第5節 欧州
1 概観
欧州連合(EU)1及び欧州各国は、日本にとり、自由、民主主義、法の支配及び人権などの基本的価値や原則を共有する重要なパートナーである。新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)が拡大する中で、国際社会が直面する諸課題に対応し、国際社会において基本的価値を実現していく上で、結束したEUとの連携が必要となっている。
欧州各国は、EUを含む枠組みを通じて外交・安全保障、経済、財政などの幅広い分野で共通政策をとり、国際的枠組みを活用して、国際社会の規範形成過程において重要な役割を果たしている。また、言語、歴史、文化・芸術活動、有力メディアやシンクタンクなどを活用した発信力により、国際世論に対して影響力を有している。欧州との連携は、国際社会における日本の存在感や発信力を高める上で重要である。
2020年3月以降、欧州で新型コロナの感染が急速に拡大し、2019年12月に発足したEU新指導部や各国にとり、新型コロナへの対応が最大の課題となった。
欧州各国は、3月以降ロックダウン(都市封鎖)を含む厳しい国内規制を実施した。欧州内では、加盟国によるシェンゲン域内(欧州諸国間での人の移動の自由を保障するシェンゲン協定に基づき域内国境を廃止している領域)の国境措置の導入の動きがみられたが、5月にEUは域内での国境措置の段階的撤廃を呼びかけ、加盟国がこれに応じたため、域内での移動の自由が確保された。域外との国境措置については、3月にEUは域内での連携を強調しつつ、ガイドラインを発表し、加盟国はこの勧告を踏まえ域外からの入域制限を実施したが、7月から段階的に緩和された。
秋以降、再び感染が拡大し、第一波を超える新規感染者数を記録したことを受けて、欧州各国は、厳しい国内規制を再導入した。12月には、英国で新型コロナの変異株が確認され、入国規制を再び導入する国があり、欧州は移動の自由の確保や経済活動と感染拡大の防止とを両立することの難しさに直面している。
一連の新型コロナ対応の中で、EUに対しては初動の遅さが指摘され、加盟国への支援の在り方について見解の隔たりが埋まらず、具体的な措置を通じた欧州の結束の強化がEUにとっての課題となった。EUは、4月以降に新型コロナ対応の国際協力として域外国支援を実施し、5月、プレッジング会合を主催した。7月には、フランス・ドイツが主導し、欧州の経済復興に向けた欧州復興計画(復興基金及び次期EU7か年予算)について首脳間で合意し、欧州の結束を示した。ワクチンについては、EUは加盟国を代表して複数の製薬会社と交渉を行った。その結果、EUの確保したワクチンは、12月下旬に加盟国で接種が開始された。
新型コロナ対応と並び、英国のEU離脱及びそれに続くEU・英国間の将来関係交渉は、欧州にとり最大の懸案の一つであった。2020年1月31日に英国はEUから離脱し、2月からEU離脱後の英国に引き続きEU法が適用される移行期間が開始された。この移行期間は2020年末が期限であり、6月にEU・英国双方により延長されないことが確認された。3月からEU・英国間で将来関係交渉が開始されたが、公平な競争条件、ガバナンス(紛争解決)及び漁業をめぐり交渉は難航した。12月に至り、EUと英国の首脳間で対面や電話による会談が累次開催され、移行期間の期限直前の12月24日に交渉の妥結が公表された。欧州議会での審議については2021年に持ち越されたが、EU・英国双方の手続を経て、2021年1月1日からEU・英国間の貿易及び協力に関する協定が暫定適用されることとなった。
域外との関係について、ロシアとの関係は、ウクライナ情勢への対応、軍備管理体制やサイバーなどを含む欧州の安全保障環境に影響があり、欧州にとり最優先課題の一つであり続けている。中国からは、新型コロナに関する欧州への支援や広報が行われたものの、香港情勢や人権問題などにより、中国に対する警戒感が高まっている。9月、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、一般教書演説の中で、中国との関係を、戦略的に最重要であるが同時に最も困難な関係の一つと表現している。また、欧州においては偽情報に関する関心が高まっている。
12月の北大西洋条約機構(NATO)外相会合では、アジア情勢を含む世界のパワーバランスの変化などが議論され、民主主義の同志国が共通の価値を守り、協力することの必要性が強調された。
米国との関係については、欧州各国はバイデン次期大統領の当選を歓迎し、12月に欧州委員会は「世界の変化のための新たなEU・米国アジェンダ」を発表し、気候変動、経済、デジタル、貿易など幅広い分野での米欧関係の強化に期待感を示した。近隣周辺地域については、大統領選挙後のベラルーシ情勢や東地中海におけるトルコの行動などについて、外交分野における欧州としての一体性の確保に注力した。インド太平洋については、9月にドイツ、11月にオランダがそれぞれ政策文書を発表するなど、EU内でのインド太平洋への関心が高まっている。
欧州では、新型コロナの感染拡大により、自由、民主主義、人権などの基本的価値の重要性が認識されているが、復興基金や法の支配の議論、さらには域外国との関係などについて各国の考えに違いが存在した。安全保障、自由貿易、域外国との関係など、分野ごとにモザイク化された欧州に対して、日本は強く結束した欧州を支持するとともに、重層的かつきめ細やかな対欧州外交を実施している。2020年は、新型コロナの影響により要人往来は制限を受けたが、テレビや電話を活用した外交を積極的に展開した。
欧州各国との二国間関係では、ハイレベルでの対話を行い、新型コロナ対応に関する協力などを確認した。英国とは、3月に安倍総理大臣がジョンソン首相と電話会談を行い、8月には、新型コロナの感染拡大後初の外国訪問として、茂木外務大臣が英国を訪問し、日英外相会談などを行った。フランスとは、3月、安倍総理大臣がマクロン大統領と電話会談を行い、9月から10月にかけて、茂木外務大臣が、ポルトガルに続いてフランスを訪問し、外相会談などを行った。ドイツとは、7月に安倍総理大臣がメルケル首相とテレビ会談を行った。菅総理大臣は、9月の就任以降、英国、フランス、ドイツ、イタリア、オランダなどの首脳と首脳電話会談を行い、新型コロナ対応や「自由で開かれたインド太平洋」に関する意見交換を行った。
EUとの関係では、2019年2月に発効した日・EU経済連携協定(EPA)、同時に暫定適用が開始された日・EU戦略的パートナーシップ協定(SPA)を基盤として、緊密な協力を行っている。安倍総理大臣は、5月にフォン・デア・ライエン欧州委員長及びミシェル欧州理事会議長と日・EU首脳テレビ会議を行い、新型コロナ対策などでの日・EU間の連携を確認した。菅総理大臣は、9月の就任後にEUの2人の首脳とそれぞれ電話会談を行い、東アジア情勢に関する緊密な連携に加え、デジタルや環境・気候変動などを含む幅広い分野で日・EU関係の更なる発展に向けた協力を確認した。NATOとの関係では、「日NATO国別パートナーシップ協力計画(IPCP)」を6月に改訂し、12月のNATO外相会合では、茂木外務大臣のステートメントをNATO日本政府代表部大使が代読し、東アジアの厳しい安全保障環境や日本の推進する「自由で開かれたインド太平洋」にとりNATOは心強いパートナーであると発言した。

また、ヴィシェグラード4(V4)、バルト三国、西バルカン諸国といった地域とは、二国間関係やEUなどを通じた協力に加えて、日本との対話などを活用して協力関係を促進し、重層的な外交を実施した。
さらに、欧州から青年を招へいする人的・知的交流事業「MIRAI」や、講師派遣、欧州のシンクタンクとの連携といった対外発信事業を実施し、日本やアジアに関する正しい姿の発信や相互理解などを促進している。特に、オンライン形式での交流を活用して、欧州各国・機関や有識者との間で、政治、安全保障、経済、ビジネス、科学技術、教育、文化、芸術など幅広い分野で、情報共有や意見交換を行い、欧州との関係強化に取り組んでいる。
1 EU:European Union