社など多くの関係者が連携して、生産から製造・加工、流通、消費に至る段階ごとに農産物の付加価値を高められるような連鎖をつくる取組。たとえば、農産物の質の向上、魅力的な新商品の開発、輸送コストの削減、販売網の拡大による販売機会の増加などがある。
- アフリカ稲作振興のための共同体(CARD:Coalition for African Rice Development)
- 稲作振興に関心のあるアフリカのコメ生産国と連携して活動することを目的とした、ドナー(援助国、アフリカ地域機関、国際機関など)が参加する協議グループ。アフリカにおけるコメ生産拡大に向けた自助努力を支援するため、2008年のTICAD IVにおいて日本が提唱し、立ち上げ、2019年のTICAD7ではフェーズ2を立ち上げた。
- RICE(Resilience, Industrialization, Competitiveness, Empowerment)アプローチ
- CARDフェーズ2で採用されたサブサハラ・アフリカのコメ生産量倍増のための取組。具体的には、気候変動や人口増に対応した生産安定化、民間セクターと協調した現地における産業形成、輸入米に対抗できる自国産米の品質向上、農家の生計・生活向上のための農業経営体系の構築が挙げられる。
- ネリカ(NERICA:New Rice for Africa)
- 1994年、CGIARのアフリカ稲センター(Africa Rice Center)が、多収量であるアジア稲と雑草や病虫害に強いアフリカ稲を交配することによって開発した稲の総称。アフリカ各地の自然条件に適合するよう、従来の稲よりも(ⅰ)収量が多い、(ⅱ)生育期間が短い、(ⅲ)乾燥(干ばつ)に強い、(ⅳ)病虫害に対する抵抗力がある、などの特長がある。日本は1997年から国際機関やNGOと連携し、ネリカ稲の新品種の研究開発、試験栽培、種子増産および普及に関する支援を実施するとともに、農業専門家やJICA海外協力隊を派遣した栽培指導や、アフリカ各国の研修員の日本国内での受入れを行っている。
- 小規模農家向け市場志向型農業振興(SHEP:Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion)アプローチ
- 2006年に日本がケニアで開始した小規模農家支援のためのアプローチ。野菜や果物などを生産する農家に対し、「作ってから売る」から「売るために作る」への意識変革を促し、営農スキルや栽培スキルの向上によって農家の所得向上を目指すもので、アフリカを中心に世界各国で同アプローチを取り入れた活動を実践している。
- 責任ある農業投資(Responsible Agricultural Investment)
- 途上国の農村部における、国内外の投資家による農業投資と、農業投資によって生じる意図せざる負の影響(食料安全保障や土地所有権など現地住民の権利が脅かされる事態など)の調和を図ることで、農民を含む現地住民の貧困削減と、投資家の利益の最大化、および両者のリスクの最小化を目指すもの。G8ラクイラ・サミット(2009年)において日本が提唱し、FAO、IFAD、国際連合貿易開発会議(UNCTAD)、世界銀行の4つの国際機関で「責任ある農業投資原則(PRAI)」が策定された。2014年の世界食料安全保障委員会(CFS)では、「農業及びフードシステムにおける責任ある投資のための原則(CFS-RAI)」が採択された。
インド


ヒマーチャル・プラデシュ州作物多様化推進プロジェクト(フェーズ2)
技術協力プロジェクト(2017年3月~2022年2月)
ヒマラヤ山脈の麓(ふもと)に位置するインドのヒマーチャル・プラデシュ州では、灌漑(かんがい)施設が整備されていないため、雨水に依存した穀物栽培が中心の農業が行われ、生産量も自給用にとどまっていました。また、8割が小規模農家のため、農家の所得向上が課題になっていました。
同州は標高が300メートルから7,000メートルと高低差が大きく、気候が冷涼なため、デリーなどの近隣の大都市とは野菜や果物などの収穫時期が異なり、端境期(はざかいき)注1に出荷することができます。従来の穀物だけでなく、こうした野菜などの商品価値の高い作物も栽培できるよう、日本は、2007年から始めた開発調査を皮切りに、灌漑施設や農道の整備を有償資金協力で、日本人専門家による人材育成などを技術協力で、スキームを組み合わせながら継続的に支援してきました。2017年からは収穫後の処理・加工とマーケティングを強化する第2弾の技術協力プロジェクトも始まり、より高値で売れる農産物を作るための支援が行われています。
これらのプロジェクトの下で同州に派遣されている永田洋子(ながたようこ)専門家は、野菜栽培・収穫後処理の技術指導を通じ、同州農業局の活動を支援してきました。永田専門家の実父である永田照喜治(てるきち)氏が考案した「永田農法注2」を始めとする日本の農業技術を活用しつつ、農業普及員や農家の理解を得ながら現地の条件に見合った適切な技術の選定から導入、実践までを支援しています。
これまでの日本の支援により約1万4千の小規模農家の所得が向上したほか、収穫された野菜を使った栄養改善の取組も始まるなど、様々な成果が現れています。第2弾の本プロジェクトを通じて、作物の多様化および高付加価値化を引き続き促進することにより、これらの農家のさらなる所得向上が期待されています。

永田専門家と農業普及員が農民にオクラの栽培技術を指導する様子(写真:JICA)

永田専門家と農業普及員が女性グループに野菜の接(つ)ぎ木苗の作り方を指導する様子(写真:JICA)
注1 野菜や果物などの農産物が市場に出回らなくなる時期。
注2 与える水や肥料を極力少なく育てる農法。
- 注70 : 国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、WFP、UNICEF、およびWHOが共同で作成した報告書。
- 注71 : すべての人がいかなるときにも十分で安全かつ栄養ある食料を得ることができる状態のこと。
- 注72 : 米国、英国、イタリア、インド、欧州対外行動庁、オランダ、カナダ(ケベック州政府)の外務省・外交機関・政府関連の科学技術顧問。
- 注73 : 2011年に食料価格乱高下への対応策としてG20が立ち上げた、各国や企業、国際機関がタイムリーで正確かつ透明性のある農業・食料市場の情報(生産量や価格など)を共有するためのシステム。